〜前 編〜

■5月某日 晴れ
 それは出発するしばらく前のこと。フランス中がストの嵐の吹き荒れる中、這々の体で帰国した友人のアンティークディーラーから帰国報告の電話を受けていた最中、私が今回もエールフランスで行くことを話した途端に言われたひと言が、「どうしてこの時期エールフランスにしちゃったかなぁ…。」そう、日本で「スト」といえば「昭和の遺物」といった感じなのだが、この国では毎年この時期に必ず行われる風物詩。ご多分にもれずエールフランスも3月から三ヶ月に渡るストで、3月、4月とも決められた日にストが決行され、実際に欠航になった飛行機もあったという。でも、この時点ではエールフランスのサイトには5月のスト情報は上がっておらず、「3月も4月もストをしたんだったら、もう5月は大丈夫でしょう。」と勝手に思い込んでいた私。

 それから数日後、ふとエールフランスのサイトでたまたま「スト情報」のページを開けて、目が点に!私が帰国便に乗るその日が「ストはこの日に決まりました。」と掲載されているではないか!「まさか日本までのロングフライトは欠航になったりしないよね!?」と焦って調べ始めると、4月のストでは私が乗るはずの羽田便が欠航になっていることが分かる。もし自分の乗るはずの便が欠航になると、他の航空会社に割り振られるか、翌日以降のエールフランスの空席にあてがわれるか、いずれにしても実際にストに巻き込まれると(もう既に巻き込まれているのだが)、いつ帰国出来るのか分からず、その後のスケジュールが不透明に。
 それが日曜日の晩のこと。取りあえず翌朝エールフランスに電話で問合せをすることにしてその晩はブルーな気持ちで眠った。

 翌朝エールフランスに電話をすると、思いがけず簡単につながった。(いつもつながるまで長時間待たされるのが普通なのだ。)私が自分の便がどうなるのか聞くと、「それは今の段階では分かりません。欠航になると、今の時期はゴールデンウィークで混んでいますからね、どうなるかは分かりませんね。」というコールセンターの女性の面倒臭そうな冷たい返事。(エールフランスのコールセンターはいつもそんな感じなのだ。)仕方なく、変更を前提で、空席がある便を教えて貰い電話を切った。

 もし欠航になると、なるべく早く帰れるように飛行機会社の係員と交渉したり、あちらこちらに連絡したり、空港での阿鼻叫喚が待っている。(以前、KLMでアムステルダムからのパリ便が欠航になり、既に経験済み。)買付け中、帰りの飛行機が飛ぶことを祈りながら悶々と過ごすよりも、やはりここは万全を期して、一泊ホテル代が掛かろうとも翌日の便に変更するしかないでしょう、ということで結局翌日の便に変更することに。改めてコールセンターに電話すると、私が希望した翌日の昼便はまだ空席があり、すんなり変更出来た。

 でも、まだこれで安心出来た訳ではない。次にフランス国鉄のサイトを調べると、今度は私がロンドンからパリへ向う日がまたもや「ストの日」とされていることに気付く。ユーロスターは、フランスとイギリスの共同運行だが、フランス国鉄がストになると、間引き運転になることも十分考えられる。(ユーロスターの場合は、確か平常時の70%の運行と発表されていた。)しかも、自分の乗る列車が通常運行されるかどうかは、前日の午後5時にならないと分からない仕組み。(午後5時にフランス国鉄のサイトが更新され、自分の乗る列車の列車番号を入れて検索すると翌日の運行状況が分かる。)こちらは、もし運休になるとその前後の便に変更することになるはず。どちらにしても迷惑このうえない。しかも、今回もまた私ひとりの買付け。一気に憂鬱になりながら、ストに翻弄される形で今回の買付けは始まった。

 いつもと同じようにシャルル・ド・ゴール空港に着くと、メイデーで祭日の今日は空港もいつもに比べてひっそりしている。ストの影響があるはずのRER(郊外高速鉄道)も、いつもは空港から市内に入る人で賑わっているのに、今日はホームが閑散としている。私の乗った車両には私ひとりきり。それはそれで不穏な感じだ。
 と思ったら、私が降りるリュクサンブールまで、郊外の駅を飛ばしていく急行で、あっという間に着いてしまった。狐につままれたような気分で列車を降り、最後に私の切符では改札が開かないというアクシデントがあったものの、後から来た親切なお兄さんの助けで、彼の切符1枚で彼と私、私のスーツケース2個を改札に通すことに成功!無事いつものホテルにたどり着いたのだった。

この日5月1日は「すずらん祭り」の日。街角のあちらこちらにすずらんの小さな花束を売る人の姿が。私も「2ユーロのシアワセ!」と小さな花束を買ってしまいました。


■5月某日 晴れ
 買付け初日は、途中ランチを挟み、終日いつもお世話になっているディーラーのところで過ごす予定。
 ディーラーのところに到着すると、しばし近況報告でおしゃべりに花が咲く。おしゃべりがひと段落すると、私のために用意しておいてくれた沢山の品々が。それを終日かけてチェックするのだ。

 今日出てきたのは可愛いお裁縫用のチェスト、ピンクのコットンプリント張り。そして、ディーラーのコレクションだったと思われる素晴らしいボーヴェ刺繍のパネル。レースのハンカチ色々。ホワイトワークのハンカチは見事なドロンワークに刺繍を組合せたもの、今まで扱った事の無いタイプだ。ポワン・ド・ガーズのボーダーも美しい。ロザリンのテーブルマットもいつもロザリンを探している私のために彼女が用意しておいてくれたアイテム。素材用の沢山のレースも入手出来た。

 いつもなら仕事が終っても、おしゃべりに花が咲くのだが、今日は別。今回の買付けの目的でもある郊外のフェアの会場を確認し、あわよくば、開催前の会場に忍び込んでそれぞれのディーラーのブースの位置をチェックしようと、一日前のフェア会場へと向ったのだ。以前はパリ市内で開催されていたフェアだが、会場だった場所の工事や、その場所を管理するパリ市の意向で新たな場所に移ることになったのだ。

 重い荷物をサンタのように背負って、メトロに乗って新たなフェアの場所へ。パリ郊外のここに訪れるのは初めて。事前にプリントアウトしてきた地図を片手にその場所へ。簡単な道順だったため、すぐに到着したのだが、ゲートの前にはしっかりセキュリティーの男性が行く手を阻んでいて、「え?何?今日は誰も入れないよ。」と追い払われる。でも、そんなことでは諦めない私は、次のゲートに行って、またもやセキュリティーのムッシュウ、主催の運営事務局の男女に「中には入れないの?」と挑んだのだった。「ダメダメ、明日よ!」とマダム。中を覗くと、まだブースはカラッポで、誰もいなかった。(翌日、ディーラーも当日の午前5時に入場だったと知る。)それを見ると、やっと諦める気持ちに。「では、明日リベンジ!」とばかりに、再び重い荷物を背負い、常宿にしているオデオンへと帰っていったのだった。

いつも立ち寄る花屋のウィンドウは、この時期大振りの芍薬でいっぱい。薄い花びらもたっぷりなめしべもまるで作ったお花のようです。


5月のフランスは百花繚乱。ライラックのお花も花盛りでした。

■5月某日 晴れ
 今日は今回の買付けのクライマックスともいえる一日。朝からフランス買付けの一番の目的であるアンティークフェアへ行き、午後まで買付けした後、一旦ホテルに戻り荷物をピックアップし、明日のイギリスのカントリーサイドで開催されるフェアへ行くため、夕方にはユーロスターでロンドンへ向うのだ。すべての交通機関がストまっただ中のフランス、実は今日がフランス国鉄のストの日に当たっていたのだが(ストの日は実際に列車が運休し、間引き運転になる。ユーロスターも同様で、予約制のユーロスターの場合は、その前後の列車へ振替えとなる。ただ1時間に1本の割合で走っているユーロスターは、振替えられるとかなり予定が変わってくる。)、昨晩フランス国鉄のサイトでチェックしたところ、私の乗る予定のユーロスターは影響がないことが分かり胸を撫で下ろしたのだった。

 今回初めての場所で開催されるため、昨日念のため下見を済ませている。そして今日が本番!朝からメトロに乗り目的地へと向うと…。途中の駅から停車が長くなり、ついにはあと4区間という駅まで来て、まったく動かなくなってしまった。アナウンスと共にゾロゾロとホームに降ろされる私達。列車はそのままどこかへ行ってしまった。ホームで待つことしばらく、何度も「技術的な問題で…」とアナウンスが入るが、列車は来ず。フェアの開催時間はどんどん迫ってくる。15分待ってみたが、「これ以上待っても無理!」と地上へと出て、タクシーに乗った。地下鉄では4区間でも、タクシーでは遠い。なんとか開催時間前に会場にたどり着いたものの、思わぬ散財となってしまった。最初から交通機関に祟られたが、フランスではよくあること。気を取り直してフェアの会場へ。

 まず最初に見つけたのは、度々お世話になっているまだ若い女性ディーラー。扇が専門の彼女だが、象牙製品も得意としている。今回もガラスケースに沢山並んだ象牙製品の中からブローチを見せて貰う。取り扱うが厳しくなっている象牙製品だが、ここにはまだ豊富にある。その中から繊細なお花の彫刻のブローチをセレクト。私も大好きな象牙製品、いつまで扱えるか分からないが、手に入るうちに手に入れておきたい。

 このフェアでの目的は、いつもお世話になっている雑貨を扱うディーラーに会うこと。たぶん出店しているだろうと思っていたのだが、初めてのフェアゆえ、どのブースにいるのかが分からない。一刻も早くたどり着きたいと思っていたところ、思いがけず間近にいてびっくり!どうやらまだ誰もそこにはたどり着いていなかった様子。誰かに荒らされた形跡がない。(まるで事件現場のようだ。)マダムに挨拶をし、心の中で「よしよし!」と呟くやいなや、目についた「これは!」という雑貨を次々と手にしていく。カルトナージュの引き出しやカルトナージュの小箱、卵の形のボックス、パスマントリーやお花、レース、布地等など。ブース内の可愛いものすべてを手に入れて満足のいく買付け。マダムも笑顔、私も笑顔。マダムに荷物のキープをお願いして、次の場所へ。

 サファイアとダイヤのピアスは、何度かフランスらしいジュエリーを譲っていただいている顔馴染みの上品なマダムから。見つけたピアスをガラスケースの中から出して貰い、ルーペでよくよくチェックすると繊細な細工がいっそう魅力的。今持っているサファイアのジュエリーは確か1点しかなかったはず。サファイアのブルーの発色も美しく、「これは良い!」と買付けを決めた。

 ロココ付きの小さなパウダーボックスはいつも探しているもののひとつ。それは通常ありえないジュエラーのガラスケースの隅にぽつんと置かれていた。他のディーラー達がジュエリーに夢中になっている中で、私ひとりムッシュウに「このパウダーケース!パウダーケースを見せて下さい!」と誰かに取られる前に大慌てで頼み込む。手に取ったパウダーケースは良好な状態。久し振りのアイテムを手に入れることが出来嬉しい。

 顔馴染みのジュエラーのところではすずらんのアイボリーブローチとエナメルジュエリーを!すずらんモチーフは日本でも人気が高く、好まれるお客様が沢山いる。そしてエナメルは私の大好きな素材。女の子と男の子が描かれたエナメルはペンダントとブローチの2way。本当は自分のガラスケースに、こういうジュエリーを沢山並べたい。

 アイボリーのパンジーピアスは高級品を扱うディーラーが入る屋内ブースから出てきた。アイボリー製のピアス、フランス語の"pense"(あなたのことを思っていますの意。)を語源とするパンジー、透かし彫刻がアイボリーならではピアスだ。

 ピンクのエナメルのボックスもこちらから。いつも探しているエナメルの小さなボックス、甘いピンクの色合いは欲しかった物のひとつ。トップの手描きのお花も美しく、周囲は薔薇や菫のお花づくしのペイント。「こんなのガラスケースにジュエリーと一緒に飾りたかった!」ということで、お持ち帰り。

 シルバー製品を沢山扱っていたブースのマダムとムッシュウは初めて目にするディーラー。今まで見たことのない商品ばかりで新鮮だ。ブース内のガラスケースの中をひとつひとつチェックしていると素敵ピルケースが目に入ってきた。それはトップに持ち主の手彫りのイニシャル、側面に薔薇のガーランドが細工された四角い形。早速マダムにガラスケースから出して貰うのだが、マダムのフランス語が聞き慣れないアクセント。彼らふたりで話している言葉もフランス語ではない。「?」という思いで耳を傾けると、どうやらそれはポルトガル語のようだ。「あなた方ポルトガル人なの?」と尋ねると、「そうよ。ポルトガルから来たの。」とマダム。なるほど、彼らの商品が新鮮に見えるはずだ。だが、出して貰ったをよくよくルーペで確認するとピルケースにはフランスの刻印。ポルトガルにもフランス製品が沢山流れていったのだろうか。ポルトガルからの里帰りピルケースは、今度は極東の国へ。

 ランチを挟み会場で半日を過ごし、「またメトロが動かなくなったら大変!」とばかり、今日は早めに会場をあとにした。
 大半の荷物を預けてあったホテルへ一旦戻り、イギリスへ持って行く小さめのスーツケースをひとつだけ持ち、昨日のうちに予約してあったLe Cab(スマートフォンで予約出来るタクシー)が来るのを玄関で待つ。スト当日ということもあり、ユーロスターの出る北駅へ少し早めに向おうと予約していたのだが…。待てど暮らせど迎えの車は来ない。スマートフォンの画面では、こちらに向う車の様子が地図で表示されるのだが、まだ遙か遠くにいて、すぐに到着するとは思えない。結局予約時間から20分ほど遅れて車が到着。が、それでは終らず、なぜか車は通常とは逆方向に走り始め、ルーブル美術館の前を通り、オペラ座へと向っていく。「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」とドライバーに声を掛けようとしたところ、オペラの裏手を東に曲がり、細い路地に入った。後ろのシートからドキドキしながらナビの画面を覗いていたのだが、確かにこのまままっすぐ行けば目的地の北駅に着く。が、その路地に入ってしばらく、渋滞のためまったく車が動かなくなった。どんどん時間が迫って来て気を揉む私。最後は、「ここで降りて歩いた方が早いよ!」という言葉と共に、ドライバーに荷物と一緒に車から降ろされたのだった!

 「いったい何のためのタクシーだよ!!」と怒りながらスーツケースを引っ張って早足で歩く私。今日の車はハズレ、どうやら今日は乗り物に祟られる日だったようだ。無事に北駅に到着し、ユーロスターに間に合った時には思わず脱力。その後ロンドンに着いたことがキセキのように思えてしまった。

パリの郊外に行くのは滅多に無いこと。こんなシャトーを目の当たりにするのも珍しいことです。

■5月某日 曇り
 昨晩なんとか無事ロンドンに到着し、今日は一日かけてカントリーサイドのフェアへ日帰り旅行。毎日電車に乗っている気がする。今日は朝9時の列車に乗り、現地に着くのは10時半。そこからの交通手段は何もないため、予約しているタクシーに乗ってフェアの会場へ向うのだが、会場に着いてもゲートが開く12時まではそこで待機。ただただボーッと待っていなければならない。これもあまりに田舎ゆえ、電車の本数が非常に少ないからなのだ。毎度、駅では日本人ディーラーの誰かに会い、タクシーをシェアするのが常なのに、今日は日本人の姿がまったくない。仕方なくそのままタクシーに乗り会場へ。今日のカントリーサイドは気温13℃。5月だというのに、まるで真冬のようだ。薄手のダウンジャケットを持って来て本当に良かった!

 ゲートの前には長蛇の列。開場を今か今かと待っていた私達は、開場と共にゲートをくぐり、それぞれに散っていく。私が一番最初に早足で向うのは、いつもお世話になっているジュエラーがいる屋内のストール。ここに来る一番の目的でもあるマダムのブースに向い、ガラスケースの中に並べてあるジュエリーを、目を皿にして眺め回す。まず最初に見つけたのはシードパールとガーネットのブローチ。実際に手に取って見せて貰うも、「これならいいかなぁ。」という感じで、「あとでまた来るわ!」とひとまず保留にして他のブースへ。

 次々見ていくのだが、特にこれというものは見つからない。「あ!いいかも!」と見せて貰ったさくらんぼ模様が可愛いエナメル彩のグラスは、よく見ると金彩が禿げたあとが…。これはダメだ。

 そんな感じで見せて貰うもの皆ダメダメで若干心が折れそうになる。結局、最初のマダムのところに戻るしかなく、もう一度ガラスケース越しに見せて貰うと、最初に見ていたジュエリーよりも重厚感があり、形も個性的でペリドットが美しいペンダントを発見!今度はこちらをケースから出して貰うが、最初に見ていたものよりもずっと高価。「でもやっぱりこちらよね!」と心の中で呟く。マダムも「そりゃ、こちらでしょうよ!」という雰囲気を醸し出しながら頷いている。散々ルーペで眺め回した後、やっぱりこちらに決定。

 今日は、もうひとつダブルハートの可愛いシードパールのブローチをゲット。ピンクのハンカチケースとそれにぴったりのお花も。今日はペリドットのペンダントのためにはるばるやって来たような感じ。散々歩き回ったが、今日はそれ以上のものは見つからず。あっという間に帰りの時間になった。

 帰りもまた予約しておいたタクシーで駅へ。列車でロンドンに戻るとすっかり夕刻、一日がかりだ。昨日よりもぐっと冷えたロンドン。ホテルの部屋の寒さに、思わずエアコンのスィッチを入れたら…冷房だった。ホテルの空調は集中管理。いくらリモコンを押そうが、暖かい空気が出ることは無い。そう、これって「イギリスあるある」なのだ。部屋の中で、パジャマの上にダウンコートを着て、靴下を履いて過ごす。

イギリスのカントリーサイドの風景。線路の脇にはずっと運河が続いていました。

■5月某日 曇り
 今日は早朝から買付けし、午後にはパリへ向う慌ただしい日。部屋は相変わらず冷えているため、今日も沢山着込んで出掛ける。午前6時前、スーツケースはレセプションに預け、表に出てタクシーを拾う。

 何軒かアポイントを入れてある一日。まず最初はいつものジュエラーの元へ。彼女にも私が今日来ることはあらかじめメールで伝えてある。そのため、表に出しているものだけでなく、「ハイ!これがあなた用のものよ!」と、どこからともなく出してくれることも多い。今日、出してくれたのはフランス製のエンジェルのチャーム、それ以外にまず目についたのはダイヤのセミエタニティーリング。並んでいる他のダイヤに比べるとぐっと美しい輝き、今まで一文字のダイヤリングはあまり縁がないアイテムだったが、これは気になるリング。ガラスケースから出して貰い、ルーペでよくよく眺めると、ダイヤの輝きのもちろんのこと、シャンクの側面の透かしの細工も魅力的だ。今回はもうひとつアール・ヌーボーのダイヤペンダントを。ダイヤのペンダントはいつも探しているアイテム、在庫では様々なヴィクトリアンのペンダントは持っているが、アール・ヌーボーはまた一段と特別感がある。

 "DEAREST(最愛の人の意)"のリングは顔馴染みのマダムから入手。最初に「あれ!?これ「文字遊び」のリングじゃないの!」と見せて貰うと、やけにお値段が安い。「ん?」と私が摩訶不思議な顔をしていると、「これはシルバーギルドなのよ。」とマダム。「なるほど、地金がシルバーギルドだからこのお値段なのね。」と心の中で呟く。でも、繊細なミルグレインも綺麗だし、側面の彫刻も素敵。石の発色も良い。こちらも連れて帰ることに!

 ソーイングツールのスペシャリストの彼女とは仲良しで、毎度立ち話を欠かさない。今日もお互いの仕事についてだったり、ロンドン以外の買付け先情報だったりをお互いに知らせあう。「そこはまだ行ったことがないわ。」と私が相づちがてら呟くと、「えっ?そうなの!?絶対行った方がいいわ!」と彼女。実は東欧出身の彼女、英語の堪能ではない私にはハードルの低いスピードで話してくれてありがたい。彼女自身、自分がスラブ系でイギリス人ではないせいか私に対していつもフレンドリー。毎度会えると嬉しいひとりだ。
 今日は、メールで様々なアイテムをリクエストしていた私に、「あなたが上質なソーイングツールの数々を扱ってくれて嬉しいわ。」との言葉と共に、パレ・ロワイヤルのタティングシャトルとタンブルフック、瑪瑙ハンドルのカギ針が出てきた。

 そして同じくソーインググッズを扱うディーラーから出てきたのはマザーオブパールのテープメジャーとパレ・ロワイヤルの豪華な糸巻き。今まで数々の糸巻きを扱ってきたが、これほど立派な糸巻きは見たことがない。(帰国後、持っているアンティークソーインググッズのカタログ本でまったく同じものが掲載されていることを確認した。)そしてもうひとつ、それはアイボリーのタティングシャトル。植物模様の彫刻が施されていて象牙の質感が魅力的なシャトル。実用にも観賞用にも耐えうるアイテムだ。

 イギリスでは珍しいポワン・ド・ガーズのハンカチはアポイントを入れた馴染みのディーラーから。度々私のために魅力的なレースをキープしておいてくれるそのディーラーからハンカチを見せられた時、「ああ、綺麗。」と思わず口走ってしまったほどの美しさ。薔薇の花びらがポケットになっているポワン・ド・ローズで、高い密度の細工に目が奪われてしまう。

 ヴィクトリアンらしいスターバーストジュエリーは、重厚な作りで中央には輝きの美しいオールドヨーロピアンカットダイヤが。高価な品物ゆえ、顔馴染みのジュエラーのところで邪魔になるのも構わず、延々とルーペを駆使してじっくりチェック。表側をチェックした後、ひっくり返して裏側も…そういうことを何度も繰り返し、ようやく心を決めた。ペンダントにもブローチにもなる2wayジュエリーだ。

 今日の最後はやはり顔馴染みのジュエラーで。それは忘れな草を模したターコイズのリング、さらに忘れな草の両脇にはゴールドで出来た結び目が。それは誰かと誰かを結ぶノットの細工。"forget me not"にノットの細工なんて、これ以上ないほどヴィクトリアンだ。こちらも再び長々とルーペでチェックした後、私のものに。イギリスの買付けはこれにて終了。開放感でいっぱいのまま、一旦ホテルに荷物をピックアップに戻り、ユーロスターでパリに向う。

毎度、ユーロスターに乗る前に、駅のLe Pain Quotidienで買った美味しいバゲットサンドと白ワインをラウンジでいただくのが唯一の楽しみ。早朝から一日長かったですが、パリまで後もう少しです。


***今回もぼちぼち綴って参ります。どうぞお付き合い下さいませ。***