〜2005年5月〜

 今回も5月5日から17日まで、イギリス・フランスへ買付けの旅に行ってまいりました。どうぞ私達の買付けのひとコマを覗いてみてください。

■5月某日 晴れ
 いよいよ明日から買付け。4月から買付け直前まで出張続き、買付け前々日に東京から戻った私達、久々に自宅に帰ったものの、しなければならないことが山積みで、なかなか買付けの準備にまで取りかかることが出来ない。という訳で、結局荷物を作ったのは夜半1時を回っていた。いつものこととはいえ、ほとんど徹夜のまま夜が明ける。でも今回は飛行機のチケット、失くしたりしていませんよ!

■5月某日 晴れ
 今日から買付けだ!万博がらみで常滑沖に中部新空港が開港したため、今までは自宅から空港まで車で30分程で行くことの出来たのに、今回からは約1時間。そのうえ空港までの特急電車に乗らなければならない。特急電車に乗る駅まではタクシーだ。東京の都心から成田空港へ行くことを思うと、まだマシだと思うのだが、それでも気が重い。空港までの特急電車は全席指定で、満席になる可能性が高いので、「事前に特急券を買っておいてください。」といつも使っている旅行社から言われ、昨日わざわざ駅まで買いに来たのだ。それぞれ二つのスーツケース他を持って行く私達は、一番段差が少なく、エレベーターでホームまで降りられ、スムーズに電車に乗れる駅に向かい、いつもどおり朝6時半に自宅を出た。(私達の仲良し、ビスクドール作家の富野有紀子嬢の住む半田市から空港までは車で約15分。羨ましい〜。)

 いつも出掛ける空港の免税店で自分の買い物をすることはまず無いのだが、今回はインチョン空港で少々お買い物。その後イギリスでもフランスでも見ることが無かったので、日本や韓国のみの限定販売だったのかもしれない。ゲランのチェリーブロッサムに惹かれてついついオードトワレを購入してしまった。香りの物は大好きなのだが、本当に付けるのが難しい。ヨーロッパにいるときに子供っぽく見られないために付けるシャネルのアリュールは、オードトワレでも湿気のある日本では重過ぎるし、逆に日本でよく付けるロクシタンのテ・ヴェールはヨーロッパでは軽すぎてすぐに香りが飛んでしまう。そんな試行錯誤を繰り返しつつ、香水売り場を通ると、まるで犬のように鼻をクンクンさせながら、知らず知らず近付いて行ってしまうのだ。

フラット近くのガーデンに咲くライラック。イギリスらしい淡い色合い、びっしりついた小さな花が可愛らしい。初夏の訪れを告げるようだ。

■5月某日 曇り 買付け一日目、今日はロンドンからブリティッシュレイルで遠く離れたコッツウォールズのフェアへ。ロンドンよりも冷えるコッツウォールズのド田舎、ほとんど無人駅に近い駅からフェア会場まではタクシーしか手段が無いため、電車を降りると同時にタクシー争奪戦が始まる。一目散に走った私は、運良くタクシーをGet、電車で一緒になった日本からの顔馴染みのディーラー達とシェアする。タクシーを降りてフェア会場に入ると、みんなそれぞれのアンティークをハントするために散っていく。

 この日の戦跡は、限られた時間の中、まずまずの出来だったと思う。フランス製のテキスタイルが可愛いカードホルダーやエドワーディアンの繊細な特徴がよく表現されたダイヤのリング、バラモチーフが可愛いコーラルのブローチ。そしてなにより高価なソーイングツールの数々。パレロワイヤルのマザーオブパール製タンブルホックや、矢立の形が特徴の同じくパレロワイヤルのニードルケース。アイボリー製の彫刻が美しいタティングシャトル。こういったソーイングツールの細工は本当に美しい。買付けることが出来た私達も非常に満足感を味わうことが出来た。

 再びタクシーと鉄道を乗り継いで、ロンドンへと帰る。この時期のヨーロッパは既に10時近くまで明るいのだが、二人とも疲労と時差ボケのため夕食も食べないまま、暗くなるのを待たずに寝てしまった。明日も朝が早い。

■5月某日 曇り後雨、雹
 今日はロンドンでの買付け。午前6時過ぎにフラットを出る。この季節は、朝早い時刻でも十分に夜が明けており、懐中電灯を持って行く必要はなかったのだが...その寒いこと寒いこと。初夏の日本からやって来た私達、もちろん日本に比べれば肌寒いことは重々承知していたのだが、5月のイギリスとしては、今までに経験したことの無い寒さ。手持ちの服をすべて着る勢いで厚着をするのだが、いかんせん持っているのはコットンの服ばかり。おまけに今日は大風から土砂降りに、そしてついには地面をたたく鋭い音が...。雹まで降ってきた。

 そんな中でも久々にルドゥテの「バラの図譜」を発見、美しいオールドローズがたくさん盛り込まれた図画集だ。アイボリー製のバラの可愛いブレスとイヤリングのセットを、その他にも非常に手の込んだポワンドガーズのボーダーをGet。お値段の方も非常に高価だったのだが、「やはりこういうレースを扱っていきたい!」という思いで手に入れる。そして、アポイントを入れておいたレースを扱うディーラーの元から、出てくるわ、出てくるわ!バンシュやベネチアンのボーダー、アランソンのラペットなど、念願のレースの数々を入手し、少しほっとする。

 昼前にぐったり疲れて一度フラットへ帰還。フラットで昼食後、今度は市内のアンティークモールを冷やかしに出かける。滞在しているフラットからも程近い、チェルシーのキングスロードにあるアンティークモールは、10年前に比べると寂れたものの、僅かながらいまだ高級品を扱うショップも健在なのだ。美しくも大変高価そうなアンティークが並んだショウウィンドウをにへばりついて眺める私達。美しいエンジェルの描かれたエナメル製の小箱や置時計など、「かつてはどのようなお屋敷の中の飾られていたのだろう?」と思われるような品々に、私達の想像は尽きることが無い。いつものことなのだが、「いつかこういうものを扱いたい。」と思いながら、羨望の眼差しでアンティークモールをあとにした。

 そして、晩には8時近くから、知り合いのイギリス人ディーラーから受け取っていたレセプションのチケットを手に、別のアンティークモールのホールで行なわれるビンテージファッションとテキスタイルのフェアへ。そこが、いまだかつてない程楽しいフェアだったのだ!3日間行なわれるフェアなのだが、一日目のこの晩はチケットホルダーしか会場に入ることが出来ない。そして、会場に入ると...マリー・クワントのお揃いのドレスに身を包んだ女の子達からシャンパンのグラスを手渡され(そう、この晩はマリー・クワントやモエ・エ・シャンドンがスポンサーになっていたのだ。)、シャンパンの飲み放題!ロンドンの街中では見ないようなお洒落なファッシャンに身を包んだ老若男女、その日は60年代がテーマだったらしく、懐かしの60年代のバックミュージックがかかり、会場の中央にはステージまでしつらえてある。
 真っ黒のシースルーのレオタードに、真っ赤なコルセット、豹柄のストッキングを身につけた豹女、彼女をエスコートする彼女よりもずっと小柄な男性は、黒のシャツとスーツにアイボリーのタイ、黒のボルサリーノを被ったイタリアマフィア風のファッション。その晩は、まずロンドンの街で見かけることの出来ない、お洒落な人種でいっぱいだった。
 ヴィンテージの古着が主のフェアだったのだが、そんな中でも、「まずはお仕事が先!」と会場内のブースを見て周ると...あるではないか!可愛いリボン刺繍。それは一面にリボン刺繍が施されたシルクのベッドカバーだった。たぶん、あまりに可愛いので売るつもりはなかったのかもしれない。不機嫌そうなそのブースのオーナーから無理やり(?)買付ける。それ以後、すっかり満足した私は、思い切りシャンパンを楽しんだのだった。普段、全くアルコールを受け付けない河村も、周囲の楽しい雰囲気に真っ赤な顔で2杯もお代わりする始末、これでどんなにその晩が楽しかったかがお分かりいただけると思う。

60年代のヴィンテージのファッションの女の子達の歌と踊りのステージあり、大いに盛り上がったヴィンテージフェアのレセプションだった。

■5月某日 曇り
 今日はロンドンでの買付け。2ヶ所のフェアをハシゴするのだ。まずこの日一番の大きなフェアへ行くために、午前7時前にフラットを後にする。
 会場に着き、顔馴染みの日本人ディーラー達と再会。合言葉は「寒いねぇ〜。」だ。いつものように、ガラガラと愛用のカートを引きずりながら、出店するデイーらーとともに入場。大きな体育館のような会場の中から、一つ一つ好みのものを探し出していく。丁寧に探しながらも、「誰よりも早く見つけなければ!」と気が焦る瞬間だ。ここでは、ビーズのポシェットやピンクッション、リングなどのヴィクトリアンジュエリー、チョコレートボックスなどのこまごましたものをGet。欲しい物が手にはいった後は、早々に引き上げる。

 その後、街のホテルフェアへと移動する前にまずフラットへ帰宅。昼ごはんを食べ、荷物を置いて街のホテルフェアへ。ホテルフェアでは主にシルバーなどの高級品が多く出品されているのだが、この日は何も得るものがないく、がっかりしながら会場内を二周してしぶしぶ外へ出た。

V&Aミュージアムの展示の中でも一番のお気に入り「コスチュームギャラリー」。今まで何度足を運んだことか。画像は1870年代の結婚衣裳。胸と袖のレース飾りにはホニトンレースが使われていた。

 ホテルフェアを出てもまだ午後3時前、時間を持て余した私達は、お気に入りのヴィクトリア&アルバートミュージアムへ。泊まっているフラットからもけっして遠くないここは、私達の遊び場なのだ。ミュージアムショップの書籍コーナーで本に夢中の河村を置いて、私は一人で「コスチュームギャラリー」へ。様々なドレスの周りをそぞろ歩き、その当時へタイムトリップするのだ。
 その後、河村と一緒に19世紀のイギリスのコーナーへ。ここにも当時のインテリアや道具、私達から見ると見慣れたアンティークが沢山展示されている。その中でも今回面白かった物をひとつ。本当は、子供の為の体験コーナーだと思うのだが、当時の風俗を知る為に、なんとコルセットやフープが自由に付けられるようになっており、誰もいないのを見計らって、ちゃっかり楽しんでみた。実際に付けてみた感想はというと、向きを変えるたびにフープの重みで体をとられて、振られてしまう。すっかり当時の女性の気分にひたってしまった。

恥ずかしながら披露してしまったさかざきのフープ姿。このフープ、最盛期には周囲の長さが6m近くもあったとか。そんな時代に生まれなくて良かった?

■5月某日 曇り
 今日はロンドン市内で買付け。馴染みのディーラーから、頼んでおいたアンティークのジュエリーボックスを受け取る。もちろんアンティークジュエリーの中には、もともと箱付きで出てくるもあるのだが、彼のように箱だけを専門に扱っているディーラーもいる。商品にする訳ではないのだが、リングケースにしても、やはりアンティークのボックスには独特な魅力がある。その後、思わぬところからビーズを編みこんだドイリーを見つけ、よくよく状態を確認して仕入れる。またもやリボン刺繍のシルク地を見つけ、ニッコリ。私はリボン刺繍やロココに目がないのだ。

 昼は、仕入先で一緒になった東京のアンティークディーラーFさんを誘って三人でソーホーのチャイナタウンへ飲茶に行く。「飲茶は、やっぱりみんなで食べなきゃね!」とたびたび足を運ぶチャイニーズのお店へ。次から次へとトロリーで美味しそうな食べ物が運ばれてくる。いつも河村と二人で行くと、すぐにお腹いっぱいになってしまい、あまり沢山の種類を食べることが出来ないのだが、今日はトロリーに集中しつつもおしゃべりに花を咲かせる。約一時間後、様々なものにトライした挙句、すっかり満足して店を出たのだった。(あの大根餅とココナツプリンがまた食べたい...。)

 午後からは、インターネットで予約しておいたユーロスターのチケットを受け取りに旅行社へ。ユーロスターのチケットは、日本の旅行社で購入できるのだが、ロンドンの方が若干安く買えるのだ。チケットを受け取ったあと、再び市内のアンティークモールへ。なかなかピンと来るものが無く、ほとんど何も仕入れることなくその日はfinish。

■5月某日 曇り
 今日は、朝一番のブリティッシュレイルの電車に乗り郊外のアンティークフェアへ。なんとオープンが朝6時半のため、5時過ぎの電車に乗らねばならない。起きるのは4時、フラットを出るのは4時半だ。毎度のこととはいえ、「こんな早い時間から始めるなんて、いったいイギリス人のアンティークディーラー達は何を考えているんだか?」と思わずにはいられない。当然まだこの時間には地下鉄も動いていないため、ブリティッシュレイルの駅まではタクシーだ。電車に乗り込んだのは良いが、まだ完全に起きていなかった私は、再び電車の中でウトウト。目的地に着いた頃、ようやく河村から起こされる始末だった。

 そして6時半、集まってきたたくさんのディーラーと一緒に会場へ。いつものことだが、皆殺気立っていて、細い通路を歩いていると、後ろからやって来た大柄なイギリス人に吹っ飛ばされることも珍しくない。日本ではどちらかといえば大柄な部類に入る私でも、いとも簡単に吹っ飛ばされてしまう。そんな相手にジロッと一瞥をくれ、買付けを続ける。突き飛ばされるぐらいならまだいいが、いつかあまりの混み様に、シルバーを扱うブースに飾ってあったローストビーフを入れる巨大なドームが私の頭目掛けて落ちてきたことがあって、その時は周りの驚愕もさることながら、実際に痛いやら、びっくりするやらで大変だった。落ちてきたお店のおばあちゃんに抱きしめられて一件落着したのだが、あんなにびっくりしたことはあまり無い。そんなことも起こりうるのだ。

 今日は頭にシルバーが降ってくることもなく、ゴールドのチャームやエナメルのボタン、どんぐりのピアスなど小さくて美しい物がいくつか手に入った。そして、最後に「まさかこんなところには何も無いよね。」と思いながら入ったうらびれたストールで、ついに発見!「今回は無理かも。」と半分諦めていたギョシェエナメルのロケットだった。しかも今まで手にしたことの無い可愛いピンク色。さり気無く、いかにも欲しそうなそぶりは全く見せずに値段を聞き、交渉の末に手に入れたのだった。その後「やったね!」と河村と喜び合う。自分達の好みのものが手に入るとそれだけで疲れが吹き飛ぶようだ。

念願だったベスナルグリーン子供博物館で。ベビーシャワーのピンクッションは、今までも何度か扱ったことがあったものの、左側のお人形型のものは初めて。「こんなの欲しい!」と思わずにはいられなかった。

 ロンドンへ帰ってきた後は、念願だったベスナルグリーン子供博物館へ。この博物館には、以前から興味があったのだが、なかなか訪れる機会の無いまま時間が過ぎていってしまっていたのだ。 地下鉄を乗り継ぎセントラルラインのベスナルグリーンへ。地下鉄を降りてからも2〜3分ほど。サインに従って歩いていくとすぐにヴィクトリアンの建物が見えてくる。トイやお人形、ドールハウスや昔の子供の衣装等のアンティークが満載のここは、アンティーク好きの方だったら、是非足を運んでいただきたい楽しいミュージアムだ。ベビードレスをはじめとする当時の子供用衣装の数々は、その小さなサイズが可愛らしい。大人の衣装が形が同じのまま全く小さくなっただけなのだ。「子供にさえコルセットを着けさせたんだなぁ。」と感心してしまう。ことにドールハウスのコレクションは圧巻!中に様々な調度品を飾った大きな邸宅をドールハウスにした物がいっぱいだ。当時の子供達は、こういうところからインテリアについて学んだのだろうか。時間を忘れて見入ってしまった。(ベスナルグリーン子供博物館のカタログがLibraryより入手できます。興味がある方はこちらをクリック!)

ドールハウスのコレクションも必見!画像はキッチンだけのものだが、大きなジョージアンの邸宅やヴィクトリアンの邸宅がいくつも展示してあり、大変興味深かった。

■5月某日 曇りのち雨
 今回はフェアの都合上、ロンドンにいる日程がいつもより短い。午前中にロンドン市内で買付けた後、午後にはユーロスターでパリへと向かうのだ。懇意にしているジュエリーを扱う女性ディーラーの元で可愛いリングふたつを発見!ひとつはハート型のシードパール製、真中に小さなピンクのルビーが光っている。もうひとつもシードパールとルビー製、大小二種類のシードパールを組み合わせたとてもラブリーなリングだ。気持ちの良い満足感を心にデーラーのもとをあとにする。

 ロンドン・ウォータールー駅から乗り慣れたユーロスターでパリ北駅へ。ユーロスターに乗るよりも、ロンドンーパリ間を飛行機で移動した方が安上がりなのは分かっているのだが、たくさんの荷物を手にロンドンのはずれのヒースロー空港まで移動し、さらにシャルル・ド・ゴール空港からパリ市内に入ることを考えると、やはりユーロスターを選んでしまう。ユーロスターが出来て、市内間の移動がとても楽になったのだ。昔(私が学生時代)は、「ドーバー海峡を渡るのはフェリーだったよなぁ。」と感慨深く思い出す。そういえば当時、一度恐る恐るパキスタン航空の片道\7,000位のディスカントチケットで乗ったことも思い出す。もう、パキスタン航空に乗ることはないだろうなぁ。

 パリに着くと今回はオデオンの泊まり慣れたホテルではなく、少し外れたサン・ジェルマン・デ・プレのホテルへ。見本市の時期と重なった為、どうしてもいつものホテルが取れなかったのだ。いつものホテルが取れないとなると、パリの中を動き回るのでも、地下鉄の路線やバスの路線も皆違ってくるし、日常の食料品を調達するマルシェも違ってくる。ホテルの場所が変わるということは非常に煩雑なことなのだ。今回はインターネットで見つけた初めてのホテルのため、やや緊張気味でチェックインする。サンジェルマン・デ・プレとオデオンは地下鉄では一駅違うだけなのだが、それぞれに街の雰囲気が違う。チェックインのあと、マルシェへ買い物がてら出掛け、そのままオデオンの行き慣れたキャフェで一息入れ、やっと落ち着いた。


■5月某日 晴れ
 今日はフランス第一日目。楽しみにしていたサロンのフェアだ。サロンでのフェアは、美しい物がいっぱい、ワクワクする気分で向かう仕事だ。おまけに今日は、買付けに来て以来一番暖かい。私は寒いのが大嫌い。いつもの買付けでは山のような防寒着とともにやって来るのだが、今回はヨーロッパの気候を甘く見ていて、寒くても着るものが何も無い。予想以上に暖かくなった今日、それを一番歓迎したのは、寒さによる私の機嫌の悪さから開放された河村かもしれない。

 もちろん買付けの方も好調で、シルバーのソーイングセットや美しい彫刻のアイボリーのクロスなどを見つける。お人形用のシルクやテキスタイルのあれこれもGet。そして、長年探していたエナメル製のソーイングセットを発見!地模様のあるエナメル製で、バラの柄が点々と飛んでいる。筒状の形でふたがネジ式、シンブルになっている。シンブルの頭の部分はベネチアングラス製、内側に小さな糸巻きとははさみが仕込まれた、見ただけではソーイングセットとは分からないラヴリーなセットだ。エナメル好きの私にとっては一度自分の手にしたかった物のひとつだ。

 サロンのあとは、いつも懇意にしている紙物ディーラーの元へ。河村と二人、椅子に腰掛けて、時間を掛けて大量のカードの中から選りすぐっていく。それぞれ別々のカードの山を前にしているのだが、私はついつい河村の見ている分も気になって、自分の分を選びながらも、すばやく河村の手元にも視線を走らす。「魚みたいに口角レンズの目だったら楽なのになぁ。」と思ってしまう。今回も可愛いカードをしっかりGet。ぐったり疲れてホテルに戻ったのは、8時近くだった。

■5月某日 晴れ
 今日は、仲良しのディーラーの元にレースや布製品を仕入れに行くのだ。どんな素敵な物が待っているかと、いつも楽しみにして出掛ける場所だ。案の定、彼女は私のためにロココやレースをキープしておいてくれる。頼んでおいたペチコートやノルマンディーレースを選ぶ。フランスでは、(日本も同様なのかもしれないが)このシーズン、ペチコートのようなレースをあしらった白いコットンのスカートが大流行。あちこちのショウウィンドウに飾ってあるのを見た。日本でも、そんなロマンチックな雰囲気が新鮮かもしれない。

 その後向かったのは、久しぶりにマレ地区にあるセレクトショップ“Yukiko”(またしても自分のお買い物だ。)。若い日本人女性がオーナーのこのお店は、日本の雑誌でもたびたび紹介されている。今回も、彼女が最近出したオリジナルのドレスがどうしても見たかったのだ。オーナーYukikoさんの明るい“Bonjour ”の声に迎えられて店内に入ると、彼女自身が着ていたシルクのブラウスが気になる。ブラックティーというバラの種類をご存知だろうか?彼女が着ていたブラウスは、まさにブラックティーの色合いの紫とも茶色ともつかないニュアンスのある色だ。「ねぇ、あなたが着ているそれは?」と尋ねると、「ピンクならまだあるんですけど...。あ、でも私の着ているこれでよろしかったら売っても良いですよ。」淡いピンクも素敵だったのだけど、私の好みは濃い方のブラックティー色。試着すると、珍しく河村も「よく似合う。」という。試作で作ってみたという彼女の着ていたそれを、無理やり脱がせて売っていただいてしまった。
 久し振りで会ったYukikoさんは、ますます元気。明るい彼女と三人でおしゃべりしていると、話がつきない。さんざんファッション業界の裏話に花が咲き、大笑いしてしまった。彼女のお店“Yukiko”のアドレスはこちら “Yukiko” 97,rue vieille du Temple 75003 Paris tel 01 42 71 13 41 ピカソ美術館の裏手なので、パリに遊びに行かれる機会があったら、是非お立ち寄りを。

 そして、今度こそ「事件はまた起こった!」ホテルのある左岸まで戻ってきて、いつものマルシェでパンを買おうと、よく通る細い路地を歩いていたら...。ふたりともその日買付けてきた山のような荷物を持ち、特に河村は二つのかばんと大きな袋を下げていた。疲れながらも、通り慣れた路地を建物を見上げながら「これってアール・ヌーヴォーだよねぇ。」などといいながら歩いていると、後ろからフランス人のローティーンの女の子二人が、私達を追い越して行った。そしてすぐに彼女達が戻ってきて河村に向かい「ムッシュウ、落としましたよ。」と彼のポーチを手渡すと、再びそそくさと去っていくではないか。最初何のことだか分からなかった私達だったが、すぐにそれは河村が落としたのではなく、河村の後ろ向きになっていたバッグからすられた物だと気付き、唖然とした。「スリだ!」すぐにポーチの中を改めるが、もともとメモ帳と電卓しか入っておらず、何も盗られた物は無い。きっと面白半分に財布と間違ってすってみたものの、何も金目の物が無いので、戻しに来たのかもしれない。幸いなことに何も実害は無かったのだが、よく知っていた道での出来事だっただけに、ほっとするやらびっくりするやらだった。
 お陰様で、私自身は一度も危険な目にあったことはないのだが、河村は以前にも地下鉄のオペラの駅で、ジプシーの子供のスリ集団に囲まれたことがある。その時も、地下鉄に乗ろうとするや否や、ホームの遥か遠くにいたジプシーの子供達が、いっせいに河村目掛けて車内に乗り込んできて、「あれあれ」と思う間に服やかばんをまさぐりだしたのだ。ふたりの所持金すべてを持った私は(ちょうど河村はほとんど現金を持っていなかった。)、最初は「あれ〜、本当にやられているわ。」と面白がっていたのだが、あまりにしつこいので、日本語で一番年かさの子に「いい加減にしなさいよ!!」と怒鳴ると、ちょうどその時、張っていた私服警官達が車内に乗り込んできて、あっという間に全員連行していったのだった。その一連の出来事はまるでドラマを見ているようにスリリングで、今だにその時のオリエンタル系私服警官の一人のカッコ良さが忘れられない私と河村なのだ。同業の日本からのアンティークディーラー達も、かなりの確立でスリにあったり、襲われたり、けっして珍しい出来事ではない。特に男性は狙われやすいので要注意が必要だ。
 私自身の買付けでの唯一危険な出来事といえば、その昔ロンドン・ウォータールー駅で寝るハメになった(!)ことぐらいだろうか。またそのお話は次の機会に。

裏側から眺めたノートルダム寺院。いくつもの橋梁にささえられた後姿は「バックシャン」の異名を持つ。パリの楽しいところは、ふと歩いただけで、こういう建造物に出会えるところ。

■5月某日 雨
 前日までの暖かさとうって変わって、大雨の一日になってしまった。今日は屋外のフェアだったのだが、みんな「濡れては大変!」と私達のお目当てである布製品や紙製品は、しまったままだ。がっくりしながらもしつこく見ていくと、大きなテントを張ったショップの中に生地見本の山を発見。私達には宝の山に見える。「1900年頃のものよ。」とそのショップのオーナーに言われ、納得。それからが大変で、何百枚とある生地の中から「一番素敵な生地を!」と濡れた傘もほったらかして、生地漁り。「茶系の生地を。」とおっしゃっていたお客様の顔が頭に浮かぶ。生地の山をいくつも踏破し、「いかにもフレンチプリント」というテキスタイルを幾枚もGet。「雨が降ってもいい事あるよね。」と次なる買付け先へと向かった。

 午後からは、カードの仕入れだ。カードの仕入れの前に、と楽しみにしていたベトナム料理のデリに行ったのだが、残念ながらお休み。仕方なく近くのベトナムレストランに入ると、これがとっても美味。私は、海老のココナツカレーソース、河村は鳥のソテー。それにふたりとも炊いたお米を付けてもらう。日本のお米とは違った長粒米だが、上手く炊いてあってとても美味しい。ベトナムという国は、東南アジアの米どころらしい。今回、サイゴン陥落についての本を持ってきた私にとって、ベトナムは、今、気になる国なのだ。パリでは、旧フランスの植民地であったベトナム料理はお馴染み、チャイニーズの大半はベトナム系、チャイニーズのデリでも、置いてあるのは生春巻きだったりする。(またまたこれが美味!)
 美味しくベトナム料理を食べた後は、しっかり仕事をし、カードもろもろを入手。今回もたくさんのカードを手にすることが出来た。

 そして晩ごはんは、この季節ならではアスパラガス!日本で見るグリーンアスパラではなく、太くて大きいホワイトアスパラだ。「この季節に来て、アスパラガスを食べずに帰るなんて耐えられない!」と日頃から騒いでいた私は、仕事帰り、いつものジェラール・ミュロのお惣菜コーナーでしっかり買い込み、思いの丈を晴らしたのだった。(あ〜、またもや食べ物ネタになってしまった。)

フランスに来ると食べたくなる物、それはチョコレート。特にカカオ分の高い苦味のあるものが大好きだ。最近気に入っているのは、チョコレートの中に刻んだオレンジピールが入っているもの。レストランでの食後、キャフェと一緒に添えられたチョコを齧るのも好き。

■5月某日 晴れ
 いよいよ買付けも佳境に入ってきた。今回は、いつもより日程が短めのため、まるっきり自由時間という日は一日も無い。昨日、雨で今ひとつだったフェアへ再びトライする。今日は雨も上がり、気持ちの良い天気だ。布張りのボックスやリボンなど、昨日は見つけることが出来なかったものを入手。箱好きの私、今までいったいいくつ布箱を扱ってきたことだろうか。たぶん数十個は下らないだろう。だが、最近は本当に品不足で、ジュエリーをひとつ見つけるよりも、布箱をひとつ見つけることのほうが、ずっとずっと困難だ。「昔は可愛いのがいっぱいあったんだよ〜。」と河村相手にぼやく。

 今日はフェアのハシゴ。午後にはもう一箇所へ足を運ぶ。可愛い絵本のページやお人形のためのバスケットなどをGet 。「このまま額装すると、きっと可愛い!」と嬉しくなる。リボンやバスケットなど、お人形の小物を並べてディスプレイするのを思い浮かべる。今回は布地もたくさん手に入れたし、これで「人形のお客様にも顔向けできるかも...。」と少しほっとする。と、道端に目を移すと、エンジェル柄の三面ミラーを発見。「こういったフランス製のミラー、以前から欲しかったんだよね。」と即買付け。吊るすことも出来る、折りたたみ式の三面ミラーだ。そのほかにも、フランスらしいシルバーのパウダーポット(美しいすずらん柄!)やバラ柄のコンパクトを手に入れ、終了。

 そうこうしながら歩き、ふと前を見ると、なんと俳優の高橋克典が奥さんらしき美しい女性と歩いているではないか!テレビで見るのとは違って、ずっとほっそりしたイメージだが、本物だ!今回は、チラッと見ただけだったが、たまにそういった芸能人が、お客様としていらっしゃることもある。つい先日は、黒柳徹子だったし、編み物の貴公子のあの方も、実際は男らしい素敵な方だった。でも、一番印象深かったのは、山本寛斎だ。いかにもファッション畑の人らしいパワーのある服装、でもとても気さくで気持ちの良い人だった。「これは何?」と聞かれ、答える私の説明を熱心に聞いた後、「色々教えてくれてありがとう!」と。その爽やかさと、アシスタントらしい若い男性の礼儀正しさに、グッときてしまった。

 明日で買付けもおしまい。夜は、映画好きの河村の提案で、サン・ミッシェルの映画館まで、日本映画を見に行くことに。本当は、せっかくパリに来ているのだからオペラやバレエなどのスペクタクルが見たいのだが、ここ最近なかなか見たい演目とスケジュールが合わず、オペラ座へ行けなくて残念だ。一度ホテルに戻り、夕食を済まし、9時半からのプログラムに合わせて出掛ける。見たのは「茶の味」という最近の日本映画。河村推薦の浅野忠信が出演していたのだ。作品自体は、コミカルな感じだが、それよりも、最初から海外に輸出することを念頭に置いて撮った映画らしく、登場人物が、全員絞りのパジャマを着ていたりするのが妙におかしい。周りは全部フランス人のため、字幕よりも先に筋が分かって、河村と二人だけで爆笑してしまう。「本当にこのおかしさ、フランス人に分かるのかなぁ?」とちょっと疑問。だが、フランスでは、なかなか日本映画も健闘しているようだ。北野武は皆知っているし、宮崎駿のアニメはいつも長蛇の列、特に宮崎駿は、パリで「宮崎駿展」が開催されるほどの人気振りだ。

 映画を見終わった12時近く、散歩がてらサン・ミッシェルからホテルのあるサン・ジェルマン・デ・プレまでセーヌ沿いを歩いた。夜でもセーヌ界隈はライトアップされていて、それこそまるで映画の中の世界のようだ。以前一人で買付けに来ていた頃は、レストランで一人の食事の後「夜の散歩」と称して、一人でドキドキしながらも大通りのショウウィンドウを眺めて歩いたものだが、河村と二人になってからは、夜でも普通に出歩けるのが嬉しい。セーヌ川界隈は、2012年のパリオリンピックの誘致に先立ちオリンピックカラーのライトが点灯している。買付けの楽しみは、もちろんアンティークを探すことにあるのだが、こんな日常的なひとコマで、美しい建造物に出会えることかもしれない。

 

左岸側から見た右岸のデパート・サマリテーヌ。アール・ヌヴォーとアール・デコの調和が美しいサマリテーヌの建物もオリンピックカラーでライトアップ。天気がよければサマリテーヌの屋上のキャフェは、眺めもよくおすすめ。

 今回も、長々と私の「買付け日記」にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。お読みになった感想もお聞かせいただければ嬉しいです。