〜イギリス編〜

■11月某日 曇り
 前回の買付けから2ヶ月も経っていないというのに、もう買付け。なんだか月日が経つのが恐ろしく速く感じる。でも、「ついこの前も行ったし、平気、平気…。」と気分は決して重くない。前回9月の買い付けの折は、4ヶ月振りでしばらく期間が空いた後だったこともあり、「是が非でも良いものを見つけなきゃ!」と気合い十分だったものだが、今回は「きっと良い収穫があるはず。」とさほど気負うことなく自然体。(あまりに自然体過ぎて?飛行機に乗ってからいつも持ってくる折りたたみ傘を忘れたこと気付いた。アラアラ、出だしから大丈夫かしら?)

 今回もいつも付き合いのあるディーラー達は既にアポイント済みだし、「あなたの欲しがってたアイテムが出たんだけど、11月に来るって言ってたわよねぇ。いったいいつ来るの?」と向こうから連絡してくれるディーラーには今回も「あなたとあなたのbeautiful goodsに会えるのを楽しみにしているわ。」と連絡済み。果たして何が出て来るか?今回の買付けのはじまり、はじまり!

 いつもは読書三昧の機内なのだが、今回は日頃の疲れか(?)私も河村も寝っぱなし。起きて本を読もうと持ってきた文庫本を手にしてみるのだが、文字を追いかけると同時に睡魔に見舞われて頭がガクンと揺れてしまう。以前は、十数時間の機内での時間はすべて読書に費やしていたのに…。「昔はこんなことなかったのに。」これも年齢を重ねてきたということ?

フラット近くのプライベートガーデンでも、すっかりクリスマスへスタンバイ。柊も真っ赤な実をつけていました。よくアンティークのポストカードの題材にも見られる柊、濃い緑のとげとげの葉っぱに真っ赤な実が可愛いですね。

■11月某日 曇り
 買付け一日目、朝からラッシュアワーの満員電車に揺られ買付け先へ。今回のロンドンは思ったよりも寒くない。コートは着ているものの、中はコットンの薄手のセーター、今日はマフラーも無し。前回この場所に来た折には、思いがけず色々出てきたのだが、今日はいくら歩いてみても、眼を皿のようにしてみたところで、引っかかってくるものが何もなく、全くの手ぶら状態。「もう駄目かも…。」と諦めモードで、ついつい河村に「もうアンティークなんてこの世から消滅したのかも?」と弱音を吐いてしまう。実際に、昔はよく目にしたが、近頃はまったく目にしなくなったアイテムもある。昨今のアンティーク事情はまるでこの言葉の通り、絶滅動物に近いノリなのだ。

 もう諦めかけたところで、シールを発見!ガラスケースの中のシールを前に「ねぇ、どう思う?」と二人で相談していると、真横にいたマダムが「それ見せて。」と先に王手をかけた。思わず顔を見合わせる私達。今までも何度か、迷っている私達のすぐ横でお目当ての品物をgetされたことがたびたびあるのだ。「あら〜、先に取られちゃった。」と今回も肩を落としていると…そのイタリアから買付けに来たらしいマダムは"Thanks."とシールを置いて行ってしまった。どうやらイタリア人にとってそのシールは小さ過ぎたらしい。拍子抜けしながら改めて見せてもらったそのシールは、お花をかたどった形がラブリーでイニシャルが印刻されている。「可愛いじゃないの!」と即決した。
 今日はいつもお目当てにしているディーラーの姿が見えない。彼女から今までもたびたびジュエリーを仕入れていて、何かと私の好みのアイテムを持っているのだけど、今日はどこに行ってしまったのだろうか?そんなことを思っていたら、またさっきのイタリア人のマダムがシールを見ている。「あら、ここにもシールが!」と思ったそこが目指すマダムの所だった。

 あった!あった!興味深いティーポット型のシールやキィと一緒になったシールなど、またまたここでもシールを入手。とりあえずこれで手ぶらで帰ることがなくなり、一安心。今回の買付けはまずはこんなところから。

 一度フラットにも戻り昼食を済ませた後は、ソーインググッズを扱うディーラーとレース扱うディーラーの元を訪ねることになっている。ソーインググッズのディーラーの所では、いつも何かしら興味を引くものがあり、私達の無くてはならない仕入れ先だ。様々なアイテムを「これもニューストックよ。」と出してきてくれる。今回も、シルバー製のものやアイボリーのボックス入りのものなど、いくつかソーイングツールのセットはあったのだが、コンディションと細工とを総合すると残念ながら仕入れたいと思うセットは皆無。代わりに、ジョージアンのピンクッションと凝った形のマザーオブパールの糸巻きが出てきてそちらを迷わず入手。「このマザーオブパールの糸巻きはパレロワイヤル製では?」とマダムに尋ねると「その通り!」とニッコリ。確かこの形はソーイングツールを集めたブックにも掲載されていたはず。やはりパレロワイヤルのものは、他のものに比べてはひと手間もふた手間も違うのだ。

 最後に立ち寄った先はレースを扱うディーラーの所。ソーイングツールでも、レースでも、そこにある一番良いものを仕入れるようにしているのだが、果たして今日は何があるだろうか?ここでは度々マルチーズボビンを仕入れているせいか、マルチーズの良いものがあるとマダムは真っ先にすすめてくれる。今日のおすすめはマルチーズの大判のテーブルセンター。確かに今まであまり見ない大判の丸い形で美しい仕事、良好な状態だ。でもどうやって見せたら(展示したら)良いものか?河村に「どう思う?」と聞くと、彼も私と同じようなことを思っていたらしく「どうしたら綺麗に見せられるかなぁ。」と呟いている。そんな時、河村が「そうだ!サロンの丸テーブルに敷けばいいんだよ。」と画期的なアイデア。サロンのお客様と一緒にお茶を飲む丸テーブルは、何年か前、サロンをオープンする際にテーブルのサイズに合わせて板ガラスを丸く切ってもらい、テーブルクロスの上に板ガラスをのせて使っている。ガラスの下に敷いてしまえば、何よりも美しいし汚す心配も無い。今はアイボリーのテーブルクロスを敷いているけれど、少し色の付いたベージュや淡いブルーなどのテーブルクロスにしてもマルチーズの細工が映えそうだ。「そうだ!それで行こう!!」と決定。一緒にマルチーズのハンカチもget、帰ってサロンに飾るのが楽しみだ。

 気温はさほど低くないものの、この季節のロンドンは日が暮れるのが早い。午後3時を過ぎると既に日が陰ってきて日本の夕暮れ時を思わせる明るさ、午後4時にはすっかり日が暮れ、午後5時はまるで夜のようだ。まだ少し明るさの残るロンドンの街をバスに乗りフラットからも程近いアンティークモールへ。だが、予想していたとおり、開店休業状態のストールばかりで何も得るものはなく…。暗くなった街をまたバスに乗って帰宅。買付け一日目はこれにてやっと終了。今日も一日長かった。

 このところのロンドンは、オリンピックの開催が決まってからというもの、かつては本当に古い、正真正銘のヴィクトリアンの建物や倉庫だった場所の開発が目まぐるしく進み、妙にきれいで薄っぺらな街になってしまった場所が多い。この街では建物の表側は規制があって手を加えることが出来ないが、内側はまったく新しい建物にリノベーションし、それと同時に表側も砂を吹きつけて研磨し、すべてきれいにしてしまう。昔の、決してきれいではないが、どこかおどろおどろしい雰囲気が魅力だったロンドンの街が姿を変えてしまうのは、せっかく21世紀まで生き延びたヴィクトリアンの亡霊が消え去ってしまうようで少し淋しい。 

気の早いこと!ロンドンの目抜き通りキングスロードのコスメティックショップではもうクリスマスツリーが。イギリスに詳しいお客様から聞いたお話によると、早い時期からクリスマスの飾り付けをするのは実は鬱病対策なのだとか。確かにどんよりとした鉛色のお天気が続くロンドンではうきうきする、心が楽しくなるウィンドウディスプレイです。

11月某日 晴れ
 今回のイギリスでの滞在はまたもやたったの三日間。昨今の円安傾向のレートの悪さに加えて、イギリスの物価高から滞在費用を抑えるため、なるだけ滞在期間を短くしようという考えからだ。悪名高いロンドンの地下鉄が初乗り¥1,000程というのは有名な話だけど、それ以外でもイギリスはすべてにおいて物価高、ヴィクトリアンの階級制度そのままに21世紀の現代になっても貧富の差が激しい。(やはり王様をギロチンにかけて共和制の国にしてしまったフランスと違って、未だに女王様の国だから?ちなみに、日本では最近値上げで話題になっているガソリンは、ロンドンではレギュラーが約250円だ。)日本のホテルに比べると、ロンドンのホテルは決してリーズナブルとは言えない。宿泊先のグレードを落とすことだけはしたくない私達に出来ることは、少しでも滞在期間を短くするということ。
 滞在期間が短いということは、買付け自体は非常にハード。けっして望むことではないのだが、日本の金利が上がり(日本の金利が上がることがレートにも好影響を及ぼすのだ。)、このレートの悪さが緩和されるまで、もうしばらくの辛抱だ。そんな訳で今日は半日買付けをした午後は、前回と同じく、休む間もなくフランスへの大移動が待っている。

 午前4時半起床、午後に大移動の待っている私達は、さっさと荷物をまとめ、後でピックアップできる状態にしておく。そのままスーツケースなどの荷物を置いて出掛け、仕事が終わってから引き取りに来るのだ。早朝のロンドンは寒い。少し厚手のセーターを着込み、まだ真っ暗なロンドンの街へ。タクシーをつかまえ、買付け先へと向かう。

 朝からまず見知ったディーラーの元を立ち寄ると…彼はジュエリーを専門に扱うディーラーにもかかわらず…「ハイこれ!」と私の欲しそうなソーイングツールを出して見せるではないか!「私がこういうのも探している。」と言っていたのを覚えていてくれたのだ。元々、状態の良さには定評のある彼のこと、ソーイングツールの方もどれも良好な状態。「そう、そう、こういうの!もうバッチリ!こんな感じのものが欲しいのよ〜。」と嬉しくて舞い上がる私。特に、シルバーの珍しいはさみとマザーオブパールのツールには思わず指でOKマークを出してしまった。

 駆け足で向かった先は、いつも立ち寄るジュエリーのディーラー。彼のガラスケースに入ったジュエリーではなく、まだ皆が見ていないタッパーウェアに入っているニューストックが私達の目当てとするもの。「今回も何かあるかな?」とドキドキしながら彼の元へ出向いてみると…出た!私達の大好きなエナメルアイテム。ぴったりのサイズに、ぴったりの絵柄だ。繊細なシードパールのアイテムや本当に繊細なリングも。リングの中の1本は、とても華奢な7号サイズなので、そのサイズを探していらっしゃる方には良いかも?
 
 そういえば、前回素晴らしいホワイトワークのベビードレスを持っていたレースディーラーの所に、そのベビードレスは掛けられていない。本当に素晴らしい細工だったのだが、お値段も素晴らしく高価だったため、前回とても手が出せなかったのだ。思わず「あれ、売れちゃったの?」と聞くと、「ううん、まだあるわよ。」とニッコリ。「あれ、とても美しいドレスだったものね。」と言いかけながら、「でも、私達にとってはとてもハイプライス…。」と最後は呟きに。
 
 今回そのベビードレスは再び見ることはなかったが、古いニードルレースの大振りな襟とタティングレースのパラソルの傘部分をget。タティングレースは19世紀半ばの結び目のある古い作り方のもの、アイボリーと濃い茶色というツートンカラーが珍しいと思って見ていると、彼女も「この二色になっているのが珍しいわね。」と後押し。ちょっと変わったアイテムだ。
 
 何気なく寄った先、たまに買付ける男性ディーラーの元からはアイボリーのピンディスク。たびたびフランスのフェアでもバッタリ会ったりする彼、イギリスのものだけでなくフランスのものも扱っていて、私の好みのものを持っていることも多い。男性だからといってまったく侮れないのだ。
 
 いつもソーイングものを持っている女性ディーラーからはアイボリーのワックスホルダーを。繊細な彫刻にイニシャルも入っているところが私好み。全体を覆うワックスの汚れが気になるところだが、私達の秘密兵器(それが何かはヒミツ・笑)を使い、ブラシで洗えばきっときれいになるはず。彼女からは他にも鼈甲のタティングシャトルやソーイングセットを見せられたのだが、象眼に欠落があったり、ツールに無いものがあったりと状態が今ひとつで今回は却下。どちらも私にとっては喉から手が出るほど欲しいアイテムなのだが、自分の許せる範囲の良好な状態のものでなければ意味がない。またいつの日か良好な状態のものに出会えることを祈ってさよならした。
 
 いつもアポイントを入れるレースディーラーの所からは"The Lace History"に掲載されているレースそのものが出てきた!18世紀のアルジャンタンなのに、なんだか可憐な雰囲気。グランドの繊細さも特別だ。ラペットのような雰囲気なのだが両端は切れている。一体何だったのだろう?古いレースを手に入れることが難しい最近、嬉しい出会いだ。
 
 山のような荷物と歩き過ぎてへとへとになった身体を共にタクシーのシートにゆだね帰宅。いつもだったらこの後はベッドに倒れ込むところだが、今回はユーロスターでフランスへ。その昔、まだまだ駆け出しディーラーだった頃は、バスケットやグラス、食器など今よりもずっとかさばる物、重い物ばかりを扱っていて、泣きそうになりながら激重の荷物を持って歩いていたものだった。(当時は河村とコンビを組む前で一人きりだった。)もしロンドンの街中で、その頃の自分に出会うことができるのなら、「重いのによく頑張ってたね。」とねぎらってやりたい気さえする。その頃より確かに荷物は減ったけれど、買付ける金額はずっと多くなり、当時は当時で一生懸命だったけれど、今の方がずっと神経を使う仕入れで、責任はずしりと肩に重い。でも、このプレッシャーに負けず、もっともっと今よりも立派なディーラーに成長したいもの。

ロンドンの街を歩いて見つけた窓辺の猫。赤いトリミングの首輪がよくお似合い。そう、ここはペットのためのお洒落ショップ、猫や犬のお洒落な首輪やリード、そして洋服まで(まさか猫に着せる洋服はないと思うのですが)扱うショップだったのでした。

 

 ユーロスターに揺られること2時間半。パリにたどり着くと午後7時を回っていた。沢山の荷物を抱える私達のこと、ユーロスターの到着する北駅からいつものオデオンのホテルまではタクシーで。タクシーの車窓から眺める見慣れたパリの街に、何となくうきうきしてしまう私。いつものことだが、なぜだかロンドンの煉瓦建築が続く街並みに比べると、パリの石造りのアパルトマンが続く街並みの方が私の感性にぴったり合うのだ。特にルーブル美術館の前にあるルーブル広場にかかる時、いつもは遠くに見えるエッフェル塔が毎時のきらめくライトアップになっていたりすると、すごく得をした気分になるから不思議だ。(元々夜間はライトアップされているエッフェル塔なのだが、毎時から10分間は全体がピカピカきらめくようなライトアップに変わるのだ。とっても綺麗!)
 そして、今回泊まり慣れたオデオンのホテルが久し振りにキープできたことも、うきうき嬉しい理由のひとつ。長年泊まり慣れているオデオンのホテルだが、その界隈では比較的リーズナブルなここは最近大変人気があって、このところオンシーズンだとすぐに部屋がふさがってしまい、予約が取れないのだ。知り合いの日本から買付けに来るアンティークディーラー皆は便利なオペラ界隈を常宿にしていることが多いのだが、私はどうしてもこの左岸のエリアを離れることが出来ない。私の前世は、永井荷風の「ふらんす物語」に出てくるオデオン界隈をすみかにしていた娼婦だったかも?そんなことをひとり思ってみるのも楽しい。

***フランス編へとまだまだ続きます。***