〜パリ編〜

■2月某日 小雨
 いつものようにソウル経由、ソウルから12時間のフライトを経てパリへ到着。飛行機に乗っている間中、ほぼ睡眠の河村は「パリまであっという間。」と言うが、私は何度来てみても「やっぱり遠いな。」と思う。もっとも、遠いからこそ私達の仕事が成り立つのかもしれないけれど。

 飛行機を降りると、毎度ホテルまでどうやって行こうかと、ちょっぴり頭を悩ます。私達が泊まっている左岸のサンジェルマン・デ・プレ界隈には空港からの直行バスはないのだ。タクシーが楽なのは分かっているのだが、混み合う時間帯のパリの街、渋滞でまったく動かなくなって、メーターだけがどんどん上がっていくのに気を揉んだ事も数え切れず。空港からRER(郊外高速鉄道)の方がずっと速いのだ。
 そんな訳で、結局私のあまり好きではないRERで行く事に。ホームや車内の照明が日本人の私からすると異常に暗く、何やら「犯罪の匂い」がする。(私が思っているだけかもしれないが…。でも、未遂で終ったものの、以前ここの駅で実際にスリにも遭った事だし。)それに加えて、目的地のリュクサンブールの駅では、エレベーターなんていうものは無いから(パリのメトロでエレベーターがあるのは1998年に出来た14号線ぐらいだと思う。)階段で自ら重いスーツケースを持ち上げなければならない。そして、ホテルまでの道のりをゴロゴロ引っ張って行って…。それを思うと、いつも長時間のフライトの後は気分が萎えるのだ。だが今日も河村から経費節減の折、RERで行く事を命じられ、嫌々乗ることに。

 なんの事はなく、いつも通りにホテルへ着いてチェックイン。が、当てがわれたのは最上階の屋根裏部屋。屋根裏というとロマンティックな響きがあるが、頭のすぐ上が屋根の屋根裏部屋は、夏は暑く冬は寒い、この建物が建った19世紀当時は文字通り女中部屋だったに違いないのだ。しかも当時の女中部屋には、ご主人様のフロアと違ってエレベーターも無いから(その時代、最上階の屋根裏の女中部屋に行くのは「外階段」のみだったらしい。)、最上階の下のフロアまではエレベーターで、そこから最上階まではまた階段!またここでも荷物を引っ張り上げなければならないのだ。
 この時期、階下の部屋よりもずっと寒いことを経験上知っている私は、「寒いから他のフロアにして!」とレセプションで訴えてみたものの、今日は既に満室だという。翌日から部屋替え出来るか交渉しようとすると、寒がりではない河村はせっかく落ち着いた後は替わりたくないと言う。まったく、交渉するのはいつも私なんだから!今回は大人しく諦め、パリでは女中部屋生活を送る事に。

バレンタインディのためのウィンドウディスプレイはビスキュイの上にのせられた美味しそうなショコラ。到着してすぐにご近所を歩くと、新しくショコラティエが二軒もオープン。早速、まずは手始めにマカロンを購入。量り売りで、1個あたり日本円で\100弱。夜9時までやっているし、昼間は仕事の私達にとって、このお店は使えそう!

■2月某日 晴れ
 買付け一日目。今日はありがたい事に朝はゆっくり、のんびり近所のキャフェで朝食を食べて出掛ける。心配していた寒さだが、思いの外寒くない。最初にフランスの東急ハンズことオテル・ド・ヴィルの百貨店BHV(バザール・ドゥ・オテル・ドヴィル)へ。実は、前回仕入れたレースをどうしてもオーバルのフレームに入れたかったのだが、日本では丁度合うものをみつけられず、今回日本からレース持参でやって来たのだ。出来合のフレームでも日本よりも様々なサイズ、様々な素材のあるフランス。フレーム売り場をさまよった結果、無事お目当ての小さなオーバルを見つけた。フレームひとつとってみても、そんな些細なことにフランスらしさを感じる。フレームを調達した後は、アポイントを入れてあるお馴染みのディーラーの元へ。

 まずは日本まで送ってくれたクリスマスプレゼントのお礼を。そして私用にわざわざ自宅から持って来てくれたアイテムをじっくりと品定め。パリから近くない場所に住む彼女、仕事とはいえ、私のために重い荷物を持って来てくれた事にありがたい気持ちでいっぱいになる。
 それから延々品定め。最近彼女は私のために様々なホワイトワークのアイテムを探してくれる。ハンカチはもちろんのこと、モチーフやボーダー、皆本当に繊細な刺繍。そんなひとつひとつを手に取りながら、いちいち見入ってしまうので、買付けはなかなか進まない。

 ずっと探していた繊細なペチコートが。このところあちこちで探していたペチコート、私のイメージする繊細な雰囲気の物はなかなか無いのだ。そして、今日も私のリクエストに応えて可愛いロココが。「こんな可愛いもの、もう世の中に存在しないよね?」などとちょっぴり大げさな発言をしながらご機嫌な私。袋から美しい物が出で来る度、「あぁ、可愛い!あぁ、なんて美しい!」と興奮状態の私。広幅のシルクの柄織りリボンに「あ?!こういうの大好き!!この時代の物って、なんてエレガントなの!」と叫ぶ私。そんな時の自分はたぶん目がウルウルしていると思う。そんな美しい物との出会いの瞬間が忘れられなくて、この仕事を続けているのかもしれない。

 いったい何時間そこにいただろうか。訪れたのは午前中だったのに、すべてをチェックして彼女の元を出たのは夕方だった。いきなり初日から思いがけず沢山の物を仕入れることが出来、ほっとするやら、ひと仕事を終えて気が抜けるやら。予想外に沢山の物を仕入れてしまって、ちょっぴりドギマギしながら「女中部屋」へと帰宅した。

 仕事を終えてぐったりした私達は、「もうどこへも出たくない!」とホテルで食べる夕食のお総菜を買って帰ってきた。部屋に帰って、くつろいで、日本から持ってきたスピーカーにiPhoneをつなぎ、クラシックを聴きながら夕食。日本で聞くのとはまた違った趣がある。屋根裏部屋のここからはパリの街が一望できる。遠くまで続く屋根を眺めながら「ヨーロッパの音楽はこういったところで生まれてきたのね。」

買付けからの帰り道、可愛いお菓子屋さんを発見!このお店Meert(メール)はリールにある1761年創業の老舗。いつの間にかパリにも出来ていたようです。こちらもバレンタインディのためでしょうか、ラヴリーなウィンドウに釘付けでした。


文房具屋さんも、もちろんバレンタイン商戦に参戦です!こちらでは、男女問わず様々な物をプレゼントするようです。このウィンドウは真っ赤なハートに合わせて赤いアイテムで飾られていました。


屋根裏部屋の窓辺から。屋根が続くパリの空、小さな煙突も沢山。向こう側のアパルトマンの屋根裏のバルコニーには家具を吊り上げるための滑車が見えます。

■2月某日 曇り
 今日は「サロン」と呼ばれる比較的高級なアイテムが多いフェアの初日。紙もののアンティークフェアも同時開催されるので、今日もアンティークとアンティークの紙物にどっぷり浸かった忙しい一日になりそうだ。元々、このフェアは以前パリでも高級住宅街に近い場所で開催されていたのだが、これも昨今の不況の影響か郊外の展示会場に移り、今回は聞いたこともないようなホールで開催されるらしい。私達にとっては、場所が移ってからは初めてフェアなので、いったいどのようなことになっているのか行ってみないと見当がつかない。目当てにしていたディーラーがいれば良いのだが。
 会場となる13区のホールは、私達のホテルからは距離的にはさほど遠くないものの、思いの外不便。RERに乗って、メトロに乗り換えて、メトロを降りてからは地図を片手にようやくたどり着いた。

 会場はパリコレにも度々使われている場所らしいのだが、「どうして、またこんな場末に?」と思えるような辺鄙なところ。一見ガランとした倉庫のような所で、夜だったら来るのをご免こうむりたいような所だ。だが、今日は老若男女で溢れ、私達が着くと既に入口には案内状を手にした人達が並び始めていた。私達も列に並び会場を待っていると、ダフ屋ならぬ出店者のムッシュウが入場券を売りに来た。本来の入場料はひとり8ユーロだが、ふたりで14ユーロで良いという。「ダフ屋みたいにこんな所で商売しなくても。」と思いつつ、入場券を持っていると、会場入口で買うことなくすぐに入場できるので迷わず買う。時間になって開場になると、いっきにみんな場内になだれこんだ。

 アンティークも紙ものも同じ会場だが、一応ブースが別けられていたので「まずはアンティークから!」と元気に歩き出す。以前のフェアは、高級品が主体だったが、今回は小物が多く、私達向きのフェア。顔馴染みのディーラーもチラホラいて、みんな「やぁ、来たの?」といった表情を浮かべてくれる。
 小物が多いので、何かと気に入る物が出てくるかと思ったのだが、実際はなかなか出てこない。「なかなか無いねぇ?」と弱気になりながら会場を歩く。まずまず上質なホワイトワークのハンカチをみつけたのだが、あまりにベラボーなお値段に「それはどう考えたって無理でしょ!」と愕然。河村に「そんな値段を出さなくても、もっといいのが絶対あるって。」と励まされつつ歩き回る。

 そんな中、美しいブロンズの小物を並べたガラスケースが。フランスらしい豪華な雰囲気の綺麗な物ばかりが並んでいる。「きちんとした物を持っているディーラーは、キッチリ仕事をする真面目な人」という考えが頭にインプットされている私は、素早くガラスケースの隅々をチェック。「あ!あれ素敵!!」と河村をつつくと、河村も同じものを見ている。そんな時、私達の後ろから"Bonjour!"の聞き覚えのある声が。そちらを振り向くと、かつて何度か美しい物を譲って貰ったことのあるムッシュウがにっこり笑っていた。こういう時、オリエンタルの私達はディーラーに覚えて貰いやすいので便利。私達の好みをよく分かっている彼は、「これでしょ?」とばかりにケースから出してくれた。河村が着けていたアンティークのブローチを「それ素敵だね。」なんて褒めながら、「君たちは特別に○○ユーロでいいよ。」と調子の良いことを言う彼。「それでも十分高いよ!」と心の中で呟きながら、実際に手に取ってあちこちをチェック。それは内側に美しいブルーのシルクを張ったブロンズ製のガラスケース。内側が棚になったこのケースは大きめなサイズで存在感があり、以前からずっと探していた物のひとつだ。
 彼の美しいガラスケースにはどんどん人が集ってきた。邪魔にならないように脇にどいて、河村と一緒に再度チェックする。確かに高価だが、これを逃すともうしばらく会えないのもよく分かっている。「あぁ、高い。でも欲しい。」ジリジリするようなジレンマ。そんなジレンマを乗り越え、やっぱり手に入れることに。

 まだ今日はこれひとつだけなのに、大きな物を仕入れるとなぜかすご〜く働いた気がする私(笑)。ただ、思ったよりも今回はフェアの規模が小さく、会場の中をグルグル歩き回るが思った物は出てこない。二周目を回っている時、「あら、これは?」と思うリングがジュエラーのガラスケースの中に。それは小さな可愛いエンジェルの姿が描かれたエナメルのリング。こうしたリングは以前一度だけ扱ったことがある。あれから長い間探してきたのだが久し振りに発見。私と河村で代わる代わるチェックし手に入れた。マダムが「いいでしょ?」「可愛いでしょ?」とにこやかにすすめるのが印象的だった。

 もうひとつ、この日出てきたのはリボン刺繍のフレーム。一周目はまだ開いていなかったストールの中に顔馴染みのディーラーを発見。先のムッシュウと同じく、彼もフレームをはじめとする様々なブロンズ製品を持っていて、度々お世話になっているディーラーのひとり。お互いに「あれ!いたの?」と目と目を合わしにっこり。「やっぱり彼の商品は綺麗ね。」と河村とガラスケースの中をキョロキョロ。でも、今回欲しいフレームはない。そんなことを思いながらふと奥を覗くと…可愛いリボン刺繍のシルク製フレームが。「こんな物も持っていたの?」という感じのアイテムだ。リボンもシルクの状態も良い。こうしたリボン刺繍はリボン自体もシルク、可愛くて、しかも状態が良い物にはなかなか出会わないのだ。迷うことなく手に入れることに。アンティークの買付けはここまで。これからは紙ものフェアで、久々に何千枚、いや何万枚?のカードを繰る「カード地獄」が待っている。

 以前は頻繁に足を運んでいた紙ものフェアだが、最近は出店者数も減り、お目当ての出店者だったマダムとムッシュウの老夫婦も引退し、あまり魅力が感じられずこのところご無沙汰。今回は久し振りの来場だ。規模が小さくなったとはいえ、何十軒かのカードを扱うディーラーすべてに足を運び、ひととおり商品をチェックするのは大変な時間と手間がかかり、一番忍耐を要する仕事だ。覚悟を決めて会場へ足を踏み入れることに。

 一軒一軒のストールで、「エンジェルありますか?」とか「ウィーン趣味ありますか?」とか私達が必要なカードをアイテムごとに尋ねて出して貰い、それを一枚一枚繰っていく。久し振りの紙ものフェアだったのに、私達のふたりのことを覚えてくれていたディーラーが何人もいてちょっぴり感激。しかも、私達の顔を見ただけで「あぁ、エンジェルだったね。」と玉石混合のエンジェルのカードをどっさり出されて嬉しい反面、「これを全部見るのか。」と思うと少し複雑な気分。(混合玉石のカードでもとりあえず全部繰ってみないといけないので。)とにかくここではひたすらカードを繰るしかないのだ。ディーラーによって得意分野が違うので、私達が好むカードを沢山持っているディーラーもいれば、まったく違うカードを扱っているディーラーもいる。お門違いのディーラーはさっさと済ませ次から次へ。

 最近のパリでは、だんだんとカードを扱うディーラーが減りほとんど無くなってしまったが、今回のようにフランス全国から集まってくるフェアだと、まだまだ私達が欲しいウィーン趣味やボン・マルシェのカードを持っているディーラーもいて、久々に見るカードも多い。カードを繰っているうちにあっという間に時間が経ち、手はカードに付いた埃で真っ黒、お昼はとっくに過ぎ、お腹は減ってたまらない。フェアの会場には、何軒か簡単に食事の出来るレストランが出店しているのだが、横目で見る食事中のテーブルが普段以上に魅惑的に見える。一軒は牡蠣の専門店、皆、白ワインと一緒に牡蠣を食している。牡蠣のアレルギーのある私は食べられない癖に、「牡蠣、美味しそう!」と見境が無くなってきた。そんな折、ちょうど同じくカードを扱っている日本から来たディーラーIさんにばったり遭遇。私達よりもたぶんほんの少し年上のIさん、挨拶をするのも忘れ、思わず「Iさ〜ん。お腹が減ったよ〜。」と泣き声。いつも颯爽としているIさんは、半分呆れ、半分同情しながら、河村に「この子に何か食べさせてやって!」そして「サカザキさんのことだから、何よりも先に食事をしていると思ったのに…。」とひと言。それってどういう意味なんだ?

 空腹に耐えながらすべてのディーラーを回り、午後3時過ぎにようやく遅いお昼ご飯。周りのテーブルでは皆おやつにデザートを食べている中、お気に入りのパテのバゲットサンドと、河村から「6ユーロなら飲んでいいよ。」とお許しが出たシャンパーニュ。6ユーロは格安!仕事を終えた後のシャンパーニュの美味しさはともかく、パテが空腹に滲みた。

ご近所の食器店SABREビビッドな色味の組み合わせで春を感じさせるディスプレイ。フランスではこうした食器のコーデュネイトにもセンスが感じられます。


最近近所に出来た花屋さんのウィンドウ。グリーンと白だけのシンプルな色遣いに猫柳でボリュームを。ウィーン趣味のカードにもよく描かれていますが、ヨーロッパにもあるのですよ、猫柳。春の訪れを感じさせる植物です。


サン・ジェルマン・デ・プレのラデュレは散歩がてらよく前を通ります。僅かにスモーキーな色の組み合わせが大人っぽくて良いですね。

■2月某日 曇り
 今日は早朝から買付け。ヨーロッパに来たばかりの頃は時差ボケで否が応でも早く目覚めてしまうので、朝が早いのはいたって問題がない。今日も何人かのディーラーと約束があり、まだ外は暗いうちから支度をして出掛ける。ホテルの裏のバス停からバスに乗って…バスの運転手のムッシュウと挨拶を交わすのもいつものこと。が、今日はいつもと同じルートのバスに乗っているはずなのに、道順が違う!乗っていたマダム達も、「あら、いつもと違うわね。」とソワソワ。さてはムッシュウが道を間違えたか?実は以前、初めての乗務だったのかバスの運転手が道を間違えてどんどん道を外れ、とんでもないことになったことがあったのだ。乗客のマダム達の助けでなんとか正規のルートに戻ったことがあったものの、一方通行が多く道幅の狭いパリのこと、バスの曲がれない道や通れない道も多く、どうなることかと思って乗っていたが、ようやく正しいルートに戻ったときには皆ほっとしていた。今日のムッシュウは落ち着きはらったもの、どうやら途中のルートに変更があったのか、工事中で通行止めの箇所があったのか、今日は違う道順で行くらしい。やれやれ、市バスといっても安心できないのだ。

 さて、今日も何人かのディーラーと約束があり、皆手ぐすねひいて(笑)待っているはず。まずはいつもの彼女。もう2月だけどお互いに“Bonne anne!”と言いながらギュッと抱き合ってビズー。一般にフランス人はなかなか他人を受け入れないというが、この彼女にしても他のディーラーにしても、言葉も拙い私でも、一度仲良くなるとどこまでも仲良くなれる気がする。「マサコ〜、これよ〜。」といつものように新入荷の入ったボックスを開けてくれる彼女、今日そこ出てきたのは、可愛いエンジェルのタルクボックスやハート形のバスケット、そして「え〜!?何これ。可愛い〜!!」と私が声をあげた卵形のバスケット。もっとも、このバスケットは可愛くて状態が良いだけにもの凄く高かったのだが。彼女に値段を確認すると、「マサコも分かるでしょ?こんなの滅多にないことを。」と笑顔で言われてしまった。確かにその通り。他にも状態良いオールドローズの花々。フランスで可愛い雑貨をみつけたら、「即買い!」というのが、この頃の私達のモットー。沢山のアイテムを胸に、良いものを手に入れられた満足感でいっぱいだ。彼女によくお礼を言い、次のディーラーの所へ。

 たぶんパリから遠く離れた田舎から仕事に来ている彼女は、前歯と前歯の間にちょっぴり隙間が開いているのがチャーミング。私達は「スキッパーちゃん」とあだ名を付けて呼んでいるが、歯並びに気を遣うヨーロッパ人でもこのすきっ歯だけは「そこから幸運が舞い込む」といって特別らしい。趣味性の感じられる布やレース、小物などを持っているフランスのディーラーはそういない。そんな中では貴重な存在の彼女、これからも頑張って良い物を探してきて欲しい期待の新人だ。そんな彼女からはロココの付いたアイテムや美しいブレードを。「また次までにいっぱい良いものを集めておいてね。」という気持ちを込めて「次は5月に来るからね。」と言って別れた。

 年配のマダムはいつも沢山の商品に埋もれるように、レースやリボンやブレードなどの様々なアイテムに囲まれている。お値段は安くないのだが、状態の良い物を持っている彼女は外せない仕入れ先だ。今日も私達の顔を見ると、「こちらへ。」と、一般には「立ち入り禁止」にしている奥へ手招きされた。ここでゴソゴソ探すことしばらく、私達がホワイトワークを好きなのをよく知っているマダムは奥から何やら箱を出してきた。箱の中からはホワイトワークのハンカチ、「え?あなた、こんな上等な物も持ってたの?」といった感じの上質なハンカチだ。河村と一瞬目配せし、いただくことに。もうひとつ出てきた面白い物は、クロモスの付いた綺麗なエンボスのレターペーパーに美しい花文字で書かれたお手紙。額装しても良いかも。他にもリボンやお花などを選んで、一点一点お値段を確認すると…マダムはいきなり「サンジュウ!」と言うではないか。河村と顔を見合わせ、お互いに心の中で「フランス語の数字で“サンジュウ”なんてあったっけ?」と思っていると…怪訝そうな顔をしている私達に向ってマダムはフランス語で「サンジュウは日本語でしょ!」と破顔。「え?あなた日本語話せるの?」とびっくりして聞くと、「サンジュウだけよ。」と笑い、つられて私達も笑ってしまった。

 午前の部を終え、荷物を置きに一旦ホテルへ。バスに乗る前にお昼ごはんのバゲットサンドを買う事も忘れない。今日はどこかでゆっくりごはんを食べているヒマなどないのだ。ホテルの部屋に荷物を降ろすやいなやバクバク食べて、また次の仕入れ先へ。まだまだ今日はこれからなのだ。

 午後一番に向かった先はいつもお世話になっているレースのマダム。日本を立つ前に今日来る事は伝えてある。しかも、買付け直前に福岡に出張していた私達、名古屋からFAXを送る暇がなく、福岡のホテルから送ったのだ。果たしてちゃんとFAXはマダムの手元に届いているだろうか?
 行ってみると、レースのばあちゃん(私達は彼女の事をそう呼んでいるのだ。)は留守で、アシスタントのマダムだけ。挨拶もそこそこに彼女に「マダムは?」と尋ねると、私達を安心させるように「大丈夫よ。今キャフェにいるから2分で戻ってくるわ。」と教えてくれた。マダムのいぬ間に早速物色を始める私達。すると、私達に見せるはずだったのだろうか、目につくところに「入荷したばかり!」という感じのお目当てのレースがあるではないか!!すぐにアシスタントのマダムに言って見せて貰うと、私達が常に探しているレースそのもの。ここ最近見かけなかった豪華なレースだ。そして「た、たかい!!」付いているお値段にクラクラしながら、河村に「欲しい!絶対欲しい!」と訴える。私が言い出したら聞かないのをよく分かっている河村も思案顏。
 そんなところに“ばあちゃん”ことマダムが戻ってきた。ここでも“Bonne Anne!”と言いながら、マダムに抱きしめられる。「ムッシュウも!」と河村も否応なくマダムに抱きしめられ、ビズーも強要される。「クリスマスカードは届いたかい?」と尋ねられ、「ありがとう、ありがとう。綺麗なカードだったわね。」とお礼を言うとマダムも満足気。それから延々マダムが出してくれるレースを品定め。が、何を見せて貰っても、一番最初に見たレースで頭がいっぱいの私は気もそぞろ。マダムは色々すすめてくれるのだが、最初のレースがあまりに高価なため、他のレースを選ぶ余裕が無い。河村も日本語でボソッと「やっぱりこれは手に入れるしかないよね。」とふたりして腹をくくった。

 マダムは最近オークションで落としたばかりらしく、18世紀のレースが好きな私に18世紀のシルク生地をすすめてくれる。「これも18世紀、これも。」と次々広げて見せてくれるシルク生地を前に即席レクチャー。私が「これってrobeローブ(ドレス)に使ったの?それともrideuxリドー(カーテン)?」と尋ねると「どちもよ。あるときはローブ、あるときはリドー。どちらにも使ったのよ。」と教えてくれる。そういえば「風と共に去りぬ」でもカーテンからドレスを作るシーンがあったっけ。そんなことを思い出す。どれも豪華な生地ばかり。柄が大きく、私達が探しているお人形の衣装に使うシルクとは違うものだが、何枚もの18世紀の生地を目の当たりにするのはそうそうあることではない。生地を手にしながら心は18世紀へ。
 いつまでも18世紀をさまよっている訳にはいかない。意を決してマダムに「今日はこのレースだけ。」と伝えると、「あぁ、やっぱりね。」という表情で、何も言わずに私が好きそうなアイテムをひとつ選び一緒に包んでくれた。まさかおまけ付きとは思わなかった私はびっくり!アシスタントのマダムも太っ腹なばあちゃんに目を丸くしている。「マダム、ありがとう!」今度はお礼も込めて、私からばあちゃんをギュッと抱きしめてお別れした。

 次はジュエラーのマダムのところ。比較的扱いやすい値段の物から揃えているマダムのところでは、いつも何かしら拾い物がある。が、今回に限ってはピンと訴えかけてくるものが何も無い。あるいは、高価なレースを手に入れた直後で、私達が気弱になったせいか。マダムのガラスケースの中を凝視することしばらく、結局「また今度。次は5月に来るから。」とマダムに言って次の場所へ。

 あちらこちらに立ち寄るも、私達のお眼鏡にかなうめぼしい物が無く、最後に私達が「アンティークのデパート」と呼んでいる膨大な在庫を所蔵しているディーラーファミリーの所へたどり着いた。ファミリーでビジネスをしているだけあって、非常に手広く商売しているマダム母子&ムッシュウ。彼女たちがユダヤ人であることを知っている私達は仕事好きで商売上手な彼女達を、「流石ジューイッシュは凄い!」と常々尊敬の念を持って見ているのだが、ここでは娘の方のマダムのそのまた娘が遊んでいたり、お婿さん(?)の姿が見られたり、お手伝いの女性が入れ替わり手伝っていたり、とにかく多くの関係者の姿が見られて興味深い。
 もっとも「アンティークのデパート」と言っても、私達がチョイスする19世紀の物は膨大な在庫の中の極僅か。それをカードの仕入れと同じように、ひたすらすべてチェックして自分達に向いている物を探すのだ。今日も河村と手分けをして在庫のチェック。私が大量のお花の入ったケースに手を突っ込んでいる間に、河村は何百点もある生地のサンプルをチェック。だが、何百点の中から気に入る物は僅かに1〜2点。今日のお花は皆無。それでも、河村がどこからか美しいほぐし織りの生地を掘り出してきた。今日の仕入れはこれにて終了。気付くと既にここに来て軽く2時間近く経っていた。

お気に入りの花屋さんのエントランスには春の訪れを思わせるヒヤシンスのお花が。このアイアン製のスタンドはどうやらアンティークのよう。こんなアイテムも素敵ですね。


近所のスーパーに買い物の帰り、お父さんと子供三人のこんなファミリーに遭遇!自転車?リヤカー?これはいったい何?赤い箱に入れられた子供達がとっても可愛かったです。帽子にマフラーのムッシュウもお洒落。


■2月某日 晴れ
 今日も終日買付けの一日。昨日と同じくようにホテルの裏からバスに乗って仕入れ先へと急ぐ。今日一番の訪問先は雑貨や小物を扱うディーラー。果たして本日の買付けは如何に?

 ハンドバッグをかたどったスーヴェニールの小さなアルバムやメモ帳などの可愛いアイテムは最近ご無沙汰だったもののひとつ。見つかる時はいくつかまとめて見つかるのだが、いざ探してもなかなか巡り会えなかったりして、ここ最近は仕入れたくても仕入れられなかったのだ。小さなサイズなのだが様々な大きさや形、模様があるのも楽しく、集めたくなるもののひとつだ。今日は一軒のディーラーからふたつ。また別なディーラーからひとつ。三つガラスケースに並べてディスプレイする事を想像して嬉しくなる。

 次に訪れたのはレースのディーラー。挨拶かたがた「レースのニューストックあるかしら?」と尋ねるとマダムは私達の顏を見てニヤリと笑い、「アランソンもポワンドガーズも、ニードルのレースなんてないよ!」と私達が探しているレースを言い当て、「そんな物ある訳ないよ!」と言わんばかり。が、謎めいた微笑みのまま奥から何やら取り出してきた。薄紙の中から出てきたのはホワイトワークのハンカチ。しかもこれはフランスらしい特別な模様!思わず河村とふたり「こんな物あるんだ〜。」と脱力しながら見とれてしまった。これがまた高価だったのだが、わざわざ飛行機に乗ってヨーロッパくんだりまで買付けに来ても、その「物」に出会わなければ仕入れる事は出来ない。まして、マダムが出してくれなければ見る事もなかった訳で…「マダムありがとう〜!でも高い〜。」とぼやきながらやっぱりここでもふたり揃って清水の舞台から飛び降りてしまった私達だった。

 ここから場所を変え、郊外のサッカー場で開催されているフェアへトラムで出掛ける。2年ほど前に出来たパリの外周を巡るトラムは、郊外を尋ねるにはとても便利。道路の真ん中に線路が敷かれているので、メトロのように地下に降りる必要もなく、観光客もいないので治安の心配をすることもない。メトロやバスと同じ定期券で乗車できるので、そのまま乗ることが出来るのも便利。今日はほんの僅かにトラムで移動し、フェア会場へ。

 サッカー場といっても、グラウンドで開催されている訳ではなく、スタジアムの内側を使って、グラウンドの周りを三分の一周ほど使った小規模なフェア。その昔は、グラウンドをほぼ一周取り囲んでいたので、それに比べると出店するディーラーが減り、ぐっと小規模になったのが分かる。さほど期待しないままやってきたのだが、私達の想像通り仕入れられる物は皆無。その上戸外とほぼ変わらない、いや陰になったスタジアムの内側はビュービュー風が吹きすさんで恐ろしく寒い。「やっぱり何にも無いわ〜。」と呟きながら歩いているとガラスケースの中に入ったすずらんのソーイングアイテムが目に入ってきた。めうちやピンディスク、ニードルケースなど、すずらんはいつも探しているモチーフのひとつ。早速出して貰い状態を確認。すぐに手に入れ、そのままサッカー場を足早にひと周りした。

 サッカー場をあとにするとあっという間に午前の部が終わり、今日も途中でバケットサンドの簡単な昼食を大急ぎで済ませ、次の場所へ。途中、昨日おまけをつけてくれたレースのマダムにお礼のチョコレートを届ける。私達が滞在するオデオンのメトロの駅前に最近チョコレートの専門店が出来たのだ。可愛いディスプレイで沢山のチョコが並ぶそこは、思わずお買い物がしたくなる雰囲気。駅前で常にお客さんで賑わっている。私がマダムのために選んだそのセットはたぶんバレンタインデーのために作られたのだろう、真っ赤なチョコレートで出来たハート形のボックスに小さなハート形のチョコレートが入った物。そのままプレゼントできるように綺麗にラッピングされている。再び訪れた私達に意外そうな顔をしているマダムに「私のハートを捧げます。」と冗談めかして渡すと、“Merci!Merci!”と、またまた笑顔で抱きしめられてしまった。

 昨日たどり着けなかったディーラーを尋ねると、ここでもマダムとムッシュウが「あぁ、久し振り。」と迎えてくれた。彼らはお人形の小物や布などを主に扱うディーラー。元はといえばパリで開催されたフェアで出会い、ここ最近は毎回尋ねるのが恒例になっている。いつも何かしら夢のある可愛らしい物を持っていて、最近の貴重な仕入れ先だ。果たして今日は?
 早速あちこちを物色する私達。私がキョロキョロ上ばかりを見ていると、河村は下の方からある物を発見。ある物とは、花嫁の頭を飾るワックスフラワーのディスプレイ用のガラスケース。カーブしたガラスのはまったノスタルジックなケースで、ガーランドがそのままの形で残っていて、内側のピンクのシルクも状態が良い。前から一度扱ってみたかったアイテムではあるけれど、私の口から出た言葉は「これ、どうやって持って帰るの?こんな壊れやすい物送れない!」しかも、今回はパリからではなくロンドンから帰国するので、仕入れたら最後、まずはロンドンまで持ち運び、さらにそこから日本へ飛行機に乗せなければならない。それに、明日からウィーンに行くのに荷物はパリのホテルに預けていくので、その期間も壊れないように頑丈に梱包して預けていかなければならない。こんな壊れやすい物いったいどうするんだ!?そんな私の心配を他所に、河村は「大丈夫!大丈夫!段ボールに入れて持って帰れるって。」といたって楽観的。しかし日曜日の今日、段ボールを売っている所などパリ中探してもどこにもない。「段ボールはどうするの?」という私に、さも簡単なことのように「拾えばいい!」という河村。拾うって…拾うって…段ボールってそんなに都合良く落ちているものかしら?

 マダムもムッシュウも「素敵よ。これはとても良い物よ。」と河村の後押し。「大丈夫!大丈夫!」というノー天気な河村の声に惑わされて(?)持ち帰ることになってしまった。マダムとムッシュウが巨大な袋に入れてくれたガラスケースを、河村がさらに大きなフランスのスーパーのエコバッグに入れて立ち去った。

 大きな荷物を抱えたまま、今日も次から次へとディーラーも回る。が、どうも私達の心にピンと訴えてくる物がなく、時間ばかりが経っていく。そろそろフランスで使う予定の軍資金も底をついてきた。「そうだ!」と思い、昨日何も仕入れなかったジュエラーの元を再度訪れる。そこにはちょっぴり気になっていた物があったのだ。それは古いカットのダイヤのピアス、古いカットも魅力的なら、ダイヤの大きさもほどほど。だが、マダムに言ってケースから出して貰ったそれは大幅に予算オーバー。ピアスは両耳でダイヤ二粒になるので、リングなどのちょうど倍の予算になるのだ。「ごめんなさいね。」と言いながら返す「あ〜あ。」という私の表情が分かったのか、マダムは「ちょっと待ってて!」と奥の引き出しから何か出してきた。奥から出てきたのは同じようなカットのダイヤのリング。どうやら最近入荷したばかりの物らしい。こちらはちょうど予算内であるばかりでなく、ダイヤの輝きも美しい。ルーペでもよく確認をし、「これなら良し!」と最後にリングを入手。私の個人的な意見かもしれないが、特にダイヤについて言えば、アンティークのダイヤモンドジュエリーは現行品に比べてずっとお買い得だと思う。

 夕方早い時間に仕事が終った私達は、そのまま帰宅。まずは問題の荷物をホテルに置き、すぐに段ボール探しへ。「そんな都合良く落ちているものか?」と頭は疑問符だらけの私と、その自信がどこから来るのか自信満々な河村。(河村はかつて段ボールを拾って日本への発送に使っていたのだそう。意外にも、そんな日本人ディーラーは実は結構多い。)いつものように、ホテルの近所を散歩するように、でも目では段ボールを探して歩いていると…道端のゴミ箱の中にそれは小綺麗な段ボールを発見!しかもちょうど良い大きさ。「神の助け!」と迷うことなく拾って持って帰った。

サン・ジェルマン・デ・プレ教会はロマネスク様式のパリで一番古い教会。一見素っ気ない石造りですが、その表面には時代の味わいが感じられます。この周囲も今ではブランドショップが建ち並び、時代に流れを感じます。


マルシェの一角にあるここはチャーミングなお魚のモザイクが特徴のレストラン。たぶん元は“POISSONNERIE”、つまり魚屋さんだったのでしょうね。この“BOISSONNERIE”は飲み物を意味する“Boisson”とかけた店名のようです。


12年にも渡る北塔(左側)の修復工事を終え、久し振りにその全貌を現わしたサン・シュルピス教会。17世紀から作り続け、1870年に出来上がったと思ったら、1871年のプロシア軍の砲撃で北塔が壊れてしまったというなんとも不運なサン・シュルピス教会。ですが、これからは美しい二つの塔が同時に見られます。

***舞台はいよいよウィーンへ***