〜前 編〜

■6月某日 曇り
 今回の買付けは私ひとりで。「アンティークフェアin新宿」と「プランタン銀座アンティークバザール」の仕事と仕事の合間を縫って、「アンティークフェアin新宿」終了の翌日早朝に出発し、「プランタン銀座アンティークバザール」が始まる前日の晩に帰国するというタイトなスケジュール。(そして、帰国翌日は午前7時からプランタン銀座で搬入!)もちろん買付けでヨーロッパに滞在中も、連日びっしりのスケジュールで余裕は無い。
 そして、今回はここ最近使っているエールフランスのサイトからチケットを購入したのだが、「成田―パリ」「羽田―パリ便」共、エールフランスの直行便は既に満席で、エールフランスの系列会社KLMでアムステルダム経由で行くことに。確か以前一度乗ったことのあるKLM。その時にも、あまり良い印象がなく「もう二度と乗りたくない!」と思った記憶が…。が、今回はこの方法で行くしかなく、KLMで行くことに。(それが悪夢の始まりだったのだ!)

 まずKLMの機内のシートに座ると、前の座席とのあまりの窮屈さにびっくり!いまだかつてこんな狭い間隔のシートは初めてかも!おまけに冷房の効き過ぎで激寒の機内。それを見越して、羽織物やストールを持って来たのだが、それを羽織ってもまだ寒い。寒い時にはよくもう1枚ブランケットを貰うので、2枚目のブランケットを貰おうと通りがかった日本人CAにお願いすると、「ブランケットはお一人様1枚までです。まぁ、探してみますが…。」と冷たく言われてびっくり!(その約30分後に2枚目のブランケットを持って来てくれた。)機内食はよく分からない味付けで、ほとんど手を付けないまま終了。

 11時間の狭小拷問(そんな拷問があるのだろうか?)に耐え、やっと経由地のアムスに到着するも、広大な、いや広大過ぎるここスキポール空港には前回、散々の乗り継ぎで歩かされて懲りているので(前回この空港に降り立った時には、初めに掲示板に表示されたゲートへ約30分かけて歩き、到着したらゲートが変更になり、さらに30分かけて元の場所へ戻ったという苦い思い出が。)、「次の飛行機のゲートが表示されてから行動しましょう!」と掲示板の前でゲートが表示されるのをずっと待っていたのだが、私のフライトのみ待てど暮らせどゲートが表示されない。すぐ側のKLMのカウンターでフライトナンバーを言ってゲートを調べて貰ったのだが、カウンターの女性も「まだ出ていないようですね。」とだけ。仕方なく免税店が並ぶ方へと歩き出したところ…空港の無料wifiにつながっていた私の携帯からメールの着信音が。それはKLMからのメール。「お客様の乗る飛行機はキャンセルされました。ご自身でフライトの変更も出来ますが、そのままこちらからの連絡をお待ち下さい。」というもの。まさかのフライトキャンセル!長年買付けに来ていて初めての出来事だ。一瞬、「そのままこちらからの連絡をお待ち下さい。」とのメールを信じ、ラウンジでゆっくり待っていようかと思いきや、「いやいや、少しでも早くパリに着けるようカウンターで聞いた方が良いかも。」と思い直し、私の持っているマイレージカード、エリートクラス会員のみが使える優先カウンターへ。

 が、そこには既にフライトにあぶれた人々で溢れ阿鼻叫喚、優先カウンターも何も無い状態。そこでやっと「とにかく空港職員を捕まえてチケットの変更をせねば!」ということに気付く。列に並ぶも何も、空港職員を捕まえた者勝ち。これがまた、なかなか働かない空港職員ばかりでイライラの極致!やっとの思いで捕まえた空港職員の女性は、チケット変更の手続きをしながら、「一番早い便は明日の昼過ぎです。」とひと言。「明日の午後!?」とおののく私。明日は午前中からディーラーにアポイントがあり、どうしても今晩中にパリに着かなければならないのだ。「私は今晩パリに行かなければならない!」とバカの一つ覚えのように繰り返す私に、「今日はもう飛びません。」と彼女。一応、明日のフライトに変更の手続きはしてくれ、「後はゲートの外のカウンターで聞いてくれ。」の一点張り。仕方なく、教えられたゲートを出て(なにぶん広いスキポール空港ゆえ、そこまでの道のりも遠い。)、言われたカウンターにたどり着くも、ここも長蛇の列。その中でもエリートクラス会員の優先カウンターがあったのだが、こちらも沢山の人が並んでいる。一緒に並んでいた前後の人々と顔を見合わせて困った笑みを浮かべていると、「エリートクラス会員はこちらへ。」と言われ、そこからまたゾロゾロと別のカウンターへと案内された。

 そのカウンターでは、本日泊るホテルバウチャーを配っていたのだが、そこでもまだ「私は今晩パリに行かなければならない!」と訴える私。確かアムステルダムからは高速列車タリスでパリに行けたはず。「タリスでパリに向いたい。」と言うと、「それならまた別のカウンターへ。」とたらい回しにされる。その間も、普段なら絶対に掛けない国際電話を河村に掛け(日本時間で真夜中に掛ってきた私からの電話に、私以上に困惑する河村。)、どうしたものかと相談する。結局、「タリスで行くならこのチケットを解約することになるが、荷物はそのままパリに行くので、明日、シャルル・ド・ゴールまで荷物を取りに来なければならない。」と言われ、ようやくそこでアムステルダムに一泊する踏ん切りがついたのだった。

 KLMから貰ったのは、今晩着るTシャツや洗面セット、空港内で使える10ユーロのミールクーポンもしくは機内の免税品に使える15ユーロのクーポン(でも、15ユーロで買える免税品なんて何も無い!)、今晩泊るホテルのバウチャー。今晩泊るホテルは、「空港を出たところのバス停からシャトルバスが出ているから。」と言われ、トボトボと手荷物を持って歩く。「このホテルに泊りますか?」と私が英語で聞いたバスのドライバーは、私の様子があまりに不安気だったと見え、「泊りますよ!あなたはゲストですよ。どうぞ。」と優しい態度で招き入れてくれた。

 そのホテルは空港からバスで20分ほど。周りに何も無い、田舎の淋しい一軒家のホテル。まずまず綺麗なホテルだったが、そこがまたカードキーの迷宮だったのだ。ここは、レセプションで貰った部屋のカードキーが無いと、自分の部屋はおろかエレベーターにも乗れない仕組みになっているのだが、訳も分からず他の人々と一緒にエレベーターに乗り、一緒に自分の部屋のフロアで降り、部屋の前までたどり着けたものの、カードキーの不具合で部屋に入ることは出来ず…。かといって、こんどは自分一人のため、エレベーターに乗ることすら出来ない。仕方なく非常階段を探して下りたのは良いが、レセプションの階は鍵が掛っていて階段室から中に入ることが出来ない。このまま階段室から二度と出られないかと焦った私だが、地下一階の駐車場階まで階段で下りると、そのまま駐車場へ出ることが出来た。そこからは、カードキーが無くてもエレベーターに乗ることが出来、やっとの思いでレセプションに再びたどり着くことが出来た。

 無事、カードキーを取り替えて貰い、どっと疲れて部屋に戻る。それから、持って来たパソコンで、今晩泊るホテルと明日合うはずだったディーラーにメールで連絡。幸いなことにどちらにもすぐに連絡がつき、そこでやっとほっとした。ディーラーには、明日、シャルル・ド・ゴールから直接タクシーで向かい、たぶん午後3時頃着くと伝える。もうひとつ、ただいまストの真っ最中のパリでタクシーが捕まらないことを危惧し、Le Cabという予約制のキャブをインターネットで手配。キャブを使うのは初めてだが、初回は10ユーロ割引で空港からパリ市内まで38ユーロ。(キャブはタクシーと違って、定額なのが良いところ。)フライトナンバーと空港に着く予定の時刻と空港のターミナル番号、ディーラーのアドレスを入れて予約。それから、スマートフォンの充電器は持っていても、オランダのコンセントプラグを持っていないため、持っていたパソコンにスマートフォンを繋ぎパソコンのバッテリーから充電。そこまでして、なんともドタバタでどっと疲れた一日もやっと少し落ち着いたのだ。

 その後、ホテルのレストランで食べたオランダの食事に撃沈。(この食事もKLMのホテルバウチャーに含まれていた。)それはまるで今日の不幸の総仕上げのようだった。明日、万が一午後の便に乗り遅れてはいけないことと、やることも無いので、早々に就寝。

街に出る気力も失せさせるこんなな〜んにもない野っぱらの一軒家。再びオランダに行くことは無いかも…。


■6月某日 曇り
 変更になった便は昼の12時30分発。そんな時間にもかかわらず、万が一に備えて午前9時にはホテルを出発。ホテルの前から昨日乗ったシャトルバスでスキポール空港へと向かう。ヨーロッパの空港では最大級のスキポール空港、沢山の免税店があることでも有名だ。普通に旅行で来ていて、気持ちに余裕があれば、きっと空港内を探索するのも楽しいのかもしれないが、私の頭にあるスキポール空港のイメージは、広大で、その中をたらい回しにされた最悪なもの。フライトの3時間前にはラウンジに入り、スタンバイする。(幸か不幸か、預け入れる荷物は何も無いから、手続きもいたってスムーズ。)ラウンジでボーディングパスと引き換えに日本用の変換プラグを借り、スマートフォンを充電。(充電器は持っていても、オランダの変換プラグは持っていなかったので。)スマートフォンの充電が完了して、やっと少し心が落ち着いた。

 そして、再び万一に備え、搭乗時間のかなり前にゲートに到着。まだまだ飛行機に乗るまで安心は出来ない。いや、飛行機に乗って飛ぶまでは安心出来ない。実際、飛行機には乗ったものの、なかなか離陸せずまた今日も気を揉むことに。(実際に、チケット変更の手続きが遅れ、私の乗った次の午後1時30分発の便に乗った人々は、離陸が2時間も遅れたらしい。>_<)シャルル・ド・ゴール空港で予約制のキャブと待ち合わせがあるので、飛行機の延着は許されない。離陸は少し遅れたが、パリには定刻に到着。この便は皆昨日の便に乗れなかった人々が乗っているらしい。ちょうど隣合わせになったムッシュウと「本当に困る!」と言い合い、意気投合してしまった。

 同じEU内のため、イミグレーションを通ることなくバゲッジ・クレームまではすんなり出ることが出来た。が、ここでもまた荷物が出てくるターンテーブルがなかなか動かずまたまた気を揉むことに。(昨日の便が今日に変更になったので、荷物がちゃんと着くか非常に心配だったのだ。)普段だったら、どうってことないのに、やっと自分のスーツケース2個が出てきた時には、まるで奇跡が起きたような気がした。その後、約束の時間より早くゲートから出てきたため、キャブのドライバーはまだいなかったが、しばらくすると"Mme.Sakazaki"を表示させたタブレットを持つドライバーと会うことが出来、そのままキャブでパリ市内のディーラーの元へ。

 今回の欠航騒ぎ、エールフランスのスト、もしくは怠慢のせいだとばかり思っていたが、後からその日にパリから出国した友達の日本人ディーラーの話では、その日のパリでは尋常ではない雨が降っていたらしい。では、悪天候のための欠航だったのか?たぶんそれに加えて、「エールフランスだったため」かもしれない。

スキポール空港の中には、チューリップの球根はもちろん、様々なお花の種も売っています。ただし、日本で検疫が必要かも…。

 今回空港から初めて利用したLe Cab、車はタクシーとほぼ変わらないのだが、簡単にスマートフォンで予約が出来て、定額制なところも安心。実際に車に乗ると、「こちらをどうぞ!」とミネラルウォーターの小瓶と、「こちらで雑誌もお読みいただけます。」とタブレットを渡され、「サービス」という言葉をあまり感じることのないフランスで少々感動的だった。(でも、車の走行中にタブレットで日本のニュースを見ていて、気分が悪くなりそうになってしまった。笑)無事、スーツケース二つと共に目的地のディーラーの所に送り届けて貰った。到着したのは午後3時過ぎ。本来の予定時間より4時間遅れて仕事が始まった。

 昨晩、事の次第をメールで伝えてあったディーラーは「大変だったわねぇ!」と大いに同情してくれ、「で、帰るのはいつ?」と畳みかける。私が帰国する日を告げると、顔を曇らせ「え?その前日まで三日間エールフランスのストが発表されているのだけど、その日までストが延びて飛ばないかもしれないわね〜。」と思いがけない言葉。フランスと言えば「スト」!メトロやバスのパリ交通局もフランス国鉄もエールフランスも、フランスの「スト」は終わりのない本気の「スト」なのだ!(特にそのストは管制官のストだったので、実行されると他の飛行機も皆欠航になっていたはず。)一難去ってまた一難、再びエールフランスの動向に一喜一憂することになる。

 さて、午後3時から始まった仕事だが、毎度の通り、彼女が私のために用意してくれていた沢山のアイテムの中から、気持ちを集中させ大急ぎで選んでいく。今回はポワン・ド・ガーズやアングルテールなど19世紀のレースにいくつも良いものが!可愛いベビードレスやベビー用のジャケットも嬉しい出物だ。リボンやロココもフレッシュなアイテムが出てきて、彼女も「最近入ったのよ!」と嬉しそう。

 実は、私がフランスに出掛ける少し前、パリで珍しくレースの多く出るオークションがあり、そのネットカタログを見た私がどうしても欲しくなって、いつもお世話になっている彼女にプレビューとビットをお願いしていたのだが…。彼女がちょうど競売所にプレビューを見に行ってくれた折、ちょうど私が欲しかったレースを目当てで来たアライアと鉢合わせしたというのだ。アライアといえば、80年代に一世を風靡した「ボディコンシャスの帝王」で、今でもごく少数の顧客のためにオートクチュールを作り続けているらしい。そして実はレースのコレクターでもあり、今までも何度かレースのディーラーのところでその姿を見掛けたことがある。結局、そのレースは私の元へは来なかったのだが、アライアに負けたのなら仕方があるまい。

 夕方遅くまで、他にも様々な素材を買付け、仕事が終った時にはいつも以上にどっぷり疲れていた。いつもならバスで帰るところだが、今日はスーツケース二つと買付けた大荷物と一緒にタクシーでゆうべから泊るはずだったホテルへ。

今回のパリの滞在はいつものオデオン座脇の常宿が満室で、その近くのホテル。真紅の壁紙がなかなかドラマチックです。


パリでひとりごはん。色々あった後は、顔馴染みのギャルソンの顔を見たくなって、いつものキャフェへ。赤ワインと、いつも食べるローストビーフのサンドウィッチは「もう終わったよ!」ということで、チキンクラブサンド。(ポテトも美味しい!)オランダの食べ物に撃沈した後は、フランスでは何を食べても美味しいです!


夜の街のお散歩。この1階はL'escalier(階段)という名前の本屋さん。(このすぐ左脇は中世のパリの城壁跡で、今は階段になっています。)馴染みの街を歩くと少しほっとします。

■6月某日 晴れ
 昨日、「飛ばないかも…。」と言われて知ったエールフランスのスト。(他のストについては事前に心配していたが、出発日に成田のエールフランスの女性職員に尋ねても「え?ストですか?」と何も知らない風だった。)私の飛行機が飛ばないとなると、いつストが終るかも分からないし、どの便に振替えられるかも分からず、当然いつ帰ることが出来るかも分からない。私が予定の日に帰国しなければ、帰国翌日からプランタン銀座のフェアが始まり、早朝からひとりで搬入しなければならない河村はさぞ困るだろう。
 が、こんな時にはジタバタしても仕方が無い。たとえ私の飛行機が飛ばなくても、エールフランスがその分の滞在費も食費も負担してくれるはず。そう考えると、「余分にフランスにいるのも良いかも。」と思えてきた。

 昨日、フランスに着いたばかりだが、実は今日の夕方にはロンドンに向かうことになっている。また後日パリに戻ってくることになっているが、今回はそんなタイトなスケジュールだったのだ。本来のスケジュールでは、昨日はいつものディーラーの所で商品を選び、その後気になるジュエラーを回る予定で、今日はゆったり前々から見たかったパリ装飾美術館で開催中の衣装展 "3 Siecles de mode(モードの3世紀展)" を見に行く予定だったのだ。この展示がどうしても見たかった、でも昨日の予定が完了していない私は、まずは朝イチで美術館へ。

 久し振りのパリでの大々的な衣装展で、開館前の美術館の玄関には展示を見に来たパリのマダム達が集結!さらに期待度がUPする。
 実際に館内に入ると、美しい衣装の数々に感激!展示の仕方も当時の室内にそれぞれの人物が佇んでいるようで、時代ごとのインテリアの雰囲気も楽しめる。なんといっても、私の大好きな18世紀後期の衣装が素晴らしく、ここまでに色々あったことなど吹き飛んで見入ってしまった。後は画像でどうぞ!(会場内は「フラッシュをたかなければ。」ということで撮影自由だった。)

ミュージアムショップのウィンドウには沢山のドレス本。入館する前から期待が高まります。


まずは1700年頃の衣装から。背景のタペストリーもこの時代の雰囲気をよく表しています。


上の画像の中央の子供用のジャケット。子供用とは思えないほど重厚感のある生地。男の子も女の子も、この時代は大人と同じ服装をさせたのですね。


豪華絢爛で典雅!美しいブルーの織り生地のローブ・ア・ラ・フランセーズ。バックスタイルのヴァトープリーツが特徴です。


なんて豪華な生地でしょう!どうぞじっくりご覧下さい。


18世紀後期の大人と子供用のドレス、そして子供用のジャケット。左のほぐし織の生地にも惹かれますが、中央の子供の衣装の美しい生地にも注目です。


子供の衣装の拡大画像をどうぞ!こんな生地、欲しいです!


女性はローブ・ア・ラ・フランセーズ、男性はターバンとシノワズリーの衣装。


上のドレスの生地の拡大です。繊細で豪華、とても200年以上前の生地とは思えないコンディションです。


宮廷用のドレスでしょうか。左右に張り出した形は今見るとなんとも不思議ですね。男性の衣装はびっしりと豪華な刺繍を施したアビ・ア・ラ・フランセーズです。


襟元にはフィシュー。照明の当て方でしょうか、なんだかドラマティックに見える展示の仕方です。


様々な男性用のジレ。この時代の男性用の衣装は色合いも華やか、刺繍や生地も凝っています。


アビ・ア・ラ・フランセーズの部分。織り生地では無く、すべて手刺繍によるものです。


上の画像を拡大したもの。愛らしいモスローズの刺繍が!


女性の胸元を飾ったストマッカー。重厚なゴールドワークの刺繍で、硬そうな質感です。コルセットで締め上げ、こんなものを胸に着けていたかと思うと、何だか息苦しい感じです。


女性の小物色々。上段はエチュイやエナメルボックス、中段は豪華な衣装をつけた紙人形(!)、下段はストマッカーです。


時代は変わり、19世紀初頭のアンピール様式へ。ハイウエストで、モスリンで出来た薄物のドレスが主流に。これはトレーンを引いているので、宮廷用の衣装でしょうか。


ヨーロッパの気候には不向きだったこの薄物のドレス。お陰で、沢山の女性がスペイン風邪で亡くなったはず…。


この時代、子供服だって当然ハイウエスト!子供用のボネが可愛いですね。


こちらは19世紀半ばから後期の展示室。合成染料の発明にもよるのでしょうか、ビビッドな色合いのドレスが増えた印象です。


中央の下着姿のマネキンも興味深いです。たっぷりシルクを使ったドレスの下はこんな格好をしていたのですね。


こちらも19世紀半ばのアフタヌーンドレス、特に左のドレス生地のタフタの質感に惹かれます。


上のドレスのディティールをどうぞ!よくよく見ると、波形のスカラップに切ることの出来るピンキングばさみで切った切りっぱなしであることが分かります。


こちらも同じく上のドレスの拡大画像。傷みやすいタフタの生地にもかかわらず、とても良いコンディションです。


朱赤とアイボリーのストライプの大胆な生地。壁に描かれた薔薇のフレームも気になります。


こちらは19世紀末のドレス。あら!こんな子供服、扱った事があります!


拡大してみると、ブルーのシルクドレスも可愛い。右のコットンドレスはすべて手刺繍によるものです。


時代はアール・デコへ。沢山のビーズを縫い付けたスリップドレスや真紅のドレス、毛皮をあしらったコート。コルセットは見当たらず、ぐっと大胆で自由なスタイルへと変わってきます。


最後の展示室は天井の高い、とても広い空間。沢山の20世紀のオートクチュールドレスが並んでいました。私自身は20世紀のドレスにさほど興味がありませんが、それは壮観な有り様でした。


1947年に発表されたディオールの伝説、「ニュールック」が中央でオーラを放っていました。あぁ、美しいドレスの数々に大満足!お腹いっぱいの展示でした。

 美術館で古い衣装を堪能した後は、昨日訪れることの出来なかったジュエラーへ。今日のユーロスターは午後3時31分発、普段だったら発車時間の45分前にチェックインなのだが、フランス国鉄のストライキまっただ中の今回、いくら「ユーロスターは影響無し!」と言われてもすんなり信じることが出来ない。早めに北駅に着くため、買付けは早々に切り上げなければならない。

 いつものようにセキュリティーが厳重過ぎる(笑)ジュエラーの元へ。ここで何も欲しい物が無ければそのままゲームオーバーなのだが、何か気になるものがあると、時計とにらめっこしながら商談することになる。果たして今日は…欲しい物があった!それは極小の粒がグラデーションになったパールネックレス。こんな小さな粒のグラデーションは見たことが無い。何人か若い女性スタッフを雇っているジュエラーなのに、今日の私の担当は年配のオーナーのムッシュウその人。彼が気を効かせてくれて英語とフランス語を交えての商談が始まった。

 凄く欲しいのだが、そんな素振りは見せず冷静にお値段の交渉を進めていく。私が「(クレジットカードではなく)現金でお支払いするわ!」と言うと(消費税の高いフランスでは、現金でお支払いすると帳簿に載せず、値引きしてくれる場合もある。)、「うちはノワール(黒、「不正」の意)じゃないから。」と少々ご機嫌斜めになるムッシュウ。作戦失敗。「うちだってノワールじゃありません!」とムッシュウに合わせる私。だんだん時間も迫ってきた。だが、そんな素振りも見せず、落ち着いた様子で交渉を進めていく。ムッシュウとのシビアなやりとりが続いた後、お互いに満足の出来る金額で交渉成立!最後にムッシュウと握手!

 ジュエラーの元を出た後は、小走りでタクシー乗り場へ。普段よほど荷物の多い時以外はタクシーに乗ることはないのだが、メトロを乗り継いでホテルに帰ると時間が読めないため、さっさとタクシーに乗り、ホテルに向かった後そのまま駅に向かおうという魂胆だ。少しドキドキしたものの、運良くすぐにタクシーを捕まえることが出来、ホテルで荷物をピックアップし北駅へ。結局、北駅に着いたのは発車時間の1時間半前。これくらい余裕があってようやく安心したのだった。

 遅れることの珍しくないユーロスターだったが、珍しいことに定刻よりも早くロンドンに到着。ストライキまっただ中のパリからやって来た私にとって、いつも変わらぬ穏やかなロンドンは珍しいことにとても心地良く感じられる。しかも今回は同じ奥野ビルの1階のアンティークショップ裏庭のオーナー、恵子さんと同じホテル。私よりも年下の彼女とは何かとおしゃべりする機会が多く、いつもは敬愛を込めて「恵ちゃん」と呼んでいる。今回、一足早くロンドンに滞在していた彼女が、ユーロスターの発着するセント・パンクラス駅まで迎えに来てくれて、ホテルまで連れて行ってくれるという。ユーロスターの到着ゲイトで、よく見知った彼女の顔を見た時には、心からほっとしたのだった。

セント・パンクラス駅に隣接したセント・パンクラス。ルネッサンスホテル。ヴィクトリアンらしい荘厳な建築に惹かれて、次回は是非足を踏み入れてみたいです。


今回の滞在先は、セント・パンクラス駅から徒歩5分。大英博物館にも程近いブルームズベリーのアパートメントホテルです。向かい側がプライベートガーデンになった閑静な住宅街でした。

 その晩のこと、私の携帯に一通のメールが…。それはパリでお世話になったディーラーから。今回の一連のトラブルを知っている彼女、そのメールというのは、「エールフランスのストは回避されました。あなたは予定通り帰国出来ますよ。」という暖かなメッセージだった。

 

■6月某日 曇り
 今日は朝5時半起床。今日はイギリスの最大の目的でもあるカントリーサイドのフェアへ行くのだ。ブリティッシュレイルに乗り2時間程、夕刻にはロンドンに戻る日帰りの強行軍だが、今回は同じホテルに宿泊している裏庭の恵子さんと行きも帰りも一緒なので心強い。しかも彼女にインターネットでレイルチケットの手配までお願いしてしまったので、私はそれをプリントアウトするだけ。以前だったら、河村以外の誰かと買付けに行くなんて考えられなかったのだが、奥野ビルに移ってからは度々奥野ビルの誰かと一緒にスケジュールを組むことがあり、フェアへ一緒に行ったり、お食事したり、仕事とはいえ楽しいことが多い。

 今朝もホテルから一緒に駅まで早朝の道を歩き(普段だったら誰も歩いていない早朝の道を結構緊張して歩くのだが。)、駅では一緒に電光掲示板でプラットホームを確認してホームへ。電車の中も隣のシート、あれこれおしゃべりしているうちにあっという間に目的地に着いた。

 今日の気温は12℃〜13℃。雨こそ降らないが曇りのどんよりとしたお天気。もちろん寒い。実は、今回買付け前夜、自宅で荷物を作っていた私がトレンチコートをスーツケースに入れようとしていたところ、河村から「流石に6月の買付けにトレンチコートは必要ないでしょ?」と言われ、トレンチコートは置いてきてしまったのだ。ジャケットにスカーフを巻き、さらにその上からストールを巻きつける。(巻物だけは沢山持っているのだ。)恵子さんにも、「サカザキさん、その格好寒くないですか?」と言われる始末。まさかこんなに寒いとは…。途中、会った知り合いの日本人ディーラーも「これじゃ、夏じゃなくて冬だよなぁ。」とボヤいていた。(よくよく後ほど調べてみたら、前回2月に来た時と同じ気温だった。)

 広大なフェアの会場に入ると、まずは前回私達の好みのフランス物を持っていたマダムのストールへ小走りで向かう。が、着いた先のマダムのストールはフランス物で溢れていたのだが、今回は残念ながら私が望むような小振りなアイテムは無かった。仕方なく、それでも往生際悪くキョロキョロしているとごくごく小さなアイテム発見!それは女神とキューピットがハンドペイントされたポーセリンのボタン。目的のブツは無かったものの、思いがけなく美しいアイテムを見つけてラッキーな気分。それだけを買付けそそくさと次の場所へ。

 久し振りに珍しいディーラーに再会。ずっと昔はしょっちゅうお世話になっていたソーイングツールを扱うディーラー。彼女とは別な場所のフェアでもよく会っていたのだが、そちらで彼女の姿を見なくなってから久しい。開口一番「あなたのこと探していたのよ!」と私。「あそこのフェアにも、もう出ていないでしょ?」と尋ねると、「今は年に一回しか出ていないの。」と彼女。年に何回か開催されるフェアだが、今は夏の季候の良い時期だけしか出店していないらしい。そんな彼女のケースの中を鼻息荒く眺め、次々出して貰ったのは、マザーオブパールのコットンリール、そして同じくマザーオブパールのエメリー。どちらも透かしの細工が美しい。「あなたのテイスト好きだわ〜。」と訴えると、彼女も周囲のマダム達も皆にっこり。

 次に見つけたのは不思議な形のポーセリン。卵形をしているそれは手描きのお花模様で可愛いのだが、何に使うのかよく分からない。マダムにガラスケースから出して貰い、「これは何?」と尋ねるが、彼女も良く分からないらしい。お隣のマダムと顔を見合わせて曖昧な微笑みを浮かべている。手渡して貰い実際に見てみると、本当の卵ソックリの大きさで、底にはルーペで見ないと分からないほどの小さな空気抜きの穴が開いている。「何だか分からないけど可愛い!」連れて帰ることに。

 朝9時から入場して今日は3時半まで。途中、ランチ代わりに屋台でパイナップルとハムチーズのホットサンドを立ち食い。それだけをお腹に入れて再び歩き始める。
 広い会場をあちこち歩いている最中、思わぬ所で瑪瑙ハンドルのタンブルフックを発見!それはアクセサリーを主に扱っているディーラーだが、少しだけソーイングツールを持っていて、その中を眺めている時に見つけたのだ。ハンドルの状態も良く、しかもかぎ針の取り替えの出来る珍しいタイプ。「なぜにこんなところに!?」と嬉しい出物だった。

 シルクのマルチーズレースのドイリーセットは同じくあちこち歩き回っている時に、レースの山をひっくり返していてみつけたもの。ほぼ新品で元々は12枚のセットだったのだが、「いくら何でもそんなに沢山いらないわ。」と思った私はそこにいた初老のディーラーに「これ6枚じゃだめ?」と交渉。ディーラーは「向こうに聞いてくれ!」と、そこに奥様登場。マダムは簡単に「いいわよ!」とのお返事。そこから12枚のドイリーを1枚1枚あ〜でもない、こ〜でもない、と選び6枚をチョイス。まとめて手頃なお値段で手に入れることが出来ラッキーだった。

 終日そんな買付けの数々をこなし、広い会場の中を歩いた歩数は1万5千歩以上。キロ数にすると10数キロ!?でも、買付け中は気が張っているせいかさほど疲労を感じない。裏庭の恵子さんと待ち合わせての場所で落ち合い、帰りも一緒に。

 最寄り駅に到着すると、何やらホームに沢山の人が!「すわ、またしても事件か!?」と思ったら、イギリスでは珍しくないDelay、しかも1時間以上の遅延だった。私達の予約していた列車の定刻は後1時間近く後。いったいどれだけの時間待てば良いのか!?そんな中、午後2時台に到着するはずの列車がホームに滑り込んできた。たまたま見つけた駅員の男性に「これに乗っても良い?」と大急ぎで尋ねると、「OK」の返事。予約していた列車などいったいいつ来るのか分からない。恵子さんと二人、今来た列車に飛び乗ったのだった。
 その後は無事ロンドンに到着し、恵子さんと一緒に「ある意味ラッキーだったかも…。」と言い合う。

ハリポタファンならお馴染み(?)ロンドン・キングス・クロス駅構内にある9と4分の3ホームは有名な写真スポット。(右端のお兄さんは係りの人です。)付近にはハリーポッターグッズを販売するショップまでありましたよ。


今晩の夕食も恵子さんと二人で。お部屋に付いている食器やカトラリーも大活躍!本日のメニューはレンティルのサラダとチキンのサンドウィッチ、デザートは美しいグリーンの葡萄。私はロゼワイン、恵子さんはオレンジジュース。


***「買付け日記」は後編へと続きます。***