〜前 編〜

■1月某日 晴れ
 今回の買付けの旅は河村と共に。パリから入国し、パリでの買付けを経てロンドンに移動。ロンドンからは10年ぶりにロンドンの北東、リンカンシャーのフェアに行くことになっている。従って帰国はロンドンから。
 11月には大変なテロ時間の起こったパリだが、それ以前からも度々きな臭い出来事があり、繁華街や大きな駅など事件が起こりそうな場所(デパートのあるオペラ裏の界隈やレ・アールやシャトレなどの広大なメトロの駅、大きな国鉄の駅など。)はなるべく避けていた私達。今回は二人旅とあって心強く、心配することは特にない。

 が、出発の2〜3日前、今回の乗る予定のエールフランスから突然の電話が!電話の主である慇懃なエールフランスの社員がいうことには、帰りのロンドンーパリ便は通常運航だが、その後のパリー羽田便が運休になり、その部分を他の日にちに変更して欲しいとのこと。「えっ!そんなの無理です!」とはっきり言い放つ私に、「それでは他の便への振り替えとなります。」とあくまでも慇懃なエールフランス社員。他の便への振り替えということは、他の航空会社に乗らなければならないということ。ということは、以前名古屋にいる時に使っていた大韓航空のマイレージを貯めている私達(エールフランスは大韓航空と同じスカイチームのため、エールフランスに乗ると大韓航空のマイルを溜めることが出来る。)には、今回片道分のマイルが付かない可能性が…。慌てて「大韓航空の席はありませんか!?」と尋ねる私に、しばらくして「ございます。パリーソウル・インチョン便に空きがございますので、そちらに変更出来ます。」とエールフランス氏。「えっ?ちょっと待って!それって、私達にロンドンーパリ、パリーソウル、ソウルー東京の2回も乗り継ぎさせる訳!!?」と更に慌てる私に「左様でございます。」とエールフランス。心の中で「シンジラレナイ!」と叫びながら、でも表向きは落ち着いて「では、ロンドンーソウル、ソウルー東京の便を当たって下さい。」と命令。(英語だと人に命令しやすいのだが、日本語で命令するのは、普段はかなり躊躇する。)しばらく経って、「ロンドンからソウル経由の便でお席がございます。」と少しほっとした様子のエールフランス。「じゃ、それにして!」ということで、行きはエールフランス、帰りは大韓航空という変則的なスケジュールに決定。

 こんな直前になって飛行機が運休するなんて今までなかったこと。「どうして運休するんですか?」と更に尋ねる私に、「それは運行上の都合としか申し上げられません。」とあくまでも慇懃なエールフランス。後で聞いた話では、昨今のエールフランスには度々あることらしい。これもテロの影響のひとつなのかもしれない。

 私達の出発前日には、以前私達が7月の買付けで大変な目に遭った(その時は通常1時間かかるシャルル・ド・ゴール空港からホテルまでの道のりが4時間かかった。)タクシーその他の公共交通機関のストが大々的に行われていて、非常に気を揉んだのだが、お陰様で私達は大規模ストに遭遇することなく、なんなく無事パリに着いた。

到着早々まずはパリの自分の縄張りを一周。夜更けのお花屋さん巡り。まだ寒い時期なのにこんな鮮やかなミモザを見つけました。


スミレの小さなブーケはパリのお花屋さんの定番。いつか買ってみたいと思いながら、今回もかなわず。次回こそ!


素敵なサーモンピンクのラナンキュラス。クローズしたお花屋さんのウィンドウで、まるでひそひそおしゃべりしているようでした。

■1月某日 曇りのち大雨
 昨晩着いたばかりだが、今日は早朝から買付け。出掛ける時刻、まだ夜は明けず、外は暗闇。しかも、天気予報を見ると今日は雨の予報。まだ雨は降っていないが、少しでも荷物が増えるので折りたたみ傘を持っていきたくないが、そんなことは言っていられない。寒くないよう沢山着込んで出発!

 まず最初に訪れた先は、いつもお世話になっている女性ディーラー、年齢も近く好みも合う彼女には毎度アポイントを入れ、私のためのボックスを用意して貰っている。今日もビズーで挨拶し、11月のテロの件を「悲しい事件だったわね。」とお見舞い。彼女も「そう、とてもショッキングだったわ。」といまだショックが癒えない様子。そんな中で、「ハイ!マサコのよ。」と私用のボックスを出してくれ、すぐに買付けモードに突入。

 今日も付近に目を配りつつ、ボックスの中味を物色。(ボックスの中味も気になるのだが、周囲の物も気になるのだ。)ボックスの上の方に入っていたのはアイボリーのシルク製ハンカチケース。淡いピンクの薔薇のブーケの刺繍、ブーケを束ねたリボンには、本当にリボンが縫い付けてある。「あ!素敵。」と早速選り分ける。私がいつも「ロココ!ロココ!」と訴えているため、少し変わったメタル素材のロココも出てきた。他にもデッドストックと思われる可愛いソーイングバスケットも。「いいじゃない!いいじゃない!」と言いながら、こちらも選り分け。そして、ボックスを底の方まで責めたその時、一番底に入っていたのがリボン刺繍を施したボックス。「えっ!?ちょっとこんな物があるじゃないの!」と迷いなく選り分け。いつもリボン刺繍のアイテムを探している私、こんな物、そうそう出てこない。思いがけない出物にテンションが上がる。
 色々物色した後、彼女とは「くれぐれも気を付けてね。」と別れ、次の場所へ。どこが危険な場所だなんて分からない昨今のパリ、「気を付けてね。」としか言うことの出来ない自分が歯がゆい。

 コスチュームやテキスタイルなど布系のアイテムを扱うはっきりした性格のマダムの所は、顔馴染みでないと中に入れて貰えない。入口を塞ぐ「つっかえ棒」がしてあり、「一見さんお断り」状態で、誰もが入ることが出来ないようになっている。
 そんなマダムにもすっかり慣れっこの私は、河村を引き連れ「つっかえ棒」も何のその、マダムに挨拶しながらずんずん中へ。沢山ではないが、お花やリボン、布小物など、毎度何かしら仕入れる物があるため、外せない仕入れ先なのだ。以前、私がリボンを物色したもを覚えていたマダムは、早々にリボンの入った大箱を開けてくれる。が、その中の沢山のリボンをひっくり返しても欲しい物は出てこない。と、その時、全然違う場所にひらっとホワイトワークが。「ん?」よくよくひろげてみると、それはホワイトワークの襟で、いちめんにびっしりと繊細な手刺繍。しかも、アイテムは大きくはないのだが、柄が非常に豪華。河村と目と目と合わせて、素早くゲットする。そして、もうひとつ出てきたのが、ビニール袋に入ったホワイトワークのベビーシューズ。袋の中で押しつぶされているが、袋に入っていたので、汚れること無く綺麗な状態。「あ!これ可愛いかも!」きっと形を整えれば綺麗になるに違いない。こちらも一緒にゲット。もうひとつ美しいブルーのシルク織物のボーダーも見つけご満悦な私。だからやっぱりここは外せないのだ。

 途中、以前日本のデパートの仕事で一緒になったパリ在住の日本人ディーラーに「カイロ」の差し入れ。日本ではとても手頃な値段で売られている「使い捨てカイロ」、実はヨーロッパではまず見かけない。(ひょっとしたら中華街で売られているのかもしれないが、あまり品質は良くなさそう。)今回も事前に、「パリに行くけど、何か日本の物入ります?」と連絡したところ、「カイロをお願いします。」というリクエストだったのだ。カイロは発火物扱いのため郵送は出来ないが、飛行機で運ぶのは問題ない。無事カイロ20個を渡し、身も軽くなり、義務感を果たした感が。予報通り小雨が降り出し、風が強くなってきた。

 午前中の仕事を終え、いつものブーランジェリーでいつものプーレ(鶏肉)のバゲットサンドを食べ(ここではそれがお約束!)、一度荷物を置きにホテルへ帰宅。午後からはパリ市内のフェアに行くのだ。

 このフェア、実は11月末に予定されていたもの。例のテロ事件で、フランスは戒厳令が敷かれ、このフェアも吹っ飛んでしまったのだ。でも、延期とはいえ、開催されることになったというのは大変嬉しいこと。約2ヶ月遅れだが、それだけパリの街も落ち着いてきた証拠かもしれない。

 バスに乗ってフェアの会場に着いた頃には、付近は土砂降り、まるで嵐のような有り様だ。路面で開催される野外のフェアなので、「いったいどうなってしまうのか?」と、風に吹き飛ばされそうになりながら、気を揉みながら進む。以前、仕入れたことのある初老のムッシュウは、すべての商品をビニールで覆い、「こんな天気ではね!」とゼスチャー。買付けしたくてもどうにもならない。靴の中まで浸水してきて、買付ける私達も涙目なら、売りに来ているディーラーも涙目。思わず寅さんの「テキヤ殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいいってね。」の台詞が頭に浮かんでくる。

 そんな中、今回アポイントを入れておいた顔馴染みのディーラー夫妻をテントの中に発見!まずは11月のテロのお見舞いを言うと、「あれ以来、アメリカ人も来なくなった、日本人も来なくなった、他のアジア人も来なくなった。バカンスが無くなってしまったわ。」とこぼすマダム。「まあまあ。」となだめながら商品を選ぶ私達。悲惨な天気とマダムのグチの下だったが、久々にリボンとガラスで作ったジュエリーボックスが出てきたり、可愛いベビードレスが出てきたり、プルミエコミニオンの衣装に付ける愛らしいポシェットが出てきたり、なかなか良い仕入れ。マダムも少し笑顔。お勘定が済んだ後、マダムが「近くに素晴らしい商品を置いているブースがあるから覗いてみては?」「高いか安いかは分からないけど…。」とありがたい情報。フランスのディーラーは良くも悪くも他のディーラーの物に対して無関心で、まして他のディーラーの商品を褒める事など今まで皆無だったので、そんなアドバイスを貰うなんて稀有なこと。再び土砂降りの中、件のブースへ。

 そのブースはすぐに見つかった。以前には目にした記憶が無かったので、今回初めて出店したのかもしれない。土砂降りの中、中にいたムッシュウに挨拶をしてそのテントに入り、商品が濡れないよう注意深く折りたたみ傘を置かせて貰う。テントの中には19世紀の衣装が綺麗にディスプレイされていて、なるほど、確かにテキスタイル系のディーラーだったら非常に興味を惹く物ばかり。すぐにリボンの入った箱が積んであるのを見つけて、ムッシュウに出して貰う。その一体は、箱に入ったリボンやらレースやらの素材が積まれていて、その箱をひとつひとつ出して貰う私達。とある紙箱の中から、「えっ!?これって新品だよ!」と、まだタグの付いた新品のコットンチュールのベビードレスが。しかもコトンチュールで出来たドレスは珍しい。他にも細かいプリーツのフラウンスや沢山のシルクシフォンの薔薇を付けたベルト状の素材も。他所では見ない素材ばかりで興味深い。グショグショになった靴のことなどすっかり忘れて思わず興奮してしまった。気に入った素材やチュールのドレスをいただき、満足感いっぱいでまた嵐の戸外へ。

 結局その後、嵐のフェアでは何も見つけることが出来ず(なにしろ私達が探しているシルクやテキスタイル系のアイテムと雨は物凄く相性が悪いのだ。)、嵐を呪いながら、そのフェアから程近い場所で開催されているもう一軒のフェアへ。嵐の中、トコトコ歩いて出掛けたもう一軒のフェアは嵐のせいか誰もおらず閑散としている。一通り見回り、「何も無いわね。」と帰ろうとしたその時、ガラスケースの中に小さな丸いパウダーボックスが!フラワーバスケットの織り生地で小さなサイズ。「おお!ここにこんな物が!」といただく。

 これ以上グショグショの靴に耐えられなくなり、明日は晴れることを祈りつつ、今日はここまで。

まだ寒い冬のパリでしたが、濃いピンクの彼岸桜(?)が。春を心待ちにしているのは、日本でもヨーロッパでも、気持ちは同じです。

■1月某日 晴れ
 今日も朝から買付けへ。昨日の大雨から一転、今日は良いお天気。昨日は濡れ鼠でホテルに戻ってきたこともあり、お天気が良いだけで嬉しい。今日もアポイントが何件か。近所のキャフェでエスプレッソを飲んで気合いを入れて出掛ける。

 まず最初に足を踏み入れたのは、必ず立ち寄る女性ディーラー。彼女が主に扱うのはテーブルウェアで、その美意識には定評があるのだが、時たまジュエリーや小物などで面白い物を持っていることもあり、毎度楽しみにしている場所だ。そして今日は、ウィンドウの中がすずらん模様のグラスで溢れていて、思わずキョロキョロしてしまった。

 が、よくよく見てみるとすずらん模様の装飾はエッチングばかり。(どうもエッチングにはいまひとつ惹かれないのだ。)その中から、僅かにグラヴィールのすずらん模様を見つけ、マダムにケースから出して貰う。グラヴィールでも大味な細工あり、繊細な細工あり、2〜3客出して貰った中から一番良いグラヴィールをチョイス。それはすずらんとイニシャルのグラヴィールが施されたさほど大きくないタンブラー。すずらんのお花を生けたらぴったりなサイズ、早く春になって実際にすずらんを生けてみたい。

 テキスタイルを専門で扱うマダムは、アポイントは入れないものの、お馴染みの間柄。いつも「お人形!お人形用のシルクある!?」と問い詰めてはマダムを困らせている私。普段はなかなか思ったような生地が無く、マダムと「そうだよね〜。そんな生地なかなか無いよね〜。」と日本語とフランス語でお互いに言い合って肯き合うのが常なのだが、今日は違った。
 まず、最初に見回したすぐそこに私が探しているようなシルクの織り生地が!「そうそう!これこれ!」とマダムの許しを得てひろげる私。「これいくら!?高いの?」と単刀直入に尋ねる私。マダムから教えられた金額は安くはないもののなんとか現実的なお値段。「よしよし!」と私。さらにその生地の下からはまた別の生地が!こちらも美しい織り生地。「えぇ〜!?まだあるの?」とこちらもひろげる。と、マダムが「無地のサテンもあるけど見る?」とハシゴを登ってロフトから大きなビニール袋を降ろしてきた。こちらの中からは、ピンク、クリーム、ベージュ、イエローのシルクサテン。「いいじゃない!いいじゃない!」とひろげながら呟く私。プリーツもしっかり寄せる事の出来る厚み、しみもなく良好な状態だ。気に入ったすべての生地をいただき、手に入った私も譲ってくれたマダムも上機嫌。最後はお互いにギュッと握手して別れた。

 オルモルのフレームなど豪華なナポレオン三世時代の小物を扱うムッシュウは、度々お世話になり、いつも挨拶する間柄。今回もお客様から頼まれたオルモルのフレームが彼の所にないかと思い訪ねたのだ。お客様から頼まれたのは、ポストカードが入るサイズの横型のフレーム。前回の買付けの折からリクエストされていたアイテムなのだが、縦型やオーバルはあっても横型のものはなかなかお目にかからず、今回に持ち越しになっていたのだ。
 彼の所に行くと、挨拶しながら「あ、今回はムッシュウも一緒だね!」と彼。(私より河村の方が彼のお気に入りなのだ。)彼の商品はどれも上品で豪華。「果たしてあるかしら?」と思いながら覗いたケースの中にちょうどぴったりの大きさの横型フレームが!食い入るように見ていた私に気付いて、ムッシュウがケースから出してくれた。横型はちょうど良い感じのサイズ。その他に2点のフレームを出してくれたのだが、その一方のオーバルのフレームは珍しく手彫り彫刻入り。「今までこんなの見たことない。」と横型と一緒にこちらもいただくことに。手彫り彫刻の彫刻面がキラキラ光り、綺麗でゴージャス。前回から探しあぐねていた横型フレームが手に入りほっとする。

 フランスらしいリボンと薔薇のゴールドペンダントはジュエラーのマダムの所から。実は、マダムの所へは一番最初に足を運んだのだが、まだ出勤前。そして次に行った時には、見知らぬムッシュウが店番をしていて、「マダムは5分で戻るから。」と言われ、ジュエリーを見ながらマダムを待っていたのだ。
 見せて貰いたいものはあるのに、なかなか戻ってこないマダムに痺れを切らせて、河村と「後にしようか。」と話していたところにマダムが戻ってきた。どうやらムッシュウはマダムのご主人らしく、お留守番させられていたらしい。マダムと挨拶を交わし、早速目的のブツを見せて貰った。それはフランスらしいマットゴールドのリボンと薔薇モチーフのペンダント。マットな質感にリボンと薔薇の王道を行くモチーフの組合わせが目を惹いたのだ。マダムから手渡されたペンダントをルーペで表から見、そしてまたひっくり返し…。しばしルーペであちこちチェック、それをまた河村がチェックして…。特に問題もなく無事入手!

 今日どうしても外せない場所。それがこれから行くマダムの場所。前回来た折に、「来る時はメールを送って!」と言っていた癖に、メールを何通も送ったのに唯一返事がなかったのがこのマダム。果たしてメールは届いているのか、でもきっと面倒くさがって返事をしないだけだと踏み、マダムの元へ。

 いつも彼女の所では、細かな手芸パーツやお人形用の小さなボタン等を譲って貰うのだが、他には無い思いがけない素材が出てくるところが、毎度足を運ぶ理由だ。そして向かったマダムの所、いた!いた!メールは返ってこなくてもマダムは私を待っていたではないか!
 元気の良いマダムは、メールの事などおくびにも出さず、早速「何を見る!?何を見る!?」と賑やか。私が「パーツとボタンと、それから何かシルク生地があれば…。」と答えると、「パーツはここを勝手に見て!」とほとんど命令口調。そして次に「ここから選べ!」とばかりに自らボタンの大箱を運んできた。彼女の命令通り素材を漁り、フランスらしいパスマントリーやロココ細工をいくつか選び、次は懸案のボタンへ。お人形向きの小さなボタンがいっぱいあるが、いかんせん彼女が仕入れてきたそのままに、台紙から外れかかったボタンがあったり、埃だらけだったり。それをひとつひとつ注意深くチェックしていく。やっとチェックし終わり、ボタンの大箱から解放されると、次は大きな包みがやって来た。マダムが紙包みの中から出したのは、台紙に付いたほぐし織りのリボン見本。どれも見本のため未使用、しかも「えっ!?こんなのあるの?」と河村と口走ってしまったほど美しいリボンがいっぱいだ。紙包みをガサガサと河村と一緒に物色し、その中から状態も良く、美しいリボンばかりを選んだ。
 探してもなかなか出てこないほぐし織り、私の大好きなアイテムが出てきて嬉しい。他にも次から次へとマダムに言われるまま出てきたアイテムをチェックし、気付いた時には夕方近くだった。

 マダムによくお礼を言って別れた後、ランチもしておらずヘトヘトな私達は馴染みのキャフェに避難。今日は一日で沢山のディーラーを回らなくてはならなかったので、ランチをしている間も無かったのだ。結局お昼を食べたのは午後4時過ぎ。店仕舞いの時間が迫ったキャフェで、顔見知りのムッシュウに「お昼ご飯食べたいんですけど…」と泣きついて、夕方にもかかわらず「本日のランチ」を出して貰い、なんとかありつくことが出来た。

こちらがそのリボンの数々。手に入った事が嬉しくて、夜更けのホテルのバスルームで思わず撮影してしまいました。

■1月某日 曇り
 今日はいつもお世話になっているアポイント先を訪れる予定になっている。毎度ランチを挟んで終日の仕事になるが、もし時間があれば他の買付け先へも立ち寄る予定。今朝もいつものキャフェで顔馴染みのギャルソンと挨拶し、エスプレッソで気合いを入れる。それにしても、シーズンオフとはいえ(テロの影響か)こんな人のいないパリは初めて。平日の朝のこんなに空いているキャフェも初めてかもしれない。

 今日訪れる彼女は長年私の我が儘を大きな心で受け止めてくれているひとり。懇意にしているどのディーラーもそうなのだが、そんな彼女や彼がいるからこそ成り立っている私達の仕事。お客様とのコミュニケーションはもちろんのこと、仕入れ先とのコミュニケーションがあってこその仕事だ。

 今日もまず挨拶し近況報告から始まった。近況報告が一通り済むと、私のために持って来てくれた大きな袋の中からひとつひとつ商品を取り出して商談が始まった。沢山のレースをひとつひとつひろげ、商品の山を崩していく。ブリュッセルアプリカシオンなど、今回はお人形に向いたハンドのレースボーダーが多数。ホワイトワークやチュールレースも色々。他にも今回は素敵な織り生地が。いつもは探してもなかなか出てこない織り生地なので、出た時は皆まとめていただく。生地と一緒に出てきた広巾のシルクベルベットリボンの巾は約20cm!帽子やドレスのデコレーションにこの巾のリボンが使われていたなんて、なんと贅沢な!

 深紅のシルク製ジュエリーボックスとシルク製のチョコレートボックスもここから出てきた。彼女がこのチョコレートボックスを仕入れてきたというノルマンディーのフェアへは私も幾度も行った事がある。「フェアはどうだった?」と聞く私に、「このチョコレートボックスぐらいよ。本当に寂れてしまって…。」と彼女。彼女から譲って貰ったのは嬉しいのだが、自分もよく見知った地方のフェアが寂れていくのは何とも淋しく、先の事を考えて暗澹たる気持ちになる。

 そんな中でもフリルがいっぱい、カットワークの可愛いベビードレスと手刺繍のホワイトワークのベビードレスは、最近可愛いベビードレスをめっきり見なくなった昨今、嬉しい出物だった。沢山の商品を見続け、気付くともう夕刻。本当に彼女の所での仕入れはあっという間に時間が経ってしまう。大きな袋いっぱいになった商品を河村が持ち、次の場所へと向かった。

どんより曇り空のオテル・ド・ヴィル(パリ市庁舎)。いつもならこの季節、市庁舎前の広場には毎年スケートリンクが設営されるのだが、今年は影も形もなく…。これもテロの影響なのか…?


代わりに市庁舎を囲むアイアンのフェンス沿いにKatya Legendreによる“PARIS DE FAMILLES”と題した写真展が開催中。特に気になった作品は“Passion des dentelles(レースの情熱)”と名付けられたこちら。

 ディーラーの所を出た後は、薄暗くなった道をいつも覗くジュエラーへと急ぐ。そこは中古品のエステイトジュエリーを専門で扱う所。19世紀の古いものもあれば、さほど古くないものもあるが、思いがけなく私達の好みの物が見つかる事もある。が、今日は残念ながら空振り。何度もウィンドウを見回すが欲しい物が無く、最後は営業時間が終わり、ケースの前でウロウロしている私達を他所に、ケースからジュエリーをしまわれてしまった。仕方なくまた大きな荷物を担いで帰宅。

 その晩の事、今日はランチにボリュームのあるものを食べたので、「夕食は無理!」と部屋でのんびりしていたところ、私達のホテルのすぐ近所に住む「友くん」こと、ファションジャーナリストで、アンティークディーラーでもあり、有名ブロガーでもある彼から、「うちに遊びにおいでよ!」と嬉しい誘いが。彼とは、日本であちらこちらのデパートの「フランス展」で一緒になって夕ごはんを食べに行ったり、うちのお店でのアンティークディーラー皆とのパーティーに帰国中の彼もやって来たり、最近何かと縁がある。私達のいつもの滞在先が彼の住むアパルトマンのすぐ側という事もあり、「今度フランスに来たら連絡して!」と誘われていたのだ。

 彼のアパルトマンまでは、私達のホテルから徒歩5分。大急ぎでスーパーでシャンパンを調達し、日本から持って来たあられの大袋と一緒に持参。教えられた通り、アパルトマンの玄関でコードを押して中に入り、中に入ってからそれぞれの棟に入るためのドアの前でコードをまた押す。アパルトマンの玄関から建物の中に入ると真っ暗で、携帯の画面がライト代わり。普通のアパルトマンに入る機会は滅多に無いので、少し緊張。小さなエレベーターに乗って無事友君の部屋に到着した。

 アンティークのぬいぐるみコレクターでもあり、無類のLPコレクターでもあり、そして自ら「空間恐怖症」と言う彼のお部屋は、ぬいぐるみはもちろん様々なものが溢れていて、それは楽しいワンダーランド。そして何より、彼自身知識が豊富で楽しくチャーミング!一緒に話していてあっという間に時間が経ってしまう。彼が住んでいるこの辺りは、19世紀の昔、キャバレーなどがある歓楽街だった事を聞き、「私達のホテルも永井荷風のエッセイに出てくるのよ!そこに荷風が出会った娼婦が住んでいたらしいよ!」と盛り上がる。19世紀、確か彼の住んでいるアパルトマンの何軒か先には、詩人のランボーも住んでいたはず。そんな話を夜更けまで話し込み、歩いてホテルに戻ったのは午前2時近くだった。

チャーミングな友君と。河村は下戸のため、ほぼふたりでシャンパンと白ワインを空け、夜更けの酔っぱらい(?)のふたり。

■2月某日 曇り
 フランスでの仕事はほぼ終了した今日、空いた時間に行きたいと思ってた16区のコスチュームの美術館、パレ・ガリエラへ。私達の滞在している6区のオデオンから16区までは近くないため、まとまった時間がある時でないと、なかなか行くことが出来ないのだ。だが、オデオン駅の側のバス停から63番のバスに乗ればそのままパレ・ガリエラの近くまで行けることに気付き、バスに乗って出掛ける。

 実は、今回の買付けで空き時間を作って3泊4日で暖かいバルセロナまで遊びに行こうと画策し(パリからバルセロナまではLCCのライアンエアに乗れば¥16,000程度で往復することが出来る。)、日本の先輩ディーラーにバルセロナのアパートメントを紹介して貰い、美味しい魚介類を食べることを楽しみにしていたのだが、実際に買付けのスケジュールを立ててみると、どうしたって1日しかオフをとることが出来ず、今回は泣く泣く諦めたのだ。なので、今回のパリは今日と明日の夕方ロンドンに向かうまで自由時間。こんな風にパリでのんびり過ごすのも久し振りだ。実は、河村が行ったことのないヴェルサイユに行こうかとも思ったのだが、入口ゲートの入場前の大混雑を思い出し、「テロの標的になっては大変!」と今回は断念。

 63番のバスはボン・マルシェのあるセーブル・バビロンを通り過ぎ、オルセー美術館の側を通り、セーヌ川を渡って右岸へ。事前にチェックしておいたバス停はパレ・ガルニエのすぐ側だった。
 ただいまパレ・ガルニエで開催しているのは、ファッションと文学をテーマにした展覧会、「見出されたモード(La Mode retrouv?e)」。マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』に登場するゲルマント公爵夫人のモデル、グレフュール伯爵夫人のワードローブが公開されているということで、前回の買付けの時から行くのを楽しみにしていたのだ。

 まず美術館の入口で河村がチケットを買い、私もそれを一枚貰ったはずなのに…いざ展示会場に入ろうとすると、チケットが無い!先に河村が会場に入り、その後私も続こうと思ったのだが、チケットが見つからず「あれれっ!?」と私。「さっきチケット渡したよ。」とずんずん先に行ってしまう河村。(なんて薄情な!)でも、チケットを回収していたキュートなムッシュウ(その可愛らしさから、ファッション大好き、お洒落大好き、「心は乙女」の男性と見た。)に、「いいのよ!入って!入って!」と優しく中に入れてくれ、その優しい心遣いがとても嬉しかった。(パリで見ず知らずの人から優しくされるなんて、ほとんど記憶が無いかも…。結局、チケットはポケットの中から出てきた。)

 で、会場だが、今回は写真撮影が許可されていなかったのが残念。1860年に生まれ1952年まで生きた(長生き!)グレフュール伯爵夫人の今回展示されたワードローブは19世紀末から1930年代まで。それまでのコルセットを着けてS字のラインを強調したスタイルから、ビザンチン風のドレス、オリエンタルな雰囲気たっぷりな着物スリーブのドレスや直線的なアール・デコのドレス、ランバンやフォルチュニーなどのデザイナーによるドレス等、衣装の形が大きく変わっていく様が確認出来て興味深い。ドレスと同様に、きっと髪型やアクセサリーも大きく変わっていったに違いない。フランスでは最高に古い家柄で、しかもベルギーの銀行家と結婚し、莫大な富を擁しサロンの中心だった彼女、その個性的なドレスの数々から彼女の際立ったセンスが伝わってきた。
 また、会場にはガラスケースに入ったパラソルやシューズ、バッグなどの小物もディスプレイされており、その中に私も度々扱うシルクで出来たハンカチケースを見つけた時には、「当時の貴婦人は、本当にハンカチケースを持っていたのね。」と、貴婦人の現実の姿に出会った思いだった。

正しくはパリ市立衣装美術館、パレ・ガリエラ。19世紀末にガリエラ公爵夫人が自分のコレクションを飾るために建てたイタリア・ルネッサンス様式の建物はそれ自体も歴史的文化財です。晴れた日には気持ちの良いお庭もありますよ。


今回は撮影禁止だったので、残念ながらポスターだけですが…。モコモコの毛皮をまとったグレフュール伯爵夫人の写真がポスターに。(写真も沢山展示されていました。)展示内容はこちらのサイトからご覧いただけますよ。

 衣装の美術館を見終わった後、滞在先の6区に帰ってきた昼下がり。お買い物が出来るのはこの午後だけ。買付けで何か自分のための購入することは滅多に無いのだが(普段自分のお買い物には全然情熱が無いのだ。)、今回だけは別。それは4年前にヴェネツィアに行ったことに遡る。元々、なぜか「手袋が好き!」な手袋フェチな私。それまでずっとイタリアに行ったら革手袋が買いたいと思っていたのだが、ヴェネツィアの街を散策中、手袋専門店のウィンドウに私の好みにぴったりな手袋を見つけ、河村に「買う!買う!買う!」と激しくねだったのだが、「もう沢山持っているでしょ!」と強行に却下されたのだ。私の頭の中には、4年経った今もその時の怨念が強く残っていて、折々に「あの時のボタンがいっぱい付いた手袋が欲しかった…。」と言い続けてきたのだが…。

 この1月の名古屋のフェアの折、アクセサリー作家のカンダチナツさんが素敵な手袋をはめているのに気付いた私が、「素敵な手袋ね。」と声を掛けると、「これは、サカザキさんと一緒にパリに行った時に買ったんですよ!サン・ジェルマン・デ・プレにお店があります!」と言うではないか!サン・ジェルマン・デ・プレは私達の滞在先から歩いてもすぐ。あらかじめネットで調べると、なんと、因縁のヴェネツィアのお店のパリ店だということが分かった。それからというもの、「今回、絶対行く!そして手袋を買う!」と鼻息荒くパリにやって来たのだ。

 件のお店はすぐに見つかった。しかもただいまパリはSOLDEの季節。このお店もSOLDEのようだ。挨拶をしてお店に入ると、いかにも「パリのマダム」という感じの華やかなマダムが真っ赤な手袋を選んでいる真っ最中。店員のマドモアゼルはひとりだけなので大人しく待つことに。が、マダムのお買い物はなかなか終らない。手袋の吟味が済みと、今度は手袋と同じ色のオーストリッチのバッグを取り上げて、「ああでもない。こうでもない。」とマドモアゼルを相手に長いお買い物。結局、SOLDEで半額になっていたそのバッグを「これもいただくわ。」と決めるまで、たっぷり待たされることに。

 やっと私の番になり、つたないフランス語で「ボルドーかモーヴの手袋を。」と伝え、それと「このボタンの付いた手袋を見せて。」とディスプレイされている手袋を見せて貰ったのだが…。確かにボタンの付いた手袋は私の元に来たのだが、ボタン付きのタイプでは私の希望する色は無いという。買付けの折には、そのつたないフランス語でずっとクリアしてきたのだが、この時、なぜか出てくる手袋はボルドーでもなくモーヴでもなく、ブラウンばかり。「いや、私の欲しいのはこの色じゃないし!」と心の中で叫びつつ、今までになく自分のフランス語が通じないことに焦っていたところ…そこに天の助けのような男性が登場。それは外から帰ってきたオリエンタルのムッシュウ。すぐに私の元に来て、「いらっしゃいませ!」と日本語で言われた時には、「え!?日本の方ですか?」とこちらの方がびっくりしてしまった。

 それからはとてもスムーズ。ブラウン押しのマドモアゼルは奥に引っ込み、彼が私の買い物を手伝ってくれることに。ディスプレイされているモーヴの手袋を指して「こういう色が欲しいんです。」と言うと、まず私の手のサイズを測り、すかさず私のモーヴのストールに目を留め、それにぴったりの色を出してくれたばかりか、カウンターにボタンの付いている手袋が置いてあるのを見ると、SOLDEのボックスの中から、私が欲しいと思っていたそのもの、モーヴでボタンが沢山付いている手袋を出してきてくれた。(これこそがヴェネツィアで欲しかった手袋!)日本語は話すが寡黙なムッシュウ、特に詳しく説明しなかったにもかかわらず、私が欲しかった手袋そのもの2点が出てきた時には、まるでマジックを見ているようだった。

 その手袋2点を手に入れ、「ふたつも買ったのか!?」問いたげた河村の隣でご満悦な私。その後は大人しくホテルに戻り、パリで最後の夜は近所のランドリーに洗濯に行ったのだった。

こちらがその手袋!濃い紫の方は裏がカシミア、ボタンが付いている方は裏がシルク。お店の詳細はまた「さかざきのパリ案内」に掲載しておきますね。


帰り道のブティックでドレスを着せられたトルソーに可愛い小鳥のディスプレイを発見!


薔薇の専門店では花びらでさえも美しいディスプレイに。下の小さなブーケも可愛い!


ロダンの「考える人」の彫刻。ここは美術館ではありません!チョコレートの専門店、ショコラトリーです。


***買付け日記は後編へと続きます。***