〜前 編〜

■9月某日 晴れ
 昨日、いつものように紆余曲折を経てパリのホテルにたどり着いたのは夜9時半。パリ便はロンドン便よりも到着時間が遅いのだ。ホテルに着いてからも、食事を買いに行ったり、メトロの定期を作りにいったり、結局帰って寝たのは12時近くだっただろうか。そして今日はノルマンディーで開催されるフェアへ出掛けるため、午前5時半起床。買付けではいつものこととはいえ、流石に「しんどいなぁ。」とため息をつきながら、まだ闇夜のパリの街へ出掛ける。

 郊外に向かう駅から約1時間半、以前に比べ始発の時間が遅くなったため、ノルマンディーの街に着くのは既にフェアが始まった時間。電車からホームに降りると会場までのタクシーをゲットするため、タクシー乗り場まで一目散にタクシーダッシュをするのはいつものこと。ドライバーに行き先を告げ、走り出したものの、いつもとは違うオートルートをビュンビュン飛ばして行くではないか。「果たしていったいどこへ?どこへ連れて行かれるの?」と不安がムクムク沸き上がり「ええい、ままよ。」と開き直ったところで、見慣れた会場の屋根が見えてきた。やれやれ。

 実は、この日は招待券を持っているディーラーだけしか入場出来ないディーラーオンリーの日。それなのに、あまりにもその招待券が前に送られてきたばっかりに、私ときたら日本の仕事場に忘れてきてしまったのだ。会場の入口にはセキュリティーのムッシュウがいてひとりひとり招待券をチェックしている。私達の番になったのだが、入場券を忘れてきてしまったことをフランス語で説明するのに一苦労。最後は、ムッシュウが「仕方がないなぁ。」という半笑いで入れてくれた。

 さほど大きな期待をすることなく、ついついルーティンワークといった感じでやって来たフェアだったのだが、今日はお目当ての雑貨が色々見つかって嬉しい。(状態の良いフランスの雑貨って本当にいつも見つけるのに苦労しているのだ。)探していた物や好みの物が見つかった時のドキドキしたり、ワクワクする高揚感は他では味わえない。
 今日も可愛い花束やリボンで出来た小物、エッグ型のボックスなど、可愛い物色々をget !最後に出てきたブロンズ製のボックスはふたの女性像が美しい。ガラスケースから出して貰い、ふたを開けてみると…中は布張りなのにぎっしり粉が!「これってプードルだよねぇ!?」と目を白黒させていると、マダムが「これは頬を白くするためのお粉よ。」とジェスチャー付きで説明。お粉を捨ててお掃除をすれば綺麗になりそう。そして、捨ててしまうはずのそのお粉が薄紫の魅力的な色合いだったのにも「なんだかフランスらしい。」と心ときめいてしまった。

 今日の仕事はお昼でおしまい。なんといっても、出店しているディーラーがその時間で帰ってしまうので…。それでも4時間近く会場を歩き回っただろうか。会場で偶然会ったブロカントAのアツコさんを誘い、街へ出て以前にも行ったこともある美味しいクレープリーでお昼を食べることに。この田舎の街では、しっかりお昼休みを取るため、街の中にある目的の仕入れ先は午後2時を回らないと開かないのだ。

フランスの田舎ではこんなコロンバージュ(木骨洋式)の中世の建物をよく目にします。日本では考えられないほど古い建物だと思うのに、今でもちゃんと使われていることにいつも驚かされます。この建物は靴屋さん、もちろん現役です。


クレープリーといっても、ここで食すのはデザートのクレープではなく、いつもそば粉の入ったガレット。ハムや卵はこちろんのこと、シャンピニオン(きのこ)やアスパタガス入りで美味しいのです。ガレットにはもちろん林檎のお酒シードルを。シードルはグラスではなくカップでいただきます。


以前から気になっていたアール・ヌーボーのアイアン細工が素敵なサロン・ド・テ。今日は、仕入れ先が開くまでの時間つぶしに立ち寄ってみました。美味しそうな焼き菓子が並んだウィンドウ、みんな思わず立ち止まって眺めています。


上のサロン・ド・テのウィンドウはこんな感じ。今日は中のテラスでゆっくりお茶。買付け中、しかも第一日目からこんなのんびりしちゃって良いんだろうか?

■9月某日 晴れ
 今日はパリ市内の仕入先何軒かを回るため、遠くに行くこともなく、皆事前にアポイントを取ってあるため、比較的気持ちにも余裕がある。
 まずバスでオペラへ出て両替。一昨日、パリに着いた際にも空港で両替したのだが、それぞれのアメックスのオフィスでは金額の制限があるため、持ってきたトラベラーズチェックを一度に全部は現金化出来ないのだ。もっとも一度に現金化するのであれば、チェックで持ってくる必要がない訳だけど…。おまけに、ドル安の昨今、トラベラーズチェックだというのに、日本で扱われるアメックスのトラベラーズチェックでは、0.5%だの、1%だの、ついには2%というように両替に手数料が必要になってきた。おまけに今まではシティバンクの口座を持っていると無料でトラベラーズチェックの発行が出来たのに、9月からは発行にあたって何%かのコミッションを取られるようになるらしく、チェックでお金を持ってくる利点が何もなくなってしまうのだ。そんなこともあって、今後のお金の管理の仕方を再考しないといけない。やっぱり「腹巻きに現金!」しかないのかも。

 今日はアメックスのオフィスに足を踏み入れると、長蛇の列。辛抱強く列に並ぶこと30分以上。その間、すぐ後ろのフランス人のマダムの舌うちを何度聞いたか知れない。ユーロの持ち金をすべて現金化し、両替したブツは少しでもリスクを回避するため河村と私の二人分に分けて、バッグの奥底へ。今まで被害こそないものの何度かスリの洗礼を受けている私達、二人ともお財布も貴重品入れもしっかりバッグの内側にヒモでつないであるのだ。

 ようやく両替が済み、ほうほうのていでオフィスを出、バスでアポイント先のディーラーの元へ。私の我が儘なリクエストを聞いてくれる彼女は貴重な存在。今日も頼んでおいた様々な物があるのだ。果たして何が出てくるだろうか?

 いつものように彼女とにこやかに挨拶を交わし、夏のバカンスの話などしながら和やかに商談へ。今日、私用の袋の中から出てきたのは、美しいリボンやシルク地と一緒に出てきたのは、18世紀の古いレースボーダー。しかもこの時代のものとしてはまずまずの長さ。思わず手でボーダーを広げながら18世紀の人びとの仕事振りに目を奪われてしまった。
 そしてもうひとつ、彼女が「これは私のコレクションだったのよ。」と出してくれたのが小さなシルクのボックス。いつもそう言いながらどこからともなく可愛い物を出してくれる彼女。フランスでもイギリスでもこの仕事に長く携わっているディーラーは、皆それぞれ膨大なコレクションを持っているようだ。残念ながらその全貌を目にする機会はないけれど。
 半日かけて物を選ぶともう夕方近く。今日はもう一軒、アポイントを入れたディーラーが待っている。

 紙ものを専門で扱う彼のオフィスは、看板も掲げている訳ではないのに、毎回カードコレクターの誰かしらがカードの収められたアルバムを前に真剣な面持ちで選んでいる。私達が思うに、フランス人には元々オタク系の要素を持つ人びとが多く、ジェネラリストより断然スペシャリスト志向。そして、そんなフランス人の間で紙もののアンティークと共に人気があるのが切手。街を歩いていても、そうしたコレクター向きの切手専門店をよく目にする。

 一月の夏のバカンスの後は、すぐにロンドンに仕事に行っていたという彼。「ひょっとしてロンドンもバカンスの一環じゃないの?」なんて思いつつ、新しいストックを見せて貰う。一月ものお休みの後なので、さほど期待していなかったのだが、次から次へと新しいストックが出てきて今日もカード三昧。本当にこうしたディーラー達がいてくれて、私達が存在することが出来るのだ。気付くともう午後7時。最後に、前回はお金がなくて買えなかったミュシャのカード(流石にミュシャだけあって?カードなのに物凄く高いのだ!小さくともアール・ヌーボーの版画なのだからそれも致し方ないのだが。)を一枚選んだ。

 今日のスケジュールを済ますと、もう時刻はすっかり夜。明日もまた朝早くから買付けだ。

買付け先へ行くためにバス停でバスを待っていたら…。なんだか向い側の建物から視線を感じました。その視線とは???


そう、この窓の四隅に付いた顔、顔、顔!それぞれに個性的で、特に右上の顔なんて、何かを叫んでいるようでおかしい!沢山の顔が壁面から私を見下ろしていたのです。

■9月某日 晴れ
 今日も朝早い。立ち寄る予定のディーラーが何人も待っている。まだ九月だというのに、パリの朝は寒い。コートにショールをグルグル巻いて出掛ける。お陰様でこの時期、私達の出掛ける午前8時過ぎは、もう日が上がっている。真冬の寒さに比べればまだまだ手ぬるい感じだ。(真冬の寒さの中、物凄い厚着をして、終日アンティークを探していると「あぁ、私って働いてる!!」と実感。それはそれで妙な満足感があるのだが。)

 まず今日訪れた先はいつもお世話になっている彼女。今年一月に赤ちゃんを産んだばかりの彼女だが、もうすっかり仕事に復帰しているのには感心してしまう。今日もビズーで挨拶をした後は、「バカンスはどうだった?」と聞くと、情けなさそうな顔で「バカンスだっていうのに、子供の世話と仕事で、全然休めなかったの。」とポツリ。元々メールで聞いていたとはいえ、「バカンス命!」のフランス人らしからぬ発言。本当にいつも仕事熱心な彼女の存在がどんなにありがたいことか。ちょうど去年の今頃、赤ちゃんが出来たことを知らされた時は、笑顔で「おめでとう!」と祝福したものの、心の中では、「お互いにせっかくビジネスの良い関係が出来たのに、これでしばらくは彼女から仕入れることが出来なくなるな。」と思って少し凹んでしまった私。でも、出産後も一生懸仕事をしてくれる彼女とは変わらず良い関係が続いている。
 今日も「これが新しいストックよ。」とボックスいっぱいの生地だの、雑貨だのが出てきた。その中から、脇目も振らず気に入って生地をワッサワッサと掴んでいく。周りにライバルがいる訳でもないのに、「このボックスは誰にも渡さん!」と、ひとり髪振り乱し、殺気だって選ぶのものも、後から思い出すとおかしい。今日は可愛い布がいくつか、ソープボックスやバスケット、お花などなど。満足のいく仕入れに、「じゃあ、また今度ね。」と言って去ろうとする私の後から「マサコ、待って!可愛いソーイングボックスがあるの、忘れていたわ。」と彼女。ガサゴソ彼女が探して出てきたボックスは、確かに可愛いプリント柄。それも一緒に荷物に入れ、彼女のところを後にした。

 いつも顔馴染みのマダムとムッシュウ、彼らの所からは度々好みのものが出てくるので、必ず立ち寄るポイント。今日もにっこり挨拶をすると、「あら、また来たのね。」というように、ニッコリ笑いかけるマダムとムッシュウ。イギリス人のように、誰にでも笑いかけることのないフランス人、ことにパリの人からニッコリされると、なんだか仲間のひとりと認められたようで嬉しい。そして出てきたのがまたもや素敵なパウダーボックス。昨日仕入れた物と同じような、まるで美しいポストカードを思わせる貴婦人の柄がエレガント、やはりブロンズ製のためずっしりと重い。「これも素敵!」と迷わずゲット。最近、こういう女性的なアイテムに心惹かれるのだ。というか、高価なものなのに、ついつい手が出てしまうのだ。

 次に向った先は、いつもレースを仕入れるマダムの所。もちろん、彼女にも今日行くことはあらかじめ伝えてある。いつもは握手で挨拶なのだが、今日は近くの道端でバッタリ会ったこともあり、喜びのあまりお互いビズーで挨拶。私も河村も順番にマダムとギュッと抱き合う。
 年配の彼女、私達が仕入れる物が何もないと、「もういい!」とご機嫌斜めになるところが、困ったところでもあり、可愛いところでもある。今日も色々リクエストはしてあるのだが、果たして何が出てくるだろうか?「何か古いレースはない?」と問い合わせしてあった私の前に出てきたのは、見たことのない不思議なレース。よくよく観察すると、ちょっぴり18世紀のニードルレースの雰囲気を出しつつも、糸の太さや細工自体は19世紀のベルギーのものに近い。「ネットのないポワンドガーズ」というのが一番近い表現かも。繊細な表現と状態の良さは二重丸、面白いアイテムが入った。今日は他にも丈の長い豪華なベビードレスを入手、マダムも上機嫌で私達もほっと一安心。

 散々歩き回った最後に出てきたのは、なんとレースのファン!見るもの、見るもの、満足することが出来ず、ここ2年ほどずっと探していたのだ。ファンを専門に扱うマドモアゼルと呼んでも良いほど若い彼女は、まだ最近仕事を始めたばかり。最近ちょっぴり気になっていた存在で、一応覗くようにしていたのだが…。今日もさほど期待せずに立ち寄ると、壁際にディスプレイされたいくつものファンの中にレースのブツを発見。
 「あっ!ファンだ。」と駆け寄ると、今回は状態も良さそう。(前回の買付けでは、別なファンの骨に別なレースを組み合わせるという珍妙なファンを手に取った記憶があったのだ。)早速、見せて貰う。フランスでは“ecaille(エカイユ)”と呼ばれる透明感の美しい鼈甲製の骨も魅力的、レースの状態も良好だ。河村と共に、表を凝視し、ひっくり返し、裏側も重点的にチェック。骨にも異常のないことをよくよく確認してから値段交渉。私達のちょっぴり厳しいプライスに「仕方ないわね。」と言うように彼女は“Oui,”と頷いた。

 今日は昼ご飯を食べる間も惜しんであちこち歩き回り、ようやく仕事を終えたのは午後4時過ぎ。「腹へったよぅ!」と空腹で泣きそうになりながら、いつものキャフェに飛び込んだ。

買付けの帰り道、映画「アメリ」の舞台となったアベスへ道草。アベス駅の前にあるサン・ジャン・ド・モンマルトル教会は1894年から1904年のアール・ヌーボー期に初めての鉄筋コンクリートを使って建てられたもの。その装飾に重きを置かれるアール・ヌーボーですが、建築においては「鉄の時代」を思わせる構造と素材が特徴です。


教会の外のアベス広場では沢山の人々が周りで見守る中、大道芸のミュージシャンがギターで弾き語り。メリーゴーランドでは子供が遊び、さながら「ご近所の憩いの広場」という感じです。


かつて食料品店だったお店の外壁には今もガラス絵の看板が。たぶん19世紀に作られたこの看板、今はまったく違うお店になっていますが、優美で装飾的な字体が当時の街の雰囲気を彷彿とさせます。


サンドウィッチのお店のウィンドウに、色とりどりに並んだ瓶は何?シロップ?たぶん様々な種類のレモネードだと思うのですが…。綺麗な色だけどお味はいかがかしら?


■9月某日 晴れ
 今日も終日買付け。まだまだ何軒か行けなければならない仕入れ先がある。でも、まず最初にイレギュラーで開催されている小さめのフェアを覗くことに。小さめといっても公称250軒が出店するというフェア。果たして何が出てくるやら。

 本来距離的にはけっして近くない場所なのだが、私達が滞在する場所からはリュクサンブール駅からRER(郊外高速鉄道)に乗ればすぐ着くはず。普段だったら、治安が良くないRERにはあまり乗りたくないところだが、「昼間だし行ってみるか!」と出掛けてみた。予想通り、あっという間に到着。駅を出た通りにずらりとブースが並んでいる。ひとつひとつ丁寧にブースに入って見るのだが…「ここはフリーマーケットか?」という雰囲気で、アンティークらしいものに出会わない。フランス国内で開催されるこうしたフェアは、「プロフェッショナル」 「一般」 「プロフェッショナルと一般のミックス」という三つのカテゴリーに分けられていて、私達は今までの経験から「プロフェッショナル」以外のフェアに足を運ぶことはない。それ以外は本当に「不用品」といってもよい、いらなくなった家財道具をご近所の人が売っている、という感じで行くだけ時間の無駄なのだ。
 今日は「プロフェッショナル」のはずなのに…。どっとテンションの下がる私達。ここでは何も仕入れる物が無く、元々の予定通り、いつもお邪魔するディーラーの元へ。

 元々の予定通り、今日向う先は比較的沢山のアンティークを扱うディーラーばかり。一軒は、「デッドストックの宝庫」、もう一軒は「アンティークの問屋もしくは倉庫」とそれぞれ私達が呼んでいる所。その前に、やはり大量のコスチュームを扱うディーラーの所も見逃せない。そこは映画関係への衣装の貸し出しもしていて、19世紀のものからベル・エポック、アール・デコ、30年代、フィフティーズ、と時代ごとに大量の在庫を持っている。その在庫の質と量にも驚かされるのだが、長い髪を結い上げ、コルセットをつけて19世紀の長いドレスを着て、同じ時時代の編み上げのシューズを履き、まるで19世紀の写真から抜け出してきたような30代のマダムがいつも店番をしていて、買付けの度、彼女のファッションを見るのも楽しみにしていているのだ。

 いつも彼女の所で仕入れる物はほとんど無いのだが、今日もギュッとコルセットで締め上げた彼女のウエストの細さに目を奪われつつ、在庫の中を行ったり来たり。すると、ガラスケースの奥の方に、なにやら私向きのものがチラリと見えた。それは繊細なホワイトワークの襟。早速出して貰うと、状態もまずまずで、何よりその仕事振りに感嘆してしまうほど。嬉しい収穫だ。

 次に向った先は、「デッドストックの宝庫」もしくは「デッドストックのデパート」とでもいうような場所。フランス中のクローズした工場の倉庫などから、様々なアイテムのデッドストックがから集められ、その数ときたら想像もつかないほど。取り扱っているのは、20世紀に入ってからのアイテムが主で19世紀の古いものはほとんど無いのだが、私の好みを分かってくれているマネージャーの彼女は、何かと世話を焼いてくれ、私用に取って置いてくれるのだ。今日も私の顔を見ると、挨拶もそこそこに「え〜と、え〜と、何かあったはず!」と奥の倉庫へと向って行く。そして手にしてきたものは、小さなロココの切れ端が並んだ可愛いロココの見本。「そうそう、こういうのが欲しかったのよ!!」としっかり胸に抱いてしまった。

 次に向った先は、「アンティークの問屋」とでもいおうか、布やブレード、お花、レースなどなど沢山の素材がぎっしりストックされている場所。もちろんそんな沢山の在庫があっても、年代も素材も様々、19世紀の古い物は数少ないため、私が欲しい物を得るのには、時間を掛けて沢山の在庫と取り組まなければならない。本当に沢山、それはうんざりするほどあるのだ。今日はこのために「手袋」も持参、なにしろ布物のアンティークは埃の宝庫、おまけにお花からキケンなワイヤーもピンピン出ている。河村には「ここは手袋の私が受け持った!」と告げ、お花の山から取り組む。河村は、河村で、膨大な素材と格闘。ここを管理している(本当に「管理している」という言葉がぴったり!)マダム母子は顔馴染み、一見さんは入れないスペースへも、「ここも見せて。」と一言言えばと気安く入れてくれる。軽く2時間ほどを埃とアンティークにまみれながら(笑)ここで過ごしただろうか、マダム母子おすすめの豪華なお花も入手できたし、美しいシルクも色々、流石にあの膨大な在庫の中からだけあって、満足のいくものが得られて嬉しい。

 今日も仕事を終えるとやっぱり夕方。せっかくパリくんだりまできているのに、仕事だけで終わってしまうのは少し淋しい。今晩は仕事の疲れは忘れて、一度ホテルに戻ってから夕暮れ時の午後8時半開演のサント・シャペルのコンサートへ。以前は度々ひとりで足を運んでいたここのコンサート、河村と一緒に出掛けるのは初めて、私にとっては何年振りかのこと。有料コンサートではあるけれど、そこは観光客向けらしく、当日の会場で簡単にチケットが買えるのも嬉しい。しかも美しいサント・シャペルの中で美しい弦楽四重奏を聞くことが出来るなんて、それだけで非日常的でわくわくする出来事。静かに始まったコンサート、なんといってもサント・シャペルは世界遺産。天井の高い礼拝堂の中で聞く生の音楽は本当に美しい響きだった。

ラデュレがあることでも知られるジャコブ通りは高級なアンティークや洒落たインテリアのお店が並ぶ通り。洗練されたウィンドウディスプレイを見るために滞在中に一度は通ってみたい、そんな通りでもあります。秋にぴったり、鮮やかな色合いが美しい菊の柄のプレートはジアンのウィンドウで。

夕暮れのサント・シャペル。ただいま改装中なのでご注意を!でも、やっぱりここのステンドグラスは美しい!!夕暮れの後、ステンドグラスが見えなくなった後でも、礼拝堂内の装飾の美しさはため息が出るほどです。

■9月某日 晴れ
 今日のスケジュールはごく少し。半日はオフのため、キャフェで食べるよりもちょっぴりお上品に、朝からゆっくりサロン・ド・テで朝ごはん。そういえば、このところ毎朝早くから仕事だったため、ロクに朝ごはんも食べずに出掛けていたのだ。(とは言っても、たいてい買付け途中で大好きなパン・オ・ショコラをムシャムシャ食べていたのだが。)

 朝ごはんの後は、買付け前から行きたいと思っていた二ヶ所へ。どちらも普段滅多に足を運ばないシャンゼリゼ周辺。私達の滞在する左岸から遠いこともあるが、何よりブランドのお店に縁がないこと、この辺りがいかにも観光然としていることがその理由。たぶん河村とふたりで歩いたことはほとんど無いはず。でも、今日はそんなことは忘れてメトロに乗って出掛ける。さて、行き先は???

 まず最初の行き先は、シャンゼリゼの途中にあるショッピングモール、“Arcade des Champ elysees アルカード・デ・シャンゼリゼ”。あまり知られていないが、ここはアール・デコ期に作られた豪華絢爛なパッサージュ。ここのガラス装飾をラリックが担っていたことは、ラリックを専門に扱うディーラー仲間から最近聞いたばかり。かつてこのパッサージュが出来た頃は、一流のブティックが並んでいたというが、今は廃れ感が漂い、かつてはラリックのガラスの噴水があったところはスターバックスになっている。でも、よくよく見ると壁に取り付けられたガラスの照明などはそのまま。しばしアール・デコの時代へとタイム・スリップしてしまった。

今日は珍しくシャンゼリゼへ。凱旋門を望んで両側を高い街路樹が連なったこの通りは、いかにも「王者の通り」という感じです。

アルカード・デ・シャンゼリゼは、アール・デコの贅を尽くして作られたパッサージュ。だからか余計にその寂れ具合が淋しくなってしまいます。でも、当時の美しい装飾はそのままなので、シャンゼリゼへ出掛けたら、是非お立ち寄りを。

この照明はラリック製。こんな所にラリックがあるなんて、パッサージュを歩く人達はきっと誰も知らないのでしょうね。

 次の行き先は香水店のCaron。別にここの香水が欲しかった訳ではなく、本で見たゴージャスな店内を自分の目で見たかったから。シャンゼリゼからCaronのあるモンテーニュ通りに曲がると、そこはブランドショップが次々並んでいる。しょっちゅう買付けにきても、そういう物にまったく縁のない私は、「ブランドのお店って、こんな所にあったんだ!」と初めて知ることばかり。そうこうしているうちに、Caronへたどり着く。本で見たとおり、ウィンドウからも大きな香水入れが並んでいるのが見える。こういうお店は「ジャストルッキング」では済まされない。今日は高価な香水ではなく、白鳥の毛で出来ているパフを買う予定。

 “Bonjour”とフレンドリーにブティックに入っていくと、そこには香水の香りが立ちこめ、「これ全部女!」という雰囲気のメイクも濃いマドモアゼルがニコリともせず、“Bonjour”と返してきた。パリでは珍しくない冷ややかな態度の接客は、「いかにもフランス女」という感じだ。天井からはシャンデリアが吊り下がり、量り売り用のバカラ社製のゴージャスな香水入れ(フォンティーヌ)がずらりと並んでいる。様々な色のピンク、紫、グリーン、ホワイトなど、目的の白鳥のパフは大きなトレイに溢れるばかりに盛りつけられている。大きなウィンドウ際には沢山のパフで作られたマドモアゼルも。
 そんな中で、「私、まだまだだわ。」と「自分の女度」が乏しいことを改めて再認識。気を取り直し、「パフを見せて欲しいのだけど…。」と、相変わらずニコリともしないマドモアゼルに尋ね、欲しい色、欲しい大きさのパフをゲット。ついでに「店内の写真を撮っても良いかしら?」と聞き、マドモアゼから冷ややかな肯きの許可を得て記念撮影。(彼女は私のいる間、一度も笑わなかった!)店内の香水の甘美な香りに、「あぁ、もっと大人になったら(もう十分大人なのだけど)、今度は絶対香水を買いに来よう!」と心に決めて店を出た。こういうお店は、きっとフランスの貫禄のあるマダムが買いに来るのだろうなぁ。

私が是非一度見てみたかったCaronの店内。欲しい香水をこのファンテーヌの蛇口から好きな香水瓶に注いで貰います。次回はお洒落をして出掛けて優雅に注文してみたいです。


大きなピンクのパフで作られたパフパフマドモアゼル(←私の命名)。パフの感触は癒し系。思わず触ってみたくなってしまいます。

こちらは「シャンゼリゼ番外編」。我が家の車ルノーのショウルームがシャンゼリゼの中ほどにあるのです。今日はF1カーと共にルノー8ゴルディーニが!1962年にデビューしたというこの車、可愛い!


同じくルノーのショウルームで。F1ドライバーに囲まれて真ん中の河村がちょっと「寸足らず」なのはご勘弁を。

■9月某日 曇り
 シャンゼリゼに別れを告げ、次に向った先はデパート、プランタン。といっても、お買い物ではなく、プランタンのメゾン館のパノラマレストランで簡単な食事をとるため。どうも話に聞くところによると、最近プランタンは改装されたばかりの様子、かつて行ったことのあるパノラマレストランも綺麗になったに違いない。メトロを乗り継ぎ、オペラの裏へ。

 店内には用事はなく、ただエスカレーターで一直線に階上へ。屋上のパノラマレストランへ着いたのだが、さほど今までの様子と変わったこともなく、以前と同じようにパリの街が一望できて、のんびりご飯を食べるのにはぴったり。さほど美味しい訳ではないけれど、パリの空中散歩をしている気分でご飯が手軽に(短時間で!)食べられるここは、河村と一緒に度々やってくるスポット。今日もエッフェル塔も見えるし、オペラ座も見えるし、マドレーヌ寺院やサクレ・クール寺院などなど、ここにいながらパリの名所巡りが出来るような気分だ。初めてパリに出掛けられる方には良いかも?

ドラマティックな曇り空の下は白亜のサクレ・クール寺院。手前の塔はいったい何でしょうね?どなたかお分りになりますか?


今日もエッフェル塔はスッキリした立ち姿が美しい!手前のガラス張りの建物はグラン・パレ。こちらは1900年万博のメイン会場です。

手前の二つの塔は、ピカピカにお色直しの済んだプランタンの建物です。遙か向こうにオペラ座の三角の屋根が。

 手軽のお昼ご飯を食べた後は、左岸の買付け先二軒を回るためにバスで向う。が、今まで何度か仕入れをしているのにもかかわらず、まず向った先のジュエリーを扱うディーラーには欲しいものが何も無い。がっかりしながらサンジェルマン・デ・プレ教会方面へブラブラ。「一度も中に入ったことがない!」と訴える河村の言葉で、サンジェルマン・デ・プレ教会の中に入ってみる。ずっと昔に足を踏み入れた私の中では、何しろパリで一番古い教会(なんと起源は542年、現在の建物は11世紀のロマネスク建築)なので「確かステンドグラスも地味だったような…。」という記憶があったのだが…。後は画像でどうぞ!

ステンドグラスも地味かと思っていたら以外と派手。修理を繰り返されてきたサンジェルマン・デ・プレ教会なので、比較的新しいものなのかも?


上は赤い色が主体、そしてこちらはブルーが主体です。どちらも美しいですね。

ロマネスクの重厚な教会らしく、素朴で中世的な雰囲気が魅力的なマリア様。その周りには、沢山のお供えのキャンドルが灯されていました。

 ほとんど仕事にならなかった今日最後の買付けは、前回の買付けで、既にお金をすべて使い果たした後で手に入れることが出来なかった小さな書籍、ケイト・グリーナウェイの豆本を手に入れること。古書店の多いこの界隈、何よりも一番難しいのは、本を探すことではなく、ディーラーが店を開けている時間にたどり着くこと。(!)今日の目的のディーラーの所も、ガラス越しに見えるアイテムには、ずっとずっと以前から興味があったものの、何しろ主役であるディーラーの姿を確認することが出来ず、何年も足を踏み入れることが出来なかったのだ。前回たまたまウィンドウ越しにディーラーの姿を初めて見て、「うっそ〜!!開いてるじゃん!」と喜び勇んで入ってしまったのだ。そういう場では、必ず「何をお探しですか?」と聞かれるのが常。「別に何も…。」と言ってウロウロすることは通用しない。

 あの7月の日もニッコリ“Bonjour”と立ち入った後(ただでさえ怪訝な目で見られがちな東洋人なので、まずは愛想よく!)、計画通り「ケイト・グリーナウェイの本ありませんか?」と聞くと、何気なく引き出しから出てきたのは、小さなケイト・グリーナウェイ。フランス語版そのものがまず珍しいケイト・グリーナウェイなのに、さらに珍しい暦が小さなサイズの本になったもの。その時も何冊か見せられて、「うぁ〜!!欲しい〜!」と心の中で叫んだものの、すべてを使い果たした後で帰るばっかりの私達は先立つものがまったく無く「次回来たときにね。」と苦し紛れに言って去ったのだ。で、果たして今日は如何に?

 またもや“Bonjour”と明るく入っていく私、「あ、あの、ケイト・グリーナウェイありますか?」と尋ねると、前回見たものがまったく同じシリーズで出てきた。今回は実際に自分のものに出来るかと思うと、選ぶ目も真剣だ。今日はその中から一番状態も良く可愛い一冊を。珍しいアイテムで手に入って嬉しい。今日唯一の収穫だった。

いよいよ後編へと続きます。乞うご期待!