〜前 編〜

■11月某日 晴れ
 今回もいつも使っている大韓航空だが、 今回からはマイレージのグレードが上がりプラチナメンバーに。50万マイル分乗るとこのグレードになるのだが、実際に50万マイル分乗るのは果てしなく、何年かかったことだろうか。2年程前から「もうすぐ、もうすぐ♪」と思って心待ちにしていたものの、実際にはなかなかその日がこなかったのだ。プラチナメンバーになると、毎回ラウンジが使えたり、40キロまで荷物を運ぶことが出来たり(でも40キロの荷物なんて、重過ぎてひとりで持つのは絶対に不可能!!そんな物持ったら死んじゃいます!)、優先的に席がアップグレードされたり、キャンセル待ちをしていても優先的にチケットが回してもらえたり、あれこれ良い事はあるものの、いかんせん成田空港から出発するようになった今、わざわざ経由便の大韓航空で行くメリットは無く…。今回も、実はJALの方がチケットが安かったという事実。次回からどの航空会社を使おうか、悩めるところなのだ。

 そんな悩める私に、ソウルまでは早速ビジネスクラスのシートが回ってきた。有難いと思いつつ、フライト時間の長いソウルからのヨーロッパ便がアップグレードされたら更に嬉しいのだが…。そして、プラチナメンバーのためか、シートに身を置くと、CAが次々私をめがけて「サカザキサマ〜、ヨロシクオネガイシマス。」とわざわざ日本語でご挨拶に来てくれるのには閉口してしまった。有難い反面、常にマークされているような気がして居心地が悪いのだ。

 今回も私達が「動物園」と呼ぶエコノミーシートでロンドンまでの長いフライトを終え(とはいっても、毎度エコノミーシートなのだけど。)、すっかり日の暮れたロンドンに到着。定刻に30分程遅れて着いた後は、悪名高いロンドンのイミグレーションが待っている。ただでさえ滞在期間や滞在目的のインタビューがあって時間のかかるイギリスのイミグレーション、夕方のヒースローはパキスタンやアフリカからの便で混みあっていて、彼らの後に着いてしまうと、飛行機数機の膨大な人数の後に並ぶことになり、もうまったくラチがあかないのだ。今回はたった一泊しかロンドンに滞在しないため、ここでこんなに時間が取られるのはなんだかとても理不尽な気がする。今日もたっぷり1時間以上列に並び無事入国した。やれやれ。

 タクシーでいつものフラットにたどり着いたのはすっかり夜。今回の買付けは私ひとり、久し振りのシングルルームに、「昔、ひとりで仕事をしていた時には、このキチネット付きの小さな部屋でも十分満足していたなぁ。」と懐かしい気分になった。

この画像、何だかお分りになるでしょうか?夕刻のロンドン上空から。この通りもうすっかり夕闇でした。

■11月某日 晴れ
 ロンドンでの買付けは今日一日だけ。おのずと気合いが入ろうというもの。昨晩、早めに目覚まし時計をセットし、普段だったら夜中には電源を切る携帯電話(意外にまさかヨーロッパに私がいると思わず、日本から夜更けに電話が掛かってくることが多いので。)のアラームを、こちらも念のためにセットして寝たのだが…。ぐっすり眠っている私を携帯電話のアラームの音が起こしたのかと思ったら、なんとアラームではなくそれは名古屋の父からの電話。時刻は午前2時半、何事かと思って電話に出ると、特に緊急な用事ではなく!安心したものの、一旦ドキドキした私の気持ちは収まらず、そのまま一睡もしないまま、まんじりとベッドの中で過ごしたのだった。

 今日は唯一のイギリスでの買付日。昼過ぎまでロンドンで買付けし、午後にはユーロスターでパリに移動することになっている。時間に追われる一日なのだ。午前4時過ぎ、ベッドから起きて出掛ける支度。いつもは河村に「まだ早過ぎるよ。」と言われて6時を回ってから出掛けるのだが、せっかちな私は河村がいないのを「これ幸い!」とさっさと出掛けることに。もちろん外はまだ夜、真っ暗闇だ。そんな中、タクシーを拾い目的の場所へ。
 だが、せっかく着いたというのに、まだ約束していたディーラーは誰も来ていない。「あぁ、やっぱり河村の言うとおりにしないとダメだったんだ。」と思いながら意味もなく歩き回る。

 いつもとは順番を変え、まずはジュエリーを扱う男性ディーラーの元へ。彼は、前回私がタティングのシャトルを仕入れた事をよく覚えていて、「待ってたよ。また入ってるよ。」と出してくれた。またもや象眼のシャトルに出会えるなんて、なんとラッキー!シャトル他を決めると、時間のある今日はひとしきり世間話。来週お誕生日だという私より少し年上の彼は、「最近モノ覚えが悪くって…。」とため息。ひとしきり「最近モノ忘れがひどい。」だの、「目が見えない。」だので盛り上がってしまった。来週お誕生日ということは彼も蠍座。私の周りは河村に始まり蠍座がいっぱい。仕入れ先も例外ではない。皆知らず知らず、多かれ少なかれ私に尽くしてくれることになるのだ。(笑)「あなたも蠍座なのね。」と笑ってしまった。

 ジュエラーの親子からはいつも何かしら仕入れている。「今日はハズバンドはどうしたの?」といつも元気な娘の方のマダムが。「今回は日本で仕事してるわ。」と答えると、今度は優しいお母さんの方のマダムが「その後日本はどう?」と聞いてくれる。「あんまり良くないけど、まあまあかなぁ。」となるべく深刻にならないように返事。まだ日本の事で心を痛めてくれている人がいるのだ。
 ここでも娘の方のマダムが「こんなのあなた好きでしょう?」と、どこからともなくダイヤとエメラルドのリングを出してきてくれた。確かにマダムのいう通り!私の好みにぴったりのそれをまずはチョイス。今日は他にも面白いシールやチェーンを。ちょっとしたものだが、エスプリが効いた文字やインタリオが興味深い。

 夜の闇が白々と明けるに従って、やっと約束していたディーラーが現われる。フランス物を扱っているディーラーからはダイヤとルビーのピアスを。濃い色のルビーの色合いが美しく、ローズカットダイヤがぐるりととりまくデザインはその時代特有の物だ。最近心惹かれるピアスにはなかなか出会わなかったけれど、これは素敵!高価なピアスだが迷わず買付ける。
 ソーイング物を扱うマダムからも彫刻を施したタティングシャトルが。こちらはマザーオブパール製だ。他にもマザーオブパールのソーイングアイテムが何点か。マザーオブパール好きなお客様のお顔が頭に浮かんだ。

 手芸素材を扱うマダムの朝イチのテーブルに、可愛いシルクリボンを発見!フランスの柄織のリボンが、こんなにまとまって出てくることはイギリスはもちろんフランスでも稀なこと。リボンの束を引き寄せ、ひとつひとつ状態を確認してセレクト。そんな私の背中には「誰にも渡さん!」という意志がミエミエだったのかも。私が「これはやめ。」と選り分けた状態の悪いリボンを、後から来たイギリスの男性ディーラー(彼は見た目はともかく心は絶対女性(!)だと思う。)が「まぁ、素敵!なんて可愛いの!」と言いながら手に取っていた。今日はリボンの束と一緒に可愛いポーセリンの手描きの薔薇のボタンを。可愛い物をひとつ残らず持っていこうとする私に、マダムは「それは今朝持って来たばかりよ。」とちょっぴり呆れ顔。

 いつもイギリスで探していたパールネックレスだが、今回は探しても探してもぴったり来る物が無い。最近頻繁に入荷していて、今回も是非見つけて帰りたいところだったのに。気ばかり焦るがどこにもない。他にも仕入れたいと思っていた物がなかなかみつからず、ひとりで苛立つばかり。焦れば焦るほど考えがまとまらなくなるのだ。挙げ句の果ては河村に電話をして、「どうしよう!何にも無い。このままだと予定していた金額買えないよ〜。もう時間がないの!」と思わずSOS。買付けに来たのに、買う物が無い時ほど困ってしまうことはないのだ。日本にいる河村に電話したところで何の解決にならないのだが。

 そんな中でも、美しいダイヤのリングが出てきた。譲ってくれた顔馴染みのマダムは、「この後パリに行かないといけないの。」と言う私に、顔をしかめて「あそこは危ないんだから、気を付けるのよ!」と忠告。その顔からすると、マダムも散々危ない眼にあったことがあるようだ。
 最後の最後、冷静になってみるとエナメルやアメジストのジュエリーが出てきた。「あるじゃないの!!」と舞い上がる私。

 そして約束していたレースのディーラーの元へ。いつもお世話になっている彼は私達にとって大切な片腕。今日はお願いしていたタティングレースのアイテムあれこれが出てきた。また、それとは別に18世紀のフランドルのレースが。ボーダーではなく製品である点もポイントだ。最近、こうしたフランドルの古いレースにとても心惹かれる。そしてもうひとつ、かつてホニトンの美術館で開催されたレース展に出品されたブラーノのレースがコレクターから放出されたのだ。その時のカタログのコピーと共に出てきたこのレースはとても興味深い。

 もうタイムリミット、これ以上はいられない。タクシーで大急ぎで一旦フラットに戻ってスーツケースをピックアップし、そのままユーロスターの出るセントパンクラスへ。ユーロスターの駅で残ってしまったポンドをユーロに両替しフランスでリベンジ!大急ぎで滑り込んだ駅のラウンジで、いつものように仕事終わりの白ワインを引っ掛けているうち、あっという間にボーディングの時刻になり、半分飲み残したワインに後ろ髪を引かれつつスーツケース2個と共に列車に乗り込んだ。あぁ、私のワインが〜。

 時刻は夕刻、朝早かっただけに今日は長い一日だ。ようやく着いたパリの街にほっとする。いくら危ない街でも、私にとっては愛着のあるパリ。泊まり慣れたホテルのレセプションのムッシュウにも盛大に歓迎され、扉を開けてくれたり、スーツケースを運んでくれたり、親切の大盤振る舞い。今回は河村がいない分、みんなが優しくしてくれて嬉しい。いつもだったら、ホテルに着いてまず河村と近所のキャフェで一息入れるのだが、連日の大移動にそんな元気もなく、もう身体はヘロヘロだ。スーパーで簡単に夕食の買い物をし、明日へと備える。今日はロンドンでの勝負の一日だったのだが、明日は明日でパリの勝負の一日なのだ。

パリの街にもクリスマスのイルミネーションが灯されていました。クリスマスシーズンにパリに来るのは久し振り。こうした街並みを飾るイルミネーションやショウウィンドウのクリスマスデコレーションなど、この時期が一番「パリらしい」気がします。

■11月某日 曇り
 時差ボケのため、今日も午前5時前に起きてしまう。もちろん外は真っ暗、今から起きると夜になる前にエネルギー切れ(笑)になるため、こんなに早く目覚めたくないのだが時差ボケなので仕方がない。本を読んでみたり、携帯でインターネットをしてみたりして夜の明けるのを待つ。今日も昨日に引き続き勝負の一日、終日外出なので、なるべく体力を温存すべく午前6時を回ってからようやくベッドからはい出す。
 朝はまだ気温が上がらず寒い。一枚多く服を着、パンツの下にロングブーツ、そして厚手の靴下をはく。手にはお土産、今日約束してあるディーラーに手渡すためだ。ホテルの裏手からバスに乗る。まだ外は薄暗い。

 まず最初に約束してあったディーラーの彼女の元へ。いつも私のために何かと用意しておいてくれる彼女、いつもほんの心ばかりのお土産を持って行くのだ。寒くなったこの季節のお土産はもちろん「ユニクロ」のハイテク衣料。今回は今シーズン出たばかりの新製品だ。最近では、ロンドンやパリにも「ユニクロ」はあるけれど、彼女は普段パリよりも一段寒いシャンパーニュ地方に住んでいて、毎週パリに仕事にやってくる。今日もビーズーと共に「これ、お土産!ニューバージョンの暖かい服よ。」と手渡す。「ありがとうマサコ!今日もマサコから貰ったの上下とも着ているのよ。」ヨーロッパでも、戸外でのお仕事の多いアンティークディーラーの間では「ユニクロ」が愛好されているようだ。さぁ、今日は何があるのだろうか?

 いつものように、私用の箱の中には薄紙に包まれた小さなボックスや可愛いバスケットなどが。他にも開けていくと、書籍の形のカルトナージュのボックスセットや卵形のデコレーション、そして可愛い子供柄の生地が出てきた。「わ、可愛い!」と広げる私に、「ね、こんなのないでしょう?」と彼女。シルクのモチーフも嬉しい出物だ。大きなボックスの中からは、小さなボックスが出てきた。中を開けると、薄いシルクシフォンで出来た薔薇のガーランド。儚げな雰囲気がとても好みだ。今日も「マサコ用」の様々なアイテムをチェックし、満足のいく買付け。フランスの雑貨類を見つけ出すのがどんどん難しくなっている今、私の代わりにフランスで探してくれる彼女は稀有な存在だ。そうだ!彼女も蠍座だった。

 やはり顔馴染みのレースや手芸材料を扱うマダムとももう長い付き合い。「お互い長くなったわよね。」とマダムのほろ苦い笑いがいい。今日は広巾のリボンやほぐし織のリボンを。こうした状態の良い手芸材料もいつも探しているアイテム、今まで彼女から何度譲って貰ったことだろうか。
 午前の部はまだまだ続くのだが、今日は他にはどうにも物に巡り会うことが出来ない。歩いても歩いても、探しても探しても何も出会うことが出来ない。仕方なく昼食用のバゲットサンドと私のお気に入りのお菓子シューケット(シュークリームのシューにあられ糖をまぶした中身は何も入っていない焼き菓子。軽くて小さいので、たいていが量り売り。)を買い、隣のキャフェでひと息。暖かいキャフェフレームを飲みながら紙袋に入ったシューケットをひとつ、ふたつ。バス停にバスが来たのを見て、慌ててキャフェを飛び出しバスに飛び乗る。一度ホテルに戻って荷物を置くためだ。ホテルに帰って、今度は急いでバゲットサンドをパクつき、荷物を置いて午後の部へ。

まだ薄暗いパリの朝、セナ(フランス元老院)の玄関にも大きなツリーが飾られています。

 午後の部の最初、まずはレースを扱うマダムの所から。今日も愛想よく、無理矢理ビズーで迎えられる。その一方で「今日はムッシュウは?」と尋ねる。「彼は日本でお仕事よ。」と答えておいて、いつもマダムが「ムッシュウはここへ。」と河村を無理矢理座らせる椅子に、今日は私の荷物やコートを置く。これからじっくりレースをチェックするのだ。
 今日もマダムは次から次へと薄紙に包まれたレースを出してくれるのだけれど、私の気に入る物は出てこない。マダム自身もその点はよく分かっていると見えて、「良いレースは本当に難しい。」「良いハンカチはとても難しい。」と呪文のように、言い訳のように(?)唱えている。困ったことにどうも今日は欲しいレースが出てこない。でもその代わり美しいベビードレスを入手、薄いローン地で長い丈でいちめんに刺繍が施された繊細なものだ。今日はそれとリボン数点を手に入れてさっさと退散。今回のように仕入れる物が無い時、本当に困ってしまう。

 次に訪れたのはジュエラーのマダム。彼女のところも必ず私が立ち寄るルート、運が良ければ(?)何か見つかることがあるかも。いかにもパリジェンヌのマダムは、見知った私の顔を見ると愛想良くにこやか。ロンドンでは誰か彼かアイコンタクトをするとニコッと微笑みかけるが、ここパリでは知り合いには愛想が良いけれど、それ以外はまるで眼中に無いかのよう。知り合いか、そうでないかでは全然態度が違うのだ。
 せっかく愛想良く接してくれたマダムだが、ここでも今日は欲しい物が無く…。

 今日のルートのもうひとり、いつも綺麗な工芸品やジュエリーを扱うマダムはそのセンスの良さ、美意識の高さで信用できるディーラーのひとり。そして英語の上手なマダムとは意思の疎通がとても楽。が、ここでも気になって見せて貰った物は状態がいまひとつ、どうも今日はハズレが多い。良い物が手に入ると疲れも吹っ飛んでしまうのだが、今日はジリジリと焦るばかり。

 もうひとり、ブロンズ製のジュエリーボックスや工芸品を扱う顔馴染みのムッシュウの元へも期待を持って訪れたのだが…。いつも美しいムッシュウのウィンドウだが、かといって目新しさを感じるものと出会うことはなく。唯一、「これだったら仕入れても良いかも。」と思ったブロンズフレームは高価。「う〜ん。」と唸ってしまった。結局仕入れることなしにウロウロ、仕入れる物が無いといつまでたっても仕事が終らない。

 たまに面白い物をもっているムッシュウは工芸品とジュエリーの二本立て、どちらも扱っているので見応えがある。大して期待をせずに覗いてみると、工芸品の方にはめぼしい物はなかったものの、私がロンドンで探していたパールのネックレスが。ケースから出して見せて貰うと、グラデーションパールの美しさもさることながらダイヤをふんだんに使ったクラスプが何とも魅力的。「こんなところにあったのね!」と独り言を呟きながら状態をチェック。やっとのことで出てきた気に入ったアイテムに、ウキウキしていると…ふと、もう一度ケースの中に視線を落とすと、今度は天然真珠一粒のペンダントトップが目に入ってきた。照りの美しいドロップ形の天然真珠、見せて貰って「これも!」と追加。やっと仕入れる物に出会えて少しだけほっとする。

 その後も今日はなかなか「アタリ」に出会えず、遅い時刻まで物を探し回る。どのアンティークディーラーもそうだと思うのだが、物に出会うことが出来ない時ほど辛いことはない。ひたすら日が暮れるまで探し回ることになるからだ。
 いつもだったら、すっかり仕事を終えてホテルに戻っている頃、やっとしぶしぶ諦めて帰ってきた。この具合では、やはりノルマンディーまで行くしかない。というのは、今回の買付けの最終日とその前日、ノルマンディーでフェアが行われることになっているのだ。ちょうど私が日本に帰る日がそのオープンの日なのだが、前日はいわゆる「プロフェッショナルの日」になっていて、午後からアンティークディーラーのみ入場することが出来る。行くのだったら、プロフェッショナルの日から行かないと意味がないし、ジュエラーなどはその日にはまだ陳列していないこともあり、結局二日間とも行かなければならないのだ。だがノルマンディーに行ったものの、最終日に運悪く帰りの列車に故障や事故でもあれば(これが結構ある出来事なのだ!)、日本へ帰る夜便の飛行機に乗れない可能性も出てくる。それを思うと、買付けに来てからもノルマンディーへ行くかどうか迷っていたのだ。でも、こう物が集まらないと決心がついた。ノルマンディーまで足を伸ばすことに決めた。

 終日出掛けていて疲れもピーク。寒さと石畳、荷物をすべてひとりで持つせいか、持病の股関節にも痛みが出てきた。(アンティークディーラーは皆、大なり小なり腰痛持ちやら股関節に問題を抱えている者やら…ようするに肉体労働ということです。笑)ヘロヘロでホテル帰ってきて今日はもうひとつ用事が。仲良しのアンティークビーズを扱う色葉さんと一緒に食事をすることになっていたのだ。ちょうど同じ時期に買付けに来るのは稀なこと。日本にいるうちから「パリで一緒にごはんを食べようね!」と楽しみにしていたのだ。右岸の2区に滞在している彼女だが、いつ仕事が終るか分からない私のために、わざわざメトロに乗って6区まで来てくれるという。電話で再度時間の確認をして私の最寄り駅のオデオンで待ち合わせいつも河村と行く近くのレストランに行くことに。
 待ち合わせ場所で色葉さんに会った私は、久し振りに彼女に会った嬉しさと、疲れと、緊張感が解けたことからヘラヘラ笑いが止まらない。そんな私に、色葉さんは「ちょっと〜、サカザキさん大丈夫?」と心配顔。でも、そんなヘラヘラなまま近所のレストランへ。明日で買付けが終る色葉さんとシャンパンで乾杯した。
 そんな折、ちょうど今日からアルザスにご旅行にみえたお客様から私の携帯に電話が!いつも東京でお目にかかっているお客様と同じパリの空の下にいるかと思うと不思議な気がする。と、同時に無事にパリに到着されたことを知りほっとしたのだった。
 そのままふたりで思う存分しゃべりまくり、気付くと午後11時。色葉さんはまたメトロで自分のホテルまで帰らなければならない。危険な場所ではないが遅い時刻のメトロは心配で、そそくさとレストランをあとにした。

サン・シェルピス通りの食器屋さんのウィンドウは夢のあるクリスマスの陶器のディスプレイ。「わぁ、可愛い!」と写真を撮っていたところ、中からムッシュウにニッコリ微笑みかけられました。

■11月某日 曇り
 今日もパリ市内で買付け。痛む足を引きづりつつ朝から出掛ける。ノルマンディーに行くことを決心して少し吹っ切れたものの、ノルマンディー行きまでに少しでも多く良いものを仕入れたいところ。果たして本日は如何に?

 いつもは河村と一緒に朝夕に立ち寄る近所のキャフェにも、今回は時間が無かったり、疲れ過ぎていて一度も立ち寄らず、もちろん今朝もホテルの部屋で買っておいた食料をそそくさと食べて出掛ける。

 まず最初に訪れた先は生地やレース、ソーイング物を扱うマダムのところ。私達が「怖いマダム」と呼ぶ彼女は、ブルネットの髪にブルーの瞳の美人さんなのに、何も買う物が無く「やっぱり今日は帰るわ。」と言った途端、「怖いマダム」に変身。たぶん本人は意識していないのかもしれないが、途端にとげとげしい態度に変わるので、ちょっと勇気が必要。でも、思うようにレースが集まらない今回の買付けでは、そんなことも言っていられない。マダムのご機嫌を損ねないように、良い物があれば買う気十分であることを態度でアピールし、奥の棚から沢山のレースの在庫を出して貰い、ひとつひとつチェックしていく。

 レースの在庫は沢山あるのに、「これは!」と思って広げてみると状態が悪かったり、千切れていたり、本当に満足行くものとはなかなか巡り会うことが出来ない。「う〜ん。」と唸りながら(笑)膨大なレースをチェックしていると、引き出しの奥からやっと魅力的なフランドルのレースが一点出てきた。それは18世紀のヴァランシエンヌのラペット。極細の糸の柔らかい感じが古いフランドル特有の雰囲気だ。欲しい物が出てきて嬉しい!が、沢山のレースの中から本当に欲しいと思ったのはこれ一点だった。

 昨日、結局ブロンズのフレームを入手しなかったことから、何か「硬い物」が欲しいと思っていたところ、ふと除いたディーラーのところに吊す形の丸いブロンズフレームを発見。それ自体は今までも度々扱っているし、フレンチアイテムとしては比較的ポピュラーなアイテムなのだが、小さなリボン形の繊細なパーツがいくつか付いているところが珍しい。小さなサイズも可愛く、迷うことなくチョイス。このフレームの上にジュエリーを置いて撮影しても素敵かも。

 他にも何人か見知ったレースを扱うディーラーの元に「レースの新しいストックって何かある?」と尋ねて歩いてみたのだが、皆首を横に振るばかり。ドローの競売所でも、レースに特化したオークションでない限りレースが出ることは稀だし、もし出ても混合玉石で「一山いくら」で取り扱われる世界なので、実際に欲しいと思うことは皆無。どちらにしてもレースに特化したオークションは滅多に無いし、その時にフランスに来られるとは限らないので、やはりオークションで手に入れるのも難しいのだ。

 今日もあちらこちらを尋ね歩いた最後、約束していたコスチュームや手芸材料を扱うディーラーの元へ。もの凄い量の在庫を抱えているディーラー親子のところに行くのは、アポイントを取っていてもその果てしない作業に気が重く、とうとう最後になってしまった。彼女たちのところに足を踏み入れると最後、何時間も埃まみれになってアンティークと格闘することになるのだ。今日も私が訪れると、ふたりして「待ってました!」とばかり向こうから手を振る。
 ここでのお目当ては、生地やリボン、パーツなどの様々なサンプル、そしてお花。河村とふたりでチェックしても時間がかかるのに、今日はひとりですべての在庫をチェック。綺麗なリボンや状態の良いお花、前々から探していた手芸材料が見つかったものの、そのすべてを終えるともう夕方近くになっていた。今日もまたヘロヘロになって帰宅。

長年常宿にしているのはオデオン座脇のホテル。今回はそのオデオン座前の広場に見慣れないものが!卵のようなお花のかたまりは中が空洞で、後側から中に入れるようになっています。どうやら現代美術の作品のようです。


私のお気に入り、アニック・グタールの香水店のウィンドウも真っ赤なクリスマスカラーに影絵のようなデコレーション。いつもエレガントで「フランスのマダム」を思わせる雰囲気です。


その素敵なウィンドウにいつも注目しているメンズのお店。赤いチェックのシャツにパピヨンの組み合わせが可愛く思わず撮影。あまりの可愛さに、河村へのお土産に思わずこのパピヨンを、翌日には再びこのシャツを。シャツを買った後、接客してくれたムッシュウに「明日は来ないの?」と笑われてしまいました。

 

***「買付け日記」は後編へと続きます。***