〜前 編〜

■3月某日 晴れ
 今回の買付けは河村とふたりで出発!実はこの時期、ツアー旅行のシーズンの幕開けか、卒業旅行シーズンのためか、インターネットで行きの便は押さえることが出来ても、帰りの便は「ふたり分で80万円!」などという高額のチケットしか残っておらず、パソコンの画面を眺めながら思わず青ざめてしまった。結局、色々な航空会社を探し回った挙げ句、このところいつも使っているANAではなく、エールフランスで行くことに決定!なんと、このエールフランスのチケット、誰もが驚く圧巻の安さ!!乗って気付いたのだが、エール・フランスの成田―パリ便は大型のエアバスを飛ばしているからこそのカラクリらしい。

 そして…エール・フランスは、私達が以前名古屋にいると時に長年使っていた大韓航空と同じくスカイチームの加盟会社。ということは、私の持っている(最近はANAに乗っていたためまったく役に立たなくなった)大韓航空のプレミアムマイレージカードがちょっぴり役に立つかも…とほんの少し期待していたら、これがまるで「この印籠が見えぬか!」の水戸黄門の印籠ごとく役に立ち驚いてしまった。

 まずは荷物を預ける際に、長蛇の列に並ぶことなくスカイチームのプレミアムカード会員専用カウンターで、早々と預け入れ。そこでは、私達二人分の荷物にプライオリティタグが付けられ、「そうだ!スカイチームの会社だと、大韓航空のプレミアムカードでこのタグが付けて貰えるんだ!」とちょっぴり驚き。(プライオリティタグを付けて貰えれば、到着地のターンテーブルに荷物が早々と出てくるので待ち時間が短縮される。)そして、その時に「お連れ様も一緒にラウンジをご利用いただけますよ。」と声を掛けられ、ウキウキ。(なぜなら、エール・フランスのラウンジには他の航空会社のラウンジには常備されていないシャンパンが用意されているから!)他にも、エコノミーにもかかわらず機内に優先的に早く入ることが出来たり…。大韓航空に乗っていた頃は当たり前に享受していたことなのだが、このところ大韓航空を使わなくなって、このカードのメリットをすっかり忘れていた。久々の様々な優先事項にほんの少しご機嫌で機上の人となった。
 荷物の紛失が多く、アンティークディーラーの仲間内ではけっして評判の宜しくないエール・フランスだったが、そんなエール・フランスにも色々メリットがあることが分かり、「これからはエール・フランスが良いかも…。」とちょっと見直してしまった。

 成田から飛んだのはいつもより遅い午後1時近く。お陰でパリのホテルに到着したのも午後8時近くと遅かったが、お馴染みのホテルで顔馴染みのスタッフに迎えられてパリの別宅に帰ってきたような気持ちになった。落ち着く間もなく、明日は早朝から早速パリ郊外のフェアへ。

■3月某日 晴れ
 買付け初日はまずパリ郊外のフェアへ。午前8時半オープンのフェアのため、(時差ボケで午前4時から起きていたのだが…。)午前7時過ぎにはホテルを後にする。滞在しているオデオンからサン・ミッシェルまでトコトコ歩き、RER(郊外高速鉄道)の駅へ。RERの駅はいつも薄暗く、けっして治安が良いとはいえないため、ホームで電車を待っている間も、車内でも、周囲を伺って少々緊張気味。

 パリ郊外の駅までしばらく。無事に目的地の駅で降りたのは良いが、駅から先が…。今日のフェアにやって来たのはほぼ10年振りの私達。駅からフェア会場までの道をすっかり失念し、大回りをして歩き回った挙げ句、会場入口についたのは開場直前だった。(間にあって良かった!)今日のフェアは「アンティーク雑貨とハムの市」。アンティークとハムを組み合わせるところが多分にフランス的、思わず「これって凄い組合わせ!」と河村と笑ってしまった。今回のフェア以外にも、フランスのアンティークフェアには、アンティークとは別に必ずワインやフォアグラ、ハムやチーズ、ハチミツ等々、美味しい物のブースも設置されていて、そんな点もやっぱりフランスならではだと思う。(実際にはアンティークを探すだけで精一杯で、そういったブースに立ち寄ることは、悲しいかな皆無なのだ。)

三月上旬にもかかわらずフランスは春爛漫!これはアーモンドの花でしょうか?遠くから見るとまるで桜のようです。

 いつも行き慣れているフェアだと、だいたいどの辺りにお目当てのディーラーのブースがあるか覚えているのだが、数年振りのため、どこに何があったかおぼろげな記憶しか無い。仕方なく、順番通り、すべて回ってみることに。

 オープンして間が無いフェアは、まだ開いていないブースも多く、出店しているディーラーも準備中だったり、なかなかじっくり見ることが出来ない。そんな少々欲求不満気味で歩き回る中、布やバスケット、雑貨を置く私好みのブースを発見!マダムに挨拶だけし、「誰にも渡さん!」とばかりに、さっさと欲しい物を手にかかえていく。フラワーバスケット柄によくあるような可愛い形のバスケットを発見!状態の良い、大振りなコットン生地もここから出てきた。私も河村も、他にもかさばる物をてんこ盛りに手に持ちながらまだまだ物色。調子の良いマダムは「欲しい物があったらいつでもメールで連絡して!」と言うのだが、日本人に比べると状態に無頓着なフランス人のこと、パソコンの画像で物を選んで、しかも当てにならないフランスの郵便で送って貰うのはあり得ないかも…。「やはり自分の目で見て選ぶしか無い。」とつくづく思いながら状態を確認して選んだ。

 また別なブースでは美しいシルクのボーダーを発見!ここ最近、状態の良いシルク生地を見つけるのは非常に難しくなっている中、たぶんずっとどこかにしまわれていたのだろう、際立つ状態の良さと柄の美しさ!きっとリヨン製のシルクだ。当然高価で、一緒にいた河村は「そんなに高価で大丈夫?」と心配顔だが、「これを逃したらもう後は無いかも…。」と思うと、手から離すことが出来ない。そんなシルクを片手に、ふと棚の上を見上げると、上の方の棚の奥にちらりとソーイングバスケットらしき物が…。「ちょっと、ちょっと、ソーイングバスケットじゃないの!?」と心の中で叫びつつ、本来だったらマダムに言って取って貰うところを、これ以上無いほど思い切り背伸びをし、ソーイングバスケットをゲット!通常ソーイングバスケットは非常に状態が難しいアイテムで、ふたが取れていたり、留めの部分が欠落していたりということがほとんどなのだが、ハンドルも留めの部分も金属製で良好、しかも内部の濃いピンクのシルクもとても綺麗。考えられないほどの状態の良さ!左手にシルク、右手にソーイングバスケットをかかえ、鼻息も荒くマダムと値段交渉。自分の物になった後は、たぶん知らず知らず不適に笑っていたと思う。

 今日のフェアはすべて野外のため、砂埃の中、あちらへこちらへ。広い会場の中を足を棒にして歩き回る。今日はレース物となかなか出会えなかったのだが、やっといつもパリ市内のフェアで出店しているレースディーラーと巡り会うことが出来た。ベビードレスやナイトドレス、シーツやクロス類を専門に扱う彼女は、繊細なハンドのレースボーダーやハンカチを持っている訳ではないが、沢山のアイテムから選りすぐりの物を選ぶことが出来る。今日はベビードレスを物色、数ある中から私達が選んだのは、ピケで出来た豪華な子供用のガウン。状態も良く、大振りでびっしりと施された細かなカットワークがとてもゴージャス。ここ最近、中途半端な物はもう欲しくないと思っている私達には満足のいくアイテムだ。

 他にも細々したアイテムを仕入れ、午前8時半から始まった買付けは午後1時過ぎには終了。仕事がひと段落した後は、会場のテラスでハムのバゲットサンドとワインを。「アンティーク雑貨とハム市」の唯一のハムはこのバゲットサンドだった。

 今日はホテルに戻ってきても、まだ仕事は終らない。荷物を置いて、フェアの会場で会ったディーラーの元へ。早速彼女がフェアで仕入れた物を譲って貰おうという魂胆だ。私達の思惑通り、ディーラーの元を訪れると、予想通り「こんなのどう?」と仕入れたばかりのスミレのコサージュを出してくれた。状態も良く素敵なスミレのコサージュに「欲しい!欲しい!」と子供のように騒ぐ私。「素敵な物はみんな欲しい!絶対欲しい!」買付けの時は常にそんな気持ちなのだ。

 その後、ディスプレイ用品を見に問屋街へ。その途中で、以前から気になっていたアンティークジュエリーを置いている卸売りのショップへ。アンティークとセカンドハンドのジュエリーのみを置いているここは、お店というよりジュエリーの買受けをしているオフィスといった感じ。ウィンドウの中にお目当ての物があれば入口のブザーを押し、」二重扉を開けて貰って入る銀行のような仕組み。今日は、最近気になっていたフランスのガーネットを使ったピアスを見つけ、ブザーを押した。

 思いの外広いオフィスの中は、オーナーらしき初老のムッシュウの他、若いマドモアゼルが何人も働いている。そんなマドモアゼルのひとりが専属でつきテーブルで接客してくれ、希望の物をウィンドウから出して貰う。私達がチェックしたガーネットのピアスは細工も繊細で石も美しく十分満足のゆくクオリティ。金額的にも満足し、すぐに商談成立。若いマドモアゼルが彼女の耳元にピアスを当てて見せてくれたのだが、それが余りに可愛らしく私が「可愛い!」と日本語で呟くと、マドモアゼルも"Kawaii?"とそこだけ日本語で。どうやらアニメや漫画などの影響か、フランスでも最近は"Kawaii"が浸透しているらしいのだ。

 パリでも度々足を運ぶ問屋街。日本にだってディスプレイ用品の問屋はあるが、日本では見かけない什器やジュエリーのディスプレイ用品があって、そんなところでフランスらしさを感じることも多い。今日もやはり日本には無いジュエリーのディスプレイ用品を調達。お店でいくつも持っているシールを飾る予定だ。

 気付くと夕方で、買付け第一日目はあっという間に終了。まだまだ明日も続く。

滞在しているホテルのご近所、お花屋さんの店先で見つけたミモザ。黄色のフワフワしたお花を目にするとウキウキした気分になりますね。

■3月某日 晴れ
 今日は懇意にしているディーラーを回る予定。昨日とは打って変わって朝はのんびり、まずは行きつけのキャフェで馴染みのギャルソンと挨拶を交わし、朝食を食べる。ガラス越しに行き交う人を眺めながらカフェ・オ・レとクロワッサン。(カロリーをすっかり失念して、久し振りにクロワッサンに目覚めてしまったのだ。フランスのクロワッサン、パリパリして美味しい!)そんな時間も買付けの小さな楽しみでもある。

 まず最初に向かったのは、予めアポイントを入れておいたレースや布小物を扱うディーラー。長年お世話になっている彼女とは、買付けだけでなく、彼女と会う事自体も楽しみ。会うと話が尽きず、商品を見るまでに延々と話してしまい、毎度一緒にいる河村が苛立っているのを背中で感じる。そんな世間話をしつつ、なんとかお仕事モードに持っていき、私のために用意していた商品を見せて貰う。

 一番に出てきたのは私の好きなホワイトワーク。ハンカチでもなく、素材でもなく、大きな寝室用のクッションカバーなのだが、その密度はハンカチに十分匹敵するほど。というか、ハンカチよりもサイズが大きい分、ずっと沢山の細工が施されている。「こういうの好きでしょ?」と彼女がにっこり。「そうです。その通りです。」と心の中で呟き、もちろんいただくことに。
 他に出てきたのはシルク生地が幾枚か。ほぐし織りのそれはベージュで、お好みのお客様のお顔が浮かぶ。私用の大きな袋からは他にも広巾のアングルテールや19世紀のバンシュのハンカチが。アングルテールを手にしたのも久し振りだし、バンシュのハンカチは未使用のデッドストックだ。それから「こんな物もあるけど…。」と出てきたのは可愛いビブ二つ。ひとつは可愛いかぎ編み針のボンボンがぐるりと付いていて、もう一方はブティを思わせるキルティングにさらに手刺繍を施した物。どちらもとても愛らしい。そしてボン・マルシェカードに出てくる19世紀の女の子が着ているような子供服。いつも私の好みにぴったりのアイテムを魔法のように出してくれる彼女に感謝。午前中から買付けを始め、一通りすべてチェックしたのは午後3時を回っていた。

 まだ今日の仕事は終らない。他のディーラーの元へ移動し、またまたチェック!レースやリボン、布を扱うマダムは昔からお互いに知っている仲だが、どうもいまひとつ彼女の商品とのフィーリングが合わず、何も仕入れずに帰ることも多い。さて、今日はいかに?

 挨拶の後、周りを見渡し、気になる物を片っ端から見せて貰う。ここでも、もちろんシルク生地を物色。古いシルクの織り生地を見つけるのは年々至難の業になってきている。まるで呪文ように「レ・ティッシュー・ド・ソワ!レ・ティッシュー・ド・ソワ!」とマダムに呟き、シルク生地の束を出して貰う。(ティッシュー・ド・ソワとは、フランス語でシルク生地のこと。)で、出して貰ったシルク生地だが、柄が大きかったり、状態がいまひとつだったり、どれもこれもわざわざ選ぶような生地は無い。「やっぱり今日もダメか〜。」と、半ば諦めた時、マダムが見せてくれなかった生地を発見!綺麗な花カゴの模様の織り生地で、「ちょっと、これ、これ!こういうのが欲しかったのよ!」と思わず声に出してしまった。が、「もうこんな生地はなかなか無いし…。」と、見せることを渋るマダム。どうやら彼女はその生地を売りたくないらしいのだ。そんなマダムに心の中で「ちょっと〜、それを見せなさいよ!」と毒づき、私の威圧的な態度に渋々見せるマダム。結局、このバトル、マダムに打ち勝って無事手に入れることが出来た。ただし、とても高価だったけれど…。

 そして今日の最終目的地、ジュエラーのマダムの所へ。何度かお世話になったことのあるマダムは高価なジュエリーを扱っているにもかかわらず、ちょっぴり気が小さい性格がその態度に見え隠れする。今日も私達が高価なダイヤリングのお値引きを迫ると気弱な困り顔。通常、一般的なフランスのアンティークディーラーのマダム達は押しが強く、「値引き出来ないって言ったら出来ないのっ!!」とキッパリ言われることも多々あるのだが、このマダムは「う〜ん。」と困り顔で押し黙ったまま。その後、弱気なマダムと延々と長時間に渡る値段交渉を重ね、やっと最後にはお互いの妥協点に到達。美しいダイヤのフェミニンなリング、フランス特有の" トワ・エ・モア"のデザインだ。

オテル・ド・ヴィル(市庁舎)前のカラフルなカルーセル。一度乗ってみたいと思いつつ、なかなか勇気が出ず、いつも羨望の眼差しで眺めるオバサンです。


お花屋さんも春のお花でいっぱい!このスミレのブーケもいつか買ってみたいと思っている物のひとつ。ホテルの近所のお花屋さんなのですが、なかなかお店が開いている時間に仕事から帰ってこられないのです。

■3月某日 晴れ
 今日は特にアポイントもない貴重な一日。そんな日は滅多に無いので、パリでの雑用をこなし、レストランでランチをし、なおかつアンティークを探す予定。
 まず最初に向かった先は度々足を運ぶオテル・ド・ヴィル(パリ市庁舎)の近くにあるBHV(バザール・ド・ロテル・ド・ヴィル)。ここは日本の東急ハンズの品揃えをさらに大規模にした感じ。地下には広大な工具売り場があり、ドアや引き出しの取っ手、壁紙、カーテン、ペンキ(好きな色をブレンドしてオリジナルカラーも作ってくれる。)、天井に貼る円形の装飾モール(うちのお店の天井にも張ってある。)、バスルーム用の洗面ボウルやタオルハンガー等々、家のDIYに使うアイテムなら何でもある!(そういったフロアとは別に、一応デパートなので、もちろん普通の洋服やバッグ、化粧品コーナーも存在している。)今日、見て回ったのは、お店に使えそうなお洒落な丁番やハンドル、ちょっとしたパーツ類。日本では見ない様々なアイテムに、滅多に上がることはないフランスの普通の家のインテリアが思い浮かび楽しい。

オテル・ド・ヴィルのアイアンの門扉。鉄だとは思えないしなやかなフォルムです。96番のバスを頻繁に利用するからでしょうか、しょっちゅうこの前を通っています。

 次に向かったのは本日のクライマックス、河村セレクトのレストラン。正午と共に入店すれば予約ナシでもたいてい入ることが出来るので、お昼ちょうどを目指してパリ3区へ。オーベルジュ・ニコラ・フラメルは通称「ニコラ・フラメルの家」と呼ばれるパリ最古の建物、今日はこの建物の中に入ることが出来るのがまず楽しみだ。
 ここは1407年築、錬金術師だったニコラ・フラメルの家と伝わる建物。「錬金術師」というのも、なんとも中世的で興味深い。19世紀末のオスマンの大改造でパリの姿は大きく変わっているのだが、この細い路地は奇跡的に中世の姿のまま残ったらしい。パリの建物はそのほとんどが1900年前後に建築されているので、15世紀の建物は非常に珍しい。


1407年築のニコラ・フラメルの家。意外にもまずまず美味しく、そのうえリーズナブルなレストランで大満足でした。おすすめですよ!

 買付けの束の間、楽しいランチを済ませた後は、そのまま徒歩でパリの街へ。近くのお洒落なパサージュ・デュ・グラン・セールを覗き、店舗用品を扱う店が連なるパサージュ・デュ・ケールを抜ける。パサージュ・デュ・グラン・セールの「グラン・セール」とは大鹿の意。革命以前にここにあったホテルの名前とか。鉄道のないその当時、この辺りは乗合馬車の発着所だったというから、きっと人で溢れた繁華街だったに違いない。そのホテルの建物を元に1825年に建てられたこのパサージュは、三階建てとパリでは最も天井の高いパサージュで、そのせいか道幅はさほど広くないのにとても広々とした印象がある。特に入口の大きな花屋のウィンドウが美しくてしばし見入ってしまい、「もしパリでお店を持つことがあったら、こんなところがいいなぁ。」なんて思ってしまった。

 パサージュ・デュ・ケールはその名の通り、「ケール(カイロ)」をいただく不思議な名前。というのも、ここができる前年に1798年のナポレオンのエジプト遠征があったためだ。きっとそう当時はオリエントの風俗が流行したのかも。パサージュの入口がある建物の壁面にはスフィンクスのレリーフが付けられていて異国情緒が感じられる。その中はというと、マネキンやハンガーラックなどのアパレル系の什器屋が連なっていて、今では「寂れた問屋街」というちょっと悲し気な雰囲気。ここを訪れたのは十年振りで、滅多に足を踏み入れることがないため、「普段味わえない不思議なパリ」といった感覚だ。

 パサージュを抜け、レ・アール近くまで歩くと、かつてレ・アールがその昔「パリの胃袋」と呼ばれた中央市場であったことを思わせる八百屋や果物屋が連なっている。街の中央まで戻ってきた後は、バスに乗ってセーヌを渡り、私達の住処リヴ・ゴーシュへ戻る。リヴ・ゴーシュの懇意にしているジュエラーのところへ立ち寄るためだ。

パサージュ・デュ・グラン・セールの入口にある生花店のウィンドウはゴージャスなサロンに合いそうな品揃え。お花屋さんもそれぞれ個性豊かです。


パサージュ・デュ・グラン・セールの回廊。縦に長い空間のせいか、通路の狭さを感じさせません。この上は住宅になっているのですって!


パサージュ・デュ・ケールの入口。壁面のスフィンクスが何ともそれらしい雰囲気です。


レ・アール界隈のマルシェで見つけたスグリの実。真っ赤な色が瑞々しく、まるで宝石のようでした。

 まず訪れた一軒目のジュエラーでは、沢山のジュエリーを前に目を皿にして眺め回すが、今日はどれもいまひとつで私達の好みの物は無し。「こんなにあるのになぁ〜。」と思わず弱音を吐いてしまう。たまに出物があるのだが、残念ながら今日はハズレ。そんな時には、すぐに気持ちを切り替えて次の場所へ。

 ここは私達のヒミツの仕入れ先。蚤の市でも、アンティークフェアでも、アンティークショップでもない、そして個人のディーラーでもないという謎の仕入れ先(笑)なのだ。一応、貴金属を扱う場所だけに、ブザーを押して施錠を解除して貰いそこに入場。ジュエリーが並んだウィンドウから気になる物を取って貰い、小さな窓越しに商談。(商談している間も施錠されているため、その場所からは簡単に出ることが出来ない。)今日、気になったのは、高級なジュエラーで見たことのあるティアラの形を模したリング。私達が以前見たのはダイヤのみだったけれど、これには大きなエメラルドも付いている。「ダイヤとエメラルドだし、きっと高価だよね。」と言い合いながら、でも一応見せて貰うと…大きなエメラルドとダイヤを前に「綺麗…。」と、しばし見入ってしまった。

 ディーラーに肝心のお値段を聞くと、想像していたよりもずっとリーズナブル。「これならなんとかなるかも!?」と河村と顔を見合わせ、早速商談開始!リングをルーペで眺めたり、ひっくり返したりしながら、ディーラーに改めて素材を確認。そこはそれ、いつもの通り「キャッシュだから、そこをまぁなんとか…。」とディーラーにお願いし希望価格まで粘った。お支払いは更に奥の小部屋へ。そこへも施錠を開けて貰って入り、私達が入った後はまたガッチャンと閉る仕組み。なんだか銀行の貸金庫にでも入った感じ。すべてが終って、建物から出てきた時には、思わず「は〜。」と大きな溜息が。でも、良い物を良い価格で仕入れることが出来て嬉しい。良い物を手に入れると疲れも吹っ飛ぶようだ。

■3月某日 晴れ
 今日は早朝から終日買付け。夕方まで何軒かディーラーを回る忙しい日だ。朝から気合いを入れてホテルの部屋で朝食を食べ、レセプションのムッシュウに見送られ、バスに乗って出掛ける。

 朝一番、初めて出会ったジュエラーの小さなガラスケースの中にフラワーバスケット柄を発見!小さなゴールドのロケットだ。いつも探しているフラワーバスケット、ロケットを見つけたのは久し振りだ。マダムに見せて貰うとふたの状態はもちろん、全体の状態も良い。しかもフラワーバスケットのバックと裏側はエナメルでよく見かける放射状のエンジンターンの装飾。18Kのハイキャラットということもポイントだ。幸先が良い!

 レースやリボン、ソーインググッズなど細々な品を扱う顔馴染みのマダム。私の顔を見るや、入口の柵(そこはマダムのお眼鏡にかなった者だけしか入ることを許されない「柵」があるのだ!)を外し、「入って!入って」とちょっぴり怖い大歓迎。物色するのを許されたのだ。挨拶を交わし、あれこれ手に取って見始めたのだが、今日に限ってピンと来るものがない。そんな私の表情を見て、「今、新しく入った物が何も無いのよ。」とマダム。でも、サッパリしている彼女は、選ぶ物が無くて困っている私に無理矢理あれこれすすめたりせず、「ま、しょうが無いわね!」というようなあっさりした対応。私も気兼ねなく「また今度ね。」と言いながら柵の外へ出た。

 次は買付け前にメールで私達の来訪を知らせておいたマダム、先程のマダムと同じくレースやソーインググッズ全般を数多く持っているのだが、ちょっぴり大さっぱなのが玉にキズ。いくらメールを送っても、返事が返ってきたことがないという困ったちゃん。私が「メール送ったんだけど…。」と遠慮がちに聞くと、「うん、見たよ!見たよ!」と元気に答える。「見たんだったら、返事クレヨ!」と言うのは私の心の声。今日、彼女の元で見つけたのは小さくて可愛いベビージャケット。薄いローン地で出来ていて、極薄のシルクの裏地が付いていて可愛い。そのベビージャケットを譲って貰い、困ったちゃんには、「次はいついつ来るからね。」と伝えてその場を去った。

 今日の大きな目的のひとつ、アポイントを入れておいた彼女は、しっかり者の働き者!おおざっぱなフランス人ディーラーの中では珍しい丁寧な仕事振りにいつも感心させられる。そして、今回は挨拶が済むと、「マサコ、お誕生日おめでとう!」と嬉しいプレゼントまで。そういった気遣いも出来る素敵なマダムなのだ。いつも何かしらプレゼントを用意していてくれている彼女に、私もホテルの近所のショコラティエで買ったちょっぴり高級なショコラを渡す。
 今日、彼女が私のために取って置いてくれたのは、可愛いパニエやすずらんのソープボックス、ロココの付いた小さなパウダーボックス、他にも可愛い物色々。彼女の存在はいつも本当にありがたい。

 たまたま立ち寄ったディーラーのところで、ペーパーマッシュのボックスを手に入れたのは本当に久し振り。ずいぶん昔に扱った記憶があるが、その後出会った物はひびが激しかったり、剥離していたり、模様の部分に傷があったり、仕入れられる状態の物が皆無だったのだ。今日であったのはベージュ地にピンクのフレームの貴族模様。不思議なほど状態が良く、何だか煙に巻かれたよう。ふたを開けては見ては何度もひっくり返し、本当に状態の良いことを確認して手に入れた。

 仕事は一旦終了。いつものブーランジェリーでお気に入りのプーレ(鶏肉)のバゲットサンドを河村と「美味しいね〜。」とパクつく。ふたりともここのバゲットサンドが大好きなのだ。「どうしてこんなに美味しいんだ?」「マヨネーズが美味しいからか?」としばし河村とバゲットサンド談義。

 場所を変えて、もう一箇所、いつも顔を出すジュエラーのところへ。ガラスケースの中で最初に気になったのは小さなゴールドのピアス、でも、実際に見せて貰ったところ、余りの小ささに躊躇してしまい断念。(あまりにピアス金具が小さいと、耳たぶの厚い方は装着出来ないため。)「今日はごめんなさい。」と言って、立ち去ろうとしたところ…。ガラスケースの中に燦然と輝くアメジストのクロスが。何石もセットされたアメジストの輝きも美しいけれど、ゴールド台の細工がとても繊細。やや大きめのクロスだが、その細工にただただ見入ってしまう。ここのマダムとムッシュウは顔馴染みの間柄。何かと親切にして貰うことも多い。
 で、今回も交渉の結果、お互いに納得の価格で打ち止め。綺麗な物が手に入り、にこやかなマダムとムッシュウに見送られ、すっかり嬉しい気分に。

 その後も次々物を求めて歩き回るが、今日はアメジストのクロスが最後。帰りのバスにの乗るやいなや私も河村もバスの心地良い揺れのお陰で知らず知らず居眠りモード。日本と違いあまり治安の良くないパリのこと、バスの中で眠っている人などいないので、一生懸命目を見開こうとするのだが、どうにもあらがえない。ホテルに戻って、iPhoneの万歩計を見ると今日も1万3千歩を越えていた。

パリの中のアール・ヌーボー。たぶん後世のレプリカだと思いますが、このオリジナルデザインの地下鉄の入口を見つけると、とてもラッキーな気分になります。


アール・ヌーボーのすぐ側にはアール・デコ。文字のスタイルも、イラストも、ゴールドとブラックの組合わせもアール・デコそのものです。

■3月某日 晴れ
 パリで過ごすのも今日まで。今日は夕刻にユーロスターでイギリスに向かい、向こうで数日過ごし、またパリへ戻ってくる予定。夕方まで時間があるため、今日は後学のために高級品ばかりが並ぶ特設会場のサロンへ。ホテルは一旦チェックアウトし、主だった荷物をホテルに預けていくので、朝からバタバタ荷物の整理。仕入れたものをキッチリとスーツケースに詰め、自分達の衣類は巨大なナイロンバッグへ放り込む。やっとの思いで荷物を始末し、ホテルをチェックアウトすると、まずは行きつけのキャフェでのんびり朝ごはん。

 今日の会場はシャン・ゼリゼ。日頃、左岸に滞在している私達にとって滅多に行かない場所だ。だいたいの場所は分かるが、念のため詳しい場所をいつも愛用しているハンディータイプの地図でチェック。セーヌ川を渡るまでバスに乗り、私がパリで一番美しいと思っているアレクサンドル橋を渡って目的地へ。パリに着いてからというもの、毎日抜けるような青空。昼間は20℃を超え、日本にいるよりもずっと暖かく、過ごしやすい。天気が良いとテンションも上がる。

シャンゼリゼのサロンに行く途中でパチリ!いつもフォトジェニックなアレクサンドル三世橋。ここを通る度、河村と共に「撮影大会」です。この橋の造形は本当に美しい!

 向った先のサロンは、アンティークの中でも非常に高価な品物ばかりを扱うディーラーが出店していて、仮設の施設とはいえ大規模、そこにはゴージャスな空間が広がっている。もちろん入場料も…それなりに高い。並んでいる物は私が扱うには手に余る高価なものばかりだが、美術館とはまた違って、「商品」としてのアンティークを目の当たりに出来る貴重な機会。日頃から良いものを見ておかなければ、物の良し悪しの判断基準が持てないと思い、「多分買付ける物はないだろうな。」と思いつつもやって来たのだ。
 高価な物が沢山置いてあることもあり、入口には警備員も常駐していてセキュリティーもバッチリ。(同様なサロンではたまに荷物検査が行われるところまである。)こうしたサロンにやって来るのはお金持ちのフランス人ばかり。ただでさえフランスでは「外国人」の私達、少しでも胡散臭く見えないよう、持って来た洋服の中で一番マシに見える物を着てやって来た。

 期待しただけあり、ガラスケースの中は高価な物のオンパレード!フランスでハイジュエリーといえばただただ石の大きなジュエリーなのだが、ここでも非加熱の巨大ルビーやら巨大サファイヤやら、「え?こんな大きなナチュラルの石あるの!?」という目を奪うジュエリーばかり。ただ、私達の好みとしては、大きくて美しいだけでなく、大きくなくとも凝った細工で美しい物の方が断然好きなのだけど…。ここでは、他にもエナメルやらアイボリーやら陶磁器にガラス、美しいアイテムがずらりと揃い輝くばかり。ただただうっとりと眺めるばかりの私達。普段なかなか目にすることがないレベルの物だけに、とても見応えがある。そんな中でも顔馴染みのディーラーのマダムと会いにっこり挨拶。「やっぱりフランス物って素敵…。」今日もフランスの神髄を見たかのような思いで、買付けた物は何も無くとも大きな満足感。本当に勉強になった。

 良い物をじっくり見た満足感からフラフラ会場から出てきた後は、ゴージャスな会場とは打って変わって側の公園のベンチでまたバゲットサンドをパクつく。(でもフランスのバゲットサンドはとっても美味しいのだ!!)
 ユーロスターの時間まであと少し、左岸へ戻り、念願のトリュフ塩を購入するため(私はトリュフが大好き!)ボン・マルシェのエピスリー(食品館)に立ち寄る。すぐお隣の奇跡のメダイ教会で母から頼まれたメダイを大量買いし、日本人シスターとおしゃべり。マレーシア航空の事故が起こったばかりのこの時、シスターが「でも日本人が乗っていなくて良かったわね。」とおっしゃるのを「シスターがそんなことをおっしゃって良いんですか?」と私が受け、シスターと一緒になって笑ってしまった。「それにしても気味悪い事故だわね。」とおっしゃったシスターの言葉が印象に残っている。ホテルに戻って、タクシーでユーロスターの出る北駅へ。

 ユーロスターがロンドンに着いたのは夕方遅く、ロンドンの街は既に薄暗い。いつもロンドンで滞在しているアパートメントはレセプションが午後8時までしかオープンしていないのだが、なんとかオープン時間に間に合いほっとする。それにしてもロンドンの寒さときたら!連日暖かくて、抜けるような青空だったパリから来ると、まるで冷や水を浴びせられたようだ。ヒーターを付けないと寒くていられず、「どうしてこんなに寒いんだ!」と呟きつつブルブル震えながら就寝。明日は早朝からロンドン近郊のフェアへ。午前4時前に起床の予定!!

マカロンタワーはお菓子屋さんの華。ビビッドなピンクとクリームのタワーはホテルの近所のジェラール・ミュロのウィンドウで。お菓子もお総菜も、何でも美味しいです!


バービーとお揃いの子供用のドレス。ここはウエディングドレスなどの大人用のオーダードレスのお店。小さなサイズが可愛い!


フランスで大人気、豪華な芍薬のお花は花屋さんの店先で。フランスでお花というと、すぐにこの花びらたっぷりの芍薬のお花が頭に浮かびます。向こうに見えるポピーのお花も素敵。


***買付け日記は後編へと続きます。***