〜前 編〜

■6月某日 晴れ
 買付け第一日目。時差ボケのため目覚めたのは午前5時、まだ外は暗いし、なによりそんな時間に起きても仕方がないので、ひたすら再度眠るよう努力する。
 それでもベッドから出たのは午前7時。普段朝が弱い私なのに、買付けにやって来ると時差ボケとアドレナリン出まくり(?)で、突然早起きになるのだ。今日はアポイントを入れてあるディーラーを訪ねる日。今日はたぶんほぼそこで過ごすことになりそうだ。

 朝イチで訪れたそこは、いつもお世話になっているアンティークディーラー。「お元気だった?」とお互いに賑やかに挨拶をし、今日も商談が始まる。私のために持って来てくれたという大きな袋から様々な物が出てくる。
 私好みの様々なアイテムをセレクトしておいてくれた彼女、私の大切なブレインのひとりだ。今日も出てきたのは、ロココやレース、ホワイトワークなどの刺繍アイテム。そして、いつも「シルクの布!布!」と無意識に繰り返す私のために持って来てくれたのは、彼女のコレクションだったという18世紀のシルク。一緒に同時代のロココも。とても200年前の物とは思えないエクレセントなコンディション、最近こうしたシルク生地は本当に皆無。高価だが背に腹は替えられない。

 「レースも見るわよね。」と言われて出てきたのはホワイトワークやガーズのハンカチ。特にポワンドガーズのハンカチは、今までに見たことのない珍しいパターンだ。他にも頼んでおいたタティングレースのアイテムも色々出てきた。けっして沢山ある訳では無いタティングレースがまとまって出てくるのは嬉しい。
 お昼を挟んでじっくり選び、今日も夕方近くまで。終わり近くなって目に入ったのは大振りなシャンティイのショール。「こういうの欲しかった!」最後にそれを選んで今日は終了。

 一旦ホテルへ荷物を置きに戻り、パリ市内のフェアへ。これが、思いがけず良い物が集まったフェアで、見知ったアンティークディーラーもいっぱい!あちらこちらで挨拶をしながら、でも商品のチェックも緩めない。
 そんな中、あまりにも美しいブースを発見。置いてある物すべての調和が取れ、どれも類い稀な審美眼で選ばれた事が分かる。うっとりしながらケースの中を凝視していると、どこからともなく“Bonjour!”の声。なるほど見知ったマダムだった。ノルマンディーに住んでいる彼女、この小規模なパリのフェアにも出ていたのだ。
 どれも美しいがどれもとびきり高価なのを知っている私達。今日は眺めるだけでお礼を言ってあとにする。それにしても、彼女の商品を見ながら思ったのは、審美眼がいかに大切かということ。そして、それを貫き通す彼女の意思の強さに敬服した。

 もうひと方、なにやらブースに華やかな雰囲気が漂っていると思ったら、こちらも見知ったディーラー。やはりノルマンディーからやって来る彼も、ジュエリーから女性物の小物、様々な美しい物を揃えていて、さしずめアンティークのセレクトショップの雰囲気だ。そのセンスの良さ、審美眼の確かさは、先ほどのマダムと同様、尊敬するディーラーのひとりだ。

 大規模なフェアでは、いつも沢山の人々の接客で大忙しのムッシュウ、でも今日は私達のお相手をしてくれて嬉しい。たまたま私が今日着けていたアンティークのリングやペンダントを褒めながら、色々な説明をしてくれる。物腰が柔らかく、常にエレガントな彼は私達の憧れ。その彼から直々に接客して貰うことが出来、すっかり満足。今回彼から譲って貰ったのはローズカットのダイヤやサファイヤがセットされたクラウンのブローチと同じくダイヤとルビーのはまったロケット。丁寧に接客され、自分達もこうした態度の接客が大切だなぁ、と強く思ったのだった。

 帰りがけ、「あれ!このレース…。」と立ち止まったのは、旧知のレースディーラーのブース。以前、よくフェアで会ったり、ホテルまで商品を持って商談に来て貰っていたが、ここ何年か会っていなかったのだ。「私達のこと覚えてる?」と尋ねる私に最初は戸惑っていたムッシュウだったが、すぐに思い出してくれ、再び挨拶を。私が「アランソンは?バンシュは?ヴーニーズは?」と矢継ぎ早に聞くと、明日持って来てくれると言う。「じゃ,明日ね。」と明日に期待して今日はあっさりお別れ。欲しい物がでてくるか、それが自分達の手に入れられる金額であるのか、期待と不安がいりまじる。

 今回は常宿のホテルが満室のため、途中で宿替え。まずはパリで一番長い通り、Rue de Vaugirardのホテルに落ち着きました。


 パリらしいもののひとつ、アール・ヌーボーの建築家ギマール作ののメトロの入口。もっともこれはリプロダクションだと思いますが。私はいつもこれを見る度に「あ、カマキリ!」と思います。


 ここはいつも滞在しているエリアにあるお人形屋さん。パリ市内にあるお人形屋さんは本当に少なくなりました。ここもアポイントのみ。普段はずっと閉ったままです。

■6月某日 晴れ
 買付け第二日目。今日も時差ボケで、午前4時過ぎに目が覚めてしまう。しかも、昨日のフェアで目にしたアンティークが万華鏡のように頭の中に散らつく夢を見ながら。眠りながらも、気になっていたものの昨日は手に入れなかったアイテムを頭に浮かべながら考え込んでいた気がする。寝ている時も仕事をしているような感覚だ。目が覚めても、ちょっぴり疲労感。だが、今日はホテルの引越のため、バタバタと荷物をまとめ、レセプションに預けてチェックアウト。

 今日は早朝より買付け、バスに乗って出掛ける。今日も何軒かアポイントあり。果たしてどのような物が出てくるのか…?
 だが、期待を裏切りめぼしい物に出会うことが出来ない。「あの頃はあんな物もあった。こんな物もあった。」と、10年以上前を懐かしく思い出す。ようやくみつけたのは、ひっそり隠すように置いてあった三段になったカルトナージュ。階段状に開くボックスだ。

 アポイントを入れていた彼女のところへ赴くと、私達の訪れを待っていてくれ、私用のボックスを出してくれた。私のために気に入りそうな物を入れて持って来てくれたそのボックスからは、ロココやモチーフ、シルクベルベットを張ったジュエリーボックス。ジュエリーボックスは鍵が付いている点もポイントだ。

 そしていつものマダムのところで大判のシルクの織り生地を。マダムはまるで「一見さんお断り」とでもいうように、入口に木の棒を渡して誰もが入って来れないようにしているのだが、私達の顔を見ると満面の笑顔。「さあ、入って!見て!見て!」と調子が良い。フランスのアンティークディーラーは皆最初はつれないのだが、何度も何度もと顔を合わせいるうちに、すっかりお馴染みになり、大事にして貰えることが多い。そんな点も、最初からフレンドリーなイギリスのディーラー達とは正反対で興味深い。
 今回譲って貰ったシルク生地も、元々はカーテンだった物で、マダムはまとめて売りたかった様子だったが、私の「一枚だけ欲しいの。」という願いを叶えてくれ(とはいっても、一枚だけでもたいそうな大きさ。)、一枚一枚広げるのを手伝ってくれ、一番状態の良い物を選ばせてくれた。

 一旦仕事を終え、昨日も足を運んだフェアへ。昨日会ったレースディーラーが、自宅から新たなレースを持って来てくれることになっていたのだ。

 早速彼のブースに行くと、先客の初老のマダムがどっしり座り、物色の最中。自宅から持って来てくれた薄紙に包まれたレースをひとつひとつ開けていくのだが、こちらが期待した物についてはいまひとつピンと来る物がない。唯一、メヘレンの鹿柄、ボビンレースの鳥柄のハンカチが。動物の柄のレースは頻繁にある訳ではない。動物柄の物は見ているだけでこちらも楽しくなってくるのだ。
 昨日気になっていたレースをもう一度見たいとムッシュウに言うと、「それはこちらのマダムが…。」と困った顔。「物凄くどうしても欲しい!」というほどでは無かったにしろ、目の前でさらわれていくのは、面白くない。「今回は縁が無かったんた。」とそうそうに退散。それにしても、やはり気になるのはあのハンカチだ。そのハンカチとは…。

 次の場所に移り、いつもレースを譲って貰うマダムの元へ。私と河村のふたりとも、ほぼ強要するように抱きしめられ、ビズーをした後、いつもとは違ってマダムから「新しいストックが入っているから、まずはリボンを見ろ。」とリボンの箱をあてがわれた。「どうしてリボンから?」て不審に思いながら見るのだが、案の定気に入る物はない。

 渋々といった感じでレースを出してくれたマダムだったが、数も少なく、今回選べる物は皆無。どうやらずっとバカンスに出掛けていて、仕事をしていなかった様子。以前だったら、私達が何も選ぶ物がないと、ご機嫌斜めになってしまったものだったが、今回はマダムも「仕方が無い。」と自覚している様子。それでも、アポイントを入れてあった手前、「何も買えなくてごめんなさいね。」と、マダムに言ってお別れした。

 私達が「綺麗な物を持っているお姉さん」と呼んでいるマダム(たぶん私達より少し年上なだけで、けっして「お姉さん」という年齢ではないのだが。)のところに寄るのはいつもわくわくする。毎回買える物がある訳ではないのだが、ジュエリーだったり、グラスだったり、アイボリーの小物だったり、何かしら目を見張る物があるからだ。
 ところが、こちらも今日は思いのほかガラスケースの中が空いていて、めぼしい物が無い。「あら〜、今日はダメみたい。」と心をよぎったその時、河村が背伸びをして棚の上にチラリと見えたピンク色の物を下ろしてみると…それは素晴らしく状態の良いシルクサテンのボックス。周りにはふわりとシルクシフォンのデコレーション。こんな状態の良いシルクボックスは昨今見たことが無いし、シルバーや陶器、グラスなど、いわゆる「硬い物」を専門にしている彼女から出てくるなんて、思いもよらなかった。彼女もそうした私達の気持ちを察したのか、「これは私の範囲外なのだけど…。」と少し恥ずかし気。とはいっても、物に見合って非常に高価。そして中からは様々なレースが。中のレースも興味深い物ばかり。たぶん彼女はオークションでまとめて落としてしまったのだろう。「お願いだからみんな持って行って。」と哀願されて、まとめていただいた。

 私達が「アンティークのデパート」と呼んでいる膨大な在庫を所有するマダムのところへ。実は、前回の買付けでは、彼女が仕入れたばかり、リボンの工場から出てきた大量のリボン見本を見せて貰ったのだが、私達は買付け最終日で既に必要な物を揃えた後。思う存分仕入れる事が出来ず、後ろ髪を引かれる思いで帰って来たのだ。今回も働き者のマダムは私達の訪れを手ぐすねひいて待っていて、 私が「前回のリボンを…。」と頼むと、大量のリボンが入った巨大なボックスがいくつも運ばれてきた。

 いったいいくつのリボンを見ただろう。大量にあっても、その中から気に入ったものを見つけるまでが大騒動。河村とリボンの束をかき分け、次から次へとボックスを運んで貰い、そして何よりあまりにも高価なため、沢山出した候補の中から身を切られる思いで厳選する。バラのブーケ模様の広幅のほぐし織りを探し当てては「なんて美しい!」、細幅のお花の柄織りのリボンを見つけては「なんて素敵な!」と、河村と感嘆の声をあげる。
 リボンと格闘すること一時間以上。「今回はこれ!」と、厳選したリボンと共にマダムのところを後にした。

 朝チェックアウトしたホテルに戻り、別のホテルに歩いてお引越し。私はふたつのスーツケースをゴロゴロ、河村はひとつのスーツケースと巨大なバッグを。たどり着いた先はいつものホテル。レセプションのムッシュウに「元気?」とにっこりされて、とてもほっとしたのだった。

 Pivoineピヴォワンヌ(芍薬)は私も大好き!パリでは、右側のブーケのように、芍薬と薔薇の組み合わせもよく目にします。左側の大きなブーケは50ユーロ。ちょっぴり高いかな?


 パリといえばやっぱりパティスリー!みんながウィンドウのお菓子をじっと眺めている姿もよく目にします。どれも気になりますが、右側のハート形のケーキが魅力的です。


 フランスは日曜日にはスーパーもお休み。買い物をし忘れて「しまった!」と思うこともしばしば。そんな時の心強い味方がこちら、何でも売っているコンビニ代わりの小さな食料品店。たいていがモロッコかチュニジアからの移民が経営しています。ここのおじさんとはすっかり顔馴染みです。


 ホテルの近所、いつも見るのを楽しみにしているカラフルなSABREのウィンドウも夏バージョン。青林檎が効果的ですね。

■6月某日 晴れ
 朝イチで出掛けた先、それは昨日も一昨日も出掛けたフェア会場。一昨日見た、いや正確には値段だけ聞いたホワイトワークのハンカチが寝ても醒めても忘れられず、どうしても自分の物にしたくなったのだ。
 実はそのハンカチ、以前にも別なフェアの会場でも目にしたことがある。それは持ち主のマダムの看板商品らしく、「どう?素敵でしょ?素晴らしいでしょ?」と、これ見よがしにディスプレイしてあったのだが、その時もお値段だけ聞いてがっくり諦めた記憶がある。「でも円高の今ならなんとかなるかもしれない!」そんな思いで河村を説得し、マダムの元に向かったのだ。

 フェアのオープン時間が過ぎ、どのブースも開いているというのに、マダムのブースだけはいまだクローズ。あてどもなく会場をグルグル回った。しばらく経った後、マダムのブースに戻ると、オープン時間を大幅に過ぎた頃に御大、いやマダム登場。あくまでも愛想の良いマダムは、彼女のブースめがけて一直線で来た私達に、「何かご覧になる?」とにこやか。早速ホワイトワークのハンカチを出して貰い、河村とよくよくチェックする。第一印象の通りニードルの細工が素晴らしい。それに加えて今までに見たこともない立派な紋章の刺繍。やはりこれは手に入れるしかない!河村も同じ気持ちになったらしく、二人揃って「買うしかない」モードに突入。そうなると、私よりも彼の方が決断が早い。早速マダムにじっくり値段交渉。普段、あまり値切ったりすることのない私達だが(無理に値切ったりしても、けっして自分達のためにはならないため。)、今回だけは別。円高とはいえ、マダムの言い値はあまりに高く、そのままではやはり無理。何とかマダムとの間に妥協点をみつけなければならない。

 いつもお客様と商品のお話をするように、マダムとハンカチについて話し合う。私が「こういうニードルの細工ものはやはりアランソンで作られたのかしら。」と尋ねると、「いいえ、そうとばかりとも限らないわ。当時こうしたホワイトワークはフランスのあちらこちらで作られたから。」というお返事。商品のことをお客様から聞かれるとがぜん嬉しくなってしまう私は、今日は逆の立場になってマダムに次々質問。最後に、「で、いくらになりますか?」と尋ねると、「う〜ん。」と困り顔で考え込むマダム。「こうしたハンカチをみつけるのは昨今とても難しくて。」「もうこんなハンカチは二度と出てこないわ。」というマダムの言葉に「そうだよね〜。」と頷く私。ようやくお互いの妥協点をみつけた私達三人。マダムは名残惜しそうに丁寧に薄紙でハンカチを包んでくれた。
 朝から大物を買付けどっと疲労し、一旦ホテルへ。買付けたばかりのハンカチを大切にホテルに持ち帰った。

 フェアの会場近くのマルシェでみつけた鉢植えの薔薇。花芯までギャザーの寄った大輪のお花がゴージャスです。きっと日本にはない品種でしょうね。


 薔薇の季節は薔薇の香りのトイレタリー。「薔薇園」なんて、いったいどのような香りがするのでしょう。フランスでこうしたフレグランス製品を見るとついつい買ってみたくなってしまいます。

 一度ホテルに帰った午後は、また再び買付けへ。いつも生地を譲って貰うマダムはテキスタイルのスペシャリスト。どうやっても生地をみつけられない時でも、彼女の所に行けば絶対に「何か」を仕入れられる困った時の神頼み的ディーラー。今日もにっこり挨拶した後、一応「触っていい?」と聞きながら沢山の生地を物色。あっちをひっくり返し、こっちをひっくり返し、そうこうしているうちに今日も出てきた!出てきた!出てきたのは、地模様のあるシルクの織り生地。シルク生地をみつけることが本当に難しくなってきた昨今、こうした生地が一枚でも出てくるのはありがたい。いつものように、彼女の在庫の中から一番良い生地を得られて嬉しい。

 知らず知らずほっと安堵の笑みを浮かべていた私に、マダムは「あなたは日本人よね?これは何と書いてあるのかしら?」と質問。それは日本か中国の物らしい大判の錦織。美しく豪華な織物はマダム自慢の品らしく壁いちめんに飾ってある。その一部をよく見ると墨で書かれた名前がずらりと書き記されている。どうやら日本の物で、どこかのお寺に奉納されたらしく、領主○○という姓名の後に姓のない○作だとか○兵衛などという名前が連なっている。奉納されたお寺の名前は読みにくく不鮮明。「お寺、え〜とフランス語でタンプルだっけ。領主はなんて言えばいいんだ?」と困惑しつつ、「この人がこの村のリーダーで、タンプルに贈ったものよ。」といい加減な説明。一生懸命お寺の名前を読んでマダムに伝えるも、日本語の発音に慣れていないマダムは困惑気味。
 でも、マダム自身は、中国の物ではなく日本の物だと分かっていたらしく、「素敵でしょ?」と自慢気。私が「これって19世紀の物かしら?」と尋ねると「いいえ、18世紀の物ね。」とお返事。そうか、確かに日本人の大部分が姓を名乗るようになったのは明治維新以降、戸籍が作られるようになった19世紀後期のことだから、この錦織はそれよりさらに前の物だ。
 日本から遙か遠い彼方の国で、こうした物が愛でられていることに何とも不思議な気持ち。が、私達が扱っている生地やレースも日本でお客様皆様が愛好して下さっているのだから、同じ事なのかもしれない。

 今日はお人形を扱うディーラー二軒からそれぞれ私好みのチョコレートボックスが。私自身が高価なお人形を仕入れることはないけれど、お人形のディーラーは男性も女性も繊細で可愛い物が好き。彼らも私の大切な仕入れ先だ。

 お気に入りの香水のブティックAnnick Goutalのショウウィンドウ。このブルーのボトルは何?新製品?“NUIT ETOILEE” のネーミングもロマンティックです。


 貴婦人の姿がフェミニン!こちらも香水のブティック。壁の紫色にボトルとボックスのグリーンの配色が素敵です。


 私のお気に入り、ご近所のポエジーなお花屋さんはいつも雰囲気のあるディスプレイ。今日はシルクのような風合いの淡いピンクの芍薬にスイトピー。

■6月某日 曇りのち雨
 一昨日のパリは30℃近くまで気温が上がり、「気分は真夏!」だったにもかかわらず、今日の最高気温は16℃、さらに明日の最低気温は6℃の予報。(泣)真夏から冬へ逆戻りしたような有様だ。

 パリで終日過ごす今日は買付けはなし。お店のガラスケースの中に敷く布を買うためにモンマルトル中腹にある生地屋街サン・ピエールへ。以前行ったときには、私ひとりの買付けのためひとりぼっちでこの界隈をウロウロしたのだが、今日は河村と一緒に。河村にとっては初めての生地屋街だ。

 目指すのは生地屋街の一番奥、DREYFUSへ。この生地屋街には沢山の布地屋が並んでいるのだが、以前ここで見た様々な色合のベルベット生地やシルク生地が気になり、今日はここへ一直線。DREYFUSは日本でいう5階建て、生地のデパートだ。今日は河村の発案で一番上の階まで上がり、上から降りてくることに。DREYFUSにはエスカレーターはない。前回来たときには階段で1階1階上っていったが、確かにエレベーターのサインがあるためエレベーターもあるはず。
 エレベーターは建物の一番奥、「へぇ、エレベーターもあったんだ。」と思いながら足を向けると、時代がかった木造の巨大エレベーターにびっくりさせられる。この建物はそのスタイルから1930年代頃に建てられたものだろうか、エレベーターに中にはエレベーターガールならぬエレベーターボーイが。奥野ビルのように手動で開けるエレベーターを操るのはまだ若いお兄さんだったが、彼の仕事はエレベーターを動かす事のみ。その前時代的なことにまたまたびっくりする。

 一番上の階には、リヨン織物美術館の収蔵品のコピーなどクラシックな織り生地が。シルク織物ではないものの、アンティークでそっくりな生地を見たことがある。そんな生地をひとつひとつ見て回るのも楽しい。ひととおり見た中で私達が選んだのは濃いボルドーのダマスク織り。大きな薔薇の花の地模様が織り出された巾が2m以上もある広巾の生地だ。フランスのインテリアファブリックはどれも広巾の物が多い。ということは、生地のロールを引っ張り出して運ぶのもひと苦労。ここでは生地を扱うのはすべてムッシュウ、これは「男の仕事」なのだ。でも、汗びっしょりで走り回っているムシュウをつかまえるのはひと苦労。フランスのお買い物にはよくありがちだが、まず、彼らの中の誰かつかまえて、生地を切って貰い、その生地と書いてもらったメモを持ってキャッシャーでお支払い。それでお買い物が完了。買うものが複数ある時には、それは大変。やれやれフランスのお買い物には苦労がつきものなのだ。生地を手に入れた後は、モンマルトルを降り、グランブールバールのパサージュでランチを。今日は普段なかなか出来ないパリで所用を片付ける日なのだ。 

 しばらく振りで訪れた19世紀初めに出来たパサージュ・デ・パノラマ。昔はアンティークのポストカードを売る店が並び、頻繁に買付けに訪れたものだったが、今では皆レストランに様変わり。何やら以前よりもずっと活気づいていて、時の流れを感じる。

 お昼に入ったのはこのパサージュの中のひとつ、RACINE。インターネットでレストランを探していたところ、ビオ(オーガニック)のワインと生ハムが美味しいビストロとして紹介されていたのだ。
 お店の中もパサージュと同じ19世紀そのままに、特に改装もされておらず、薄暗く、よく言えば歴史を感じさせる雰囲気、悪くいえばテーブルクロスも無くて非常に簡素。で、頼んだ料理は「今までにこんな美味しい野菜、フランスで食べたことがない!」と叫んだほど美味しい野菜たっぷりなメニュー。一緒に頼んだ赤のグラスワインも、時間と共にどんどん味が変化する不思議な美味しさ。おすすめの生ハムも、おすすめだけあって非常に美味。「美味い!」「美味い!」と散々ご機嫌で食べた後、お勘定を見てぶっ飛ぶことに。(笑)

 普段だったらお店に入る前に表のメニューを見て、お値段をチェックし、それからお店に足を踏み入れるのだが、今日はそのお店の構えからさほど高級なお店だと思わず気軽に入ったのだ。お昼のコース、アントレとプラの二品にそれぞれ赤ワインを一杯ずつ飲んで二人で105ユーロ。(日本円で約¥11,000)周囲のレストランのランチのお値段は十数ユーロ程度が相場なので、それは目を見張るほど高価。たぶんランチもディナーも同じ金額のお店だったのかも。お昼から思いがけずあまりに高価なランチをしてしまったことに、私も河村も美味しかった記憶などどこかに吹っ飛んでただただショックだった。
 そんな中、一番興味深かったのは、食後に2階の化粧室に行ったときのこと。お店の奥にある身体ひとつ分の巾しかない狭い木製の螺旋階段を登っていくのだが、もちろんこの階段もパサージュが建てられた19世紀からなんら変わってはいない。クルクルと狭い階段を登っていくうちに、まるで19世紀に向うタイムトンネルを登っているような錯覚を覚えた。

 今日はその後も、パリの街中でお店で使う様々な物を買い物。普段なかなかそうした時間が取れないだけに、有意義な一日だった。さぁ、明日はさらに寒いベルギーへ。

 すっかり変わってしまったパサージュ・デ・パノラマ。左上の看板と梁に掲げられた黒い看板、1830年に創業した由緒ある活版印刷の店“Stern Graveur”も、もう今はありません。


 グランブールヴァールを挟んでパサージュ・デ・パノラマの向かい側、パサージュ・ジュフロワの中のオテル・ショパンは好奇心で一度泊まってみたいホテルのひとつ。二つ星でリーズナブルです。


 パサージュ・ジュフロワに続くパサージュ・ヴェルドー。こちらも最近店子が様変わり。マダム達が覗いているのは、最近出来たばかりのアーティスティックなジュエリーショップのウィンドウ。洋の東西を問わず女性は綺麗な物が好きですね。


 パサージュ・ヴェルドーの中の刺繍専門店Le Bonheur des Damesのウィンドウはお菓子でいっぱい!ここ最近はマカロンがブームのようですね。


 お花を飾った素敵なキャフェ。暖かいときだったらこんなテラスでのんびりするのも良いですね。


***買付け日記は後編へと続きます。***