〜前 編〜

■5月某日 晴れ
 今回の買付けは、羽田発で成田着。以前住んでいた人形町から神田に引越しして初めての買付けだ。しかも、今回はゴールデンウィーク中ということもあり、河村は銀座のお店に待機。私ひとりだけの買付けだ。

 羽田発の飛行機に慣れていない私。成田発の方が慣れているのだが、当然羽田の方が近いため、本当は羽田発着の飛行機が取りたかったのだが、帰国便はゴールデンウィーク明けということもあってか、羽田着の便は既に満席で、成田着、しかもいつも乗っている夜便(現地午後11時頃発)も満席、仕方なく成田着の昼便(現地午後1時半発)に乗ることになっている。

 という訳で、まずは朝羽田に行くのにドギマギし(結局、自宅からは箱崎のT-CATまでタクシー、そこから羽田までは羽田空港行きのバスで。)、羽田空港に着いたら着いたで、いつも成田空港内のショッピングモールで必ず立ち寄る無印良品を求めてさまようことに。ユニクロと並んで、ちょっとしたお土産を調達したり、買付け前には意外に便利な無印良品。買い付ける度に商品をメモしたり、分からない綴りを書いてもらったり、買付けには無印のメモ帳を持って行くのが常なのだが、買い置きしてあったメモ帳をお店に置いてきてしまったため、「空港で調達だ!」と意気込んできたのに、さまよえどさまよえど羽田空港に無印良品は無い!最後に羽田空港の職員をつかまえ、「あの、無印良品ってどこですか?」と尋ねるも、「無印良品はありません!」と無慈悲なお答え。以前、名古屋で利用していた中部国際空にも当然無印良品はあって、「無印良品は空港にあるもの」と信じ込んでいた私に衝撃的な事実だった。

 その後、ゲートに入り、「やれやれ」と落ち着いたラウンジで、ハタとスマートフォンの充電ケーブルを忘れてきたことが発覚!「やっとここまでたどり着いた。」とラウンジで美味しい海老餃子を喜んで食していたのだが、すごすごとラウンジを後にし、電化製品が売っている免税店へ。免税店のお姉さんに同情されながら充電ケーブルを手に入れて出発!今回の買付けも何が起こるのか?出発前から思いやられる。

■5月某日 晴れ
 買付け一日目、いの一番に向ったのはご近所サンシェルピス通りにある無印良品!ここで空港で手に入らなかったメモ帳を買うのだ!サンシェルピス通りの無印までは歩いて3分ほど。開店と同時に店内に入り、無事ゲット!さぁ、これで安心して仕事に行ける。

 最初はアポイントメントを入れておいたいつもお世話になっているディーラーへ。いつも私のわがままを聞いてくれて、一生懸命品物を集めておいてくれる彼女、そんなディーラー皆には常に感謝の気持ちでいっぱいだ。さぁ、今日は何が出てくるか…。

 しばらく振りで会う彼女、挨拶をしてひとしきり近況報告をした後、用意しておいてくれた商品の山に挑み始める。まずはレースの山から。気合いを入れて眼鏡を掛け、頼んでおいたノルマンディーレースやら、ポワン・ド・ガーズやらを一点一点丹念にチェックし、仕入れる物を選んでいく。それが終ると次は雑貨。「ホラ、こんなの好きでしょ?」と出てきたのはリボン刺繍のボックス2個。そしてもうひとつ、たぶん彼女のプライベートなコレクションだったと思われる木製のジエリーボックス(横長の形なのでひょっとするとグローブケース?)が出てきた。貴族柄のプリントと繊細な木製スタンドがが魅力的なボックスだ。もうひとつ、私のために持って来てくれた特別な物。それはシルクのロココ。最近見つけるのが非常に難しいロココ、嬉しい!他にもお人形の衣装用のシルク生地やリボンなどなど。

 物を選ぶのは集中力がいるので、途中でランチを挟み、まだまだ続く。だいたいセレクトした後でも、保留にしていた高価なレースをもう一度考えたり、まったく違う物を見せて貰ったり。夕方まで集中力を持続させると、終わった後はガックリ徒労感が。でも今日も、お陰様で満足のいく買付けが出来てホッとしながら終了。短時間の間に沢山の商品を見て、即座にいるかいらないかの決断力が迫られる買付けは、やはり通常の精神状態では出来ない気がする。たぶん知らず知らずハイになっているのかも。

 終日、お邪魔していたディーラーの所を終え既に夕刻、でも今日はまだまだ終らない。明後日から始まるパリ市内のサロンの搬入が始まっているのだ。業者が搬入をしている中、そこに潜入し買付け。ブースによっては明日搬入するところもあり、すべての業者が来ている訳では無いが、「誰よりも早く!」「一番良い物を!」の一心でやって来たのだ。

 警備員がガードしている会場入口、会期中は有料だが、搬入日はフリー。警備員に"bonjour!"と軽く挨拶し、会場の中へ。場内は、既に荷物を運び入れ飾り付けまっただ中のディーラー、もう飾り付けが終ったディーラ−、そしてまだ姿すらあらわしていないディーラー、フランスらしくそれぞれだ。まだ荷物が通路やブース内に置かれた状況の中、ブースをひとつひとつ訪ねていく。

 そんな中、顔馴染みのディーラーのブースが。まだ誰も見てない、既にほぼ並べ終った商品の中から、小振りのソーイングボックスやボーヴェ刺繍のパネル、刺繍の施されたボーダーを。私も満足、譲ってくれたディーラーもにこやか、取りあえずわざわざ来た甲斐があって良かった。

 もう1箇所、こち裏もお馴染みのディーラー。いつも朗らかなマダムはオペラのアリアを歌いながら商品を並べている。まだ荷物が山積みのブース内に入り込み、並べてある商品を物色。高い位置に置いてあったチョコレートボックスを手に取る。平たい形、状態はとても良い。今日の所はこちらをいただき、「また明日ね!」と次の場所へ。明日、並びきった商品を見るのが楽しみ。

 日本に比べるとずっと明るい夕暮れのフランスだが、買付けをするには段々と薄暗くなってきた。ブースの中に正面が点いている所は良いのだが、そうでない所ではもう黄昏で物が見えなくなってきている。「そろそろ潮時かな。」と思いながらも会場を歩いていたそんな時、以前にも仕入れたことのあるディーラーのブースに行き当たった。明るいガラスケースの中に魅力的なレースが並び、思わず近寄って見てしまう。目が釘付けになったのはガラスケースの中の18世紀のブリュッセルレース、でもひと目で高価だと分かるそれにはあえて触れず、ディーラーに「ハンカチ!」だの「アランソン!」だの、自分が見たい物をリクエスト。そうしないと出して貰えないことを知っているのだ。
 奥からいくつもボール箱を出してきて、リクエストした物を次々出してくれる彼。フランス人と日本人の違いはあっても、レースを思う気持ちは変わらない。「あぁ、ヴェネチアンね〜。」とか「これいいね〜。」とか、彼とふたりレースを眺めながら肯き合う。そんな出して貰ったレースの中にパンジー模様のポワン・ド・ガーズのハンカチが。パンジーの柄のハンカチなんて初めて見たかも。他の箱からは小さくて可愛いポワン・ド・ガーズの襟も。リボン模様のポワン・ド・ガーズだ。今日の買付けの最終を飾るのに相応しい2点だ。この2点をいただき、会場を離れる決心がついた。後はまた明日。

パリは良いお天気!毎度のことですが、ロングフライトの後で到着するパリは本当に遠いな、と思います。


仕事が終った夜、ホテルまでの帰宅途中、閉店したお花屋さんのウィンドウに可愛いすずらんを見つけました。

■5月某日 小雨
 今日はまたしても昨日夕方から出掛けたサロンへ。本来今日がサロンの搬入日、明日が初日。初日は午後11時からのオープンだが。搬入日の時間指定は無い。ということで、毎度オープン日よりもずっと早く会場に入るのが常。今日も午前8時前にはホテルを出て、やる気十分で会場へと向う。

 到着した時間帯は、まだすべてのディーラーが来ている訳ではない。まだ開いていないブースも沢山あるが、そんな中でもひたすら会場を回るのだ。まずは様々なリボンを買付け。20世紀に入ってからのリボンだが、可愛くて材料におすすめ。材料の在庫に持っておきたいものだ。

 フラワーバスケット柄のシルバー製のふたが付いた小さなガラスポットも早い時間に出てきた。(人気のフラワーバスケット柄、きっと遅い時間まで残っていなかっただろう。)もうひとつ、アイボリー製の繊細な薔薇の彫刻が施されたニードルケース。そちらは顔馴染みの若い女性ディーラーから。扇を扱うディーラーとしてよく知られた彼女。(確かフランスの鑑定士の資格も持っているこの世界ではエキスパートだったはず。)専門の扇以外に象牙製品も好きらしく、象牙製品を持っているのだが、今回買付けたようなアイテムを持っていることは稀。こうしたフェアの折には必ず彼女のケースの中を覗くのだが、なかなか出会うことは無い。今回も気合いを入れてガラスケース内を見回すと、あるではないか!あるではないか!ガラスケースから出して貰って、通常の大きなルーペ(手のひら大の大きなレンズのそれをバッグからおもむろに出すとフランス人ディーラーは皆破顔。)で眺め、さらにジュエリー用のルーペでよくよく観察の後、いただくことに。

 既に昨日会ったディーラーだが、昨日はすべての商品が出ていなかったため、今日は再びブース内を隈無くチェック。相変わらずほがらかなマダムはきょうもご機嫌で、私がブースのあちこちをキョロキョロしているのをにこやかに見ている。そんなブース内を凝視していた先に、昨日はまだ飾り付けしていなかったリボン刺繍のボックスがあるではないか!今日もマダムからいただき!そしてきっと明日もまた何か新たなものが見つけられるかも。

 ここまでで場内の半分ほど。まだまだ買付けは続く。繊細な透かし彫りのフラワーバスケットのアイボリーピアスはロンドン在住のお馴染みのディーラーから。いつも彼女とはロンドンで会うのだが、このサロンに限り、ロンドンから海峡を越えてパリへ売りにやって来る。ドーバーを越えてくるのは彼女だけではない。同じくロンドン在住のアンティークディーラー一行がこのサロンに買付けにやって来る。皆、顔を合わせると"Hallo!"と挨拶。その中でも、特に仲の良いロンドンのソーイングツールを扱うディーラーとはしばし立ち話。早朝のユーロスターでパリにやって来たこと、日帰りのため夜遅くのユーロスターでまた戻っていくこと。(早朝と夜遅くの便は、通常の時間帯よりもチケット代が安いため。)欲しい物をパリで探すのは大変難しいこと。あれこれ話した後、週末ロンドンで会う約束をし、"Good luck!"と言い合って別れた。

 その後もロココが付いたボックスや、エンジェル柄の表紙の祈祷書などを買付け。搬入日の今日、すべてのブースが開いている訳ではない。会場内を3周ほど歩いただろうか、すっかりランチの時間を回った昼下がり、「後は明日!」と会場を出て、近くのキャフェで遅いランチ。

 キャフェでたまたま隣り合った夫婦、目が合ったのでニッコリ笑顔で会釈すると、ムッシュウの方が「どこから来ましたか?」と英語で尋ねてきた。私が、自分が日本人で日本から来たことを告げると、夫妻の顔がいっきに明るくなった。彼らはオーストラリアからの旅行中で、去年日本に行ったばかり。「東京も、京都も…。」と言っていたから、日本のあちこちでアメイジングな体験をした様子。「食べ物は如何でした?」と聞くと、「どれも凄く美味しかった!寿司に鉄板焼きにすき焼き…。」と盛り上がる彼。「え?すき焼き!?甘い味大丈夫でした?」と私。実は、肉を甘くしたすき焼きは、欧米人には馴染みのない味付けなのだ。「そう、すき焼き!デリシャス!」と彼はたいそう気に入った様子。が、マダムはやはり苦手だったそう。「ホリディなの?」と尋ねられて、「いえ、アンティークの買付けの仕事で。そこのサロンに行っていました。」と答えると、彼らはホリディで、ヨーロッパを5週間も旅行中だと教えてくれた。「えぇ?5週間も!?」と驚く私。最近リタイヤしたばかりで、世界中をふたりで旅しているらしい。こんな時は、自分が全日本人代表のような気分になって、少しでも日本の印象を良くしたいと思う。ムッシュウは「バイバイ。」と笑顔で、「それでは気を付けてね。」と最後にマダムが優しく席を立っていった。

 遅いランチが済んだ後、まだ他の場所に買付けに行こうと思っていたのだが、その時激しい頭痛が!実は、買付けに行くしばらく前から激しい偏頭痛に襲われていたのだが、ここでもまたその頭痛が始まってしまったのだ。立っていられないほどの頭の痛みに、「どうしたものか?」と、痛む頭で考え込む。頭に響かないようにそろそろと歩いて、何とかバスに乗り、一軒だけテキスタイル扱うディーラーの元へ。が、とても物を選ぶ体調ではなく、彼女がちょうど撮影のためにひろげていた美しい織柄のシルクリボンを、「それ買ってもいいですか?」と奪うように手に入れ、そのまま今度はバスではなくタクシーで帰宅。ホテルに戻るとそのままベッドへ倒れ込んだ。(帰国後、MRIで調べたものの、何も出ず。たまたま血管が神経に障ったと思われる「単なる偏頭痛でしょう。」という診断に気が抜けたり、安心したり。その後は、お陰様で恐怖の頭痛とは無縁の生活を送っている。)

滞在先のオデオンから程近いサンジェルマン・デ・プレの老舗ショコラトリー Debauve et Gallais はマリー・アントワネット縁のお店。ボックスにもマリー・アントワネットの肖像画が。


買付けの楽しみのひとつが、ホテルの近所のここのウィンドウを眺めること。薔薇、芍薬、スイトピー、この季節はお花屋さんも百花繚乱です!

■5月某日 晴れ
 激しい頭痛の翌朝、まだ少しすっきりしていない気もしつつ、日本にいる河村にスマートフォンのFace Timeでテレビ電話。(早朝が、時差の影響も受けず、お互いに電話が出来る唯一の時間なのだ。)昨日、激しい頭痛帰ってきてしまったことを告げると「大丈夫か?」と心配顔。でも、1万キロ近く離れたパリと東京、お互いに顔を見合わせて話は出来ても、自分のことは何でも自分でしなければならない。「うん、平気。」と答え、今夕ロンドンへ向うため、荷物をまとめる。

 今日はやっと初日を迎えたサロンへ。そして夕方には、ユーロスターでロンドンへ向うことになっている、今日は大移動の日なのだ。搬入日に二日通っても、まだ開いていないブースが。(特に屋内の高級品を扱うディーラーのブースは初日を迎えないと開いていないところが多い。)まだまだ見ていないものがいっぱいあるのだ。

 今日がオープン初日ということもあり、サロンの入口は沢山の人が並んでいる。搬入日は無料で入れるが、今日からは有料になり、入場料が10ユーロだからけっして安くはない。(私は、昨日、一昨日のうちに、買付けたディーラーに「チケット頂戴!」とねだり、既に何枚か調達してある。)開場時間になると熱気も最高潮、沢山の人々と一緒に会場になだれ込むと、今日はまずまだ全然見ていない屋内から。

 屋内のブースはハイジュエリーや高級な工芸品ばかり。そんな中でも、毎度商品を見せて貰うのを楽しみにしているディーラーのブースで、あまりに美しい色別に並べられたグラスやフレームが並ぶガラスケースを前に、胸がいっぱいになる。すべてを手に入れたい思う反面、当然ながらそれが叶わないことも良く分かっていて、せめて日本のお客様に見せて差し上げたいと思う。結局、屋内で仕入れたのはグラヴィールの入ったパウダーポット。デコラティヴなシルバーのふた付き、王冠の紋章入りだ。

 今日までに既に何周もしている会場内、何度も何度も見たガラスケースを今日もまた覗き込む。と…昨日までは目につかなかったエナメルボタンを発見。実は、エナメル製のハンドペイントのボタン、当時フランスで作られた者が沢山あるはずなのに、同様な物であっても、イギリスで出てくる物に比べるてフランスで出てくる物の方が断然高価。なので、フランスで仕入れることは諦めていたのだが…。
 そのガラスケースに入っているのは、今まで目にしたことがないエナメルボタンばかり。フランスの物は高価なことも忘れて、思わず見せて貰う。で、お値段を聞くと、想像通り高価。が、どうしても欲しくなった一番珍しいボタンを一つだけ譲って貰う。

 昨日まで商品が並んでいなかったジュエラーのガラスケースも、今日はキッチリ並んでいる。そんな初めて見るガラスケースの中に大小ふたつのゴールドロケットが。繊細な手彫り彫刻とエンジンターンの細工が美しいことがガラス越しでも分かる。「ふたつ並べて飾ったら素敵!」と、早速ケースから出して見せて貰うと…残念ながら大きな方は裏側に凹みがある。でも、小さい方はと手も小さくて愛らしく、コンディションも良い。こんな小さなロケットは珍しい。そちらだけ一方を入手。

 ノルマンディーレースの使われる手刺繍の凝ったホワイトワークのパーツは顔馴染みのディーラーから出てきた。パリ市による会場の工事のため、今回で最後ということが決まっているこのサロン、次回からどうなってしまうのか気になるところ。そんなことを彼女に尋ねると、「二つ案があるらしいけど、まだ決まってないみたい。」と顔を曇らす。私達にとっても大事なフェアだが、出店しているディーラー達にとっては死活問題。果たして次回からどうなるのか。

 最後に立ち寄ったのは、先日ポワン・ド・ガーズのハンカチを仕入れたディーラー。前回気になった18世紀のブリュッセルをガラスケース越しに眺め、今日は「ボーダーを見せて。」とボーダーの入ったボックスを出して貰う。いくつものレースを手に取り、じっくり眺め、選んだのは珍しいグランドのメヘレンと人物柄のボーダー。そして、「こんなのもあるけど…。」と出して貰った小さなポワン・ド・ガーズの襟。珍しいリボン柄で小さなサイズも可愛い。このレースの仕入れが今日の最終となった。

フェアの会場でぐっすりお昼寝。たぶんこの椅子は商品だと思います。(笑)

 一旦ホテルに戻り、今度は二泊三日の荷物を持ってユーロスターでロンドンへ。ホテルに戻って、仕入れてきたものを預けておく荷物に滑り込ませ、小さなスーツケースひとつを持ってユーロスターの発着駅パリ北駅へと向う。小さなスーツケースなので、駅までゴロゴロ引いていって、メトロで行こうと思っていたら、あっという間に土砂降りの雨!あまりの雨にメトロは諦め、ホテルのレセプションでタクシーを呼んで貰い北駅へ。夕立で凄まじい渋滞を抜け、なんとか時間内に駅に到着し、無事に列車に乗ることが出来た。何が起こるか分からないヨーロッパでのこと、毎度大移動の日は少し緊張する。

 到着したロンドンは震えるほどの寒さ。パリも5月としては低い気温で、毎日同じウールのセーター(あまりの寒さに他に持って来た薄手の素材はまったく出番がなかった。)とトレンチコートの下に薄手のダウンを着込み、ショールを巻いて行動していたのだが、ロンドンはパリよりも一段寒い。(ロンドンの気温は約10℃、真冬の気温だった。)ユーロスターの到着するセントパンクラス駅からは地下鉄に乗って移動する元気はなくタクシーで。今回初めて泊るパディントン近くのホテルは、インターネットで調べたところ、最新鋭の設備で小綺麗なはずなのだが…。

 午後9時近く、やっと到着したパディントンのホテルは、想像していた通り、ヴィクトリアンの建物なのだが、内部はまだ新しくて綺麗。ただし、今回パディントンからの地の利を取ったため、バスタブはナシ。シャワーブースだけだ。(ロンドンの街中のホテルではバス無しの部屋が基本のため、さほど珍しいことではない。)まだ観光客が少ない時期なのか、レセプションのマダムに「お部屋をアップグレードしておきました。」と言われ、ありがたくツインルームをあてがわれた。が、部屋の中はスースーして寒い気がする。エアコンのリモコンを駆使し、気温を上げるのだが、出てくる風の冷たさは変わらない。だんだんと嫌な予感がしてきた。

 レセプションまで出向き、「部屋が寒いけど、暖かくならないの?」と訴えても、どうも一極集中で客室の空調を管理しているらしく、これ以上は暖かくならないとのこと。(私がロンドンに入った一週間程前は珍しく真夏のような暑さだったそうなので、その際に空調を「冷房」に切り替えてしまったらしい。)部屋に戻り、空調を切っても吹き出し口から冷たい風がスースー出てくるのは止められない。とにかく寒くていられないので、熱いシャワーを浴び、もう一枚隣のベッドから引き剥がした布団を掛け、寝間着の下に上下ともヒートテックを着、さらに寝間着の上にはダウンを着て、厚手の靴下をはき、首にはショールをグルグル巻いて寝ることに。(それでも頭が冷たかった。)外気温が10℃なのに冷房が入った部屋で寝るという滅多に無い(いや、滅多に味わいたくない)体験をした。


***買付け日記は後編へと続きます。***