〜後 編〜

■5月某日 晴れ
 極寒の一夜を過ごし、身体を温めるために朝から熱いシャワーを浴びる。(皮肉なことにバスルームの中は一日中切れずにヒーターが付いていて、そこだけはとても温かだった。)

 今日はパデイントン駅から一日かけてカントリーサイドのフェアへ。そのためにわざわざパディントンのすぐ側に泊ったのだ。フェアは昼からなのだが、ちょうどよい時間帯の列車が無いため、最寄り駅に着いてからタクシー(無人駅に近い駅ゆえ、毎度お馴染みのドライバーのタクシーをあらかじめ予約してある。)、会場のゲート前で1時間以上待ち、開場と共に入場し、持ち時間は3時間半。(そこから再びタクシーで最寄り駅に向かい列車に乗らないと、何時間も駅で列車を待つことになってしまう。)何とも効率が悪いのだが、日本人ディーラーが少ないこともあり、気に入っているフェアなのだ。

 今日もフェアの最寄り駅まで着き、馴染みのおばあちゃんドライバーのタクシーに乗ろうとしたその時、後ろから「シェアしても良いですか?」と私に日本語で呼びかける声が。その日本人男性は、どこかで見た記憶があるのだが、普段からあまり周囲に関心の無い私のこと、誰だったか思い出せない。「どうぞ!どうぞ!」と一緒にタクシーに乗った後、「どこかでお目にかかってますよね?」と尋ねると、彼は誰もが知っている有名デイーラーのご子息だったことが分かり、「大変失礼いたしました!」冷や汗。でも、彼のお陰で、ゲート前の1時間以上の待ち時間を気温10℃の中でも楽しくおしゃべりして過ごすことが出来た。(身体は芯から冷えた。)
 やっと開場時間になり、ゲートが開くと一目散!とにかく3時間半で物を見つけなければならないので、寒さもなんのその、早足で会場を歩き回る。

 イギリスで買付けたい物のひとつにソーイングツールがある。今回もそれを目当てにはるばるここまで来たのだが…一番最初に見つけたのがマザーオブパールのスティレットだった!貝の形を模したスティレット、マザーオブパールの素材感も美しい。今回も幸先良く始まった。

 平たい木製のボックスもここで!木製でイギリスらしい雰囲気はあるのだが、忘れな草の模様が愛らしく状態も良い。これもさっさと買付ける。ここでジュエリーを探すのも目的のひとつ。ただ、いつも立ち寄るジュエラーのマダムの所に、今回私が惹かれる物は無い。仕方なく次から次へとジュエラーのガラスケースを覗いていると、以前も譲って貰ったことのあるディーラーのところに、やっと「これなら良し!」というジュエリーに遭遇。それはシードパールとダイヤの2wayジュエリー。ペンダントにもブローチにも使えるヴィクトリアンらしい豪華なジュエリーだ。高価なので、ルーペ片手に少し考え込んでいると、「シードパールとダイヤの組合せはなかなか無いから!これは絶対良いから!この値段は(この物としては)高くないから!」とディーラー。どうやら彼のイチオシだったらしい。コンディションも抜群でエレガント、今回の買付けのイチオシのひとつになった。

 クロシェ編みのドールシューズはテキスタイルを扱うディーラーの所から。「あ、可愛い!」と目ざとく見つけたのは良いが、付いていたお値段が予想外に高かったので、シューズを手に持ち迷っていると、それを見たマダムが「欲しいの?」「いくらだったら買うの?」と尋ねてきた。私が想定していたお値段を伝えると、肩をすくめながら「いいわ、それで。」と商談成立。可愛いシューズが手に入って嬉しい。

 シードパールのスターバーストペンダントもここから出てきた。何度か扱った事のあるスターバースト、今まで見た中で最も小さい。そして、その小ささがとても魅力的だ。実はスターバースト好きな私は喜んで入手。

 大量に箱に入ったシガレットカードもここで見つかった物。私が一枚、一枚を手に取り、しげしげと眺めていると、「それはヴィクトリアンのシルクで…。」とちょっぴりきつめのマダムが説明を始める。「シルク」は合っているけれど、これは1930年代のシガレットカード。どうやらマダムにとって普段は扱っていないらしいアイテムらしい。そこで「それは違うわ!」とあからさまに言う訳にも行かず「ハイハイ、そうですか。」と大人しく肯きながらいただいた。

 こんなイギリスのド田舎でまさかのフランス物発見!テキスタイルや人形の小物などを扱うマダムの所に、ひらひらした物が。それはハンガーに掛けられた広巾リボンふたつ。ひとつはほぐし織、もうひとつは手の込んだ織柄のリボン。マダムに断って手に取ると、「それはフランスのリボンよ。」とマダム。今度は、「そうだよ!そうだよ!」と心の中で叫ぶ私。こんな田舎にフランスのリボンがあるとは。きっとヴィクトリアンの女性達もフランスの物が好きだったに違いない。

 スミレのエナメルボタンは、ずっと昔から憧れだったディーラーの元から。その昔、他のフェアでもよく目にしたデイーラー夫妻。このたび思い切って「20年前からあちこちのフェアで見ていて、あなたのテイストが大好きだったのよ。」と告白すると、「ありがとう。でも、もうここ以外のフェアには出ていないのよ。」と少し淋しげに言う彼女。私が20歳年取ったのと同じように彼女達も年を取ったのだ。まだまだ駆け出しで、彼らから仕入れるお金も無く、ただただ遠くから憧れて眺めていたあの頃が懐かしい。
 今回出てきたのはスミレのハンドペイントのエナメルボタン4つ。迷わず4つともいただいた。

 何度も何度も会場を回り、今日の最後に出てきたのは綺麗な縞瑪瑙、アゲートハンドルのかぎ針。縞の出方も美しければ、コンディションも良い。いつも探し求めているソーイングツールが出てきて、心地良い満足感にひたりながら今日は終了。気が付けば時間ギリギリ、3時間半近く経っていた。

 帰りも、行きと同じく予約しておいたタクシーで駅へ。そこから列車に乗りまたロンドン・パディントンへと帰るのだ。パディントンへ列車が向う途中、線路脇の車両工場に見慣れた"HITACHI"の文字が目に入ってきた。そういえば日立製作所の作った車両がエリザベス女王のお召し列車になったことが話題になったはず。イギリスでは、初の高速列車に日本製の車両とシステムが導入されるらしいのだ。(そういえばユーロトンネルだって、「日本の技術があったから掘ることが出来た」と耳にした。)イギリスで見る日本企業の名前に、思わず「我が同胞よ!」と数々の苦労を想像し、感動してしまった。

今日はパディントン駅から。駅でサンドウィッチとカプチーノを買い、ちょっぴり遠足気分です。


新緑の美しい5月のこの時期ですが、今日の気温は10℃前後。震えながらの買付けです。


***今回もの〜んびり綴って参りますので、お付き合い下さいませ。***