■2月某日 晴れ
 本来なら3月にゆったり行こうと思っていた買付け。それが突然2月の頭から出掛けることになったのは、3月の上旬に阪急百貨店のフランスフェアの時期に、上のスークで開催される「フランス蚤の市」なるものに出店が決まったため。「それでは行かねばならぬ!」と急遽出発5日までに航空チケットを手配。フランスのディーラー達から「え〜!そんな急に?本当に来るの?」とあまりに迅速なスケジュールに驚愕されながらも出掛けることに。今回は5泊6日。自分では、短期間のため時差ボケにならず、そんな強行軍ではないと思っていたのだが…。

 何事もなくスーツケース2個をゴロゴロいわせながら、空港からいつものホテルに到着し、ホテルのスタッフに"Bonne anne!"と新年の挨拶をし、自分の部屋へ。この部屋も、いつも私のリクエスト通り、オデオン広場に面した角部屋。毎回同じ部屋なので、「自分の部屋」という感覚だ。パリ自分の居場所に落ち着いた思いだ。

 今回は様々なフランズ在住のディーラーに「凄く寒いから暖かい格好で!」と言われ、着てきたのは、「寒冷地仕様」のダウンのロングコート。だが、パリに着いてみると、寒いどころか、日本よりもずっと気温が高い。どうやら先週まで皆を震え上がらせていた寒波は去り、日本よりも暖かくなってしまったようなのだ。空港から件のコートを着込んでホテルまでやって来たのだが、暑くていられない状態。「これを着て毎日仕事に行くのは暑過ぎて無理だ!」と心の中で叫び、夕暮れの中すぐさま買いに行ったのはなんと冬物のコート!いつも夕食の買い物をするビュッシ通りのセレクトショップで、「これで良し!」と選んだコート。自分で、自分の買い物の早さに呆れるばかりだ。

■2月某日 晴れ
 買付け第一日目。朝イチで向った先はパリの街中のアンティークフェア。小さな規模だが、たまに出物があるため、向ってみることにする。公式には「午前7時からオープン」となっているのだが、「流石にそれは無いでしょ!」と午前9時半に現地到着。(今まで、何度もオープン時間から出掛けていって、まだ誰もいなかったことが…。フランスではそういうことが多々ある。)そして、今日はその後、いつも立ち寄るジュエラーを覗き、アポイントを入れてあるディーラーのところに行くことになっている。まずはアンティークフェアへ出発!

 思った通り、小さなフェアゆえに思ったものは皆無。様々なブースの様々なケースを覗いて見るのだが、思うようなものはない。欲しいものは、もう簡単に見うけることは出来ないのだ。唯一みつけたのは、薔薇模様のシルバー製ニードルケース。「これなら仕入れも良いでしょう!」と自らにOKを出し、いただくことに。朝の仕事で得たのは、これひとつきりだった。

 ニードルケースを大事にしまい、次のジュエラーへ。ジュエラーといっても、ここはエステートジュエリーを専門で扱うところ。アンティークのジュエラーとは違い、年代も古い物ばかりではなく、現代に近い物もあり、多岐に渡っている。沢山の在庫の中から上手く選ぶことが出来れば安く仕入れることが出来るのだが、何も欲しい物がない時もある。今回も「こんなに沢山あるのにどうして…。」と呟きながら、残念な気持ちで退散。

 アポイントメントを入れておいた彼女は、長年お世話になっていて、私も好みもバッチリ分かっているので安心。だけど、やはり物が無ければ、彼女とて仕入れることが出来ないのは私と同じなので、ドキドキしながら向うのは毎度のこと。さて、今日は何が待っているか…。

 まずは挨拶を交わし、ゆっくり近況報告を。その後、彼女が私のために用意していてくれたレースの詰まった大袋の中からひとつひとつチェックしていく。私の好きな手刺繍のボーダーやパーツなどが次々出てきてじっくり選んでいく。沢山のレースの仕分けは、ランチを挟み夕方まで。特に今回嬉しかった出物は、状態の良いブリュッセルミックスの襟(何種類もの透かしの細工部分が素晴らしいのだ!)とエキゾチックな模様のポワン・ド・ガーズの襟。(このような模様のポワン・ド・ガーズは1900年頃の物かもしれない。)すずらん模様が珍しいブリュッセルアプリカシオンのハンカチ。(繊細な"M"のモノグラム入り。)そして、昨今見つけることがとても難しいシルクの織り生地(毎度私のために見つけておいてくれる彼女に感謝!)や無地のシルク地。様々な物が仕入れることが出来ることに感謝しつつ、満足感いっぱいで買付けを終えた。

 明日は朝から列車で遠出。短いスケジュールの今回の買付け、以前行ったことのあるアミアンでアンティークフェアがあることが分かり、勝負をかけて(?)行くことにしたのだ。

2月のパリはSoldesの季節。みんなの大好きなレペットも素敵なウィンドウディスプレイで、ここもやっぱりSoldesです。


ホテルのすぐ側のお花屋さんは、モノトーンと紫のお花で。アネモネもスミレも私の大好きなお花です。


帰宅途中で見たミモザのお花に一気にテンションUP!でも、「500g」って!?グラム売りのお花なんて初めて見ました

■2月某日 晴れ
 買付け二日目。今回は弾丸(?)買付けのため短期間の滞在。その短い期間に、いかに沢山のアンティークと巡り会えるかという濃密なスケジュールを組むことが重要。本来ならパリで過ごすはずの今日、たまたま以前行ったことのあるアミアンでアンティークのサロン(高級品が主に展示されるアンティークフェア)があることを知り、「サロンならきっと良いものがあるはず!」と信じ、今日はこれに賭けてみることにしたのだ。

 事前にフランス国鉄のサイトから往復チケットを入手し(当日ではなく、事前にサイトから購入した方が安いチケットを購入することが出来る。)、朝イチで北駅へと向う。アミアンといえば世界遺産の大聖堂。「せっかくアミアンまで行くのだったら、また大聖堂も見てこよう!」と、サロンは午後からだったのだが、午前中に着くように列車に乗り込む。以前、アミアンに行ったのはもう10年以上前のこと。その時は、買付けをしながら、私の母と伯母、河村の母とその友人と一緒に旅するという、今から思うと大変ハードだった旅。その時はおばさま方に振り回されヘトヘトだったのだが、今から思うと笑えるエピソードが沢山ある。(その時の様子はこちらへ。)

実際に乗ったのはこの古めかしい車両ではありませんが、今日はパリ北駅から列車に乗って北の街に小旅行へ。パリから離れるとかと思うと、少しワクワクします。

 パリから北へ、アミアンまでは約160km、当時のことを思い出しながら、列車の車窓からフランスの田舎の風景を眺めながら2時間近く。列車から降りたアミアンの街は、パリよりも一段寒かった。真冬のアミアンの駅は閑散としている。携帯で大聖堂までの道筋を確認しようと、構内のベンチに座った途端、隣のムッシュウから「マドモアゼルお恵みを〜。」と手を出され、素早く立ち上がる。(彼らは東洋人の女の年齢なんて分かっちゃいないのだ。)

 駅から表に出て、大聖堂がデザインされたインフォメーションを頼りに歩くと、「そうそう、ここだった!」と十年前に歩いたことを思い出し、すんなりと大聖堂に着いた。

 大聖堂が近づくにつれ、以前来たときのことを次々思い出す。全員で入った魚料理が売りのレストランで、一人だけ肉を注文した伯母が「こんな硬い肉、食べられない。」と嘆いたことや、全員で高い尖塔に歩いて登ったこと。あれからかれこれ十年以上経ったなんて思えない。あの時は5月で爽やかな気候だったが、今は真冬。シーズンオフのこの時期、付近を歩いている人は誰もおらず、世界遺産だというのに大聖堂の周囲は人っ子一人いない。

 ひとりでじっくりとゴシック建築の高い尖塔やびっしり壁面に施された彫刻を眺める。フランス最大のゴシック建築の大聖堂、13世紀にこんな巨大な物を建てようと思うなんて、やはり神様の為せる業なのかも。冷え切った聖堂内に入っても、やはり誰もおらず、吐く息が白かった。

フランス最大のゴシック建築の大聖堂、13世紀にこんな巨大な物を建てたなんてミラクルです。世界遺産だというのに、それにしても誰も居ません。


空間恐怖症!?毎度ゴシック建築の建物は、この壁面装飾に思わず口をあんぐりしてしまいます。


流石に13世紀の建築だけあって、ステンドグラスが完全な形で残っているのは稀。でもこの時代の物は本当に美しいです。赤とブルーの組合わせをただただ見上げてしまいます。

 しばし大聖堂を見学した後は、当てもなくフラフラと賑やかな方へと歩く。前回来た時は、大聖堂の周囲しか歩かなかったので、見知らぬ街の繁華街を歩くのは興味深い。まだフェアまでは2時間以上あるので、どこかでお昼を食べ、その後は駅に戻りタクシーで会場へ向う予定。

 どこで食事をしようかと悩みながら歩いていた私にぴったりのお店を発見。ブーランジェリーとお菓子のお店が一緒になった小綺麗なサロン・ド・テで、中にいるのは上品なマダムばかり。沢山の種類のバゲットサンドの中から美味しそうなプーレのサンドウィッチを選び、赤ワインと一緒にゆっくり昼食。周囲はお買い物途中のマダムや、近くで働くマダムばかり、皆思い思いに美味しそうなものを食べている。

 すっかり満足してサロン・ド・テを出ると、ようやくここからが今日のお仕事。駅まで歩いて戻り、タクシーのドライバーに会場の場所を告げると、何の問題もなく車窓の人となった。元々、アミアン自体大きな街ではなく、事前に地図でだいたいの道筋もチェックしていたので、会場までもすぐ。そこは少し郊外の展示会場。その前の大きな駐車場で車から降ろされたのだが、ここにも誰の人影もない!開場まで15分ほどあるのだが、誰も居ないのだ。「果たしてここで本当に良いのか?」と思って周囲を眺めると、遠く向こうの方にどんどん車が入っているゲートが見える。「ん?ひょっとしてあそこ?」と大急ぎで歩いてゲートへ。ただ、ゲートはよく見えているのだが、いくら歩いてもなかなか到着しない。やっとたどり着くと、ゲートにいた係のマドモアゼルは私を不審そうに見る。私が「サロンに来たのだけど…。ここから入りたい。」と口ごもりながら伝えると、「ここは出店者用のゲートだから、向こうの入場者用のゲートから入って。」と素っ気ない口ぶり。彼女の指さす入場者用のゲートとは、先程まで自分が居た場所。思わず「え〜!?あそこ?」と叫ぶと、「そう、あそこよ。」と彼女。トコトコ歩いてやって来た道のりを、今度は逆方向に歩いて、元来た場所まで戻ったのだった。その時点で、やっと他にもひとり、ふたり、と入場者の姿が。「どこから来たの?中国?そう、日本なの。」等と、声を掛けられながらも、この少ない入場者の数に既に嫌な予感がしたのだった。それでも、開場と共に意欲満々で会場に入ったのだが…。

 意欲満々で会場入りしたものの、目的のレースや雑貨類はまったく見当たらず、見当違いのものばかり。いや、それだけではない。会場自体が非常に狭く、小規模なサロンにがっかりする私。あっという間に会場をひとまわりしてしまい、仕方なく二周、三周と歩き回る。何も仕入れられるものは見つからず、「高価でも良いから納得のいくジュエリーはないか?」と、ざっと見終わっていたジュエリーを、また一から真剣に観察。

 まずひとつ、「これなら欲しい。」と思ったジュエリーはアール・ヌーボーのダイヤペンダント。以前からひとつは欲しいと思っていたジュエリーだ。マダムに言って、見せて貰うと、「これはプラチナで…。」と、とうとうと説明。そして金額を聞き現実に引き戻される私。「そうですよね。プラチナですものね。それなのに伺ってしまい申し訳ございません!」と心の中で呟く。

 現実の厳しさを再認識した後、それでもまだ「とにかく何かを仕入れて帰らないと!」という義務感に捕らわれている私は、またまたジュエラーのガラスケースを凝視。と、そこに美しいエマーユのペンダントが…。ずっと以前から「こんなのが欲しい!」と思っていたそのものだ。こちらもまた高価に違いないと思いながらもムッシュウに出して貰う。ムッシュウからの説明をよく聞き、手渡して貰ったペンダントをじっくりルーペで眺め、また今度はひっくり返して裏側を眺め…。延々とルーペでチェックしている私をムッシュウは嫌な顔ひとつせず見守っている。聞けば、私もしょちゅう足を運ぶパリのサロンにも出ているという。ブースの片隅に私の場所を作って貰い、まだまだチェックは終らない。「これならば良し!」と私が決断するまで、これ以上ないくらい長い時間かかってルーペでチェックした。

 商談成立!清水の舞台から飛び降たにもかかわらず、満足感でいっぱいだった。ムッシュウによくお礼を言い、そのエマーユのジュエリーひとつをしっかりバッグにしまい、このサロンは終了。レセプションでタクシーを呼んで貰って、また駅へと戻っていった。

 本日の仕入れはたった1点。でも、満足感でいっぱいで心地良く列車に揺られてパリへと戻っていったのだった。パリに着いたのは夕方。やはり一日仕事になってしまった。


■2月某日 大雨
 今日は早朝から夕方まで買付けが続く忙しい日。が…朝目覚めると外は土砂降り!パリで土砂降りに遭うなんて、そうそうあることではない。しかもこんな激しい雨降りのパリは初めてかも。午前中は屋外の仕入れのため、「こんな天気で仕入れ出来るのだろうか?」と、朝から暗くどんよりした気分。

 暗い気分のまま、バスに乗って目的地へ。今朝も何軒かアポイントを入れている。果たして雨は止むのか。ザーザー雨が降りしきる中、傘を差して足を進める。ただでさえ雨降りで足を進めにくく、そのうえ私が探すシルクやレースなどの布製品は雨と非常に相性が悪い。果たしてものは見つかるのか?

 アポイントメントを入れた先のマダムとは久々の再会にビズーで挨拶。「マサコ、待ってたのよ!」と言われ、雨降りで暗かった気持ちが一気に吹き飛ぶ。そして、彼女のところから出てきたものは、パニエやスミレのお花、シルク生地やコットン生地、ほぐし織のリボン見本など天候の悪さを感じさせない安定の買付け。(私の選んだ品物の上にテントから雨漏りがして、一瞬ギョッとしたが、何も被害はなかった。)特に薄いシルクに刺繍されたボーヴェ刺繍のパネルは美しい。目的のブツを手に入れ、ややほっとしながら次の場所へ。

 次のマダムのところでも、ロココやチャイルド用のドレスなどが…。(ただし、ロココはとても高価。なかなかお目にかかれないここ最近の様子から仕方なく仕入れる。)コットンではないシルクのヴェールも嬉しかった出物だ。雨の中、なんとか布物を仕入れることが出来、不安な気持ちがやや和らいでいく。

 そしてたまたま見つけたのがオパルセントグラスの小箱だった。エンジェルの絵柄が手描きされた小箱。本体がオパルセントのピンクの色合いなのも愛らしい。土砂降りの中ウロウロしてみるも、雨足は弱まらず、一度ホテルに戻り、午後の部へ。

 相変わらず降り続く雨の中、ホテルに戻って荷物を降ろし、再び出掛ける。やっと帰ってきたのに、またすぐに出掛けなければならない。渋る気持ちを必死で振り払い、再び戸外へ。午後からも予定が沢山、アポイントを入れている先もいくつかある。

 昼下がり、最初に訪れた先はテキスタイルを専門で扱うマダム。いつも愛想良く迎えてくれるマダムとは今日も握手で挨拶。私が欲しい生地をよく分かっているマダムは、一緒に在庫をひっくり返して探してくれる。(といっても、マダムの所はいつも綺麗に整理整頓されているのだが。)私のために「そうそう、あなたが欲しいのこんな生地でしょ?」と出してくれたのはブルーの織り生地。お人形の衣装にぴったりのシルクだ。「oui! oui!」と喜び勇んで叫ぶ私。他にもブレード付きの単色のシルクが。私が喜ぶとマダムもご機嫌、ふたりでハイタッチしそうな勢いだ。マダムが雨に濡れないようにキッチリとビニールで包んでくれた。

 いつも立ち寄るアイボリーやオルモルなどの工芸品を扱うムッシュウは、いつも私が行くと大げさに挨拶をして喜んでくれる。そして、「ほら、これはこんなに素晴らしいんだよ!ほら、これだって!」と次々と見せてくれるのが毎度のこと。(洋の東西を問わず、アンティークディーラーってそういうものなのだ。)でも、今日は見せて貰う前に、ガラスケースを見回した私から「このカルネ・ド・バル見せて。」とお願いし、ガラスケースから出して貰った。いつも探しているカルネ・ド・バル、大きなルーペを取り出し、隅から隅までチェックする。繊細で立体的な彫刻、そう、こういうのを探していたのだ!そのカルネ・ド・バルについて語ろうとするムッシュウに「oui, oui, 分かったわ!」と笑顔で肯き、買付け。今日はロクに彼の話を聞かなかったけれど、ムッシュウも私が気に入ったことは良く分かってくれたと思う。

 布やレースを専門にしているマダムはちょっぴり気分屋さん。河村は苦手にしているが、私はそんな彼女に毎度「お仕事」と思ってクールに対処している。そういう私の態度に、彼女も多少ご機嫌斜めでも、私には冷静に接してくれる。(気がする。)今日も、次々と興味のある物を見せて貰い、必要のなかった物は丁寧にお礼を言ってしまって貰う。今日、そんな彼女の所から出てきた物は、レースを張った大きめのボックス。でも、ただのボックスではない。なんと缶で出来ている、チョコレートボックスだと思われる物。他にもリボンやモチーフもチョイス。特にボックスは珍しく、スミレのリボン刺繍も施されている。最後にマダムにクールにお礼を言い、「じゃ、また今度ね。」とマダムもにこやかに別れを告げる。

 シーツなどのリネン類を扱うディーラーからは、実は今まで一度も買付けた事はない。大きなリネン類はあまり興味のないアイテムなのだが(何しろ小さなお店なので…。)、今日は壁にふわりとした丈の長いベビードレスが掛っているのが見えたのだ。ここ最近、探し続けていたベビードレス。しかも、丈の長い洗礼式用のドレスだ。思わず「おっ!」と声が出たものの、まずはマダムに挨拶してからドレスの側に立ち寄る。今まで一度も話したことのなかったマダムは、思いがけず暖かくて優しい人柄。私が頼むとにこやかにドレスを見せてくれた。
 降ろして貰ったドレスをあちこち眺め、ひっくり返し…これ以上見るところがないほど眺め回し、ルーペで見た後は遠目にも見てみて、やっと「これいただくわ!」と言った時にも、マダムはやっぱりにこやかだった。「こんな優しいマダムだったら、もっと以前からお付き合いしておけば良かった。でも、今まで興味のある物が無かったんだよなぁ。」そんなことを心の中で呟く。

 最後に出てきたのはアイボリーのピンディスク。いつも探していたものの、久々に見るピンディスクだ。薔薇の彫刻、シルクのリボンがサンドされている。そして、なによりも状態が良い!久し振りに譲っていただいたマダムは、私がフランスに来始めた20年前からの顔馴染みだ。彼女との今までの出来事をふと思い返してみる。フランスに来るようになったばかりで、ほとんどフランス語を話せなかった私に、優しく英語で話しかけてくれたのが彼女だった。久し振りに彼女の所で仕入れるものがあって良かった。

 雨降りの1日だったが、午後はアイボリーに縁があった買付けだった。これで今日の買付けは終わり。終日降り続いた雨は、夕刻になってようやく上がった。明日は晴れると良いのだけど…。

ウィンドウにスミレのお花を見つけると、思わず撮りたくなってしまいます。赤いポピーと白いラナンキュラスと一緒に。


雨の上がった帰り道、ご近所では2月だというのにまだイルミネーションが。こうしたノエルの風物詩だったイルミネーションも、昨年末は不況で減ってしまったと耳にしました。


■2月某日 大雨
 実際に帰国するのは明日の晩だが、今回の弾丸買付けでは今日がほぼ最終日。それなのに、また今朝も土砂降り。フランスでこんなに雨が続くのは、今までの経験でもなかなかないこと。ダダ下がりにテンションが下がる中、この曲でなんとか気分を高めながら今日も出発!


 雨の中回るフェアは濡れただけでロクに何も見つけられず、午前中は何も得られないままあっという間に終ってしまう。そして、テンション下がり気味のまま臨んだ午後の部で、やっと気に入った物に巡り会った。

 それはアイボリーの薔薇のブローチ。とても立体的で繊細な作り、見ればすぐ分かるディエップ製のブローチだ。マダムにケースから出して貰い、大きなルーペで、どこか欠けが無いか、じっくりじっくり眺める。そして、マダムと話してみると、なんとマダムの夫もアンティークディーラーで、しかも私も度々仕入をしているムッシュウだということが分かった。「え〜!?彼、あなたの夫なの?」と私。そんなこともあり、安心してそのブローチを手に入れることが出来た。

 次はアンティーク素材の仕入れ。新旧様々な膨大な在庫の中から1点1点選んでいく。私は埃アレルギーなので(埃アレルギーはアンティークディーラーの職業病のようなもの。)、一旦埃を吸い込むと咳が止まらなくなってしまう。なので、埃を吸い込まないように注意しながら、沢山のアイテムをさばいていく。膨大な在庫を1時間近くさばいただろうか、今日は19世紀のシルクリボンやハンカチケース等などをチョイス。ここの在庫はすべてビニールに入れられているのだが、散々それらを触った後の私の手は埃で真っ黒だった。(ウエットテッィシュはアンティークディーラーの必需品!)

 もう一軒のアンティーク素材を扱うディーラーは、しばらく姿を見ておらず、「仕事、やめちゃったのかな?」と思っていたところ、別の場所でひっそり続けているのを発見!「ここに変わったの!?」と尋ねると、「そうなのよ。」と彼女。「あなたのこと探していたのよ!」と私。彼女の所にあるのは、細かなパーツ類。貴重品だけは身に着け、後の荷物はその辺りに置いて、ここでもじっくりひとつひとつチェックしていく。シルクのボタンや小さなパーツ等など、お人形に使えそうな物を中心に選ぶ。19世紀のドレスだったというシルクの生地も一緒に。リヨンで織られたと思われるゴージャスな織り生地だ。

 リボンと薔薇のガーランドのグラヴィールグラスとアイボリーとシルバーで出来たステイショナリーセットは、その名の通り、私達が「綺麗なものを持っているマダム」の所から出てきた。シルバーのカップ付き、リボンと薔薇のガーランドのグラヴィールのグラスは小さなサイズのリキュールグラス。6客のセットとそれとは別に3客を。リボンと薔薇のガーランド、しかもグラヴィールという私の大好物なアイテム。ステイショナリーセットも、アール・ヌーボーの雰囲気たっぷりな薔薇模様。朝の暗い気持ちなどすっかり忘れてテンションが上がる。

 そろそろ疲れた足取りで歩いていたその道端に雑に置かれたガラスケース、その中にさらに雑多に入ったレースが。「ん?これは?」その雑多なレースの中に光る物が目に入ったのだ。初老のマダムに言ってレースを出して貰うとそれはアングルテール、しかもハンカチ。アングルテールでもハンカチは滅多に目にすることのないシロモノだ。しかもゴチャゴチャのレースの中(我ながら良くそんな中から見つけ出したと思う。)に一緒に入れられていたなんて。マダムに早速交渉すると、ゴチャゴチャに入れられていたこともなんのその「これは珍しいレースだからね。」となぜか上から目線。そんなマダムに粘り強く交渉し、譲って貰うことに。思いがけない嬉しい出物だ。

 そして、もうひとつ。今回、ずっと探していたもののひとつにベビードレス、チャイルドドレス、特にホワイトワーク(カットワーク)のチャイルドドレスを探し続けていたのだが、そのイメージにぴったりの物が出てきたのだ。これまでも同様な物を目にしたのだが、どこか傷みがあったり、細工が少なかったり、どれも買付けまでには至らなかったのだ。本来このディーラーは映画などに衣装を貸し出す「大人用」のコスチュームが専門なのだが、たまたまみつけた子供用のドレスはサイズも可愛らしく、びっしり施されたホワイトワークがイメージしていたそのもの。ラッキーな出会いが嬉しい。

 最後に、リングとピアスをジュエラーのマダムから。フランスのみの仕入れの場合、どうしてもジュエリーが少なくなってしまうのは毎度のこと。(フランスの市場に出回っているアンティークジュエリーがイギリスに比べるとぐっと少ないからなのだが。)それでもやっと気に入るジュエリーを見つけてマダムから見せて貰う。リングはマーキース形の台にダイヤをいくつもセットしたもの。古いダイヤには珍しく輝きが美しい。ピアスはターコイズとダイヤの組合わせ。爽やかな雰囲気だ。ジュエリーは他のアイテムよりもさらに時間を掛けてルーペでチェック。あまりにも時間を掛けたので、最後にマダムに「遅くてごめんなさいね。」と謝ると、「全然問題ないわよ。」とにこやかな笑顔。朝のテンションの低さはどこへやら、今日の成果がぎっしり入っているバッグを背に、疲れてはいてもご機嫌でホテルへと帰宅。雨も上がった。


■2月某日 晴れ
 今日は買付け最終日。ほぼ昨日で買付けは終っているので、今日はパリの街中の気になる場所を徘徊する予定。朝から汗だくになりながら1時間掛けて荷物の梱包。でも、丸一日梱包に時間を掛ける割れものを中心に扱うアンティークディーラーに比べれば、ずっと楽だ。(でも、その分、帰国後が大変なのだけど…。)

 スーツケース3個をレセプションに預け、パリの街へ。今日のフライトは夕刻なので、終日フリーなのだ。まず始めに、普段はまったく縁のない1区の華やかな通りへ。途中、ヴァンドーム広場で有名ジュエラーのウィンドウを観察し、煌めく豪華なジュエリーに圧倒されながら広場を一周。次に、以前訪れたことのあるアンティークジュエリーを扱う路面店へ。といっても、ウィンドウにびっしりアンティークジュエリーが並ぶここで高価なジュエリーを仕入れる訳ではない。私が見せて貰うのはソーイングツール。オーナーに「こうこうこういうの出して!」とお願いし、2階の倉庫からわざわざ出して貰う。そんなところでわざわざソーイングツールをリクエストするのは珍しいとみえて、なかなか出てこない。しばらく待って、やっと出てきたソーイングツールの入ったボックス。椅子に座って、沢山入っているソーイングツールをひとつひとつチェック。その中からめうちやニードルケースを選んだ。これが買付けの最後。ジュエラーのショップを出て街へ。

 そしてもう1箇所、河村からの「お客様に頼まれたので行ってくるように!」との指令で向った紅茶専門店NINA'S。ここのヴェルサイユ宮殿の農園で育まれた林檎や薔薇の花を使っている「マリー・アントワネット」と名付けられた紅茶が皆の目的なのだ。普段まったく縁のない華やかなサントノーレ界隈を歩き、NINA'Sに到着。なるほど、ウィンドウも店内もピンクが基調で、皆が夢中になる可愛さ!しかも驚いたことに日本語を話せる店員のマダムが!「ニホンゴハ、トテモムズカシイデス。」と日本語で言うマダムは、通常のフランスマダムとはまったく違って、遠慮がちで優しく、それにも驚かされる。そして、私が買い物をしている間にも、旅行者とおぼしき日本人マダム達が入店してきて華やか。日本にお店が出来るのも、もうじきかもしれない。

ヴァンドーム広場のヴァン・クリーフ&アペールのウィンドウの中の宝石モリモリのネックレスに目が釘付け!このボリューム感がハイジュエリーというものですね。

NINA'Sのウィンドウはピンクでいっぱい!店内もロマンティックな雰囲気でした。次回は自分用にお買い物したいです。

 お使いが済んだ後は、そのままフラフラとデパートのあるオスマン大通へ。高い場所が好きな私はプランタンの屋上でワインを飲みながらひと休み。だが、夕刻まではまだしばらく時間が。最後に立ち寄った先は久々のルーブル美術館。こんな時でもなければルーブルに足を踏み入れることはない。ロンドンのヴィクトリア&アルバートが私のアンティークの先生だとすると、ルーブルは美大の学生だった自分のルーツのような場所。今でもここへ訪れる度、18の頃、初めて訪れた時のことを思い出す。当時、日本画を専攻していた私にとって、フレスコ画は素材的に日本画に近く、ここのボッティチェリのフレスコ壁画はお気に入りのひとつ。ボッティチェリのフレスコ画だけでなく、同時代のラファエロなどのルネサンス絵画にも魅了される。
 久し振りに再会したボッティチェリやラファエロに、「あぁ、やっぱり好き!!」「やっぱりいいなぁ〜!!」とひとりで大盛り上がり。今日はこのフロアだけで早々に退出。それでも十分満足なルーブルだった。

 そうこうしているうちに、あっという間にホテルに戻る時間が迫ってきた。ひとりきりで忙しかった弾丸買付けもこれで終了。ひとりの方がフットワークは良いような、でもやっぱり河村とふたりの方が仕事は楽。次回の買付けは何か起こるのだろうか。

プランタンの屋上からは360°パリの風景が満喫出来ます。「おのぼりさん」的なこの場所もたまに訪れたくなります。


ずっと以前、ルーブルにまだピラミッドが無かった頃、当時の入口から入った私達をこのサモトラケのニケが迎えてくれました。いつ見ても、本当に素晴らしい。


このマットな質感、きめの細かいマチェール、ボッティチェリのフレスコ画に描かれた女性像にたまらなく惹かれます。


ルネサンス絵画の中でもボッティチェリと並んでラファエロが好きです。この聖母子像も王道を行く美しさ!


***今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。***