〜後 編〜

■6月某日 曇り
 今日はロンドン市内で買付け。何かフェアがある訳では無く、まず午前中はロンドンの御徒町ともいえる貴金属の問屋街で修理用の素材を買付け、午後には市内にあるアンティークモールをはしごする予定。同じホテルに滞在していた裏庭の恵子さんは今日の午後パリに戻ることになっているのだが、午前は一緒に「ロンドンの御徒町」に行くことに。

 「ロンドンの御徒町」は初めて、という恵子さんとジュエリーのボックス屋さんや素材屋さんを回る。いつも何気なくボックス屋さんでボックスを仕入れている私も、初めての恵子さんと一緒だと何だか新鮮。ここへ来た一番の目的だったシードパールも無事素材屋さんで手に入れ、任務完了!恵子さんとはここでお別れ。「またパリでね!」と別れた。

 さて、次に向かった先は、なんと約十年振りで訪れる街の外れ、アラブ人街の中にあるアンティークモール。生粋のイギリス人よりも移民であるアラブ系の人々の方が断然多いこの辺り、これもまたロンドンの一つの顔なのだ。そんな中にあるアンティークモールだが、20年近く前は3階建てのビルいっぱいにディーラーが入っていて、どの日本人ディーラーも必ず立ち寄る重要な仕入れ場所だったのだが、どんどんディーラーが抜け、いつしか歯抜け状態に。ビルの半分は50'sの家具を売るディーラーに占拠され、どんどん寂れてしまったのだ。そんな私も既にここ10年足を運んでいない。それでも、ちょうどロンドンでの空き時間があったことと、同じ奥野ビルに入居しているディーラーに「たまには行ってみると面白いかもしれませんよ!」と言われたことから今回10年ぶりに訪れてみることに。

 まず、最寄り駅に到着し、モールへ向かう大通りへ出ようとしたところ、黄色と黒のシマシマになった警察の規制線のテープが張ってあり、騒然とした雰囲気!思わず「今度は何が起こった!?」と身構える私。付近に沢山いた警察官のひとりに「何事ですか?」と尋ねると「事故が起こったから、この道は通り抜け出来ません!」との返事。物事がスムーズに運ばないのは、今回の旅のお約束のようなもの。警察官に言われるがまま大回りをしてなんとかモールに到着。

 アンティークモールに足を踏み入れると、とても懐かしい感じ。昔しょっちゅう来ていた時のことが鮮やかに甦る。と同時に、昔、顔馴染みだったディーラーの顔がなく、「みんなどこに行っちゃったのかな。」と心の中で呟く。ジュエリーの多いグランドフロアーをウロウロするが気に入ったものに巡り会えず、「やっぱり何もないかな。」と意気消沈し、上の階に上がると…上の階はさらに閑散としていたのだが、最上階で昔お世話になったレースやテキスタイルを扱う年配のマダムに再会。「マダム、まだ居たんだ!」と少々驚きつつ、十年振りに商品を物色。「やっぱり何もないよね。」と半ば諦めつつ広いブースのあちこちを回っていると…。

 何やら大きな、でも繊細な刺繍を施した物を発見!大きなビニール袋に入ったそれをマダムに言って出して貰う。すると…思いがけない素晴らしいネグリジェケース!薄いシルクに刺繍し、回りに薄いシルクシフォンのフリルが付いている。デリケートな素材を使っているにもかかわらず信じられない程状態が良く、なぜこんな所にあったのかは謎!マダムに「これ、私欲しいからキープしておいて!」と頼み、他にも探索へ。そういえば思い出した!昔、ここで思いがけなく素敵なレースと出会ったことを。そうそう、ここは侮れない場所なのだ。辛抱強く物色を続けると、沢山の中から今度は古い織柄のシルク生地を発見!お人形にぴったりのシルク!状態も良い!昨今織柄のシルク生地は見つけるのが難しいもののひとつ。そちらもマダムの所へ行って、先程と同じく「キープね!」と渡す。結局、そこであれこれキセキの出会いがあり、ご機嫌で仕事を終えることが出来た。

 ここへ来たついでにルーフトップにあるキャフェで遅めのランチ。実は、この場所は私が初めて買付けに来た折、当時ロンドン在住だった友人に一番初めに連れてこられた場所。イギリスの無味乾燥なランチを食べながら、そんなことを思い出す。彼女はそれからほどなくして帰国し、その後結婚。何とめでたくも「三つ子の母」となり、あんなに仲が良かったのに、すっかりお互いの環境が変わって、ご無沙汰になってしまった。男の子ばかりだった三つ子達も、確か高校生になったはず。あれから20年以上の月日が流れても、当時と雰囲気が変わらないキャフェで、ひとりしんみりしてしまった。
 ランチを終えると、アラブ人街を抜け、バスで街の中心へ。そちらは高級品ばかりを扱うアンティークモール。果たして何か買える物はあるのか?

街に出ると目抜き通りはこの通りユニオンジャックがいっぱい!何事かと思ったら、エリザベス女王の御年90歳のお誕生日をお祝いするフラッグでした。90歳で現役、本当に素晴らしいです!


オックスフォード・ストリートのデパートのウィンドウもこの通り!お花で作ったユニオンジャックがラヴリーです。

 舞台を都心のアンティークモールに移し、買付けは続く。高級なジュエリーが溢れているここだが、私にとってはどれも想定外のお値段で手出しが出来ない。顔見知りのディーラーと挨拶がてらおしゃべりをし、明日別の場所でアポイントを入れてあるディーラーにバッタリ会い、明日の約束を確認したり…。
 思えばここも、この数年の間に大きく様変わりしてしまった。高価なジュエリーを扱うディーラーは変わりないのだが、お人形を扱っているディーラーやコスチュームを扱っているディーラーはどんどん衰退していき、スペースが狭くなったり、ディーラー自体が消えてしまったり、モールの中を歩いているだけで時の流れを感じる。館内を長時間グルグル歩き回るものの、何も仕入れることなく今日の仕事は終了。
 夕方まではまだ時間がある。ということで、いつも立ち寄るオックスフォードサーカスのリバティーに寄り、キャフェで一服することに。

 リバティーは私のお気に入りの百貨店。まずここの木造の建物が好きなのだ。この辺りでひと休みする時には、迷いなくここのキャフェへ向かう。週末のキャフェは込んでいて、テーブルはいっぱい。メニューを渡されて、「マダム、こちらでお待ちを。」とウエイティングシートへ案内された。少し待って、小さなテーブルに案内される。相変わらずメニューを眺めながら「どうしようかなぁ。」とふと隣を見ると、学生らしき日本人の若い男の子ふたりがティータイムの最中。思わず、「そのプレートはこれかしら?」と尋ねると「ハイ!そうです。」と爽やかな笑顔。(聞いておきながら結局スパークリングワインを頼んだのだが…。)聞くと、ふたりはドイツの地方都市に留学している留学生で、「政治学」を勉強しているという。きっとお育ちが良いのだろう、二人ともとても礼儀正しい。片方の男の子は子供の頃から親の海外赴任で海外生活が長いらしく、ウィーンに6年間住んでいたという。ひとしきりウィーンの話で盛り上がり、「将来は日本とヨーロッパを行き来する仕事に就きたい。」と言う。「こちらにお住まいですか?」と聞かれて、日本とヨーロッパを年に何度か往復する仕事であることを告げると、彼らの目が輝いた。「そんなたいそうな仕事じゃないんだけどなぁ。」と心の中で呟く。
 その後も若いふたりと楽しくおしゃべりをし、礼儀正しく去って行くふたりに向かって、「しっかり勉強して夢を叶えてね!」とすっかり親戚のおばちゃんの気分になっている自分がいた。

 スパークリングワインを飲み干して、そそくさと帰宅。明日も早朝から仕事、そして仕事が終った後はパリへ戻るため、今日はホテルに戻ると荷物の整理が待っている。

 ホテルで荷物の整理をしているとまたしても事件が!荷物が増えた時のためにいつも大きめのナイロンバッグを持って来るのだが、何を間違ったのか、うちにいくつかあるナイロンバッグの中から、大き過ぎるサイズで、しかも穴の空いたものを持って来てしまったのだ!折りたたんだナイロンバッグを適当にスーツケースに入れたのだが、そのサイズは大きめのスーツケース並みで扱いに難あり、その上穴が空いているので、飛行機に乗る時に預けることも出来ない。今回の買付けは、普段、何の問題も無い事柄がどうにも上手くいかないという呪われた買付け!(笑)「またか!」と思いつつ、気を取り直して荷作り。


リバティーはチューダー様式の木造の建物。ここの木製の階段をギシギシいわせながら登り降りするのがとても好きです。


■6月某日 曇り
 今朝はまとめた荷物をレセプションに預け、朝6時に出勤!今日は早朝から昼過ぎまでロンドンで買付けをし、夕方近くにまたしてもユーロスターに乗ってパリへ移動。まずは誰も居ない早朝の街を少し緊張しながら歩き(誰も居ない早朝は危険な時間帯なので!)、大通りに出てタクシーを拾う。そのままいつも通り、アポイントを入れ先々を回ることになっている。

 まず最初に訪れた先はいつもお世話になっているジュエラーの所。早い時間に訪れたこともあり、誰もまだ目にしていないジュエリーをゲット!「こ、これは!?」と一番で選んだ物は、数年振りで手にしたすずらんのリバースインタリオのロッククリスタル。繊細で小さなすずらんのお花が厚みのある水晶の中に浮かんでいる。見つけた時には思わずテンションが上がってしまう。そして、もうひとつクラウンをかたどったエナメルペンダント。イギリスらしいモチーフのそれはエドワード7世にまつわるクラウン。小さいがダイヤやルビー、エメラルドを散りばめた贅沢なクラウンだ。さらにもうひとつはクロスとハート、錨の3チャームのペンダント。お馴染みのモチーフなのだが、特筆すべきはその細工の繊細さ。どのチャームも両面に手彫り彫刻、特に錨のモチーフには金線をねじって作られたリアルなロープが巻かれている。ご機嫌でディーラーの親子にお礼を言うと、老マダムがすずらんのリバースインタリオに向かって、小さく「バイバイ。」と別れを告げていた。

 次に向かったのは、フランス物を扱うマダム。たびたびフランスのフェアで出会う彼女は、フランスにも家を持ち、イギリスとフランスを往復して暮らしているのだ。次々とジュエリーをすすめられたのだが、今日はピンとくる物が無い。が、ふと見上げたそこにリボン刺繍のフレームを発見!小振りなサイズ、美しい細工、フランスらしいアイテムの出会いが嬉しい。

 ソーイングツールを扱うマダムもお馴染みのひとり。久し振りの再会に挨拶を交わし、「最近どう?」と近況を尋ねる。マダムもおすすめの物をあれこれ出してくれるのだが、欲しい物が決まっている私はどれもいまひとつの反応。でも、今日は欲しかったパレロワイヤルのタティングシャトルを手に入れることが出来満足。「また連絡するわ!」とマダムに告げて退散。

 ジュエリーと雑貨を扱う彼は、何かと力になってくれるひとり。買付け前にはメールで連絡をし、一昨日、田舎のフェアで出会った時にも、「何か良い物があったら取って置いてね!」と念押しを忘れない。
 まずは私のために取って置いてくれた洗礼式用のシルク製チョコレートボックスが出てきた。真っ白なシルク製にもかかわらずとても状態が良く、個性的なフォルムも洒落ている。全体をチェックし、「素敵!素敵!」とすぐにいただくことに。さらに今日は、ケースの中にローズカットダイヤのピアスを見つけた。一粒石のダイヤピアスとしては大きめ、このタイプをずっと探していた私はにとって嬉しい出物だ。しかも通常は大変高価なこのタイプのダイヤピアス、これはオランダ製だからか比較的手に入れやすいお値段。なかなか巡り会えなかっただけに嬉しい!

 そして、今日のクライマックスの一つ、レースディーラーの元へ。毎度連絡を入れて訪れるものの、来てみないと何があるかは分からないので、ドキドキしながら向かうのはいつものこと。今日も親切なマダムは、私がケースの中のレースを自由に見るのを笑顔で見ている。ケースの中に沢山入っているレースだが、私が欲しいと思うものはごくごく僅か。沢山のレースをひろげたり畳んだりしながらチェックしていく。最終的に選んだのは18世紀のメヘレンのボーダーではなく襟。(細長い形状のため、最初は襟だと気付かなかった。)両端が始末されている完成品だ。18世紀のレースらしく糸が細く繊細、軽やかな質感が特徴だ。「それでは!」とメヘレンだけを受取り去ろうとしたところ…「ハンカチは見なくていいの?」とマダム。薔薇模様のポワン・ド・ローズのハンカチが出てきた。薔薇づくし、しかもデッドストックと思われる状態の良さ!お値段は…高い。でも、「これを仕入れずしてどうする?」というアイテム。どちらも手放せない。最後はにこやかなマダムにこのふたつをいただいて去ることに。

 続けてもう一軒レースディーラーへ。こちらも長らくお世話になっているディーラー。買付けの度、毎度自分勝手なリクエストのメールを送りつけては困らせていたのだが…ずっとずっとリクエストしていた非常にレアで素晴らしいレースが「あなたのために取っておいたのよ。」という言葉と共に出てきた!あまりの細工の素晴らしさ、繊細さに目を見張るばかり。あまりの嬉しさに思わず目が潤んでしまい、「本当に本当にありがとう!」何度もお礼を言ってあとにした。どんなに疲れていても、良い物との出会いはアンティークディーラー冥利に尽きる。

 これでイギリスの仕入れは終了。沢山の荷物と共にタクシーでホテルに戻り、ホテルに預けてあった荷物をピックアップし、次にユーロスターの発着するセント・パンクラス駅までタクシーで。実際に列車に乗る時間よりもかなり前にセント・パンクラス駅に着いた後は、小さめのスーツケースと巨大な(穴あきの)ナイロンバッグと共に段ボールを探してさまようことに。イギリスで思いがけず荷物が増えた後、帰国する時の飛行機にすべての荷物が乗せられるのか不安になり、イギリスで段ボールを買っておこうと思ったのだ。

 スーツケースをガラガラ引っ張り、自分が入れそうなほど大きな(穴あきの)ナイロンバッグを背負い、駅の構内や駅の周囲を歩き回る。駅の側に見つけた小さな郵便局で段ボールを見つけたものの、どう考えてもサイズが小さい。段ボールを手に取り、ひっくり返したり、ひろげてみたり、悩みに悩み、買わずに外へ。
 次に郵便局の側にあったDHLへ。イエローのコーポレートカラーで知られているDHLはドイツ系の宅配便会社。そのオフィスのウィンドウに様々なサイズの段ボールが飾ってあるではないか!?荷物と共にガラガラとオフィスに入っていき、「段ボールを売って下さい!」と頼むも、「段ボールは売れません。発送される方のみです。」とつれない返事。「そうだよな〜。」と呟きつつ再び郵便局へ。仕方なく迷いに迷った末、小さな段ボールを2個買い、巨大バッグに入れて運ぶ。荷物を持ってさまよった私は、その時点でもうヘロヘロだった。

 最後に駅の両替所で残ったポンドを両替。滞りなくポンドを両替し、改札を抜けようとしていたところ…改札の側に居たセキュリティーの男性が私に向かって走ってきた!「何事!?」と驚く私。どうやら両替所のオフィスの中にいた人が私を呼んでいて、それをセキュリティーの男性に頼んだらしい。「またもや事件か!?」と両替所に戻ると、さっき両替してくれた男性が笑顔で「20ポンド忘れているよ〜。」と20ポンド札を渡してくれた。こんな不注意はいつもだったら考えられないこと。これも今回の呪われた買付けの事件(不祥事?)のひとつかも。

 ユーロスターの発車が遅れるのはいつものこと。しかも私がわざわざインターネットで予約した車両はフランスの小学生の修学旅行生が満載!!数十人ものフランスの小学生が乗っている車両は、疲れ切った身体には泣きたくなるほどうるさい。そんな時、ユーロスターの職員が列車に乗ってきて、小学生に囲まれた私達大人数人を「こちらの車両にどうぞ!」と隣の車両に誘導してくれた。やれやれ!

 お約束の遅延でパリに着いた後はパリ北駅からタクシーに乗ってホテルへ。その途中、洪水で溢れそうなセーヌ川に遭遇、タクシーのドライバーに「マダム、ほら見てごらん!」と言われ、あまりの水位に思わず「ひょえ〜!?」と声が出てしまう。
 最後に、到着したホテルのレセプションで「エールフランスのストは中止になったのよね?」と確認すると、レセプションのムッシュウは「う〜ん、分からないよ。ここはフランスだからね。」とこちらを不安にさせるセリフ。あぁ、やっぱりここはフランスだったのだ!

1910年の洪水以来の大雨に見舞われたセーヌ川。向こうに見えるのは映画「パリの恋人」の舞台になったポン・ヌフ。まるで溺れそうな感じです。

■6月某日 曇り
 今朝は早朝からバスで出勤!出掛ける前にパリ交通局のサイトでストライキ情報を確認するのも、今回の買付けならでは。大丈夫、今日はスト回避で平常通り。いつも通りバスに乗って出掛ける。

 アポイントを入れていたマダムとは今日もビズーで挨拶。彼女が奥に用意してくれた箱を開けると私のために取り置いてくれたものがギッシリ!それをひとつひとつチェックして選り分けていく。可愛い子供柄のソープボックスやフラワーバスケット柄のリボン刺繍のボックス、それから魅力的なコットン生地が沢山!特に今回はどの生地も柄が良く、しかも状態も良い。ロココも可愛い猫をかたどったボタンも出てきた。彼女のように私の好みを良く分かっていると本当にありがたい。お別れもまたビズーで。様々なことが起こる昨今のフランス、「くれぐれも気を付けてね!」とお別れ。

 もう一軒のアポイント先も同じくテキスタイル系を扱うディーラー。こちらにも事前にお知らせをし、私が訪れることを伝えてある。彼女からは「日本のパン粉が欲しい。」とリクエストされていたので、日本のスーパーで買ってきたごく普通のパン粉をお土産に。(フランスにパン粉が売っていないことを初めて知って、「フランスにはこんな物も売っていないのか!?」と、ちょっとびっくり!)ここではリボンやブレードなど細々した素材系を買付け。奥の方から美しいブルーのシルクシフォンを見つけ、「3mお願いします。」とオーダーすると、マダムは自分の両手をひろげた巾三つ分を計り(メジャーというものはここには存在しない!)、最後に布をギュッと片手で掴むと、そのままジョキッとはさみで切断!!それを見ていた私は、あまりの切り方に仰天したのだが、マダムの手前平静を装う。う〜ん、この大胆さ、やっぱりフランスならではかも?

 今日の午前は他にもシャンティレースのサンプルなどをゲット!午前の部が終ると、いつものブーランジェリーで美味しいチキンのバゲットサンドを食べ、そそくさとバスに乗って一旦ホテルに帰宅。仕入れてきた荷物を部屋に入れると、すぐに次の仕入れ先へ。

 午後はジュエリーや雑貨を仕入れるため、別の場所へ。いつもお世話になっているジュエラーのマダムがお休みで、少し気落ちしていると…。今まで付き合いのなかったジュエラーのウィンドウにキラリと光るものを見つける!そこは割と最近仕事を始めたジュエラーで、いつも気になってはいたのだが、表から覗くのみで、実際にジュエリーを見せて貰ったことがなかったのだ。

 大振りのものが多いフランスのジュエリーだが、それは比較的小さなサイズ。普通だったら見落としてしまいそうな大きさだったのだが、あまりに緻密で密度の高い細工のため、私の眼はそれを素通りすることが出来なかったのだ。すぐに年配のマダムに言ってそのジュエリーを見せて貰い、すすめられるまま椅子に座ってルーペで観察。リボンをかたどった繊細なMのモノグラムを中心に草花の細工がからまった美しいブローチだ。何よりも沢山のダイヤがセット!(今まで扱った沢山のダイヤがセットされたブローチが約50石ぐらいだったので、それぐらいかと思っていたら、帰国後苦労して数えてみたら100石以上あった!)ルーペでじっくりじっくりチェックし、マダムに色々尋ね、私にとっては高価なジュエリーだったが最終的に腹をくくった。

 もうひとつのゴールドのブローチは、いつもお世話になっているマダムとムッシュウから。フランスらしい地金を多く使ったブローチにはお花をかたどったローズカットダイヤが埋め込まれ、手彫り彫刻が施されている。そして、周りにぐるりと繊細な透かし細工。「あ〜、こういうのってフランスらしくていいよね〜。」とひとりで呟く私を、マダムとムッシュウはまるで身内のように優しく微笑みながら眺めている。今回、彼らからはこのブローチを。

 さらにいつもその審美眼に絶大な信頼を置いている女性ディーラーの所で、パールとダイヤのピアスを見つけた。日本人には馴染み深い真円のパールに小さなダイヤがアクセント。おまけに豪華な革張りのオリジナルボックス入り。清楚な雰囲気が日本人のお客様にぴったりな気がしてこちらもゲット。

 仲良しのテキスタイルディーラーは、私が来ると毎度困った笑顔。というのも、私が欲しいお人形用の小さな柄のシルク織物は、彼女にとっても見つけるのが難しいアイテムだからだ。いつものように半笑いの笑顔で挨拶をし、「無地でもいいかしら?」と言いながら、どこからか大きなビニール袋を持って来て、その中から無地のシルクをひとつひとつひろげて出してくれた。これが結構出物が入っていて、ブルー、クリーム、グリーン、ピンク、様々な色合いのドレス生地が出てくる。特にピンクはとても愛らしい色合いで、ドレスのジュップ(スカート部分)がそのままの状態で出てきた。それをひろげながら「あぁ、本当にこんなドレス着ていたんだな〜。」と、とても感慨深い。衣擦れの音を楽しみつつ、状態が良い生地ばかりを選んだ。

 いつも立ち寄るオルモルを専門で扱う女性ディーラー。くっきりアイラインがトレードマークの初老のマダムは寒がりなのか常にひざ掛けが手離せない。でも、私の顔を見るやいなや、今日もにっこり迎えてくれる。オルモルばかり、彼女の沢山ある商品の中から「一番良いものを!」と毎度じっくり選ぶ私。ケースの中からいくつも出して貰い、見比べ、その中で一番良い物を仕入れるのだ。が、今日はラッキーなことに「これ以上の物はないでしょ!」というアイテムが。それはオルモルのスタンドと、ふんだんにエンジェルが飛ぶオルモルのフレームに分厚いクリスタルガラスをセットしたケース。大きさ的にはジュエリーボックスのようだが、クリスタルガラスが分厚く、物を入れる部分は僅か。ふたを開けると三つの仕切り…「切手だ!」と私。それは切手を入れるためだけの贅沢なケース。19世紀当時、切手がどれほど高価なものだったのかが分かるシロモノだ。「スタンプケースは珍しいのよ。」とマダム。しばらくマダムと交渉の末、譲っていただく事に。大きくはないのだがずっしりと重い。

 最後に立ち寄った先で見つけたのはスミレのパウダーケース。スミレの茎の曲線がアール・ヌーボーらしいシルバー小物だ。こうしたシルバー小物はいつも探しているアイテムのひとつ、今回はまだ手に入れていなかったので、ひとつは欲しいと思っていたのだ。ここのマダムは、いつも何かこうしたシルバー小物やソーイング小物を持っていて外せないひとり。こうしたシルバー小物はいくつも目にするのだが、好みに合うものが無く、今回は縁がないのかと思っていたのだ。今日の買付けはこれで終了。後は最終日の明日、僅かな仕事を残すのみ。

 ホテルに戻り、いつも使っているエアポートシャトル(空港までの乗り合いタクシーで、いくつかのホテルを回って客を乗せ、空港へ向かうため、普通のタクシーより割安。)をレセプションで予約したのだが、どうも予約が取れないらしい。実は、昨日もレセプションでリクエストしたのだが、レセプショニストの彼は頭を振りながら「分からない。予約出来ないらしい。」と繰り返すばかり。こんなことは今までになかったこと。これもエールフランスのストライキのせいなのか?(今回は管制塔のストだったため、決行されればすべての航空会社に影響が出てきたはず。エアポートシャトルが予約を受付けないのも分かる気がする。)結局、エアポートシャトルは諦め、行きと同じく予約制のキャブで空港に向かうことにした。だが、様々なことが起こった今回の買付け、「最後の最後まで気が抜けない!」と、スマートフォンからいつもより早めの時間を予約した。

繊細なダイヤのブローチを買付けたマダムの所には美しい芍薬のお花が!あまりにも綺麗だったので、造花かと思って触ってみたら、実は生花でびっくりしました。


ホテルの近所で見たお菓子やさんのウィンドウ。アイスクリームを模したメレンゲが可愛い!今度は実際に食べてみたいです。


「最後の晩餐」は近所のジェラール・ミュロで高級お総菜を調達し、一人宴会!ロゼワインと一緒に、この季節ならではのホワイトアスパラ(ホワホワの自家製マヨネーズが美味!)もアボガドと海老、グレープフルーツのサラダも、苺のタルトもみんな美味しい!!

■6月某日 晴れ
 今日はいよいよ最終日。朝から凄い勢いで荷物を作り、自分の荷物と買い付けた荷物をヘトヘトになりながら2時間程で完了。(結局ロンドンで仕入れてきた段ボールは1個しか使わなかった。)こんな時、割れものを扱うアンティークディーラーでなくて、本当に良かったと思う。食器やグラスを専門に扱うディーラーは、「梱包の1日」を必ず買付けに組み込んでいるのだ。
 レセプションに荷物を預け、最終日の今日も買付けへ。

 昨日、予定していたディーラーをすべて回りきれなかったので、今日は残りの仕事を。予定通り、沢山の商品を持つテキスタイルやコスチュームのディーラーの所でじっくり選び、お人形の生地やシルクポシェットを仕入れ、また別の生地やレースを扱うディーラーの所では偶然リボン刺繍のカードフォルダーを発見!最終日で、しかも全然違う物を探しに来たのに、こんな物が見つかるのは嬉しい。

 お馴染みのディーラーでデッドストックのボタンを仕入れたり、レースのドイリーを仕入れたり、細々した仕入れを済ませ、すっかりお金を使い果たし、「これでもう終わりかな。」と、ふと上を見上げると…見上げた先に綺麗なシルクのハンカチケース。カーネーションの刺繍が美しい。マダムに早速降ろして見せて貰うと、状態も良い。が、もうお金がない。ダメ元で、マダムにお財布の中身を見せつつ、「もうこれだけしかないので、この金額でいいですか?」と尋ねると、呆れ顔で少し笑いながら、「しょうがないわねぇ。」というように"OK"のお返事。最後の最後に綺麗なハンカチケースを手に入れ、今回の買付け終了。

 今までになく様々な出来事があった今回の買付け。でも、困った時には必ず心配してくれたり、助けてくれる人が現われ、多くの人の優しさに触れることの出来た旅だった。たぶんしばらくは忘れられない買付けになりそうだ。(最後の最後に、予約していたキャブが15分も遅れてやって来て、思いきり気を揉んだのも今回の旅らしい最後だった。)

***今回もぼちぼちゆっくり綴ってまいりますのでどうぞおつきあい下さい、***