〜前 編〜

■6月某日 晴れ
 午前5時に起きて成田に向かい、機内では「こんなに眠れるものか?」と思うほど爆睡、やっとシャルル・ド・ゴール空港に着いたと思ったら、過去最高に(いや最低と言うべきか)大変な目に遭遇!空港からパリの市内に向かうRER(あまり治安はよろしくない郊外高速鉄道)がまさかのスト。いつもなら空港からRERに乗って、そのままリュクサンブールに向かい、1時間もあればホテルに到着するだが、その日は最悪なことにRERとタクシー、さらに市バスのスト。(空港からパリ市内を結ぶロワシーバスもストだったらしい。)6月から7月、この時期のフランスの風物詩ともいえるスト(なぜかバカンス時期はストも休みになる。)、最近その存在をすっかり忘れていたが、久々にその洗礼を受けることに。なにしろこの国は社会主義国家、ストライキやデモは労働者の大切な「権利獲得!」行事。日本では考えられないが、この国でストといえば、「本気のスト」なのだ!

 まず、いつも通り空港内のRERの駅までたどり着くと、通常では考えられない沢山の人が構内にあふれていて不穏な雰囲気。(それもそうだ!この日、空港から移動するにはRERしかなかったのだから!)列車の運行状況を告げる電光掲示板は真っ赤に光ったまま何も映していない…。(この時点でかなり不安な気持ちになる。)いつもは開いているチケットを売る窓口もすべて閉まっていて、仕方なく自動券売機でチケットを購入し、ホームに降りたところいつも通りに列車はホームに停車している。「大丈夫みたい。」と、スーツケース3個と一緒に乗り込みシートに座る。が、そこからが長かった。どんどん人が乗り込み、列車の中はギュウギュウになるがいつまでたっても列車が発車する気配がない。途中、誰かが「あっちの列車が出発する!」と言いだし、ホームの向こうに停車している列車に全員で大荷物を持ち大移動。(なにしろ空港駅なので、それぞれ荷物がハンパないのだ。)とにかく凄い人数なので、皆シートに座るべく、ほとんど椅子取りゲーム状態!さらにそれをもう一度、元乗っていた列車に、再度大移動を繰返し、列車が発車したのは最初に乗ってから2時間程発った後だった。

 やっとその時点で「どうもストらしい…」と言うことに気付いた私達、どこかから聞こえる“greve(ストライキ)”の言葉に、心の中で「あちゃ〜」と叫んでいた。出発はしたもののRERは間引き運転で、ノロノロとなかなか進まない列車の中にスーツケース3個と一緒にギュウギュウ詰め。余りに混んでいるため、私のスーツケースのひとつは遙か遠くに行ってしまった。(でもギュウギュウ詰なのでどうにもならない。)そんなRERの車内はまさに阿鼻叫喚!あまりに長時間待ったため、携帯の電池が切れ、「今晩、泊まるホテルがどこにあるか分からない!」と、泣きそうなアメリカ人マダムに自分のバッテリーを差し出すフランス人ムッシュウ。流石フランス!そんな車内でもロマンスが発生している。また、フランス人達は、そうした状況に慣れているのか、達観しているのか、誰もイライラしたり怒ったりすることなく、"solidarite(連帯)"の心意気で、ギュウギュウ詰めの車内でも目が合えばにっこり微笑みあう余裕振り。ちょっぴり彼らのことを見直してしまう。こうした際にはジタバタしても仕方が無い。「なるようにしかならない。」と私達もキモを据え、なすがままの状況を受け入れたのだった。

 最初に列車に乗り込んで以来3時間、ようやく北駅まで到着。その日は北駅からシャルル・ド・ゴール空港までの折り返し運行だったらしく、全員そこで降ろされる。仕方なく北駅でタクシーに乗るべく荷物をゴロゴロ引き摺ってタクシー乗り場へ向かうも、沢山のタクシーは道を封鎖しているだけで乗せて貰えず(そこで初めてタクシーもストだということに気付く。このタクシーのストが一番被害が大きく、パリ郊外では暴動騒ぎにまで発展したらしい。)、「ではここからは市バスで!」と、市バスのターミナルまで再度ゴロゴロを引き摺っていくも、バスも運行しておらず。(ここでバスがストだと初めて気付く。)結局また地下まで荷物を引き摺ってメトロの駅へ。メトロは通常営業だったため何とか乗ることが出来、無事ホテルの最寄り駅オデオンに到着!でも、普段だったら大荷物を持っての移動にメトロなんて絶対乗らないため、大きなスーツケース2個をぶら下げ階段を登り降りする河村は大変!そしてホテルに着いたのは空港を出た4時間後!!午後10時を過ぎていた。

 以前にもメトロやフランス国鉄のストは経験していたものの、今回のストは私史上最悪!!(どうやらその日が最近では一番大変なストの日だったらしい。)でもまだRERが動いていた時間だったため、運が良かったようで、その後更に爆発物騒ぎで運休となり、駅でないところで列車から降ろされた旅行者は皆スーツケースを持ってRERの線路を泣きながら歩いていたのだそうだ。

後日談:その話を、やはりフランスによく買付けに行く仲良しのアンティークディーラーに、「でも、何とかその日のうちに着いたから、まぁ、良かった。」と言うと、ひと言。「そうやってアンタもフランスに慣らされていくのね。」と言われてしまった。


■6月某日 晴れ
 昨日の出来事も何のその、早速買付け!今日は市内の懇意にしているアンティークディーラーのところで終日品物を見せて貰うようアポイントを取ってあるため、活動開始も比較的遅く午前10時過ぎから動き始める。まずは行きつけの近所のキャフェで朝食を。濃いフランスのキャフェを飲むとパリでのいつもの生活が戻ってくるようだ。

 久し振りに会うマダムとは挨拶をしてひとしきり世間話。それからぼちぼち品物を見せて貰う。既に私用に用意してある大きな袋の中には様々な物が入っているので、それをひとつひとつチェック。まずはベルベッドのジュエリーボックスが2個出てきた。ひとつはグリーン、ひとつはブルー。どちらもまずまずの状態、しかもブルーのボックスは鍵付きだ。
 そして、細々したレースの山からひとつひとつ気に入った物を選んでいると、「ハンカチはいかが?」とマダム。その手には三枚のハンカチが。一枚はポワン・ド・ガーズ、後の二枚はホワイトワーク。久し振りのポワン・ド・ガーズに、いちめんに凝った細工のホワイトワーク、そしてもう一枚は豪華な紋章入りのホワイトワーク。一度に三枚ものハンカチが出てきて、一気にテンションが上がる私。他にも大振りだが繊細な刺繍のホワイトワークアイテムが出てきた。その直前、大きめのアイテムをすすめられて、「うちは小さなお店だから飾るところがないの。」とお断りしたばかりなのに、「これは素敵!」と正反対な決断をする私。他にもアランソンの襟やポワン・ド・フランスの襟も彼女が私のために置いておいてくれたレース。ポワン・ド・フランス、その中でも特に製品になっている物は珍しい。うっとりしながら手に取ると、前回ここで涙を飲んで諦めたあるレースのことを思い出した。それは1700年代前半のフランドルのボビンレースの長いボーダー。細い糸で織られているため、非常に軽やかで繊細、そのうえ2m以上の長さがあるのに端と端は始末されている状態。「あのレース、まだあるかしら?」と聞く私に、「こういったレースを好むのはあなたぐらいのものよ。」と笑いながら、でも大切に引き出しから件のレースを出してくれたマダム。「そうかしら?こんな素敵なのに?」と私。あれから三ヶ月振り、やっと手に出来たレースは本当に魅惑的。両手にそっと乗せて思わずうっとり見入ってしまう。前回の買付けの最後の最後にこのレースと巡り会い、既に資金が底を尽いていた私はどうしても連れて帰ることが出来なかったのだ。今度こそ手に入れることが出来て嬉しい!

 そんなレースとの再会を果たしつつ、彼女とのランチを挟んで夕方近くまで買付けは続く。彼女のコレクションだったゴージャスなシルクリボンやテキスタイルを譲って貰い、レースの山からセレクトしたレースで小山を作り、大きなバッグに山盛り買付けることがで来た。

 その帰り道、必ず立ち寄るジュエラーのウィンドウにキラリと光るモノを発見!中古のジュエリーを扱うここには、「アンティーク」と呼べるものも沢山混じっていて、非常に厳密にチェックされて売られているため、ロクに鑑別もしないで売っているアンティークディーラーよりもよっぽど信頼出来る仕入れ先なのだ。(エンジェルコレクションのジュエリーはすべて再度国内で鑑別済み。)そして今回見せて貰ったものは、ゴールドの粒金細工出来たクロス。中央にセットされたアメジストがイエローゴールドによく映えて美しい。何とも細かい粒金細工、しばしルーペで眺めて見入ってしまう。私達を日本人とみたスタッフの若いマドモアゼルは、「カワイイ?」と聞いてきたので、「あなたもカワイイわね。」と返すとにっこりした。(カワイイはもう世界共通語なのだ!)

 繊細な細工の粒金細工のクロスも手に入れて、疲れながらも意気揚々とホテルに帰還。時刻は既に夕刻だが夏のヨーロッパはまだまだ明るい。今日の仕事はまだまだ終らない。一度ホテルに荷物を置きに帰ってから、ホテル近くの教会広場が会場になっているアンティークフェアへ。小規模だが粒選りのディーラーが集まっている年に一度のこのフェアは、ご近所ということもあり、私のお気に入り。顔馴染みのディーラーも何軒か出店しているはず。

 小さな規模だが、高級で美しいアンティークを扱うディーラーが集まるこのフェア。顔馴染みのディーラーの何人かに挨拶をしつつ進んでいく。今日はひと仕事してきた後だが、それでもまだまだ良いものと巡り会いたい欲求は衰えることがない。今日はざっと回り、初めて出会ったマダムからアール・ヌーボーのスミレ模様のシルバーアイテムを。シルバーチェーンを通すとペンダントにも使えそうなシルバー小物だ。
 仕事が終ったのは午後8時近く。(、戸外のフェアなのに午後8時までの営業時間なのもフランスの夏ならでは。)明日も早朝から仕事だ。

オテル・ド・ヴィル(市庁舎)前の広場に設置されていた昔のパリの写真の巨大ボード。乗合馬車なので、たぶん19世紀終わり頃かと。乗り物は変わっても、回りの街並みはほとんど変わっていません。


ホテルの近所のいつもの花屋さんで。ウィンドウの薔薇のブーケが綺麗!


「美味しそうなケーキ!」ではなく、磁器で出来たデコレーション。ホテルの近所に出来たばかりのシックなサロン・ド・テに飾られていました。


■6月某日 晴れ
 今日も朝から買付け。しかも、朝から夕方まで終日仕事の忙しい1日が待っている。昨日からパリの気温は上昇し、30℃以上、日本の炎天下よりも厳しい日差しにしっかり帽子を被って出掛ける。(普段暑さ対策に帽子を被る習慣のないフランス人から見ると、帽子を被っているだけで「日本人」と判別が出来るらしい。)今日もアポイントを入れた何軒かでディーラーが私のことを待っているはず。

 朝イチで訪れた先は、いつもお世話になっている彼女のところ。いつものように抱き合って挨拶し、早速私用のボックスを開けて見せてくれる。そこには、ギッシリ様々なアイテムが。持っていた大きなバッグを河村に持って貰い、ガサガサとそのひとつひとつをチェックする。

 最初にボックスから出てきたのは、ボワシエのシルクポシェット。ボワシエは現代でも続いている16区にあるチョコレートショップ。今も実在するショップへ行くと、既にアンティークになった昔のパッケージやこうした贈答用のシルクポシェットやらが飾ってあって、チョコレートよりもそちらに夢中になったものだった。昔のポシェット、シルクの光沢も美しい。私のリクエストを覚えておいてくれた彼女が取って置いてくれたのは、しっかりこての当たった状態の良いすずらんのコサージュ。そして、エンジェルのソープボックス。スミレのリボン刺繍が細越されたシルクタフタのポシェット。リボン刺繍のアイテムを探すのが非常に難しい今、スミレのリボン刺繍は嬉しいアイテムだ。もうひとつ、シルクベルベットを張ったハンドバッグ形のソーイングボックスも珍しいもののひとつ。「こんなの初めて見た!」と河村と言い合いながらチョイス。

 もう一軒、顔馴染みのマダムは久し振りに私の顔を見てにっこり大歓迎。とてもフランス人らしい彼女の頭の中では、「自分のお客様」と「それ以外」のふたつのカテゴリーに分けられているらしく、一応「お客様」に分類されている私には何かと良くしてくれる。(「それ以外」に分類されている人達には、こちらが「ええっ!?」とびっくりするほどけんもほろろな対応で、驚かされることが多々ある。)そんな彼女のところからは、繊細な作りのお人形のボネとたっぷり刺繍がほどこされたホワイトワークのボーダーが。ホワイトワークは刺繍の分量が多いため、手に持つと糸の重さが感じられるほどだ。そして興味深いのが、元々サンプルだったのだろうか、大判のシルクに途中まで刺された美しいリボン刺繍2点。それが途中だろうと、繊細で立体感のあるリボン刺繍が手放せないほど美しく、河村に「え!?だってそれは完成していないよ!」と驚かれつつ、「いいの!持って帰るの!」と強行。呆れる河村を前に満足感でいっぱいだった。

 もう一軒アポイントを入れたマダムも布製品を多く持っているディーラー。おおらかな彼女の口癖は、「欲しいものがあったら言って!まとめてくれたら安くするわよ。」の一言。いつもその言葉を真に受けて、沢山ある商品を必死でチェックしてしまうのだ。今日もお人形のボネやカード、トワル・ド・ジュイの生地など。最後には「次にいつ来るの?」と、私の次回の予定を聞き、必ず日本語で「アリガトウゴザイマス。」と言ってくれるところも嬉しい。
 午前中の仕事がひと段落すると、一度ホテルに荷物を置きに帰り、午後の部へ。今日も暑い。

 午後イチで向かった先はお馴染みジュエラーのマダムのところ。いつものように挨拶を済ませ、ガラスケースをじっくり見渡し、その中のいくつかを見せて貰うがどうもしっくりくる物が無い。「う〜ん。」と迷っていると、マダムが置くからビニールの小袋を手にしてきた。その中には仕入れたばかりと思われるいくつものリングが。結局その中からダイヤとホワイトゴールドのアール・デコのリングを。アール・デコは短期間だったため、その期間に作られたジュエリーは数少ないが、非常にデコの雰囲気が出ていて、ダイヤのきらめきも美しいクールな雰囲気のリングだ。

 久し振りに紙物を漁っていると、思わぬ所から素敵なアイテムが!以前も扱った事のある、木口木版の可愛いお花の妖精がテーマになった「紙芝居」が出てきた!実は、以前、まったく違う場所で河村が見つけ、あまりの可愛さに「大人買い」したというこの紙芝居。今回も「誰にも渡さん!」とばかりに、そこにある分すべてを買付け、買付け終ると思わず「フ、フ、フ、フ。」と満足感から思わず笑い…が…。

 総刺繍のチャイルドドレスは、いつも必ず立ち寄るコスチュームを専門に扱うディーラーから。ここは、映画などにも度々衣装を提供をしているというディーラー。昔からマダムとムッシュウが、まるで映画の登場人物のように、当時のコスチュームを身に着けているという特徴的なディーラーだ。(ずっと以前、19世紀の衣装を着けたマダムにパリの街中でバッタリ出会ったことがあったので、たぶん古い衣装を日常的に着ているらしい。)このチャイルドドレス、スカートの部分がほぼすべて手刺繍になっていて、こちらもずしりと糸の重さが感じられるゴージャスなドレスなのだ。最近なかなか気に入った子供用のドレスに巡り会っていなかったので嬉しい出物だ。

 沢山歩き回ったが、その後出てきたのはアプリカシオンのレースボーダーやブレードなどの素材が少し。ただ、薄い花びらのポピーのお花が出てきた時には少し感動!デリケートな色合いと素材、茎に毛が生えているように作られているのもとてもリアル。一生懸命実物のポピーを再現した様が想像出来て思わず感動してしまったのだ。しかもタグ付のデッドストックという点もポイントが高い。

 ホテルに戻ってきたのはすっかり夕刻になってから。(が、午後9時過ぎまで明るい夏のフランスはまるで昼間のような明るさ。)今日一日持ち歩いていたiPhoneの万歩計は約1万6千歩を表示していた。

夏といえばソルドの季節!子供服のお店もこの通り。布で手作りした看板が可愛くて目を引きました。


近所の食器屋さんのウィンドウは夏らしい色合いのセッティング。パープルとミントグリーンの組み合わせが爽やかです。


帽子のプレタポルテ マリー・メルシェのウィンドウはいつも新鮮!バカンスを意識して夏らしいストローキャップに蟹や魚のディスプレイ。

 その晩のこと、疲れ果ててぐっすり眠っていたところ、私の耳元にブーンと嫌な音が。気が付くと手の指が猛烈に痒い!午前2時に私を起こしたのは、何とヤブ蚊。パリで蚊に刺されるのは10年振りのこと。あまりの暑さにどうやら建物の中庭で大量発生し、上の階まで飛んできて開け放してあったバスルームの窓からやって来たらしい。一気に目が覚める私。運良くかゆみ止めの薬は持って来たのだが、虫除けは持ってきていない。隣で寝ている河村を尻目に、ベッドサイドのランプを点け、「ぶっ叩いてやる〜!」と部屋の中を蚊を追いかける。が、散々追いかけ回してみたものの、仕留めることは出来ず、指を掻きながら蚊に刺されないように頭からシーツにくるまって就寝。

■6月某日 晴れ
 ゆうべ思わぬ蚊の襲撃に遭い、いまひとつよく眠れぬまま、すこぶる不機嫌で起床。が、しかし今日は夕方ホテルに戻って来た後、すべての荷物を持って鉄道で南仏へ移動するという大移動の日。一応、インターネットでフランス国鉄がストをしていないかを確かめる。(まったく不通になることはないものの、間引き運転になることはよくあるからだ。)今日の運行状況は良好。なんとかストの影響を受けずに南仏へたどり着けそうだ。チェックアウトしなければならないので、朝からバタバタとスーツケースに仕入れた荷物を詰める。

 今日出掛ける先は、やはりアポイントを入れたマダムの所。コスチュームが専門で、物凄い量の在庫を持つ彼女の元へは、パリコレなどファッションイベントの際には世界中からきたファッション関係者が訪れる。コスチュームは私の範囲外だが、彼女の持っているリボンや素材などが目的で、いつも沢山の在庫をひとつひとつ膨大な時間を掛けてチェックするのがここでの仕事。
 そしてもうひとつ、今日は買うだけでなく売る目的も。ここではエルメスのスカーフも沢山扱っていて、前回来た時にアシスタントの彼に、「私のエルメスのスカーフ、買い取ってくれるかしら?」とそっと聞いたところ、「マダムは買取りもしますよ。」と教えてくれ、今回日本からスカーフ2枚を持って来たのだ。実は、しばらく前、ネットオークションでエルメスのスカーフを落札することにハマっていた私。何枚か落としてみたものの、実際に手元に届いてみると「ちょっと違う。」と着けずにしまいこんでいたものがあったのだ。

 まずはいつも通り、河村と手分けして膨大な品物をチェック。ただ、品数は膨大でも、私達が欲しい物はごく僅か。気が遠くなるほどの物量を見ても、お互いに手にしているのは1〜2点。思ったほど収穫がなく、少しがっかりしてアシスタントの彼のデスクに手にした商品を持ってくると…そのデスクのすぐ側に私達が常に探している19世紀の広巾リボンや生地が!「えっ!?こんなところにあるじゃないの!あるじゃないの!」と興奮状態で飛びつく。探してもまず出てこない19世紀の広巾の織柄リボンもシルク織物の生地も嬉しい出物だ。
 そして、例のエルメスのスカーフを取り出し(状態が良いことをアピールするため、セロファンの袋に入れて提出!)、「こちらを買い取っていただきたいのですが…」とマダムに交渉。最近ダイエットに成功し、今日はビビッドなオレンジ色のミニスカート姿のマダム、会った時に「素敵!素敵!」と持ち上げておいたのだがその方かはいかに…。
 「こちらからは提示しないから、いくらで買い取って欲しいか言ってみて。現金がいいの?それとも商品と交換?」と鷹揚なお返事。「商品と交換で。」と私。そして、バカ正直な私が思わず自分が日本のネットオークションで買ったお値段を言うと、間髪入れず「いいわよ!」と男前に二つ返事で商談成立。エルメスの中古のスカーフは、フランスの方がずっと価格が高いことはよく見知っていたのだが、私の提示した値段は、仕入れ値段としてもフランスでは破格値だったことが後で判明。マダムは状態の良いスカーフが破格値で手に入り上機嫌、早速自分の身にまとって鏡でチェック。私はもう使わないスカーフが美しいリボンや生地に交換出来てご機嫌。それぞれに機嫌良く挨拶をして別れた。

 マダムのところの買付けが済むと、一目散にホテル近くまで戻ってきて、先日訪れた教会前の広場のフェアへ。パリを発つ前にもう一度見ておきたかった物があったのだ。
 まずは会場に到着すると会場脇に併設されている屋外レストランでランチ。今日も日差しが強くパリとは思えない30℃を越える暑さのため、冷えたロゼワインを頼み、まずは河村と乾杯。(パリに来て以来ロゼワインばかり飲んでいる気がする。水とさほどお値段が違わないロゼワインはこちらではほとんど水代わりなのだ。)ロゼワインのせいか気分良くランチをし、パリ最後の買付けへ。

 高級なアイテムばかりが並ぶこのフェア、さほど広くない空間に密度高く良い物が展示され、見ているだけで楽しい。最後に気になっていたのは、アイボリーのカルネ・ド・バルとエナメルの小さなボックス。カルネ・ド・バルの方は、先日店主が留守で会えなかったので、今日はもう一度じっくり商談をと思ってやって来たのだ。そうして出掛けてみると、店主は今まで何度もお世話のなったことのあるよく見知ったディーラーだったのだ!よく知ったディーラーだと安心。挨拶をし、「先日も見せて貰ったのよ。」と言って、迷っていたふたつのカルネ・ド・バルをもう一度出して貰う。どちらもディエップ製のアイボリー彫刻なのだが、少し薔薇の模様が違う。片方は薔薇だけの薔薇づくし、それも良いのだが、どうも薔薇の表現が単一的な感じがする。もう一方は薔薇以外のお花も彫刻されていて、そのひとつひとつの完成度が高い。迷った末、薔薇とそれ以外のお花が彫刻されているカルネ・ド・バルに決定!

 そして、もう一点のアイテムは小さなエナメルのボックス。先日、小さなスミレのシルバーアイテムを譲って貰ったマダムの所にあったこのボックスが忘れられなかったのだ。特に、エナメルというとブルーの色合いの物が多いのだが、これはとても可愛いパウダーピンク。ふたのお花模様は当然手描きだが、ボックス全体にゴールドの小さな星が飛んでいる。ガラスケースから出して見せて貰い、手の平に乗せて「可愛い…。」と呟く私。結局、パリ最後の買付けはこのボックスで〆となった。

 今日の列車は午後5時37分。買付けが終ると、またまた大急ぎでホテルに戻り、今度はすべての荷物を持っての大移動。先日はストだったタクシーも今日は平常営業で、ホテルのレセプションのムッシュウはすぐに予約してくれた。滞りなくやってきたタクシーに乗り込み、無事に南仏への発着駅のリヨン駅に着いた時には、パリに到着した時の悪夢を思い出し、心からほっとしたのだった。

 パリからの列車は定刻で出発。目的地への南仏アヴィニヨンまでは約3時間。重くなったスーツケース3個を列車に乗せることが出来(これが一番大変!)、「乗ってしまえばこっちのもの!」のばかり、すっかり気が緩む私達。明日は朝早くからフェアに行くため、今晩は駅に併設されているホテルに泊ることになっている。なので、駅に着いた後もスーツケースを抱えてほとんど移動することがなく気が楽。後は到着を待つばかりだ。

 かつて何度も訪れたこともあるアヴィニヨンだが、今回は9年振り。駅のすぐ前が旧市街の入口になっているのも見覚えがある。まずはホテルに荷物を置き、旧市街に散策。近くのキャフェで夕食。何か驚いたかって、キャフェも、アヴィニヨンの街中も中国人だらけでもうびっくり!9年前の南仏ではオリエンタルは珍しく、日本人の私達でさえ物珍しげな視線を浴びていたのに、10年経った今、まさか南仏も中国人だらけになるとは…。

三日間で怒涛のパリの買付けを終了!南仏行きの列車が発着するパリ・リヨン駅、ここトラン・ブルーは歴史あるレストランです。一度足を踏み入れてみたいです。


懐かしいアヴィニヨンの旧市街入口。午後8時を回りましたが、この通りまるで夕方のよう。明日は早朝から郊外のフェアへ。

■6月某日 晴れ
 南仏での買付け第一日目。午前8時から開催されるフェアのため、午前6時起き。今日は仕事が終ってこのホテルに戻ってから宿替えなので、チェックアウトと共にレセプションで荷物を預ける。(毎度すべての荷物と一緒なので、チェックアウトも大変!)フェア会場まではタクシーのため、ついでにレセプションでタクシーも呼んで貰う。

 レセプションで待っていると、タクシーのドライバーがホテル内まで迎えにやって来た。が、レセプションから彼と一緒にタクシーに向かったのは、私達ともう一組のカップルの計4人。「ん?」と思うと、小さなタクシーに4人とも詰め込まれ、一緒に会場まで運ばれることに。後のシートに座った私は正にギュウギュウ詰め。そのまま会場まで20分ほど走る。以前来た時には、この辺りをレンタカーで走り回っていたので、見知った風景が懐かしい。会場に着くと、ドライバーは私達からも、もう一方のカップルからもそれぞれキッチリメーター分20ユーロを請求。心の中で「え〜!?それって二重取りじゃん!!」と叫ぶも、あっさり河村が支払をしてしまった。

 会場前のゲート前は既に人でごった返している。誰か知り合いを探すも、日本人ディーラーは見当たらず。知り合いのフランス人ディーラーも見つけることが出来ない。そしてゲートが開門されると、物凄い人数が会場へと吸い込まれていった。早朝にもかかわらず今日も日差しが強く、暑い一日になりそうだ。

 前回このフェアを訪れたのは10年近く前ゆえ、もうどこにどんなディーラーが出店していたのかまったく覚えていない。まずは一番大きな建物の中へ。薄暗い建物の中は目が慣れるまでよく見ることが出来ない。端のブースから順に歩き始めると、だんだんと昔来た時のことを思いだした。確か昔来た時には生地を大量に持っていたディーラーがブースいっぱいに広げていたはず。(そのブースで、自分の持っていた生地に長さ10cm程の巨大ナメクジを見つけて悲鳴を上げた記憶が…。)10年近く経った今、そのディーラーの姿は無い。オルモル付のガラスのポットやフレームなどを見つけたものの、どうもいまひとつで決め手に欠ける。手に取ってみてみるが、「う〜ん」と唸り、また元に戻す。(笑)結局、建物4棟を見回り、収穫は聖母子像の小さなオーナメント入りのフレームとブリュッセルミックスのレースの一点のみ。こちらはデュシェスレースにポワンドローズを組み合わせた薔薇づくしの美しいもの。
 建物内は空調が効いている訳ではないのでとにかく暑い。が、外に出ると炎天下でそれ以上の暑さ。日本の日差しと比べると、ずっと鋭くまるで刺すような日差しだ。この日の気温は37℃、身体は汗でドロドロ、不快なことこの上ない。この気分、いつか味わったことが…。思い出した!高校時代、運動部だった私(しかもインターハイ選手だったのだ!)は、来る日も来る日も炎天下の下、トレーニングに明け暮れていたのだった。その時のドロドロだった私と一緒だ!まさか何十年も経った今、同じような目に遭っているとは…。

 フェアは屋内だけでは無い。ヘロヘロになりながら屋外のブースを歩き回っていると今度は美しいマリア像が入ったフレームを発見!球面のガラスがはまった味わい深いフレームだ。いつも扱っているこうしたカトリックもののフレームに比べるとかなり大きいため、一瞬躊躇するが、パリからガラスのケースを自ら運んできた私は、「毒を食らわば皿まで」とばかりに、「これも運びます!」と買います宣言。扱っていたイタリア人のディーラーから譲り受けたのだった。南仏のフェアはイタリアにも近いためイタリア人ディーラーも多数参加している。だから、こうしたカトリックものが多く集まっているのだろう。他にもスペイン語も耳にしたから、スペイン人のディーラーも買付けに来ているようだ。

 美しいマリア様を包んで貰い、(あまりに重いので)後からピックアップすることを約束して預け、まだまだ炎天下での買付けは続く。すると、足元の紙箱に小花で出来た何やらとても可愛いお花が目に入ってきた。「ん?」と足を止め、お花を拾い上げると、それは小花がシート状にまとめられたもの。かつて小花を組み合わせた可愛いブーケは扱った事があったが、シート状になった物は初めて。早速側にいた年配のマダムにお値段を聞くと「箱ごと売ってる!」とのこと。確かに紙箱の中には他にも様々なお花が入っている。「でもこんなにいらないし…。」と思いつつ、再度よくよくチェックすると、綺麗なライラックのお花やスミレのお花、カーネーションやカメリヤ、小花も沢山。どれも使えそうなものばかり。「え?全部買うの!?」と横で問いかける河村を軽く無視し、マダムに「いただくわ!」と私。きっとその昔、この箱にお帽子を飾るために好きなお花を溜めていた女性がいたに違いない。またまた嵩張るものを手に入れてしまった。

 最後に手に入れたのは小さなフラワーバスケットのシルバーボックス。もうその時点には暑さと空腹と喉の渇きでヘトヘトに。通常、こうしたアンティークフェアにはどこかに仮設のレストランやカフェが作られているのだが、ここではどこにも見当たらない。オーガナイザーのカウンターで聞いても「ない。」とのお答え。一箇所、一番最初に入った建物の中にバーカウンターがあったことを思い出し、そちらへ向かったのだが、カウンターに群がる人、人、人。そして喉の乾いた皆は殺気立っている。カウンターの中で働いているのはたったふたり。カウンターで小銭を手に15分ぐらいは待っただろうか。ようやく手にした生ビールは(やっぱり水でなくてビールを頼んでしまった。)、この世のものとは思えないほど美味だった。
 今日の買付けはこれにて終了。後で携帯に付いている万歩計を見たら、なんと2万歩を計測していた!!

 仕事が終った会場にはもう用は無い。会場からはまたタクシーに乗らないと帰ることは出来ないため、再びオーガナイザーへ行き、そこでまめまめしく働いていた(でも、たぶんこのフェア運営の代表者)ムッシュウにタクシーを呼んで欲しいことを伝えると、すぐにその場で自らの携帯で電話してくれた。行きに降ろされたゲート前で待っていると、ほどなくタクシーが現われ、今度は問題なくアヴィニヨン駅まで戻ってきた。

 駅に戻ってきたものの、今晩泊るホテルのチェックイン時間は午後3時のため、まだ時間がある。しかも、今晩からはアパートメントホテルの滞在になり、常時レセプションに人がいないためチェックイン時間は厳守。約束した時間にしかチェックインが出来ないため、駅のキャフェでのんびりお昼を食べながら時間を潰すことに。
 約束の時間が迫り、今度は預けてあった自分達のスーツケースを受け取りに今朝まで滞在していた駅横のホテルへと向かう。ここでついでにタクシーも呼んで貰う魂胆なのだ。次のアパートメントホテルまでは、身軽であれば十分歩ける距離なのだが、なにしろスーツケース三つ、それにプラス今日仕入れてきた荷物を持つ私達には無理。約10年前にこのホテルでタクシーを頼んだ時には、「この街はタクシーが少ないから呼ぶのは無理。駅前のタクシー乗り場で待っていて。」などと言われたものだったが、今回はすんなりOKが出てまた再び車中の人へ。そして向かった先のアパートメントホテルは、期待を裏切らない素敵さだった。

 アヴィニヨンの旧市街にあるこのホテルの滞在は、私が今回一番楽しみにしていたこと。旧市街の1300年代の建物をそのままリノベーションしていて、入口奥には小綺麗なパティオが。私達を迎えて入れたマダムは、分かりやすい英語を話し、地図を広げながら懇切丁寧に説明してくれる。まず、懸案だったコインランドリーの場所を聞き、ついでにマルシェやスーパーの場所を。そして私が「おすすめのレストランは?」と聞くと…出てくるわ、出てくるわ、マダムの口からは次から次へと「ここはワインの品揃えに特徴があるレストラン…美味しいわよ。え〜とこちらのレストランは…。」というように、地図に印を付けながらレストランの話が止まらない。最後に「あなたも食べることが好きなのね!」と私が言って、三人で爆笑してしまった。

 なにぶん古い建物をそのままリノベーションしてあるためエレベーターは付いていないが、エアコンの効いたお部屋は物凄く快適!シンプルで小粋な内装で居心地が良い。小さなキッチンには冷蔵庫も完備していて、食器やカトラリーもすべて揃っている。ここで三泊出来るかと思うと僅かばかりでもバカンス気分が味わえそうだ。
 ただ、明日はまた早朝アヴィニヨンから列車で1時間程のモンペリエのフェアへ。そして、明後日は唯一のオフだが、最終日しあさっては再びモンペリエへ。今度はすべての荷物を列車で運び、モンペリエ空港からロンドンへ飛ぶことになっている。という訳で、今回のスケジュールはどこまでも過酷なのだ。


滞在したホテルのパティオは、石造りにもかかわらずグリーンがあって良い雰囲気。ここAutour du Petit Paradisはおすすめのアパートメントホテル。

 まずは近所のスーパーとブーランジェリーへ食材の買い出しへ。ここでもまたプロヴァンスのロゼワイン、コート・ド・プロヴァンスを買い込み、前菜になりそうな野菜や果物、チーズ、ハムを。そしてブーランジェリーで美味しそうなバゲットを。以前にも何度か訪れたアヴィニヨン、どこか見覚えがあり、懐かしい。

 夕刻には買い出してきた食材で、生ハムメロンやトマトとモッツァラレラのカプレーゼを簡単に作り、「日本人にはこの程度で十分!」と言いながらロゼワインを開けてご機嫌な私。(本当に、日本人の胃袋には前菜とパンだけで十分なのだ。)それだけで楽しい気分になってしまうのも、南仏だからか?それともプロヴァンスのロゼワインのせいか?

 早い時間に食事を終え、「そうだ!せっかく観光地に来たのだから、ちょっと観光でもしてきましょう。」とまだ明るい午後8時頃から散歩に出発。久し振りのアヴィニヨンの街並み、夕暮れのサン・ヴェネゼ橋、その昔ローマ教皇庁が置かれていたアヴィニヨンの教皇庁。トコトコ歩いてお手軽に、でもすっかり満足して散策してきたのだった。

オリーヴ、トマト、スパイス、南仏には美味しそうな食材が色々!


いつもは沢山の人で賑わっているサン・ヴェネゼ橋も夕暮れは静か。皆、思い思いに川岸で過ごしています。


ローマ教皇庁は14世紀の建物。こんな場所にローマ教皇庁が置かれていたなんて、とても不思議な気がします。夕闇の風景はいっそう神秘的です。


せっかく来たので、滅多に撮らない記念写真をパチリ。ひとり「びっくり目」の人が写っていますが、どうぞお気にせずに。(笑)健康で再びここに来られたことを感謝。


***「買付け日記」は後編へと続きます。***