〜前 編〜

■3月某日 晴れ
 今回は買付けの少し前、三月末のデパートのお仕事の依頼が来たものの、お話は二転三転し、結局お流れに。その結果がはっきりするのを待ってから航空券の予約しようと思っているうちに、このところいつも乗っているエールフランスの直行便はソールドアウトになってしまい、行きは仕方なく同じエールフランスの系列会社KLM(オランダ航空)で成田から飛ぶことになってしまった。(帰りは羽田着のエールフランス。)

 そのKLMですらもうめぼしいシートは残っておらず、ほとんど満席状態。(乗ってみて分かったが、その便は研修旅行に行く大学生で埋め尽くされていたのだ。)ただ、今回唯一嬉しかったのは、私達の超お洒落なお友達、ビリティス17ansのオーナーさんとデザイナーさんに成田のラウンジで会えたこと。彼らはパリコレに出展するため、私の乗るKLMと僅かに時間差のエールフランスに乗ることになっていたのだ。「ひょっとしたら会えるかも。」と思っていたら、仲良しのデザイナーさんが私の姿を見つけてくれ、束の間の嬉しい再会だった。お互いに仕事がひと段落した頃に一緒にパリでランチをする約束をしてお別れした。

 私の経験では、ヨーロッパに行く場合、ソウルなど日本の近辺の国での乗り継ぎよりも、ロングフライト後のヨーロッパ内での乗り継ぎの方が疲れる気がする。今日も、「ここは牢獄か?」というKLMの狭いエコノミーのシートにひたすら耐え、アムステルダムのスキポール空港に到着。次のパリ便に乗るため、「ラウンジで休憩する前に念のため一度ゲートに行って確認しておきましょう!」と便名一覧の電光掲示板を見ると、次の便のゲートは「ここから徒歩25分」と表示されている。広大で古いスキポール空港には「動く歩道」なんていう文明の利器は皆無。行きから重い荷物を背負いつつ、トボトボ25分歩いてゲートに到着すると…なんかおかしい。ゲートはそこではなく急遽変更になっていたのだ!「いったいどういうこと!?(怒)」と独り言を呟きつつ、また25分かけて元の場所へ戻り、そこからまた変更先のゲートへ。怒りに身をまかせながら空港内を彷徨ってしまった。

 本来、スキポール空港からは1時間20分後のパリ便に乗ることも出来たのだが、悪名高いエールフランスグループをまったく信用していない私は、成田からの便が遅れて自分が取り残されるか、もしくは荷物が積み残されてしまうのが怖くて、その次の2時間半後の便を予約していていたのだ。思いがけず広い空港内を右往左往することになってしまい、「やっぱり私の選択は正解だった!」とつくづく思ったのだった。あぁ、それにしてもパリは遠い。

ホテルはいつものオデオン座の横。アムス経由遠かった!もうたぶんKLMには乗らないと思います。(~_~;) 4ヶ月振りのパリ、この「帰ってきた!」という感覚は何でしょう?


■3月某日 晴れ
 今朝は時差ボケのため午前4時過ぎに起床。今日は午前8時から始まる郊外のフェアに出掛けるため、午前7時前に出勤!今日はパリの西側に出掛けるため、ホテルから歩いて15分ほどのサン・ミッシェル駅からRER(郊外高速鉄道)に乗って出掛ける予定。

 買付けに必須なのは、倍率の違うルーペ二つ、買付けた物やディーラーの説明を書き込むメモ帳、ペン、携帯用のおしぼりウエッティ、小腹が空いた時に食べるあられの小袋ふたつ、パリの地下鉄の定期、パリの地図。買付け初日の朝はそれらの準備に時間がかかり、気が付くと午後7時過ぎ。大慌てでホテルを出て駅に向かって歩き始める。ホテルのある丘を下り、サン・ジェルマン大通まで来て、「ん?手袋の中がスカスカする…。」はたと腕時計といつもはめているリング一式をホテルの部屋に忘れてきたことに気付いた。いつも泊っているホテルで外出中に物が無くなったことはないけれど、もし無くなることがあったらこれも自己責任。無くなってしまったら絶対嫌なので、大急ぎで降りてきた丘を再び登ってホテルに逆走!寒い早朝なのに、早足で汗をかきながらホテルに戻り、すべてを身に着け再び駅へ。
 サン・ミッシェルのRERの駅でチケットを買おうとしたのだが、なぜか自販機の行き先の駅名一覧に私の目的地の駅名が見当たらない。フランス語に四苦八苦しつつ自販機を何度も最初からトライしてみたものの、やっぱ駅名はない。狐につままれたような気分で側にいた係員のお兄さんにプリントアウトしてきた地図を示し、「ここに行きたいのですが…。」と声を掛けると…最初は怪訝そうに地図を見ていたお兄さん、「ここはC線の駅で、君の行きたいのはA線の駅だよ。シャトレからA線に乗らないと!」と気付いてくれた。私がサン・ミッシェルから乗ろうとしていた路線はC線、フェアの会場へ行く列車はA線、西側に行くのは同じでも、乗る駅も違えば行き先もまったく違う!C線の駅の自販機でA線の駅の切符が買えなかったのも当然なのだ。しかも昨年も同じ時期にRERに乗ってこのフェアに行ったはずなのに、どうしてサン・ミッシェルに来てしまったのか?もう、自分で自分がシンジラレナイ!

 お兄さんが「急いで!ここから入ってシャトレまで行って乗り換えて!」と改札ではなくホームに入るゲートを開けて入れてくれた。「え?私、RERの切符買っていないんですけど。」と思いながら、お兄さんに言われるままシャトレ行きの電車に乗る。(どちらにしてもゾーン1,2を網羅したメトロの定期を持っていたので、この時点では問題が無かったのだが。)シャトレで乗り換えてチケットを買おうと思っていたのだが、広大なシャトレの構内にチケット売り場は見当たらず。(たぶん一度改札の外に出なければならなかったのかもしれない。)迫るフェアの開場時間に焦る私は仕方なくそのままA線の列車に乗り込んだ。目的の駅はゾーン4、私の持っている定期では降りられない駅だ。パリのメトロやRERには「乗り越し清算」という概念は無い。ひたすらコントローラー(無賃乗車を取り締まる係官。見つかると法外な罰金が科せられる。)が乗ってこないことを祈り、「いったいどうやって改札を出ようか…。」とひとり悶々としていたところ、私の前に救いの女神が。
 途中の駅で、私の前の前の扉から乗ってきたのはよく見知った福岡のディーラーIさん。フェアの会場で日本人ディーラーと会うことは珍しくないが、こんな偶然ってなかなか無い!Iさんに、「切符が買いたくても買えなかったの。」とこれまでの経緯を説明すると、「大丈夫、私と一緒に改札を通ればいいよ!」と太っ腹なひと言。

 目的の駅の改札はホームの一番端、駅員のいない無人駅のような改札だ。Iさんと一緒に無事改札をくぐり抜け、なんとか開場直後のフェアに到着。あぁ、会場に到着するまでにこんな気を揉んだことは今まで無かったかもしれない。これも年齢を重ねて注意力散漫になったせい?

 たどり着くだけで既に徒労感。ドキドキしながら会場に入り、まだすべてのストールが開いていないことにほっとしつつ、会場内を歩き回る。まず最初に向かったのは、去年も訪れた布や素材を扱うマダムのストール。ストールの中にはまだ誰も来ていない。シメシメ一番ノリ!積んである生地の山を物色すると素敵な柄織りのシルク!最近、こうした柄織のシルクを探し出すのは至難の業。他にも柄織の生地がいくつか。しかも珍しいことにここのマダムは英語に堪能で、私が見ている先から英語で説明してくれる。沢山の生地の山の中から欲しい生地を選び、次の場所へ。

 次に入ったストールのマダムからも去年いくつか雑貨を譲って貰ったはず。ここは数少ない雑貨を扱うストール。確か、前回も何やら可愛い物がここから出てきたはず。マダムに挨拶だけし、キョロキョロと隅々までストールの中を観察。マダムご自慢のアイテムが入ったガラスケースの中に、強烈な存在感を放つものを発見!それはお人形の顔の付いた卵形のボックス。ちょっとダイナミック過ぎる気もするが、そういえばいつも卵形の物を探していらっしゃるお客様がいらしたはず。マダムからはもうひとつスミレ模様のシルバー製コンパクトを。私の好きなフランスらしいシルバーアイテムだ。

 会場を歩き回るとだんだんと去年来たことを思い出してきた。お人形の小物を扱うマダムは昔から顔見知り。「何か可愛いものはないかしら?」と彼女のストール内を隅々チェック。様々な小物が入ったガラスケースの中に小さなアイボリー製のカルネ・ド・バルが。繊細な薔薇の彫刻が魅力的で小振りなサイズも珍しい。「このカルネ・ド・バルを見せてください。」と声を掛けると、「これはカルネ・ド・バルではなくニードルホルダーなのよ。」とマダム。これがニードルホルダーなんて、なんと贅沢な!貴婦人のためのニードルホルダーゆえお値段も高価。悩むこと数分。やっぱり自分のものにしてしまった。

 ふと覗いたジュエラーのガラスケースの中に私の目を奪うジュエリーが!アール・ヌーボーのゴールド製のネックレスはいつも探しているアイテムだが、そこにあったのは何とすずらんモチーフ!!いつもは薔薇モチーフの物を探していたし、今まで薔薇の他にマーガレット、宿り木、銀杏、アイビー、様々なモチーフを目にしてきたけれど、すずらんモチーフは初めてだ!マダムと交渉し、無事入手。

 広い会場を一体何周歩き回っただろうか。キョロキョロしながら歩き回ること4時間以上、午後からはパリのディーラーの元を訪れる約束になっている。朝のドタバタ劇はもうすっかり忘れて、帰りは正しくチケットを買い、再びRERに乗ってパリへと戻っていった。

今日のフェアの会場はこんなのんびりした河畔。野外の会場なので、晴れて良かった!お弁当を持ってハイキングに来たら楽しそう。(そんなことはあり得ませんが。)

 午前の買付けを済まし、大急ぎでパリへと戻る。またパリの最も大きな駅のひとつシャトレへ戻ってきた。このシャトレ駅はメトロ5線、RERは3線が乗り入れていて、それぞれ長い通路でつながっている。当然人の出入りも多いので、フランス人の間では「次のテロの標的になるのはシャトレか?」と言われている。なるべくだったら避けたいところだが、そうも言っていられない。シャトレからメトロに乗り換えてディーラーの元へ。

 アポイントを入れていたディーラーの元に着いた頃には午後1時を回っていた。まずは一緒に近所のレストランでランチ。そこから帰ってきて、じっくり腰を落ち着け、彼女が私のために持って来てくれた商品を見せて貰う。
 今回出てきたのはここでもシルク生地。私が常に探していることを知っている彼女が取り置いてくれていたのだ。そしてデッドストックのロココ!可愛い色合いでたっぷりの分量!迷うことなく全部をいただく。そして嬉しい出物がベルベットのジュエリーボックス。ブルーの色も美しく、ベルベットの状態も良い。何より立体的な金属のデコレーションが付いていてゴージャス。こういうジュエリーボックス、本当になかなか無いのだ。そしてホワイトワークや様々なレース、美しいデュシェスの襟が出てくる。

 ここでも3時間ほど費やしただろうか。ディーラーの元を出た時にはもう夕方。午前と午後の二箇所で仕入れたアイテムを大きなナイロンバッグに収め、さながら「オオクニヌシノミコト」のような有り様で帰途に。その途中、いつも覗くジュエラー2箇所を覗くが、今回めぼしいものはなかった。今日も歩きに歩きiPhoneの万歩計では約1万7,000歩、距離にすると13キロ余り。ランナーズハイならぬバイヤーズハイ?ついつい買付け初日から飛ばしてしまった。つくづく「この仕事って肉体労働以外の何物でもない!」と思ったのだった。

ホテルに帰ってくる途中で目にしたお花屋さんの店先のミモザ。この時期、ミモザのイエローを見ると元気になりますね。

■3月某日 晴れ
 今日はロンドンへの移動日。夕方、ユーロスターでロンドンに向かう予定だ。でも、それまでは終日パリで過ごす予定。まずは朝イチでホテルからも程近い、度々立ち寄るジュエラーへ。ウィンドウをじっと眺めることしばらく、ひとつどうしても気になるアイテムがあったので、ブザーを押し、施錠を解除して貰い(ジュエラーはまず入口に2箇所の施錠があるのが普通。)中へと入る。顔馴染みのマダムと挨拶を交わし、目的のロケットを見せて貰ったのだが…「あれ?」ロケットのふたを留める部分が「ない!」壊れていたのだ。お陰で商談に頭を悩ませることなくあっさりお返しし、外に出てくることが出来た。

9区にある老舗のお菓子屋さんA la mere de familleが6区にも進出!たまたま通ったボナパルト通りで見つけてびっくり!お店の外観も本店とそっくりです。


近寄ってみると美味しそうなお菓子が色々。思わず入ってお買い物してしまいました。


ボナパルト通りをまっすぐ進むとパリで一番古い教会、サン・ジェルマン・デ・プレ教会。装飾美術館まではココからバスに乗って。

 そして次に向かったのが今回どうしても見たかった装飾美術館で開催中の"Deboutonner la mode"、「ボタンを外すファッション」とでも訳せば良いのか、ようはボタンの展覧会。ボタン3,000点が見られるということで、アンティークのボタンも沢山見られると思い、楽しみにしていたのだ。バスに乗って装飾美術館へ。

 このボタン展、真っ暗な会場の中、展示品が浮かび上がるように配置されている。18世紀からの衣装も多数展示されていて、その当時、どのような衣装に使われていたのかが分って、いっそう興味深い。アンティークのボタンは見慣れているとはいえ、実際に洋服に付いた状態で出てくることはまず無いので、とても勉強になる。ことに18世紀の男性用の衣装の刺繍には心を奪われてしまった。

ボタン柄がコミカルで可愛い扉。ボタンの展示の会場へはこの扉からどうぞ。


こんな古いボタンの見本帳も。こうした資料も沢山展示されていました。


こちらはカメオ素材のボタン。こうしたカメオやダイヤなどの贅沢な素材で作られたボタンも。ジュエリーと同等ですね。


こちらは18世紀の男性衣装アビ・ア・ラ・フランセーズの仕立て前の状態。左上の丸い部分がボタンになります。なんて美しい刺繍でしょう!


こちらもアビ・ア・ラ・フランセーズの仕立て前の状態。この時代の衣装はすべて手仕事。レースと同じように人の手による仕事の素晴らしさが伝わってきます。


着用した状態のアビ・ア・ラ・フランセーズ、18世紀後期ですから、マリー・アントワネットの時代ですね。


シルクに密度の高い刺繍、ひときわ豪華なアビ・ア・ラ・フランセーズ。センスも経済力も(そして美貌も?)ないと着こなせそうにありません。一体どのような男性が着ていたのでしょうね。


より密着してご覧いただきましょう。マザーオブパール製の小さなスパンコールにも注目!


こちらも18世紀の男性用の衣装。鮮やかで大振りなエナメル製のボタンが目を惹きます。このボタン、直径4cmくらいはあったでしょうか。


ポーセリン製だったかミニアチュールだったか、可愛い少女の姿に目を奪われました。こちらも18世紀のボタンです。


18世紀のマザーオブパール製のボタンです。当時は、ボタンの付いている服自体が非常に贅沢なものだったようですね。


様々カットスティールのボタン。エンジェルコレクションでも扱っていますが、カットスティールの素材感は魅力的ですね。


ボタンを使った究極の衣装!?18世紀の軍服です。


ボタンの神髄ともいえるシューズ?こうしたアンティークシューズもいくつも展示されていました。一緒にアンティークのボタン掛け(ボタンを掛ける道具)も展示されていましたが、履くだけで大変そう!


今回の展示はボタン3,000点。このように壁いちめんにボタンが展示されていました。


今回はオートクチュールの衣装やボタンもいっぱい!こちらはイブ・サンローランのボタン。まるでアクセサリーのようですね。

 美しいものを目にするのは本当に心が洗われる出来事。ボタン展の感動に浸りつつ、ロンドンに行く前にもうひと仕事。今日もパリ市内の仕入れ先を何軒か覗く予定だ。以前は何軒かアンティークショップが並んでいたアンティーク街。が、今日訪れてみると、そこは軒並み空き家になっている!いつの間にか皆廃業してしまったようなのだ。愕然としながら、「もう一軒確かあそこにあったはず。」と、そこから15分ほどトボトボ歩く。
 果たして今日は開いていた!そこは「開いている時間に訪れる」ということが非常に難しい、わざわざやって来ても開いていることがまずないアンティークショップ。ウィンドウに気になったジュエリーがあったが、ショップの中には先客が二人もいてなかなかマダムに相手して貰うことが出来ない。しかも先約のひとりはたまたま顔見知りのフランスのディーラー。彼女から「ここは安いわよ。」と呟かれたものの、自分の順番が回ってきそうにないので、挨拶だけしてショップをあとにしてしまった。

 そのままバスに乗ったものの、ディーラーが呟いていた「ここは安いわよ。」という声が頭の中をこだまし、次のバス停で降り、再び歩いてアンティークショップに戻ることに。
 再度訪れたそこは、先客達は既に帰った後で、気兼ねなくマダムに気になったジュエリーを出して貰い、じっくり観察。確かによそのジュエラーに比べると安い。今回はいくつかの候補の中からダイヤのリングを選んだ。
 のんびり選んでいたところ、ふと気付くとロンドンへ行くユーロスターの時間が迫っていた。焦った私は、そこから普段は乗らないタクシーを運良くつかまえ(パリのタクシーは基本「流し」というものはない。)、まずホテルに戻り、ロンドンへ持っていく荷物をピックアップし、そのままユーロスターの出る北駅へ。何とか間に合い、駅のラウンジでほっとする。

 いつもはイギリスから入国し、フランスへ渡ることが多いのだが、今回はパリ郊外のフェアがあったため、フランスから入国しイギリスへ往復、フランスから帰国する。往復だと時間も交通費もかかるが仕方がない。ロンドンに着くのは午後7時近く。ロンドンの到着駅セント・パンクラス駅で夕食のサンドウィッチを買い込みそのままホテルへ。今回の滞在先は地下鉄サークルラインのベイズウォーター駅界隈のホテル、ロンドン一泊分の荷物のため、小さなスーツケースひとつのみ。いつもはスーツケース2個プラスアルファの荷物といっしょの大移動なので駅からタクシーに乗るところだが、今日は小さなスーツケースひとつなので地下鉄で。久し振りにロンドンの地下鉄に乗ったため、すっかり忘れていた!サークルラインは1860年代に出来たヴィクトリアン、ひどい時には30分おきにしか電車が来ないのだった。今回も気付いた時にはもう遅く、駅のホームで30分以上待ち、やっと激込みの電車に乗ることが出来た。

 ロンドンといえば、以前は必ずグロスタ−ロードのアパートメントホテルに泊っていた。リフト(エレベーター)が無いものの、ヴィクトリア時代に作られたの静かな住宅街にあり、十数年ずっと滞在していたお気に入りの宿だったのに、ロンドンオリンピック辺りから予約が取りづらくなり、オリンピックの影響でその辺りの地価が上がったらしく、ついには建物ごと売られてしまい無くなってしまったのだ。そんな訳で、ここ最近はホテル難民。今回の宿もたまたまホテルサイトで格安レートで出ていたので泊ってみることにしたのだ。
 狭くて古いのが当たり前のロンドンのホテル。(シングルルームだとスーツケースが開けられない部屋などもザラ!)ヨーロッパの中でもロンドンのホテルレートの高さは随一なのでは無いかと思う。そんなこともあり、まったくホテルに関しては期待していなかったのだが、これがなかな良かったのだ。部屋の広さも十分、小綺麗で快適。今日も沢山歩いたことだし、明日も早朝から仕事。買ってきてあった夕食を食べ、快適なお部屋で午後9時に就寝。

今回のロンドンのお宿はこんなブリティッシュテイストのホテル。イギリスらしい重厚な雰囲気です。


レセプションの次の間は広々としたラウンジ。贅沢な空間です。こんなラグジュアリーなホテルに泊ったのは久し振り。

■3月某日 晴れ
 ロンドンの買付けは今日のみ。午後にはパリへ戻るため、今日も気が抜けない。午前6時、荷物をホテルのレセプションに預けてまだ暗い中外に出た。この辺りは以前、早朝買付けに出掛ける日本人のアンティークディーラーが襲われた事件が何件か起きた場所。とにかくさっさとタクシーに乗ってしまいたいのに、昼間は人通りの多いメインストリートは人も車もおらずしんとしている。まさかこんなタクシーが拾えない場所だったなんて…と焦る私。しばらくその場に立ち尽くしていると、数分後運良くタクシーがやって来た。やれやれ、朝からドキドキしてしまった。

 いつものように最初に向かった先はシールなどのジュエリーを扱うディーラー。彼女からシールを仕入れるのも今日の目的のひとつだ。まだ準備中のマダムと慌ただしく挨拶を済ませると細かいシールを見る前に、まずはめぼしいジュエリーをチェック!すると、ダイヤのクラスターリング、しかも非常に繊細なミルグレインがを施したリングが。ヴィクトリアンらしいアメジストのペンダントトップもシードパールのリボン形の細工とハートシェイプのアメジストがラヴリー。そして、目的のシールだが、面白いインタリオのシールが出てきたのだ!沢山のシールの中から選んだそのひとつは珍しいエンジェルのインタリオ、私がそれを手に取るとマダムも「エンジェルなのよ!」と後押し。そしてもうひとつはリスのインタリオ。首がちょっと長いものの、フサフサのしっぽがキュートな、確かにリス!もうひとつの個性的なフォルムのシールはアザミ。それぞれ個性的なシールが見つかり朝からちょっと嬉しい。マダムにお礼を言って次の場所へ。

 フランスものを扱う彼女とは度々フランスのフェアでも顔を合わせることが多い。先日のパリ郊外のフェアにも行ってきたという彼女、「向こうで会わなかったわね。」などと話をしつつ、商品を物色する。そんな彼女が裏から出してきてくれたのが、フランスで仕入れたという貴族柄が描かれたペーパーマッシュのボックス。フランスらしいアイテムだ。常にフランス雑貨を探している私にとっては嬉しいアイテム。19世紀にフランスからイギリスに渡ってきた品物も多いので、イギリスでフランスのものを買付けていることも多い。

 フランスものの彼女のストールを出て大急ぎで駆けつけたのが、いつも時間ぴったりに開くジュエリーのストール。そこでまずパールネックレスを仕入れるのが今回のミッションのひとつだったのだ。私自身が好きなことと、お客様の間でも人気があることからパールのネックレスはお約束。いつも何本か持っているマダムから、今回も慎重にセレクト。凝ったクラスプの僅かに長目のサイズを入手。

 ジョージアンのリングとブローチは話し好きのマダムから。淡い色合いのルビーにシードパールが取り巻いたジョージアンスタイルのリングは裏側に15歳の少女の亡くなった日にちと名前が彫刻されたもの。きっと母親が彼女といつも一緒にいられるように作らせたものに違いない。同じくブローチの裏側にもメモリアルな彫刻が。こうしたアンティークならではのメモリアルジュエリーは心惹かれるもののひとつ。その時から200年近い時を経ても私を感動させる不思議な魅力を持っている。

 長年お世話になっているボタンディーラーも必ず立ち寄る場所。一見商品が変わっていないようで、実は短いスパーンでも新たな在庫が増えていたりするのでチェックを怠らない。今回も密かにエナメルボタンの在庫が増えていることに気付き、ググッと目を見開いてすべてを確認。ボックスにしまってあった高価なエナメルボタンをすべて出して貰い、ひとつひとつ欠けや色抜けがないかを調べる。その中から今日はカットスティールが取り巻く豪華なボタン、透かし細工になったボタン、珍しいピンク色のボタン等々、パリで見たボタン展の影響かゴージャスなボタンの数々を仕入れ。

 探していたヴィクトリアンのパンジーリングを発見!ターコイズとシードパールを使ったパンジーリングはシャンクの裏側に"From E.Blizard"の流麗な文字が彫刻されたもの。「あなたのことを思っています。」を意味するパンジーモチーフ、これもまたアンティークらしいアイテム。現行品と違い、ひとつひとつに思いのこもったアンティークジュエリーはやっぱり魅力的だ。

 可愛いエナメル製のクローバーを模したブローチとシルバー製のエナメルボタンはよく見知ったお馴染みのディーラーから。「そういえば…」と彼が切り出したのは、私が好きそうなアイテムが入荷したのだが、今日持ってこなかったので、また画像を送ってくれるというお話。「きっと好きだと思うよ。」と言いながら説明してくれ、私が「たぶん欲しいと思うのだけど、どうしたらいいの?」と尋ねると、「大丈夫!次にロンドンに来るまで取っておいてあげるよ。」と優しいひと言。なんて親切な!本当にありがたい。画像が届くのが待ち遠しい。

 ボタンやブレード、レースなどの素材を扱うマダムも度々フランスで仕入れをしている様子。今回も初めて見るシルク製のボタンが色々。私が常にお人形の材料を探していることを知っていて、「ほら、こんなのもあるのよ!」と車に戻ってトランクから新たな商品を出してきてくれる。今日はここで小さなシルク製ボタン色々を入手。

 いつも親切にして貰っているレースディーラーからは18世紀のメヘレン、19世紀のシャンティー、そして19世紀のフィッシューを。メヘレンはフラワーバスケットのモチーフ、フィッシューはホワイトワークを施した大振りのもの。その時代のファッションに従ってレースも様々に姿を変えてきたことが分かり、彼の所でレースを眺めているだけで幸せな気分になる。

 朝から歩き回ること数時間。今日のユーロスターは午後3時半なので、さほどタイトなスケジュールではないが、早めに駅に行っておくに越したことはない。今日も仕入れた荷物を「オオクニヌシノミコト」状態で担ぎ、ホテルに預けてあったスーツケースと一緒にセント・パンクラスの駅へ。今回のロンドンの滞在時間は20時間程だっただろうか。「ひたすら買付けのみ」の滞在だったので、次回はもう少しゆっくりロンドンに滞在したい。


ユーロスターのラウンジで午後2時半の遅いランチ。セント・パンクラス駅の構内で買った日本にもあるLe Pain Quotidienのチキンサンドと白ワイン。ワインが空きっ腹に染みる〜。


***「買付け日記」は後編へと続きます。***