〜フランス編〜

■ 9月某日 晴れ
 買付け三日目。いつもだったら、この辺りで一息入れて少々休息したいところだが、今回のタイトなスケジュールでは、休んでいる暇など無い。やはり朝早くからパリの街へと出掛けていく。が、今回は定宿にしているいつものオデオン界隈のホテルが取れず(9月のこの時期、まだ観光シーズン真っ最中だったことと、「サロン」と呼ばれる見本市のシーズン、それに加えてラグビーのワールドカップ開催が重なり、どこのホテルもfull。まったくといってよいほどホテルが取れなかったのだ。)、あまり馴染みのないサンジェルマン・デ・プレ教会を越えた向こう、6区と7区の狭間の場所。地下鉄はかろうじていつも使っている4号線の路線だが、バスに至ってはどこに一番近い最寄りのバス停があるのか分からない。路線図とパリの地図を照らし合わせて、「この辺り?」と目星を付けた場所へと行ってみる。こんな風に、馴染みでないエリアに滞在するのは何かと大変なのだ。

 何とかバスで買付け先に出掛けてみると…事前のメールでは「前日が友達の誕生パーティーだから、この日は都合が悪くてダメなの。」と言っていた彼女にバッタリ。「えぇ〜!?今日、お休みじゃなかったの〜?」と呼びかけると、「そうなの。あんまり寝ていないのよ。」とニッコリ。どうも私のためにわざわざ来てくれたらしい。まだ若い彼女の選ぶものは、フランスアンティークの中でも可愛いものが沢山。状態にちょっぴり難がある他は、なかなかgoodなセレクト。今回は可愛いバスケットや生地を選んだ後、私と河村は「これどうしよう。」と、あるアイテムを前に迷っていたところ…「それあげるわ!」と彼女。「えぇっ!?本当?すごく嬉しい!!」と思わず飛びつきそうな私。他にも今日は沢山のおまけを付けてくれるマダムがいたり。

 そうそう、フランスだとごくたまにこういうことがあるんだった。かなり以前になるが、「これおいくらですか?」と店番をしていたムッシュウに尋ねると、いきなり「あ、それあげるよ。」なんて言われたこともある。高価なジュエリーなどではあり得ないだろうが、これだからフランス人てあなどれない。みんな、バカンスから帰ってきたばかりで、まだお休み気分が抜けきらないようだ。

 午前の買付けから戻ると、今度はアポイントを入れたレースのディーラー他を回ることになっている。まずは、私達が愛情を込めて「ばあちゃん」と呼ぶ年配の女性レースディーラー、から。こちらも事前にアポイントを取って、今日訪れることは伝えてある。彼女に会うのも、前回5月の買付け以来だから久し振り。そのためか、いつもよりも更に歓待され、嬉しくなってしまう。私がフランス人だったら、しっかり挨拶のビズー(あの両方のほっぺにチュッってするあれのこと。)をするのだろうが、あいにく私は日本人。仲良しのフランス人の男性ディーラーに「ホラ、ここここ。」とほっぺを指さされて強要(?)されると仕方なく、「ハイハイ。」という感じでするのだが、普段はなかなか気恥ずかしく、特に相手が自分より年配だとなかなか出来るものではない。彼女とはしっかり、暖かい握手で挨拶。
 私の顔を見ると、「うん、分かった。分かった。いつもみたいに見せるからね。」と言い、引き出しから、箱の中から、ありとあらゆるところから、薄紙に包まれたレースと取り出し、その様子はまるで、「レースの魔法使い」のようなのだ。今回は生憎探していたアランソンは出てこなかったものの、アランソンそっくりな広幅ボーダーが出てきた。「あれ、これってまるでアランソンみたい!」今までに見たことのない広幅の豪華で美しい一片だ。そして、もうひとつ、フランスのものなのになぜかチュールにお花模様を繊細にアップリケしたカリックマクロス(カリックマクロスはイギリスのレース)の愛らしいベビードレスだ。思わず「わ、可愛い!!」と目が釘付け。きっとそのドレスを見つめる私の瞳はハート型になっていたのだろう、ばあちゃんも自慢そうに、「それ可愛いでしょ。」と満足げ。でも、お値段の高さから河村は私を諦めさせようと必死。「でも、可愛いし…。」と諦めきれず、吊ってあるドレスを手に離れられないまるでだだっ子のような私。そんな私達の攻防を見ていたばあちゃんが突然「じゃ、○○ユーロでいいよ。」と突然の大幅お値引き。それどころか「これもPetit Cadeau(ちょっぴりプレゼント)ね。」と私が欲しそうなアイテムを追加。なんだか今日は様々なディーラーみんなからよくして貰い、とてもハッピーな一日だった。あぁ、これだからいくら疲れたって、何だって、買付けって止められない!

エッフェル塔に、サクレクール寺院、凱旋門、そしてモナ・リザ!ホテルの側を歩いていて見つけたパリの地図。実はこれ、パリの地図を手刺繍したクッションなんです。インテリアショップのウィンドウで。


“VIVE LA RENTREE(新学期バンザイ)”、右手前のものは石盤を模したショコラ。(フランスの小学校では、伝統的にノートではなく石盤が使われていたようですね。そんなところにんも合理的なフランス気質が。)ショコラティエの店先も気分はすっかり新学期です。

■ 9月某日 晴れ
 今日も休むことなく買付け。実は、私も河村も疲れからあまり体調がすぐれないのだ。私は珍しく歯痛、日頃丈夫が取り柄の河村は、さらに珍しいことに胃の調子がいま一つで、サラダ一つでもフランスの食事はしたくないという。(サラダといってもオイルたっぷりのドレッシングがかかっているから私達日本人には決して「ライトな食事」とはいえないのだ。)そんな事情もあり、今朝は少しゆっくり出掛ける。

 今日は紙物をたまに仕入れるディーラーのところへ立ち寄ることにあっている。実はこのディーラーは紙物ではなく、工場のデッドストックの仕入れが専門。今回は顔馴染みの私達に「一度倉庫も見ていないか。」と誘い、地下の広大な倉庫へ。といってもこれは在庫のごく一部で、本当はまだまだ郊外に大きな倉庫を借りていて、そちらにも膨大な在庫があるらしい。フランスでは、最近東欧や中国の工業製品に押されて、どんどん工場が閉められているらしく、その倉庫に眠っている100年前からのデッドストックを買い取るのを専門にしている。先日もトラックで7トン分(!)の在庫を買い付けたとか、何ともスケールが違うのだ。
 地下の倉庫に足を踏みいれてみると、そこは床から天井までアイテム別に様々な箱が並び、「これがエルメスのボタン、こっちがディオールのもの。」とブランドのメゾンで使用されていたボタンをはじめとする様々なボタンの箱があったり、50年代の髪飾りの一群があったり、30年代の造花のデッドストックが大量にあったり、足の踏み場もないほど。地震のある日本では到底こんなぎっしり積むことはできない。
 「どんなものを探しているの?」との質問に、「ああいうものとか、こういうものとか。」と散々わがままなリクエストをしてきてしまった。大量に仕入れる中にたまに紛れ込んでいることもあるかもしれない、そんな希望をもってディーラーのところを後にした。次回行くまでに私用の箱の中に、私向きのものを集めていてくれるらしい。楽しみ。

 仕事を早く終えた今日は、ルーブル美術館に併設されている装飾美術館へ。長らくリニューアルのため閉館していた装飾美術館だが、ようやく昨年から開館され、二十年振りに見るのを楽しみにしていたのだ。また、装飾美術館の上にあるジュエリーギャラリーは何年か前にオープンしたのだが、河村はまだ見たことがなかったので、そちらへも。
 新たにオープンした装飾美術館は、以前と展示のし方が変わってしまった部分があり今ひとつと感じる箇所があったものの、その時代ごとのインテリアの中に家具や調度品が展示され、当時のサロンの様子を偲ぶことができる。ことにアール・ヌーボーとアール・デコのコーナーは興味深く、ジャンヌ・ランバンのアパルトマンをそのまま再現したインテリアは、照明を落とした空間にアール・デコのランプや家具、装飾がシックで、とても素敵だった。
 ジュエリーギャラリーの方は、数年前にロレックスがパトロンになって開設されたコーナーだが、薄暗い空間にそれぞれのジュエリーがライトを浴びてぼうっと浮かび上がって見える独特のディスプレイ。年代ごとに展示されていて、古い時代から順にたどっていくことが出来る。河村と二人、それぞれ感想を述べながらひとつひとつたどっていくのは楽しく、そして何よりも勉強になる。

 夕刻、いつもスーパーで買い物。アンティークのボロボロになったキャミソールを身に着けた太ったマダムにすれ違い。(実際は「マダム」というより、「オバチャン」といった雰囲気。)一瞬すれ違いざま「ブリジット・バルドー?」と思うが、まさかね。(BBはアンティークの下着類を日常的に愛用していたことでも有名。)そういえば、この界隈にはジェーン・バーキンも住んでいるはず。

 さて、スーパーといえば、この国は日本人の私達には信じられない程長時間レジで並んで待つことが必須、イライラしても仕方ないので、黙って受け入れてじっと待つしかない。レジが特に混む午後7時前後に至っては20分以上並ぶこともけっして珍しくない。この国においては、お客様はけっして「神様」ではなく、売り手の方が絶対的に立場が上なのだ。そんな時には、「この国は社会主義の国なのだから・・・。(実際にそうなのだ。この国は就業人口の約四分の一が公務員なのだとか。)」と自分に言い聞かせて心穏やかに待つしかない。時には、周りのフランス人の買い物かごの中を「へぇ、フランス人てこんなもの食べてるんだ。」なんて盗み見をして楽しんでいる。
 でも、今日はそんなレジの列に、ひときわ「ラブラブオーラ」を出している男性カップルの姿が。(注※男女ではなく男性のみのカップル)小柄な男性の後ろからそのパートナーとおぼしき大柄な男性が前の男性の首に手をまわし、ぴったり抱きついている。あまりの彼らの当たり前のラブラブな態度に、前のかごを盗み見るのも忘れ、唖然としながらも「う〜ん、この国はアムール(愛)の国だから。」と自分を納得させる。どういう形であれ、愛する仲良しの二人の姿はなんだかほのぼのした気分にさせられるから不思議だ。そんな日常的なスーパーでの一コマにこの国らしさを感じたりする。

このグレーの自転車は?そう、これは7月にパリ市が設置した“Velib’(ヴェリブ)”というレンタサイクル。ただいまこのヴェリブのステーションがパリの市内に約1000箇所、年末までには2000箇所、約2万台の自転車が設置されるらしい。30分までは無料、それ以後はクレジットカードやnavigo(日本のスイカのような地下鉄・バス共用カード)で決済。パリの街中では、これに乗った沢山の人々を目にしました。今回は乗る時間がなかった私達ですが、「次回は是非トライしよう!」と今から河村共々やる気満々です。


今回滞在したホテルのすぐ側、7区にあるセルジュ・ゲンスブールの家。付近のシックな街並みの中、この落書きの壁がパリの名所になっているなんて、なんだかアヴァンギャルドだったゲインスブールらしい。よくよく見ると、ステンシルで描かれたゲインスブールの肖像など、なかなか芸術性が感じられます。

■ 9月某日 晴れ
 今日は朝一番の列車に乗ってノルマンディーまで行き、昼前にはとんぼ返りしてパリに戻ってこなければならない。朝6時39分の列車に乗るため、まだ薄暗い早朝にホテルをあとにする。

 今回向かうノルマンディーのフェアは今までも何度か足を運んだことがある勝手知った場所、落ち着いて電車に乗っているものの、電車を降りたとたん駅前にわずかに止まっているタクシーを巡って、タクシー争奪戦が繰り広げられるのも毎度のこと。ここで、なんとしてもタクシーをgetし、まずはこの争奪戦に勝利しない限り、いつフェア会場にたどり着けるかしれず、そうなれば買付け以前の問題なのだ。今日も、電車を降りるやいなや(普段日本にいるときには、走ることなど全くないにもかかわらず)一目散で駆けだす私。普段走ったりすることは皆無なのに、この時はそんな事など言っていられない。同じような目的で、バタバタと一群がタクシー乗り場に向かい駆けていく。果たして、息を切らしてタクシー乗り場に一番乗りでたどり着いたものの、たった一台いるタクシーの中は空っぽでドライバーがいない。「えー!!せっかく一番乗りなのに、どこに行ったのよ!」とハアハアしながら途方に暮れていると、次に走ってきたのは、なんと顔馴染みのフランス人のディーラー。とっても洗練された雰囲気の彼は、今はお洒落な海辺のリゾート地ドーヴィル(確か映画「男と女」の舞台だったはず)でお店をしているのだが、昔パリのエルメスに勤めていたそうで、ほんのちょっぴり日本語も話せる(らしい。)なぜか彼とは毎回必ずこのシティエーションで会い、前回もここでタクシーをシェアしたのだ。「また会ったねえ。」といった感じで"Bonjour!"と微笑みながら、「タクシーをシェアしない?」と今回も提案されたその時、タクシーのドライバーがどこからか戻ってきた。

 無事、タクシーで会場に到着、もうプロフェッショナルと呼ばれるディーラーズタイムが始まっているため、沢山のフランス人ディーラーが一般のフランス人とはまた違った地味な雰囲気で通路を行き来している。そんな中、いつものように河村と一緒に足早に会場を巡る。一軒一軒丹念にストールを回り、いつも仕入れをするディーラーのところではガラスケースを熱心に覗き、何かないか物色。やはり、自分たちの趣味に合うディーラーから毎度買付けることが多いため、素早く、でも集中して見まわす。
 今回の出物は、フランスらしいブロンズ製のフレーム(しかもエンジェル柄!)、可愛いハンドルの付いたソーイングツールやハサミ、私の好きな箱もの、そしてお人形おバスケット、このフェアでは珍しくソーイングものが好調、まずまず満足のいく仕入れで、また昼前にはさっさとパリ行の列車に乗り込んだ。

 せっかくノルマンディーくんだりまで行ったのだから、いつもはそのまま街をぶらついて古いゴシックの教会などを見て回ることが多い。フランスは地方の街にそれぞれ特色があって断然興味深いのだ。でも、今回は残念ながら次の仕入れのためパリへ急いで帰らなければならず、ちょっと残念。

 次に向かったパリのフェアなのだが、今日は一般の人の入ることの出来ないプロフェッショナルオンリーの日、いわゆる搬入日なのだ。にもかかわらず、会場に入ろうとする私達に向かい、入口を固めていたセキュリティーの大柄な男性は、「今日は入れない!明日の一般の日だけ。」と繰り返すのだ。「いつもはこの日に入っていたわよ!」と憤然と訴えても、"Non!"の一点張り。「地球の裏側からわざわざやって来たのに〜!いったいどういうことよ!誰か知っているディーラー来ないかな。」とブツブツ言っていると、運良く顔馴染みのディーラーが奥さんと通りがかった。彼の中国人の奥さんも顔馴染み。同じオリエンタル同士か、漢字を操る者同士何となく近しく感じてしまい彼女の名前も聞いたことがある。(でも中国語の聴き取りが難しくて、私たちには発音出来なかったのだが。)思わず、彼を手招きして「私達入れて貰えないの!」と訴えると、すぐにセキュリティーの男性にかけあってくれ、私達にわざわざ片言の英語で説明してくれるのだが…英語があまり得意ではない彼のこと、自由にならない英語にイライラして思わず出た一言は「君たちは中国語は出来ないのか!?」きっと奥さんに説明させようとしたのだろうが、思わず笑ってしまった。ともかくも、「搬入が落ち着くまで少し待っていれば大丈夫。」という彼の言葉を信じ、少し待ってみることに。

 20分も待っただろうか。セキュリティーの男性がいなくなったのを見計らって、「今だ!」と会場内へ。その前に、最後の関門の受付でまたもや足止め。今度は私たちの姿に「ん?」という表情の若い女性の係員に英語でディーラーの取引日を意味する"trade"と言っても埒が明かず、

"Je sui professionnel.(私はプロフェッショナルです。)"と言うとやっと「じゃ、プロフェッショナルのカードを見せて。」との返事。そんな時、フランス人のディーラー達は日本でいう古物商免許のようなカードを見せるのだが、そんなものを持っていない私達はアルファベットのネームカード(名刺)を見せることにしている。いつもは財布に自分の名刺を入れてあるのだが、先日他のディーラーに連絡先として渡してしまったばかり。仕方なく財布をゴソゴソすると、日本での同業者クロテッドクリームの片山嬢の名刺が出てきた。「ま、これでいいか。」と見せると"OK."とすんなり会場を許された。(片山さんゴメン。)「なんだ、私たちプロフェッショナルに見えなかったのね。」と少し気落ちしながら会場へ。

 今日のフェアでは、花かごの柄がとってもラヴリーなミラーをget。ブロンズ製ながら花柄の透かし細工が軽やかな雰囲気。同じくブロンズ製のフレームではずいぶん前に扱ったことがあるデザインだけど、今回の方が大きさもあって豪華。かわいいバスケット、貴族柄のグローブボックスもget。それにボックス付き、とても状態の良いミシンも!!やっぱり今日会場に入れて良かった!

 さて、フェアでの仕入れが終わった後は、ぐったりしながらバスで帰宅。今回滞在しているのは、サン・ジェルマン・デプレ界隈。いつも泊っているオデオン界隈とは同じ6区にありながら、地下鉄で一駅程離れている。たった地下鉄一駅と言っても、本当にパリの街はそれぞれのカルティエによって雰囲気が違う。今回のサン・ジェルマン・デ・プレ界隈は、ホテル代の高さもさることながら、あまりにシックなカルティエで、見た目にまったく貫禄のない私は少し気後れしてしまう。街を歩いている観光客も断然お金持ちそうで年配の人が多い。ちょっとした洒落たブティックが多いオデオン界隈に比べて、この界隈はシャンデリアやマントルピースなどの高級な室内装飾のアンティークを扱うブティックや有名ブランドショップが並び、「ここは私のカルティエじゃない!」という感じ。
 でも、そんな中、これをBCBG(ベーセー・ベージェー"bon chic bon genre"の略。良い趣味の意。)というのだろうか、小麦色に良く日焼けした皮膚、長い金髪をスカーフでまとめ、トレンチコートにGパン、コートの下には襟ぐりの大きな白いTシャツ、胸元を飾る長いパールネックレス。そして足元は見なかったのだが、たぶん素足にローファーか白いスニーカーの年配のマダムを発見。その颯爽とした出で立ちに惚れ惚れしてしまった。う〜ん、格好いい!私もこんな大人の女になりたいな。(誰ですか?「もう十分大人じゃないの!」と言う人は。)

パリの街に3軒あるラデュレの1軒は、サン・ジェルマン・デ・プレ教会からもすぐRue Bonaparte にあります。今回はサロン・ド・テでお茶することもなく、マカロンを買うこともなく、写真撮影だけ。ラデュレのロマンティックな色合いのボックスには心惹かれますね。

高級なアンティークのブティックが並ぶRue de Jacobでみつけたlivre romantique(いわゆるロマンティック本)。この時代の本はすべて仮綴じの状態で販売され、本を所有した人の趣味ですべてオーダー、装丁家によって美しく装丁されました。金の箔押しの装丁も美しい19世紀の古書です。

9月某日曇り
 今日はやっと一息、午前からアポイントを入れておいた女性ディーラーの元を訪れることになっている。私の好みをバッチリ把握してくれている彼女は、いつも可愛いものを集めておいてくれる。今回は何が出てくるか楽しみ。

 「ホラ、これがあなたの分。」と言って出てきた様々なアイテムの中には、私がいつも欲しがっているソーイングバスケットがあったり、可愛いモチーフがあったり、それを私の為に取って置いてくれたのかと思うといちいち感激してしまう。中でもロココの見本をびっしり付けた台紙は可愛いの一言。いつも「手の込んだブラウスが欲しい!」と訴える私のために、びっしり刺繍の入ったブラウス。こんな刺繍のブラウスやペチコートは私の大好きなアイテムだが、ここ最近見つけ出すのは本当に難しくなってしまった。「あぁ、こんな手の込んだブラウス、まだあったんだ〜。もうこの世の中には存在しないかと思ってた。」と独り言。お客様からリクエストされていたスミレの香水ボックスもここから出てきた。前々から伺っていたのだが、やっとこれで義務を果たすことが出来て嬉しい。織り柄のリボンや状態の良いお花もいくつか。可愛いもの、美しいものとの出会いは疲れさえ忘れてしまう。

 今日の昼食は、今回の買付けで唯一、彼女と共に近くの行きつけのレストランで。一概にフレンチレストランと言っても、日本のような繊細なお味は期待できないが、ここはまずまず凝ったお料理で、複雑な味わい、黒板に書かれたメニューを解読するのに少し骨が折れるが、十分合格点のレストラン。私がオーダーした今日のメニューはアーティショー(アーティチョーク)のサラダにポークのソテーリンゴソース添え、デザートはタルト・オ・フィグ。アーティショーはアーティチョーク、いわゆるチョウセンアザミのこと。今まで一度も食べる機会がなかったので、一度食べてみたいと思っていたのだ。あっさりとしたサラダオイルであえていることもあって、さっぱりとしてフレッシュな感じ。ホコホコとしたお芋を連想するような食感はで、調べてみると実際にデンプン質が多いらしい。ポークの方はというと、リンゴソースの甘みが豚肉と良く合ってとっても美味。少し焦がしたリンゴソースがまるで照り焼きソースのようですっかり気に入ってしまった。また日本でも食べたいな。タルト・オ・フィグはイチジクのタルトのこと。日本でのお馴染みのイチジクはフランス人もよくデザートに食べる果物のひとつ。ちょうどイチジクのシーズンということで、今回はリンゴではなくイチジクのタルトに。以上美味しい赤ワインと一緒にすっかり満足の昼食だった。

 レストランでの食事が済むと、頭を切り換え、再びセレクトの続き。長時間に渡る買付けはとにかく集中力あるのみ!膨大なアンティークの中からいるものといらないものを冷静に判断し、「これは!」と思うものは少々高くても素早く決断していく。豪華な刺繍のバッグもここから。今まで仕入れたことのないタイプの刺繍製のバッグだ。

 いったい何時間かかっただろう。かなりの時間を費やして様々なものを選んだあとは、「また11月に来るからね。」と彼女の所をあとにした。次は恒例のカードディーラーのところへ。前回、イタリアにホリディに行っていて留守だった彼らだが、「9月の上旬はちゃんといるから大丈夫。」と言われている。「今回はいるだろうねぇ?」と懸念しながら彼らのオフィスへ行くと…いたいた!挨拶を交わし、この夏ロンドンの紙ものフェアに出店すると聞いていた私は、「ロンドンはどうだった?」と聞いてみたりする。いつものようにテーブルに着くとまず次から次へとニューストックが。そして毎度のこと、様々なカードの山を前に夕方までカード繰りで過ごした。

淡いピンクの薔薇と不思議な犬の置物。何ともシックなこの取り合わせは、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈の食器店のウィンドウ。薔薇のカップがのせられているぽってり厚地の食器のシリーズやその下のグラス、アロマキャンドルなど無彩色の商品が並ぶ店内は静謐とした雰囲気でした。


「薔薇の名前」という意味を持つ“Au nom de la rose”の前ではついついいつもカメラを構えてしまいます。手前のブーケのアプリコット色と紫の絞りのような複雑な色合いの薔薇に心惹かれます。

9月某日晴れ
 まるで秋晴れのようなお天気の今日、気温も上がり、暑くてコートを着ていられないほど。でも、今日は買付け最終日。前回の買付けでは、散々ベルギーで遊ぶ時間があったのに、今回オフの日は全くナシ。またすぐ11月に来ることもあって、自分の買い物をする時間すら今回は全く取れず、淋しい限り。(とはいっても、自分の買い物となると、買付けにかけるような情熱が今ひとつ湧いてこないのだけど。)ひとり「またすぐ来るし・・・。そうしたら河村には内緒で(でも実際は絶対内緒に出来ない!)冬物とレペットの靴を買おう。(元々がバレエ用品を扱うレペット、このホームページもまるでバレエの舞台を見ているようでとても素敵なのですよ。)そろそろオブレイ(愛用の時計のこと)のベルトも替えに行かなきゃならないし・・・。」などとリベンジ思ってみる。果たして次回、自分の買い物は出来るのだろうか?あ、でも今回ノルマンディーのフェアで、実は自分のために唯一、小振りなカフェオレボウルを手に入れたのだった。(実はひそかに赤い柄のカフェオレボウルをコレクションしているのだ。)

 さて、最終日の今日は最後の大仕事が待っている。そう、お目当てのカードフェアに行くのだ。このフェアには、私が懇意にしている初老のマダムが遠く国境の街から出店していて、いつも彼女の品揃えを楽しみにしているのだ。今回もいたいた!挨拶もそこそこにお目当てのアルバムを次々出してくれる。その一軒のディーラーで繰るカードの数といったら軽く数千枚を数えるほど、美しいカードの数々に緊張し、わくわくしながらも果てしない作業が続き、ずっと立ちっぱなしでカードを繰っていると、腰は痛くなってくるし、脚の裏側の筋肉は硬直してくる。でも、カードからは目が離せないし、「誰にも渡さないから!」とまだ見ぬアルバムの山からも目が離せない。ドキドキ、ワクワク、胸の高鳴る買付けの瞬間だ。
 そんなカードの山に囲まれたカード地獄(?)に4〜5時間浸っていただろうか、次から次へとストールを回り、期待していた以上の収穫に心から満足して会場を後にした。今回のカード、お客様の皆様に見ていただくのが楽しみ。

 今回、最後の仕事はお人形用のシルク生地の買付け。あちこちで探したにもかかわらず、あまり満足のいく生地に出会えていなかったのだ。最後に訪れたのは、やはり顔馴染みの女性ディーラー。彼女がこの仕事を始めた頃から見知っているが、その当時若かった彼女も、今ではもうすっかりマダムの雰囲気だ。「前みたいなお人形のシルクが欲しいのだけど。」という私に"la poupee... la poupee...,,"とつぶやきながらストックを探しに行ってくれる。出てきたのは、美しい真紅のシルクや19世紀半ばのドレス生地。「確かまだ家に他の色もあったはず。」という彼女の言葉に、「また11月上旬に来るから、その時にね。」とお決まりのセリフを言って別れた。これで今回の買付けもようやく終了。最初から最後まで仕事一筋だった今回だけれど、とても満足のいく仕入れが出来て嬉しい。連日歩き回った9日間、身体の疲れは最高潮なのだが、良い仕入れができると、なんだか義務感を果たしてほっとすると共に、達成感が湧いてくるようだ。

 次回の買付けはまた11月。今から、あんなものも仕入れたい、こんなものとも出会いたい、私の望みは尽きない。

ホテルの向かい側にあった花屋の前にずらりと並んだ小さな鉢植え。最近のパリの花屋ではこんな小さなポットに入ったお花が人気のよう。このまま家に飾っても良し、パーティーにも持って行っても良し?思わず私も買いたくなってしまいました。


Beaux-Arts(ボザール。国立美術学校)にほど近いセーヌ川にかかるPont des Arts(ポンデザール。芸術橋の意)は徒歩専用、車は通ることは出来ません。向かい側の建築はルーブル美術館。古くは1802年に掛けられ、現在の橋は1984年に再建されたものだけれど、今回「100年前のパリ」と称される写真集を手に入れると…この風景、100年以上前から何も変わっていない!

 ***今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。***