〜フランス編〜

■ 4月某日 晴れ
 ベルギーから帰ってきてもやっぱりパリも暑い。ベルギーから戻った私達がまず訪れたところ。それはオペラにある両替所。まずは軍資金を補充、それがなければ明日からの第二ラウンドともいうべきフランスでの買付けに支障が出る。無事、大量の現金を手にし、しっかり仕舞い込んで外へ出た。(※オペラ界隈は治安が悪いので、現金を持って歩くのは要注意!ご旅行で行かれる方はどうぞお気を付け下さいね。)

 せっかくオペラまで出たので…実はちょうどこの時期オペラ・ガルニエではバレエ・サンドリヨン(シンデレラ)の公演の最中、パリに来たらチケットを入手し、久し振りにバレエを見に行こう、と目論んでいたのだが…観光シーズンだからだろうか、チケット売り場には“CENDRILLON COMPLET (サンドリヨン満席)”の張り紙。サンドリヨンのチケットのみすべての公演のチケットが売り切れ。きっと美しい舞台だったろうなぁ、河村にも是非一度オペラ座でバレエを見せたかったのに残念。

■ 4月某日 晴れ
 今日は朝から4箇所の仕入れ先を回るスケジュール。まずは朝からパリ市内の市へ。フランスにしては朝早く、午前7時過ぎのバスに乗る。毎度たいして期待もせずに出掛けていくこともあり、好みのものがみつかると結構嬉しい場所だ。いつもは入口近くのブーランジェリーでまずパン・オ・ショコラを買い、それをパクつきながら見て回るのが常なのだが、今日は「何かいいものないかしら?」と気ばかり焦って、パンも買わずに歩き出した。

 みつけたのは、フレンチプリントの生地やリボンなど。そして茶系のプチポワンバッグ。譲って貰ったディーラーはいつもの彼女。いつも買付け前は「この日に行くから、こんなものが欲しい。」とメールのやりとりをしてから出掛けることにしている。今回も、私のために様々なアイテムを持ってきてくれたのだが、なかなか状態の満足のいくものが無い。イギリスでもよくあることだが、ディーラーに「ミントコンディションよ。」と言われても、「え〜!これが?」と絶句することも多い。アンティークだから、古いものだから、使われたものだから、ある程度の使用感や傷みは仕方がないと分かっているのだが、やっぱり許せないものは許せない。私はきれいなものが好き!

 途中、やっぱりおなかの空いた私は、ネギ焼きにそっくりなポアロ葱の入ったクレープ(クレープといっても甘いおやつのクレープとは違い、塩味が効いているおかずクレープ。)を買い、「美味しいんだよね〜、これ!」とモグモグしながら歩く。ふと見ると…なんだか見覚えのある後ろ姿。あれは東京のお客様だ!嬉しくなって「Yさ〜ん!!」と顔を覗き込みながら呼びかけると、「ええっ!?どうしてここに?」とびっくりされる彼女。ゴールデンウィークを利用してご主人と一緒にご旅行中だとか。思わぬところでお目にかかった喜びから、さんざん日本語でしゃべりまくってしまった。「じゃ、お気を付けて〜。」とお別れ。

 いつものカードを扱うマダム、私達の顔を見ただけで「あぁ、ボン・マルシェね。」と車の中からカードの山を出してきてくれた。立ったままカードを選ぶのはなかなか骨が折れること。マダムはハッチバックになった車の後ろの扉を開けてくれ、私と河村のために専用シートを作ってくれた。そこにふたり腰掛けて、カードの山を崩していく。

 最後にみつけたのはガラス板を組み合わせてリボンでデコレーションしたチャーミングなジュエリーボックス。在庫で持っているウエディングシューズガーランドなどのウエディンググッズと一緒にディスプレイするときっと素敵。

 まずは一度ホテルへ荷物と一緒に帰り、身軽になって次なる場所へ。次の場所はパリでもお金持ちが多く住むとされる16区で開催されるフェア。さぁ、バスに乗って出発!と期待を込めて出掛けたフェアだったのだが、結果は今ひとつ。リボン模様の可愛いbebeピンのみ仕入れて、さっさと退散。

 次は街中のモールへ。高級品ばかりを扱っているモールなので、いつも目の保養に出掛けるここ。このモールも、相変わらずの高級品ばかりだけれど、少しずつディーラーが退店して歯が抜けたよう、ロンドンのモールを思い出し、「どこも一緒なのね。」と寂しい気分になる。

 今日の最後は、いつも立ち寄るカードディーラーの事務所。が、はるばるメトロに乗ってやって来たというのに、彼の事務所は閉まっていて人気がない。たまに地方や外国のカードフェアまで出張している彼だけど、そんな時には必ずドアに走り書きが張ってある。たまたま事務所の前の道は工事中で、凄まじい音を立てながら工事をしている。「彼はこの騒音が嫌でどこかへ行ってしまったのかも?」アポイントを取っておかなかったことを悔やんでも後の祭り、また帰国までにもう一度来ることを心に誓いつつ、仕方なくしょんぼり立ち去る。帰国までには必ず彼を捕まえないと!

 思い立って、やはり生地やレースなどを扱う彼女の所へやって来た。いつもはあまり好みのものが無いにもかかわらず、やはり寄ってしまったのだ。今日は「お人形用のシルクってないかしら?」と尋ねると、ちょうど新しいストックが入ったばかりらしく、次から次へと出てくる。思いがけず、シルクサテンやリネンのオーガンジーなどのお人形向きの生地をget。生地は量が増えるとかさばって重い。そんな重いバッグを抱えると、さも仕事をしたような気になるから不思議だ。

 買付けを終えて帰り路を歩いていると、いつもはがらんとしている界隈に人がいっぱい。建物の中庭を利用してアンジュー地方の観光フェアをやっていたのだ。普段はほとんど人通りがない場所なのに、今日は近所の人だろうか、人でいっぱい。というのも、まるでワインフェアのように、様々なアンジューのワインの試飲が行われたり、アンジュー地方のハムや蜂蜜の試食、一角ではキャフェまで出来て、みんな美味しそうなハムを食べたり、ワインを飲んだりしている。まるでちょっとしたアンジューの物産展のようだ。だが、私の目を奪ったのは、アンジューにあるという薔薇園“Les Chemins de la Rose”から運ばれた美しい薔薇の数々。いかにもフランスの薔薇、という趣のある素敵なお花ばかり。以前行ったブローニュの森にあるバガテルの薔薇園を思い出した。
 

“Les Chemins de la Rose”からやって来た薔薇の画像を4枚続けてどうぞ!まずは縮れた繊細な花びらがまるでガラス細工のような薔薇。


いかにもオールドローズ、という感じの幾重にも重なった花びら。丸みのある蕾の形も可愛い。


斑入りの花びらがどこか椿を思わせる薔薇。しっかり巻き込んだ花形も個性的です。

薄い薄い花びらがはかない感じ。同じ1本の株なのに、白っぽいお花あり、ピンクっぽいお花あり、クリーム色っぽいお花あり。フランスの薔薇はフランス女のように一筋縄ではいかないのです。(笑)

■ 4月某日 晴れ
 今日はアポイントを取っておいたレースを扱うマダムの所に行くことになっている。「何か出てくるかもしれない。」という期待感に加え、「もし凄いものが出てきたらどうしよう?」という恐怖におののきながら(なぜなら、凄いものは凄い金額だったりするから。)バスに乗って向かう。

 パリを移動するときの私達は断然メトロよりもバス!私達がいつものように左岸に滞在すると、メトロで移動するよりもバスの方が便利だという理由もあるけれど、この美しいパリの街並みを見ることなく、暗い地下鉄で移動するのは、とても残念なことに思えるからだ。私達の滞在するオデオン、サンジェルマン・デ・プレ方面から右岸に向かって21番か27番のバスに乗り、セーヌ川をシテ島へ渡るためのサン・ジェルマン橋にさしかかると、必ずマリー・アントワネットの幽閉されていたコンシェルジェリーの美しい建物やノートルダム寺院をのぞむことが出来、その先にはルーブルの広大な建物もひかえている。バスに乗って、サン・ジェルマン橋にさしかかる度、「こんな美しい景色を普通にバスに乗るだけで見ることが出来るなんて。」と、かつて数え切れないほど眺めた景色にもかかわらず感動してしまう。もしも、私に家を買うお金があったとしたら…迷わずパリの左岸に小さなアパルトマンと南仏に別荘を買うだろう。

 さて、マダムの所に到着。私と河村がふたりの間では親しみを込めて「バアちゃん」と呼んでいるマダムだが、いつも私達が来ると "Comment allez-vous ?" と丁寧に握手で迎えられる。英語はほとんどといって良いほど解さないマダムと、情けないほどの私のフランス語力、でもなぜかレースを前にすると意気投合してしまうから不思議。「あ、そうだよね。これポワン・ド・フランスだよね。うん、うん、17世紀だよね。」マダムの話すレースについてのフランス語はなぜかよ〜く分かってしまうのだ。そんな中から今日もとびきりのレースを選び、その後「お人形のためのシルクある?」と尋ねると、出てきた出てきた!どうも最近オークションで入手したらしく、箱に沢山のリボンとシルク。その中には、なかなか最近見ることのない素敵な柄織りのリボンが。美しいブルー地に薔薇柄のリボンに、アイボリー地のデリケートな雰囲気の花模様のリボン。美しいリボンに「きゃ〜、なんて可愛い!」と声を上げると、「このアイボリーのリボンは18世紀のよ。」とマダム。そして同じく18世紀のシルクのドレス地。なかなか出会うことの出来ない上質なシルク素材にうっとりしてしまう。

 次に訪れたのは、18世紀や19世紀の時代衣装を扱うマダムの所。時代衣装自体は、いつも目の保養をさせてもらうだけなのだが、私達の目指すレースやリボンなどが出てくることもあり、外せないのだ。今回目指すレースはなかったものの、「こんなものはいかが?」とマダムが出してきた箱の中には可愛いロココがいっぱい。最近、フランスでもなかなか巡り会うことの難しいシルク製のロココ。嬉しい!あまりの可愛さに有頂天になってしまった。

 いくつかの買付け先を回った今日の最後は、いつものキャフェで遅い昼ご飯。元気なマダム達が給仕をしてくれるいつも立ち寄るお馴染みのキャフェだ。河村はいつもどおりパリ風サラダのサラド・パリジェンヌ、迷った私はマダムに「今日のプラ・ド・ジュール(お昼の定食)は何?」と聞くと、マダムは大きな目をクリクリしながら"Porc a la provencal!C'est tres tres tres bon!!(豚肉のプロヴァンス風よ!すご〜く、すご〜く、すご〜く美味しいわよ!!)"とtresを三回も繰り返してウィンク。いまいちporc a la provencalの具体的な姿を思い浮かべることが出来ないにもかかわらず、南仏風の食べ物が大好きな私はprovencal(プロヴァンス風)に誘われてそれに決定。いわゆる「キャフェめし」ということもあり(キャフェで食べるご飯は、レストランで食べるものに比べると、さほど手を掛けられていないものなのだ。)、それほど期待もせず決めたメニューだったのだが、これが実に美味しかったのだ!(porc a la provencalの再現はこちらを。)あぁ、これだからフランスの食べ物って侮れない。赤ワインと一緒にすっかりご機嫌で遅い昼ご飯を食べ終わると、もう時刻は夕方近くになっていた。

マリー・アントワネットも幽閉されていた尖った屋根のコンシェルジェリー、いつもの見慣れた風景です。


左岸に帰ってくるときは左側に、バスの中から彫刻のようなノートルダムの姿が見えると「帰ってきたなぁ。」とほっとします。


複雑で微妙な色合い、紫のスイトピーと紫陽花。花屋の店先なのに、それだけでない何かを感じてしまう。


カシス、ショコラ、キャフェ、バニール、ピスタチオ、ノア・ド・ココ、どれも美味しそう、マカロン大好き!

■ 4月某日 晴れ
 フランスでの買いつけも三日目。今日はアポイントを入れておいた女性ディーラーの元へ。いつも可愛いものを沢山集めておいてくれる彼女、毎回彼女に会うのも、新たなアンティークと巡り会うのも楽しみにしている。

 今回出てきたものは、私のためにキープしておいてくれたロココとロココ付きのシルクのボックス。(このロココ付きのボックス、かつて見たことのないほど可愛いボックスなのだが、いかんせん状態がいまひとつ。「それでも。」とあまりの可愛さに連れ帰ってきてしまった。)その他にもシルク地やコットン生地、リボンやリボン刺繍、レースの数々、様々な華やかな色合いのアイテムを前に「全部自分のものにしたい!全部連れ帰りたい!」とどれも欲しくなり、あまり迷いすぎてどうしていいのか分からなくなってしまう。あぁ、フランスのアンティークって本当に素敵!きっと100年以上前、当時の世界中の女性達もフランスからやって来たシルクやリボンやレースに夢中になり、心ときめかせたに違いない。

 長い時間をかけて様々な美しいものを選んだ後、向かった先は例の紙ものディーラーのオフィス。先日も予告無く留守だったのだが、まだまだオフィスの前は大きな音を立てて工事中、扉はきっちり閉まったまま、今日もクローズしている。「いったいどこに行ったんだよ〜!?」と嘆きながらトボトボ帰宅。帰国前に、もう一度トライする予定。

 一日の仕事を終えて必ず立ち寄るところ、それは滞在しているホテルに程近いいつものキャフェ。ホテルに戻る前に必ずテラス席で一息入れるのが私達の日課。そこで表を歩く人を眺めながら一日の仕事についてあれこれおしゃべりするのが私達の楽しみなのだ。サンジェルマン・デ・プレにも近いお洒落な地区でのこと、目の前を惚れ惚れするようなマダムや小粋なファッションの女性が行き交い、その度に「ね、ね、今の人見た!すっごいお洒落!」とはしたなく叫ぶ私。苺色のヒールの靴とお揃いのバッグに「なんて可愛い!」と目がとまると、それは白髪をお洒落に結い上げたスリムなマダムだったりする。そう、フランスでお洒落な女性のほとんどはいわゆる中年以降の年齢層の女性達。気持ちの上でも、経済的な面でも、様々な意味で一番余裕がある層なのだろう。この国では若い女性よりも成熟した女性がより美しく見えるような気がする。そうした若さだけではない大人の美しさを日常的に目の当たりにしていると、なんだか自分にも勇気が湧いてくるようだ。

 簡単な夕食後、今晩はお出掛け。お出掛けという程のことでもないのだが、チケットの入手できなかったバレエの替わりに、楽しみにしていた映画を見に行くことに。実は、この映画、前回2月に来た折りに「近日公開」になっていたフランスの歌姫エディット・ピアフの生涯を題材にした"La mome"。近くのオデオン界隈の映画館ではもう既に終わっていたのだが、たまたまバスでモンパルナスを通った際、とある映画館でまだ上映されていたのだ。うっすら夕暮れになってきたパリの街をまたバスに乗って映画館へ。

 タイトルにもなっている"La mome"、フランス語で"mome(※実際にはoの上にアクサンが付きます。)"は「子供」の意味、これに女性冠詞である"la"が付くとシャンソン界ではエディット・ピアフを意味するのだそう。(きっと142cmしかなかったピアフの姿を子供に喩えたのだろう。)ピアフの歌の長年のファンである私は、映画の全編にピアフの歌が流れていたのにまず感激!その貧しい生い立ち編で、1910年代初頭の貧しくて汚いパリのベルヴィルの街が出てくると、「そうか、この頃のパリって、やっぱりこんなに汚かったのんだ。」と当時へタイムスリップしたよう。その後、ピアフが頭角を現わし、活躍を始める1930年代以降の衣装を見ると「あぁ、私、この時代の服が好きだったんだ!」と自分の好みを再認識。(ピアフは黒いドレスを好んで身に着けた。)恋人だったマルセル・セルダンの事故死する場面では、心が締めつけられる。全編Marion Cotillardがピアフ役を熱演、若い頃のピアフにそっくりなのはもちろん、晩年の(といっても亡くなったのは47歳)の薬物中毒で衰弱した姿には、「え?同じ人なの!?」とびっくりするような変貌。なんでも晩年のピアフを演じるために5時間もメイキャップに掛けたのだそう。波乱万丈のピアフの生涯を描いたこの作品、想像していたとおり、見応えがあって大満足だった。この"La mome"、日本でもこの秋に封切られるらしい。もう一度、今度は是非字幕付きで見てみたい。

"La mome"の公式ホームページはこちら

■ 5月某日 晴れ
 今日は終日オフ。というのもきょうはフランスの祭日、メーデーの日なのだ。フランスといえば労働者の国、国の法律で年間6週間のバカンスが保証されているだけでなく、ただでさえしょっちゅうデモやストライキを起こしているこの国のこと、当然メーデーの日はお休み。でも、この日はお休みよりも街中に鈴蘭の可愛い花が溢れることの方が嬉しいかも。今日はメーデーと共に、愛する人に鈴蘭を送る鈴蘭祭りの日。春を告げる鈴蘭の花は、幸運を運んでくる縁起物なのだ。
 この日は誰が鈴蘭を売っても良いことになっているらしく、街を歩くとあちらこちらで鈴蘭の小さな花束を売る姿を見ることが出来る。鈴なりになった小さな花は本当に愛らしい、なんて素敵な風習だろう。

これは花屋の店先で。鈴蘭は可愛いのだけど、下のグリーンのタマネギ状のオブジェはいったい何?

 フランスの祭日は、仕入れ先も普通のお店もみんな休み。その辺りは日本と違って非常に徹底している。早い話、買付けで祭日に当たると、もうどうしようもないのだ。ということで、今日は美術館へ。(しかし、美術館すら休みの所も…。)まずは、私達が滞在しているオデオン座のすぐ側にあるリュクサンブール公園の敷地内にあるリュクサンブール美術館へ。ルネ・ラリックのアール・ヌーヴォーのジュエリー展が開催中で、パリの街のあちらこちらで(バスの車体広告でさえも)その美しいポスターを目にし、是非買付け中に行きたかったのだ。
 私達が滞在しているホテルからリュクサンブール美術館までは歩いて5分程度、ほんの少しの散歩で着いてしまう、そんな感じだ。祭日で人影のない朝の道を歩き、美術館へ。

 アール・デコのグラスが有名なラリックだが、装飾美術館内のジュエリーギャラリーの目玉にもされているアール・ヌーヴォーのジュエリーには目を見張るものがある。今回も河村と二人、薄暗い収蔵室の中、様々なアール・ヌーヴォーの香り漂うジュエリーに館内をさまよった。効果的に使われているプリカジュール(省胎七宝)、パート・ド・ヴェール(ガラスの練り粉を型に入れて焼成したもの。独特の半透明な美しさがある。)などのガラス素材を宝石と同じように使ったジュエリーは、この時代だけのものだ。アール・ヌーヴォーは、この当時フランスに入ってきた日本の美術品からも大きな影響を受けている。会場には、日本からやって来た江戸時代の刀の鍔や印籠、絵画のコレクションも並び、いかにラリックのジュエリーがこうしたものからインスピレーションを受けたのかを展示している。思わぬところで、私達のルーツでもある日本の美術品が展示され、ちょっぴり誇らしい気持ちになった。
 そして、よくよく見ていくと、これらのラリックのジュエリーは、大半がイスラエルの個人のコレクションと日本の箱根ラリック美術館からやって来たものが主な展示品を占めている。「な〜んだ。結局ユダヤ人と日本人がめぼしいものをみんな持ってるってことじゃない!」灯台もと暗しとはよく言ったもの。箱根のラリック美術館にも是非行ってみないと。このラリック展、7月末までやっているので、それまでにパリにご旅行に行かれる方にはおすすめ。

こちらがラリック作のジュエリー、羽の部分のプリカジュールに注目!サラ・ベルナールなどはこんなジュエリーを身につけていたのでしょうね。

 そして、次に向かった装飾美術館だったが、こちらはメーデーのためお休みでがっかり。以前ジュエリーギャラリーのコレクションを見たのは私だけなので、河村にも是非を見せたかったのだ。仕方なく、アール・ヌーヴォーつながりということで、アール・ヌーヴォーの建築家ギマール作の駅を見にブローニュ近くのポルト・ドーフィーヌ駅へ。ギマールの建築は、16区にもいくつか残されており、以前何度か見て回ったことがあったのだが、こちらは初めて。このポルト・ドーフィーヌ駅、ガラス、鉄を主に使用して表現されていて、「これが当時の最新流行だったのだろうね。」と言いながら熱心に観察。100年以上前に作られた歴史的建造物がこうして今でも活躍していることが素晴らしいと思う。

緑に囲まれたポルト・ドーフィーヌ駅。ガラスの屋根と曲線を描いた鋳物の柱が特徴です。内側の壁にも壁画が描かれていて可愛かったのですよ。

 次もまた美術館へ。今度は昨年出来たばかりのケ・ブランリー美術館へ。ケ・ブランリーとはブランリー河岸の意、セーヌ川の河岸、エッフェル塔近くに位置する。が、しかし、またもやメーデーで休み。だが、アフリカ、アジア、オセアニア、中南米などのプリミティヴアートのミュージアムのため、元々収蔵品にはさほど興味無し、ここの建築を見たがった河村に連れられてやって来たのだ。確かに建築は興味深かった。建築業界では今流行の(?)壁面緑化されていて、建物はまるで南国のジャングルのようにグリーンで覆われている。よくよく見てみると、壁面には常時水が流れていて、それがこのジャングルのようなグリーンが生い茂る原因のようだ。記念に写真を撮影し、帰りの途に着くと建物と建物の間から大きなエッフェル塔が現れた。

ビルの壁面にびっしり生えた植物、その姿はまるで建物がグリーンの着ぐるみを着たみたい。どこか不思議だけど生命感を感じる。

帰り路、建物と建物の間からにょっきりエッフェル塔が“Bonjour!”

■ 5月某日 晴れ
 買付けもいよいよ佳境に。明日で終了するとともに、今日が河村は最終日。今回、ゴールデンウィーク中ということもあり、二人一緒の便が押さえられなかったのだ。河村は今日、私は明日帰国することになっている。私たちの帰国便は午後9時過ぎのため、河村は終日一緒に行動、夕方空港へ向かうことになっている。

 今日、まず二人で訪れたのはカードの仕入れ先。たびたび訪れている場所だが、ここは今回私たちが何度も足を運んでいる紙ものディーラーのところでなく、また別な場所。ただし、こちらはあまりクオリティーの高いものは期待できないし、私たちの買い付けと買い付けの期間があまりにも短いと、新たなストックがなく、「何も仕入れるものは無し」ということになりかねない。私たちの中では常に「二番手」と位置づけされているディーラーだ。でも、今回は一番手のディーラーは捕まらずじまい、何とか満足のいく仕入れをするには二番手だろうととにかく行って探してみなければ!On y va !

 さて、そんな懸念をしながら訪れた二番手ディーラーだったが、いつものように何千枚(何万枚?)とカードを繰っていくうちに、今回は結構私たち好みのものがチラホラ。まずまず満足のいく内容に少しほっとする。毎回、買付けの度に目にするカードは膨大な数なのだが、その中で気に入るものは極僅か。気に入ったものが出ればカードの山の脇によけ、「これどうしよう?」と思うものが出てくると、また別なところによけ、後で最終選考(笑)にかけるのだ。そんな長時間の選考を終え、「やれやれ」と外に出ると、外の光がやたらに眩しく感じた。

 そんなカードの仕入れを何度か繰り返し…このところ30度を超える暑さは連日続いている。とても5月の気候と思えず、「気分は真夏。」まるで一足先に8月のバカンスシーズンがやって来たかのようだ。どうも街を歩いていても、今が5月だということに納得がいかない。こんなに今から暑くて、いったい8月のバカンスシーズン到来にはいったいどうなってしまうのだろうか?日本から用意してきた日焼け止め(買付けの時には季節を問わず日焼け止めは必須アイテム!)を塗りまくり、大きなサングラスをかけ、タンクットップを着(そもそもこんなに暑くなると思っていなかったので、ジャケットの下に重ね着するタンクトップ以外、半袖の衣類は一枚も持ってこなかったのだ。)、怪しい東洋人スタイル。サンダルを持ってこなかったことだけが悔やまれる。あぁ、それにしても暑い。一仕事終えると、ついついキャフェでベルギービールを補充してしまう。

 空港に向かう河村を送るため、ホテル近くのRER(郊外高速鉄道)のリュクサンブール駅へと向かう。以前、河村と出会う前は一人で買付けに来ていたのだが、ここ何年かは二人での買付け。今までにも何度か飛行機のチケットの関係で、二人別々に到着したり、別々に帰国したことはあったものの、海外の駅や空港で別れるのはちょっぴり切ない。駅の改札で「じゃ、また明後日空港に迎えに来てね。」と手を振り、河村の姿はどんどん小さくなっていった。ひとりぼっちになった後はなんだか気が抜けてしまい、ひとりの夕食のためのバゲットとチーズを買い、さっさとホテルに戻った。

“PAIN D'EPICE”は南フランス、ディジョンの伝統菓子、シナモン、アニス、グローブなどの香料入りのパンのこと。でもここはおもちゃ屋です。フランスの子供って本当に可愛い。

■ 5月某日 晴れ
 今日は買付け最終日。実はこの日に、今回目当てにしていたフェアが始まるのだ。気合いが入っているせいか(?)朝早くから目が覚めてしまい、ホテルをチェックアウトする準備を始める。大半の荷物は河村が持って帰っているけれど、今回は二週間の旅、自分の私物も含めてまだまだ荷造りするものがあるのだ。
 大汗をかきながらすべての荷物を下ろし、ホテルをチェックアウトする。ホテルに戻ってくるのは夕方のため、空港までのタクシーの手配を再度確認し、ホテルを出た。

 さぁ、今日は最終日、最後の頑張りどころだ。いつものようにバスに乗ってフェアへ出掛ける。会場が見えてくると「今日は何がある?」「誰よりも一番可愛いものをgetしてやる!」と闘志が湧き上がってくる。(笑)いつも、そんな勝手に燃える私に、河村は「プロのあなたがそんなに熱くなってどうするの?」と涼しげな顔(実際の彼の顔はちっとも涼しげではないのだが)をしてみせるのだが、でもそんな河村だって本当は同じ気持ちに違いないのだ。今日はそんな河村がいない分、一人で勝負するような気持ち、まだ搬入の終わっていない会場を早足で回り始める。マクロにしたり、ミクロにしたり、よくよく目をこらし、フランスらしいスズラン柄のソーイングツールやフラワーバスケット柄のジュエリーなどをget。頭の中には、買付けたいと思っている様々なアイテムが浮かんでくる。

 実は今回の買付けで、アイボリーのボックスに入ったソーイングセットと出会うことが出来ればと思っていたのだが、これまでのところ巡り会わず、高級品を扱うディーラーも出店するこのフェアが最後のチャンスと思っていたのだが…。まずは、一つめを発見!高級なジュエリーを扱うディーラーのケースの中にアイボリーのボックスが。「完品だよ。」と言われて早速見せてもらったのだが、よくよく観察して「ん?何かヘン。」ボックスの中のソーイングツールはすべて揃っていたのだが、紐通しだけほんの僅か微妙にアイボリーの凹みと形が合っていない!そう、紐通しだけオリジナルとは別なものが入っていたのだ。「どうもありがとう。」とだけ言ってセットを返した。

 そして次に出てきたセット。こちらはツールも揃っているし、ガラスケースの外から見ただけでは何ら問題がないようだ。またケースの中から出してもらい、よくよく手に取って観察すると…ひとつひとつのゴールドのツールの細工も美しいし、このセットなら大丈夫のようだ。そして、アイボリーのボックスを閉めたときのことだった。閉めたにもかかわらず、経年変化でそうなってしまったのか、アイボリーのボックス本体とふたの間に大きな隙間。この状態を私は許すことが出来ない。高価なアイテムだけに「いくか?いくか?」と自分自身の中で盛り上がっていたのだが、このボックスの状態を見て私はすっかり冷静に。またいつの日か近い将来、きっと完璧に近い状態のアイボリーのソーイングセットが見つかることもあるだろう。その日を楽しみに、そう信じてあっさり今回は引き下がった。

 そして、今回の買付けはこれで終わりかと思った頃、私の目に飛び込んできたものが。今回の最後のアイテム、それは王冠のイニシャル刺繍が施された緻密で非常に繊細なホワイトワークの美しいハンカチだった。良好な状態に迷わずget!美しいものを入手した満足感から、知らず知らず顔に笑みがこぼれてしまう。このホワイトワークのハンカチが今回のトリを飾ったのだった。またお客様の皆様に見ていただくのが楽しみだ。

 満足感と疲れからぼーっとしながらフェア会場を歩いていると…ポンポン、私の肩をたたく人がいる。「え?誰。」と振り向くと、なんと何度行っても留守だった紙ものディーラーの彼が笑っていた。思わず「え〜!?私、先週から何度も行ったのよ!!クローズだったでしょ?どこに行っていたの?」と大声で追求すると、バツが悪そうに「ちょっと週末4日間イタリアに行ってた。」とニヤリ。「今日は開いているの?後で行くからね!」とたたみかけると、「うん、今から帰るから待ってるよ。」と手を振りながら足早に消えていった。

 そんな訳で、最後の最後、午後をかなり回った昼下がり、紙ものディーラーのところへ。「早かったね〜。待ってたよ。もっと遅いかと思った。」と目を丸くする彼に、「今晩日本に帰るのよ。夕方には空港に行かないといけないの!」と私。「え?今晩だって!クレイジーだ。」と彼と奥さん、そして先客のムッシュウの三人が声を揃える。後は時間との戦い、とにかく時間がある限り、カードの山を前に繰って繰って繰りまくった。でもやっぱり彼の持っているカードは状態といい、クオリティといい、満足のいくものばかり。「あぁ、やっぱり来て良かった。間に合った。」
 「今度来るのはいつ?それまでにまたあなたのテイストのもの集めておくから。」と調子の良い彼。思わず「今度はいるんでしょうね?」と優しく睨んでしまった。それから大急ぎでホテルに戻ったのは言うまでもない。何とか予約を入れていたタクシーの時間に間に合ってセーフ!

***買付け日記はようやく終了。今回も長々と最後までお付き合いありがとうございました。***

今回も毎度全力投球!何とか買付けを終えることが出来ました。一緒に買付けに行ったように楽しんでいただければ嬉しいです。