〜後 編〜

■6月某日 晴れ
 今日は滞在中のアヴィニヨンからモンペリエのフェアまで遠出。元々予定では、アヴィニヨンに一泊しフェアに行ってから、モンペリエに移動し、モンペリエに三泊する予定だったのだが、どう調べてもモンペリエの方がホテルレートが高かったため(モンペリエの方がずっと都会だったからかもしれない。)、そのままアヴィニヨンに滞在することに。そのため、午前8時から始まるフェアのために午前6時台の列車に乗って出発!アヴィニヨンからモンペリエまでは約1時間。便通が非常に少ないため、なんだかんだで今日も早起き!

 まだマシなことは、以前は会場まで行くためには、モンペリエの駅前からタクシー待ちの長蛇の列に並び、タクシーでしか行けなかったのだが、今は街の中を路面電車のトラムが通り、会場までトラムで行けるようになったこと。モンペリエの駅前に着くと、いくつもあるトラムの駅の中から会場行きの路線を探し、初めての機械で戸惑いながらチケットを購入する。
 長らくトラムに揺られて車窓を眺めていると、ずっと昔、タクシーでやって来た時のことを思い出した。

 会場は郊外の展示会場。周囲には何も無く、殺風景な場所だ。今日もじりじりと照りつける暑い日、帽子を被っていても暑く、もう「日焼けが…」などと言っていられない。
 会場に到着すると、ずっと昔ここにやって来たことを少しずつ思い出す。このフェアは中央に屋根の付いた戸外のストールが並び、そこを囲むように大きな建物が連なっている。もちろん建物内も空調は無い。出店者と一緒に入場するので、会場はどこもまだ準備中。その中を汗だくになりながら何度もグルグルと歩き回る。

 その間、「おっ!これは!」と思うものにいくつか出会ったのだが、「えっ!?こんな露店で売ってるのに、そんなに高いの??シンジラレナイ。」と、まったくお値段が合わず却下。今日がフランスの買付け最終日のため、軍資金も底が見えてきた。そのことを一番良く分かっているエンジェルコレクション経理担当河村は、生半可な物には首を縦に振らない。慎重に慎重に、物を探し、商談する。

 「これならいいと思う!欲しい!」と私が見つけたのは、先日パリの教会のフェアで手に入れたのと同じ絵柄、スミレ模様のシルバー小物4点。マダムにガラスケースから出して見せて貰っていると…。もう一方でシルバーのカトラリーを物色していたムッシュウが、マダムが「これは250ユーロ。」と言っているにもかかわらず、「200ユーロでいいだろう!」と無理強い。(250ユーロの物を200ユーロに値切るなんて、通常ではまず絶対無理!)挙げ句に、その場に200ユーロを置いて、カトラリーを持ち去って行ってしまったではないか!ムッシュウもきっとアンティークを扱うディーラーなのだろう。それにしてもあまりの乱暴な出来事に、マダムも私達も目が点。そして、そのとばっちりは私達にも。それまでマダムは「では、○○ユーロで。」と私達にお値引きしてくれていたのに、ここでさっきの分を取り返そうと思ったのか、「やっぱり○○ユーロでないと売れないわ。」と、さっきよりも高い金額を言い始めたではないか!?「え?あなたさっきは○○ユーロって言ってたわよねぇ!!」といくら私が食い下がってみても、最初よりも高い「○○ユーロ!」の一点張り。結局4点とも欲しかった私が根負けしてしまった。

 午前8時のオープンから入場して正午近く、やっと仕事を終えると、今日も「運動部のトレーニング」よろしく汗まみれ。「お疲れ様♪」と、露店の会場に出店していたシャンパンバーでピンクシャンパンを河村におねだり。(シャンパンは露天のせいか通常よりもずっと安かったので。)私が嬉しそうに飲んでいたのが面白かったのか、顔馴染みのロンドンから来たディーラーに(フランスのフェアにはイギリス人のディーラーも沢山買付けに来ていて、知り合いのディーラーに出会うことが多い。)、「あ〜、シャンパンなんか飲んでる〜。」と冷やかされてしまった。彼を含むイギリスチームは数名。皆顔馴染みだ。「明後日、ロンドンに行くわ!」と言うと、「ロンドンにはシャンパンはないけどね。」と笑われてしまった。
 美味しかったシャンパンを飲み干すとすぐに撤収。元来たトラムに乗り、駅前へ。そこから歩いて旧市街へ向かい、ランチをするのだ。

 実は、ここモンペリエに前回来たのは、河村と出会う以前のこと。十数年前のことだ。今回河村は初めて来たため、私の古い記憶をたどって、昔入ったレストランに行くことになっていたのだ。が、メインストリートは思い出すことが出来ても、入りくねった旧市街の中の小径は複雑でどこがどこやらまったく分からない。河村は「本当にたどり着けるの?」と懐疑的。でも、そんな時、ふと気付くと自分が見覚えるある緩い坂道を歩いていることに気付き。「ここ!ここ!」と目的のレストランを発見、小径にしつらえられたテラス席のテーブルでゆっくりランチをとった。

 ランチの後、旧市街を散策するも、焼け付くような暑さにやられた私達はモンペリエから早々退散。モンペリエは、「フランス人が住みたい都市NO.1」なのに、一度もゆっくりしたことがなく、少し残念。また1時間以上かけてアヴィニヨンへと帰って行った。明後日はロンドンへの移動日。再びモンペリエまで、今度はすべての荷物と一緒にモンペリエ空港へ向かうのかと思うと、少々気が重い。

モンペリエの旧市街の中心、広々したコメディー広場に面したオペラ座。この通り、この日もピーカン。照りつける日差しに焼き付けられそうでした。


モンペリエの旧市街はこんな風にすべて石造り。車の入ってくることが出来ない細い路地が続いています。湿気がないため、風が通り抜けると日陰は爽やかです。

■7月某日 晴れ
 今日は買付け唯一のオフ、お休みの日。この日を利用して、プロヴァンスのどこかへ行こうと思っていたのだが、たった一日のことでもあるし、レンタカーを借りるまでもないと思い、以前にも訪れたことのあるアヴィニヨンから電車で15分の隣町アルルへ行くことに。

 アルルが近いこともあり、お休みの今日は朝からゆっくり。まずは、先日、ホテルのマダムに教えられた通り地図を見ながらランドリーへと向かう。フランスのコインランドリーは(日本も同じなのかもしれないが)、洗うのも乾燥するも時間がかかる。途中、戻ってきて洗濯機から乾燥機に入れ替えたり、乾き具合を見て再度コインを入れたり(これがまたなかなか乾かないのだ!)、ほったらかしには出来ず、結構時間もかかる。でも、今日はランドリーの周囲に気持ちの良いテラスのキャフェや大きなマルシェがあり、お茶を飲んだり、マルシェの中を探検したり、そんなことをして遊んでいるうちに洗濯物はすっかり綺麗に乾いてしまった。

マルシェの入口のお花屋さんでは、ラベンダーのたっぷりした花束が格安!良い香りが漂っていました。持って帰りたかったのですが、残念ながら嵩張るので断念。(どちらにしても検疫で引っかかって日本に持って入ることは出来なかったかも。)


南仏のお野菜はダイナミック!トマトもピーマンもナスも、どれもとても大きいのです。今晩のディナーは何にするか、マダムも思案顔。


お肉屋さんのケースの中に子豚の丸焼きを見つけ、思わず「ひ〜!」と声が出てしまいました。ちょっと怖いです。


ビビッドな色合いのブーケも南仏ならでは。他の街では見られない華やかさです。

 洗濯物をホテルに置き帰ると、もう昼近く。近くのアルルまでは、駅から列車に乗って。駅へ向かう途中、アンティークディーラーの仲間うちでは「美味しい!」と評判のブーランジェリーでバゲットサンドと飲み物を買い込み、列車に乗り込む。乗車時間はたった15分、バゲットサンドを「美味しいね〜!」とかぶりついているうちにあっという間に着いてしまう。以前、アルルへはレンタカーで来たため、駅は使わなかったのだが、地図を見ながら駅から歩いているうちに過去に歩いた道を思い出した。

 アルルの旧市街は小さな街なのだが、世界遺産に登録されているローマ時代の遺跡がいくつもあったり、ロマネスク建築の建物があったり、ゴッホにまつわる建物があったり、見どころが沢山ある観光地のデパートのような所なのだ。駅から歩いて行く途中、昔立ち寄ったショップへまた寄ってみたり…。以前、運良く闘牛を見ることが出来たローマ時代の円形闘技場は、今回はクローズしていて外から眺めただけ。とにかく南仏のお昼間は暑くて暑くて、街中の噴水の中へ飛び込む犬を羨ましげに眺め、炎天下の旧市街のあちらこちらを歩き回っているうちに夕方になってしまった。(夕方になっても気温は下がらなかった。)
 唯一、楽しみにしていたアルラタン博物館がクローズでがっかり。ここは古い邸宅を改装し、アルルの風俗を紹介した博物館。昔の住居を再現した部屋や、昔の衣装が展示されていて、なにより衣装好みで有名な「アルルの女」のごとき綺麗どころ(実は民族衣装を着た女性職員)が迎えてくれるのだが、2018年まで改装のため閉館中。もしこれからお出掛けの方は要注意だ。


旧市街の入口近く、カヴァルリ門。「いよいよアルルにやって来た!」と気分も上がってきます。


確か以前来た時も立ち寄ったLA POULE BRANCHEは年配のお洒落マダムがオーナーの雑貨屋さん。きっと素敵なお土産が見つかるはず。


ローマ人恐るべし!その時代、こんな場所にも壮大な建築物を作るとは…。(プロヴァンスには沢山おローマ時代の建築物が残っています。)そういえば「プロヴァンスは」古代ローマでは「田舎」の意味でした。


前回来た折にはちょうど闘牛がやっていて、場内に入って見ることが出来ましたが、今回はクローズで残念。炎天下のアルルも、ジリジリ焼かれるようでした。


サン・トロフィーム教会はロマネスク時代、12世紀の建物。正面はびっしりと彫刻で覆われています。


ロマネスクの時代って、何だか面白い!人物像はもちろん、動物の表情も何だか人間臭いのです。


レピュブリック広場の中心の噴水では、リードを外して貰った犬たちが大はしゃぎ。なかなか水から上がろうとせず、飼い主さんを困らせていました。ちょっと羨ましかったです。


ゴッホの絵でも有名、彼が入院していた精神病院跡。今は、エスパス・ヴァン・ゴッホとして、地域の文化センターとなっています。いつもお花が咲いていて、子供達の声に心が和みます。


ゴッホがアルルに滞在していたのは僅かな期間ですが、沢山の作品を残していたことが分かります。


ここでもビビッドな色合いが!南仏らしい明るい色合いのテーブルクロス。ストライプの色合いもパリとは違います。


涼しげな色合いのブルーのお花。日陰を選んで足を進めましたが、あまりの暑さに這々の体で退散!今年の南仏は本当に暑かったです。

■7月某日 晴れ
 ささやかなオフをゆるい感じで終え、今日はロンドンへ向かう大移動の日。まずはホテルからアヴィニヨン駅までタクシーで向かい、フランス国鉄で一昨日も出掛けたモンペリエへ。モンペリエの駅前からはタクシーで空港まで向かう。モンペリエからロンドンガトウィックまで飛んだ後はイギリス国鉄でヴィクトリアまで。そこからはタクシーでホテルへ向かう予定だ。ほぼ終日かかっての大移動。ロンドンに着くのは夕方の予定。

 実は、今回希望していたロンドンからの帰国便がどうしても取れず、仕方なくその翌日の便で帰ることになっていたのだが、一日前の便で帰る夢を捨てられず、この時期までキャンセル待ちのままにしてきたのだ。私が毎日のように航空会社に連絡しては、「まだ空席はありません。」と言われていたのだが、今朝は向こうから「お席が取れましたが、どういたしましょう?」と、私の携帯に電話がかかってきた。ロンドンのホテルを一泊分キャンセルすれば元々希望していた便に乗ることが出来る!余分に一泊せず、すぐに帰ることが出来るのだ。すぐに「その便に変更をお願いします!」と返事をして、航空券の変更完了!変更料が若干かかるが、帰ってからすぐに商品整理をしなければならないし、一日も無駄に出来ない。
 優しいホテルのマダムとお別れをして、迎えのタクシーに乗る。車中、「南仏はいい人ばっかりで良かったね。」と肯き合う私達。その後、とんでもない事件が待ち受けているとは!!

 ホテルのチェックアウトの時間居合わせて出てきたら、モンペリエ行きの列車までは約2時間待ち。仕方なく駅のベンチで沢山の荷物と一緒に待つ私達。思えばその時点で既にマークされていたのかもしれない。散々待った後、やっと電光表示板に私達の乗る列車のホームが表示された。周囲で待っていた人々と一緒にゾロゾロとホームへ向かう。このホーム、改札からすぐのホームでなく、線路の向こう側のホーム。一度エスカレーターで地下通路に降り、そこからエレベーターで目的のホームへ上がらなくてはならない。ふたりでスーツケース3個とそれぞれ大きなバッグを持ち、エスカレーターで降りたまでは良かったが、運悪くエレベーターは故障中。まず私が先に小さなスーツケースを持って階段でホームへ上がり、河村が大きなスーツケースふたつを持って上がることに。フランス国鉄の列車はステップが高い。荷物を列車に乗せるのもひと苦労。さらにそれを荷物置き場の棚に載せるのは大仕事だ。
 やっと河村がふたつのスーツケースを階段で上げ、列車に乗せ、棚の上の段に載せようとしていると…どこからともなく「凄く親切なフランス人」が現われ、一つ目のスーツケースを上げるのを手伝ってくれた。もうひとつのスーツケースを載せ終ったその時…「やられた!!」と河村。斜めがけにしたバッグからはパスポートやクレジットカード、現金を入れた貴重品入れがぶら下がっているではないか!!貴重品入れ自体はバッグの中に紐でつないであるので、持って行かれることはないが、貴重品入れに付いているプラスティックのバックルを開け、マジックテープを開け、ご丁寧なことに三つのファスナーを開け、現金(だけ!)を抜かれたのだ!!被害は50ユーロ札と日本円2〜3万円。(河村曰く、日本円を盗られたことが一番悔しかったとのこと。)唯一の慰めは、パスポートやクレジットカード、携帯など、盗まれると後が煩雑な物は何一つ盗まれなかったことだ。アンティークの仕事を始めて20年。今まで何回か未遂には遭っていたが、実害があったのは初めてだ。たぶんスーツケースを運んだり、上げているときに、河村の斜めがけバッグが後ろ側に行ってしまい、スーツケースに気を取られているすきにやられた模様。でも、あの短い間にバックルやマジックテープ、そのうえファスナー三つを開けるのは確実にその筋の「プロの仕事」。「なんて器用な…。」と呆れてしまう。たぶん「凄く親切なフランス人」とはコンビで、二人一組で仕事をしているのだろう。

 呆然としている河村に「それだけの被害で済んで良かったよ!私が後ろから見ていれば良かった。ごめんね。」と励まし、シートへ。フランスの買付けが終了した後だったため、50ユーロしか持っていなかったことも幸いだった。いつも河村とふたりで買付けに来るときには、リスク回避のため、ユーロとポンドをふたりで分けて持ってくるのだが、昨日、河村の持ってきたユーロがもう底をつくことに気付いた私が、「自分の持っているポンドを半分河村に渡さなければ…」と思ったものの、そのまますっかり忘れてしまったことが吉と出た。(イギリスの買付け分の半額がすられてしまったら、きっと泣いていたと思う。)また、もしパスポートを盗られたら、私ひとりだけがロンドンに飛び、河村はマルセイユの領事館かパリの大使館に出向いて再発行となっていたので、そんなことにもならず本当に良かった。

 ともすれば暗くなりがちな私達を乗せた列車は、出発はしたものの、車両の不調かノロノロとしか進まず遅れ気味。大幅に遅れることがあれば飛行機に乗れなくなるので、時計を見ながら気を揉む私。なんとかモンペリエに到着すると心底ほっとした。そこからまた沢山の荷物と共に駅のタクシー乗り場を探し回り(これがまた分かりにくい場所にある。)、やっと親切なドライバーのタクシーに乗り込み空港へ送って貰うことが出来た。

 さて、今回モンペリエからロンドンまでは安いことで有名な(だが悪名高い)飛行機、イージージェットで。とにかく徹底的に安さにこだわったこの飛行機会社は、座るシートを予約するにも料金がかかる。(なので私達は予約無しで。)荷物の重量や量には非常にシビアで、少しでも超過すると厳しい超過料金が発生する。それぞれ預け入れの荷物は一つのみ、機内持ち込みもひとつだけ。さらに機内持ち込みの荷物の大きさも厳密にチェックされる。

 何とかチェックインを済ませ、それぞれ大きなスーツケースをドロップオンし、搭乗ラウンジでまた荷物チェック。私は小さなスーツケースと大きめのナイロンバッグ、河村は大きめの口の開いたナイロンのエコバッグを持っていたのだが…まず怖そうな女性係員が私の荷物を一瞥し、「このスーツケースは大き過ぎる!」と言いだした。機内預かり用のスーツケースなのだが、「この中に入れるように!」と鉄製のスケールの中に入れるよう指示される。で、入れてみると…ハンドル部分が入らない!!女性係官はいまにも額に青筋が浮きそうな表情。いや、浮いていたかもしれない。慌てて河村が力いっぱいスケールの中に押し込めると、かろうじて入った!(その時の河村の得意気なことといったら。)次に、私のナイロンバッグを指し、「荷物はひとつです!」と彼女。慌てて河村の持っていた大きなエコバッグの中に自分のナイロンバッグを投げ入れる私。そんなことでは満足しない彼女は、河村のエコバッグを指し、「そのバッグもここに入れて!」と鉄製のスケールに入れるように命令。私の大きなナイロンバッグを入れ、すっかり大きくなったエコバッグだったが、そこは良く出来たものでスルリとスケールの中に入っていった。回りの皆に注目されたバッグ騒動だったが、結局何事も無く、搭乗出来てひと安心。同じ飛行機には、フェアで会ったロンドンからのディーラー達も一緒で、「大変だったね。」という表情で「ハロー!」と声を掛けられた。

 さて、なんとか乗るところまで漕ぎつけたものの、さらにフライト時間を過ぎ1時間、飛行機は飛ぶ気配がない。「ひょっとして今日はこのまま飛ばないのではないか…。」と思い始めたところ、やっと飛行機が動き出した。
 ヘトヘトになりながら飛行機に乗った後の記憶は、その後眠ってしまったのでほとんど無い。ただ、ロンドン・ガトウィック空港に着いた後も、今日はスムーズにいかず、普段はロンドン・ガトウィック駅からロンドンの市内、ヴィクトリア駅までを30分で結ぶガトウィック・エクスプレスも今日は絶不調。列車に乗ったもののまったく動くことなく1時間。ブリティッシュレイルのお粗末なことに慣れているとはいえ、「いったいこの国の鉄道はどうなっているんだ!?」とキレそうになった時、列車はゆっくりと動き出した。

 今日の不運はまだまだ終らない。ヴィクトリアからはタクシーでホテルへ。初めて泊るこのホテル、レセプションでチェックインをしながら「一泊キャンセルしたいのですが…。」と言うと…「遅過ぎて出来ません!」とキッパリ。「でも、24時間前だし…。」と何度言っても「出来ません!」の一点張り。どうやら私が思い込んでいたキャンセルポリシーが間違っていたらしい。それでも何とか交渉しようとする気力が無く、最終日の部屋は借りたままにすることに。こうして厄日ともいえる長い大移動の一日が終った。

■7月某日 晴れ
 イギリスでの買付け一日目は、パディントンからイギリス国鉄に乗り、サマセットのフェアへ。正午から始まるフェア、ロンドンからサマセットまでは1時間半ぐらいで行くことが出来るのだが、ちょうど良い時間帯の列車が無く、車内で食べるお昼ご飯(午前10時過ぎに食べるのに、お昼ご飯といえるかどうか…?)のサンドウィッチを駅の売店で購入し、午前8時の列車に乗り混む。サマセットの駅からはタクシーでしか行くことが出来ないため、いつもお願いするおばちゃんドライバーのタクシーを予約してある。
 いちめんグリーンの牧草地が続くショウグランド会場に到着したのは午前10時半過ぎ。ドライバーに迎えに来て貰う時間を確認し、タクシーを降りてゲートへ。自分達が一番ノリだと思いきや、アメリカから来たらしいディーラーの男性が先に並んでいた。

 ひたすら待つこと1時間以上、到着した時には、私達三人だけだった列も、ずっと向こうの方まで並んでいる。やっとゲートが開き、皆早足で思い思いの場所へと散っていく。私達が向かったのは、いつも一番長い時間を過ごす大きなストール。今日は行きと同様、帰りの列車も本数が少ないため、午後3時半に迎えのタクシーを頼んである。こんな遠くまで来たのに、たった三時間半の勝負なのだ。「とにかく急がねば!」と小走りで向かう。

 ストールの中は、まだ搬入のまっ最中。ガラスケースの中にはすべてのジュエリーが並んでいなかったり、まだ飾り付け前で飾り棚がカラッポだったり。そんな中、何度もストールの中を見て回る。まずはいつも立ち寄るジュエラーの所で美しいマットエナメルのブローチを見つける。顔馴染みのマダムはいつも何かと美しいエナメルジュエリーを持っているので要注意!今回彼女が持っていたブローチも素敵なものだったのだ。すぐに決断出来ない高価なアイテムだったため、他の場所も物色。ソーイングにまつわる小物もこのフェアでは一生懸命探すアイテム。昔から知っているディーラー夫妻の所で、ボタンなどをチェックする。いつもはあまりエナメルボタンを持っていない彼らなのに、今日はガラスケースにグリーンのエナメルボタン色々をみつけ、早速見せて貰う。

 美しいアクアマリンのペンダントはジュエラーのマダムから。透明感のあるアクアマリンが美しい。マダムとのお値段交渉に成功し、持って帰ることに。綺麗なマザーオブパールの糸巻きは、昔からソーイングツールを扱う年配のマダムの所で。一度目に彼女のブースを通った時、奥のガラスケースの近くにいた河村に「あの奥のガラスケースも見て!」と言ったのだが、河村は本当に見たのかどうか「何も無いよ。」の返事。二度目にもう一度そこを通った時、「本当にあのガラスケースの中、何も無いのかなぁ。」と今度は私がガラスケースを覗くと…あるではないか!あるではないか!さっき「何も無い」と言ったのはだれだ!?
 年配のおばあちゃんディーラーに糸巻きをあれこれ見せて貰い(おばあちゃんディーラーはジンジャーテイストのコーンのアイスクリームを手におやつの最中。手から溶けたアイスクリームをボタボタ垂らしながら懸命に接客してくれた。)、そこから気に入った何点かをチョイス。今まで見たことのない可愛い形、小さめの糸巻きだ。

 会場を何周もしたのに、今日は特別なアイテムが見つけられず、結局一番初めにみつけたマットエナメルの元へと戻ってきた。運良くまだマダムの手元にあった薔薇のマットエナメルのブローチ。高価だが、ずっと持っていたいジュエリーだ。
 今日は歩いても歩いても他には見つけられず、私達もおばあちゃんディーラーと同じく屋台でアイスクリームを買ってそのベンチでひと休み。イギリスでは滅多に無い暑い一日だったのだ。
 帰りもまたおばちゃんドライバーのタクシーに揺られてブリティッシュレイルの駅へ。珍しくオンタイムで到着した列車に乗り、ロンドンへと帰っていった。ロンドンに着いたのはもう夕方、滞在時間は短いものの、やっぱりこのフェア、一日がかりなのだ。

サマセットで見つけた野薔薇。ここで見つけたマットエナメルのブローチは、ちょうどこんな薔薇のお花を模したようでした。


あの丘のずっと向こうがフェア会場。イギリスの田舎はどこまでもグリーンの丘陵地帯が続いています。

■7月某日 晴れ
 買付け最後の今日は、まだ誰も歩いていない早朝からタクシーで買付けに出掛ける。いつもだったらまとめた荷物をレセプションに預け、チェックアウトしてから出掛けるのだが、今回は運悪く(?)キャンセル出来なかった部屋にそのまま荷物を置いて…。

 朝イチで立ち寄ったのは、いつもシールを仕入れるジュエラー。私が送ったメールをちゃんと見ていてくれて、イギリス人には珍しくまめにお返事をくれたのも彼女。まずは挨拶をし、メールでホリディ行っていたことを知らせていた私は、「ホリディはどうだった?どこに行ったの?」と尋ねる。「トルコに行ってたのよ。海も良かったわ〜。」と彼女。トルコはイギリス人にとってリーズナブルなせいか、リゾートに行く人が多い。「いいわね〜。」と私。いつものように河村と手分けしてガラスケースの中のジュエリーをチェック。今回は錨とライオンのシールを。「う〜ん、今日は他にはないなぁ。」ともう一度ガラスケースを見回しているその時、マダムがガラスケースの向こうから「エンジェル(屋号に「エンジェル」が付いているせいか、こう呼ばれることが多い。)、あなたにぴったりな物があるのよ!」と私の手に渡してくれた物が…。それはローズカットダイヤのお花形の両脇にエンジェルが付いた物!さらにエンジェルの横には薔薇の細工も!ずっしりと重い地金のクラスターリングだった。「こんなの見たことない…。」と呟く私。よくよくルーペでチェックし、いただくことに。

 次に向かった先は、いつも立ち寄るヴィクトリアン、メモリアルジュエリーにこだわったジュエラー。何かしら気に入った物が見つかるので、必ず立ち寄ることにしている。今回も陽気なマダムに挨拶をし、ジュエリーひとつひとつをチェック。ガラスケースの中に「ん!?」と目につく物を発見!それは美しい"M"のモノグラムにローズカットダイヤを散りばめたゴールドロケット。大振りで地金もたっぷり。なによりそのMの文字が美しい。(ついつい私自身のイニシャルでもあるMの文字に惹かれてしまうのだ。)マダムは実物を手にロケットの中を開けて説明をしてくれる。これは内側に可動式のガラスフレームが付いていて、そちらにフランス貴族と思われる女性の名前、年と日付がホワイトエナメルで記されている。その時点で、「これは頭文字Mの女性が着けた物ではなく、Mの女性から贈られた物よね。」と口にする私。そして裏側には"Spes"の手彫りの文字。(この文字はマダム曰く「たぶんどこかの地名ね。」とのことだったが、後ほど調べてみるとラテン語で「希望」の意味だった。)
 実は、ずっと以前同じようなイニシャル付きのロケットを逃したことがあって、もう既に忘れてしまっていたにもかかわらず、頭の片隅のどこかにその時の記憶が残っていたようなのだ。だが、その時逃したロケットよりも、こちらの方がずっと細工が良い。高価なお値段に「う〜ん…。」と唸りながらもいただくことに。

 ソーイングツールを扱うマダムも私の訪れを手ぐすね引いて(?)待っていたひとり。私の顔を見ると、どこからともなく店頭に出していないソーイングツールを次々と差し出すマダム。そんな時、欲しかった物がある時はありがたいのだが、そうでない時は少々困惑してしまう時もある。が、今日マダムが差し出したのはアイボリーのタティングシャトルとパレ・ロワイヤルのニードルケース他。特にアイボリーのシャトルを目にするのは久し振りだ。よくよく目にすると両面同じ模様の繊細な手彫り彫刻、アイボリーの滑らかな質感が心地良い。パレ・ロワイヤルのニードルケースは端がナツメヤシを模した透かし彫り。私達にはあまり馴染みのないナツメヤシだが、「豊穣の印」でもあるナツメヤシはレースなどのモチーフにも度々使われる文様だ。今日はその2点の他、めうちやかぎ針も一緒に。

 イギリス人にもかかわらずフランス物の象徴ともいえるオルモル製品を扱うマダムのブースは私がいつもうっとりと足を止める場所だ。全体で見ると、どこかイギリス人がセレクトした雰囲気があるものの、物自体はフランスそのもの。こんなに状態の良い美しいオルモル製品はフランス本国でもなかなかお目にかかれない。しかもフランスで仕入れるのとほぼ変わらない価格のため、良い物があれば必ず仕入れることにしているのだ。(こんな風に、実はイギリスでフランス物を仕入れることも多い。)今日目に付いたのはリボン形のデコレーションが付いた壁掛けタイプのフレーム。マダムにお願いして見せて貰うと、どうやら元々デッドストックだったらしく同じタイプが3点あるという。その3点の中からさらに一番状態の良い物をチョイス!

 度々立ち話をする仲の良いジュエラーの彼の所には、今回どうしても寄らなくてはならない理由が。それは前回、三月の仕入れの折、「あなた向きのエンジェルの付いたシルバーのはさみがあるから、今度来る時まで取って置いてあげる。」と言われていたから。4ヶ月近くも預かってくれるなんて、普通ではあり得ないこと!本当にありがたい。事前にメールで来ることを伝えてあったので、今日は持って来てくれているはず。そのハサミを引き取りにやって来たのだが、今日はもうひとつ嬉しい出物が!彼がハサミと一緒に大事そうに取り出したのは、象眼細工のタティングシャトル。実物を目にするのは本当に久し振り!しかも、今まで扱った象眼細工の物に比べてずっと大振りで豪華なシャトルだ。彼自慢の品らしく「ほら、いいでしょ?」と畳みかける。「うん、うん。」と頷く私。今日はハサミと一緒に思いがけず素敵なシャトルまで手には入って嬉しい。どちらも私のために置いておいてくれたディーラーに感謝!

 早朝からハンティングすること数時間。沢山の品物を手にし、今回の買付けの全日程が終了。大荷物と共にまたタクシーに揺られて、そのままになっているホテルの部屋に帰宅。いつもだったらもう部屋はチェックアウトしていて無いのだが、夕方に空港に向かうまでベッドでゴロゴロ。(南仏への強行軍もあり、このロンドンの時点で既にヘトヘトだったのだ。)、「お部屋があって良かった!」としみじみ思いながら部屋で過ごしたのだった。

ロンドンの滞在先のご近所のお庭で見つけたクレマチス。買付けからの帰り道、鮮やかな紫が目に飛び込んできました。


***今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。***