〜フランス編〜

■ 11月某日 曇り 買付けで辛いのは、時差の慣れない最初の3〜4日。昨晩、パリに大移動した疲れが癒されないまま今日は早朝から買付け先のハシゴ。今日も長い一日が待っている。今回のパリはロンドンに比べて寒さがひとしお。今日はしっかりコートの中にセーターを着込み、しっかり厚着をして出掛ける。  まず最初に訪れたのはアポイントを入れてあった彼女の所。彼女は、私が前回の9月の買付けの際にしつこく「今度は11月に来るから!」と言っていたのをよく覚えていてくれて、「あなたの欲しがっていたソーイングバスケットと可愛いカルトナージュが入ったけれど11月のいつ来るの?」とわざわざメールで尋ねてきてくれたのだ。いつも様々な付き合いのあるディーラーに「ああいうのが欲しい。」だの「こういうのが欲しい。」だの、あれこれわがままなリクエストをしてくるのだが、わざわざ向こうから連絡してくれるなんてありそうだけど、実際には稀有なこと。彼女を訪ねるのを楽しみにしていたのだ。  いたいた!まずは握手でご挨拶。すぐにお目当てのバスケットとカルトナージュを出していてくれた。バスケットはまずまずの状態、カルトナージュも可愛いプリント生地、この可愛さは久しぶりだ。「そうそう、この生地も取って置いたのよ。」とカーテンおぼしき大判の生地が出てきた。うん、なかなか可愛い!そうそう、お客様からイニシャルのモチーフをリクエストされていたんだっけ。などと思い出しながら彼女から渡されたカゴの中に次々欲しいものを選んでいく。そんな私の選んだものを注意深く彼女はチェック。いつも感心してしまうのだけど、彼女はフランス人には珍しく(?)とっても働き者で勤勉なディーラー。(名前からいっても本当はユダヤ系かも?)常に顧客の好みを把握し、仕入れに役立てているらしい。  様々な気に入ったものをまとめて入手できてとても満足の私。(そう、なかなかまとめて多くのものが手に入れることって珍しいのだ。)そして最後にすべての荷物を受け取る際、「マサコ、これはカドー(プレゼント)よ。」とはにかみながら取り出したのは小さなショコラの包み。何でも彼女の住む街では有名なお菓子屋さんのものなのだそう。「世界のお菓子のコンクールでグランプリを取ったお店なのよ。」と教えてくれた。  あぁ、こんな事なら私もいつもお世話になっている彼女に何かお土産を持ってくるんだった。たまにイギリスやフランスの仲の良いディーラー達にお土産にするのは、日本で買ったユニクロの色のきれいなフリース。今まで日本の焼酎やら、日本の見た目のきれいな和菓子などなど様々なものをプレゼントしたことがあるのだが、実はこのフリースが一番好評なのだ。でも、可愛いモノ好きの彼女のこと、何にしようか?次回は必ず忘れないようにしよう。まずはクリスマスカードを送らなければ。 目当てにしていたものが手に入り、ほっとしながら歩いていると…顔馴染みのマダムを見つけ世間話。普段は表に出していないのだが、彼女が度々高額なレースを持っていることを知っている私達は話のついでに、「最近何かいいレースある?」と尋ねると、「ん、無いことは無いんだけど…。」とフランスではありがちな否定の連続のやや消極的な返事。が、その手元から薄紙に包まれて現れたものは、私達がいつも探していたレースそのものだった!「う、美しい!!」私も河村もレースに眼が釘付けだ。私はうわごとのように「これ欲しい…。」とレースから手が離せない。が、当然美しいものは大変高価なのがレース、いやアンティークの掟。すぐにその場で払える値段ではなく、二人で相談。だが、今回を逃したら今度はいつ出会えるか分からない。私達が出した究極の結論は「このレースなら持っているだけで私達の(仕事上の)財産になる。」ということ。マダムとはお支払い方法を相談し、まずデポジットを入れて、後日受け渡しをすることに。 とりあえず自分達のものになったレースに、「あぁ、びっくりしたねぇ。」「今日、こんなところから出てくると思わなかった。聞いてみるものだねぇ。」とほっとするやら、びっくりするやら。そしてこんな時、普段はまったく何も信心していない癖に「あぁ、アンティークの神様は私達を見放してはいないわ。」と思うのだった。
 素晴らしいレースとの出会いの余韻もそのままに、次の仕事先ヘと向かおうとしていたその時、東京のディーラーNさんにばったり再開。何度か福岡のお仕事でご一緒したことのある顔馴染みだ。ひとりで買付けに来ているNさんから「こっちにいる間にレストランで一緒にお食事しましょう。」とのお誘いを受けてお互いの電話番号を交換した。買付けの際の食事というと、ついついいつもの同じ場所でマンネリになりがち。だからこんな風に誰かと一緒だと、何よりも、話題が広がって楽しいし、新たなレストランの開拓にもなって一石二鳥なのだ。さて、Nさんとのお約束が済んだ後は次なる仕事先ヘ。今日はまだもうひと頑張り、アポイントを入れてあるディーラー達が待っている。
 
 そして今日の快進撃(?)はまだ午後も続いたのだ。午後は、いつものレースを扱うマダムの元へ。前回ここでとても可愛いベビードレスを入手したことから、マダムにはあらかじめ約束の日にちを伝えるとともに「この間いただいたベビードレスすごく可愛かったわ!」とちょっぴりお愛想。マダムがいつものように上機嫌で迎えてくれた中、少し心配しながらレースを見せてもらう。私達が陰で敬愛を込めて「ばあちゃん」と呼んでいるこのマダムだが、万が一私達が欲しいものが無く手ぶらで出ることになると…「どうせあんた達の欲しいものはないでしょうともよ!」と一転してプンとヘソを曲げてしまうのだ。アポイントを入れて約束をするときちんと待っていてくれるものの、いざ買えるものがないとちょっと困った状況になってしまうのだ。
 
 でも今日は、ばあちゃんがひとつひとつ紙包みから出してくれるレースの中に私達好みのものを発見。ニードルポイントの興味深いレースに嬉しいと同時に少々ほっとしてしまう。一緒にニューストックだというホワイトワークの繊細なベビードレスもget。いつも見せてもらうシルクのリボンやお人形用のシルク生地には新しいストックが入っていないとのことでまた次回。「今度は1月か2月に来るからね。」と握手でマダムと別れた。 

ホテルのご近所ジェラール・ミュロで。日本にも何軒か支店があり、大儲けしているのでは?と思われるここなのに、マダムは以前と同じように店に立っているし、いかにも職人といった風貌のミュロ氏も店頭で見かけることが多い。マカロンタワー、美味しそう。

■ 11月某日 曇り
 さて、今日はアポイントを入れてあるいつもの女性ディーラーの元へ行くことになっている。が、その前にオペラのアメックスのオフィスまで出向き、両替しなければならない。オペラまではいつもバスで行っているのだが、今日はこの7月からパリ中に2万台設置されたヴェリブに乗っていくことに。ヴェリブは、パリ市が自動車の交通量を減らす目的で始めたいわゆる貸し自転車、現在パリ中にステーションが1450箇所あり、本当に「犬もあるけばヴェリブステーションに当たる」というほどあちこちにある。メトロの駅の側には必ず何カ所かあり、ICチップの入ったクレジットカードさえ持っていれば、ステーションにある端末を使って自由に借りることが出来る。ちなみに、一日の登録料1ユーロを払えば30分以内は無料、30分ごとにステーションで乗り継いでいけば、ずっと無料で乗り続けることも出来る。前回、ヴェリブに乗っている沢山の観光客の姿を見てからというもの、私も自転車好きの河村も「次回は絶対ヴェリブに乗ろう!」と堅く心に決めていたのだ。

 で、ヴェリブの実態だが、ステーションにある端末はフランス語と英語、スペイン語のみなので、ちょっぴり煩雑だが、慣れればさほど難しい訳ではない。(ノートルダム寺院の側のヴェリブステーションには、日本語対応の端末もあるらしい。)それよりも、パリの街では自転車の走行はすべて車道のみ、一方通行が多いので、よくよく地図を頭に思い描いて走らないと、いくら走っても目的地に到着できないのだ。なによりパリの街をビュンビュン飛ばしていく自動車と一緒になって車道で走るのはかなりの恐怖!しかも、すごい排気ガス。今まであまり気が付かなかったが、パリの空気は決してきれいではない。いったん走り出したら、自動車のスピードに合わせて「鬼こぎ(鬼のように必死になって漕ぐこと)」するしかない!顔を引きつらせ、髪を振り乱し、マフラーをなびかせながらとにかく走る走る!普段はホテル最寄りのバス停から20分ほどで到着するオペラだが、今日は一方通行の道を走れば走るほどどんどんオペラから離れていってしまうよう。結局約40分かかってオペラへ到着。自転車をオペラのヴェリブステーションに戻すと、私の身体は疲労からヘトヘトを通り越し、ヘロヘロになっていた。

ヴェリブの証拠写真。この頃はまだ自転車に乗ったりして元気だったのに…。このヴェリブ、石畳のパリの街でも走れるよう、すごく頑丈!そして重い!

 無事両替を終え、ヘロヘロになった身体のままバスに乗って買付け先へ向かう。実は今回、買付け先の彼女とはなかなか連絡が取れず、ロンドンから何度も電話したもののずっと留守。「今回会うのは無理かも?」と思っていた矢先、彼女の方から履歴に残っていた私の携帯番号へ電話してきてくれて、ようやくアポイントが取れたのだ。

 いつもどおり、私用のアイテムが入った袋の中から、次々様々なものを取り出してみせる彼女。リボン刺繍、ロココ、シルク、美しい色彩の洪水に、心はすっかり19世紀の乙女になる私。そうそう、前回も出てきたロココの見本が今回もまた。「え〜っ、またあったの?」と驚く私に、「そう、またあったの。」と彼女はニッコリ。久し振りにベルベッドのソーイングボックスも。赤い色目が鮮やか。ボーダー柄の可愛いフレンチプリントに心が躍るようだ。

 アンティークを選びつつ、食事時はいつものレストランで一緒にお食事するのが私達の常。ちょうどこの日は、河村のお誕生日でもあったことから、今日は三人シャンパーニュで乾杯。(普段河村は一切お酒を受け付けないはずなのだけどシャンパーニュだけはちょっぴりイケるのだ。もっとも、イケるといっても2〜3口だけ。残りは私がいただき!)食事をしながらゴホゴホ咳き込む彼女、「風邪が治らなくって。もう伝染らないから大丈夫よ。」と言っていたのだけど…。

 食事を終えてからもまだまだ商品選びは続く。長い時間かけて、ひととおりのアンティークを見た後はまるで生気を抜かれたようだ。彼女とさよならして外へ出ると、そのまま休憩がてらたびたび私がお洋服を買うYukikoさんの所へ寄ることに。Yukikoさんは、彼女がデザインしたオリジナルのお洋服とシャネルなどのヴィンテージのコスチューム、毛皮、バッグ、アクセサリーのお店。お洋服が好きな方にとってはまるで宝石箱の様なお店だと思う。前回、タイトなスケジュールから何も自分のお買い物をすること無く帰ってしまったので、今回はお買い物する気満々で来たのだが…。ベージュの色目が上品なツィードのシャネルスーツは素敵だけど予算オーバー、それと一緒に並んでいたオリジナルのカラフルなネップが可愛いツィードのジャケットは襟元の形が独創的でフェミニンにもカジュアルにも着られる感じ。「このネップが可愛いわね。」と言っていると、「それ、シャネルと同じところで生地織っているんですよ〜!」とYukikoさん。「これって裂き織りっていうんだよね〜。」と話も弾み、そのまま試着することに。だが、普通サイズよりも小さめに作られた38サイズだったため、私の身体には小さ過ぎ残念ながらout。普通の38サイズだったら着れるのに〜!残念。

 結局お買い物はせず、日本の話、パリの話を日本語で思いっきりおしゃべり。アンティークの話やヴィンテージの話、お仕事の話から様々なセレブのお客様の話まで、気兼ねなくおしゃべり出来るのは彼女が日本人だという前に、まだ若いのにとても話し上手だから。いつも前向きで元気な彼女は、パリ在住の日本人女性の中でもキラキラ光っている存在だ。

出窓(?)が印象的な16世紀の建物が目に飛び込んで来るところも、マレ地区を歩く楽しみ。(パリの街は19世紀末のオスマンの大改造で街並みが一新され、1900年頃の建築がほとんどなのです。)こんな古い建物がまだ現役だなんて、石造りの建築ならではですね。

 買付けに来て歩き回るようになってからというもの股関節に違和感のあった右足の痛みがひどくなってきた。実は、パリに入ってからというもの、ロンドンよりもずっと寒さが厳しく、コルセットを巻いて歩いていたのだ。最初はそれで何とか痛みが軽減されていたのだが、連日、石畳を歩くことが多いせいだろうか、日を追うに従って痛みがひどくなってきた。おまけに、お昼にしっかりレストランで食事をしたせいか、夕方になってもまったく食欲が湧いてこない。仕方が無く、今晩はおにぎりのテイクアウェイにすることに。
 実は、私達が滞在するすぐ側のマルシェ・サンジェルマン(常設屋内市場)の中には、なぜか福井の和菓子屋さんが「コロンバ」というパティスリーをしていて、ロールケーキやシュークリームと一緒にどら焼きやらおにぎりやらも売っていたから。今までも、フランスの食事に飽きたときや食欲のない時は、何度かここのおにぎりのお世話になっていたのだ。「しょうがない、今晩のごはんはおにぎりにしよう!」と足を引きずり、マルシェに入っていくと…コロンバが無くなっている!!結局、その晩は河村とふたり、マルシェのすぐ近くのジェラール・ミュロで、一番淡泊そうなプーレ(鶏肉)のサンドウィッチと私お気に入りのオレンジと苺のミックスジュースを選んだ。(今回は体調が今ひとつだったこともあって、いつもだったら部屋に常備しているワインを一度も買わなかったのだ。)所詮日本人である私達の胃袋には、昼も夜もフレンチのコースなんて負担が大きすぎる。一食レストランで食べたら、もうフィニッシュでそれ以上は無理。それにしてもコロンバはどこに?

繊細に作られたウエディングケーキ(?)が美しい。トップには18世紀の衣装をつけたお人形のデコレーションが。
またしてもラデュレの前は通ったにもかかわらず、中に足を踏み入れることもなく、今回は体調不良のためマカロンすら一度も食べなかった。(涙)


南仏の焼き物を扱うブティック。こんがり、香ばしく焼けた色が美味しそう。オリーブやラタトゥーユが似合いそう。

■ 11月某日 曇り
 いよいよ目当てにしていたフェアの日、このフェアを目指して日本からやって来た私達は、今日の日を待ち望んでいたというのに…朝起きたときから頭が熱っぽく、身体がだるい。足の痛みも治まらず、体調は最悪。しかも運の悪いことに、いつもは出張のために常備している風邪薬を先日ちょうど飲みきってしまったところ。今回は風邪薬を持ってきていない。でも、休んでいる訳にはいかないので、ノロノロと支度を始める。

 ゆっくりオデオンの坂を下りて行きバスに乗る。バスにさえ乗れば目的地に着いてしまうのだが、いつもはあっという間に着いてしまうバス停までの道のりも、今日はなかなか足が進まない。さっさと行ってしまう河村に苛立ちながら「そんなに早く歩けない!」と叫ぶ。一体どうしたというのだろう?右足が痛くて上がらないのだ。

 なんとかフェア会場までたどり着いたが、会場の中はもちろん歩いて回らなければならない。いつもだったら何周も平気で回ってしまうところだが、今日はとても身体が持ちそうにない。少しずつゆっくりゆっくり回っていく。そんな時、ロンドンの顔馴染みのディーラーとバッタリ遭遇。ロンドン在住だが、パリにもアパルトマンを持つ彼女とはフランスのフェアで出会うことも多い。もう既に大方見て回ったらしい彼女は、挨拶もそこそこに「今回何にも無いのよ!本当に何にも無い!」と浮かない顔で繰り返している。今回のフェア、一体どうなってしまうのだろう?

 そんな中でも、いつも何かと買付けるムッシュウの所から可愛いフラワーバスケット柄のシルバーで出来たピンディスクが出てきた。「あるじゃん!」と喜ぶ私。他にもベルベット製のボックスも出てきた。色はピンク、なかなか出てこない色だけに嬉しい。ジュエリーを扱う顔馴染みのマダムからは、ローズカットのダイヤが散りばめられたすずらん模様のロケットが。ロマンティックな紙製のパウダーボックスもget。そして何より、今日はここで、先日デポジットを入れた大物レースの受け渡しをすることになっていたのだ。残りの金額を大事に持ってやってきた私達、くだんのマダムを見つけて無事受け渡し完了。もちろんお互い信頼の上でレースを預かって貰っているとはいえ、とりあえず、自分達のものになったことに大いに安心する私達。レースを手に、ほっと肩をなで下ろした。

 まだまだ買付けは終わらない。やっと休憩をするため、野外のキャフェで一服。河村はサンドウィッチを食べるのだが、私はまったく食欲がないためパス。そんなところに、日本からのディーラーK嬢が通りがかった。しばらく前に、彼女もまったく同じ足の症状を訴えていて、病院通いしたことを聞いていたのだ。ここぞとばかり、「私、足が痛くって歩けないんだけど、これってどうしたらいい?」と藁をも掴むような気持ちで尋ねると、「暖めて、重い荷物は絶対持っちゃダメ!本当は歩かないのが一番いいんだけど…。」とのお答え。おまけに、私のひどい歩き方の後ろ姿を見てびっくりした彼女は、駆けてきて「ちょっと〜、大丈夫なの〜!?明日カイロ持ってきてあげるよ。」と優しいお言葉。「大丈夫。カイロ持ってるし。ありがと。」と口では大丈夫と言いながら、やっとの思いで、痛さに足を引きずり次の買付け先へ。

 次に向かったのは、いつも覗くアンティークセンター。だが、もう本当に限界になってきた。河村をひとりでセンターの中を回らせて、私はひとりベンチでひと休み。足の痛みと熱っぽさとで、自分の身体なのにどうにもならない。いつもだったら、一緒に「ああでもない。こうでもない。」と感想を述べつつ河村とショウウィンドウを見て回るのを楽しみにしているのだが、今日はギブアップ。そして、そこから普段はバスで最寄りのオデオンまで帰るのだが、今日はもう歩くことが出来ない。「私もう歩けない。タクシーでなきゃ無理!」と言い張り、タクシーで帰宅。

 夕方前にたどり着いたホテルでは、すぐにパジャマに着替えベッドの中へ。右膝を曲げると足の付け根の痛みがひどい。パジャマのズボンすら痛さで自分ひとりで履けない私は、河村に履かせて貰いながら、ついに情けなくて涙が出てきてしまった。濡らしたタオルを熱っぽい額にのせると冷たくて気持ちがいい。外出するという河村を見送るとそのまま夜まで眠った。

ホテルの部屋から見えるパリの風景。どんより曇ったパリの空と同じように私の心も重く曇っていました。

■ 11月某日 曇り
 ロンドンに比べるとパリは数段寒い。昨晩は沢山睡眠を取ったせいで、今日は昨日に比べるとやや快方に向かっているようだ。ほんの少しだが、足の方も痛みが引いた気がする。今日も少し熱っぽさは消えないが出掛けない訳にはいかない。昨日、出掛けたフェアに再び出掛けてみる。広いフェアゆえ、何か見落としがあるかもしれないからだ。今日もゆっくりゆっくりオデオンの坂道をおりていき、バス停へと向かう。

 二度目のフェアの会場では、昨日も見ていることもあり、めぼしいものはなかったのだが、そんな中でも小さな小さな紙製のボックスを発見。売っていたマダムに「これは何の箱なの?」と尋ねると「これは子供の一番最初の乳歯が抜けたときに入れておく箱よ。」との答え。念のためフランス語でもそのものの名前を書いて貰うと"Boites pour les dents de lait"。そう、"dens de lait"とは…つまりフランス語でも子供の歯のことは文字通り「乳歯」なのだ。そんなことが分かるとなんだかフランス語もより身近に感じられる。
 昨日は出ていなかったディーラーのストールで子供のファッションプレートを発見!19世紀のモード雑誌の1ページだったファッションプレート、通常のファッションプレートは大人の女性を描いた物がほとんどなので、子供をテーマにした物は当時印刷された数が少なく、ここしばらくずっと探していた物だったのだ。子供の衣装やおもちゃなど可愛いものを何枚か選んだ。日本に帰ったら額装しようかな。

 二度目の今日は早々に引き上げ、いつも立ち寄る紙物ディーラーの所へ。紙物を専門で扱う彼の事務所へ向かうと…運良く今日は開いていたようだ。既に先客がいて、あれこれ自分の専門分野のカードを物色の最中。ここでは、いつも誰かしらフランス人のカードコレクターと一緒になることが多いのだが、何かを取り合いになることはまずほとんどといって無い。カードの世界では膨大なアイテムがあり、みんな自分の好みの分野を集中して集めているため、お互いのカードをチラッと覗きながら、「へぇ〜、この人はこんなのが好きなんだ。」といつも心の中で呟やいている。きっと相手もこちらのカードを盗み見ながら「ふ〜ん。」と同様に思っているに違いない。
 実は、先日私達が買付けに出掛ける少し前に、フランスでは大きな紙物のフェアがあり、その直後だったため、彼の事務所は引き上げてきた荷物が散乱していて、足の踏み場もないほど。たぶん今日は商品整理の日だったのだが、運悪く(私達にとっては運良く)来客があったため、仕方なく事務所に招き入れたというのが真相のようだ。運良く彼が事務所にいてラッキー。「今週末はクローズだから。」と言う彼に、「またどこかホリディに行くの?」と尋ねると(以前、何日かクローズしていたことがあり、あとになって実は奥さんと一緒にイタリアに遊びに行っていたことが発覚したので。)「いいや、リヨンで紙のフェアがあるのでそれに出店するんだ。」とちょっぴり疲れた表情で返事。「そうか、彼と奥さんも私達と同じように、あちこちのフェアに出掛けるんだ。」と納得。この業界、フランスでも日本でも営業形態はさほど変わらないかも。

 「ニュースストックはこれ。」と彼が出してくれた今回のカードは、可愛い子供柄が沢山あって、私好み。河村と手分けして一枚一枚繰っていく。「あれも、これも。」と私が選ぶカードに「うん、このカードはとても美しい。」と彼も満足そう。彼の所のカードは状態もパーフェクト、美しく状態も良好なカードが沢山手に入り、私達もほっと一息。無事カードも手に入り、ほっとするやら満足するやらして事務所を出た。今回の買付けはこれでおしまい。このところ体調が悪かったこともあり、とても厳しい買付けだったが、一応仕事の日程はすべて終了。

 まだ夕方前で外は明るい。「メトロの階段を下り、長い通路を歩くよりも、自転車の方がまだ足が痛くない。」という理由で、またしてもヴェリブに乗り街の中心へ。疲れて買い物をする元気はないのだが、私達のお気に入りの空間でもあるパレ・ロワイヤルに行き、のんびり歩こうということに。二度目になったヴェリブでの走行は、すっかり慣れてなかなか良好。今度は車に轢かれそうになることもなく、道も簡単だったこともあり、迷うことなくすんなり到着。「ヴェリブってなかなか便利じゃん!」

 18世紀に作られたパレ・ロワイヤルは、今でいうところのアーケード街。その昔、作られた18世紀には沢山の人で賑わったというが、今は古切手を売る店やアンティークの勲章を売る店など、ひと気の無さそうな店がいくつか点在していて、そんな静かな回廊をコツコツと散歩するのが私達の楽しみなのだ。ここには何軒かヴィンテージのコスチュームが売る店があり、そのウィンドウを覗くのが私のお気に入り。人の気配のまったく感じられないそのブティックの中に入ったことはないのだが、ウィンドウには、ディオールの1947年のコレクションで発表された有名なニュールックやら、ヴィンテージのシャネルやプッチのドレスが飾られていて、まるでコスチュームミュージアムのよう。アンティークではないけれど、そんなドレスや靴を眺めるのも買付けの楽しみのひとつかもしれない。

パレロワイヤルはルーブル美術館から歩いてもすぐ。手前のボールの集合体のような物は現代に作られたポール・ビュリイのオブジェ。もうひとつの白黒のストライプの円柱を並べたダニエル・ビュランのインスタレーションと共にパレ・ロワイヤルを飾るちょっとしたスパイスになっています。


パレ・ロワイヤルの古切手を売る店のウィンドウで。思わず「エッフェル塔じゃ〜ん!!」(私は自他共に認めるエッフェル塔フリークです。)この日はお買い物をする気が全くなかったため、そのまま通り過ぎてしまったのですが、「45ユーロなら買えば良かった。」とあとで後悔。次回行ったときは是非!調べてみましたらエッフェル塔の切手はこの切手意外に何種類もあるようです。これからはエッフェル塔の切手コレクターになってしまいそうでコワイ。


ヴィンテージのコスチュームを売るブティックではこうした靴やバッグのコーナーも。すべてユーズドの靴ですが、フランスのヴィンテージ好きの間では人気のあるアイテムのひとつです。おリボンの付いたシャネルのバックストラップシューズが素敵!


パレ・ロワイヤルの中庭で。11月のパリは枯れ葉が舞う季節。12月以降になるとすべて落葉し、枯れ木同然になります。カサカサと枯れ葉を踏んで歩くのも、少し寂し気で秋の気分です。

■ 11月某日 晴れ
 買付け最終日。もう買付け自体はほぼ終了しているのだが、最終日の今日は、買付けの締めとして荷物の発送をしなければならない。ゆうべは荷造りもせず、ぐったりして早めに寝てしまったので、朝から痛む足を引きずりつつスーツケースに自分の荷物を詰め、発送する荷物を分類していく。普段だったら、ごくごく簡単なことなのに、右脚の膝を曲げると股関節が痛み、ついつい動きは遅くなり、なかなかはかどらない。少しイライラしながら荷物を作り、着替えを済ませ、ようやく部屋の外へ重いスーツケースを運び出すと、もうそれだけで一仕事終えたようだ。チェックアウトを済ませ、スーツケースをレセプションに預け、発送する荷物を河村に持たせ、外に繰り出した。今日のパリは快晴。快晴だとより寒さが増すのがヨーロッパの冬、今回の買付けで一番の冷気が私の顔を包んだ。

 河村とふたりでバスに乗り、荷物を出荷に行くのはいつものこと。これを終えなければ日本へ帰ることが出来ないため、まるで買付け最後の儀式のようだ。バス停までの道を、足を引きずりつつ河村の後に付いていく。片足にトラブルがあると、かばいながら歩くせいかもう片方の足の方まで痛みが出てくるから不思議だ。熱っぽさは治まったものの、まだ頭がぼわーんとして本調子ではない。そんな訳で、結局今回楽しみにしていたシルクに行くことも出来ず(このシルクの建物が19世紀そのままのたたずまいで興味深いらしいのだ。)、せめてメトロで行くことの出来るサン・ドニへ、過去に行った様々なゴシック建築教会の集大成としてサン・ドニ大聖堂を見に行こうかと言っていたのに(私達は今まで、シャロトル、アミアン、ルーアン、ランスのそれぞれのゴシックの大聖堂へ、買付けの度、順々に出掛けていて、「ゴシック巡礼の旅」の最終章としてサン・ドニを残すのみとなっているのだ。)、それもかなわず。唯一の慰めは、先日買付け中にバッタリ会った東京のディーラーNさんと一緒に昼食のお約束をしたことぐらい。「パリにいるうちに一緒にレストランでお食事しようね!」と言っていたにもかかわらず、私の体調不良から結局最終日の今日になってしまったのだ。

 荷物を発送し、約束の場所までサントノレの通りをゆっくり歩く。いつも私達が滞在している左岸とはまた違った右岸のきらびやかなブティックが並ぶサントノレ、いつもだったら、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、道の両側のショウウィンドウを覗きながら進むのだが、今日はただただ足を引きずりながら。待ち合わせの場所ですんなりNさんと会え、すぐ側のレストランへと歩いていくと…私のあまりの歩き方にNさんはびっくり、すっかり同情されて、優しく腕を組んで歩いてくれた。が、アンティークのお仕事を始める前は長年旅行業界にいたNさん、その昔パリにお客さんを添乗した時の裏話を聞かせてくれたりする。それというのも…彼女が添乗した女性客が、日本から着いたばかりのホテルのバーで一服し、バーの背の高いスツールからピョンと飛び降りたその瞬間、そのままギックリ腰でバッタリと床に倒れ、パリに滞在した一週間を終日ホテルのベッドでなく床(フランスのベッドは柔らかいので。)で寝続けるしかなく、どこへも観光に行けないまま日本へ帰った…というもの。まったく、他人事ではない。

 今日のレストランは、昨日歩いたパレ・ロワイヤルから目と鼻の先、「南仏風の料理がウリ」という紹介にひかれてLE DAUPHINへ。お店の入り口には、なんと日本の雑誌の切り抜きが張ってあり、場所柄いかにも観光客向けといった普段だったらちょっと敬遠してしまう感じなのだが、意外に意外、雰囲気も内容もとても良かった。お昼には少し早めの時間に到着したのだが、私達よりも少し年配のNさんと一緒だったせいだろうか、嫌な顔されることなく、一番のメインテーブルに案内された。初めてのフランスのレストランでは、まず入るやいなや、さりげなく頭からつま先まで一瞬のうちにしっかり品定めされ、身なりに応じた席に案内されるのが一般的。いつもレストランに行く際は気を使ってこぎれいな格好で行く私達だが、メインテーブルにすんなり案内されたことなどなく、いつも端の席で少しムクレ気味で食べていたのだ。日頃はまったくブランド物に関心のない私だが、この時ばかりは日頃の無関心をちょっぴり後悔する。(かといって、そうそう買える物でもないし…。)たぶん私が思うに、こうしたシーンではブランドのバッグや毛皮が大いに威力を発揮するに違いない。

 店内の内装はシックだし、サービスのマドモアゼルはてきぱきと手際が良く、しかも日本語メニューあり!ちゃんとしたレストランで日本語メニューがある所なんて、今まで足を運んだことがない。お酒をたしなまないNさんと河村のふたりはバドワーを、私はシャンパーニュでお疲れ様。フランスのレストランはすべて美味しいと思っている日本の方が多いと思うが、それは大きな間違い。フランスでも、ごく普通のフレンチレストランやキャフェで食べる料理は、たいがい大味で繊細さに欠けることが多いのだ。「ここのデザート、飾り付けも繊細だし美味しい!」と思っていると、「うちのパティシエは日本人なんだよ。」なんて自慢気に言われたりすることも多い。その点、今回のレストランは前菜からデザートまで洗練されていて美味しく、大いに満足! しかもランチは27ユーロ、この金額で、この場所で、しかも前菜、メイン、デザートの美味しいコースが食べられるなんて、希有なことかも。河村とふたりで、このレストランのことを「いるか食堂」と命名。(LE DAUPHINは「いるか」の意。フランスでは王太子のことを指す。)帰ってから仲良しのディーラー、色葉の森田さんに教えると、私達の帰国直後に買付けに行った彼女はひとりで早速行ってきたらしく、「いるか食堂、すっごく美味しかった〜!」と感動していたから、やっぱりここはおすすめのレストランのひとつだ。

 フランスのレストランでの食事時間は長い。そんな部分にもこの国の「贅沢」が感じられる。3時間近くレストランで過ごした後は、Nさんと別れ、最後の最後に買付け先へ。ヴィンテージの衣装を扱う彼女からは、毎回お人形用のシルク地を仕入れることが多い。前回来た折に、「また11月に来るから!」としつこく言って別れたため、気になって来てみたのだ。顔馴染みの彼女は、「そういえば前回シルク地って言ってたわよね。」と言いながら、倉庫から取っておいてくれたシルク地を出してきてくれた。「そうそう、これこれ!」と言いながらシルク地を選ぶ。光沢の美しいサテンや織り柄など。これで本当に今回の買付けもおしまい。シルク地を手にした後、飛行機の時間を気にしてホテルへと急いだ。


サン・ジェルマン・デ・プレのシックな裏通り、ジャコブ通りで見つけた真っ赤なエッフェル塔。“CARTE RELIEF”と書いてあったので、開くとエッフェル塔が立ち上がる立体カードだったのでしょうね。たった8ユーロだったら買えば良かった!その時は、足を引きずって歩くのに必死だったので…(涙)


サン・シュルピス通りを通るといつも覗く雑貨のお店“Comptoir de Famille”もまだ11月上旬だというのにすっかりクリスマスのデコレーション。ひょっとしてこのお店も日本にあるのかしら?

 自分の身体なのに思うようにならず、「いったいどうしたものか?」という感じだった今回の買付け。普段、イギリスもフランスも「親戚の家」程度の距離にしか思っていなかったのだが、今回ほど日本から遠いと思ったことはない。最後の三日間はただただ日本へ帰るのを心待ちにしていたのだが、お陰様で帰国と共に風邪はすぐ治り、あんなに痛かった足は帰ってきてハードに歩かなくなったせいか(歩かないことが一番のクスリなのだそう。)すっかり痛みが柔らいで快方に向かってきた。ご心配いただいた皆様、ありがとうございます。