2005年8月〜イギリス編〜

■8月某日 晴れ
 今日はフランスからイギリスへの移動日。朝からパリ北駅へ重い荷物一式とともにタクシーで向かう。この荷物、考えに考えた末、イギリスへ持っていくことを決めた荷物なのだ。再び同じパリのホテルへ戻ってくるため、ホテルへ仕入れた荷物を預けても良かったのだが、初めて泊まるホテルゆえ、また、今回はスーツケースごと預けることが不可能なため、パリで入手したすべての商品とともにロンドンへ渡る。むちゃくちゃ重い。多分40kgはあったかもしれない。

 無事ロンドンへ到着し、いつものフラットへ落ち着く。そして、いつも顔を出すEdgewearoadに程近い仕入先へ。Edgewearoadの駅は、7月7日の初めのテロの惨劇があったその駅だ。地下鉄で行ったのだが、例の例の爆発事故のせいで、サークルラインは動いておらず、ディストリクトラインを乗り継いで行く。それでも、Edgewearoadに着いた時には、その車両に乗っていたのは私一人きり。終点とはいえ、そのようなことは今まで経験したことが無く、テロの影響を思いやりながら戦慄する。そして、ホームから駅構内へ着くと、そこには沢山の生花や在りし日の写真が備えられた一角が…。あまりの現実を目の当たりにして、心がぎゅっと締め付けられて、思わず涙ぐみそうになってしまった。

 Edgewearoadを後に次の仕入先へと向かう。だが、高価なものとなると、なかなか自分一人で決断することが出来ない。「以前は、みんな一人で決めていたんだけどなぁ。」と自分を不甲斐なく思うとともに「一人で決めるのって、しんどかったんだな。」と以前の自分を思いやってしまった。
 この日は、ローズカットのきらめきが美しいハーフエタニティのリングを買付け。もともとエタニティリングは、マリッジではなく、第一子を生んだ際によく送られるもののようだ。このリングを譲ってくれた馴染みのディーラーは、「エタニティリングは“永遠”という意味だけど、これはハーフだから“半分”ってことかしらね。」と笑いながら言っていた。でもこのハーフエタニティ、裏側のシャンクの彫刻がまたアンティークらしくていいのだ!

■8月某日 晴れ
 今日は、夕方にようやく河村が日本からやって来る日だ。ロンドンは、パリに比べるとさらに肌寒く、初秋と言っても良いほど。日本の10月中旬位の気候だろうか。Tシャツ、麻のセーターの上にさらにジャケット、パンツ、足元はパリで履いていたサンダルはしまい、しっかり靴下に靴を履いて出掛ける。

 朝からロンドン市内のマーケットを見るが、テロの影響か、いつにもまして閑散としている。それより、何よりも、朝、地下鉄に乗ると…例の爆破事件があったラインが一部動いていないため、異常な混み様だ。ラッシュアワーに当たってしまったこともあるが、地下鉄の各駅に置いてある無料の新聞を手にして乗ったのだが、あまりの混み方に、新聞など開く余裕はまったく無い、といった感じだ。
 動いてないラインのせいで、遠回りをし、乗り継ぎによる乗り継ぎで、ようやく着いたのだが マーケットも"very quiet"で、まったく見るものが無く、何も手にいれずに帰途につく。でも、またあの地下鉄に乗るのは気が重いため、今度はバスを乗り継いでチェルシーへ向かう。

 夕方、小さいスーツケースを引っ張りながら、ヒースロー空港まで、河村を迎えに行く。今日は、そのまま空港でレンタカーを借り、北を目指すことにしているのだ。空港までは、地下鉄一本で行けるのだが、目的地のひとつ手前ヒースローターミナル4の駅から、機関銃を構えた警官二人が乗り込んできた。ホンモノの機関銃だ!こんなことは普段経験することがないから、これもテロのための警備の一環なんだろう。その地下鉄の車両には、私の他に、ヴァカンスへ出かけるイギリス人の老夫婦しか乗っていなかったのだが、身近に機関銃を持つ人間がいるということが、恐ろしくてならない私は「アメリカにそそのかされて、イラクになんか侵攻するからこんなことになるんだよ!」と心の中でブツブツ呟いていた。が、降りる際に、老婦人が警官に向かって"Thank you."と言っていたのを聞いて、自分とはまったく違う考え方なんだなぁ、と感じた。(イギリスは今まで一度も戦敗国になったことの無い国だ。現代になっても軍人の地位も非常に高い。戦争に対する考え方が違うのは当然なのかもしれない。ま、もとはバイキングなんだしね。)

 イギリスは空港での入国審査が非常に厳しいため、イミグレーションを越えるのにとても時間がかかる。「どれだけイギリスにいるのか?」「何のためにイギリスへ来たのか?」等々、入国する一人一人が厳密にチェックを受ける。しょっちゅう出入国を繰り返している私達のパスポートを見て、怪訝そうな顔をする係官だが、いつも「私達はアンティークディーラーで、買付けにきた。」とはっきり答えることにしている。自国にお金を落としてくれる私達には、係官の態度もすこぶる良く、簡単に“OK.”と入国を許してくれるのが常だ。
 だが、飛行機が着いてから1時間以上たっても河村の姿はゲートに現れない。ドキドキしながらも待ち続けると、ようやく見慣れた河村の姿が。ほっとするのも束の間、それぞれ一人だった期間の話もそこそこにレンタカーの手続きをし、翌日からのフェアに備えて、一路北に向う。飛行機を降りたばかりの時差ボケの河村に運転させるわけにも行かず、今日は私が完全に運転手。120キロのスピードで3時間あまり飛ばし、目的地に着いたときにはすでに夜の10時を回り、さすがに日が暮れていた。明日はいよいよ3000軒が出店するヨーロッパ最大のフェアだ。

■8月某日 雨のち晴れ
  買付けのクライマックスともいえるフェアの初日なのだが、今年から開始時間が変わり正午から始まる。以前は、午前5時から開始だったため、冬の買付けは、外は真っ暗だし、なによりも極寒なので、とにかく気合が必要だったのだが、今回は余裕を持って1時間以上前には到着してしまった。だが、8月と言ってもロンドンから離れた北のカントリーサイドはやはり寒い。朝、私は七部丈のパンツにTシャツとサンダル、河村は半袖半ズボンで、ホテルから出掛けようとしたのだが、一歩外に出て、あまりの寒さに着替えに戻ったほどだ。来ている人の中にはフリースのジャケットを着ている人もいた位だから、その寒さがわかっていただけると思う。

 さて、肝心の買付けだが、「まさか」と思わぬところで、美しいポワンドガーズの数々と遭遇、ひとつはマザーオブパールの骨も美しいファンだ。レースのファンは、今までにも数々見てきたが、ポワンドガーズのファンにはなかなか巡り会えなかったので、思い切って買付ける。一緒にポワンドガーズの襟とボーダーもget。探している19世紀のアランソンのレースについて聞くと、「あら、そんなの無いわよ!私もコレクションとしては持っているけど。」というお返事。"I see."とうなずいて立ち去った。
 だが、その後もチャーミングなエナメルの筒状のロケットが出てきたり、ダイヤのリングを手に入れたり、リボン付きのハートのロケットが出てきたり、なかなか満足のいく買付けが出来た。いいものが手に入ると、心が浮きたって、疲れを感じない。そして、最後にフランス製のソーイングボックスを発見し、「え〜!何でイギリスのこんなところに!?」と大急ぎでget。

■8月某日 雨のち晴れ
 明け方降っていた雨も、フェアへ出かける頃には止んでお日様が出てきた。昨日と同様にフェアの会場を歩き回る。シルバーのタンブルホックや、猫の柄が可愛いヴィクトリアンのピンディスク、刺繍のフレーム等など、ソーイング小物をget。次から次へとカートに入れて、広い会場内を歩き回る。今日は、夕方ロンドンへレンタカーを返さねばならないため、のんびりと歩いてはいられない。早足で、昨日も見たブースを、今日も目を皿にする。

 昼過ぎ、会場を後にし、レンタカーでまたロンドンへ向かう。ハイウェイを飛ばし、3時間かけてロンドンへ戻り、一旦フラットに荷物を置き、それが済んでからフラット近くのレンタカーオフィスへ車をチェックインした。
 流石に北からのドライブの後はぐったり。イギリスでの買付けの際には、頭が仕事のことだけでいっぱいで、外食する気にもならない。フラットで自炊し、食後は二人とも読書をしてひっそりと過ごす。

■8月某日 晴れのち曇り
 早朝から買付け。今日は様々なディーラーにアポイントを入れてあるので、どんなものに巡り会えるのか期待もつのる。

 私がジュエリーをじっくり見ていると、向こうで河村が手招きする。マザーオブパールハンドル、スコップ形、シルバーの彫刻がそれは美しいキャデイスプーンだ。美しいものには極力弱い私達、「恐れ入りました。」と買付ける。
 その後、エナメルのロケット数点、アイボリー製のジュエリー数点、ダイヤのリング等など、思いがけず好みのジュエリー色々を入手。懇意にしているディーラーのところで、レースやリボンをチョイスした後、ハタと頭上を見上げると、とっても私好みのフランス製の布小物が!あまりに可愛いので、彼女に「これって売り物?」と聞くと、“Yes.”との答え。大急ぎで、「これもっ!」とオーダーし、無事手にする。
 そして仕上げは、買付け前に「素晴らしいレースが入った!」との連絡のあったレースのディーラーの元へ出向くと...「あなたが来るまで待ってたのよ。」と箱の中から、本当に美しいポワンドガーズのボーダーを出してくれる。ボーダーの下側だけでなく、上側にも柄が施された非常に繊細なポワンドガーズだ。もちろんお値段も大変高価。だが、実際に目にしたものは、やはり連れて帰らずにはいられない。レースを扱う私達にとっては、絶対持っていたいレースの一つだ。高価なお値段に青ざめながらも「これ、貰うわ。」早く実物をお客様の皆様にも見せたい。
 そして、最後に久々のアイボリーのソーイングボックスが。はさみとシンブルのセットだが、ボックスにお花柄の彫刻が施され、「贈り物」として文字と名前が刻まれている美しいセットだ。

 仲良しのアンティークディーラー皆とは、「ビジネスはどう?」が挨拶代わり。私が「テロはどうだった?」と聞くと、皆一応に「このとおりquiet(誰も来なくて静か)よ。良くないわ。」と諦めたような返事。それに「アメリカ人のディーラーは誰も来ないし。今買付けに来るディーラーはとてもも少ない。」と続く。確かにマーケットに行っても閑散としていて、海外からのディーラーの姿は非常に少ない。ロンドンに住むイギリス人皆が、腹立たしく思いながら、恐ろしく思いながら、でも何とか冷静に生活しようと努力している様子に感心する。地下鉄の駅には、どの駅にもポリスの姿が見られるし、地下鉄に乗っても、いかにもアラブ系と思われる若者が大荷物でいたりすると、「まさか」と思いながらもドキドキしてしまう。なるだけ今回ロンドン市内はバスで移動するのだが、外出していると常に緊張感がある。それにも、ハロッズなどのロンドン市内のデパートが、軒並み日曜日の営業を始めたことなども、観光客の減少が影響しているのだと思う。

■8月某日 晴れのち曇り
 今日は、何の予定もなく河村とタワーブリッジのテムズ川の向こうまで出かける。去年の夏にも行ったデザインミュージアムのあるドックランドへ行ってみる。タワーブリッジを眺めながら、デザインミュージアムのある河岸へ。夏にはぴったりテラス席の高級レストランが並ぶお洒落なエリアだ。イギリスでの外食にさほど興味の無い私達は、堤防沿いを散歩し、デザインミュージアムの2階にあるカフェで一休み。ゆったりしたテムズの流れを前に、しばし束の間のリラックス。

 その後は、コベントガーデンにあるロンドントランスポートミュージアムへ行ってみる。ロンドントランスポートミュージアムは「ロンドン交通博物館」と訳されている公共交通の歴史に関する博物館。コベントガーデンは、毎週マーケットが開かれる場所ということもあって、何度となく訪れていたのだが、トランスポートミュージアムへは、足を踏み入れたことが無かったのだ。行ってみると、ここが思いのほか面白かった。ヴィクトリアン時代からの公共交通手段、つまり乗り合い馬車から始まって、歴代のロンドンバス、ヴィクトリアンの列車の車両等など、交通に関する「アンティーク」がいっぱいだ。昔のバスや列車の車両に乗ることも出来、ヴィクトリアンの女性達が、当時のドレス姿で列車内に乗っている展示など、とても興味深い。私達の地元、名古屋近郊にある「博物館明治村」で、実際に走っている明治時代の蒸気機関車に乗って、感動のあまり涙ぐんだことのある私(その後、河村にさんざん冷やかされた。)は、興奮してしまう。ロンドン地下鉄版「電車でGO!」も楽しめるが、1800年代当時、手掘りで地下鉄の構内を掘ったジオラマなど、「悲惨の一言だね〜。」と河村と言い合う。

テムズの南岸からシティを眺める。オリンピックのポスターにも使われた右端の尖った不思議な形のものはロイズバンクの建物らしい。夏のテムズ河岸は、とても気持ちの良いおすすめのエリア。


デザインミュージアムの中からテムズ川を望んで。デザインミュージアムの白いバウハウスっぽい建物も私達のお気に入り。ガラスブロックを通した柔らかな採光と水に滲んだように見える外の景色。


歴代のロンドンバス勢ぞろい!バスに乗っている運転手は人形ですが、実際に車内に乗ることも出来ます。たしか1930年代ぐらいのバスだったでしょうか。バスの側面にハロッズの広告も見えます。


■8月某日 晴れのち曇り
 早朝から始まるロンドン郊外のフェアへ出かけるため午前4時半起き。まだ地下鉄は動いていない為、ブリティッシュレイルの駅まではタクシーで向かう。ブリティッシュレイルの駅から1時間程。何度となく出掛けたことのある慣れた道のりだ。6時過ぎの列車に乗るが、早朝ということもあって車内で思わず眠ってしまう。
 が、どうもこの日はツキが無かったのか、気に入ったものに全く出会うことが出来ない。寒い中、延々とフェアの会場を歩き回るが、「あれ?どうなっちゃったの?」と思うほど、ほとんど何も出会うものが無い。それでも4時間以上歩き回り、「こういうこともあるよね。」と仕方なく退散。帰りの列車でも、今度は疲れからまた眠ってしまった。

 フェアから戻ると、今日は午後からフランスへの大移動の日。フラットを引き払い、タクシーを呼んでユーロスターの駅へ向かう。私がフランスで買付けたもの、河村と一緒にイギリスで買いつけたもの、そして自分達の身の回りの物一式で、荷物は溢れるばかり。総重量は一体どれくらいになっていたのだろう?ユーロスターのチェックインでは、滅多に荷物の多さについてチェックされないので、「二人いれば何とかなるさ。」とタクシーにガンガン積み込む。
 ユーロスターで一路パリへ。今日はパリに一泊し、明日から南仏へ向かうのだ。テロ絡みで恐る恐る過ごしていたロンドンから、ようやくパリへ逃れることが出来、少しほっとする。ユーロスターの車窓からロンドンの街を眺めながら、心なしか「助かった...。」という気持ちが湧いてきた。

 パリは、ロンドンに比べると少し気温も高いようだ。ロンドンでは、気温が低かった為、連日重ね着で同じスタイルばかりだったのだが、夏向きの服に着替えることが出来て嬉しい。パリでいつも泊まっているオデオン界隈に着くと、ホテルの部屋に荷物を置き、まずはいつものキャフェで一服。生活の基盤はもちろん日本にある私達だが、このキャフェに来ると、なんだか「ご近所」という気がしてくつろいでしまう。いよいよ明日から南仏。アヴィニヨンまではTGV(フランスの新幹線)だが、その先はまたもやレンタカーでの移動が待っている。

〜南仏編へとまだまだ続く〜