〜前 編〜

■2月某日 晴れ
 今日から買付け。名古屋から東京へ移った今、空港のある成田までは自宅から徒歩10分、箱崎のT-CATから空港行のリムジンに乗れば、その日乗る予定の航空会社のカウンター前まで行ってしまう。距離的には都内から成田空港までの方が遠いにもかかわらず、名古屋の自宅から中部国際空港へ行くよりもずっと便利だ。

 が、今回は長年使ってきた大韓航空に別れを告げANAでの初飛行。ということは、以前よりも出発時間が2時間程遅い8時半のリムジンで。だが知らなかったのだ!今までの出発時間だと成田空港まで約50分かかっていたものが、世の中がラッシュアワーになると80分かかってしまうことが。リムジンの乗り場で「成田空港まで80分」の表示を見て目を剥いた私達だった。
 ただ、実際かかったのは60分程。最初からドッキリして買付けの幕が開けた。

 無事チェックインを済ませ(今まで大韓航空では自動チェックインをしたことがなく、すべてカウンターでお任せだったため、ANAの荷物預けカウンターで、「チェックインは自分でしないとダメなの?」とゴネた挙句、結局自分達でやらされた。)、さっさとゲートに入り、免税店に何の用事もない私達は早々搭乗口の前のベンチで待っていると…私達を呼ぶアナウンスの声。「いったい何事?」とカウンターに向かうと、「本日はビジネスシートに空席があるため、アップグレードさせていただきます。」と慇懃に言われ、搭乗券を交換してくれた。初めてANAに乗るのになぜ?それとも初めてだから?以前、大韓航空に乗っていた際は、名古屋ーソウル間で度々アップグレードされたことがあるが、ヨーロッパ便のロングフライトでアップグレードされたのは記憶がない。あまりの嬉しさに思わず顔がにやけてしまう私達だった。

 流石日系の航空会社のビジネスシートは感動の嵐!大好きなシャンパンを浴びるように当てがわれ、「こんな美味しい機内食って初めて!」と昨年乗ったアエロフロートの何だか得体の知れない機内食との違いに驚きながら、フルフラットになるシートで身体を伸ばしつつフライトを堪能したのだった。今まで大韓航空のビジネスシートしか知らなかった私は、「世の中の飛行機って、こんなに進歩していたのね。」と、眼からウロコの思いだった。こんな美味しい思いをしてしまうと、今度エコノミーに乗るのが辛くなってしまう。

 さて、ロンドンに着陸したあたりから隣の河村がキョロキョロと不審な行動を始めた。怪訝な顔で「どうしたの?」と聞くと、「携帯電話が無い!」とのこと。成田のゲートの前で座っていたときに電源をオフにし、バッグのポケットに入れてた後、触っていないという。「え〜っ!?携帯電話無くした〜!?」と思い切り眉を吊り上げる私。親切なANAの乗務員に落とし物の連絡先を教えて貰い、その後何度かヨーロッパから成田に電話する羽目に。今回も波乱な幕開け?

■2月某日 晴れ
 買付け一日目。時差ボケで午前4時に目が覚めるも、ここで起きてしまうと一日エネルギーがもたないため(笑)、ベッドの中でじっとしている。前回のひとりでの買付けの折、気の早い私はあまりにも早い時間から出掛けて行って、疲れるばかりで仕事にならなかったことを思い出し、ここはじっと我慢。しかも、今日は朝早くからロンドン市内で仕事をした後、泊まっているアパートメントへ戻り、荷物をピックアップし、ユーロスターでパリへ向うという大移動も待っている。今回のスケジュールは途中ヴェネツィアでの休日を挟むため、かえって仕事中は気が抜けない。

 我慢の末ようやくアパートメントを出たのは午前6時過ぎ。帰った時に荷物を持ってすぐに出掛けられるよう、バタバタと荷物をまとめ出掛ける準備。それから河村は私の携帯電話を使って成田空港の落とし物センターに電話。昨日ロンドンに到着したときは既に日本は夜だったので…でも手がかりはなく、その後も何度か電話する羽目に。

 昨日到着した際にもびっくりしたのだが、昨日のロンドンの最高気温は14℃。こんなにも暑い(!)二月のロンドンは初めて。毎度この季節の買付けといえば、とにかく寒い思い出しかないので、沢山の衣類と共に「覚悟の買付け」という感じなのに、日本よりもずっと暖かいロンドンに少々気が抜ける思いだ。とはいえ、寒がりの私にはとてもありがたい。

 いつものように、まだ地下鉄が動いていない時間のため近くでタクシーを拾って出掛ける。毎度毎度、何度もしている行為なのに、タクシーに乗って仕入れに出掛ける前のドキドキした気持ちはいつも一緒。今日は何が手に入れられるか?

 一番初めに向った先はいつものジュエラー親子。私がよく仕入れるシールについて教えてくれたのはこの親子かもしれない。実際に言葉で教えて貰った訳ではないが、目で見て触ることが一番良く分かるのだ。彼女たちの沢山のシールの中から「一番良いものを!」と選ぶだけで、様々な事を学ぶことが出来るような気がする。今日もにっこり挨拶を済ませ、気になるアイテムをあれこれガラスケースから出して貰う。お馴染みの彼女たちのこと、嫌な顔ひとつせず出してくれるのがありがたい。今日は忘れな草と、オリーブの葉をくわえた鳥、そしてスプリットリングに付けられたペアをチョイス。もうひとつ、ウエディングリングを探していらっしゃるお客様にぴったりのダイヤのリングを発見!ダイヤのサイズも大きければ、ダイヤの輝きも上品で美しい。まだ完全に夜の明けていない薄暗い中、そのダイヤだけがキラキラと光った。

 いつも必ず立ち寄るソーイングツールを扱うマダムは、私の顔を見ると裏から新着商品の入ったボックスを出してきてくれた。私がそのボックスの中から選んだのは、マザーオブパールのタンブルフック。こういうタンブルフック、ずっと欲しくて探していたのだ!(ここ何年か、最近はなかなか完品が見つけられなかった。)しかもボックス入りで替え針も付いている。シルバーの細工も美しい。河村も、ボックスの中からアゲートのかぎ針を手にしている。こういう縞瑪瑙のハンドルの物も私のお気に入りアイテム。本当に昔のソーイングツールは美しいものが多い。

 顔馴染みの男性ジュエラーは、私の「新しいストックは?」という催促に、店頭に並んでいないニューストックが入ったタッパウェアをいくつも出してくれた。キッチンで使うお料理のストックを入れておくごく普通のタッパウェアなのに、彼のタッパウェアから出てくるのは高価なジュエリー!いくつものタッパを開けて河村と一緒にチェックしていく仕事は、ダイヤモンド鉱山の中からダイヤを探すようでいつもワクワクする。沢山の中から気に入った物がひとつでも出てこればラッキーなのだが、今日はいくつか私達の好みに合ったものが出てきた。ひとつはフランスのフェミニンなゴールドネックレス。薔薇の細工がフランスらしくて私達好み。もうひとつはあまりに繊細な粒金細工のペンダント、ペリドットとルビーの補色の色合わせも興味深い。その細工の細やかさに「これは絶対手に入れるべきでしょ!」

 ハートとリボンのシードパールの細工、ハート形のアメジストをセットした王道を行くデザインのペンダントを見つけた!が、そのペンダントの入っているガラスケースの主は留守。コーヒーを買いに行ってしまったのか、仕入れに行ってしまったのか、どこかに行ってしまった模様。持ち主のディーラーがいれば、すぐにガラスケースから出して見せて貰うのに、その本人はなかなか帰ってこない。私のお気に入りのデザインだけに、「誰かに先に買われてしまったら…。」と思うと気が気でいられない。仕方なく、後ろ髪を引かれる思いで次の場所へ。
 次の場所で他の物を見ている間も気になってしょうがない。しばらくして河村に様子を見に行って貰うと、しばらくして「マダムが帰ってきたよ!」と私を呼びに戻ってきた。行ってみると、なんのことはない良く見知った年配の女性ディーラー。「あら、あなただったの?」と挨拶もそこそこに見せて貰い状態をチェック。やっとの思いで手に入れた。やれやれ。

 今日アポイントを入れていたひとつ、レースのディーラーの元へ。今回、あらかじめリクエストを入れていたのはポワンドガーズのファン。彼らからは「ファンは2点あるから是非見て!」という連絡を貰っている。ただ、それとともに「最近は不況で、オークションでビットするのも大変。」とつぶやきともとれるメッセージも。「2点もあるならかなり希望が持てる。」そう思って来たのだが…。挨拶を交わし、実際に見せて貰うもひとつはあまりにもあっさりとしたレースの模様、もうひとつは素晴らしいレースなのに折れた骨数箇所に鉄のプレートが取り付けられた、まるで骨折の後のような痛々しい姿。「こういうレースで状態が良い物があればいいのに…。」と私達。見せてくれたマダムも私達の反応を予想していたようで、「ごめんなさい。どちらもいただけないわ。」と謝る私に、「気にしないで。気にしないで。」と明るく言ってくれる。
 だが、その代わりに素敵なアイテムを発見!マダムが「こういうの好きかと思って。」と薄紙から取り出してくれたのは、豪華なホワイトワークのハンカチ。わざわざ私達のために持って来てくれたのが嬉しい。そしてもうひとつ、19世紀に再現されたヴェネチアンのフォールキャップ。人によっては「コピー」なんていうけれど、そんな言葉は当時このレースを作った人々に失礼だと思う。違うのは年代と糸だけで、その作業は全く同じなのだから。

 もうひとり、必ず立ち寄るレースを扱うマダム。「いつも」という訳ではないのだが、ごくたまにとびきり素敵なレースを持っていることがあるので見逃せない。そうすると…今日も持ってた!ポワンドガーズのファンは彼女の所から出てきたのだ。薔薇の花びらがポケットになったポワンドローズ、マザーオブパールの質感も美しいエレガントなファンだ。マダムにガラスケースから出して貰い、ファンの表裏を、レースに傷みがないか、骨は折れていないか、ドキドキしながらじっくりチェック。私がしっかり広げたファンを手に持ち表側を、裏側の骨の部分を河村が。ふたりとも真剣だ。
 「大丈夫!どこも傷みがない。」良い物に出会えて本当に嬉しい。

 歩き続けること7時間近く、そろそろフィニッシュの時間が近づいてきた。これから一旦アパートメントに戻ってセント・パンクラス駅からユーロスターでパリへ向うのだ。長時間集中して物を選んだ後はまさしくフヌケ状態。(笑)帰りもまたタクシーのシートに身をゆだねフヌケのままセント・パンクラス駅へ。
 セント・パンクラス駅のラウンジでいつものように河村と「お疲れ様!」とワインで乾杯。さぁ、次はパリでの買付けが待っている。

 いつも滞在しているチェルシーの街並み。ここへやって来ると、毎回親戚の家を訪ねたような、そんな気がします。


 魅力的なミントグリーンに塗られた玄関ドア。「いつの日かドアの向こう側に入ってみたい。」いつもそんな思いで眺めています。

 パリに到着したのは夕刻。いつものホテルでレセプションのムッシュウにニッコリ笑顔で迎えられ、すぐに足を運んだいつものキャフェで顔馴染みのギャルソンに「あれ?あなたとそんなに親しかったっけ?」と思いながらビズーを強要され(笑)、フランスに来たことを実感した。

 ギリシャの神殿を思わせる夕刻のオデオン座。6区にある私達のホテルはここのすぐお隣です。


 最近出来たオデオン広場に面したお花屋さん。ここは日本の生け花を思わせるアレンジが特徴です。フランスらしいシックなお花のセレクトです。

■2月某日 晴れ
 パリの朝はロンドンほど早くはない。(本当にイギリスのアンティークフェアときたら、「午前5時スタート!」なんてザラなのだ。)とはいうものの、午前8時にはホテルを出でバスに乗って仕入れに向かう。

 まず最初に目についたのはベルベット張りのジュエリーボックス。こういうジュエリーボックスも、状態の良い物を見なくなって久しい。最近出てくる物ときたら、ベルベットが擦り切れてハゲハゲになり、元の雰囲気を留めていない物ばかり。それでも出てこればまだ良い方だ。だから、今日も目に留めた時には、さほど期待しなかったのだが…。一応、手に取って見せて貰うと稀にみる状態の良さ!しかも、なぜかずっしり重い。「おかしい。どうしてこんなに重いのかしら?」と手に持ったままあちこちをチェックしていると、底にネジが!実はこれオルゴールだったのだ。見せてくれたマドモアゼルの許しを得てネジを巻いてみるとカランコロンとオルゴールが鳴るではないか!おぉ、19世紀の音色!表側の状態も良く、しかもオルゴール付き、その上オルゴールの状態も良いなんて、なかなかあるものではない。これは、実はマドモアゼルのお母さんの商品らしい。すぐに携帯電話でお母さんを呼び出してくれ、今度はマダムと商談。「だからこれは状態が良いし、しかもオルゴール付きよ!」というのはマダムの弁。高価ではあったけれどこればかりは仕方が無い。いただくことに。商談成立!

 次に目に飛び込んできたのはシードパールとダイヤのピアス。お花型に並べたシードパールの中央にローズカットダイヤをセットした私のお気に入りの組合せだ。これなら、今回イギリスで仕入れた同じシードパールとダイヤのリングと一緒に着けたらきっと素敵だ。持っていたのはこのピアスと同じく繊細な雰囲気を持つマダム。マダムの耳元に当てさせて貰い、実際に着けた雰囲気を見たり、ルーペで入念にチェック。お花型が可愛いのだが、中央のローズカットダイヤの質感が可愛いだけではないシックな感じがいい。こうした魅力的なピアスもなかなかある物ではない。こちらもマダムから譲っていただく。

 いつも必ずアポイントを入れるお馴染みのディーラー、彼女からは「マサコお誕生日だったでしょ!」とプティバトーのTシャツをいただく。何かしら気遣いをしてくれる彼女、フランス語はもちろん英語だってけっして堪能ではない私達のこと、もちろん言葉は大事だが一番大切なのはハートだな、と思うことが多い。しかも、最近歳を取ったせいか、言葉での意思疎通以外にも態度であるとか表情であるとかから、より自然にコミュニケーションがとれるようになってきた気がする。「なんといっても、お互い同じ人間だものね。」というのが、言葉が堪能ではない私の最近の言い訳だ。
 そんな彼女の所からは久し振りにプティポワンのバッグ、可愛いお花のモチーフやお花、布などなど。彼女のセレクトに、「可愛い」とか「素敵」と思う気持ちにはフランス人や日本人などという垣根は一切無い気がする。今日も素敵な物を手に入れ感謝の気持ちで別れた。

 何箇所かの午前中の仕事を終えた後は、いつも立ち寄るブーランジェリーでいつものバゲットサンドを。私はプーレ(鶏肉)、河村はジャンボン・ブール(ハムとバター)、それとおやつにシューケットを100g注文するのがお約束。シューケットは私の大好物で、中身の入っていないシュークリームのシュー生地に粗目上のお砂糖がパラパラ付いたもの。100gで7〜8個はあるだろうか。元々軽いお菓子のため、河村とふたりであっという間に食べてしまうのだ。店内のテーブルと椅子でパクつきながらバスが来るのを待つ。バスで一旦ホテルに荷物を置き帰った後は「午後の部」へ。

 午後一番で向ったのはいつものレースのマダム。今日もマダムから、私も河村もほぼ強制のように(?)ビズーで歓迎される。そして、これまた「ムッシュウはこちらへ。」と命令され、河村はかたわらの椅子へ。
 それからはマダムが次々と出していく薄紙に包まれたレースをチェック。かなりの数のレースが出てくるのだが、「う〜ん。こういうの持っているし…。」とか「これはあんまりかな。」となかなか私達の目的とする物は出てこない。マダム自身も、薄紙を広げながら、恒例の「最近は本当に難しい。」を繰り返している。いくつもの薄紙を開けたところで18世紀のメヘレンのラペットが出てきた。古いメヘレンでも、こうした「製品」になったものは比較的珍しい。「これはいいかも!」もうひとつ、広巾のポワンドガーズのボーダー、30cm以上ある広巾で、こんな広巾のポワンドガーズは扱ったことがない。「こういうのってマリエのよね。」とマダムと話しながら広げていく。めぼしいレースが出てくる度、椅子に座らされた河村と相談。今回は沢山のレースの中からこのふたつをいただくことにした。

 フランスらしいフレームなど、19世紀の金張りのブロンズ製品を扱うムッシュウは、今まで何度もお世話になったことのあるお馴染みのディーラー。いつも美しい物ばかりを扱っている彼の恋愛対象はたぶん男性。そんな彼らは、非常に高い美意識を持っていて、類い希なセンスの持ち主が少なくない。今日も彼の美しい商品の数々に「あなたのセレクトって本当に素敵!」と私。
 今日ケースから出して見せて貰ったのはアイボリー製品2点とブロンズのフレーム。アイボリーのカードケース2点は、うっとりするような繊細な細工で、どちらを選んで良いか悩めるところ。フレームの方は、実は前回も悩んだもの。3点を前に、河村とふたり「ああでもない。」「こうでもない。」と手に取り、ルーペを駆使し、悩むことしばらく。ようやくアイボリーのカードケースに決め、私が「長い間ごめんなさいね。」と謝ると、「全然気にしないで。」とニッコリ。さらに「じゃ、このカードケースを。」と告げると、「何!?一点だけ?そんなの許さないよ。」と大げさに私をムチで叩く真似。もう、三人で爆笑してしまった。そんなお茶目な彼のところにはやっぱり毎回立ち寄ってしまう。

 生地だけを専門に扱うマダムはとても物静かな人。いつも物思いに耽るようにじっとたたずんでいる。他所には絶対に無いようなシルクの織り生地でも彼女なら持っていることが多い。もちろんお値段もけっして安くはないけれど。でも、そんな彼女からは、毎回本当に良い物だけを仕入れるようにしている。今回も「何かないか?」と期待をして向うと、私の好みにぴったりのピンクに金糸が織り込まれた織り生地がひとつだけ。18世紀のロココ時代を思わせる柄だが、実際に織られたのは19世紀の後半になってからだという。生地見本のため、使われることなく新品の状態のまま。今回はそちらを。たった一枚でも美しい貴重な生地が入ると嬉しい。

 いつものように「見るだけ。見るだけ。」と呪文のように唱えながらお人形屋さんを覗くと、顔馴染みのムッシュウから「レースのマダムが探していたよ。」と声を掛けられた。お人形屋さんのムッシュウとも挨拶をする間柄の私達。そういえば、私達がマダムのところでレースを選んでいるときに、彼が遊びに来たことも何度か。「レースのハンカチが見つかったって言っていたよ。」と彼。「あなたの名前は?」とムッシュウの名前を聞いてレースのマダムのところへ大急ぎで逆戻り。「ミシェルに聞いたんだけど…。」とマダムのところへ戻ると、彼女は手ぐすね引いて(?)私達のことを待っていた。
 どうやら私達に見せようと思っていたポワンドガーズのハンカチが見つからず、私達が去った後どこからか出てきたらしい。久し振りに出たハンカチで、「こんなハンカチが出てくることはまず無い!」と訴えるマダム。確かにポワンドガーズのハンカチは久し振り。マダムじきじき、おすすめのハンカチは状態も美しく、レースの分量も多い優良品。いただくことにした。

 以前扱ったジュエリーで、その時に買いそびれてしまったお客様のために探しているゴールドロケット。ごく稀に全く同じ物がすんなり出てくることもあれば、何年かかっても出てこないこともあり、簡単に手に入れることは出来ないと思うのだが、いつもどこか頭の片隅に置いてある。それはフラワーバスケット柄のロケット。今回、よく似た細工の、でもラウンドではなく八角形の形の物と遭遇。持ち主のマダムに出して貰い、実際に身に着けてみたのだが、どうもピンと来ない。河村も「う〜ん、八角形か、」と唸ったまま。結局状態がいまひとつで今回は見送ったのだが、またいつの日か同じ様なロケットに出会えることを願ってやまない。

 そこは初めて立ち寄ったディーラー。いつも急ぎ足で通り過ぎていたり、最初から「用のないもの。」と思い込んでいてじっくり眺めたことがなかったのだ。が、今日ははたと立ち止まると私達が好むゴールド張りのブロンズ製のフレームの数々が並んでいる。「あら、こんなところにこんな物が。」と立ち止まってガラスケースを覗く。いくつか良さそうなフレームを見つけ、さらに見ていくとブロンズのデコレーションが付いたガラスのポットが。繊細なフラワーバスケットの細工、本体にも網状になったデコレーション。「こういうの探していたのよ!」と誰にともなく叫ぶ。他の場所で他の物を見ていた河村を引き摺ってきて、「ホラホラ、これこれ!」と見せる。早速、持ち主のムッシュウに見せて貰うとどこにも傷みが無く良好な状態。ムッシュウがグルグル巻きに梱包してくれ、ふたりともご機嫌で帰路についた。

 明日からヴェネツィアに出掛けるため、買付け前半は取りあえず終了。ヴェネツィアから戻った後、また買付けは続く。

 鉛色の空にセーヌ川。冬枯れの街路樹も冬らしいパリの風景。向こうに見えるのはサン・ルイ島と右岸を結ぶルイ・フィリップ橋。


 パリの市庁舎ではロベール・ドアノーの写真展が。市庁舎前の恋人達のモノクロ写真が有名なドアノーですが、今回は「パリの胃袋」と呼ばれた移転前のレ・アールの市場をカラーで撮った写真展。このように入場を待っている長い列が出来ていました。


 私のお気に入り。ご近所のポエジーな雰囲気のお花屋さん。お花と一緒に並べられた古書にオーナーの趣味が感じられます。鮮やかなアネモネのお花も素敵。

***ヴェネツィア遍へと続く***