〜前 編〜

■11月某日 晴れ
 今回は久し振りの河村との二人旅となる買付け。イギリス、フランスはいつものルートなのだが、今回は初めてオランダに買付けに行くことと、最後にフィレンツェでホリディを過ごすため二週間以上になる長旅だ。今回は訳あって、乗り継ぎも合わせると飛行機に、なんと6回も乗るという大移動に、ロンドンーパリ間のユーロスター、パリーアムステルダム間のタリスの列車の旅あり、4カ国のホテルの予約あり、エンジェルコレクション出張担当の私としては、浮かれる河村を尻目に何事も不具合のないことを祈るばかり…。
 特に、今回は河村が大韓航空のマイルを使用するのだが、8万マイルあれば同じスカイチームのエールフランスやアリタリアに乗れたのに、7万マイルしかなかったため、乗れるのは大韓航空のみ。(普段、あれほど言っていたのに、大韓航空のクレジットカードを使わず、ANAのクレジットカードばかりを使っていた河村。そんなことも私にとってはいちいち腹立たしい!)なので、帰国時にはフィレンツェーローマーインチョンー成田と2回の乗り継ぎが待っている。私の分は、このルートで大韓航空のサイトからチケットを購入出来たのだが、河村のフィレンツェーローマ間のチケットはマイル適応外なので、別に購入。しかも、ローマに到着して次の飛行機が飛ぶまでは1時間半しかない。頭の片隅で「何かあって次の飛行機に乗れなかったらゴネるしかない…。」と考えつつ、無事に滞りなく旅程が終了することを祈るばかり。

 そんな私達が旅行の支度をするのは、いつも旅の前夜、遅い時間になってから。今回はオランダに向うということで、思い出したのは前年KLMのアムステルダム経由でパリに入るはずが、天候が悪くてパリ便の飛行機が飛ばず、翌日にしかパリに到着出来なかったこと。荷物は飛行機から出ず、もちろん無料でアムステルダムのホテルと食事はあてがわれたのだが、一番困ったのは携帯の充電が無くなったこと。その時は運良くパソコンを持って来ていたので、パソコンから翌日のアポイント先に連絡をし、最後はパソコンから携帯に充電して事なきを得たのだが、それからというもの、買付けには必ずモバイルバッテリーを携帯。が、夜10時になってからモバイルバッテリーをお店に忘れてきたことに気付いた私。オランダのトラウマから、「今からお店に行って取ってくる!」と地下鉄に乗って取りに戻ったのだが…。帰ってきて、改めてバッテリーを眺めるとなんだかヘン。ジャックの形が妙なのだ。「あれ?おかしい。いったいどうやってつないでいたのかしら?」と真剣にジャックを眺めている私に、河村がひと言「それ、外付けのハードディスクじゃん!」
 「えっ!?」と絶句する私。私がバッテリーだと信じて持ち帰ったのは、実はハードディスク。思わず脱力してしまう。

右がモバイルバッテリー、左が私が間違えて持ち帰ったハードディスク。重さもほぼ同じ。それに気付いた時には一気に脱力してしまいました。


 そして、ここ最近はいつも3個のスーツケースを持って行く私に、「それは多過ぎる。2個で十分。」とイチャモンをつける河村。私は商品を入れて持ち帰れるよう、必ず大きなスーツケースの半分を空にして、そこにぴったりのサイズの段ボール箱を入れて出掛けるのだが、河村のスーツケースを見ると、私よりもずっとお洒落な彼は、スーツケースにびっしり自分の洋服を詰めている。「は!?オマエはいったい何のために行くんだよ!」と叫びたいところをぐっと堪え、冷静に、でも断固として「いつもスーツケース3個だから、今回も3個にするわ。」と答えた。
 今回の長旅、行く前からこんな感じでいったいどうなることやら。珍道中が予想される。

空港からタクシーでホテルへ向おうとしていたにもかかわらず、河村に無理矢理電車に乗せられ、ご機嫌斜めだった私にこんな一団が駅でお出迎え。彼らをこんな間近で見る事は滅多にありません。どうやらポピーディ(11月11日の第一次世界大戦の終戦記念日)のためのチャリティだったようです。


■11月某日 晴れ
 今日向うのはロンドン市内のアンティークモール2軒。その一軒、ロンドン西部のアラブ人街にあるモールへは久し振りの河村。ここ最近は、少し淋しい感じは否めないが、他に何も予定が無いときにはここにやって来る。「昔はみんなここに集結してたよね〜。」と遠い眼をする河村。そう、昔はこんな場所でも日本人ディーラー同士、バトルが繰り広げられていたのだが、今は穏やか。顔馴染みのディーラーと挨拶を交わしながら、お客様からのリクエストを頭に浮かべつつ、のんびり見て回る。今日は残念ながらお目当てのマダムはお休みで早々に次の場所へ。

 途中、オックスフォードストリートのデパートのフードコートでランチ。イギリスの食べ物というと、いまひとつ食欲は湧かないが、こうした場所は実際に食べ物を見て選ぶことが出来るのが良いところ。午後から訪れる予定のモールでも、ジャストルッキングのみの可能性が高く、いわゆる「臨戦態勢」ではないため、落ち着いて昼食をとる。

 訪れたのは高級なジュエリーを扱うディーラーが数多く出店しているモール。たまに出物があるため、馴染みのデイーラーと世間話をしつつ、1軒1軒を真剣にチェック。いつもお世話になっているレースディーラーのところで素敵なノルマンディーレースを選び、「また明日ね。」と言いながら、「そうだ!あんなものも、こんなものも、見たい!」と翌日のリクエストも忘れない。明日はまた別の場所で彼女の元を訪れることになっているのだ。

 今日のスケジュールが終ったのは夕方近く。買付け一日目は、こちらの時間と気候に合わせるため少しのんびりしたスケジュール、街に出たついでに私達が好きなデパートLibertyに立ち寄り、ウィンドウショッピング。明日は早朝から「決死の買付け」と、午後には「パリへの大移動」が待っているため、そそくさとホテルに戻る。

オックスフォードストリートのデパートのウィンドウ。新しく発売されたフレグランスのキャンペーンなのか香水のボトルで形作られたボトルが!背景は巨大なクリスマスオーナメント。

まだ11月の始めだというのに、ヨーロッパでは珍しくもうクリスマス商戦がスタート!紫系のカラーがイギリスらしいデコレーションです。

■11月某日 曇り
 今日は気合いを入れてロンドンの買付け!早朝から出掛け、買付け後の午後にはすべての荷物を持ってパリへの大移動が待っている。
 まだ暗い明け方、スーツケースをレセプションに預け、通りでタクシーを拾う。この時間、地下鉄はまだ動いていないし、何よりそんな時間にウロウロ歩くのは危険でもある。さっさとタクシーに乗り込み、今日の長い一日が始まった。

 一番最初に向ったのはいつもお世話になっているジュエラー。あらかじめアポイントを入れ、今回フィレンツェに行くことも伝えてあるので、「いいわねぇ、イタリア!」と散々羨ましがられる。繊細な細工物が多く、かといって物凄く高価な訳では無い彼女のジュエリーは、私には手を出しやすいアイテムが多く、必ずまとめて仕入れている。また、彼女が私の好みを熟知している点も安心感があり、毎度、「こんなの好きでしょう?」と、私の好みのジュエリーを手品のように出してくれるのだ。
 今朝もサファイアとダイヤのミルグレインが美しいリング、同じく緻密なミルグレインが見事なアール・デコスタイルのリングが出てくる。そして、「これ好きでしょう?」と彼女が私に手渡してくれたのは、スプリットリングに付けられた小さなシール2個とキィのセット。繊細で小振り、バランスがとれている。そうそう、こんなのが私の好みなのだ!他にも蝶やスミレのシールを仕入れ、最後に出てきたのが大小のスプリットリング2点。シールを入れ込むことが出来るスプリットリングは、いつも探しているアイテムなのだが、なかなか出てこないアイテムでもある。大小2点も一度に出てくるのはなかなか無いこと。2点一緒に買付ける。

 グラデーションのパールネックレスもいつものジュエラーから。沢山のパールネックレスを出して貰い、一点一点チェックしていく。今回、私が気に入ったのは小振りなグラデーションで、パールの光沢も綺麗。何よりもクラスプにもパールとローズカットダイヤがあしらわれているのが◎。おまけにルーペで刻印をチェックすると地金がプラチナ製であることも分かった。「よしよし!」とばかりに買付ける。

 ソーインググッズを専門で扱う彼女は、パリのフェアでも度々顔を合わせ、その都度仲良く立ち話をする間柄だ。もちろん今回も事前にアポイントを入れ、私の訪れを待っていてくれるはず。そんな彼女を初めとするロンドンのディーラー達にオランダ行きをすすめられ、今回初めてオランダに行くことになったのだが、とりわけ私に「あなたなら行った方が良いわ!」と強くすすめてくれたのが彼女だったのだ。
 いつものように挨拶を交わすと、ここでもまた「これがあるわよ!」とばかりに象眼細工のタティングシャトルが私の目の前に出てきた。他にも繊細なかぎ針の付いたアゲートのタンブルホックやマザーオブパールのスティレットも!どれも探していたものばかり。彼女の気遣いがとても嬉しい。立場は違っても同じアンティークディーラー同士、まるで戦友のような私達。今日は手早く仕事を済ませ、「じゃ、来週オランダでね!」と別れた。

 シードパールがびっしり敷き詰められたロケットはヴィクトリアンらしいジュエリーを扱うマダムから。これがペンダントトップだったら、今までも扱った事があるのだが、ロケットというのが珍しい。バチカンにもシードパールがセットされている点もポイント。こうしたヴィクトリアンらしい細やかなジュエリーは私の大好物でもある。(帰国後、よくよくホールマークを調べてみたところ、当時、ドイツにあり、後にイギリスへ移ったユダヤ系のジュエリーメーカーだったMartin Mayerの物だったことが分かった。元々イギリス向けに作られたものかも?)

 ボタンを専門に扱うディーラーからは私が大好きなエナメルボタンを入手。私が初めて買付けのためにイギリスにやって来た20年以上前からお世話になっている彼ら。当時、既に初老だったから、いったいいくつになったのだろう?いつもは必ず夫婦一緒にいる仲良しカップルだったのだが、今日はマダムの姿が見えない。実は、しばらく前からマダムは体調がいまひとつの様子だったので、ひょっとしたらまた体調崩したのかもしれない。いずれにしても、彼らからボタンを譲って貰うのも、もう長くないかもしれない。そして、そんな予感はたいてい当たっているのだ。河村とふたり、淋しい気持ちでその場を後にした。

 昨日も会ったレースディーラーとまた今日も再会。昨日、伝えてあったリクエスト通り、ポワン・ド・ガーズのハンカチやタティングレースの襟が出てきた。モチーフとモチーフを糸で結んだ古いタイプのタティングレース、いつも探しているのだが、職人のレースとは違うためか、なかなか出会いが難しいのだ。

 フランスに比べ、比較的ジュエリーが手に入れやすいイギリス(フランスよりもイギリスの方が目にするジュエリーの数が断然多い。)、今日はジュエリーをまとめて仕入れておきたいところ。
 いつも大人気のジュエラーのガラスケース、その僅かなすきを突いてガラスケースの前に陣取り、親子で切り盛りしているマダム二人を駆使し、「あれ見せて!」「これは何?」とルーペ片手に膨大なジュエリーの中から自分達の好みの物をチョイス。まず出てきたのはローズカットダイヤのピアスで18K製のフランスの物。そういえば私が以前フランスで買付けたローズカットダイヤのリングと石のセッティングの仕方がそっくりだ。すべてイエローゴールドで出来ている点も、地金がたっぷり使われている点も、何よりダイヤが美しい点もどれも良い。可愛いハートのアメジストペンダントもここで。周囲をシードパールで取り巻いたヴィウトリアンらしいデザインだ。何より嬉しかったのは、久し振りに「言葉遊び」のリングが手に入ったこと!今回は「崇拝する」を意味する"ADORE"リング、セットされた石の頭文字を組合わせると"ADORE"になるというアンティーク特有のリングだ。今回のリングは地金もしっかりしているし、何よりそれぞれの石の発色がとても綺麗。嬉しい出物だ。そしれ、もうひとつ、トルコ石のお花がゴールド細工のバスケットに生けられたペンダントは、まるでドールハウスのミニチュアのよう。立体的で愛らしいアイテムだ。お値段で迷う私に、河村の「珍しいもの、うちにぴったりな物を手に入れようよ!」という言葉に後押しされ、手に入れることに。

 いつもお世話になっているレースディーラーからは、この夏生まれたばかりの赤ちゃんの写真を見せて貰って和やかな雰囲気。(ディーラーから自分の子どもの写真を見せて貰う機会は意外とあり、毎度その成長ぶりにこちらまで嬉しくなってしまう。)その中には前回私が贈ったプティバトーのボディを着せた写真もあり、思わずほっこりしてしまう。そして今日は、お願いしていたタティングレースの襟や18世紀のボビンレース、ホワイトワークなど、好みの物が色々。頭の中に、こうしたレースがお好きなお客様のお顔が浮かんでくる。

 何時間も歩き回った最後に出てきたのは、私が愛するエナメルのジュエリー。前回出てきたのはブルーのエナメルエッグだったが、今回はピンクのエッグだ。持っていたのはよく見知ったフランス物を扱うディーラー。(イギリスでも常にフランス物を探していて、実際に買付けることも度々ある。)私が「見せて下さい。」とお願いすると、「これいいでしょ!スウィートでしょ!」と自慢気なマダム。前回のブルーエッグはシンブルと糸巻きが入ったソーイングセットだったが、今回のピンクエッグは小さな白鳥のパフにパウダーまで残されたパウダーケース。「高価だから…」と積極的でない河村をよそに、「こんな可愛い色のエナメル、手に入れるしかないでしょ!」と私。最後の最後に残ったポンドをすべてそのエナメルエッグに注ぎ、イギリスの買付けは終了。

 仕入れが終わった後は、疲れた身体をタクシーに横たえ、まずはホテルに戻ってスーツケースをピックアップし、そのままユーロスターの発着するセント・パンクロスへ。束の間のロンドン滞在を終え、パリへ向うのだ。私達にとって、どこか「親戚の家」のような、アットホームな雰囲気のロンドンだが、パリの方が断然トキメキがあるような…。夕方遅くにはパリに到着だ。

■11月某日 曇り
 昨晩パリに到着し、早速今日は朝から買付け。今日も何軒かアポイントの予定がある。河村と薄暗い中、ホテルを後にし、バスに乗り目的の場所へ。久し振りの二人での買付け、いつもは一人でぽつんとバスに乗っているのだが、今日はあれこれおしゃべりしながら。やはり一人より二人の方が気が紛れて良い。昔から一人での買付けに慣れているとはいえ(河村とコンビを組む以前は一人でこの仕事をしていた。)、一人よりもずっと心強い。

 お客様からいただいた自作のグラスコードで首から眼鏡を提げ、眼鏡を掛けたり、外したり、ルーペで眺めたり…。目が悪くなってからというもの、このグラスコードは買付けの大事なお供。とても便利なのだ!買付けで眼鏡を提げて歩き回る度、グラスコードを作って下さったお客様のお顔が感謝と共に思い浮かぶ。今日、初めに買付けたのは貴族柄の金属製のジュエリーボックス。貴族柄が鮮やかで状態も良い。ボックスの側面にもデコレーション、フランスで状態の良い雑貨は貴重。すぐに買付け!

 今日のアポイント第一段は昔からずっと変わらずお付き合いのある彼女。真面目で働き者、私のリクエストにいつも真摯に応えてくれる彼女は信頼の置けるパートナーだ。今回も挨拶かたがたビズーを交わすと、「マサコのよ!」と私用のアイテムが入ったボックスが出てきた。開けてひとつひとつチェックしていくと…エナメルボタンやら、ロココの付いたフレームやら、可愛いリボンワークのガーランドやら、お花やら…。私の好みをバッチリ押さえたアイテムの数々。本当にありがたく、感謝の気持ちでいっぱい。他にも生地やボタン等を選び、最後に「いつもありがとう。」と心からお礼を言ってさよならした。

 アイボリーのカルネ・ド・バルは私達が「綺麗な物を持っているお兄さん」と呼んでいるディーラーから。若い頃からずっとお馴染みの彼は、いつも控えめで優しい微笑みをたたえている。奥様は典型的なフランス人のマダムなのだが、彼の物静かな様子から、ドイツ寄り、もしくは東欧などの外国の出身なのかも。会えば必ずチェックする彼の品物なのだが、何も仕入れる物が無い時も、幾分淋しそうに、でも優しい微笑みで"Au revoir."と挨拶してくれる。そんな優しい彼だから、何か仕入れる物があると私自身もとても嬉しい。このところ見るだけだった彼の商品だったが、今日はガラスケースの中に艶やかなアイボリーのカルネ・ド・バルを発見。表紙のモノグラムが美しく、見せて貰うと、一枚一枚薄いアイボリーのページの状態も良い。何より「舞踏会の手帖」というアイテムに心惹かれるのだ。彼からカルネ・ド・バルを譲り受けると、今日は彼も嬉しそう。お互いにニッコリ笑って別れた。

 何かと私の興味を持つ物を持っているレースディーラーの年配のマダムからはブリュッセル・ミックスのテーブルマットが出てきた。デュシェスレースとポワン・ド・ガーズのミックスのブリュッセル・ミックス。テーブル周りのレースでこうした手の込んだレースが出てくるのは非常に珍しい。十分な大きさもあり、何よりレースの状態も良い。私がレースを手にして、どこかダメージが無いかじっくりと凝視していると、そんな様子を見て、「珍しいでしょ?良いでしょ?」とマダムは笑顔。そんなマダムの笑顔もまた魅力的なのだ。

 何時間か歩き回った後、いつものように行きつけのブーランジェリーでバゲットサイドの早めの昼食。ここのバゲット・セレアル(シリアル入りのバゲット)のサンドウィッチ・オゥ・プーレ(チキンのサンドウィッチ)を久し振りに食べる河村は「やっぱりここのは美味しい!」と満足気。今さっき仕入れてきた物についてあれこれ話をしながらさっさと食べ、一旦ホテルへ。今日は午前も午後もびっしり買付け。のんびりランチしている余裕は無いのだ。

 ホテルに戻っても休んでいる暇は無い。買付けてきた荷物を置き、さっさと次の場所へ。時間がある時はバスにのんびり揺られて行くのだが、時間の無い今日はメトロで。午後にもディーラー何人かとアポイントがあり、いかに効率良く回るかがカギとある。

 まず最初はテキスタイルを扱うディーラー。毎回、お人形の衣装用のシルク生地を求め、右往左往しているのだが、ここは生地を専門に扱うディーラーだけあり、気に入った物と出会う確率はかなり高い。今日も私が訪れるとマダムは笑顔。普段はあまり感情を出さない彼女、私の顔を見て、握手のために手を出し、にこやかな表情になるのはここ最近のこと。やっと「こちら側の人」と認められた気がする。(私の限られたフランス人感では、フランス人の頭の中には線引きがあり、線のこちら側かあちら側か、どちらにカテゴリーされるかによって、扱いがまったく異なるのだ。)今日も、「お人形用のシルク生地!お人形用の!」と繰り返す私に、「これは?」「こっちはどう?」と次々どこからともなく出してきた生地を広げてくれる。そんな中、綺麗な紫色の生地、スミレ柄の生地が出てきた。アール・ヌーボーの影響が感じられるスミレの柄、こんなにたっぷりと大きなサイズで、しかも状態が良い生地は珍しい。「これいいかも!」とマダムにお値段を聞くと、一瞬考え込んでしまうお値段。「う〜ん。」と生地を眺めながらしばらく、覚悟を決めて買付ける。

 薔薇のオルモルのフレームはいつものマダムから。状態の良いオルモル製品だけを扱うマダム。彼女の持っているオルモル製品の中から、お値段は無視し自分にとって一番良い物を選ぶのが恒例。そして、その後は厳しいお値段の攻防が待っている。彼女の商品を隅々までチェックし、立体的な薔薇の細工、ブルーのシルクベルベット張りのフレームをチョイス。大き過ぎないサイズ感と彫刻的な細工がとても良い。しばしマダムと電卓片手にシビアな商談。毎回ギリギリの攻防を経て、最後はお互いのベストの価格で商談成立。

 マザーオブパールのオープナーとシルバーのブック形のペンダントは、いつも何かしら興味深い雑貨を扱っているマダムから。ジュエリーはもちろん、ソーイング小物やシルバー小物などバラエティに富んだ品揃えにいつも惹きつけられる。19世紀、書籍を読むための必需品だったオープナーは様々な物があるが、今日出てきたのはシルバーハンドルのマザーオブパール製。もう一方、シルバー製のペンダントは、表紙もページの一枚一枚も薄い板状のシルバーで出来た面白い物。よく見るお土産のスーヴェニールで、中が写真のアルバになった物とは一線を画す緻密な作りだ。ページをめくってみると、一枚一枚に同じ名字の名前が手彫り彫刻。三人の名前がある。表紙には"SOUVENIR"の文字が細工されていることから、親子のメモリアルなペンダントだったのか?

 この後も顔馴染みのグラス専門のディーラーからグラヴィールのグラスを譲って貰ったり、リボン刺繍のモチーフを見つけたり、気が付けば夕方。朝から夕方まで長い一日だった。

パリでもウィンドウにはぼちぼちクリスマスのディスプレイが。それにしても、テロによる景気悪化のためか、近所のお店が次々とクローズしているのにびっくり。あれ以来、観光客も激減し、テロの影響がボディブローのように効いているのかも。

■11月某日 晴れ
 今日はパリ市内のディーラーとのアポイントの日。今日も朝から夕方まで終日ディーラーの所で過ごす予定。近所のキャフェで河村と朝ごはんを食べ、今日もバスに乗って(メトロよりもバスの方が好きなので、多少時間がかかってもバスで移動することが多い。)出掛ける。

 私達を待っていてくれたディーラーと笑顔で再会。イギリス、フランスのディーラーの皆は、私の我が儘なリクエストに応え、毎度一生懸命商品を集めていてくれて本当にありがたい。私用のアイテムが入った大袋からレースやパーツ、生地、雑貨など、時間をかけて一点一点選んでいく。いったい何点見ただろうか、ランチを挟み夕方まで。私のためにキープしておいてくれたお人形の衣装向きのシルク生地やレースなどに良いものが沢山!特に丸い形のハンカチは優美で美しい。同じくポワン・ド・ガーズのハンカチも非常に繊細。お人形の衣装向きのポワン・ド・ガーズのボーダーも。まだ買付けはこれからだが、まとまった量の買付けが出来ると少しほっとする。日が暮れかけた夕刻、河村に仕入れたばかりの大荷物を持たせ、次の場所へ。

 次の場所はセカンドハンドのジュエリーを扱うディーラー。どちらかというと日本でいう「質屋さん」に近い雰囲気で、こうしたディーラーの店頭には、"Vente(売り)" "Achet(買い)"の文字が書いてあることが多い。そんな中にアンティークジュエリーが多数混ざっていることもあり、日頃バスに乗りながら、常にこの"Vente""と"Achet"の文字を常にチェックしていて、気になるディーラーを見つけると改めて足を運ぶことにしている。今日、訪れるのはたまたま歩いていて見つけたディーラー。もう何年も通っている。が、残念ながら今日はお目当てのものが見つけられず。目を皿のようにして何度もウィンドウを見るも、そのまま立ち去った。

 そして最後の仕事は夕刻ホテルに戻ってから。旧知の仲のフランスの地方に住んでいるディーラーが私達のホテルまでわざわざレースを売りに来てくれるというのだ。これまでフェアの店頭で彼のレースを譲って貰う事は何度かあったが、ホテルまで来て貰うのは初めて。「もし欲しい物が無かったらどうしよう?」と私も河村も少しドキドキしながら彼の訪れを待つ。今日も一日中物を見続け、ぐったりして部屋で待っていると、レセプションから電話が。彼がやって来たのだ。
 すぐに降りていくと、大きなボックスを抱えた彼の姿が。私も河村も彼と握手をして挨拶。「来てくれてありがとう!」と伝える。早速レセプション横のテーブルにつき、ボックスの中のレースを見せて貰うことに。まずはハンカチから。私達の心配をよそに魅力的な紋章のホワイトワークのハンカチが。「古いボビンレースを。」というリクエストに応えて持ってきてくれたフランドルの古いレースを見る。出てきたのはコンディションの良いバンシュ。ボビンレースの中でもバンシュは特別なレース、彼と一緒に「これは1700年頃かしらね。」と確認し合う。他にも雪柄のグランドを持つ珍しいメヘレンや、同様に繊細な地模様のあるブリュッセルなど。「アルジャンテラを。」という私のリクエストに応えて持って来てくれたレースはいまひとつだったが、レースを選びながら、昨今のフランスのオークション事情などを聞く。「本当にもう最近の価格はクレイジーだよ!」と呆れたように彼。彼の話には、私も見知ったディーラーやフランスのコレクターの話が出てきて興味深い。兎にも角にも、欲しい物があって、しかも良いレースばかりを手に入れることが出来て良かった!また彼が大きなボックスを背負って帰る時にも「また次回ね!」と固い握手を交わした。

仕事の後は夕食の買い物がてら近所を散策。「フランスって下着の概念が全然違う!」と毎度思わされるランジェリーの専門店。


洋服から靴、バッグ、香水まで。私が20代の頃から憧れるセレクトショップ。いつもその洗練されたウィンドウに目が釘付けです。(でも、未だ恐れ多くてお店に足を踏み入れたことはナシ。今度、一度入ってみよう!)


老舗のお菓子屋さんのウィンドウのお菓子はどれも美味しそう!残念ながら、今回私がお店の前を通る時刻はいつもクローズしていていました。

■11月某日 晴れ
 今日は今回の買付けの大きな目的のひとつ、「サロン」と呼ばれる高級品を主に扱うフェア。実は、長年このフェアには欠かさず来ていたのだが、今回から、以前の会場より他の場所へ移るということで、フェアの形態がかなり変わるかもしれない。また、以前の会場はほとんどが戸外のブースで、一部高級品の室内ブースがあったのだが、今回からはすべてが室内ブースになることから、ディーラーの入れ替わりがあるかもしれない。そして何より、「早い者勝ち!」のこの世界、どのディーラーがどこのブースにいるのか分からなくなってしまっているので、いち早く自分の目当てのディーラーの場所へたどり着けるか否かが勝敗を分けるのだ。

 会場へは難無くたどり着けたのだが、開場時間になり、ゲートに続々集まってきたのは、一般のお客さんではなく、フランス人、もしくは外国人の、どうみてもディーラーばかり。中には見知った顔のフランス人ディーラーもいれば、ロンドンで先週会ったディーラーの姿も。ディーラーばかりのせいか、お互いを牽制し合ったギスギスした雰囲気。そして、ゲートが開くと皆一目散に駈けだしていく。

 私達は事前に目的のディーラーからブースの場所を聞いていたので、迷うことなく一番に彼らのブースにたどり着くことが出来た。いつもノルマンデイーからやってくるディーラー夫妻は私好みの布系の雑貨を沢山持っていて、必ず一番に行くようにしている。そして、まだ誰も来ないうちに、「これとこれとこれと、これも!」と気になる物をすべて大人買い!(笑)私達がめぼしい物をすべて手にしているため、後から来たフランス人のディーラー達ががっかりしている様子が手に取るように分かる。これが逆の立場だったら耐えられないが、今日は私達がラッキーだった。

 何を仕入れたのかというと…ブルーのジュエリーボックス、シルクのポシェット、フラワーバスケットが刺繍されたパネル、ボーヴェ刺繍やアイリッシュクロシェのべビージャケット。他にもレースや生地など、綺麗に飾ってあったアイテムを根こそぎ。フェア初日の朝イチから根こそぎ持って行ってしまうのは申し訳ない気持だが、マダムもムシュウもにこやかで親切。いつもとても感じが良い。(東洋人を見慣れていない彼らは、ひょっとすると私のことをとても若いと思っていて、「面倒を見てあげなくては。」と思っているのかもしれない。)

 初めての会場だが、何度か行ったり来たりするとすっかり全貌が分かってきた。いつも立ち寄るジュエラーを見つけてやれやれ。まだ商品を並べている彼の手元を追っていて、アイボリー製のすずらんのブーケを持つハンドモチーフのブローチを見つけた。すぐさま「それ見せて!」と彼にお願いし、実際に手に取って見てみると、状態も良く、小さなサイズが可愛い。「いいかも!いいかも!」と即買付け。

 同じく、若いけれど信頼の置けるディーラーの一人、国家資格を持っている女性ディーラーのガラスケースの中にアイボリーの小さなエンジェルを発見。今までも何度か、彼女からアイボリー製品を譲って貰っているため、彼女のガラスケースは必ずチェックするのだ。それは小さなエンジェルのブローチで、見せて貰うと、エンジェルの顔立ちも可愛い。状態も良く、迷わず買付け。

 それは昔から私が尊敬する素晴らしいジュエリーと高級な工芸品を扱うデイーラー。彼女からは、数えるほどしか仕入れたことが無いが、しっかり私の顔を覚えていて、とても愛想が良い。いつも鷹揚に「何か見たい物ありますか?」と丁寧に聞いてくれる。彼女の扱っている高級なジュエリーももちろん素晴らしいのだが、毎度感激しながら見るのは、大型のガラスケースに色別に並べられたガラスやオルモルなど工芸品の数々。簡単に手に入らない物ばかりだが、彼女のブースを訪れるのは私の買付け時の楽しみの一つ。このフェアでは、ミュージアムピース、いやそれ以上の物が皆手に入れられるというコレクターには垂涎のフェアなのだ。
 そのガラスケースの一つに素敵アイテムを発見!それは淡いピンクのエマーユ、エンジェル模様のフラコン(香水瓶)、物凄く可愛く、美しいのだが、それはそれは高価!マダムが優しく「(ガラスケースから)出しましょうか?」と言ってくれるのを、「結構です。ありがとう。」と答える。美しい物を見た感動で涙目になる私。人間は美しい物を目の当たりにすると、嬉しいよりも悲しい気持ちになるようだ。

 何時間歩き回っただろうか。様々な物を吟味し、仕入れているうちにあっという間に夕方。会場では見知ったディーラーも多く、以前よりもブースが狭くなって出店料が高くなった愚痴を聞いたり、お互いの近況報告をしたり、そんな時にフランス人の本音が聞けて興味深い。
 すっかり疲れ果てた夕方、明日もう一度訪れるため、そそくさと会場を出る。今日も一日短かった!

仕入れから帰った夜、グラチュイ(無料)の催しがあるというので、散歩がてらノートル・ダムのプロジェクション・マッピングへ。大聖堂のデコラティヴな壁面に映し出されたプロジェクションマッピングはまるで万華鏡のようでした。

■11月某日 晴れ
 今日はフランスの買付け最終日。昨日も行ったフェアにもう一度行き、隅々を見てから、明日のオランダのフェアのため、夕方には北駅からタリスに乗りオランダに向うことになっている。荷物はパリのホテルに置いていくため、朝から荷作りで忙しい。初めてのオランダ行き、知らず知らず緊張感が高まってくる。

 昨日のフェア会場は、既に人でいっぱいだが、昨日のうちにほぼ欲しい物を手に入れている私も心なしか気持ちに余裕がある。その反面、「ひょっとしたら何か増えているかも?」と昨日も見たブースもチェックに余念が無い。何度も何度も、「何か見落としがないか?」と会場の中を見て回る。そんな中、今日手にした物はマットエナメルのボタンとシルクのハンカチケース、ロココの付いたフレーム。これだから何度も見ても十分ということがないのだ。

 タリスの予約は夕方。フェアからホテルに戻り、時間が空いた中、パリで手に入れておきたい細々した物をスーパーでお買い物。近所のお馴染みのスーパーへ行く。自宅で飲んでいるオレンジシナモンの紅茶とソルティなはみがき、レモンの香りのハンドクリームなど、お気に入りではあるが普段使っているものばかり。どうも連日の買付けで物欲が満たされるせいか、自分の買い物にはいたって情熱が無いのだ。

 タリスの出る北駅まではタクシーで。何が起きても大丈夫なよう、かなり早い時間に余裕を持って出掛ける。タリスはベルギーを経てオランダに向う高速列車。以前ベルギーに行った時から久し振りだ。今日の目的地は終点のアムステルダム、ベルギーまでは1時間半ほどで着くのだが、アムスまでは3時間半ほど。フランスからはぐっと遠くなる。

 駅構内で待つことしばらく、やっと電光掲示板にホームが出て、皆ゾロゾロと歩き始める。ユーロスターと同様にタリスもすべてインターネットでチケットを購入しているので、荷物を持ってそのまま自分のコーチに乗るだけ。いたって簡単だ。

で、タリスのコーチに足を踏み入れると、すべて毛足のあるカーベット張り。ふっかりした感触に、「高級感があっていいなぁ。」と思ったのも束の間、それが発端で、埃アレルギーで喘息の症状が出る私は、オランダにいる間中ゲホゲホと咳で苦しめられることになる。(自分の身体が正確に埃に反応するのに毎度驚かされる。日本の地下鉄に乗っていても、側に埃っぽい服を着ている人がいるとあっという間にゲホゲホになってしまうのだ。同業者には同じ病の人が多く、皆長年埃っぽいフロアのデパートのお仕事をしてきたためであるらしい。一種の職業病かも。)


夜になって到着したアムステルダム中央駅は運河沿いで幻想的な雰囲気。河村とふたり、キョロキョロ。初めての街に、「わぁ!外国みたい!」とテンションが上がります。


***買付け後半はオランダ・イタリアへ。初めてのオランダ、何か起こるのか?どうぞご覧下さい。***