ボン・マルシェのカード

当時の少女の「遊び」シリーズ。出てくるおもちゃもなんともいえずに可愛いのです

 私が扱う「紙物」と呼ばれるカード類の中でも、お気に入りのひとつが、このボン・マルシェのカードです。オゥ・ボン・マルシェは、現在でもパリの左岸Sevres-Babyloneにあるデパートですが、創業は古く1852年にブシコー夫妻によって世界で一番初めに出来たデパートといわれています。ボン・マルシェが出来る以前の商店といえば、今では考えられませんが、商品の価格は時価、すべての物が交渉でしか買えず、店の中へは買う気がある場合にしか入ることが出来なかったということを思うと、買い物とは決して楽しいことではなかったようです。そのような中では、美しい売り場を好きなだけそぞろ歩きでき、定価で買い物が出来るデパートというシステムは、お客のためを考えた革新的な売り方でした。「ボン・マルシェ」という名前自体「安い」という意味ですから、創業とともに大人気になった訳にも納得がいきます。

出てくる動物がどこかユーモラスな「動物園」シリーズ。パリではこの時代から動物園があったのでしょうね。

 当時、印刷されたこのような店舗のカードは「トレードカード」と呼ばれ、表面にはイラスト、裏面には店名、住所、取り扱い品目が記され、広告のひとつとして大変もてはやされたようです。こうしたトレードカードのなかには、表面に可愛いお花の帽子をかぶった少女が印刷されている帽子店のカードや、じゅうたんの上で子供が遊んでいる絨毯店のカードなど、それぞれ扱う商品とイラストが関連づけられているものや、可愛いだけでないフランスらしいエスプリのきいた図柄などがあり、大変興味深いものがあります。

カードの裏側には、ボン・マルシェの住所と建物のイラスト、フランス語と英語による経営理念が記されています。

 今回ご紹介するボン・マルシェのカードは、たいていが6枚もしくは12枚のシリーズとなっており、毎月このデパートを訪れるたびに同じシリーズのカードが集められるようになっていて、半年で6枚、1年で12枚、というように集めることが出来たようです。きっとカードを集める子供にとっても、楽しみなことだったに違いありません。ボン・マルシェカードは、数多くのシリーズが印刷されていて、可愛い雰囲気のカードから、男の子向きだったのでしょうか、ミリタリー物、おどろおどろしい雰囲気を持つものまで、たくさんのイラストレーターに描かせ、その種類は非常に多岐にわたっています。

今もSevres-Babyloneの一角を占めるボン・マルシェ。左岸唯一のデパートだけあって、ウィークエンドには、沢山の買い物客で賑わいます。

 ボン・マルシェのカードは、当時数多く印刷されたトレードカードのなかでも、図柄や色合いが抜きん出ていて、印刷が美しいことが特徴です。また、このカードの中に出てくる「いかにもブルジョワ」という雰囲気の少女達の姿が、ボン・マルシェから顧客に向けての「子供にはこういう格好をさせよ。」という無言のメッセージでもあったようです。特に私がお気に入り、こうした少女の図柄のシリーズは、Vallet,Minot&Co社が請け負っていたようなのですが、当時の衣装に身を包んだ少女達の一挙一動が可愛らしく、ことにその石版多色刷りの色の美しさには、目を見張ってしまいます。どうぞ、19世紀末の少女達の世界へ遊びに出かけてはいかがでしょうか。

金箔を多用したガラスモザイクが往時の豪華さを呼びおこします。ボン・マルシェのエントランスを飾るモザイクには、1876年の文字が。