〜イギリス編〜

■ 9月某日 晴れ
 ようやくロンドンに到着!今回ラッキーだったことに、私だけだったのだが名古屋―ソウル間の飛行機がアップグレード、プレステージクラス(ビジネスクラス)に変更となり、河村をエコノミークラスに置いて離れ離れ。(今回、河村は貯めたマイレージをボーナスチケットに換えてタダでやって来たのだ。)

 以前(といってもう10年近く前)、私達の御用達、大韓航空では、ヨーロッパ便の、名古屋―ソウル、ソウル―ヨーロッパ間の2フライトのうち、名古屋―ソウル間のみプレステージクラスの航空券を購入出来た時代があり(今現在は、そういった形でのチケットの購入は出来ない。)、何度かこの区間だけプレステージクラスに乗ったものだが、もうそれが出来なくなって久しい。久々に乗ってみると…最新型の飛行機は、まずシートがほとんどベッドのように垂直状態になることにびっくり!思わずシートを寝かせたり、起こしたり、フットシートを上げてみたり…その昔、ボーナスチケットで、ファーストクラスに乗った時の感動が甦ってくる。「ファーストクラスはキャビアとシャンパーニュの食べ放題、飲み放題だったなぁ。」「ファーストクラスのラウンジなんて(空港のラウンジは、エコノミークラスでは当然使用出来ないが、プレステージクラスとファーストクラスでもまた別々になっているのだ。)、ワインクーラーにボコボコとシャンパーニュが入っていて、飲み放題だったなぁ。」などとシャンパーニュにひとかたならぬ執着のある私が下世話なことを思い出しているうち、あっという間にソウルに着き、ロンドン便に乗り換え。次の便は当然のごとくエコノミークラスだった。(やっぱりプレステージクラスっていいなぁ。ファーストでなくてもプレステージでもう十分満足!)

 実は今回、買付けの前日はいつもと同様、あれこれ用事を済ませているうちに睡眠時間が短くなり、さらにその前日は、事情があってほとんど徹夜だったため、ソウルーロンドン間の12時間は知らず知らず瞼がかぶさってきて、ほとんど寝っぱなしだった。

 でも、そんな中でも機内で見た映画「風と共に去りぬ」はやはり名作と呼ばれるだけあって圧巻。昔、子供の頃にも見た覚えがあるのだが、今大人になって改めて見てみると、19世紀の後半のその豪華な舞踏会用の衣装や帽子、喪服などのコスチューム、スカーレット・オハラが身に着けていた私たちにはお馴染みのアンティークジュエリーなどなど、見どころいっぱい、興味津々。しかも今だから分る(?)レット・バトラーの魅力にすっかり参ってしまったのだった。

 そんな眠りこけ、「風と共に去りぬ」に感動しているうち、あっという間にロンドンに到着してしまった。

ロンドンの9月はすっかり秋の気配。とはいえ、フラット近くのパブの店先にはこんな色鮮やかなお花が咲き誇っていました。

■ 9月某日 晴れ
 朝から地下鉄に乗って買付け先へ。ちょうどラッシュ時間に巻き込まれ、ロンドンの小さな地下鉄の車内は恐ろしく混んでいる。東京のラッシュも凄いけれど、こちらの地下鉄はヴィクトリアン。なんといっても骨董品のため、(乗ったことのある方ならお分かりだと思うが)日本の地下鉄よりもずっと小さく天井も低く、所詮現代のイギリス人には無理な大きさなのだ。ヴィクトリアンのドレスを見ると、現代の私達よりもずっと小柄だったと思われるのに(当時は多分に栄養状態が良くなかったのだろう。ヴィクトリア女王ですら150cmなかったと言われることだし。実際に、数年前にロンドンのミュージアムで見た彼女のシルクシューズは私の片手ほどしかなかった。)、現代のイギリス人ときたらなんと大きくなってしまったことか!そんな山のようにそびえるイギリス人たちに囲まれながら、「あぁ、せめてもう3cm私の身長が高かったら・・・。(私の身長は160cm。)」と思いつつ、河村に向い小声で「この国にいると私も華奢に見えるよねぇ?」と同意を求めると、間髪入れず「それは言い過ぎじゃない?」というちょっぴり意地悪な返答が返ってきた。

 さて、買付けの話に戻ると、あまり期待せずに行った場所だったにもかかわらず、思いの他出物が。私が最近興味を持っているものに、ヴィクトリアンのシールがあるが、今日は様々な興味深い印刻のシールが出てきたのだ。シールそのものの形や彫刻にも惹かれるが、その印刻にはお花あり、ポエムの一節あり、もちろんイニシャルあり、ヴィクトリアンの人々のメンタリティが表現されているようでとても面白い。他に猫好きな私達は猫の顔をかたどった真鍮製ピルケースを嬉々としてget。

 午前の仕事が済むと、テムズ側河岸のキャフェで一息入れることに。アーケードになっているそこは、今日から「シーフードフェア」とかで沢山のショップのテントが張られていた。置かれていた黒板に目を移すと"Free Oyster with Veuve Clicquot"と書かれている。これは9ポンドでヴーヴ・クリコのグラスシャンパーニュ一杯と生牡蠣食べ放題だということ。「いいなぁ。」

 さて、一度フラットへ戻り昼食を済ませた午後は、いつもお世話になっているソーイングを専門に扱っているディーラーの元へ。「何かあるかな?」とドキドキしていつも訪れるのだが、何も手にするものがない時もある。果たして訪れてみると、まず、このところずっと探していたアイボリーのセットがふたつも目に入ってきた。慌てて河村に「ねぇ、これこれ!」と目配せすると、河村も「うんうん。」と頷いている。まず一つめを見せて貰い、ツール一点一点をチェック…「あれ、う〜ん?」セットの中の紐通しの形が、アイボリーの凹みと微妙に合っていない。これは後から無理矢理入れられたものだ!アイボリー製のボックスに入ったソーイングセットでは、シンブルや紐通しなど、失われたツールの替わりに他のものが入れられていることが多く、この辺りが要注意なのだ。最初のセットは脇に置いて、次のセットを細心の注意を払ってチェック。こちらはコンプリート!文句なく、ボックスの表面に彫刻されているイニシャルも美しい。(なかなかイニシャル彫刻のあるボックスもないのだ。)「じゃ、こちらを!」
 そして、「また11月に来るから…。」と、いつものように欲しいアイテムを羅列してリクエスト。

 次に訪れたレースディーラーの彼女とも長年の付き合い。いつも沢山のレースに囲まれた片隅で、繕い仕事をしている姿が印象的だ。「そうだよねぇ。レースに繕いって切り離せないよね。」と誰に言うともなく呟いてしまう。彼女はニードルポイントなどの繊細なレースは扱っていないのだが、今日はマルチーズに良いものが。ボーダー、ストール、ハンカチ、襟と4点揃ってget。どうもマルチーズ好きのコレクターの元から出てきたものらしい。元の持ち主の良い趣味が感じられるコレクションだ。

 それからまだまだアンティークを求めてロンドンの街を彷徨うこと数時間。夕方薄暗くなってからフラットへ戻ったものの、時差ボケから食事らしい食事をするまでもなく、ベッドに倒れ込んでしまった。今回、ロンドンの滞在は超タイトなスケジュールで、明日の夕方にはユーロスターでパリへ向かう予定。でも明日は早朝から「勝負を賭けた買付け」が待っている。

“CAFE ROUGE”とありますが、これはパリの風景ではなく、テムズ川河岸の再開発で出来たお洒落なキャフェ。シティにも程近いここは、ビジネスモーニングでしょうか、朝から打ち合わせをするロンドンのエグゼスティブの姿が見られました。

こちらが「シーフードフェア」の様子。このほかにもテーブル一杯のオイスターやサーモンなど、美味しそうなものでいっぱいでした。が、今回はお相伴をする時間は無く、見るだけ。

■ 9月某日 曇り
 午前5時前に起床。今日は勝負を賭けた日、そして午後からはパリへ向かうため、荷物はすべてまとめておく。まだ暗いうちにフラットを出て、タクシーで買付け先へ。今日を逃すと、もうイギリスで買付ける機会がないため、おのずと気合が入ってくる。今回は迷っている余裕もなく、気に入ったものがあれば手に入れるのみ!いくつもの買付け先を回り、とにかく、迷わず自分のものにしていく。同じように仕入れにきた他のディーラーとバトルを繰り返し、「誰よりも一番良いものをgetする!」と固い決心で眼を皿のようにし、気に入ったものを物色していく。

 今日訪れる何軒かは、あらかじめアポイントのメールを送り、リクエストを伝えてあるものの、オーダーしたものが出てくることはなかなか難しい。今日はまず懇意にしているジュエラーの元へ小走りで。ガラスケースに美しくジュエリーを飾ってある彼だが、私達の目的は店頭のケースの中ではなく、彼のニューストックが入っているタッパーウェア(!)。挨拶もそこそこに「ニューストック見せて。」と頼むと、にっこり笑って裏からいくつかプラスティックの(あのお総菜を入れる)タッパーウェアが出てくる。実は、その中に彼が仕入れたばかりのジュエリーがぎっしり入っているのだ。ひとつひとつビニールに入ったジュエリーをひっくり返していく。いくつ手に取ってみただろうか、私好みのフレンチジュエリーが出てきた。彫刻的なフォルムの豪華な薔薇のネックレスだ。他にも石を使ったハートのペンダントやシードパールづかいのハート型のリング(すごく可愛い!)。私が選んだネックレスのいくつかは、元々同じ持ち主のものだったとか。自分と同じ様な繊細な好みのイギリス人が存在していたかと思うとなんだか不思議な気持ちになりながら彼のところを後にした。朝一番に今日一番の大きな買付け。早朝からこんな大枚をはたいちゃっていいんだろうか。

 もう一つ、ジュエリーといえば、今回はベルギーから馴染みのジュエラーがやってきているはず。いつもロンドンにいる訳ではない彼らだが、毎回膨大な量の在庫を持ってきていて、長時間掛けてそれらを一点一点チェックするのが私達の習慣。ルーペを駆使してのそれは、カードの仕入れにも似て、気が遠くなるような作業なのだが、外すわけにはいかない。毎回、ペンダント、ブローチ、ピアス、とアイテム別にまとめられたかなりの数のジュエリーを河村と手分けをしてシステマチックに作業。彼らが持っているのは、ヨーロピアンと呼ばれる大陸のものばかりだが、私の好きなフランスらしい雰囲気のものも多いのだ。今回は可愛いピアスいくつかとすずらんアイテムのジュエリーをget。

 今日もソーイングツールを探すのに忙しい。「何が何でもシルバーハンドルのはさみが欲しいし。」と思っていたところ、今日は2本もget。一本は珍しい貴婦人柄、もうひとつは透かし細工が美しい一本だ。私達がいつも探していることを知っているシルバーを扱うディーラーが取っておいてくれたのだ。ここでも「また11月にも来るからね!」と声を掛けて次の場所へ。

 そして今度はソーイングのものを扱うディーラーの元からチャーミングなエナメルものが出てきた。小さなエナメルのペンダントトップの中には、それはそれは小さなシンブルが入っていた。エナメルものが大好きな私は「あぁ、なんと可愛い!」とひとり感激しながら買付け。
 美しいソーイングツールは、私が喉から手が出るほど欲しいアイテムのひとつ。別なディーラーのケースを覗き、彼女とはあまり趣味の合わない私が「やっぱり今日も何も無いみたい…。」と立ち去ろうとしたその時、「ん?」ケースの一番奥の目立たない場所に、なんだか探していた雰囲気のものが!出して見せて貰うと、探していたそのもの、フランス製のシルバーのピンディスクだった。リボンと薔薇のガーランド模様が優美なこのピンディスク。このタイプのピンディスクと出会うのは、数年振りだろうか。思わぬところから出てきて嬉しい!

 「レースもの、レースもの…。」と呟きながら歩く私。今日は美しいレースものを是が非でも入手しなければならない。私の好きなエイシャーワークのベビードレスも、先日お客様に買っていただいてからもう一点も手元に無い。今回はそれに替わるエイシャーワークのアイテムが欲しいところ。でも、エイシャーワークは元々糸の細い繊細な手刺繍のため、なかなか状態の良いものがないのだ。様々なレースディーラーの元を覗いてみたものの、なかなか満足のいくものと出会えず、「もうダメかな。」と思っていた最後にロング丈のシックな雰囲気のものが出てきた。

 今回出てきた興味深いというか面白いアイテムは、ウェディング用のワックスフラワーの飾り。今までも扱ったことのある花嫁のヴェールを飾るリース状のガーランドではなく、衣装のバックスタイルに着けるリボン型の豪華なガーランドだ。どんなものかはまたホームページにUPするまでのお楽しみ。

 そして、最後に懸案のレースディーラーの元へ。頻繁に連絡を取り合い、今回も新たに入荷したものを見せて貰うのを楽しみにしてきたのだが…今回は実際に著名なレースの本に掲載されているレースそのものがあるではないか!どうも本の著者でもあるコレクターが手放すことになったらしい。「そんなことってあるんだぁ…。」独り言を言いながら河村と一緒に現物を丹念に眺める。18世紀初頭のこの珍しいレース、私も河村もあまりの繊細な手仕事と、その珍しいグランドの細工に「観念しました。」というか、「腹くくる」という感じで連れ帰ってきてしまった。

 朝から休憩もせずひたすら歩き回ること8時間近く。帰りのタクシーでは買付けた沢山のアンティークに埋もれて疲労困憊、シートに身を沈めて口もきけないほど。長時間歩き続けたせいか、持病の股関節も痛くなってきた。(仲良しの日本人アンティークディーラー達も、長年重い荷物を運び、買付けで身体を酷使してきたせいか、なぜか皆揃って同じく股関節がやられているのだ。)いつもだったら、このまま午後はベッドに倒れ込んでしまうところだが、今日はこれからパリへの大移動が待っている。

 パリへはいつも通りユーロスターで。このユーロスター、開通した当時、(私の記憶が間違いでなければ)たしか3時間近くかかっていたロンドンーパリ間だが、たびたびスピードアップが図られて、この11月からは2時間15分で運行されるようになるらしい。それだけではなく、発着駅も今までのウォータールーからキングスクロスのすぐ隣のセント・パンクラスに変わるらしい。(でも、果たして便利になるのかしら?)フランスとイギリスの「威信を賭けた」と言われるユーロスターだけど、肝心のユーロトンネルを掘ったのは、我らが日本企業の川崎重工だし、故障で5時間以上かかったり(列車の修理のため途中の駅で2時間待ち、その間は車内の空調も切られて、それはもう暑くて大変だった!)、驚くべきことにシステムが全面ダウンし(発着を示す駅の大きな電光掲示板は真っ暗)、チェックインがすべて手作業になって遅れたり、ストで全面ストップしたり、私自身はあまりユーロスターを信用していない。一度などは、突然の運行停止で、どうしてもその日のうちにパリへ行かなければならなかった私は、急遽チケットを手配し、飛行機でパリへ飛んだことすらある。

 そんなユーロスターだが、今回はいつも利用している2等が満席だったため、仕方なく1等で。1等は飛行機と同じように食事が出ることになっている。大して期待はしていなかったものの、パーサーの男性がにこやかにシャンパーニュを次々とついでくれるではないか!?相変わらずシャンパーニュに多大な執着を持つ私は、喜んでお代わりしているうち、ユーロスターのあまりの揺れにだんだん気分が…。そう、ユーロスターは日本の新幹線に比べるとすごい振動なのだ。日本の山あり、谷あり、住宅地ありの狭い国土を過密スケジュールでひた走る新幹線にはすごい技術が沢山詰まっていると思うのだが、こんなイギリスやフランスのただっぴろい平原を高速で走るだけのユーロスターなんて、たかが知れている。「高速列車といえば断然新幹線!!」「新幹線の技術が世界で一番!」と気分が悪くなりながらも強く思った次第だった。

 今回は本当に短い滞在だったロンドン。ここ数年ずっと閉まっていたヴィクトリア&アルバートミュージアムのジュエリーギャラリーも来年にはオープンすることだし、まだまだ買付け以外で行ってみたいところが沢山ある。

2012年のオリンピックを前にしたロンドンは建築ラッシュの真っ最中。特にテムズ川河岸のドックランズは次々とビルが建ち並び、流石にここだけはヴィクトリアンならぬ21世紀の風景。中央ににょっきり突き出ている尖ったビルは、オリンピックポスターにも登場した通称“Gherkinガーギン”(ガーギンとはミニキュウリのこと。形が似ているので。)スイス再保険ビル。

***フランス編へまだまだ続きます!***