〜前 編〜

■11月某日 小雨
 いよいよ買付け。前回9月の買付けからまだ二月も経っていないのだが、急に訪れた冬の気配で、早朝の出発は買付け先のフランスを思わせる寒さ。厚着をして空港へ向かう薄暗いプラットホームで列車を待ちながら寒さに震える様子は、一足先にパリにたどり着いた気分だ。

 いつものように飛行機の中では、読書と映画三昧。美味しくない機内食を横目に、空港で調達した天むすをパクつきながら楽しい読書タイム。私達の使っている大韓航空では、最近日本語字幕の映画が減ったのが少し不服だが、その中から見たかった映画を見つけ、ブランケットにくるまり今度はのんびり映画鑑賞。ちょうど見たいと思っていた「私の中のあなた」は、白血病に冒された姉とドナーとして生まれてきた妹のストーリー。柄にもなく映画を見ながら涙をボロボロ流し、それをブランケットで拭っているうちにパリに到着した。

 シャトル・ド・ゴール空港からホテルまでは、ラッシュアワーのこの時間、タクシーではなくRER(郊外高速鉄道)で。だが、今日の電車はハズレ。各駅でノロノロとなんとかパリ北駅まではたどり着いたものの、そこから先は不通で、目的のリュクサンブールまでは不通。後から思えば、その後に続くスト絡みだったのかも。(フランスのストは悪名高いことで有名。)
 北駅で列車を降ろされた私達は仕方なくタクシー乗り場まで、行きから既に30キロ近くあるスーツケースをゴロゴロさせ、タクシーに乗ることに。ロンドンからでなく、パリから入る場合、ホテルまでスムーズに物事が運ばないのはいつものこと。そんな事にも慣れてしまった私達は「やれやれ。まただよ。」と小雨の中タクシーに乗りこんだ。

いつも心惹かれるスミレの小さな花束。お馴染みのホテルの近所、オデオン座のすぐ側にある花屋は、オーナーの好みかどことなく文学的な雰囲気。いつもそのお花と関係の深い古書がディスプレイされています。

■11月某日 曇り時々雨
 買付けの前半は時差ボケ(ヨーロッパにいるのに身体は日本時間)のため、とんでもない時間に目覚めるのがいつものこと。今朝も目覚めると4時過ぎ。窓の外は当然まだ真っ暗だ。まだまだ寝たいのだが、この時刻、日本時間ではお昼の12時過ぎ。日本に帰った時の方がさらにひどい時差ボケなのだが、こちらヨーロッパに着たばかりの時にも体内時計はすぐにヨーロッパ時間にはならず、しばらく妙に早起きの日々が続く。イギリスから買付けのスケジュールが始まった場合は、とんでもない早朝から始まるイギリスのフェア(以前は午前5時オープンなんて珍しくなかった。流石に最近そこまで早い時間からオープンするフェアはなくなってしまったけれど…。)にはぴったり。だが、フランスではそんな早朝から始まるフェアはまず無い。ベッドの中で本を読んだり、ゴロゴロしているうちにやっと夜が明けてきた。

 今日のスケジュールは楽しみにしていたパリのフェア。昨日パリに着いたときには小雨が降っていたけれど、今朝は雨上がり。半分屋外のフェアのため、雨でないのは本当にありがたい。以前からこのフェアに縁が深く、何度も足を運んだことのあるお馴染みのフェアで、出店しているディーラーとは顔馴染みも多い。買付け初日でもあるし、期待と不安が入り交じった、でも期待が勝った、ウズウズするような、なんとも落ち着かない気持ちで出掛ける。
 まずは河村と一緒にいつもの角のキャフェで朝のコーヒーを。私の朝はキャフェクレーム、もう何年も前、河村がフランスに来始めたばかりの頃、「こんなニガニガ(とても苦いこと)のコーヒーなんて、飲めない!」と訴えていた筈なのに、最近の彼は一丁前にエスプレッソのダブル。今では「大人はやっぱりエスプレッソ!」なんて言っているのがおかしい。さぁ、コーヒーを飲んで気合いを入れた後は、バスに乗ってフェアの会場へ。

 初日の今日、何日も続くフェアのオープン早々ということもあり、まだ搬入中のディーラーも多い。準備が出来次第、ストールが開いていくため、会場内を何度も何度もグルグル巡ることになる。まず最初に目についたのは、ハンドルの付いたドレッシングトレイ。ハンドル付きのものは、なかなか最近お目にかからないシロモノ。出てきた場所は、どれも埃にまみれていて、食器から道具類からとにかく「なんでもあり」のストールで、いわゆる「初出し(うぶだし)」と呼ばれているディーラー。一見、私の欲しいものなど何もなさそうなのだが、開始早々はいつも混み合っていて、早い時間に行けば「え!?どうしてこんな所に!」と思うようなものを手に入れることが出来る穴場的な場所。常に早い時間のチェックを怠らないのだ。ここでは「どうしようかな。」などと迷っている暇はない。もちろん値段など付いていないので、見つけると同時にさっさと手に掴んで、「これいくら?」と交渉。今日のまず最初の収穫はこれ。なかなか幸先がいい。

 次にみつけたのはゲランの香水瓶。ゲランは19世紀からボトルの形が変わらないのだが、気を付けなければならないのは栓に塩ビ製のストッパーが付いていないかどうか。本来古いものの栓は無垢のガラスで摺り合わせのはずなのだが、最近は無垢で出来た古いタイプを見ることはまずない。アンティークの香水瓶には様々なものがあるが、ことにゲランは超老舗香水店だけあり、そのネーミングやボトルの形にどれもいわくや伝説がある点も興味をそそるのだ。今回手に入れたものは“Eau du Coq”。ナポレオン縁のミツバチ模様が気になって以前から探していたボトルだった。

 以前にもアランソンの素晴らしいレースを譲って貰ったディーラーマダムともまた再会した。彼女が通常扱っているのはカットワークのベッドカバーやカーテンなどの実用アイテム。ハンドのニードルレースなど、非常に繊細なレースを扱っているようには全然見えないのだが、実は良いものを隠し持って(?)いて、「○○見せて!」と言えば、どこからか出てくるのが常。そんなどこからともなく現われた彼女のコレクションの中から迷いながら今回選んだのは18世紀のレース。ここ最近、こうした古いレースは本当に数少なくなってしまった。いつしか本当になくなってしまう日も来るかもしれない。こうしたレースは「出会ったときが買い時」というのが、ここ最近の私のモットーだ。

 同じような理由で仕入れてしまったのがシルバーのはさみ。ごくたまにしか見ることのないケース付の美しいはさみ。凄く高価だったが、やはり「見つけたときが買い時」のため、手放すことが出来ず、日本へ持って帰ることを決意してしまった。すぐではないかもしれないが、こうしたものは着々となくなっていく一途をたどっているのだ。そんなことを思い始めると、よりアンティークへの思慕が増してくるような気がする。

 それにしても、フランスアンティークの美しいことといったら、どう表現して良いか分からないほど。たぶんフランスのものの持つ美的な感覚が私達の好みとぴったりすることと、フランス全般への興味がつきないからだと思うのだが、仕入れることが出来ない高価なガラスやジュエリーなどでも、「あぁ、なんて美しいだろう!!」と見ているだけで幸せな気分になってくる。今回のフェアには、フランス中からグレードの高いものが集まってきていて、見ているだけでも勉強になる。ことに、このフェアに必ず出店しているノルマンディーからのディーラー2軒は、美しいジュエリーはもちろん、華麗なソーイング小物やエナメル、ガラスを扱っていて私の憧れの品揃え。アイテム別、色別に美しくガラスケースに並べられた商品の数々にはいつも羨望の目差しで、「あぁ、本当に美しい…。」と私は惚けたような顔でこれらのケースから視線を外すことが出来なくなってしまうのだ。

 会場内でサンドウィッチを食べて簡単にお昼も済ませ、気が付くと早くも夕方の気配。まだ時間は午後4時前なのだが、秋も深まってきたこの時期、午後3時を過ぎるともう夕方の気配だ。朝が早かったので、今日はここで退散。このフェアへはまた明日再挑戦の予定なのだ。

■11月某日 小雨
 買付け二日目。今日も昨日と同じフェアの会場でアンティークと戯れる予定。昨日は屋内のストールはほとんど開いていなかったので、屋外をほぼ制覇。今日は屋内でジュエリーを探すのだ。二日目だと思うと昨日よりも気も楽、昨日よりのんびりした気分でキャフェで一息入れてからバスに乗って出掛ける。昨日見た屋外のストールと違って、屋内のストールで扱われているのは高級品ばかり。果たして仕入れられる物はあるのか?

 今日まず目についたのはアイボリーのすずらんアイテム。それは繊細な繊細な彫刻で、掌に載せてじっくり眺めながら「よくぞこんな繊細な物が100年以上の年月を経て無事でいたもの!」と感心してしまう。きっとこれの持ち主だった貴婦人は、実際に身に着けるよりも眺めていた時間の方が多かったのではないか、などとすずらんを眺める19世紀の貴婦人の姿を想像してしまうのだ。
 そして今日は他にもすずらんに縁のある買付け。高価なジュエリーばかりで、いつも「見るだけ」だったジュエラーのところに可愛いロケットがあるのを発見。今まで「高価な物ばかり」と思いこんでいたケースによくよく目をこらせば、可愛いアイテムもあるではないか!おまけに30代後半とおぼしきマダムはとても感じが良く、「気まぐれで気位いの高いフランス女」のジュエラーとばかりと付き合ってきた私にとっては希有な存在に思える。(そんなマダム達とやり合うのもけっして嫌いではないのだが。)お陰で他にもチャーミングなアイテムを仕入れることが出来てラッキーな気分。

 今日はジャケットのラペットにコクトーのデザインしたブローチを着けてきた河村。このブローチは、この夏訪れた南仏の街マントンのコクトー美術館で買い求めた物。なぜかこのブローチが今日は大ウケに!様々なディーラーから「そのコクトーのブローチ、素敵だね。」「コクトーだね。僕も大好きだよ!」と散々褒められてちょっぴり良い気分。が、褒めてくれるのはすべて男性ディーラーばかり。これってもしかして…。そう、コクトーいえばレイモン・ラディゲやジャン・マレーとの恋愛でも有名。フランスでもイギリスでも男性のアンティークディーラーには、こちらの派の方々が多く、そのセンスは女性ディーラーよりも女性的だったりすることも多いのだ。今日、フラワーバスケット柄のロケットを譲ってくれたディーラーもそのひとり。
 ヨーロッパの男性よりも小柄で、しかも花柄のシャツを愛用する河村は、フランスではよく間違われがち。私のことは全く無視する癖に、河村だけに「コンニチワ!」なんて愛想良く日本語で挨拶する男性ディーラーもいて、そちらの派ではない河村は常々戦々恐々としている。

これが問題のコクトーのブローチ。目の部分が魚の形になっていて、オルフェを模ったものだと思うのですが…。やや大きめのサイズのためか、やたらと目立って声を掛けられていました。河村危うし?

 思いがけずジュエリーを仕入れることが出来、満足しながら午後2時近くに今日のフェアは終了。今日の午後は、紙ものディーラーの所に行くことになっているのだが、その前に河村がチェックしておいたレストランへ。フェア会場からも程近いBofingerはアルザス料理のレストラン。ここが19世紀と変わらない内装であることも河村の触手をそそったらしく、私達の予算に合うメニューでもあり(これが一番!)、来週はアルザスに二泊三日で出掛ける予定なので、その前にアルザス料理にもちょっぴり慣れておこうというのが彼の考えらしい。

 足を運ぶと、午後2時近くにもかかわらず(フランスのレストランでは、お昼の営業が正午から2時頃までのところがほとんど。)「どうぞ、どうぞ。」と中へ招き入れられたばかりか、混み合う時間が終わってちょうど席が空いたのか「いちばんいいお席へどうぞ。」と店内が見渡せるコーナーのテーブルへ。
 着ている物がいけないのか?持っているバッグがいけないのか?それとも「日本人」であることがいけないのか?(笑)普段なかなか良い席に案内されることがないだけに、それだけで嬉しい!お昼ということもあり、ほどほどにカジュアルな雰囲気でそれもまた気楽で良かった。そしてこれが私達のアルザスワイン開眼となったのだ。

Bofingerは19世紀の雰囲気が楽しめる、カジュアルな入りやすいレストラン。ただし、日本人の私達にはとうていデザートまでたどり着けないボリュームなので、前菜と主菜だけにしておくのが「無難」というものです!

 遅い昼食を終えて、いつも必ず仕入れに行く紙ものディーラーのオフィスへ。日本からもアポイントの連絡を入れておいたのだが、実は、昨日バッタリフェアの会場で彼と会ったのだ。うっかりアポイントを入れておかないと、留守をしていることもある彼。大丈夫、今日は灯りがついている。挨拶もそこそこにテーブルにつき、用意されていたカードをひたすら繰り始める。毎度ここに来ると、精神修行を思わせる仕入れが始まるのだ。出されたカードを2時間、もしくは3時間、ひたすら繰り続けるのだ。

 そんな今日も、このオフィスには度々来客が。私達と同じような海外からのディーラーのこともあれば、個人のカードコレクターの場合もある。そのひとり、個人コレクターとおぼしき初老の男性が、オーナーの彼と話をした後、私達に向って「コンニチワ。オゲンキデスカ?」と日本語で挨拶。「え?フランス人がなんで日本語を?」とビックリしながら挨拶を返すと、1970年の大阪万博の時に仕事で日本に滞在していたことを片言で教えてくれた。もう40年も前のこと、「ホトンドワスレテシマイマシタ。」と言いながらも、オーナーにフランス語で「Merciはオオキニっていうんだよ。」なんて説明している。ちょうどその頃大阪に住んでいて、大阪万博に行ったこともある河村は、「僕も万博に行きました!」なんて、盛り上がってしまった。大方のフランス人にとって日本は、「遙か遠来の未知の国」と思われているのだが、僅かでも日本語を操るフランス人に初めて遭遇し、ちょっぴり嬉しい出来事だった。

■11月某日 晴れ
 今日はやっと晴れ。フランスへ来て以来、毎日雨交じりのお天気だったのだが、今日はようやく快晴。今日はアポイントを入れてあるお馴染みのディーラーの元へ。いつも必ず立ち寄る彼女の元へは、やはり事前にアポイントを入れ、あれこれ我が儘なリクエストを入れてある。そんな私のリクエストを聞いてくれる彼女は、私達の大切なブレーン。きっと毎回毎回、私の無理なリクエストを見て呆れているに違いないと思いつつ、でもやっぱりお願いしてしまうのだ。そんな私の好みを熟知している彼女、今日は豪華なソーイングバスケットが出てきた。他にもシルクのボックスや、リボンやレースなどの様々な素材。ロココ見本も。ロココは本当に最近目にすることのなくなったアイテムだが、いつも私がしつこく「ロココ!ロココ!」と言っているせいか、私のために取って置いてくれるのだ。美しい材料の数々に「最近、こんなのもう無いよね〜。」と河村と声を揃えることもたびたび。

 そんな中、けっして派手な色合いではないのだが、刺繍のアイテムが目に入ってきた。「これは18世紀のものよ。」と彼女。それはベージュのシルク地に刺繍された小さなポシェット。その瞬間、私の頭の中に以前読んだジェーン・オースティンの評伝が蘇ってきた。「そうそう、これってまるでジェーン・オースティンが持っていたみたいなポシェット!」イギリスとフランスと国は違っても時代は一緒、その落ち着いた色合いは昔バースのコスチュームミュージアムで見た18世紀の衣装を彷彿とさせる。そちらも一緒に譲って貰うことに。アンティークを扱っていると、そんなふとした瞬間、頭の中でタイムトリップしてしまうことがしばしばなのだ。

 今日のスケジュールはここだけ。終日彼女の所で、「あ〜でもない、こ〜でもない。」と商品を選んでいると、あっという間に外は夕暮れの気配。流石に少し疲れも出てきて、集中力も途切れてきた。もう潮時だ。よくよくお礼を言って、また次回会うことを約束し、彼女の所を後にした。

パリ市庁舎オテル・ド・ヴィルの壮麗な建築はいつもウットリ見上げてしまいます。今日はお天気が良いけれど、夜のライトアップされたオテル・ド・ヴィルも素敵ですよ。

 ホテルに帰る前にスーパーで夕食を買い、部屋でささやかな夕ごはん。部屋でゆっくり過ごした後、今晩はプライベートな用事が。今年はエッフェル塔の120周年の年。この10月末から、いつもとは違った記念のイルミネーションが見られるとあって、暗くなってからエッフェル塔を見に行くことを計画していたのだ。いつもエッフェル塔を見る恒例のスポット、パリの左の端16区のシャイヨー宮は私達の滞在している左岸のオデオンからはけっして近くない。それならば、と河村の提案で、今晩はシャイヨー宮のちょうど反対側シャン・ド・マルス公園へ行くことに。

 メトロに乗ろうと、いつものようにオデオン座からメトロの駅までの下り坂を歩き、「ひょっとして?」と愛用のハンドサイズの地図“Plan de Paris”をチェックすると、なんと「シャン・ド・マルス行き」のバスがオデオンを通るではないか!「な〜んだ。バスで行けるじゃない!」とバス停へ。私達はメトロよりも断然バスが好き!治安もいまひとつで暗い地下道を歩かなければならないメトロよりも、バスの方が車窓を楽しみながら遠足気分で移動が出来てずっと楽しいのだ。

 夜とあってバスはなかなか来ないのだが、スポットライトの当たった美しいディスプレイのショウウィンドウを眺めながら待っていると、待っていることさえも楽しくなってくる。バスに乗ると、サン・シェルピス教会の横を通って、ボン・マルシェの脇を抜けていくルート。普段、夜に出歩くことはあまりないため、夜のパリの街を移動するのもまた楽しい。車窓から夜のパリの街を楽しんでいるうちに、いちめんブルーに光る大きなエッフェル塔がだんだんと近づいてきた。時刻はちょうどぴったりの午後9時10分前に到着、バスを降りる。エッフェル塔は毎時ちょうどにシャンパンフラッシュ、その後記念のイルミネーションが始まるため、エッフェル塔全体が見えるところまで移動し、カメラを構えてスタンバイする。夜のパリはもう冬の寒さ。19世紀には万博会場だったシャン・ド・マルス公園は風を遮るものが何もなく、だんだんと身体が冷えてくるのだが、それにもめげずイルミネーションが始まるのをじっと待つ。待つこと10分、パチパチと音をたてて、シャンパンの泡が弾けるようなシャンパンフラッシュが始まった。今までも遠くから見たことはあったが、こんな近くから見るのは初めて。毎時5分しか続かないシャンパンフラッシュは「一期一会」という感じがしてことさら綺麗。その後、エッフェル塔が様々な色に変化する120周年の記念イルミネーションが始まった。

 結局、イルミネーションを見終わった後、バスは既に終電になっていて帰ることが出来ず、メトロで遠回りをしてホテルに帰り着いたのは午後11時近くだった。遅くなってしまったけれど、パリらしい体験ができた私達は大満足だった。夏だったら、シャンパン持参でセーヌ河岸から眺めるのも楽しいかもしれない。

パリの夜空に青く光るエッフェル塔。昼間のエッフェル塔も良いですが、やっぱり夜のエッフェル塔は綺麗!


パチパチと音を立てて弾けるシャンパンそのもの。キラキラと光るエッフェル塔のシャンパンフラッシュは映像でお見せできないのが残念。

■11月某日 晴れ
 雨上がりの朝、「今日も雨が降らなくて良かった。」とほっとしながら支度をする。今日は買付けのハシゴ。お昼を食べる時間もない忙しい一日だ。朝からバスに乗って買付け先へ。もうすっかり冬の気配のパリの街、特に朝の寒さは厳しく、買付け前にユニクロで購入したフリースの手袋が大活躍だ。ユニクロといえば…パリの繁華街オペラ座のすぐ裏にユニクロの旗艦店がオープンしたのがこの10月のはじめ。それから連日の大賑わいで、開店時間と共に毎日行列が出来ているらしい。日によっては、入店規制がされていたというから驚きだ。お値段が安いことと品質の高いことに加えて、シンプルでベーシック、カラーが豊富なことがパリジェンヌにうけているらしい。確かにH&MやZARA、GAPなどなどヨーロッパの安いチェーン店の服と比べたら、ユニクロの品質が抜きんでているのもその理由らしく、開店から二ヶ月近くたった今も、連日混み合っているらしい。(高級なブランド品に身を包んでいるパリジェンヌなんて滅多に見ないのだ。)

 まず今日みつけたのは小さなシルバーのトレイ。小さなサイズはアクセサリートレイにぴったり。私が手に取ってひっくり返し、刻印を探していると、売っているムッシュウが出てきて、「シルバーだよ。ほら、ここ。」と刻印の場所を教えてくれた。イギリスの刻印は分かりやすいのだが、それ以外の国のものは本当に分かりにくいことが多い。これも日本に帰ったら、分厚いホールマークブックで調べなければ。

 まだディーラー達も早朝のため準備中、商品を運んでいるディーラーも多い。そんな折、ひとりのマダムが腕いっぱい抱えた布地の山の下の方にチラッと見えたブルーのストライプ。「ん?」その一瞬を見逃さなかった私は、マダムや無造作に置いた布地の下の方からそのブルーのものを引っ張り出した。「う〜ん、奇跡!」なんて大げさに呟いて引っ張り出したその布地は美しいブルーのストライプにお花が織りだされたクラシックなシルク、私好みのアイテムだ。

 今日はアポイントを入れてあるマダムもいる。いつも頻繁にメールをくれる彼女、私の知っているフランス人の中では一番の働き者で、いつもきっちり管理された彼女の商品には頭が下がるばかり。今日も、「これがマサコの箱よ!」と言われて開けた箱の中からは色々なものが出てくる。デッドストックの綺麗なリボンも、可愛いお花やフレンチプリントも。
 最後に、見たことのない形のバスケットを発見。それは卵形のバスケットに同じバスケット素材の背の高いスタンドが付いたもの。「あら、なんだかこれ可愛い!」お値段を聞くとけっして安くはないが、ディスプレイに高さが出せそうなアイテムだ。持ち運びを考えて、常に大きなサイズのものに難色を示す河村だが、今日は私が押し切り一緒に連れ帰った。河村の想像通り、たいして大きい訳でもないのに、日本へ持ち帰るのが大変だったのだけど…。(結局、送るための段ボールには入らず、私のスーツケースのほとんどのスペースがこのバスケットで埋められたのだった。)他にも様々なものを物色した後、朝食代わりにキャフェで一服。そして次なる場所へ。

 いったんホテルに荷物を持って帰り、次に訪ねた先は、お馴染み私達が密かに「ばあちゃん」と呼ぶレースを扱うマダム。今回も、もちろんばあちゃんにも連絡を入れてある。最近やらと親密に接してくれるばあちゃん、今日も私と河村の両方から再会のビズーをされて満足気。いつものように「ムッシュウはここ!」となぜか河村は隅の椅子に座らされ、私はまるで先生にしごかれる生徒のように、ばあちゃんが次々とどこからともなく出すレースを見せられる。「これは○○で。このレースは○○。」と、説明がしたくてたまらないばあちゃん。今日は、沢山見せられた中から最近気になる18世紀のレースと他に何点かを。ついでに「これも持ってけ!あれも持ってけ!」とおまけまで付いてしまった。ちょっとしたことでヘソを曲げてしまうばあちゃん、でもどうしてか愛着があって、憎めないキャラクターなのだ。今日の仕事を終えた後は、お互いにまたギュッと抱きしめあって次の再会を誓った。

 いつも立ち寄る「アンティークの卸問屋(とはいっても、20世紀のものがほとんど)」と呼ぶ大きな店舗のディーラーの側まで来ると、店内からバタバタ見慣れた店員の女の子達が殺気だって走ってきた。皆、普通ではない形相、「なにごとか!?」と思いながら店内に入ると、なんとジプシーの三人組に、店内にいたお客の財布がすられたらしい。店員の女の子の機転もあって、すぐに捕まえられたジプシー達。(最近のジプシーは身なりも綺麗ですぐにジプシーとは分からない。)あっという間にそのモールのセキュリティーを担当する警備員が呼ばれ、「盗んだ物を大人しく出せば警察に通報しない。」と身体検査をされると、運良くすられた財布が出てきて一件落着。「奇跡だ!」と喜ぶお店の女の子達。バタバタと走っていった女の子達にジプシー達が捕まえられるところから、「もう二度と来るな!」と彼らがお店から放り出されるまで、まるでテレビドラマを見ている様だった。こんなこともあるから、やっぱりパリは気を付けないと。

 お人形の衣装やちょっとした布小物を扱うマダムの所は、いつも何かありそうで、実際には仕入れられたためしがない。それでも、何か私達の好む「匂い」がして、毎度足が向いてしまうのだ。今日もいつもの「習慣」で立ち寄ってしまった。私と河村が別々に周囲を見回す。「そっちに何かある?」と聞くと、首を横に振る河村。(こんな時日本語は便利。)その時、半分壊れかけた布箱の中にレースのボーダーと一緒にハラリと白い布。その布の繊細な雰囲気はローンのハンカチの質感。「ん?」と手に取って広げてみると、それは繊細なホワイトワークのハンカチだった。イニシャル入りの美しい手刺繍、思わず「あるじゃないの!」と声を出してしまった。「ね?ね?綺麗でしょ?」と河村に同意を求める。綺麗な物を仕入れることが出来るととても気分が良い。

 今日の最後はジュエリーボックス。ジュエリーボックスというよりは、ウォッチケースといった方が的を得ているかも。19世紀当時は、腕時計はまだなく、懐中時計の時代。その小さな女性物の懐中時計を掛けるフックの付いた縦型のケース。小さなサイズと内側のピンクのシルクがチャーミング。何か変わった形のジュエリーボックスが欲しいと思っていた私にはぴったりのアイテムだった。実はこの形、前回の買付けの折、ノルマンディーのフェアでそっくりなものを見たのだが、状態が悪く、泣く泣く諦めた物とそっくり。優しい笑顔が印象的ないつものムッシュウは、私達がやって来ると、「さぁ、見て!見て!」とケースから取り出して見せてくれる。今日もそんな優しい彼から譲って貰った。

 今日も沢山の物を見て回り、ふと気付くともう午後4時。やっぱりお昼ご飯を食べる暇もなかった!もう自分がお腹がすいているのかどうも、なんだかよく分からない。最後にお馴染みのキャフェで、サラダとクロックムッシュウに赤ワインを飲んで「今日も終わり」モード。この時間に昼ご飯だったら、今晩はもう夕ごはんいらないかも。

 ホテルに戻った後はダラダラとお休みモード。でも今日は待ち人がいるのだ。私達の大先輩、尊敬する関西のアンティークディーラーMさんが「あなたが泊っているホテル教えてくれへん?」とご夫妻で滞在先のイタリアから、このホテルに登場する予定になっているのだ。相手は大先輩ゆえ、「え?私が泊っているホテルなんかでいいんですか?」と口ごもってしまったのだが、結局このホテルに一週間滞在されるらしい。到着予定の午後9時頃、レセプションに降りてスタンバイ。しばらくするとMさんご夫妻が到着!そのまま一緒に近所のキャフェで明日の打ち合わせ。明日の午前中は一緒に行動、晩は一緒にレストランでお食事の予定。いつもは河村とふたりきりの買付けだが、よく見知ったおふたりが加わるのも、またいつもと違って楽しいこと。明日が楽しみ。

トゥーサン(ハロウィン)が終わると、まだ11月なのにもう街はクリスマスの気配が。街のクリスマスイルミネーションの準備も徐々に始まります。

■11月某日 晴れ
 今日の午前中は昨日イタリアより到着したMさん夫妻と一緒に行動。一緒にバスに乗って出掛ける。本来だったらどこへでもタクシーで乗りつけるおふたりだが、今日は「バスで行きましょう!」と、ほとんど無理矢理一緒にバスに乗せ、パリの街を走る。目的地に着くと、近くのキャフェでの待ち合わせ時間を決め、それぞれ自由行動。私達は昨日も来た場所ゆえ、ほとんど流すだけ。でも、そんな中、忘れな草の刺繍が素敵な団扇のような物を発見。

 この団扇のようなもの、今までに同様な形の物を何度か目にしたことはあっても、何に使うのかひとつはっきりせず。日本人の私から見ると、見た目はまったくの「団扇」のこれ、何かの飾りであることは分かるのだが、今まで扱ったことがないため、いくら刺繍が素敵でもいまひとつピンとこない。そこで、「これってどういうもの?」と持っていた女性に聞くと、「これはプルミエ・コミニヨン(初聖体拝領式・子どもがある程度の年齢に達すると、正式なキリスト教徒になったとしてお祝いをすること。)の…。プルミエ・コミニヨンって分かる?」と逆に聞き返されて、「知ってる!知ってる!」と答えると、「プルミエ・コミニヨンのお祝いの品だと思うわ。」との返事。
 あぁ、なるほどね。日本人の私達にとって、キリスト教の信者の方以外はプルミエ・コミニヨンは縁のない言葉だが、国民の大半がカトリックのフランス人にとって、お馴染みの儀式。現代でもコンサヴァティブな人々にとって、我が子の大切な記念の儀式で、盛大にお祝いする。アンティークでも、このプルミエ・コミニヨンに関するアイテムは、白一色の衣装やヴェールから始まって、花やポシェット、ホリーカード等々、様々な物がある。「プルミエ・コミニヨン」の贈り物と聞いて一気にピンときた私、団扇でも何でもいただくことに決めた。ただ、「これってなんていう名前なの?」と聞く私に、件の女性が周囲の人々に聞いてくれたものの、皆「プルミエ・コミニヨンの贈り物」と言うばかり。「ま、いいか。」と後にした。

 ウロウロしているうち、あっという間に時間が経っていく。今日は次の場所へもMさん夫妻と一緒に行くことになっている。キャフェで待ち合わせをして、メトロやバスを乗り次いで行く煩雑さに今度は「タクシーでいいか!」と四人でタクシーに乗ることに。ビュンビュン飛ばすタクシードライバー、普段大荷物の時にしか乗らないタクシーだが、今更のように「タクシーって早いのね。」と思わずにはいられない。たまにはタクシーも良いかも。

 現地に着くと、「それじゃ、今晩はレストランへ行くから午後7時にレセプション集合ね。」とまたもや自由行動。私と河村は、今日の最大の目的地、私達が「アンティークのデパート」と呼ぶ、膨大な在庫量を持つディーラーへ。いくら膨大な在庫があっても、いや膨大な在庫があるからこそ、その中から私達に向くアイテムを探し出すのはもう本当に大変!この膨大な在庫を管理しているのは迫力の親子マダム。挨拶を済ませると、私と河村の二手に分かれて膨大な在庫にそれぞれ端から挑む。屋根はあっても、ほとんど野外といってもよい吹きさらしのモールの中、こんな時には指なし手袋が大活躍だ。(お洒落用の革手袋、屋外用のユニクロのフリース手袋、そして買付け用の指なし手袋の3種類の手袋持参でフランスに来ているのだ。)
 いつもは膨大な在庫を膨大な時間を掛けてチェックしても、気に入る物は2〜3点ほど。だが、今日はまたどこかから入荷があったらしく(きっとフランスの国中からここに集まってくるのかもしれない。)、前回見た物の他にも沢山の新入荷が混ざっていて、私の好きなほぐし織りや綺麗な織柄のリボンも何点か出てきた。目的のブツが出てくる度、嬉しくなって河村に「ほら、見て!これ可愛いでしょ!」と見せびらかさずにはいられない。

 もう一軒、18世紀や19世紀の時代衣装を扱うマダムも、毎回立ち寄る場所。彼女が扱うのは、18世紀や19世紀のドレスで、それを毎回見せて貰うのも興味深いのだが、私が物色するのは、レースやリボンなどの素材。誇り高い、いかにもフランス女然としたマダムに顔を覚えて貰うまでは、まるで「虫ケラ(笑)」のような扱いだったが(実際には「相手にして貰えない」という感じ、というか私達の姿が眼中になかったのだと思う。)、もう最近は大丈夫。にっこり微笑まれて挨拶をされると、以前のことがチラリと頭に浮かんでおかしくなる。今日は、積まれたレースの下からスモーキーな色合いのほぐし織りのリボンが見え隠れ。気になった私は早速見せて貰い、一応値段交渉。が、そこはやはり誇り高いマダム、にこやかな笑顔を見せながらも眉間にしわを寄せ「それは出来ないわ。」とちょっぴり渋い表情。やっぱりね。「ええ。だったら、そのお値段でいただくわ。」とあくまでも上品にマダムに対応する私だった。

 他にも素材を買い集め、そろそろ帰る時間がやってきた。今日はお食事会だから早めに帰って体勢を立て直さないと。今晩はパレ・ロワイヤルの近くのレストランでMさん夫妻とお食事。買付け中に知人のアンティークディーラーと一緒にお食事することは意外に多く、買付け中の楽しみのひとつでもある。同時期に買付けに来ていて、海外でバッタリ会うと、「じゃ、今晩お食事しない?」と日本にいるときよりも気軽に誘いやすい。何度か行ったことがあるパレ・ロワイヤルのレストラン、Mさんも気に入ってくれるといいなぁ。

いよいよアルザスへまいります!お楽しみに♪