〜前 編〜

■3月某日 晴れ
 いつものようにANAの航空チケットをインターネットからチェックインしたのは出発時刻の24時間前、買付けの前日のこと。二月にインターネットから予約をした段階でほぼ満席で、河村とも離れ離れのシートしかなかったので、機内の過ごし方に何の期待もしていなかったというのに、チェックインをしてみたら、なんと

「ビジネスクラスにアップグレードされてる!?」

エコノミークラスが「動物(荷物?)扱い」だとすると、ビジネスクラスは「人間扱い」という感じ。フルフラットシートなので、身体の負担もかからず、ずっと楽!まったく期待していなかっただけに、思わず狂喜乱舞してしまった。

 さて翌日、無事ビジネスシートに身をゆだねロンドンへ。なんとなく私がチョイスした映画は「風と共に去りぬ」。(そんな古い映画が機内でどうしてやっていたかはナゾ。)大昔(まだ中学生だった頃)、見た記憶があったのだが、スカーレットのドレスがどうなっていたかもう一度見たくなったのだ。

 時代は南北戦争の1860年代。「それってドレスが一番華やかだった頃じゃない!」と今だから出来るツッコミをしながら鑑賞。そんな風に「衣装目線」で見るとまた別の楽しさが…。ヴィクトリアン中期のドレスや帽子、ジュエリーが沢山登場して興味深いことこのうえなし!確か中学生の頃、映画を見た後、マーガレット・ミッチェルの原作もあたったはずなのに、子供だったその頃、レット・バトラーの魅力なんて皆目分からなかった。(当たり前といえば当たり前なのだが。)すっかり大人になった今、「頼り甲斐があって、なんて格好いいの!」とゾッコンになっているうちにロンドンに着いてしまった。(その反面、「頼りになるのは自分だけ!」と冷静に思う今の自分がいる。)

今回はいつものサウス・ケンジントン近くのアパートメントが満室のため、パディントンのホテルへ。ヒースロー空港から列車で直行出来るこの辺りは日本からのアンティークディーラーもよく泊まっている場所。パディントン駅の喧噪そのままのこの地域よりも、私は静かで泊まり慣れたサウス・ケンジントン界隈が良いかも。


ホテルの近くでイギリスらしいクラシックな車を発見!河村によると「モーリスマイナー」という1947年から70年代まで作られた車なのだそう。グレイッシュなブルーの色合いも素敵。

■3月某日 晴れ
 いつものように午前6時にホテルを出発!前回、レースのディーラーから「2月に大きなオークションがあるから楽しみにしておいて!」と言われている。実際に自分達ではなかなかその時期に合わせて買付けに来る事が難しいので、彼らに任せて効率良く自分の欲しい物だけ仕入れるようにしている。普段からコンタクトをとっていることもあり、私達が何が欲しいかもキッチリ熟知されていて、リクエストしてあった物に見合った物を回して貰えるのだ。とはいえ、実際に物を見るまでは落ち着かない。
 3月になっても、ロンドンの早朝は寒い。しっかり着込んだ上にダウンのロングコートを着、頭には帽子を被って外へ。

 まず最初に訪れたのは、いつものジュエラーの彼女、親子で仕事をしている彼女達は長年付き合いのあるお馴染みだ。いつも彼女からはシールを仕入れる事が多いのだが、私の顔を見るなり「とてもラヴリーなシールがあるのよ!」と取り出してくれたのは、なんと猫のシール!!彼女自身も「こんなの見た事ないのよ。」と自画自賛。それは猫とネズミが印刻されていて、"Please don't(お願いやめて)"の文字が。今日はシールふたつとターコイズが入った可愛いハートのピアスを。ターコイズのピアスはターコイズのリングやペンダントと合わせたらぴったりだ。

 必ず立ち寄るソーインググッズを扱いマダムは、どこからともなく取り出して私の手にずっしり重い小さな物をそっとのせてくれた。それはエナメル製の小さな小さなボックス。ペンダントにもなるそれは、開けると小さなベビーシンブルが入っている。こうしたエナメル製のボックスを扱ったのは、もうずっと以前のこと。可愛い小さなエナメルボックス、久々の出会いが嬉しい。

 イギリスのアール・ヌーボーのジュエリーとモーニングリング数多く持っている彼も必ず立ち寄るディーラー。毎回仕入れる訳ではないけれど、その数に惹かれて毎度チェックを怠らない。今日目を惹いたのはオパールを使った華やかなペンダント。シードパールづかいで、リボン形のモチーフが付いているのもラヴリー。現行品にはあまりないオパールを使ったジュエリーというのもアンティークらしくて気に入った。

 いつもお世話になっているディーラーのところで見つけたダイヤのトワ・エ・モアリングは、小振りのリングながら非常に美しい石がセットされている。ウエディングリングにも良いし、何よりその小振りなところが類を見なくて良いかも。
 それにしても…彼女から最近、ロンドンのディーラーが次々賊に襲われている話を聞き、もうびっくり!どうやらルーマニアなどから(出稼ぎに?)来た外国人グループに車で後をつけられて襲われるらしい。聞くと、私がよく知っているジュエラーも最近襲われて、ジュエリーをごっそり持って行かれたとか。そういえば、前回の買付けであまりにも彼のジュエリーが少なかったので不審に思ったのだが、そういうことだったのだ。賊の一味が最近捕まって、その家からはジュエラーの自宅アドレスと車のナンバーのリストが出てきたとか。「仕事をするのも命がけよ!」と言う彼女の言葉に深く頷いた。

 以前もタティングシャトルを譲って貰ったディーラーは本来ジュエリーを専門にしているのだが、私の顔を見るなり、奥から小さな包みを取り出してきた。それはいつも探している象眼の入ったシャトル。「おお!」と声を挙げてしまった。久々の綺麗なシャトル、嬉しい!一緒にお人形サイズのエナメルボタンも出てくる。

 前回、いつものレースディーラーから「次回は沢山いい物が入るから!」と念を押されていたのだが…結果は果たして如何に?今日彼らから出てきたのは、大満足の18世紀のブリュッセル。なんだろう、良いレースは、パッと一目見て、その仕事量と繊細な細工にただただ「これいいなぁ〜。」と思うのだ。

 ソーインググッズを扱うマダムからは繊細なコットンリールとワックスホルダーを。薄い作りのマザーオブパール製コットンリールのペアは綺麗な細工で、ワックスホルダーも細かな彫刻入り。「ソーイングツールは細工が命!」とばかりにこれらをまとめて買付け。

 本来だったらレースを扱うディーラーのガラスケースに、レースではなく華やかなビーズの大振りなポシェトが!レースのアイテムは、デリケートなため状態がとても難しい物のひとつ。たいていの場合、見せて貰って、持ち上げた途端、ビーズがパラパラ落ちることが多いのだ。でも、ディーラーの彼女は私の考えを見越したように、軽く「状態いいわよ!」とひと言。早速ケースから出して見せて貰った。
 こうしたビーズポシェットと出会ったのは久し振りのこと。けっしてお値段は安くないが、しばらく出会わなかったアイテムなだけにドキドキ。無い物は仕入れることが出来ないが、ある物なら仕入れることが出来るのだ。改めてよくよくチェックし、いただくことにした。

 最後に立ち寄ったのは、いつもお世話になっているレースディーラー。「次回を楽しみにしていて!」との言葉通り、見覚えのある在庫ではなく、見たことのないレースがザクザク出てきた。そのひとつは今まで一度しか扱ったことの無いレース、そして細い糸のごくごく繊細なヴェネチアン、18世紀の古いレースだけでなく、19世紀のポワンドガーズやホワイトワークも。どれもいつも出てくる物とは一風変わっていて特徴的なのは、やはり有名コレクターのコレクションだったからか。

 早朝から終日歩き回って、本日のiPhoneの万歩計は1万4千歩あまり。仕事を終えた後は、ぐったりと今度はユーロスターでパリに移動。

映画の舞台にもなったノッティング・ヒル・ゲイトのお洒落な食材のお店のウィンドウは春の香り。ふわふわ黄色いヒヨコ、イースターのディスプレイです。


昨日パディントンに着いたばかりなのに、今日はセント・パンクラスからユーロスターに乗ってパリへ。セント・パンクラスは数え切れないほど通ったお馴染みの駅です。

■3月某日 晴れ

 いつものように、今日も早朝から仕入れ先へと出掛ける。今日は終日ほとんど外(のような感じ)なので、日本にいる時には考えられないような沢山の衣類を着込み、さらに仕上げに例の「寒冷地仕様」のダウンコートを着ていざ出陣!

 この冬のパリは例年になく激しい寒さで、雪が多かったらしく、知り合いのディーラー皆から「今週末もまた雪。」とほとんど涙混じり(?)のメールを貰っている。雪が降れば足場が悪いので、当然お客様も少なく、皆大変な冬だったようなのだ。「とうことは良い物が残っているかも?」と淡い期待を抱いてディーラーの元へ。

 まず訪れたのは布やレースを扱うマダム。そういえば、彼女だけ私が送ったメールへの返事が来なかったので、挨拶の後、「メール送ったんだけど…。」と言うと、「え?来てないよ!」との返事。周りにいたディーラーも巻き込んで「なんでだろうね。」と喧々諤々。(以前、彼女が教えてくれたアドレスのアルファベットがあまりにも雑に書かれていたため、正しく送れなかったのだろうというのが結論。)そんな周囲を他所に、私は一生懸命アンティークを物色。欲しい物は色々あるのだが、どうも今日はいまひとつ決め手に欠け、結局選んだのはデッドストックと思われるノルマンディーレースの襟だった。
 ノルマンディーレースは、ドイリーやテーブルセンターに作られている物が一般的だが、襟は比較的珍しいアイテム。アイリッシュクロシェのパーツが使われている点も変わっている。もう一度正しい(?)メールアドレスを教えて貰ってお別れ。

 いつもお世話になっている女性ディーラーとは持って来たお土産のチョコレートを渡しながらビズーで挨拶。すると、「マサコ、お誕生日おめでとう!」と向こうからはお誕生日プレゼントを。ちょっとしたことだが、気にしていて貰えたかと思うと嬉しい。
 「マサコ、この箱よ。」と私のために見せてくれた箱の中には今日も様々な物が。その中から慎重に選んだのは貴族柄のトワル・ド・ジュイとフランスらしいコットン生地、そして「こんな小さなサイズ見たことない!」と言いながら手に取ったのが、小さなブルーベルベットのジュエリーボックス。他にも「マサコに良いかと思って…。」という彼女の言葉と共に出てきたのがブルーのリボンの付いた卵形のパニエ。状態も良く、可愛い!最近、こうしたパニエは本当に皆無なのだ。こうしたディーラー達の助けがあって、良い物が仕入れられ、本当にありがたい。

 何軒か午前の部のディーラー巡りを終えると、一度ホテルへ退散。でも、その前にいつものブーランジェリーの店先で河村とプーレ(鶏肉)の入ったバゲットサンドを「このマスタード入りのマヨネーズが美味しいんだよね〜。」と言いながら慌ただしくパクつく。今日のお昼ごはんはこれにて終了。

 午後の部はレースのディーラーから。時代衣装を扱うマダムとムッシュウは、フランス人らしくいわゆる「いちげんさん」には超冷淡(!)だが、私達が尋ねると「どうぞ!どうぞ!」と相好を崩して迎えてくれるという、とてつもなくフランス的なカップル。その変わり身の凄さが鮮やか過ぎて私達にとっては逆にユーモラスだったりする。今日も私達の姿を見るやいなや、「見せる物がある!」とばかりにレースの入った箱を持ち出した。

 私はガラスケースの中を物色、マダムが出してくれた箱の中身を手に取り始めた河村が「あっ!!」と声を挙げたのはアランソンのボーダー。広巾のそれは私達がずっと探していた幻のレース。どこが幻かというと、レースのカタログには決まって出てくるアランソン特有の螺旋模様のレースなのだ。実は、この螺旋模様のアランソン、もう10年近く前にブルージュの有名レース店で見たことがあったのだが、その当時の日本円で50万円(!?)というベラボーな金額を提示され(たぶん彼らにとって売りたくないレースのひとつだったのかもしれない。)、欲しがる私を河村が引き摺るように無理矢理連れて帰った、という思い出があるのだ。しかも今回出てきたのはまったく水にくぐらせていない未使用なもの。これ以上の状態はあり得ない。河村とふたりして「こんな物あるんだね〜。」とレースを眺めながら様々な思いが頭を巡った。レースを手に入れた後は、ディーラー夫妻が大切にしている時代衣装のコレクションをまのあたりに鑑賞。今日は18世紀の美しい手刺繍の男性用のジレが。美術館ではガラスケース越しだが、こんな間近で見られることに感動。大収穫のレースを手にして弾む足取りで次のディーラーへ。

 次に向った先は様々な小物を扱う男性ディーラー。日本の雑誌にも掲載されたことのある彼はとても親日派。挨拶はもちろん、最後はいつも「アリガトウゴザイマス!」の日本語とともに送り出される。震災の直後に、「あんな大変なことがあったのに冷静でいられる日本人を尊敬するよ。」と真顔で言われたこともある。親切で商売熱心でいい奴なのだ!
 今日彼から譲って貰ったのはシルバーのかぎ針と同じくシルバーのピンディスク。フラワーバスケット模様のピンディスクは久し振りの出物で嬉しい。そしてもちろん今日も「アリガトウゴザイマス!」の言葉とともにお別れ。

 河村が「怖いマダム」と呼ぶ美人の彼女は布物のスペシャリストで膨大な布の中におさまっているのだが、非常にプライドも高く、見せて貰っても買わない素振りをした途端に機嫌が悪くなるという「気分屋さん」。でも、今日はその彼女の所でとても美しいリボンを発見。今まで何度かしか扱ったことの無い古典的な美しいシルクリボンだ。女性のマダムには男性の河村に値段を聞かせるのが一番!(逆な場合は私が「ねえ〜、ムッシュ〜、これいくらになるの〜。」と聞きます。)小さな声で「マダムに値段聞いてみて。」とコソコソ河村に命令する。聞けば、まぁ納得の出来るお値段。ありがたくいただいて次の場所へ。

 お人形は私達のアイテムでは無いけれど、お人形にまつわる様々な可愛い物は大好きで、お人形屋さんも必ず足を向ける立ち寄り先。今日はいつものムッシュウはいなくて、バイト(?)の店番のムッシュウが。以前から「可愛いボネはないかな?」と思っていた私、ここで素敵なお人形のボネが。いつになく素敵なボネがいくつもあり、まずは見せていただくことに。店番のムッシュウに頼むと、「分ってるの?これはアンティークのお人形で、古いんだよ。(高いんだよ。)」と語り始めるではないか。「え?」と私達が困惑していると、そこにいつもの店主のムッシュウが戻ってきた。私達ににっこりしながら、すぐに店番のムッシュウに「彼らはアンティークディーラーでよく分かっているから!」と一言、彼自らボネを出して見せてくれる。出てきたボネは3点、その中から一番優雅な物を選んだ。

 必ず立ち寄る目力の強いジュエラーのマダム。私は慣れっこになっているのだが、河村はちょっぴり苦手にしている。さほど沢山のジュエリーを持っている訳ではないのだが、私好みの細々したアイテムを持っていて、毎回という程ではないが何かと仕入れることが多い。得てしてフランス女性はみんなキツイ感じの人が多く、以前だったら気後れしていたものだったが、自分も歳を取った最近は何だか平気になってきた。何もめぼしい物が無ければ、にっこり笑って「ごめんなさいね。また今度ね。」と言えば彼女もにっこり笑って「どういたしまして。」と、それでおしまいになるからだ。
 でも、今日は私があれこれ見せて貰って、「う〜ん。」と唸っていると、奥から「新しいストックよ。」と言って、ビニール袋のパウチに入れられたジュエリーがごっそり出てきた。今日はその中に入っていたローズカットダイヤのピアスをチョイス。ローズカットにもかかわらず、大きさもあり、とても輝きが美しいのだ。

 最後にたまたま出てきたシードパールのリングは大人っぽいマーキース形なのに、なぜかサイズはとても小さい「子供用?」とさえ思われる愛らしい大きさ。持ち主のムッシュウの話では、「たぶん社交界にデビューしたての本当に若いマドモアゼルがしたのかも。」とのこと。その言葉共に、着飾った若いマドモアゼルの姿を思い浮かべてしまい、広がったイマジネーションと一緒にお持ち帰り。

 気が付くともう夕方。結局今日も朝から夕方までしっかりお仕事。昨日と同様、帰り着いた私のiPhoneの万歩計アプリの数字は1万2千歩あまり。時差ボケと疲労でそのままベッドへ直行してしまった。

ご近所のアール・ヌーボー風内装のレストラン。いつも前を通るのですが、いまだ足を踏み入れたことはなく…。今回は短い買付け日程のため、ディナーに出掛ける時間は無く残念。


こちらもご近所の劇場、夕暮れのオデオン座。必死に買付けしているうちにあっという間に夜になってしまいます。


今回はいつものホテルが満室のため、同じカルティエの別のホテルに滞在。ちょっぴりお洒落なエントランス。


***買付け日記は後編へと続きます。***