〜2006年9月フランス編〜

■ 9月某日 晴れ
 いよいよ今日からフランスでの買付け。昨日の長旅の疲れをものともせず、早朝から出発。いつも南仏ではレンタカーを借りて、あちこち自由に動き回るのが常なのだが、今回はたった二日間の滞在のため、タクシーと国鉄を駆使して回ることになっている。今日のフェア会場は郊外のため、昨晩ホテルに着いた際にタクシーの予約をしたのだが、「明日はアンティークフェアだから予約は無理。」とのこと。駅前のタクシー乗り場で拾わなければならない。
 駅前のホテルゆえ、タクシー乗り場は目と鼻の先。だが、すぐにタクシーに乗れるか大いに疑問の私達は、かなり早くにホテルを出たのだが…。果してタクシー乗り場には既に何人もの人たちが並んでいる。が、皆行き先は同じ、アンティークフェア!みんな他人同士でも何人かでシェアして乗り合っていく。なかなか来ないタクシーをみんなで今か今かと待っていると、なんだか親近感も湧いてくるようだ。ようやく私達の前の年配のカップルまで順番が回ってきた。すかさず「シェアしてもいいですか?」と聞くと、彼の方が「もちろん。」とにっこり。だが、次にやって来たタクシーは、私達二組四人どころか、その他にも待っていた三人を詰め込んでギュウギュウで出発した。「一人五ユーロね。」とドライバー、「う〜ん、アンティークフェアはグッドビジネスね。」と鼻歌まじりでご機嫌だ。後部座席が二列あるとはいえ、ドライバーを含めて、なんと八人を乗せたタクシーは、カーブのたびに悲鳴を上げつつ、ギュウギュウのままアンティークフェアへ。

 久しぶりの南仏のフェア。イギリスのカントリーサイドのフェアも同様なのだが、オープン直前はどこから集まってきたのが、こんな何も無いド田舎だというのに、溢れるばかりの人がオープンを待ちこがれている。オープンと共に一斉に入場!広い会場内を目当てのストール目指して走っていく人、人、人。そんな中、私達は落ち着いてひとつひとつ丁寧にストールを制覇していく。南仏らしく、フレンチプリントの生地を扱うディーラーが目につく。生地やレースを扱うディーラー、ブース内いちめんに膨大な量の生地をぶちまけているディーラー。そんな中、"ぶちまけマダム"の所で、せっせと生地をひっくり返していると、向こうから河村が呼んでいる。

河村 「ねぇ、ちょっとこれ。」
私  (そちらには視線を当てることなく)「え、何?」
河村 「ホラ、これ…。」
私  「ぎゃ〜!!」

 それというのも、彼の手にしていた生地には巨、巨大なナメクジが…。普段、虫などは割と平気な私なのに、この時はさぁ〜っと血の気が引くのが分かるほど。それぐらい大きなナメクジだったのだ。流石エスカルゴを食する国のナメクジだけあって、日本にはいない超ビッグサイズ!その姿を見た瞬間、もう生地に触る気にならず、すっかり腰が引けてしまい、次のブースへ。(エンジェルコレクションで販売している生地は皆きれいに洗ってアイロンを掛けたものばかり。ナメクジがいることなど"絶対"無いのでどうぞご安心を。)

 結局、6時間ほど歩き回った結果、生地や小さなバスケットを入手し、今日のフェアは終了。どちらも南仏まで来なければなかなか見つからないアイテムではあるが、昨日9時間電車に揺られてわざわざイギリスから来たことを思うとちょっと不服。これも来てみなければ分からないのだから仕方のないこと。買付け終了後は再びアヴィニヨンの街まで戻り、頭をすっかり切り換えて旧市街地で観光!今日の気温は36℃、イギリスでは既に秋の気配だったというのに、ここはまだ真夏。照りつける南仏の太陽にジリジリ焦がされそうだ。 

アヴィニヨンといえば、歌にも名高いサン・ベネゼ橋。今回は遠くから眺めただけ。二年前の「買付け便り」、興味のある方はこちらをどうぞ。


旧市街地にそびえ立つ法王庁。アヴィニヨンは14世紀にローマ法王庁も置かれた歴史ある街、この要塞のような石造りの建物こそ当時の富と権力の象徴だったのだ。


法王庁の一角。このコントラストの際だった空の青さこそ南仏なのだ!


歴史を感じさせる旧市街のお菓子の店。店の奥には南仏特産のカリソンの白い菱形の箱が並んでいるのが分かる。


上の店のショウウィンドウで。このオリーブそっくりの物は、オリーブをかたどったチョコレート。どんな味がするのだろう?


“Rose(薔薇)” “Lavende(ラベンダー)” “The(お茶)” “Miel(蜂蜜)” “Noix de Coco(ココナツ)” “Franboise(フランボワーズ)”等々、全部で20種類以上はあっただろうか、様々な香り、様々な可愛い色の石けんに「わぁ、可愛い!」思わず歓声を上げてしまった。


こちらは土作りの素朴な味わいが魅力の南仏特産サントン人形。衣装もそれぞれ南仏柄で着飾っている。サントンとは「小さな聖人」という意味だそう。


いい歳してこんなに焼いちゃっていいんだろうか?ここ南仏に来たらフランスのマダム並みに日焼けをしなければならないような気がしてしまうのだ。


夜の法王庁は、美しくライトアップされてとても神秘的。法王庁前の広場では、ひとりの男性が美しい歌声を披露していて、印象に残る忘れられない夕べだった。

■ 9月某日 晴れ
 今日は今回の買付けで唯一オフの一日。(というか、わざわざ9時間も掛けて南仏アヴィニヨンまで来たのだから、お休みにしてどこかへ遊びに行こう!という都合の良い私達。決して遊びに行くために南仏まで来た訳ではありません!)アヴィニヨンから列車に乗って、ローマ時代の古代劇場のあるオランジュへ行こうか、ソレイアードの美術館があるタラスコンへ行こうか迷った挙げ句、タラスコンへ行くことに決定!昨年、車で南仏を回った際、タラスコンに寄ることが出来なかったので、それ以降、私達の間では「タラスコン、あぁタラスコン…」と因縁の地になっていたのだ。今日は一年振りにその雪辱を果たすためタラスコンへ。
 そう、タラスコンとは…。タラスク伝説のある地。タラスクとは、上半身が山猫、下半身は魚、背中は亀のような(亀の出来損ないといった方が分かりやすいかも。)怪物のこと。その昔、ローヌ川に住み、人々を苦しめていた怪物だったが、聖マルタによって退治され、それがタラスク伝説となったのだ。今でも毎年6月の最終土曜日には、タラスクの祭りが開催されていて、この小さな街の一番の行事であるらしい。

これが怪物タラスク。何というか、一言で言うとヘンなやつ。(お祭りで実際に使われるタラスクは、緑色に塗られている。)河村はこのタラスクのマスコットが欲しかったようだが、土産物屋もほとんど無いタラスコンでは残念ながらみつけけられなかった。

 アヴィニヨンからは列車でたった15分のタラスコンなのだが、この列車というのが田舎ゆえ2時間に1本程しか無く、3時間後の帰りの列車を逃すと、今日中にパリまで帰ることが出来なくなってしまう。そんな訳で、タラスコンの史跡であるタラスコン城とソレイアード美術館の2箇所だけにしぼって行くことに。まずはタラスコン城へ。

15世紀半ばに完成したタラスコン城は、城というより要塞に近い雰囲気の強固な石造りの建造物。現在では、城の中には全く内装が残っておらず残念。というのも、なんと1950年代まで400年間もの間、この城は牢獄として使われていたのだ。


城の中庭(当時は礼拝するための場所)から眺めた風景。城の中は何層にも分かれ、まるでマンションのよう。王の間や王妃の間、控えの間など、様々な部屋に分かれている。


ここにもガーゴイルが!ゴシック建築にはよく登場するガーゴイルだが実は雨樋の役目をはたすもの。「ガーゴイル」という言葉自体、フランス語で「うがいをする」という動詞を発祥としているのだ。


タラスコン城の屋上からは、タラスコンの美しいオレンジ色の中世の屋並みを眺めることが出来る。


ローヌ川の対岸にあるのは小さな街ボーケール。このボーケールの街にも、要塞のような城があり(画像中央右寄りがその城)、中世当時、ボーケールとタラスコンは敵対していたそうな。


「南仏のひなびた街」という言葉がぴったりの素朴で静かなタラスコンの街並み。


そして、ソレイアード美術館へ。こちらがソレイアード美術館となっている邸宅。


美術館へはこちらのドアからどうぞ。


お裁縫をする19世紀の女性達。衣装や小物は全て当時のアンティーク。


19世紀の邸宅そのままに、アンティークの調度品で飾られた館内。当時の南仏プリントの衣装を着つけた女性がたたずんでいるかのようだ。キルトされたスカート、上半身にしっかりまとったショールがお洒落。


ファッショナブルな19世紀のプロヴァンスの衣装。去年の夏訪れた同じく服飾の博物館、アルルのアルタラン民族博物館(Museon Arlaten)を思い出す。


南仏柄でもアンティークのキルトは微妙な色合いが魅力的。現代のコントラストのきつい南仏柄の生地とは一線を画する雰囲気。


当時の様子を再現したダイニングルーム。テーブルクロスにもキルトされているところが興味深い。


その時代の南仏プリントの命ともいうべき古い木型が納められた部屋。その数たるや何万点にも及ぶらしい。

 特に、ソレイアード美術館ははるばる来た甲斐があったと思う。館内には昔の生地や衣装だけでなく、プロヴァンス色の濃い、当時の道具や家具などのアンティークが溢れていて、とても興味深い。おまけに解説のビデオには日本語まであってびっくり。こんな辺鄙なところへ訪れる日本人なんているのだろうか?(きっといるのだろう。)今までは、はっきりしたコントラストの強い色合いが、「私のテイストとは少し違う。」と思っていた南仏プリントだが、今回、古いものは微妙な何ともいえない深い色合いだったことを発見した。

 この後、無事にアヴィニヨンへ戻り、そしてまた列車に揺られて今度はパリへ戻るのだ。思えば、3時間程の束の間のオフだった。

■ 9月某日 晴れ
 今日からパリでの買付け。9月に入ったというのに、南仏同様パリもまだ暑い。今日も36℃まで気温が上がるという。懲りない私は、今日もタンクトップにサングラスというラフなスタイル。なんといっても暑いのだ。今日まず訪れるのは、アポイントを取っておいた懇意にしているディーラーのところ。

 いつも私の好みにぴったりのものを探しておいてくれる彼女には絶大な信頼を置いている。今日、彼女のところから出てきたものは、私の大好きなロココがいっぱい!厚紙に様々な種類のロココを沢山付けた見本などもあって、何とも可愛い。久々にホワイトワークのペチコートや、大ぶりのシャンティイのショールなども出てきて嬉しい。長時間かかって、細々したレースや布小物など華やかで可愛い布製品を沢山手に入れ、次の場所へ。

 次なる場所は私達の大切なアイテムである紙製品を扱うディーラーのところ。もう何年もつきあいのあるディーラーだが、いつも彼の幅広いアイテムと品質の高さには舌を巻いてしまう。ショップというより、ほとんど事務所という感じの殺風景な空間には、びっしりと紙製品が詰まっているのだ。いつもは自分達の繰るカードの音だけが響く静かな場所だが、明日からパリ市内でポストカードフェアが始まるせいか、今日は私達の他にもどんどんディーラーが集結。日本人の私達の他にやって来たのは、年配のアメリカの男性ディーラー、同じくアメリカからやって来た女性ディーラー、スペイン人の男性ディーラー、となかなかインターナショナル。
 みんな、それぞれ全然違うジャンルのカードを繰りながら、英語や片言のフランス語であちこちのフェアの情報交換。「紙もののアンティークフェアのことはアメリカではペーパーショウというんだ。」という話から始まって、「日本では何というの?」という質問に「日本では古本市はあっても紙ものフェアは無いんじゃないかなぁ。」と私。それを聞いた店主のディーラーは「あ、古本市には僕の友達も日本へ行っているよ。」と発言。(日本へわざわざフランスから稀覯本を売りに行っているディーラーがいるのだ。)また、アメリカ人の男性ディーラーがスペイン語を少し話せることもあり、「ラテン魂」という感じのスペイン人のディーラーと一緒にスペイン語で盛り上がっている。聞けば、バルセロナで開かれる紙ものフェアが規模も大きくとても良いらしい。スペイン人のディーラーは、スペイン語訛りの巻き舌で"Very very good fair!"と叫んでいる。「バルセロナか。いいなぁ。」と私。学生時代に行ったきり、もうウン十年も行ったことがないのだ。バルセロナのフェア、いったいどんなものがあるんだろう?一度行ってみたい。
 情報交換と共に、上質なカードの数々をget。明日は、カードフェアへ。

パリの街角を歩いていてみつけたエッフェル塔。スティショナリーショップのショウウィンドウには美しい切り紙細工のカードやつけペンが。


南仏らしいカラーリングのレ トワール デュ ソレイユは私達のお気に入り。私も河村もそれぞれ夏用にバッグを愛用。今回は河村が自分用にエプロンを購入。実は、ここはフランスの修道院で作られた食材や雑貨を扱うお店。とても感じの良いシスターの接客が印象的だった。


オリーブオイル専門店の店先で。木箱の上に置いてあるのは、バジル入りのオリーブオイル。パスタにからめるだけでも美味しそう!


マレ地区やシテ島やサン・ルイ島などのパリでも古い地域には、今でもこうしたコロンバージュ(イギリスでいうハーフティンバー)の14世紀の民家を見ることが出来る。どれもまだ現役であることが素晴らしい!

■ 9月某日 晴れ
 昨日まで真夏だったにもかかわらず、今日から突然秋の気配。昨日までの暑さが嘘のように、いきなり、突然涼しくなってしまったのだ。タンクトップ姿はどこへやら、今日からジャケットを着て外出。この気温差はこちらの気候特有のもの。毎日、テレビで天気予報をチェックして出掛けないと、大変なことに!

 さて、今日は前回知り合ったレースのディーラーにホテルへコレクションを持ってきて貰うことになっている。このディーラー、eメールも無ければ、FAXも無く、頼みの綱は彼自身の携帯電話だけ。フランスへ来てから、何度か携帯へ掛けてみたものの、なかなかつながらず、やっと昨日になって本人をつかまえることが出来たのだ。情けない英語以上に更に劣る私のフランス語、緊張しつつ「アロー!」と呼びかけた後、「日本人のアンティークディーラーで、マサコといいます。」と言うと、「あぁ、あぁ、あそこのフェアで会った。あの時オデオンのホテルで…。」とすぐに分かった様子。またレースを見せて欲しい故を伝え、今回もホテルへ持ってきてくれることに。ホテルのアドレスや電話番号を伝えて、今日会うことになっていたのだ。

 約束の時間に、ホテルのロビーで待っていると、大きな古いスーツケースと共にムッシュウがやって来た。まずは私と河村との両方と固い握手、早速持ってきたスーツケースの中から次々とレースを取り出す。前回見せて貰ったものの他にも新しいアイテムも入荷している。長い時間を掛けて沢山のレースを見た後、今回私達がセレクトしたのは、新しいアランソンと繊細なメヘレンのボーダー。何でも彼は、普段、オランジェリー美術館で会場係の仕事をしているとかで、たまたま今日がお休みの日だったのだ。長らく閉館していたオランジェリーが再び開館したのは、まだこの5月のこと。噂には、沢山の観光客で賑わっているらしい。私が足を踏み入れたのは、学生時代のことだったか?いったいいつのことだったろうか。「モネの睡蓮が素敵よね。」と呟くと、「そういう美しいの絵に囲まれながら過ごす会場係の仕事はとても楽しいんだ。」とウィンクをしてよこした。

 沢山のレースから真剣に選ぶ仕事は、思う以上に集中するのか、終了と共にぐったり。今日のカードフェアは夜から。まだまだ時間はたっぷりある。気分転換と疲労回復(?)を兼ね、ホテルから歩いて行くことの出来るデパート、ボン・マルシェ(こちらのページの下方“HISTOIRE DU BON MARCHE”をクリックすると当時の外観や、館内の様子が分かります。)へ散歩がてら出掛ける。特に何かお買い物する訳ではないが、空いた時間にショウウィンドウを眺めながらパリの街を歩き、デパートの中をそぞろ歩くのは私達の楽しみにひとつ。特にこのボン・マルシェは、私達の取り扱うボン・マルシェカードの発祥の地でもあり、建物自体も当時のままのため(ボン・マルシェカードの裏側には建物のイラストも印刷されている。)、レンヌ通りから少し歩き、その姿がだんだん見えてくると、なんだかわくわくしてしまうのだ。

 

最近改装したボン・マルシェ、知らない間にお洒落なサロン・ド・テがオープン。早速河村と共に一服。ミルフィーユとアール・グレイの紅茶をオーダーすると…登場したのはこの鉄瓶。どうやら最近のお洒落なサロン・ド・テでは、紅茶を鉄瓶でサービスするのが流行っているらしい。カップの縁に掛けられているのは、ハート型をしたブラウンシュガー。窓の外はボン・マルシェの創業者の名前が付けられたブシコー公園の木々。

 そして、夜はポストカードのフェアへ。今日から何日か開催されるカードフェア、初日の今日は夜遅くからオープン。出店するディーラーと共に会場入口の行列に並ぶ。アンティークフェアの中でも、ややマイナーなカードフェアだけあって、流石にここには他の日本人ディーラーの姿はない。フランス人の中にいると何もしなくても目立ってしまう東洋人の私達二人、あちこちからの好奇の視線を感じ、やや居心地が悪い。だが、そんな中、顔馴染みのディーラーとバッタリ。いつもは他のフェアで出会うディーラーなのだが、今日はここに出店らしい。"Bonjour!Cava?"と握手を交わす。

 開場時間をかなり過ぎた頃、ようやく会場が開き、みんなゾロゾロと入場を始める。ディーラー達は荷物を運んで搬入、私達はその間を縫って小走りに気に入ったカードを探し回るのだ。パタパタと落ちつきなく探し回っていたそのとき、年配の男性ディーラーが私達を呼び止めた。「以前にもここに来ただろ?」と懐かしげ。そういえば、このじいちゃんディーラーから以前可愛いクロモスを入手したことがあったのだ。「クロモスはないの?」と尋ねるとじいちゃんディーラーは、奥さんに会場のセッティングを任せて、「今すぐ持ってくるから!」と張り切って走って行ってしまった。残されたマダムと私達はじいちゃんの張り切り振りに苦笑。どうもイギリスのアンティークディーラー達に比べるとフランスのアンティークディーラー達は皆個性的だ。

 夏の終わり、9月のパリはまだ9時過ぎまで外が明るい。それでもだんだん会場は暗くなってきた。気が付くと年配のマダムのところでせっせとカードの入ったアルバムを繰っている私達。他のアンティークと同様、カードもディーラーによって扱うジャンルも違えば、同じジャンルであっても微妙に好みが違う。このマダムの好みは私にぴったり!初めて出会ったディーラーだ。耳を澄ますとムッシュウとはドイツ語で話をしている。「?」という感じの私達。「この人達はドイツから来ているのかしら?」とヒソヒソ話しながら手を動かしていたのだが、河村が「どこから来たんですか?」と尋ねると、ドイツとフランス国境の街とのことだった。伝統的に相容れないフランスとドイツだが、やはり何度もフランス領になったり、ドイツ領になったりという変遷を繰り返してきた国境の街ではフランス語もドイツ語も話されているらしい。

 会場を出たのは午後10時過ぎ、外はすっかり暗くなっている。河村と二人で地下鉄を乗り継いでホテルへ戻ったのは午後11時近くだった。まだまだ明日もカード繰りは続く。

■ 9月某日 晴れ
 昨日のカードフェアの続きに今日も出掛ける。昨日は、ディーラーのみのトレードディで、今日からがパブリックなオープンの日。会場に着いてみると…昨日と違ってすごい人、人、人!とにかく広い会場が人でごった返している。老若男女問わず、休みでもないというのに、いったいどこから集まってきたのだろう?と思われる人の数。みんな自分の目指すカードを求めてやってきたのだ。フランス人の「紙物好き」を再認識してしまう。ただし、みんなのお目当ては私達が求める可愛いカードではなく、郵便番号で分類されたそれぞれの地方のモノクロの絵葉書。ポストカードのコレクションとしては、こちらが本来ポピュラーなジャンルなのだ。「パリだったら75」というようにフランスの都市には全て番号がついていて、車のナンバーにもその番号が記載されている。その番号で分類されたカードが箱にずらりと並んでいて、コレクターは自分のコレクションしている都市のナンバーをディーラーに伝え、お目当てのカードを出して貰うのだ。

 そんな会場の中を一軒ずつ私達の目指すウィーン趣味やエンジェルや子供のカードがあるか聞いて回る。実は、これらのカード、全てのアンティークカードディーラーが扱っているとは限らないのだ。果して出して貰ったとしても、こういった可愛い系のカードに力を入れていないところだと特に選ぶものがなかったりする。また、ごっそり出てきたとしても状態の悪いカードばかりだったり。1枚1枚見ていかなければならないカードの仕入れは、本当に時間がかかるのだ。

 終日カードを繰った私達。今回は好みのカードを沢山入手することが出来、すっかり満足で会場を後にしたのだった。

■ 9月某日 晴れ
 買付けも終盤になってきた。今日は朝から三カ所のかけもち。なかなか忙しくなりそうだ。まずは、朝7時にホテルを出発。いつものように朝イチのバスに乗って、目的の場所へ。この朝早くのバスでの移動は、ちょっぴり楽しみ。河村とおしゃべりしながら、勝手知った美しい石造りのパリの街並みを眺めながらのドライブ(と言ってもバスだけど)は、何気ない普段の出来事だが、ささやかな幸せを感じる一コマだ。

 いつものように買付けの現場へ到着すると、私のドキドキワクワクが始まる。体調が今ひとつ優れないときでも、仕入れの現場でアンティークのハントが始まると、「血沸き、肉躍る」というか、胸の高まりを覚え、眼が爛々、思わず早足になってしまう。これはもう習性というか、私達アンティークディーラーの仕事の一番のエキサイティングな部分でもあるから当然といおうか…。

 まずはお馴染みのマドモアゼルから可愛い布やソーイングバスケットを。いつも何かしら可愛いものを持っている彼女。その趣味は侮れない。旧知の仲ゆえ、「あれはない?」「これはない?」と尋ねる私に的確な物を出してくれるところも重宝している。同じ生地なら生地を扱うディーラーでも、持っている物の雰囲気がまるっきり違うところも興味深い。やはり、毎回日本でお客様が私達のところで買って下さるように、私達も毎回好みの合うところで仕入れることが常となっている。それプラス思わぬところから思わぬ物が出てくることが、この仕事の醍醐味。まだこれからどんどん年齢を重ねていっても、そのワクワクする気持ちや好奇心が働くうちはずっと現役ディーラーを続けると思う。

 一通りの仕事を済ますと、さっさと次の場所へ。何しろ今日は忙しいのだ。いつもは一度ホテルへ戻り、荷物を置いて出掛けるのだが、今日はそのままバスと地下鉄を乗り継いで、初めてのフェアへ。あまり大きな規模ではないが、インドアであるし、何より家具やマントルピースなどという大物が多いフランスのフェアの中では、小物が中心の私達向きのフェア。いつもの通りそれぞれのブースを注意深く見ていくのだが、なかなか思ったものと出会えない。自分達向きのアンティークがありそうな雰囲気なのだが、それがサッパリなのだ。日本へ帰ってきてから、このフェアの話が仲良しのディーラー仲間の間で出た折、「あそこ行った?」という質問の後に、「もうあのフェア無くなるよね。」という発言が…。そう、それほど会場が閑散としていたということ。雰囲気は良いフェアなのになぁ。そんな今ひとつのフェアだったのだが、最後に唯一ソーイングバスケットを発見。内側がシルク張り、私のお気に入りオーバルの形。それだけを手に入れ、さらに次なる場所へ。

 またまた電車を乗り継いでいった先は、お馴染みの仕入れ先。いつもお世話になっているレースを扱うディーラーのところに「今回は何があるのかしら?」わくわくしながら立ち寄る。すっかり顔馴染みのおばあちゃんディーラーとも“Bonjour! Comment allez-vous?”とにっこり握手。何度かハイレベルなレースをどこからか出してきた彼女だが、今回はバカンス明けとあってか、お目当てのレースは残念ながら無し。その代わりにみつけたのが、薄いローン地が可愛いベビードレス。ハンドはハンドなのだが、今まで目にしたことのない変わったレースのはめ込みになっている。いまで見たことの無かったレースゆえ、「このレースの種類は?」と尋ねると“Fuseoux”とのこと。聞き慣れない名前だったので、綴りまでしたためて貰い日本で調べることに。で、日本へ帰ってきて調べてみると…“Fuseoux”とは“La dentelle aux fuseaux”のこと。つまり、この“La dentelle aux fuseaux”とは単に「ボビンレース」そのものの意味だったのだ。今までフランスにおいても“bobbin”で十分通じていたので、まさかまったく別な正しい名前があるとも思わずに、ここまで来てしまった自分が恥ずかしい。その変わったレース自体も後に“Beveren”という種類のレースだということが発覚。やれやれ。

緋色のほおずきに、子供用の長靴に生けられた花々。どこか秋の雰囲気を感じさせる花屋のウィンドウ。


9月のパリのウィンドウは、一足早く秋の気配。ウサギにハリネズミ、大きな栗にかぼちゃ。チョコレートで出来ているようにも見えますが、実はキャンドル専門店のウィンドウ。

■ 9月某日 晴れ
 いよいよ買付け最終日。あんなに暑かったパリなのに、もうすっかり秋の気配で肌寒い。長袖のシャツにジャケットを着込んで、最終日の今日も買付けへ。今日のフライトは夜9時過ぎ、今日も終日動き回る予定。

 最終日の今日もアンティーク三昧、買付け先2カ所を巡る。まずは、蚤の市のいつものおばちゃんのブースへ。リクエストするお客だけの特権(?)、普段は店頭に出していないカードをブースの片隅でめくるのだ。私達が「こんにちは。」と訪ねると、「あぁ、ボン・マルシェね。」と車の荷物室へ。沢山のプラスチックケースの中から、お目当ての物を探し出してきて、私達のためにキャンピング用の椅子とテーブルを出して専用席まで作ってくれる。私達が椅子に座ってカードを繰っていると、どこからともなく出てくる手が!ついつい興味本位で私達が選んだカードに手を伸ばしてくる輩がいるのだ。そんな輩には意地悪く「それ私の!」と一言。

 その他に入手したものはといえば、私の大好きなカルトナージュ、織柄の生地などいずれもフランスらしいもの。美しい織生地を張ったフォトフレームも私の好み。本当に気に入る物というのは、なかなか無い。少しずつ細々と仕入れていく。一通り仕入れが終わると、“Cafe!Cafe!”と声を張り上げてキャフェとクレープを売り歩いているおばちゃんからクレープをget。このクレープ、実はポアロ葱入りで「おやつ」というよりはちょっとした「お惣菜」という感じのクレープ。おばちゃんから「このクレープ、甘くないわよ!」と言われ、「分かってるわよ。」とひとつ貰う。この葱入りクレープ、まるで日本の「ネギ焼き」そっくりで結構イケるのだ。同じくこのおばちゃんからたまに買うカヌレも美味。買付けのほんのささやかな楽しみだ。ネギ焼きを食べながら次の場所へと向かう。

 最後の場所になるここにも、顔馴染みのおばちゃんが待っている。英語を少し話す彼女は、私たちにとっては、とてもありがたい相手。なるべくフランス語で話そうと思うのだが、ついつい英語になってしまう。いつも私好みのバスケットを持っている彼女。でも、今回出てきたのは、美しいブルーの織柄の生地。シルクではないけれど、光沢があって美しい。お人形の衣装向きだ。早速いただくことに。
 同じく壮麗な時代衣装を扱う彼女のところからは、お人形に良さそうなシルクのリボンがいくつかとシルクで出来た素敵なお花のパーツ。ロココもそうだが、こういうお花のシルクパーツにも眼がないのだ。いつもこうしたパーツやロココの付いた物を見つけては心が浮き足立ってしまうのだ。(たいていは、ロココが付いていても「かつては可愛かっただろうに…。」というボロボロの状態で、河村からすかさず「却下」を告げられるのだが。)
 今日他にも見つけることの出来たものは、素敵な薔薇のブーケ。やや大ぶりで、赤とピンクの花びらがとても雰囲気のあるブーケだ。なかなか気に入った物がみつからないこともあって、いざみつかるとそれまでの疲れも吹き飛ぶ程嬉しい。

 これにて今回の買付けもおしまい。最後に私達がひそかに“トルコ・キャフェ”と呼んでいる(パリのキャフェではそう珍しくないトルコ式トイレゆえの命名。トルコ式トイレと言って分からない方はどうぞ検索を。)いつものキャフェで遅い昼ごはん。私はパテ・ド・カンパーニュにブルゴーニュのワインと河村はパリ風サラダのいつものメニュー。いつものように給仕してくれるマダムからお代わりのパンを貰い、仲良く二人で分けっこしながら、今回の買付けの反省会。毎回何かと発見のある買付け。今回も初めて眼にするもの、初めて耳にするもの色々。本当にこれだから買付けってやめられないのだ。

「お疲れ様〜。」最後のキャフェでのひととき。ようやく今回の買付けもおしまい。“C'est fini.”

***今回も長々とお読みいただき、ありがとうございました。***