〜前 編〜

■11月某日 雨
 京都大アンティークフェアから東京へ戻り、自宅で二泊。二泊目は長く留守をする前の様々な雑用に追われ、ほとんど徹夜状態のまま朝5時半に成田空港へ出発。今回は久々に河村とふたりでの買付けだが、河村は京都から送った荷物を東京で受取ってからの出発となるので、私に遅れること一日の出発。そして、今回は帰国便が満席のため私のシートがどうしても確保出来ず、私だけスケジュールを一日延ばし、翌日に帰国の予定。

 一応、河村と同じ前日の便もキャンセル待ちをして出掛け、シートが取れ次第、最終日のホテルをキャンセルして一緒に帰国するという何とも流動的なスケジュールだ。そして、今回特筆すべきは、フランスとイギリスの買付けの合間に、空いた時間を利用してパリからプラハに遊びに行くこと!(以前から東欧に行きたがっていた河村の意見を尊重し、たまたまパリ-プラハ間¥13,000の往復航空券を見つけたことから、暖かい南欧の国をすすめていた私の意見はあえなく却下されたのだった。)久し振りの「海外旅行」にワクワクする私達、買付け中にホリディに行くのは昨年アヴィニヨンに行って以来だ。(とはいっても、アヴィニヨンへは仕事に行ったのだけど…。)

 前日ほとんど寝ていないこともあり、飛行機の中では爆睡!(私も河村も飛行機の中でも眠ることが出来る非デリケートな体質なのだ。)今回は何事も無く、パリに到着し、ホテルに落ち着いてほっとしていた深夜のこと…。

 「そろそろ休みましょう。」とベッドに入った私に、河村からSOSの携帯メッセージが!それは…河村の航空券を私のクレジットカードで購入したのものの、空港カウンターでそのクレジットカードを提示することが出来ず(私が持って先に出掛けてしまったのだから、当たり前だ!)、「飛行機に乗れないかもしれない…。」と、泣きのメッセージ。びっくりした私が河村に緊急国際電話(!)をすると、「とにかくすぐにクレジットカードの表と裏の写メを送って!」と情けない声で頼まれた。すぐに写メを送ったところ、「航空会社の人に待つように言われたから、今待っているところ。」とまたメッセージが帰ってきた。

 しばらくしてから、私のクレジットカードが航空会社のマイレージカードでもあったことから、私のマイレージのグレードが照会され、私がプレミアムメンバーだということが分かり(毎度エコノミーシートだが、回数だけは誰にも負けないほど乗っているので!)、それもあって「特別措置?」で問題無く乗れることになったらしい。ユーロスターや列車のチケットをインターネットで購入し、現地で発券の際にはクレジットカードが必要なことは良く分かっていたのだが、航空券もそうだったとは…。一瞬、河村が飛行機に乗れず、彼が持ってくることになっていたイギリスポンドの一部がこちらに届かず、ひとりぼっちでプラハに行くことが頭に浮かび、ヒヤリとしたのだった。

日本に比べるとやや寒いパリの街。その冷たい空気が頭に心地良い感じです。


10月末にトゥサン(ハロウィン)が終ったばかりですが、いつものステーショナリーショップのウィンドウは、もうクリスマス仕様でした。


■11月某日 晴れ
 買付け第一日目はアポイントメントを入れておいたいつもお世話になっているディーラーへ。今日はその後、大規模なサロンの前夜祭へ。朝から晩まで終日仕事の一日。

 毎度私のワガママを聞き、色々集めておいてくれる彼女。今回も事前にあれこれお願いしてあるが果たして何が出てくるのか…?わくわくしながらバスに乗って出掛ける。
 到着すると、ディーラーと挨拶を交わす間もなく、「まずはこれを見ていただきましょう!」とでも言うように、まずはレースの入った大袋が出てきた。ポワン・ド・ガーズやブリュッセル、メヘレンなどの19世紀のレースに混じって18世紀のレースも。ハンドのレースをひとつひとつひろげながら状態をチェックする。「そういえば、こんなの在庫で持っていたかも?」と思いつつ、「でも、昨今ハンドのレースはなかなか無いし…。」と、頭を悩ませつつ作業を進めていく。同様にホワイトワークのボーダーも。何気ないひとひらのアイテムに、恐ろしいほどの手作業が詰まっているのがホワイトワーク。どんな一片にも気が抜けない。日本から持って来たルーペを手にし、一枚一枚チェック。それだけで、あっという間に昼を過ぎてしまう。

 途中、ランチをはさみ、レースのチェックはまだまだ続く。可愛いドイリーをいくつも選び、可愛いお花のクロススティッチ入り、状態の良いノルマンディーレースのテーブルクロスが出てきた。しっかりしていてコンディションが良い。良いものが手に入ると思わずテンションも上がる。

 いつもボックスを探している私のために取って置いてくれたベルベットのジュエリーボックスふたつ。何とも言えないグリーンがかったブルーの素敵な色合い、小振りでしかも鍵付きなのもポイントが高い。もうひとつは小さなサイズでお花のとイニシャル刺繍の入ったもの。こちらもさりげなくて可愛いサイズ。こうした雑貨を集めるのが最近とても難しくなってきているので、買付け初日に少しでも手に入ってほっとする。

 それからお人形用のシルク布も!これまた布の入った大袋から一枚一枚ひろげていく。お人形に使えそうなシルクタフタ、ごく薄いアイボリーのシルク、それからごく細いストライプで色を表現した織り生地も。特に織り生地を見つけるのは、最近至難の業。様々なディーラーに声を掛けておくのだが、なかなか目指すものが見つからず、毎度苦労しているアイテムだ。今回はお人形に使えそうな織り生地以外にも、様々な色違いの織り生地サンプルが出てきた。素材としては中々面白いアイテムだ。それから、お人形つながりでコットンチュールも。重ねてドレスを作ると雰囲気が出そうなチュール。大きなサイズなので、元々は花嫁の頭を飾るヴェールだったのかもしれない。

 品物を選んでいるうちにあっという間に夕刻へ。実は、今日はまだまだこの後も仕事が終らないのだ。この後、明日から始まる大規模なサロンの搬入時間なので、そこに紛れ込み、サロンが開始する前に買付けを始めるのだ。選んだ荷物はまた明日取りに来ることにして、サロンの場所へとバスで移動。

 薄暗くなってきた道をサロンの場所へと向う。搬入時間なので、当然出店ディーラーは搬入中。うんざり顔で荷物を運んだり、並べている最中のマダムやムッシュウのブースにお邪魔し、まだ整っていない中をキョロキョロ覗き込みながら進む。 今回、私のためにポワン・ド・ガーズのファンを取って置いてくれたディーラーにここで会うことになっているのだが、やっとの事で見つけた彼のブースは荷物で溢れていて、挨拶の後「ファンは?」と尋ねる私に、「こんなだからまた明日来て!」とおあずけに。

 以前、ノルマンディーのフェアで会っていたディーラー夫妻は、既にブース内のディスプレイ済み。私のことを覚えていてくれて、ブースを見回す私に優しい視線を送っている。いつもはここでパニエなどの雑貨を選ぶことが多いのだが、今回は初聖体の衣装に付けるポシェットとリボン飾りをいくつか。特にポシェットはシルクやレースなど様々な素材や細工があって、ついつい欲しくなってしまうアイテムだ。

 まだほとんど物が並んでいないブースの中に何やら可愛い物を発見!それは少女像が石版印刷でプリントされたチョコレートボックス。周りにはデリケートなシルクの飾りも付いている。遠目に見て発見し、すぐさま近寄って手に取ってみる。準備で大わらわのマダムは、やはり以前別なフェアでお世話になったことがある。比較的状態の良い雑貨を扱っているマダム、まだまだ私が興味の惹く物は沢山あるはずなのだが、いかんせんまだ荷物はほとんど出ていない。後は明日までのおあずけ。とりあえずチョコレートボックスだけをいただき、次の場所へ。このボックス、きっとお好きなお客様がいるに違いない!

 ここ最近、食器を買付けることはほとんどないのだが、綺麗なグラヴィールのグラスは別。(ただし、最近綺麗なグラヴィールのグラスは皆無なのだが。)既にディスプレイの終ったガラスケースの中に、すずらん模様のタンブラーを発見!早速ムッシュウに出して貰うと、薄いガラス生地に繊細で可愛いすずらん模様のグラヴィール。在庫で持っているすずらん模様のグラスと並べてもきっと可愛いに違いない。こちらもいただく事に!

 すっかり日が暮れ、付近はもう夜の雰囲気、そんな中でもブースの奥のガラスケースに何やらレースらしき物が目に入ってしまうのは習性?手前で作業している若いムッシュウに断りを入れて、奥までズケズケ押し入り、ガラスケースの中をガン見。思った通り、ハンドの上等なレースが他の布物の下敷きになりながらもあるではないか!早速ムッシュウに出して貰うと、それはホワイトワークのハンカチ。少し思っていた物とは違ったので、ムッシュウに「他にもないのか!?レースのハンカチは!?」と凄むと(笑)テーブルの下からボックスに入ったレースが出てきた。慣れたもので、ムッシュウの許しさえ受ければ、後は勝手にボックス内のレースを一点一点チェックするのみ。向こうも、私がディーラーだということが分かるので、「勝手に見てね!」とでも言うように、ほっておいてくれる。結局そのボックスの中から出てきたのは、19世紀のアランソンの襟。19世紀のアランソンでも、このように「製品」となっている物は中々無いので、嬉しい出物だ。襟と一緒に、お人形の材料になりそうなシルクベルベットのリボンもチョイス。だんだんとブースを閉めて皆が帰り出すこの時刻、私もこれを最後に今日のお仕事終了。長い一日だった。

 ぐったり疲れてホテルに戻ると、もう午後8時近く。昨日、自分が到着した時刻を思い出し、「河村もそろそろのはず。」と窓から下を見下ろした瞬間、ゴロゴロとスーツケースを引きづりながら河村が無事到着!
 その後は、たった一日しか離れていなかったはずなのに、河村とその間の出来事を延々とおしゃべり。兎にも角にも、河村が無事にパリに着いて良かった。


パリの花屋さんその1。仕事帰の途中に立ち寄った薔薇の専門店は、ウンベルト・エーコの小説からとったのか、お店の名前が「薔薇の名前」の意。今日も一日美しい物探しに明け暮れました。


パリの花屋さんその2。ここは滞在しているホテルのすぐ側、アーティスティックな個人経営の花屋さん。多分に生け花の要素も。鮮やかなグリーンのあじさいに紅い実ものが良く映えます。

■11月某日 晴れ
 昨日の夕刻、搬入中に訪れたサロンに、今日は河村と一緒に出かける。このサロンはパリでは一、二を争う大規模なもの。たとえ買付けることが出来なくても、美術館で見るような上質なアイテムが実際に間近で、その気になれば触ることだって、無論購入することだって出来る、ある意味夢のようなところ。昨日はまだ開いていないブースが多かったので、今日はまた新しいものとの出会いがあるかと思うと、思わず歩調も早くなる。

 今日、最初に訪れたのは、昨日はまだ準備中で見ることの出来なかったファンを持っているディーラー。今日は一番に訪れ、すっきりしたブースの中を見て回る。気付くと、目的のファン以外にも、もうひとつあるではないか!?「こちらも見せて。」とお願いし、出して貰うと…何だかおかしい。「う〜ん?」と、しばし見入ると、レースの骨の部分とレースの部分が何となく合っていないのだ。よくよく観察すると、骨の部分の長さに対して、レースが少し短い。「あっ!」と気付くと、それは別な骨に別なレースを付けて、ひとつにしたものだった。一瞬、「これも素敵!」と思ったものの、大慌てで、「こちらは結構です。」とガラスケースの中に戻して貰う。たまにこんなコンディションのものもあるから要注意なのだ。そういえば以前、大きなサイズの骨に小さなレースを付け、余った骨はポキポキ折った(!)というとんでもないコンディションのファンも見たことがある。アンティークの世界には魑魅魍魎が住んでいるのだ。

 結局、目的のファンを出して貰うと、こちらは大変良好なコンディション。もちろんポワン・ド・ガーズの細工も繊細、べっ甲の骨の部分も上質、ゴールドのモノグラム付き、しかもシルク製のオリジナルボックス付き。朝からいきなり高価なアイテムだが、これを逃すと、すぐさま売れてしまうことだろう。河村と「これは仕入れるしかないよね!」とばかりに、早速いただいた。

 顔馴染みのジュエラーのブースで薔薇のペンダントトップを見つける。ホロー構造のこのタイプのペンダントトップは、サイズ違いのものを以前も扱ったことがある。「どうしようかな?見るだけでも見せて貰おうかな?」と軽い気持ちで見せて貰うと、なんとそれはペンダントトップではなくロケット!裏側にふたがあって、実際に開けることも出来る。そんな遊び心のあるジュエリーに、ルーペでチェックすると、思わず「これいただきます。」と言っている私がいた。

 そして、次に私達の前に出てきたのは、イニシャルを組合わせたモノグラムのペンダント。そのペンダントは、戸外に並ぶブースではなく、高級品を扱う室内のブースのジュエラーから。フランスらしい筆記体のイニシャルを組合わせたモノグラムが透かし細工になっているこのペンダント。ゴールドの質感も美しく、透かし細工の上からも手彫り彫刻がされている。とにかく美しいのだが、難点は"M"の文字以外、モノグラムが解明出来ないこと!アンティークのモノグラムは難しいものが多く、レースに入っているモノグラムでも、頭を悩ませることがしばしば。売っているディーラーに尋ねても、「M以外は分からない。」とあっけらかんとした返事。心の中で、「あんたたち、アルファベットの人なんだから、努力してこれくらい判別しなさいよ!」と叫び、「でも、この際綺麗だからいいか!」と決断する。(その後、このモノグラムを解明出来るフランス人は誰ひとりとしていなかった。)

 さらに、いつも何かと上質な雑貨を持っているディーラー、いつも彼女のガラスケースの中は興味深い物でいっぱい。だが、「前回も気になるものがあったけれど、結局買付けるに至らなかったんだよな。」と、思い出しながらケースの中をチェック。「今回もダメか〜?」と諦め気味で、何気にジュエリーが入っているケースを眺めると…まさかの美しいダイヤクロス。ジュエリー専門ではない彼女からこんな綺麗な物が出るとは!間近で見せて貰うと、びっしり繊細なミルグレインを施した透かし細工の台座にダイヤがいくつもセットされている。思わず、肉眼で手のひらに置いたクロスを眺めながら「あぁ、綺麗…。」と呟いてしまう。しかも専門のジュエラーではないマダムなので、お値段もリーズナブル。私も、マダムも、「1930年頃よね!」と年代の見解も一致。本当に綺麗で嬉しい出物だ。

 シルバー製のシンブルやニードルケースも、それぞれこのサロンから出てきた。シンブルは細やかなガーランド模様。(このガーランド模様がなかなか無いのだ!)シンブルも薔薇の細工。別々なディーラーから出た物だが、フランスらしいソーイングツールに心が浮き立つ。

 広い会場の中を三周か四周はしただろうか。昨日も二周ほどしているので、この時点で既に五周か六周。「これだけ見ればもういいでしょ!」と、ぐったりした私達は会場を後にした。その後は、たまに立ち寄るパリ市内のディーラーを回る。

 まず一軒目は昔からたまに足を運ぶ街のアンティークショップ。が、たまに足を運んではいるものの、もう10年以上そのディーラーから何も買ったことが無い。でも立ち寄ってしまうのは、性かも…。という訳で今日もハズレ。
 そそくさと出てきたその後は、同じくたまに立ち寄るジュエラーの所へ。そのガラスケースの中に素敵なアール・ヌーボーのネックレスを見つけ、顔馴染みのマダムに見せて貰うが、まったくお値段が合わない。「どう考えても高過ぎる…。」電卓を叩きながらに首を振る私。(普段はいちいち電卓で日本円に換算しないのだけど、高価な物を仕入れる時には一応計算してみたりもする。)ここも今日はハズレ。素敵なネックレスだっただけに残念。縁が無かったと言うことか。

 そして、さらにもう一軒へ。今日は散々会場を歩いて回り、さらにその後も点々と歩いて回る。長時間延々歩き続け、あるのは気力のみ。「とにかく何かを見つけなければ!」という義務感だけで歩き続ける。どうも買付けに来ると「アドレナリン全開!」になってしまうらしい。

 さほど期待せずに立ち寄ったディーラーは、ごくたまに欲しい物がある。今回もガラスケースの中のジュエリーには気になる物が無かったものの、隅にオルモルの「何か」を発見!その「何か」が気になり、入ってマダムに見せて貰うと…それはオルモル製のルーペ。オルモル製品は今まで数々扱ってきたが、ルーペを目にするのは初めてだ。立体的な薔薇の細工も美しい。良かった!近くはない道のりをここまで歩いてきて良かった。

 途中向ったのはマレにあるユニクロ!実は、河村が手袋を忘れてきたというので、急遽立ち寄ることに。オペラにユニクロの旗艦店があることは知っていたが、お洒落なショップが並ぶマレに出来ていたとは…。今回の買付けでは、途中、パリよりも寒いプラハに旅行することになっているため、手袋は絶対必要!(私なんて、指有りと指無し、フリース素材、革製など幾つもの手袋を持って来ているというのに。)「なんで持ってこなかったの!」と怒ってみても後の祭り。こんな時にユニクロはとっても便利。ほどほどの品質な物がリーズナブルな金額で買える。(ヨーロッパにリーズナブルな物はあっても、品質は…という感じなのだ。)しかも、フランス人の間でもユニクロは大人気!広いお店の中はフランス人のマダムで溢れていて、ソフトバンクのロボット、ペッパーまで居て、マダム達を相手にフランス語(!)で話している。「う〜ん、日本企業って凄いわ。」とちょっぴり満足気に出てくる。

 さらにその後、昨日から預けっぱなしにしている荷物を受取りにマダムの所へ。今日一日買付けてきた荷物と昨日一日掛けて選んだ大荷物を河村が背負い、ようやく今日の長い一日が終った。


フレグランスキャンドルのお店のウィンドウ。このカラフルなパッケージは、このクリスマスシーズンのための限定品のようです。


パリのウィンドウで見たミニチュアの小さなランジェリー屋さん。“DESHABILLE”の名前も妖艶。そうでした、日本とはランジェリーの概念も違ったのでした。


■11月某日 雨
 今日はアポイントメントを入れてあるディーラーが何軒か。早朝からバスに乗って出掛ける。フランスに着いてから今日までは比較的暖かだったが、今日は装用ということと、郊外の寒い場所ということもあり、足元からしっかり厚着をし、指有りと指無しのふたつの手袋を持って出掛ける。(買付け時にいつも持ち歩いている大きなバッグの中には、小腹が空いた時に食べるあられの小袋も忘れずに入れた。)

 まず、今日最初に見つけたのはシルバーのシガレットケース。こんな繊細で密度の高い細工のシルバー小物は久し振りだ。「シガレット入れ」ということで一瞬躊躇したものの、薔薇のガーランドの細工には抗うことが出来ない。「薔薇のガーランド」、それは私の大好物!「やっぱり美しい…。」と何度も眺めてしまう。それをバッグにしまい、ウキウキした気持ちで約束をしていたマダムの元へ。

 久し振りに会う彼女とまずはハグとビズー。挨拶を終えると、すぐに私用のボックスが出てきた。自分の荷物は河村に渡し、早速ボックスの中をガサガサ掘り始める。今回、買付け前に特に彼女にお願いしておいたのは、お人形の衣装用のシルク生地。ここ最近、本当に見つけるのが困難になっているシルクの織り生地、お人形を作られる方には必須の材料だ。まず最初にそんなシルクの織り生地が出てきた。他にも美しい紫のシルクタフタも!他にもほぐし織のリボンも。こちらもお人形の材料にもなり、何より美しいので私が大好きなアイテムだ。

 箱の中を掘り下げることしばらく、ちょうど欲しいと思っていたギフト用チョコレートのシルク製ポシェットが。貴族柄で、シルク製のアイボリーにもかかわらず非常にコンディションも良い。「おお!これこれ!」と取り分ける。卵形のパニエもこの中から出てきた。薄紙に包まれたそれはとても状態の良いバスケット、卵形の物はなかなか無く、しかもチャーミング。これもまた取り分け。可愛いロココもここから出てきた。ロココ、その魅惑的な響き!(笑)ロココも大好きなのだ!
 毎度のことだが、彼女にたっぷりお礼を言い、最後にまたハグをしてお別れ。何人も居るこうしたディーラーのお陰で自分の仕事が成り立っていることをひしひしと感じる。

 今日のアポイントの二人目。彼女も布物やレースを扱うディーラー。ここでも、マダムの許しを得て、あれをひっくり返したり、これをひっくり返したり…。元々、ここのマダムは、自分が許可した客しかブースに入れない仕組みになっていて、それ以外は排除するという凄まじい営業。そんな営業方法なのだが、私の「こういうのが欲しい。」とか「ああいうのが欲しい。」というリクエストには素直に応じて、沢山ある在庫の中から探してくれる。

 今日出てきたのは大きなバラのパーツが両面に付いたミラー付きのポーチ。バラのパーツには当時のペップまで付いていて、縁はメタル製のブレードがあしらわれている。「そうそう、こういうの!こういうの!」こういうお花のパーツは稀少。古いシルク製だが状態は良い。今日はこちらを。

 次のアポイントメント三人目は、またもや布物やレースを扱うマダム。いつも沢山の商品を持っているのだが、魅力がいまひとつだったり、状態が良くなかったり、どうも決め手に欠ける。が、今日出てきたのは薔薇の刺繍のシルクのハンカチケース。アイボリーのシルクの状態も良いし、薔薇の刺繍も魅力的。「あぁ、良かった!今日は仕入れる物があった!」と見つかったことに安堵。(感情が即顔に出るマデムを相手で、アポイントメントを入れてお約束した以上、欲しい物が見つからないと非常に困った事態に陥るので。)他にもリボンやレースを仕入れ、やれやれ。

 最後に、「ええ!?」と驚きの再会が。ずっと以前、袋から素晴らしいレースを出しているところに遭遇に、ほぼ買い占めしたことのあるマダム。あれ以来ずっと姿を見たことがなく、「あれは幻だったのか?」と思っていたところ、久々の再会。今回はお人形向きの広巾リボン数点と19世紀のアランソンの襟、探していたタティングレースをチョイス。そして、ガラスケースの中にはパレ・ロワイヤルの糸巻きも発見!複雑な形のマザーオブパール製はやはりパレ・ロワイヤルならではの物。どれも嬉しい出物だ!

 ここで一旦小休止。いつものブーランジェリーでバゲットサンドを食べ、ホテルへ荷物を置きに帰る。午後の部はまた違う場所で買付けだ。

 ホテルに戻った後、メトロに乗って出掛けた先はいつも立ち寄るジュエラーのマダムの所。河村とふたり、何か仕入れられる物が無いかと目を皿のようにしてガラスケースの中を眺める。と、その時、昨日見たアール・ヌーボーネックレスと同じようなネックレスが。「これもまた素敵!」とマダムに出して貰ったのだが…昨日と同じくまったくお値段が合わない。やっぱり私達には仕入れられないのか?

 失意のままいつもお世話になっているテキスタイルのマダムの元へ。いつも物静かで、私達には愛想の良いマダム。今日もにっこり微笑まれ、少し心が和む。「小さな柄のね?」と私のリクエストが良く分かっているマダムは、あちらこちらをひっくり返してシルク生地を探してくれる。今回出てきたのはイエローの織り生地とブルーのタフタ。生地の仕入れが難しくなっている昨今、どちらも良好なコンディションで迷うことなくいただく。

 私達がいつも探している物のひとつにオルモル製品がある。サロンでは見つけられなかったオルモル製品が、やっと出てきた!ひとつは可愛い少女像が描かれたポーセリン付きの小さなボックス。(この手のボックスはイマイチな貴婦人が描かれた物が多いのだが、これは可憐な少女像!)内側もシルクベルベット張りで状態も良い。そしてもうひとつは、度々オルモル製品を譲って貰っているマダムの所から出てきたロココスタイルのフレーム。愛らしいピンクのベルベットを張ったゴージャスなフレームだ。ただし、素敵な物のお値段はけっして素敵ではない。フレームを横に電卓を叩き、ため息を吐き、唸る私に、根負けしたマダムが「しょうがないわねぇ。」という顔でお値引きしてくれた。

 この後も、河村が「怖いマダム」と呼ぶ美人マダムの元へ出向き(仕入れる物が無いと途端に不機嫌になる彼女、でも私はあまり何とも感じない。)シルクやレースを物色するも、欲しい物が無く、怯える河村を連れて、「じゃ、また次回ね。」とおいとまし、手芸物を扱うマダムの元へ。ここで私の大好きなほぐし織のリボン見本やカットスティールのボタンを仕入れ。散々歩いた後、ふと気付くともう夕暮れ。手元のiPhoneの万歩計は約2万歩。フランス最後の仕入れは、盛り沢山で終った。

ご近所のローブ・ド・マリエのブティックは何ともスタイリッシュ!フランスの花嫁はこんなドレスで結婚式を挙げるのですね。


***買付け日記は後編へと続きます。***