〜後 編〜

■11月某日 晴れ
 ノルマンディーに行くことを決め、インターネットでホテルを予約。パソコンかスマートフォンさえあればどこからでも予約が出来るなんて、ひと昔前では考えられなかったこと。ずっと昔、FAXしかなかった時代は、フランスのホテルに予約の依頼を送っても空き室がなかったら返事もこなかったものだ。(FAXだと「満室です。」と返信するだけで電話代がかるので。なんといっても、フランス人はケチ…いや合理的だから。)その点、インターネットはすぐに返信が来るので本当に便利。以前泊まったことのある大聖堂の側の宿に泊まることに決定。

 今日はパリでの買付けの最後の一日。アポイントを入れておいたディーラーのところへ。いつも心を尽くして私のために物を集めておいてくれる彼女、今日は何か良い物との出会いがあればいいのだが。「どうか良い物がありますように。」心から念じながら今日も朝からキャフェへも寄らず脇目もふらず出掛ける。
 今日からパリはぐっと気温が下がり、石畳からはしんしん寒さが上がってくるようだ。だが、少しくらい寒い方が集中力が途切れず、買付けには向いているような気がする。いつもにこやかな彼女は「お待ちしていましたよ!」と私の訪れを待っていてくれた。

 今日も私のために様々な物を用意していてくれた彼女、ここでも大きな「マサコの袋」の中から様々な物が出てくる。まず最初に出てきたのは、すずらんの手刺繍のピローケース。アンティークらしい薄いローン地に施されたホワイトワーク。すずらんの模様も美しければ、イニシャルとすずらんのお花を組み合わせたモノグラムも素敵。普段あまり扱わないアイテムだが、その刺繍の素敵さにすぐにいただくことを決める。次がシルクの可愛いエプロン、リボン刺繍のエプロンは「これはお洒落用よ。」という物。どうやら、これも自分のコレクションだったものを私用に持って来てくれたものらしい。一見、シルクのリボンのようなシルクのサッシュも、久し振りに見る状態の良い物。フリンジの付いたサッシュは薔薇やすずらんのシルク織り、切れておらず(たいていは状態の悪い部分が切れていたりする。)元の形のまま出てくるのは珍しい。袋から出てくる可愛いアイテムに、「決死の覚悟」で目を吊り上げてやってきた私の気持ちもだんだん和んできた。ロココやボンボンの付いたポーチ、リボン刺繍のポシェット…。可愛い物が現われる度、「あぁ、これでなんとか年を越すことが出来そう。」と安堵。そんなことを彼女に告げると、「まだまだレースもありますよ!」とにっこり。

 そんな彼女が袋の中からゴソゴソ出してくれた薄紙の中には上質なホワイトワークのハンカチがいくつか。状態も良く、ニードルの細工もいっぱい。「こんなのまだあるんだ。」とため息をつきながら広げる。ことに薔薇の刺繍のハンカチは、前回の買付けの後、「薔薇の模様のレースは!?」と何度も尋ねられた顔馴染みのお客様の顔が頭に浮かぶ。「これならきっと気に入っていただけるはず!」そんな思いでいくつかを選んだ。
 そしてもうひとアイテム、「タティングレースを探してたわよね?」という言葉と共に様々なタティングレースが!こんなに一度に沢山のタティングレースを見たのは初めてかもしれない。(笑)襟を立てるための部品が付いているもの、それとお揃いのカフス、極細の糸で編まれた襟、ジャボ(胸飾り)。こんなに色々なタティングレースが揃うのは稀なこと、何より私のリクエストを覚えていて探してきてくれたことが嬉しい。もうひとつ、かぎ針編みのレースを前に彼女とレース談義。「これは絶対18世紀のクロシェだと思うわ。」と彼女が言うレースは確かに19世紀のクロシェとは糸の細さも違っていて、よくよく見ると確かにクロシェレースなのだが、一見「え!?ポワン・ドフランス?」という雰囲気さのだ。クロシェレースで古い時代のものは珍しい。ちょっとそそられるレースだ。

 そんなことを繰り返すうちにあっという間に今日も日が暮れてきた。一日掛けて選んだアイテムは私の持って来た巨大エコバックにもたっぷり。買付け終盤のここまでなかなか良い物に巡り会えなかっただけに、沢山の良い物を譲ってくれた彼女の優しさに感謝。良い物が手に入った嬉しさにスキップしたい思いで帰路についた。そう、アンティークディーラーは良い物さえ手に入れば疲れも忘れてしまうのだ。

11月も末になり、パリのウィンドウも流石にクリスマスのディスプレイ。こちらでは日本のように10月末から飾るようなことはあり得ません。


日本ではあまり見ない白い動物達もクリスマスの定番ディスプレイのようです。この白いシカの他に白いクマもあちこちで目にしました。


思わず「何!これ!?」ご近所のジェラール・ミュロで巨大ペロペロキャンディーを発見!どうやらこれもクリスマスディスプレイのようです。


番外編:私達が「工藤静香」と呼ぶニュース番組LC1の女性キャスター。(眉毛を吊り上げながら話すところがそっくり!)今回は彼女の画像を撮影することに成功。フランスのニュースキャスターには、他にも「白川由美」やら「ルパン三世」がいます。

■11月某日 晴れ
 今日はノルマンディーへ向うのだが、ノルマンディーのフェアに入るのは午後3時なので余裕がある。とはいっても、朝から広げた荷物と仕入れた荷物をすべてふたつのスーツケースに詰め、ノルマンディーへ持って行く身の回りの荷物を作り、なおかつパリから日本へ送る荷物をまとめるのは大仕事。いつもは河村がいるので、仕入れた荷物も半分ずつ持って帰るのだが、今回は私がすべて持って帰らなければならない。大韓航空のプレミアムメンバーになったので、40キロまでは無料で持って帰ることが出来るとして、果たしてその重さの荷物をひとりで空港まで運べるかはなはだ疑問だ。

 まず、パリからクロネコヤマトで送る荷物を作った時点で気がくじけてきた。(笑)その中には、母から頼まれたマリアージュの紅茶10袋、お店で出しているネスプレッソのコーヒーカプセル200個近く(フランスだと日本の半額以下で買えるので。)、これだけでも結構な量だ。後は自分の衣類や本、日本へ帰ってからすぐに使わない物を巨大なエコバックに放り込む。いつもはクロネコヤマトのあるオペラ座近くのピラミッドまでは、河村が荷物を持ちバスに乗って向うのだが、どう考えてもこの荷物を持ってバス停まで行くのは無理。おまけにそのままノルマンディーに向うので、ノルマンディーへ持って行く手荷物もある。年齢を重ねると共に根性の無くなってきた私(笑)は、レセプションでチェックアウトの際にタクシーを呼んで貰った。(20代の頃は涙目になりながらも、どんな重い荷物も必死で持ったものだった。)
 スーツケース2個はホテルのレセプションに預けると、顔馴染みの優しいムッシュウは「大丈夫、ここに置いて。」とわざわざ私の場所を作ってくれる。そんなちょっとした気遣い嬉しい。やってきたタクシーに乗ってまずはクロネコへ。

 クロネコのオフィスは毎回買付けの度に訪れるので、働いている日本人の女性達は皆顔馴染み。皆たぶんフランス人と結婚していて、生活の基盤がフランスにあるせいか、地震のニュースなど「日本はどうですか?」と心配そうに聞かれることが多い。そんな世間話をしつつ、今日も「サカザキさん」と名前で呼んで貰えてちょっぴり嬉しい。
 ただし、今回から発送する荷物にも飛行機と同様に燃油代がかかるとか。案外、マリアージュの紅茶もネスプレッソのコーヒーも日本で買うのと変わらないかもしれない。

 荷物から解放されて自由のみになった後はバスに乗ってフランス国鉄の駅へ。行きの列車の時間は調べていなかったが、運良くすぐに乗ることが出来る。朝早く出ればパリからは日帰りできるほどの距離、駅の案内所で明日のために時刻表を貰い、お昼ごはんにバゲットサンドとコーヒーを買って列車に乗り込む。

 ほどなく着いたノルマンディーの街は、今まで何度か訪れていて土地勘もあるので、駅から少し遠いがトコトコ歩いて予約をしておいたホテルへと向う。今回も泊まるのは大聖堂の脇の路地にあるホテル。大聖堂前の広場は確かマルシェ・ド・ノエルがたつはずなので、少し楽しみにしていたのだが、明日から12月という今日になってもまだ設営途中。ヨーロッパでは、本当にクリスマス間近にならないとそういった催しはされないらしい。ちょっと残念に思いながら、まずはホテルへ向いチェックイン、さほど重くはないものの、まずは荷物から解放されたいのだ。

 シーズンオフのこの時期、案内された部屋は何とトリプル!恐ろしく広い。そして流石に田舎は安い!(パリのホテルの約半額だった。)ダブルベッドにシングルベット、そして大きなソファー、バスルームには洗面台がふたつもある。広い部屋をもてあましながらしばし休憩。いつもはパリよりも幾分寒いノルマンディーだが、今日は暖かなのもありがたい。

 荷物を降ろし身体を休めると、目的のフェア会場へ。早朝からフェアが始まるときには迷うことなくタクシーで行くのだが、今日は勝手知ったバスに乗り、街の郊外の展示会場へ。本来なら明日から会場なのだが、確か前日の午後3時からは搬入中にもかかわらず「プロフェッショナル」といって、アンティークディーラーの名刺があれば入場することが出来るのだ。

 前にも来たことがある会場に着くと…何だか様子がおかしい。プロフェショナルであれば開いているはずの会場の表の扉は閉められ、「アンティークを買いに来た人」の姿は人っ子ひとりいない。「あれ〜?」と不安な気持ちで沢山のトラックが止まっている業者用の出入り口に向かい、会場の中に潜り込むと…一応設営はされていてブースは出来ているのだが、ブースの中はカラッポ。それでも、会場からつまみ出されないように細心の注意を払いウロウロすると(ただでさえ目立つどう見てもオリエンタルの私、ドロボーと間違えられたらひとたまりもないので。)、お目当てのレースのマダムを見つけることが出来た。が、マダムのブースにもまだ荷物は何も運ばれていない。私の顔を認めたマダムはちょっと呆れたように「明日よ。」と一言。どちらにして物は何も無いのだから何も見ることは出来ない。どうやら、フェアのスケジュールが急遽変わり、前日は搬入のみになったらしい。なるほど、いくらホームページでスケジュールを確認しても出てこなかったはずだ。「急遽キャンセルでなくて良かった〜。」と胸をなで下ろしながら(実際、何時間も列車に乗って出掛けた挙げ句「キャンセル」ということはままある。)、マダムに「それではまた明日ね。」と挨拶して会場から抜け出した。
 再び街まではバスに乗って…。こんなノルマンディーの郊外、いやノルマンディーの街でも、今回は日本人の姿を全く見ることがなかった。なんだか地の果てに来たような気がしてしんみりする。

 街まで戻ってはみたものの、まだ午後3時。明日まで果てしなく時間があることに愕然とする。こんなことなら今日はパリにいれば良かったのかも。この小さな街で行くところはといえばやはり美術館か。以前アイアンの博物館へ行き、とても面白かったことを思い出す。そういえば、この街の美術館には印象派の画家モネの代表作があったはず。そんなことを思いだし、トボトボ美術館へ。以前から行きたいと思っていたのだが、なかなかそんな余裕が無く足を伸ばすことが出来なかったのだ。ホテルで貰った地図を頼りに痛む足を引きずって歩く。この街はほとんどが石畳なので、足への負担が大きい。情けない気持ちで美術館へ。

 この美術館、実は凄く良かったのだ!ブルージュで活躍した北欧ルネサンスの画家ジェラール・ダヴィッドの聖母子像が表面の古いニスを落とす修復を終えて、ちょうどお披露目されたばかり。ただいまお披露目の展示会のまっ最中だった。今までジェラール・ダヴィッドの名前すら知らない私だったが、この絵は本当にチャーミング!元々イタリアルネサンス、北欧ルネサンスとも大好きな私だが、この絵からはまるで音楽が聞こえてくるようだ。きっとこの小さなノルマンディーの街で、修復費用を捻出するのは大変なことだったことだろう。この絵はフランス革命の際に没収された後、1803年に国から授与された作品で、街の人々の誇りのようだ。今回の目的だったモネの大聖堂の絵も無論良かったが、今回はこの絵を見ることが出来、わざわざここまで来て本当に良かった。

これが件のジェラール・ダヴィッドの聖母子像。修復前と比べるとぐっと鮮やかになりました。私は印象派よりも1509年に描かれたこっちの方が好き!左上の男性像が画家ダヴィッド本人の自画像だそうです。

 夕暮れの街を、夕食用のバゲットサンドを買ってまたトボトボとホテルに戻る。この街に来ると、いつもは美味しいクレープリーで、ガレットとシードルの食事をするのがお約束なのだが、今日はひとりで食事に出掛ける元気はなく、ホテルの冷えた部屋でひとりで食事をした。

 そう、冬のフランスでは、普段はお昼間ヒーターを付けて部屋を暖めておいて、夜はヒーターを緩めるのだが(ヒーターを付けたまま寝ると、ノドも身体もカラカラになってしまうため。)、暖かかった今日はお昼にヒーターを付けておくのをすっかり忘れてしまったため、帰ってきた天井の高いトリプルの部屋は恐ろしく寒い。最初はお風呂に入り身体を温めてダブルのベッドに横になっていたのだが、だんだん大きなベッドは寒くてたまらなくなってくる。仕方なくシングルベッドに横になり、すぐ横のヒーターに背中をひっつけて暖をとる。ヒーターにくっつきながら過ごすなんて通常ではありえないのだが(笑)、この冷え切った部屋ではどうしようもない。「このままだと風邪をひきそう。」と背中にカイロを張り、ヒーターにくっつきながら、することもなく午後7時に早々と就寝。が、これでおしまいではなかった。真夜中、案の定のどがカラカラで目が冷める。「このままだとのノドから風邪をひく!」と思った私は風邪薬の代りに大量ののど飴を舐めながら再び就寝。

ゴシック建築として有名なノートルダム大聖堂は12世紀から16世紀に渡って建築されたファザードです。第二次世界大戦時、激しいドイツ軍の爆撃を受けたこの教会の外壁には今も砲弾の痕が残っていて、素晴らしかったであろうステンドグラスもそのほとんどが失われています。そんな傷跡を目にすると、「なんてひどいことを!」と悲しくなります。


街のランドマークとして有名な大時計。16世紀の昔から時を刻んでいます。歴史と富を感じさせるこの大時計、何度見ても素敵です。

ノルマンディー名物、中世のコロンバージュ(木組み)の建物。この街には同様な建物が連なっています。もちろんみんな現役!ここも実は銀行です。

■12月某日 曇りのち雨
 買付け最終日だというのにまだ時差ボケ、今日ももっとゆっくり寝ていたいのに午前6時前に起きてしまった。(まぁ、前夜7時に寝たのだから当然といえば当然なのだけど。)しばらくはベッドの中にいたものの、そうそうゴロゴロも出来ず、ゴソゴソ起き出す。パリのホテルでは朝食代も平気で15ユーロ(今のレートで\1,600位。)程するので、わざわざ食べることはないが、地方のホテルでは宿泊代も安ければ、朝食代も安く、しかもここはビュッフェ形式、以前もここの広いダイニングで食べたこともあり、今朝もゆったり食べることにした。
 ホテルの飼い猫(レセプションやダイニングをウロウロしては、宿泊客に愛想を振りまいている。)にチーズをねだられつつ、ゆったりと食事を終えてもまだ8時。今日のフェアは10時半から開場なので、まだまだ時間はあるのだが、そのままのんびり部屋にいる気にならず、せっかちな私はさっさとチェックアウトを済ませ、またバスのに乗って昨日の会場へ向った。

 今日は午後5時にパリのホテルに迎えのタクシーを予約してある。それに乗って空港へ向うのだ。ということは…時刻表をよくよく調べると午後1時58分のパリ行きの列車に乗らなければタクシーの時間に間に合わない。何が何でもこの列車に乗らなければならないのだ。いつもだったら、荷物をホテルのレセプションに預けていくところだが、「もし時間がギリギリだとホテルに戻る暇もないかも。」という考えが頭をかすめ、フェア会場へ持って出掛けることにした。

 昨日も乗ったバスに乗り、一路郊外の会場へ。フランスの田舎はどこもそうだが、この街でもオリエンタルは全く見ない。逆に、どこへ行っても皆私の顔を物珍しげにまじまじ見るのだ。ことに子供は口をあんぐり開けて私の顔を見ていたりする。そんな時には居心地の悪さを通り越し、思わず笑ってしまったりする。

 会場に着いたのは午後9時半を少し回ったところ。せっかちな私はなんと開場の1時間近く前に着いてしまったのだ。でも今日は入口の扉も開いていて、一応屋内に入ることが出来た。仕方なく会場ロビーにあったベンチに座り、じっと待つ。そうしていると、出店業者がロビーに売り物の椅子を運んできて、ニスを塗り始めた。もうすぐ開場するにもかかわらずあまりにのどかな雰囲気。「まだかな〜。」と待っていた私だが、開場時間が迫ってきても、またしてもロビーには私一人きり。「こんなに誰も来ないなんてことあるのかしら?」ともやもやと心配になってくる。

 ようやく開場時間の10時半になった。が、ロビーにはやっぱり誰もいない。入口の受付のテーブルにも誰もいない。今回は高級品を扱う「サロン」と呼ばれるフェアのため、ずらっとコート掛けが並んだクロークが用意されているのだが、そこにも誰もいない。荷物の入った大きなバッグを持った私がぽつんとひとりいるだけだ。

 思わず入口付近にいた若いムッシュウに「もう入ってもいいかしら?」と尋ねると、「午後2時オープンだけど。」と不審顔。午後2時!?そんな時間に入っていたら、パリに戻ることが出来ず、今晩の飛行機に乗ることが出来ない。さぁ〜、と青ざめる私。でも、ここまで来てそのまま帰る訳にはいかない。声を掛けた若いムッシュウに、拙いフランス語で「私はアンティークディーラーで…。」と訴えていると、いかにも「ボス」といった雰囲気の年配のムッシュウがやって来た。どうやら彼はこのフェアのオーガナイザーのよう。最初に声を掛けた若いムッシュウが彼に聞いてくれると、彼は「こちらへ。」と私を入口脇の部屋に招き入れてくれた。再度哀れっぽく「私はアンティークディーラーで…」と繰り返す私に、ボスは機嫌良く「どこから来たの?」と問いかける。「ジャポン…。」と答えると、「よしっ!」とばかりボスのお許しが出た。この部屋はオーガナイザーの控え室だったのだ。ついでに「これも預かっていただけます?」と荷物まで預けてしまった私だった。

 ゆうべ調べたホームページには確かに「午前10時半開場」と書いてあったのに、どうやら二転三転したらしい。まだ商品を並べるディーラーがいる中、昨日のレースのマダムのところに一目散に早足で向う。マダムはどうしてこんな早くに来たかも聞かず、私の顔を見るなり次々とレースの入った箱を出してくれた。それは巨大なタッパウェア、私の周りにいくつも積み上げられた。

 まだ誰も見ていないレースの在庫を、「一番いいの、一番いいの…。」呪文のように唱えながらひとりせっせとチェックする。マダムは「マリエのハンカチだったわよねぇ。」と言いながら豪華なハンカチが入った箱を持って来てくれた。飢えた子供のように箱の中を漁る私、ゴソゴソ。いくつか出したハンカチから一番良い物を選ぶ。「あぁ、わざわざノルマンディーまで来て本当に良かった!」それは刺繍がびっしり入ったホワイトワーク、他のハンカチと比べると「格」が全然違う。
 鼻息も荒くまだ箱をチェックし続けるが、他にはめぼしい物を見つけることが出来ない。そんな時、マダムが気合いを入れて飾り付けしたガラスケースの中に鎮座しているファンが見に入った。せっかく綺麗に飾ってあるので、まずはお値段だけを聞く。「う〜ん。流石にマダムが目玉にしている商品だけあってお値段も良い。」まずはハンカチだけをお願いして会場を回る。

 オーガナイザーのムッシュウに「よし!」とお墨付きを貰ってからは心なしか足取りも軽い。しかも、まだ誰も見る前の商品を一番に見ることが出来るのはとても気分が良い。飾り付け途中の顔馴染みムッシュウに挨拶したり、顔馴染みのディーラーからニッコリされつつ、当初おどおどしていたのも忘れ、気分良く歩き回る。

 もう一度、レースのマダムのところに戻ってきた。私の顔を見た途端、ファンを取り出してくれるマダム。再度商談始め。私は電卓を片手に、マダムは大きな帳簿を手に、ふたりで「ああでもない。」「こうでもない。」私はファンの表側からよくよく見ると、今度は裏側もよくよくチェック。今回のファンは透明なべっ甲の骨、その上一番端に同じべっ甲素材の貴族の証である立体的な王冠の紋章が付けられている。レースの状態も非常に良く、しかも繊細。「あぁ、欲しい〜。でも高い〜。」しばしマダムとお値段の摺り合わせをした後、なんとか商談成立。「ふ〜。」買う覚悟を決めたときにはガックリ疲れていた。
 実は、このマダムとはもう何年も前からの知り合いなのだが、シャイなのか、控えめなのか、いつも私の顔を見てもニコリともせず淡々と接客。でも今日は違う。別れ際に「商談成立」の硬い握手。彼女とこんなことをして別れるのは初めてだ。上質なレース2点を胸に抱いて、再びオーガナイザーの控え室へ。先程のムッシュウに良くお礼を言い、荷物を引き取って会場を出た。

 色々あったノルマンディー行きだが、やはり来て良かった。お陰で列車の時間にも間に合い、無事パリまで戻ってくることが出来た。久し振りに「気分は綱渡り」な買付け。ひとりで羽を伸ばすなんてとんでもなかった!様々な人の親切のお陰で、なんとかひとりでこなした買付けだった。

ノルマンディーからの帰り、繁華街を通るとパリのプランタンもこの通りクリスマスのイルミネーションが。今回は見ることが出来ませんでしたが、きっとラファイエットも綺麗だったはず。


いつものキャフェも樅の木でクリスマスのデコレーション。いつもは河村と一緒に毎日のように立ち寄るキャフェなのに、今回立ち寄ったのは最終日の最後の一回きり。ひとりの買付けはとにかく忙しかったのです。


オデオンにあるポーランド書籍の専門店。こういうお城のデコレーションが東欧のクリスマスの飾りのようです。まるで夢の中のお城のようでしたよ。


***今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。***