2005年7月〜パリ編〜

■7月某日 晴れのちにわか雨
 今回の買付けは、河村が福岡の骨董祭のお仕事のため、私が先に一人でパリでの買付けをし、その後、彼とはロンドンで合流することになっている。その上、今回は二十日間以上、長丁場の買付けだ。以前は、一人で仕事をしていたため、買付けへも必ず一人でやって来たものだが、ここ2〜3年は河村同伴で、常に一緒に行動している。久しぶりの一人きりの買付けのため、少し緊張気味。

 買付け1日目。ずいぶん日本より涼しい。半袖の上に麻のセーターを着て出かける。まずは、朝一番で、インターネットで予約をしておいたSNCF(フランス国鉄)のチケットを受取りにリヨン駅へ。(今では、フランス国鉄のチケットはすべてインターネットで予約、もしくはプリントアウトしたものがチケットとして使える。場合によっては、インターネット予約の方が駅の窓口で買うよりずっと料金が安い。)これが一仕事。駅の窓口は、バカンス時期だけあってとても混雑している。(フランスの公務員の仕事のノロさは有名な話。)長い列に並び、私と河村それぞれのユーロスターの往復チケット、アヴィニヨンまでのTGV、アヴィニヨンからマルセイユのTGV、マルセイユからパリまでのTGV、と全部で10枚のチケットを受取りチェックする。

 駅を後にし、まずはよく足を運ぶVHB(東急ハンズのようなDIY用品の充実したデパート)へ。前回の買付けで、それまで愛用していたカートがとうとうお釈迦になってしまったので、同じものを買うためだ。このカート、真っ赤なフレームと真っ赤なナイロン製のバッグがチャーミングな私のお気に入り。おまけに23ユーロ(日本円で¥3,000ちょっと)也。元はお買い物用なのだが、なかなかの優れもので、ナイロンのバッグ部分は折りたたみ式のフレームから取り外すことも出来、ナイロンのバッグはリュックサックとしても使える。荷物が重くなることは必須なので、カートなしではどこにも行けない。私の頼もしい「買付けの友」なのだ。買付けにとってのカートは必需品でもあり、消耗品でもある。もう今までに4つは駄目にしただろうか。

 買ったばかりのカートをガラガラ引きながらアポイントを入れておいたディーラーの元へ。私のためにキープしておいてくれたリボンやレースなど、華やかな美しいものがいっぱいで、わくわくしてしまう。カルトナージュのなんともいえない可愛い柄のボックスや愛らしいロココのパーツ、お人形向きのシルク地などフランスらしい布小物がいっぱいだ。その他にもリクエストしておいたハンドメイドのレース色々、状態の良いアランソンの小さな襟が二つあったので、「これ二つとも貰うわ!」とオーダーすると、「ひとつは私の分だから、どちらかひとつにして。」と言われ、泣く泣く片方を諦める。レースのコレクターでもある彼女自身も、アランソンのこのタイプの襟は持っていないのだそうだ。買付けた大荷物をカートに入れてゴロゴロ退散。
 物を選ぶということは、思いの外集中力が必要なため、満足しながらもぐったりして帰る。が、フランスの夏は日が長い。午後9時、まだ完全に暗くなっていないが時差ボケのため眠くてたまらず就寝。

スミマセン。遊んでいた訳じゃないんです。お昼ご飯代わりにプティ・フルールのセットを食べてしまいました。美味しかったです…。青い表紙は、パリのすべての通り名が記されたポケット地図。地下鉄やバスの路線図も掲載されていてとっても便利。私の長年の愛用の品です。パリのどこのキオスクでも入手できます。


偶然オテル・ド・ヴィル(市庁舎)の前を通りがかると…なんとそこには砂が運ばれ、即席ビーチバレー会場に。どうやら去年からパリ市が(バカンスに行けない人のために)セーヌ川の河岸に砂を入れてビーチにした「パリプラージュ」の一環で作られたものらしい。この日は消防車が何台も来ていて、ポンピエ(消防士)対抗ビーチバレー大会!「今、火事が起こったらどうするんだろうか?」と思いながら横を通り過ぎる。

 ■7月某日 晴れのちにわか雨
 朝からパリ市内で買付け。美しいパウダーケースや生地などフランスらしいものをいろいろget。特にバスケットで出来た卵形の箱が可愛い。お人形を入れたりしたらぴったりだと思う。

 午後からカードの仕入れへ。今までは河村と二人でチョイスしていたのだが、今回は自分一人ですべてのカードに目を通さなければならない。膨大なカードの山を前に少し凹むが、時間をかけ、いつもながら滞りなく選ぶ。
 河村と一緒でないせいか、今回は馴染みでないデイーラーからは「マドモワゼル」と呼ばれ、「何だかなぁ。」という感じ。東洋人は誰でも若くみられるため仕方のないことなのだが、心の中で「十分大人なんだけど、私。」とぼやく。やはり断然「マダム」と呼ばれる方がしっくりするし、大人だと認められている気がして嬉しい。かたや顔馴染みのディーラー達からは、「ムッシュウは?」と声をかけられる。簡単に「彼は日本にいるのよ〜。」と答える。

 最後に市内にあるアンティークセンターへ。ダイヤのピアスとダイヤとパールが組み合わされたリングを入手。どちらも小振りでラヴリーな感じ。この7月に自分のしていたピアスをお客様にお売りしたばかり。ちょうど何も耳に付けていなかったので、早速自分の耳に飾ってみた。

 もう夕方近く、スケジュールの都合上「行くなら今日しかない!」と思い立って、パレ・ガリエラのモード美術館へ。“MODES EN MIROIR : la France et la Hollande au temps des Lumieres ”というタイトルで、18世紀から19世紀のフランスとオランダの衣装135点が展示されていたのだ。このような華麗な時代衣装が展示される際にはたびたび訪れているパレ・ガリエラだが、今回の展示はオランダのコレクションも数多く、興味深い。リヨンのシルク織物を使った華麗なフランスのドレスに対して、オランダのドレスは西洋緞子ダマスク風織物で、大柄な紋様が入っていたり、東インド会社が輸入したキャラコなどが使われていたり、と特徴的だ。女性の衣装が美しいのは当然だが、男性用の宮廷衣装の贅をこらしたことといったら!美しい刺繍が施されたり、大胆な色合わせだったり、当時の男性の心意気が伝わってくるような手の込んだ衣装だった。ドレス好きな私の心はすっかり18世紀へ。美しい衣装を心ゆくまで堪能した後、モード美術館のある16区からバスで帰ろうとすると右の肩越しにエッフェル塔が見えた。
 この展示会のカタログも入手してきたので、興味のある方はサロンでご覧ください。

 ホテルに戻ってベッドに横になっているうちに疲れからか眠り込んでしまう。光々と明かりがついた部屋で午前1時に目が覚めるが、「顔だけ洗ったからもういいや。」と、入浴もせずそのまま明かりを消して寝てしまった。

ガリエラ宮の表に貼られていた“MODES EN MIROIR”のポスター。美しいシルク織物のドレスは感動的ですらある。きっと当時の貴婦人達も、競い合って美しいドレスを身に着けたのだろう。一通り見た後も、何度も会場をグルグルと回ってしまう。


■7月某日 晴れのちにわか雨
 朝から買付け。まずは、顔馴染みのレースや布などを専門で扱っているおばあちゃんのところから。彼女はほとんど英語を話せないのだが、何かというと"Specialist!(彼女はレースのスペシャリストであるという意味らしい。)"と"Very antique!"のセリフばかり。もうひとつのお得意は"Magnific!(“素晴らしい”の意味らしい。)だ。色々見せてもらっても、私の気に入ったものがなく、何も仕入れるものがないと、プンとして臍を曲げてしまう誇り高いおばあちゃんなのだが、この日は「ひょっとして…。」と聞いてみると…19世紀のお花柄のアランソンの広幅のボーダーが出てきた!広幅でお花の柄が美しいアランソンだ。心の中で日本語で「え〜!!いきなりあるじゃないの!」と叫ぶ。やれやれ今日は無事おばあちゃんのご機嫌を損なわずにすんだ。と同時に、私も大きな仕事を終えたようで嬉しい。やはりアランソンの独特の風合いが魅力的だ。おばあちゃんも、私が高価なレースを選んで上機嫌。そのすぐ後、福岡の仕事を終えた河村から電話。アランソンが手に入ったことを告げると彼も「え、ほんと?」と一気に声が明るくなる。

 他にアイボリーのハンドルのパラソルやフラワーバスケット柄のほぐし織りのリボンをget。馴染みのマダムのところで可愛いプリント生地を選んでいると、「そうそう、あなたにこんなものもあるのよ。」と奥から状態の良いソーイングボックスが出てきた。
 気をよくしてバスで帰る。私は、美しい街並みを見ることが出来るので、地下鉄よりバスの方が断然好きだ。尊敬する鹿島茂先生も書いておられたが、パリでは美しい街並みを見ずに地下鉄で移動するのがもったいない気がする。今日もバスの車窓から、何気なく外を眺めていると、ローラーブレードを手にした初老のムッシュウの姿が。麻の真っ白なスーツに黒のシャツ、赤のタイを締めたお洒落な彼のスタイルに「やっぱりパリだなぁ。」と感じてしまう。
 バスを乗り継いで泊まっている左岸まで戻ってきて、ウィンドウショッピングをしながらrue de Bacから歩いて帰る。休みの日のため、お店はどこも閉まっているが、その方が思う存分ウィンドウを眺められて楽しい。

 今回は「林芙美子巴里の恋」を持ってきていて読んでいるのだが、これがなかなか興味深い。1931年、この時代にパリにやってきてどんなに苦労したかと思うが、案外パリに来て感じた新鮮な気持ちは現代の日本人と本質的に大差ないのかもしれない。だが、林芙美子本人も「画家である夫が来た方がずっと勉強になります。」と述べているとおり、感じ方や表現の仕方が、画家のようにビジュアルの美しさを重視するのとは異なっていて、いかにも「活字の人」という気がした。彼女の代表作「放浪記」は読んでいないので、一度読んでみなければ。

 

ウィンドウショッピングの最中に見つけた美味しそうな果物。リンゴに、バナナに、スイカ、桃。でもこれ八百屋の店先ではありません。実はこれ全部ロウソク。大きい方が一つ4ユーロ(日本円で¥550位)、小さい方は3ユーロ(\420位)です。


有名な帽子店「マリー・メルシエ」のウィンドウを覗くと…画像ではわかりにくいのですが、下の方にゴムで出来たカエルのおもちゃが並べられていて、ドレスの柄はカエル柄!何ともお茶目なディスプレイでした。


Rue de Bacを歩いていて見つけたテーブルウェアのブティック。オレンジ、ピンク、イエロー、貝殻をあしらったカラフルで夏らしいディスプレイです。豪華な織り柄のテーブルクロスもお洒落。


靴屋の前にたたずむ怪しい人影は誰だ!?私が「靴屋通り」と呼ぶrue du Cherche-Mideで。いくつもの靴屋が連なったこの通りでは、華奢で美しい靴に目が釘付けになってしまいます。有名なブーランジェリー「ポワラーヌ」もこの通りにあります。

■8月某日 晴れのち曇り
 毎日にわか雨が降るので、出かけ前はテレビで天気予報が欠かせない。定期的に世界の天気が流れるCNNのニュースを見ながら、昨日の夕方買っておいたパン・オ・ショコラとヨーグルトを食べる。

 今日は、パリで唯一の調整日(オフともいう)。朝起きてから、どこへ行こうか? 色々と用事を済ませなければならないが、少しお買物もしたいなぁ、と一日の計画を立てる。VHBで、フランスのディーラーに薦められたドライクリーニング出来る溶液も欲しいし、蚤の市へ行って、サロンへ置くランプベルジェのアンティークランプでも見てみようかと思う。

 蚤の市へ行った後、街へ出てみたものの、特に得るものもなく早々とホテルに帰る。どうも、自分のお買い物には情熱が薄いのだ。ついつい「また今度でいいや。」と思ってしまう。
 パリへ来てからというもの、昼食はサンドウィッチなどで済ませることが多いのだが、夕食も外食するのが億劫で、マルシェでベトナム料理のお総菜やお気に入りのオムレツのサンドウィッチなどで簡単に済ませている。以前は、一人でも嬉々としてレストランに行ったものだが、どうも今回はケンカ仲間(?)の河村がいないので張り合いがない。河村とはロンドンで数日後に合流することになっている。
 明日はいよいよロンドンへの移動日だ。

パリへ来るとは愛飲している“Ulti(ウルティと読むのかどうかは不明)”のjus d'orange a la fraise。このオレンジ&イチゴの生ジュース、河村は「気色悪い」と言うのですが、私は大好き!特にシャンパンで割るとさらに美味しいんです。え?シャンパンがもったいないって?

〜イギリス編へとまだまだ続く〜