〜後 編〜

■12月某日 曇り
 買付けも半ばを過ぎ、「DMの画像にはこれを使おう!」とか、「これとこれを一緒にディスプレイしたら可愛い!」とか、だいぶ形になってきた。今日もまた別のアポイント先へ。私達が密かに「アンティークのデパート」と呼んでいるマダムの所へ。なにぶん膨大な在庫を持つマダムのこと、半日仕事になることは間違いない。今日は早朝からの仕事ではないため、ようやくキャフェでゆっくり朝食を食べ、余裕を持って出掛ける。

 マダムはガラス越しに私の顔を見てにっこり。まるで倉庫のような場所で、自分専用のスーパーのカートを持たされ、リボンや素材、お花、そしてハギレ、とにかく膨大な数の在庫を一点一点チェックし、気に入った物をカードの中に放り込んでいく。いつもだったら河村と一緒に手分けしてチェックしていくのだが、今回は私ひとり。遙か向こうまで並んだ在庫を見渡しながらため息。在庫は膨大でも、選ぶものは決して沢山ある訳ではないのだ。

 そんな中、遠くからマダムが私を手招きする。「何?何?」と行ってみると、大きな段ボールからシルク生地を取り出して見せた。しばらく前、やり手のマダムはリボン工場の膨大なストックを買い取って、その時は様々なリボンに溢れていたけれど、今回はどうやらシルク工場の在庫を買い取ったらしい。私が好きそうな可愛らしい柄の織り生地を取り出して「どう?」と見せる。が、わざわざマダムがすすめるだけあって、もの凄く高い!私が日本語で「可愛い…。」と呟くと、その意味を知っているマダムも私の横で"Kawaii"と復唱する。(笑)結局おすすめの生地はいただかなかったけれど、今日も長い時間を掛けてソーイングの素材ばかりをチョイスした。

 今日のもう一軒は、様々なアイテムのデッドストックを手広く扱うディーラー。「工場の倉庫ごとトラック数台で仕入れる。」というスケールのここは、何か足りない部品があったりする時に便利。例えば、ステイショナリーセットの中のペン軸のペン先が足りない時とか、ここへ行けば様々なデッドストックのペン先の中からぴったりの物を選ぶことが出来る。今日の目的は、ロンドンで仕入れたトワレットセットの香水瓶のゴムのバルブ。アンティークの香水瓶の中でも、劣化しやすいゴムは、その部分だけ状態が悪いことが多い。デッドストックのバルブと取り替えようと、今日も香水瓶だけを梱包して持ち歩き、あちらこちらで物色してみたのだが、結局ここにたどり着いたのだ。
 着くやいなや、「ねぇ、香水瓶のバルブってある?」と尋ねてみたのだが、「前はあったんだけどね〜。」という返事が返ってきてしまった。「どうしたものかね。」と相談すると「やっぱり専門店じゃないの?」という返事。「やっぱりあそこへ行くしかないかしら?」と私。「そうだね〜。」と彼女。あそことはパリ市内にあるアンティークの香水瓶専門店。月曜日の今日はお休みのため、買付けの最終日の明後日に行くことに。

 他にも何軒か立ち寄ると今日もあっという間に夕方。今晩は、やはり買付けに来ている同業のクロテッドクリームの片山嬢と夕食を共にするため、夕方メールで連絡することになっている。約束の時間に間に合うようにパリの街を縦断するバスに乗り、ホテルへと帰って行ったのだが…。いつもだったら一時間もあればホテルに着くのだが、どうも事故渋滞に巻き込まれたらしい、バスはまったく動かなくなってしまった。一時間半も乗っていても、まだ中間地点。連絡を入れる約束の時間が迫っているのに、時間ばかりが過ぎ、バスは動く気配がない。「もうダメだ!これに乗ってたら一生着かない。」とバスを降りた場所はパリの真ん中にあるレ・アール。メトロに乗ろうと、レ・アールのショッピングモールに入ると、そこはwifiがフリーで使える奇跡のホットスポット。大急ぎで携帯を取り出し、ショッピングモールの柱に寄りかかりMMSでメールを送る。片山嬢からはすぐに返事が来てほっとする。昔だったらあり得ないこと。あぁ、本当に文明ってありがたい。

 メトロでホテルに戻り、ひと息入れて、早めに出掛ける。今晩は片山嬢の滞在しているプラス・ディ・タリーでベトナム料理を食べるのだ。メトロに乗る前に明日の朝食用のヨーグルトと日本でいつも飲んでいる紅茶を調達しに近くのスーパーへ。夕方のスーパーは凄い人混み。覚悟はしていたとはいえ、レジの長蛇の列に気がくじけそうになる。スーパーのレジ係はやる気のない仕事振り、ここは日本ではないのだ。でも、まだ時間は20分近く余裕がある。意を決して列に居並ぶと…
 やっとレジが見えてきた頃、私の二人前にいたマダムが、「ここに入れて。」と横入りした少し頭のおかしい(と思われる)年配のマダムを、「これ以上かかわりたくない。」という感じで自分の前に入れてしまったのだ。年配のマダムは明らかに普通ではない感じ。フランスにはなぜかそういうマダムやムッシュウがゴロゴロいる。バスやメトロでアル中のご仁と隣り合わせになり、彼、彼女たちがずっと「頭の中の誰か」と一人でぶつぶつ話していることなど、けっして珍しくない。(そんな時、周囲の人々は隣り合わせになった私を密かに憐憫の眼差しで見ていることを私は知っている。)絶対自分では運べないであろう量の食料を巨大なカートに山と積み(フランスのカートは日本のカートの優に3倍ぐらいの容量がある。)、レジを通ろうとしている。何しろ凄い量の食料なので、レジの機械を通すだけで大変な手間。フランスのスーパーは、レジの前のベルトコンベヤーに購入する商品を置くと、それをレジのオペレーターのマダムが操作して商品が前に進んでいく仕組み。でも、のせた物が多すぎて、コンベヤーが動く度に商品がバラバラと落ちていき、それを周りの皆が拾って積み上げる。
 なんとかレジの機械に膨大な量の食料が通ったと思ったら…頭のおかしいマダムは三つも四つも持ったバッグのあちこちからクチャクチャになったお金を取りだし始めた。思わず「最初から用意しておけよ!」と心の中で叫ぶ私。たぶん元々レジを通した分のお金を持っていなかったのだろう、頭のおかしいマダムは、まだバッグをひっくり返しゴソゴソ。私の順番が回ってくるには彼女の他にあとふたり。今日はそこで時間切れ。「もう無理!!」と私は持っていた買い物カゴをその場に置いてスーパーを出た。

 その後片山嬢と合流した私は「フランスって、もうシンジラレナ〜イ!」とブチまけつつ、ふたりでベトナム料理に舌鼓をうち、ボジョレー・ヌーボーを空けたのだった。 

 オデオンにあるポーランドの書籍の専門店。このお城のデコレーションが東欧のクリスマスの飾りだとか。何とも幻想的です。


 カラフルなクリスマスのウィンドウが楽しいSABREでは、我が家で使っているワインレッドハンドルのカトラリーを買い足しに。


 善良そうな顔の熊の編みぐるみはご近所の子供服のお店のウィンドウで。フランスは子供服もお洒落です。

■12月某日 曇り
 買付けもあと二日、そろそろ佳境になってきた。外に出ると今日も頭にキーンとくる寒さ。今日は一日掛けてアポイント先で商品を選ぶことになっている。まず、出掛けにデパートの香水売り場に立ち寄り、例の劣化した香水瓶のバルブに取り替えられるような物が無いか物色。バルブだけ売っていなくても、現行品の香水瓶のバルブと付け替えられないかと思ったのだが、それらしい物は無い。ここにもわざわざ梱包した香水瓶を持って来たのだが、今日もはずれだった。
 私の大切なビジネスパートナーでもある彼女の所にいざ出陣!日本から連絡をした際に、「あなたのために色々取ってあるから!」というありがたい言葉を貰っている。果たして今日の成果はいかに?

 まずは挨拶を交わし、最初はじっくり世間話を。彼女と話をしながらも、何か良い物が無いかと周囲にキョロキョロと目を這わす。そんな私を他所に、彼女は「これよ!」と、どっさり荷物が入った袋を出してくれた。袋の中には、様々なレースやホワイトワーク、生地、リボン、モチーフ、沢山の素材が入っていて、それを一点一点チェックしていく。ちゃんと私のお好みを知り抜いた彼女が、私のために事前にセレクトしておいてくれただけあって、膨大な素材の海から拾い上げるのではなく、手に取るどれもが納得の出来る質と状態。本当にありがたい。

 ランチを挟んで午前中から夕方まで買付けは続く。彼女は「ほら、こんなハンカチもあるのよ!」と出してくれたのはハンカチの束。その中からポワンドガーズとホワイトワークのハンカチの二枚を。薔薇模様のポワンドガーズはエレガントで、王冠の紋章付きのホワイトワークは状態も良くリーズナブルなお値段。迷わずこの二枚を他の商品と一緒に「仕入れる」の方に。

 今日来る私のために、彼女が仕入れてお洗濯をして準備をしてくれていた物の中に可愛いアイリッシュクロシェのベビージャケットを発見!ポロンポロンが沢山付いた可愛いベビージャケット、思わず「う〜、可愛い!」と唸る私。あちこちをひっくり返し状態をチェック。それにしても可愛い。これも「仕入れる」の方向で。

 古典的なトワル・ド・ジュイもこの袋の中から。牧歌的な男女を描いた模様やエンジェルのブルーとグレイのこの生地はとてもクラシックな雰囲気、味わいがあって古い感じがとても素敵だ。他にもシルクの織り生地やら可愛いピンクのタフタやらも出てくる。昨今、仕入れたいような良い生地はいくら探してもなかなか出てこないので、今回はラッキーな買付けだ。
 ホワイトワークの束の中からも、いくつかのボーダーを選ぶ。私が手刺繍のホワイトワークが好みだと知ってから、必ずいくつか良い物を取り置いてくれるのだ。

 沢山の商品をじっくり選ぶので、今日もあっという間に夕方。ここへ来る前には、この後も他所へ仕入れに回ろうと予定していたのだが、結局毎度一日仕事になってしまう。仕事が終った後は、よくよくお礼を言って、商品が沢山入った袋を担いで帰還。

 ここMEERTは1761年創業、フランスの北の街リールの老舗のお菓子屋さん。パリに出来たのはまだ最近のことです。いつもはもっとクラシックなボックスがディスプレイされているのですが、ノエルの時期はいつもより華やかです。


 毎度楽しみにしているバレエ用品の専門店Repettoのウィンドウ。今シーズンはアンティーク思わせるチュチュが飾られていました。


 いつも目にする薔薇の専門店au nom de la roseの店先。冬の冷たい空気の中で薔薇のお花がひときわ目に鮮やかです。


■12月某日 曇り
 買付け最後の日。今日は夜のフライトで日本に帰る。最後まで時差ボケが治らず、フランスにいても日本時間で生活していた私は、今朝も午前4時に起きてしまった。午前6時前までは大人しくベッドに入っていたが、そろそろと起き出して荷物の梱包を。実は、昨日の買付け先のマダムに、19世紀のドレス展がオルセー美術館で開催中であることを聞き、朝一番でオルセーに行くことに。今まで買付けた品物はすべてそのままホテルの部屋のクローゼットにしまった状態だったので、すべてベッドの上に広げ、梱包していく。うちはありがたいことに大きな割れ物が無いので1時間もあれば梱包出来るのだが、これが食器を扱うディーラーだったら大変!皆一日か二日、「梱包の日」が買付けスケジュールに組み込まれている。いつもは寒さに震えていたホテルの部屋で汗だくで梱包。

 オルセー美術館は午前9時半オープン。昼間に行くと長蛇の列で入場するだけでも大変なので、朝イチで出掛けたいところ。梱包した荷物をスーツケースふたつに入れ、自分の衣類はどうなっても良いナイロンバッグへ。大きな荷物三つをなんとかレセプションまで降ろし、夕方まで預かって貰う。ホテルを出て84番のバスでオルセー美術館へ。このバスに乗ればオルセー美術館やマドレーヌまで行くことが出来て便利、バスも使い慣れるとメトロよりずっと楽だったりするのだ。
 たどり着いたオルセー美術館は拍子抜けするほどの人の少なさ。流石に朝イチだけあって、あっという間に館内に入り、すぐさまチケットを買うことが出来た。クロークで荷物を預け、いざ行かん、ドレス展へ!

 このオルセー美術館のドレス展"L'impressionnisme et la mode(印象派とモード)"展は、今まで何度かフランスで見たドレス展とは違い、印象派の絵画とその題材になったドレスを組み合わせた展示。実際に描かれたドレスそのものが絵の横に展示されていたり、描かれた物とほぼ同じ雰囲気のドレスが展示されていたり、とても興味深い。同時代のモード・イリュストレも沢山資料として展示されているし、その時代の肖像写真からは実際にドレスを身に着けた様子を見ることが出来る。
 特に面白かったのが、同じ衣装なのに、描いた作家も描かれた人物も違う二つの絵画が隣り合わせに飾られていたことだ。どうやらこの時代も「貸衣装」といいう物が存在したらしい。」そしてもうひとつ、興味深かったのが、私達が在庫で持っているL-69-24ホワイトワークスカートとほとんど同じ物が上衣と一緒に飾られていたことだ。こちらのスカート(スカートというよりもフランス語でジュップという方がそのf雰囲気をよく表しているのだが。)、大きなフープの上に着せかけてあって、「やっぱりこれはフープの上に着けた物だったのね。」と実際に着付けが分かりちょっぴり感動。他にも帽子店を思わせる展示などは、その時代に紛れ込んだ気持ちがして楽しい。本当に、「行きたいところは19世紀!」なのだ。

オルセー美術館は1900年のパリ万博の折、建設された旧オルレアン鉄道の駅舎跡。この大時計もデコラティヴで本当に素敵!オルセー美術館を訪れたのはなんと20年振りこと。今回はドレス展だけを見て美術館をあとにしましたが、次回はゆっくり印象派の絵画を鑑賞したいです。

 オルセー美術館の次にRER(郊外高速鉄道)とバスを乗り継いで訪れたのはアンティークの香水瓶の専門店。今日こそゴムのバルブを交換して帰国したいところだ。訪れた先は以前訪れたことがある専門店、専門店なだけ置いてある香水瓶はどれも高価で私達が仕入れる訳にはいかないが、「ここならバルブの交換が出来そう。」と踏んでやって来たのだ。お店がオープンするのと同時に店内に足を踏み入れ、ガサゴソとバッグから香水瓶を出し、貫禄たっぷりなマダムに持って来た香水瓶を見せる。「オーララ。」とフランス人らしい反応のマダムはまず「いつまでフランスにいるの?」と質問。私が「今日帰ります。」と大人しく答えると、「今日!?今日はまずいわ。今日はとっても忙しいのよ!」と渋い表情。どうやら日にちがあればここで修理がOKということらしい。私が店内で売っていた現行品の香水瓶を指し、「現行品の香水瓶のバルブとの交換でも良いです。」と下手に出たのだが、こちらはネジの大きさが違ってまったくダメらしい。困惑した私の表情に、諦めの境地のマダムは「分かった!やっておくから昼休みが始まる1時前に戻ってきて。」と命令。(フランス人にとってお昼休みは神聖なもの。昼食中に訪れて、「今食事中だから!」と物を売って貰えないことも珍しくない。)お客の立場なのに命令されるのもどうかと思うがここはフランス、これがこの国のありようなのだ。私はそのままお店の外へ。
 フランス人が「やっておくから。」と言って、その時間まで仕上がっていることは非常に稀。不安な気持ちのまま1時間半も寒空の下、近所をウロウロ歩き回ることに。

 再びお店に戻ってきたのは午後1時15分前。マダムはVIPのお客さんを接客中。私は接客の邪魔にならないように、お店の中をひっそり行き来する。一応、私の姿を認めたマダムは奥のドアを開けて、ムッシュウに「もう出来た?」と聞いてくれたのだが、ムッシュウはまだまだ作業中。が、普段フランスのお店は何か買う気が無ければ足を踏み入れることが出来ないため、店内全てを思う存分じっくり見るのにこんな良い機会はない。VIPのお客さんは高価な香水瓶を手に入れたのか上機嫌で帰って行き、マダムはやっと私に向って「もう少し待ってて。」と一瞥をくれた。

 しばらくして奥のドアから、私の香水瓶を手に出てきたムッシュウは、「何とか出来たよ!普段は一日アルコールに浸けて修理するんだけど、今日は1時間浸けてクリーニングしたよ。」とにこやか。どうやらバルブの取り替えだけでなく、実際に使えるように中身までクリーニングしてくれたらしい。劣化したバルブは可愛いピンク色のアンティークのデッドストックのバルブに付け替えられ、そして私に見えるように香水瓶から中のアルコールをシュパ〜と吹き出した。きちんと時間通りに修理が済み、しかも思いがけず実際に使えるようになって私は大感激!「ミラクルだわ〜!!」「あなた達ってスペシャリストね〜!」と大げさなほど褒め称えてしまった。修理代はけっして安くはないけれど、思いの外良い結果にウキウキしながら店を出た。

 すべてひとりで判断する今回の買付けもそろそろ終わりが近づいてきた。ただただ寒かった買付けだけど、なんとか持ち越えた感じ。「人間の身体ってどうにかなるものなのね。次回は必ずダウンのロングコート持参で来よう!」と堅く心に決めたのだった。今度はまた河村と一緒にワイワイガヤガヤ言いながら買付けに来たい。

 ひとりお昼ご飯のバゲットサンド(たまたま夕べ手を付けなかったバゲットサンドをそのまま持ち歩いていたため、キャフェにも入れず。涙)を頬張りつつひたすら待っていた公園。何はともわれ寒かったです。


***今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。***