〜後 編〜

■11月某日 雨
 今日から一泊二日でリヨンへ。本当は、今回の買付け中にどこかヨーロッパの他の国に行きたいと思っていたのだが、スケジュールの都合でそれはかなわず。代りにリヨン「絹織物の旅」に行くことになったのだ。

 今回同行したカンダチナツさんとは昨日お別れしているので、今日は一旦チェックアウトしてそのまま出発。朝から、仕入れた荷物をスーツケースに大切に詰め、合わせて自分達の荷物を持ってきた巨大ナイロンバッグに詰め込む。リヨンへは小さなスーツケースひとつに二人分の荷物を入れ、他の荷物はホテルのレセプションに預けリヨンに向かうパリ・リヨン駅へ。

 パリに着いて以来、暖かいを越えて暑いほどの陽気が続いていたが、今日は一転して肌寒い。リヨンに向かうのはフランスの誇る超高速列車TGV ゆえすべて指定席、余裕を持って出発時刻の1時間近くに駅に着き、立ち飲みのバーでエスプレッソとパン・オ・ショコラの朝食。「早めに出てきて良かったね!」と河村と話していたのも、後から思えばお気楽きわまりないことだった。

 出発直前になり、駅の電光掲示板にようやくプラットホームナンバーが出た。それを見て、周りの人々と共にゾロゾロとリヨン行きの列車のプラットホームへ。今日乗る列車は二階建て、わざわざ見晴らしの良い二階席を指定した私は「今日はね!二階席なんだよ!」とウキウキ車内の階段を上がる。通路を通って私達の指定席とおぼしきシートにたどり着いたのだが、そこには見知らぬマダムが座っている。恐る恐る「エクスキューゼ・モア。」と問いかけると、マダムは「ここは私の席よ。」とキッパリ。「え?どういうこと?」と現状が認識出来ない私達。いったいどうなってしまったのだろうか?

 そのときだった。チケットを眺めていた河村がポツリとひと言。「あれ、このチケット明日の日付…。」ギョッとして「ええっ!?」と私。

 ヨーロッパのチケットをインターネットで予約するのは私の担当。今まで数え切れないほどしてきた作業なのに、一日間違って予約してしまったなんて!何度も確認して予約したはずなのに!自分がしてしまったことにもかかわらず、あまりのミスに呆然とする私。とりあえず、すごすごデッキへと退散する。列車はもうホームを離れ、リヨンに向かい始めていた。
 今日のチケットの日付が間違っているということは、明日、リヨンからパリへ帰るチケットも間違っているということ。二重のミスにますます落ち込む私。惚けたままデッキに立ち尽くしていた私達を見て、親切なフランス人のムッシュウが「どうかしたの?」と声を掛けてくれた。「チケットが間違っていて…。」と口ごもると、「とにかく車掌に言ってみれば?」とアドバイスしてくれた。今まで電車でのミスと言えば、十数年前に南仏行きの列車に乗り遅れたことぐらいで、その時は難無くすぐ次の列車に振替えることが出来た。このチケット、いったいどうなってしまうのか…。

 運良く車掌のムッシュウはすぐ隣の車両で見つかった。「すみません。」と意気消沈して尋ねる私に、年配のチャーミングな車掌はまずは愛想良く挨拶。チケットを見せ、日付けを間違って予約してしまったことを告げると、「今ここでリヨン行きの新しいチケットを買う必要があります。」と優しく説明。その後、「リヨンまでお二人で166ユーロですね。」と告げられ、あまりの高い料金に思わず「本当!?」と聞き返す私。(私がインターネットで購入したチケットはひとり52ユーロだった…。ヨーロッパの鉄道料金は、行き先は同じでも購入する時期や、発車時刻で料金が違うのだ。)そんな私に彼はちょっぴり同情した笑顔で、「今お持ちのチケットは本日夜の0時まででしたら払い戻しが出来ますよ。」と優しく教えてくれた。観念した私がクレジットカードを差し出しその場で決済。その後、座席のない私達は緊急用のシートに案内して貰い事なきを得た。

 日頃やったことがないミスに激しく落ち込む私。そんな私を見て、「あんまりクヨクヨしない方がいいよ。」と珍しく優しい言葉を掛ける河村。確かこのチケットをインターネットで予約した際、既にnon refund(払い戻し不可)の一番安いチケットは売り切れだった。それを残念に思いながら予約したのだが、今思えば「払い戻し可」のチケットで不幸中の幸いだった。後はリヨンに着いたらまずチケットオフィスに行き、行きのチケットの払い戻しと、帰りのチケットの日付の変更をしなければならない。
 リヨンで列車を降りると、すぐその足でチケットオフィスへ。いつも沢山の人が並んで長蛇の列のパリの駅と違い、チケットオフィスはとてもすいている。こちらは簡単に払い戻しと明日のチケットへの変更が出来、「あぁ、良かった!」と、とりあえず胸を撫で下ろした。

リヨン行きのTGV。この写真を撮っていた時は、まさかとんでもないことになるとは思いもせず…。

 チケットにまつわる用事を済ませた後は、雨の中有名なベルクール広場まで歩く。リヨンへは昔ひとりで仕事をしていた頃にも郊外のフェアへ来ていたし、街中のアンティークショップを巡ったことがある。今日もまずはショップを見なければ落ち着かない。ベルクール広場までの道のり、「確か十年前はここにあったはず…。」と古い記憶を頼りにあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。途中、昔は無かったお人形とおもちゃの専門店に立ち寄るも欲しい物はなかった。

 シルク織物で有名なリヨンだが、意外にも現在絹織物を探すのは難しそうだ。一軒それらしきショップを見つけたものの、インテリアに特化していて、置いてあるのは生地見本のみ。それを見ながらカーテン等のオーダーを受けるという手法らしい。そういえばパリの生地問屋でみつけたリヨン織物美術館のコレクションのリプロダクションも、柄はアンティークそのものだったが、素材はレーヨンだった。
 雨が強くなってきた。ベルクール広場から地下鉄に乗って今夜泊るホテルがある旧市街へ。

 今晩泊るのは旧市街の16世紀半ばの建物を利用したホテル。地下鉄の駅から旧市街に向かって歩き5分ほど、すぐに目印の薔薇色の塔を見つけ、目的のホテルに着いた。部屋数の少ないこのホテルはオーナーのムッシュウひとりで切り盛りしている。どうやら彼はアンティークディーラーでもあり、コレクターでもあるらしい。フレンドリーなムッシュウに案内された私達の部屋は、"Suite 1565"と名付けられた部屋。自由に出入り出来るよう、玄関と部屋の鍵を渡され、一通り部屋の使い方を教えてくれた。

 まずは部屋の広さにびっくり!ロフト付きの部屋なので、ロフト分も入れると50平米以上はあるだろうか。ルネッサンス期の建物を売りにしているゆえ、内部も当時のインテリアで飾られている。ロフトのベッド脇にはクリスティーズのカタログが山と積まれていて、「好きなだけ見ていいよ!」とムッシュウが言っていたところを見ると、きっと彼はオークションで落としてはホテルの部屋をデコレーションするのを喜びにしているのに違いない。まずは荷物を置き、ランチをし、町歩きをすることに。


“Tour de rose(薔薇色の塔)”と名付けられた塔が目印。今回のリヨンのホテルは16世紀、1500年代半ばに作られた建物です。

お部屋のごく一部。ただただ広くて、何をするにもあっちに行ったり、こっちに行ったり、広過ぎて不便。(笑)そしてルネッサンス時代の建物だけあってかすかな間接照明のみ!夜は寝るしかありませんでした。


ベッドの両脇を飾る彫刻も同時代のもの。夢に出てきそう…。


 ホテルの近所には何軒ものレストラン。雨が降っていたこともあり、あまりよく考えもせずその中のひとつに入ったのが運の尽きだった。「美食の街」と称されているリヨンにおいて、「あちゃ〜!」という感じのレストランに入ってしまったのだから。
 頼んだハウスワインは紙パックからついでいるところを見てしまい、お料理ときたら、「うちのカワムラが作った方がずっとずっとマシ!」という有り様。にもかかわらず、量だけはとても多い。美食の街リヨンでこんな美味しくない料理を食べてしまったかと思うと、思い切り凹んでしまう。しかも、そんな料理をたっぷり食べさせられてしまったものだから、もう今晩レストランで食事をするのは無理。私達の頭の中から「美食の街リヨン」という文字が煙のように消えていったのだった。

 ランチの後は、雨のリヨンの街へ。ホテルと同じルネッサンス様式の建物を見るため、旧市街をそぞろ歩く。その後は、近くの駅から出ているフニクレール(ケーブルカー)でフルヴィエールの丘に登り、リヨンの街並みを眺めることに。

 フルヴィエールの丘の上は強風でとても寒い。吹き飛ばされそうになりながら丘の上のサン・ジャン大教会の中へ。ここは19世紀末に完成した大聖堂。そのパステルカラーのステンドグラスからもアール・ヌーボーの時代性が伝わってくる。壁面は、まるで空間恐怖症のようにいちめん装飾されている。絹織物で栄えた裕福な街だけあって、豪華で美しいことは美しいのだが、いままでヨーロッパのあちらこちらで散々ゴシック建築の重厚な大聖堂を見てきた私達にとっては、いまひとつ感動が薄い。「大聖堂だったら、やっぱりアントウェルペンかなぁ。いや、アミアンの大聖堂も、ランスの大聖堂も、ストラスブールの大聖堂も良かった。」とかつて見てきた大聖堂を思い出す。フルヴィエールの丘を降りるともう夕暮れだった。

 お昼に悲しいランチを食べてしまった私達、またしてもコースのディナーを食べる気力はなく残念ながら夕食はパス。ブーランジェリーで菓子パンを買って帰る。ホテルといっても、夜は無人になってしまうこのホテル。まずは玄関の鍵を開けるのに四苦八苦し、やっと入れたと思えば、今度は部屋の鍵が開かずふたりとも蒼白に。ヨーロッパの鍵は日本の鍵と違って、二回鍵を回して、最後に鍵を回しながら一緒にドアノブを回したり…とかなり難解なのだ。しかも立てつけの悪い何百年も前の古い扉。しばらく「あ〜でもない、こ〜でもない。」と鍵をグリグリ回した挙げ句、ウソのようにいきなりパカッとドアが開き、部屋の中に倒れ込むようにして入った。

 部屋に入った後も、部屋の片隅に置いてあったルッネサンス風の木の椅子に腰掛けようとして、既に壊れていることが分かりずっこけそうになったり(思わず「私が壊したんじゃないよね〜!」と叫んでしまった。)、階段の手摺りの彫刻が取れそうだったり、骨董品と共に生活する難しさを痛感。そして僅かな間接照明しかない暗い部屋で部屋で私達が出来ることは早々寝ることだけ。仕方なく午後9時前に就寝!

リヨンの旧市街、16世紀の街並み。どこまでも石畳の道が続いていました。


こちらもルネッサンス様式のアパルトマン。南仏を思わせる色鮮やかな建物がこの時代の特徴のようです。


「美食の街リヨン」だけあって、お菓子も美味しそうでした。でもこの大きなメレンゲ、たぶん物凄く甘いと思います。


下界から見たフルヴィエールの丘の上のサン・ジャン大教会。19世紀当時、あの急な丘の上に大量な資材を運んで大きな大聖堂を作ったことを想像し、宗教というものの凄さを感じました。


こちらが急な丘を登るためのケーブルカー、フニクレールはホームも急坂。二人揃って一番前のシートに座り、気分は遠足の小学生でした!


フルヴィエールの丘の上から眺めるフランス第二の都市リヨン。手前に見えるのはソーヌ川です。


19世紀末に完成したサン・ジャン大教会のステンドグラスはミュシャの絵を思わせるパステルカラーでした。


どこまでも続く壁や天井の装飾。眺めていると果てしない気持ちになります。


二層になったサン・ジャン大教会。地階の礼拝堂のステンドグラスはブルーの宝石のようでした。

■11月某日 雨
 リヨン二日目。薄暗い部屋から見える窓の外も薄暗い。今日も雨降りなのだ。ちょっと残念。だが、せっかくの機会なのでチェックアウトの前に近所の旧市街を散策。リヨンの旧市街には、その昔、絹織物を運ぶために作られたトラブールと呼ばれる通路が網の目にめぐらされていて、ホテルの側にもあるはずなのだが、昨日は時間が遅かったこともあって見つけることが出来なかったのだ。

 荷物をホテルの部屋にそのまま置いて、雨の中を傘をさして付近を散策。が、なかなかトラブールは見つからない。しばらくして周囲の出勤時間になり、アパルトマンに通じるそれぞれの建物の扉が開かれると、そこがトラブールの入口だったのだ。どうやら昼の間、扉は開けっ放しで、扉の横に「人が住んでいるので静かに。」との案内板が張ってあるが、誰でも自由に中に入ることが出来るらしい。場所によっては100m程の長い通路もあるらしく、それもリヨンがかつて絹織物で栄えた街の証でもあるのだ。
 河村と共に近所のトラブールのいくつかを通り抜けしてみると…そこはまるで中世へのタイムトンネルのようだった。

一見普通のアパルトマンの扉のようですが、実はトラブールへの入口でもあります。


トラブールへの扉を飾るアイアンの透かし細工。以前、ルーアンの鉄の美術館で見た扉飾りを思い出しました。


扉の向こうのトラブールの中はこんな薄暗い通路。まるでトンネルのようです。


どこまでも続く長いトラブール。途中で通路が二股に分かれていたり…。まるで中世へと向かうタイムトンネルのようです。


トラブールを抜けた先の中庭にはこんな中世の建物が。このアパルトマンも、もちろん現役。今も普通に人が住んでいます。

 一通り近所のトラブール巡りを終え、ホテルをチェックアウト。今回泊っていた旧市街はフランス国鉄の駅から距離があり、これから向かうリヨン織物美術館は駅の側のため、ホテルに荷物を預けず、「駅で預けましょう!」と雨の中荷物をゴロゴロしながら地下鉄で駅に向かった。ヨーロッパの大きな駅にはたいてい荷物の預かり所か、もしくはコインロッカーが設置されている。だんだんと激しくなってくる雨の中、駅に着く。そして預かり所を探して駅の中を右往左往するが、なぜか預かり所はどこにもない。散々駅の中をクルクル歩き回った挙げ句見つけられず、駅の係員に聞くと申し訳なさそうに「もうひとつの駅にはありますが、この駅にはないんです〜。」とのお返事。(リヨンには今回私達が使ったリヨン・ペラーシュ駅ともう一箇所リヨン・パールデュー駅がある。)大雨の中、どこまでもついていない私達。
 仕方なくまた荷物をゴロゴロしながら、今回最大の目的リヨン織物美術館へ。美術館なら荷物を預かってくれるはず。雨はますます激しくなってきた。

 雨は土砂降りになってきた。そんな中、美術館へトボトボ歩く。以前にも一度来たことのあるリヨン織物美術館、あれから十数年経った今、もう一度収蔵品を見てみたくなったのだ。それは、昔読んだ本をまた読みたくなる感覚に似ている。長い時間を経て読みかえすと、昔読んだ時とは違う感想を持つ自分の反応が興味深いのだ。びしょ濡れで美術館に到着。暖かい館内にただただほっとした。

 私達同様、ビショビショに濡れたスーツケースとコートを預け、展示室へ。ここはかつてリヨン知事の住居だった18世紀の館を利用した美術館。螺旋階段の手摺りの美しさ、当時の名残を見ることが出来る。今回はオペラの衣装の企画展を開催中で、そちらは写真撮影が許されたのだが、通常の常設展は残念ながら撮影不可。でも、18世紀のシルク、19世紀のシルク、それはいつも見慣れているお店に置いている様々なテキスタイルと同じ雰囲気の美しいテキスタイル。「あぁ!なんて美しい!!」と心の中で叫びつつ、「私がしてきたこと、私が選んできた物は間違っていなかったのだ!」という大きな安堵感に包まれた。マリー・アントワネットが注文したというヴェルサイユ宮殿のテキスタイルの前でため息。

 美術館のコレクションの中でも華やかなのは各時代の衣装。ことに18世紀の男性が着用したアビ・ア・ラ・フランセーズのアビ(ジャケット)やジレ(ベスト)のゴージャスな刺繍に目を奪われる。ある意味、その時代は経済力があった男性の方がお洒落だったのかもしれない。重厚な聖職者の衣装もたぶん当時はとんでもなく高価な物だったのだろう。そんな昔に思いを馳せ展示品をひとつひとつじっくり見る。収蔵品は海外のシルク製品まで網羅していて、当然古い日本製の絹織物で作った豪華な能衣装などもいくつか展示されていて、思わず「こんな遠くまで来ちゃったのね。」と呼びかけてしまう。

 雨はまだ降り続いている。しっかり時間をかけて見た後はミュージアムショップでまったり過ごす。広いショップには沢山の書籍やグッズが置いてあるのだが、どうもこれといったものがない。河村に「本も、もういっぱい持ってるでしょ?」と言われ、仕方なく退散。また荷物を引きながら雨の街へ。

 気付くともうランチの時間。昨日のような思いをしなくないと思う反面、相変わらずの土砂降りで、レストランを探してあちこち歩くのもはばかられる。そんなトボトボ歩いていたその時、美術館のすぐ近くによさげなレストランを発見!地元の年配のマダムからマドモアゼルまで幅広い年齢層がテーブルについていて、ほぼ満席。「ここなら良いかも!」と、たまたま入ったレストランは愛想の良いムッシュウの接客が嬉しく、何よりとても美味しかった。
 私達が選んだのは黒板にLa 16'Art(ラ・セザール)と書かれたサラダ。どうして「16芸術」なんてい言う名前がついているのかさっぱり分からない私達に、「だからセザールさ!」とニッコリ。フランス語の「セザール」は英語の「シーザー」のこと。ようするにこれは「シーザーサラダ」。ワインもサラダもパンも、そしてデザートも皆美味しく、大満足の私達だった。(このレストランおすすめ!)

 食事も終わり、また土砂降りの戸外へ。まったく弱まらない雨足に気が挫けた私達は、早々にパリに帰ることに。またもや駅に向かい、昨日と同じようにチケットオフィスで早い時間のチケットを再発行してもらい(時間を早めたらチケットが安くなり、それぞれ20ユーロずつ返金されるという嬉しい誤算が!)、さっさとパリに帰ると…パリはひとしずくの雨も降っていなかった。

今回の企画展はリヨンオペラ座のここ20年で使われた衣装の展示。衣装を制作途中のアトリエや楽屋の様子も再現されていて興味深かったですよ。


壁いちめんに飾られた衣装。この展示室はモーツァルトの「魔笛」の中の「夜の女王のアリア」が流れ、雰囲気たっぷりでした。

■11月某日 晴れ
 今回のフランスでの一番の目的、今日は大規模なフェアへ。朝からバスに乗って会場へ。フェアの初日は早い者勝ち!バスに乗りながら気もそぞろ。昔からお気に入りのフェアなのに、ここしばらくスケジュールの都合で来ることが出来なかったことも、焦る気持ちに拍車をかける。

 会場に着くと、まだ準備中のディーラーやまだ会場入りしていないディーラーもいて、会場をひたすらぐるぐる歩き回る。一軒、必ず立ち寄るディーラーがいて、今回も彼らの商品を見るのを楽しみにしていたのに、何度その界隈を歩き回っても彼らの姿が見えない。「おかしい。確かこの辺りのはずなのに…。」そんなことを思いながら、彼らのブースのあった近辺を何度行き来しても、やっぱり彼らに出会うことが出来ない。「あれ〜、おかしいなぁ。」と呟いていると、顔馴染みのディーラーから「彼らはこのフェアに出るのを止めたのよ。」とびっくりするような台詞が。長い期間開催されているこのフェアの出店料が高額なのは当然のこと。そんな風に出店業者も年々入れ替わっていくのだ。彼らに会えないことは残念だけど、また他の場所で会う機会があるはず。

 そんながっかりすることがある反面、また出会えて嬉しいディーラーもいる。いつもはノルマンディーのフェアで会うマダムとムッシュウのカップルは、私好みの雑貨を扱っていて、いつも何かしら欲しい物を持っている。今回も彼らの姿を見つけるいなや、挨拶と同時にブースに飛び込み物色!ブースの中をキョロキョロ見回し、誰か他の人に取られないように、とにかく気になる物を片っ端から腕に抱えていく。
 今日の収穫は足の形が独特のパニエや初聖体の時の衣装に着けるポシェット二つ、それにお花の数々。個性的なパニエの形が魅力的で「こんなの欲しかった!」という感じのパニエ。ポシェットはそれぞれ雰囲気が違うものの、どちらも状態が良くて素敵!いつもにこやかな優しいマダムにも癒される。

■11月某日 晴れ
 次に見つけたのは、シルバーのニードルケースとアリュメット入れ。特にアリュメット入れは私もお気に入りのすずらんの模様。前回の買付けでは、すずらんのパウダーケースが入荷したが、今回は同じ柄のアリュメット入れ。アール・ヌーボーの影響を受けたデザインと中に入ったままの当時のマッチも興味深い。

 まだまだ歩き回ること何時間か。朝イチでやって来て、もうとっくに昼は過ぎている。期待してやって来たフェアだが、どうも今日は気に入ったものに出会う確率が低い気がする。何周も歩いた外のストールに見切りをつけ、高級なアンティークが並ぶ室内のストールへ。
ここでも顔馴染みのディーラー何人かに出会い挨拶を交わす。特にいつもお世話になっている素敵なものばかり持っている男性ディーラーのブースをまるで舐めるようにケースを眺めつくす。類い希な審美眼とセンスの良い彼の選んだアイテムはどれも本当に美しい、もだえるほどに美しい。が、とにかく高価!非常に高価!今回もドキドキワクワクしながら眺め始めたものの、自分には手に入れられないことを認識し、次第に悲しい気持ちに。彼のアイテムはどれもが美しく、かつ生半可な気持ちでは仕入れられない高級品ばかり。毎回この時ほど強烈に「お金が欲しい!!」と思うことはない。そんなムッシュウは、なぜだが河村のことがお気に入りで、いつもエレガント、とても親切。彼は、そんな私達の気持ちを見越しているのか、「どれが見たいの?」といつも優しい。
 高級品ストールをじっくり眺めた後は、次の場所へ。初日に訪れたディーラーの元をもう一度訪れることにしたのだ。途中、遅いランチを済ませ、再び彼女の元へ。

 つい数日前に会ったばかりだが、何度彼女と会っても嬉しい!そのうえ「先日見せるのを忘れていたのよ。」と言いながら、シルク生地を出してきてくれた。今回の買付けでは、なかなか生地を手に入れることが出来なかったのでありがたい!沢山の生地の中から気に入った物をチョイス。元々生地見本だった生地なので、大きなサイズのものはないが、美しい生地ばかり。他にもタティングレースを使ったベビードレス等々が思いがけず手に入り、フランス最後の買付けに華を添えた思いだった。

 彼女のところでの買付けを終えたのはもう夕方。誘われるまま近所のキャフェに行って暖かいヴァンショーを。最後に良くお礼を言い、次回の約束をしっかりして彼女と別れた。これにてフランスの買付けは終了。明日からはロンドンに移動し、まだまだイギリスでの買付けが待っている。

今日は久し振りの良い天気。買付けの合間にパチリ!都会のパリでは珍しく、運河添いの広々とした空です。


今日のランチはブーランジェリーでサンドウィッチ。サンドウィッチだけでお腹いっぱいになってしまったので、残念ながらデザートはパス。でも、どのケーキもとても美味しそうでした。


いつも通る薔薇専門店で。ここを通る度、思わず写真を撮ってしまいます。 今日はパリ最終日。こんな光景もパリならでは、パリを去るのが淋しいです。


■11月某日 曇り
 今日はロンドンへの移動日。ユーロスターに乗り遅れると大変なことになるので、朝早くから余裕を持ってバタバタと荷物をまとめ、仕入れた物は壊れないように優しくパッキングしてそれぞれのスーツケースにしっかり詰め、自分達の私物は持って来た巨大ナイロンバッグや私の持って来た小振りのスーツケースに無造作に詰める。すっかり詰め終わった頃は汗だく、エレベーター使ってすべての荷物を階下まで降ろすともうぐったりだ。レセプションでチェックアウトを済ませ、タクシーを呼んで貰う。タクシーが来る前にレセプションのムッシュウとお別れ。

 ユーロスター出発の1時間以上前にパリ北駅に着き準備万端。今日のチケットは日付の間違いもなく、荷物が巨大なことを除けばここまではしごくスムーズ。ただ、イギリスに向かうことを思うと、どんよりした天気と寒さ、そしてイギリスの食事を思うと、ふたりともテンションが低く、ラウンジでイギリスの天気のようなどんよりした気分で待つ。

既に巨大化した荷物と共に北駅到着!これからユーロスターでロンドンに向かいます。 毎度の事ですが、最近すべての荷物を持ち帰っている私達、この荷物をこれからロンドン、そして日本まで運ぶかと思うと暗澹たる気ちに。(単にロンドンに向かうのが嫌なだけ?)


 無事にロンドンに到着した後、今回はいつも泊っているアパートメントの予約が取れなかったため、初めて泊るアールズコートのアパートメントへ。いつも泊っているグロスターロードからも程近いことから、よく考えずに予約したこのアパートメント。だが、後ほどとんでもない思いをすることになるとは…。

 昼過ぎに着いたロンドンはパリに比べてずっと寒く、ユーロスターの到着したセント・パンクラス駅の吹きさらしのタクシー乗り場は、「あぁ、ロンドンに来てしまった…。」という暗澹たる思いをさらに深めてくれる。長蛇の列のタクシー乗り場で待つこと20分、ようやくやって来たタクシーに乗り込んだが、ラッシュアワーでもないのにロンドンの街は渋滞でなかなか前に進まない。ということは、タクシー代がかさむということ。でも、この荷物を持って地下鉄に乗ることは不可能。タクシーに乗ったら最後、すべてをゆだねなければならないのだ。

 「あぁ、やれやれ。」と、いつもよりも1.5倍ほどの時間をかけて宿泊先に到着。到着した先は初めて泊るアパートメント、それと思われるアパートメントを見つけ、タクシーから降ろした荷物を入口の階段になんとか運び上げ、ブザーを押し、中の人にドアを開けて貰う。(アパートメントはホテルと違って常に施錠されていることが多い。)殺風景な小さなレセプションのカウンターにはたったひとり、私がプリントアウトしてきた予約の確認書を見せようとすると、開口一番「ここはレセプションではないから他の場所でチェックインしてきて。」と言われ、着いた早々河村を置いて、そこから歩いて5分、アパートメントの本部ともいえる場所へ。

 やっと着いたと思ったのに、また別の場所まで歩かされることに、ご機嫌斜めで歩く。着いた先はとあるホテル、どうもそのホテルがアパートメントも管理しているようなのだ。今度こそきちんとしたレセプションに着き、レセプショニストに自分の名前を告げたのだが…。レセプショニストの一人が私の名前をパソコンで検索し始めたのだが、途中で頭を振り、怪訝な表情に。彼女がマネージャーと思われる男性レセプショニストに何事がを呟き、彼の口から「予約はありません。」と気の毒そうな顔でひと言。やっと着いたと思ったら、遠いレセプションまで歩かされ、「え?そんなはずはない!もう一度確認して!!」と思わず激高する私。そんな時、女性レセプショニストが、「それを見せて下さい。」と、私が手に持っていた予約の確認書に気付いた。彼女に手渡すと、「あぁ!」と納得の表情。「これは別なアパートメントです!ここはKensington Aparthotel、あなたが泊るのはKensington Serviced Apartmentsですよ。」とニッコリ。私を含めたレセプションにいた全員がほっとした瞬間だった。マネージャーの男性からは、「次回はこのアパートメントに泊ってくださいね。」と優しい言葉も。心からほっとして、また元来た道をすごすご戻っていった。私達が泊るアパートメントは、最初に入った番地の隣だったのだ。

 「大丈夫だった?」と心配そうに待っていた河村に、「ここじゃなかったの!」と告げ、せっかく建物に入れた荷物一式を持ち上げ、また階段を降ろし、隣の建物へ。こちらの玄関はパスワードを入れて開ける仕組み。ちょうど居合わせたドイツ人のカップルと一緒に建物の中へ。後から気付いたのだが、事前にアパートメントから来たメールには玄関ドアのパスワードと、何やらキイボックスのピンナンバーが記されていたのだった。

 やっと今度こそ該当のアパートメントに入ったのだが、そこには誰もいない。そこにはレセプション自体が無く、あるのはそれぞれの部屋のキイが入れられたキイボックスのみ。ピンナンバーを入れるとボックスを開き、自分の部屋のキイのみが取り出せる仕組みになっている。最初、キイボックスのピンナンバーが分からなかった私は、そこにある管理会社のホットラインの電話を持ち上げ、管理会社に電話。管理会社の女性オペレーターから何とかピンナンバーを聞き出すことが出来たのだが、その場でピンナンバーを入れてもキイボックスはまったく開く気配がない。そのことを電話の向こうに告げると「チェックインタイムの午後3時にならないと開きません。」との返事。渋々電話を切り、午後3時までそこで待機。が、3時になっても結局開くことはなかったのだ!

 時間は午後3時を回った。もう一度キイボックスのピンナンバーを押すが、ボックスの扉はうんともすんとも動かない。何度も押すがまったく開く気配はない。頭の中に「今晩泊る部屋に入れないのでは?どこで寝る?」という考えが巡り始め、だんだんと青ざめてくる私達。「またホットラインから管理会社に電話をするしかないのか?」と暗澹たる気持ちで思い始めた時(管理会社の女性オペレーターは凄い巻き舌で、電話だといっそう聞き取りにくかったのだ。)、私達の前に救いの神が現われたのだ!

 それはちょうどその場にやって来たハウスキーパーのまだ若い男の子。親切な彼は私達が困惑しているのを見て、「大丈夫?」と声を掛けてくれ、ピンナンバーを押しても作動しないことを理解すると、そのままホットラインで管理会社に電話してくれた。彼が管理会社とやりとりを始め、ピンナンバーを再度押してもまだ開く気配はない。結局、管理会社が遠隔操作でロックされているキイボックスのロックを解除し、その中のキイを取り出すことに。結局開くまでかかった時間は約1時間。その間電話のやりとりをしてくれた彼には感謝のひと言!感謝の気持ちを"Thank you very much indeed."の言葉とチップを渡すことでしか示すことの出来ない私達は、彼に「これで何か飲んでね。」と小額紙幣を渡したのだった。

 そんな紆余曲折があり、やっと鍵を手にして部屋に入ってまたびっくり!部屋いっぱいにソファベッドがひとつ。改装したばかで小綺麗だが、二人用の部屋のはずなのに、スーツケースひとつ開けるスペースの無い超狭い部屋だったのだ!あまりのことに絶句する私達、「こんな狭い部屋にいたら、どんなに仲が良くてもケンカになるよね。」と思わずポツリ。ロンドンのホテルはどこもけっして広くないが、予約サイトの写真とのあまりの違いに、もう言葉も出なかった。

 今日はロンドンに着いてから、仕事の予定があったのに既に夕方。「果たして間に合うのかしら?」と思いながら出掛ける。今日の予定は私達が「ロンドンの御徒町」と呼んでいるジュエリーの問屋街に様々なジュエリーボックスを仕入れに行くこと。ロンドンの日の暮れるのはとても早い、地下鉄を乗り継いで現地に到着したのはもう真っ暗な午後5時。いつもの問屋に着いたが既にクローズで、どこまでもついていない。でも、ダメ元で近くのジュエリーの工具を扱うショップに入り、「あの、ジュエリーボックスありませんか?」と聞いてみたところ、「少しだったら…。」と思いがけず奥から目的のボックスが出てきた。種類は少ないものの、なんとか目的のブツを手に入れ長い一日が終った。ふ〜。

■11月某日 曇り
 今日はロンドンでの仕入れの大切な一日。何人ものアポイントがあり、立ち寄る先がいっぱい、待っている人、待っている物が多々あるのだ。昨日の「カギ事件」からいまだ立ち直れない私達、玄関のパスワードすら心許なく、一人が外に出て、パスワードを入れてちゃんと開くか確認してから出掛ける。午前6時過ぎ、外は暗く寒い。なかなか来なかったタクシーをようやく捕まえ、さぁ出陣!

 一軒目はいつも立ち寄るジュエラー。前回の買付けの折には、ホリデーに行っていた彼女達親子と会うことが出来なかったので、久し振りの再会だ。まずふたりに挨拶を済ませ、ケースの中を一瞥。前回、彼女達から仕入れられなかったシールを重点的にチェックする。「これとこれ、それからこれも見せて!」限られた時間の中でテキパキとお願いすると、同じくテキパキとケースから出してくれる彼女。出してくれた沢山のシールを河村と手分けしてひとつチェック。何しろ小さいので、よくよく倍率の高いルーペで確認する。そんな中から見つけ出したのは、薔薇をくわえたドラゴンのシールをはじめとする3点。なによりこのドラゴンのユーモラスな表情に魅了されたのだった。他にも常に探しているゴールドのブレスレットやオールドヨーロピアンカットダイヤがたっぷりセットされたマーキース形のリングが。アンティークジュエラーにはエドワーディアン以降のプラチナを使った白っぽい輝きのダイヤモンドジュエリーが好きなディーラーもいるが、私はオールドヨーロピアンカットダイヤやローズカットダイヤが好み。早朝から気に入った物が手に入り、幸先が良い。

 次に出てきたのはフランス製のポーセリンボックス。フランスにも家があるというディーラーはしょっちゅうイギリス、フランス間を行き来していて、フレンチアイテムに強い。そう、イギリスでフランスの物を仕入れることも多々あるのだ。今日も彼女のブースを覗くと、エンジェル模様のピンクのポーセリンがはまったジュエリーボックスが!こんな可愛いポーセリンのボックスは今まで手にしたことが無い。迷うことなくいただいてしまった。

 いつも立ち寄るソーインググッズのディーラーは、明日からトルコにホリデイに出掛けるという。「なので、今日はこんな物を持って来た!」という手にはマザーオブパールのタンブルフックと大きめのタティングシャトルが。どちらも美しい細工。「ホリデイ前の出血大放出!」ということらしい。通常、探してもなかなか見つからない物だけに、「しめしめ。」とこの2点をいただく事に。

 ポピュラーなアイテムにもかかわらず、なぜかパールのネックレスを仕入れる先は決まっている。今日もいつもお世話になっているジュエラーのところで、次々出して貰ったパールネックレスをチェック。イギリスに流通しているアンティークのパールネックレスはけっして少なくはない。ただ、その中でも私を満足させる物はほんの僅か。パールの照りはもちろん、グラデーションの繊細さやクラスプの細工、クラスプにセットされている石の有無、全体の雰囲気など、チェック項目は様々。この冬自分でも着けたいと思っていたロングのパールネックレスを探していたのだが、今回は見つからず。でも、その代り、繊細なグラデーションのネックレスを見つけた。「これならよし!」現行品とは趣を異にする素敵なパールネックレスだ。

 そして…本日のクライマックスのひとつ、約束していたレースディーラーの元へ。実は、以前からずっとタティングレースのパラソルを探していて、懇意にしているディーラーに「絶対よ!タティングのパラソルが入ったら絶対私に連絡して!!」と言っていたのだが、このたび該当の物が出てきて、すぐに私に連絡が入ったのだ。しかも、ラッキーなことに買付け直前で、「二週間後にそちらに行くから、絶対取って置いて!!」という私のお願いを快く聞いてくれ、キープしておいてくれていたのだ。
 挨拶するのももどかしく現物を見せて貰うと、「状態は良好。」と聞いていた通り、パラソルとしてはこれ以上ないコンディション。ハンドルはアイボリーだし、欲しかったパラソルそのもの!改めて私と河村のふたりがかりであちこちをチェックし、問題のないことを確認。高価なアイテムだが、ずっと探していた物だけに手に入ってテンションがぐっと上がる私達。「本当に嬉しい!!」という気持ちが伝わるよう、お世話になったディーラーに良くお礼を言い次の場所へ。

 こちらも毎度お世話になっているジュエラー親子。親子二人分、とにかくその在庫数は凄い!なので、気持ちを落ち着け、我慢強く探せば掘り出し物が見つかることも。果たして今日はどうだろうか?ここは数が多過ぎてガラスケースになど並んでいない。そこには膨大な数のジュエリーが沢山のトレイに載っている。そのトレイをひとつひとつ辛抱強く見せて貰うのだ。まず気になったジュエリーをトレイから選び、ひとつひとつルーペでチェック。リーペで見て何か不審な点がある物はさらに高倍率のルーペで。延々そんな作業を繰返し、今回手元に残ったのは…。
 ローズカットダイヤにびっしり覆われた薔薇モチーフのブローチ。私も河村もその生き物のようなダイヤの輝きに魅入られてしまったのだ。こんな時、いくら高価な仕入れでも「でも、仕方ないよね。」とお互いに納得してしまうから不思議。それだけ説得力があるジュエリーだということだと思う。

 もう一軒、アポイントを入れてあったレースディーラーも私達の大切な仕入れ先。ヴィクトリア&アルバートミュージアムにも出入りするという彼女は、私のためにいつも何かしら興味深いレースを持ってきてくれる。今日、彼女が持って来てくれたのは滅多に出てこない繊細な手仕事のドレスデンワーク、そして物凄く状態の良いホニトンの広巾ボーダー。どちらも満足感の感じられるレースだ。また、そんなレースについて彼女の意見を聞くのも勉強になる。

 レースを仕入れた直後、偶然知り合いの日本人ディーラーIさんにバッタリ!お互いに買付けに来ていたことを知らなかったので嬉しい再会だ。しかも、話していくうちになんと同じアパートメントに滞在していたことが分かる!(彼女は難無く部屋に入ることが出来たらしい。)同棲大の彼女とは、日本にいる時にはなかなかタイミングが合わず、一緒に食事することがままならないが、ここロンドンだったら同じ建物に滞在中、誘わない手はない。「じゃ、後で一緒にランチしよう!」と誘うと、「美味しいタイ料理が近所にあるから、そこに行きましょう!」と嬉しい返事。後ほどアパートメントで待ち合わせすることに。

 今日の買付けはまだまだ続く。そのブローチを持っていたのは、ジュエリーを専門に扱っているディーラーではなく、私達と同じように、レースだったりシルクリボンだったり、素材系の物から雑貨、気に入ったジュエリーだけを置いているセレクトショップスタイルのディーラー。いつも朝の遅い彼女のために、彼女のブースは最後に向かうことにしている。そのガラスケースの中には「いつか欲しい!」と思っていたパンジーのエナメルブローチ!ロンドンの繁華街ボンド・ストリートの老舗ディーラーのウィンドウで、以前「欲しい!」「可愛い!」と呟いたブローチが!(その時はボンド・ストリートの老舗ディーラーだけあって、私にはどうしたって手が届かない金額だった。だからこそ余計に強烈な憧れを持ってしまったのかも…。)見知った女性ディーラーにそのブローチを出して貰うと、状態は問題ナシ。非常に高価ではあるが何とか私にも手が届きそう。買付けも終盤で買付け資金も限られている中、「もう高価なアイテムは無理。」と思っていた河村は、私が断固とした態度で「これ、買います!」と言っているのを唖然として見ている。ほぼヤケクソ状態の私は「買う!買う!絶対買う!」と有無を言わさないのだった。懐は寂しくなったけれど、長年の憧れのブツが手に入り、嬉しい!!

 時刻はとっくに昼過ぎ。早朝から歩くこと7時間近く。今日の仕事も終了だ。一度アパートメントに帰り、Iさんと一緒に遅いランチ。彼女のおすすめするだけあって、そのタイレストランはロンドンにあるまじき(笑)美味しさだった。お店の雰囲気もシックで、アールズ・コートの駅からもすぐ。また今度、誰かを誘って行こうと思う。


食事の後はロンドンのお気に入りのデパートLibertyへ。まだ11月だというのに、ウィンドウはクリスマスのディスプレイ。


Liberty内部の吹き抜けは帆船のイメージ。というのも、この建物は元々イギリス海軍の軍艦2隻を材料にしているため。リバティプリントの帆が華やかです。

■11月某日 晴れ
 買付け最終日の今日は、朝から再び荷物をまとめて出発の準備。いつもだったら、チェックアウト後もレセプションに荷物を預けて出掛けるのだが、まさかこのアパートメントにレセプションが存在しないとは思っていなかったので、今回偶然同じアパートメントに泊っているIさんに今日一日荷物を預かって貰うことに。彼女はまだしばらくロンドンに滞在する予定なのだ。昨日、レセプションがないことにびっくりして、ロンドンで荷物を預かって貰える場所をインターネットで探したのだが…ヴィクトリアやパディントンなどイギリス国鉄の駅に荷物預かりがあることは知っていたのだが、調べてみると荷物1個につき10ポンド、私達の荷物は4個。ということは40ポンド!?Iさんにお願いすると、快く引き受けてくれた。
 朝イチはヴィンテージファッションのフェアへ。今日は朝から2軒のフェアのハシゴ。その間、Iさんとは一緒に行動することになっている。

 久々のヴィンテージのフェア、私達が入場した時間はトレードと呼ばれる時間帯で、出店業者と一緒に入場し、その設営をしている横で彼らが出していく商品を、彼らに邪険にされながらも次々物色。出店業者は次の一般入場の時間までに設営を済ませようと必死。ウロウロしている私達は邪魔くさそうによけられる。
 そんな中、まだ商品を出している途中のディーラーのテーブルにシルクのボタンが放り出されている。そのテーブルには他にも何やら可愛い物が色々出てくる。彼が綺麗に並べる前にブースに入れて貰い、出していく側から、「あらあら、あるじゃないの!」と、ひとつひとつひっくり返していく。ここでお人形向きのアイテムを入手

 だんだん設営が出来上がってきた。そうすると今までなかった様々な物が出てくる。意外なことにも、ここでもフランスのカルトナージュが出てきた。可愛い模様、素敵なデコレーション、これは手に入れないと!たまたまIさんに連れられてやってきた久し振りのヴィンテージフェアだったが、期待していたよりもずっと仕入れる物があってラッキー。この後は、ロンドン市内で開催されるフェアの入場時間に間に合うよう、Iさんと大急ぎで会場をあとにする。

 これが今回の最後の仕事、ロンドン市内のフェアは私のお気に入り。ここでは度々、ラッキーな拾い物をしているのだ。会場に着くと、もう既に入口付近には長い行列。それに並び、沢山の人々と一緒に入場。今日は何が見つかるか?(でもこれが本当に買付け最後、もう資金は尽きているのだが…。)

 期待していたフェア、河村と一緒に気合い満々で歩き回るが、これが拍子抜けするほど何も出てこない。何度も何度も会場を周回するのだが、不思議なほど何も無い。そんな中、活躍しているのは中国からのディーラーと中国物を扱うイギリス人ディーラー。以前、こんなに沢山の中国人もいなければ、中国物を扱うディーラーなんて皆無だった。こんな一コマにも時代の流れを感じる。
 結局、拍子抜けに次ぐ拍子抜けにより、ここで手に入れたのはリングひとつ。でも、それを持っていたのは昔から馴染みの女性ディーラー。実はこのリング、そっくりな物を10年近く前に見たことがある。それはイギリスの片田舎のフェアで、地金好きなジュエラーが自分ではめていたもの。ハートのチャームが付いているそのリングがとても可愛かったので、商品を選んだついでに「あなたがはめているそれは?」と聞くと、「これは私の物だから売らないの。(笑)」とにっこり笑って、やんわり断られてしまった思い出が。あれから10年近くが経ち、まさかあの時のリングとそっくりな物に出会うとは…。あの頃の懐かしい気持ちが蘇ってきた。

 そして、このフェアの最大の目的は何かというと…約束の時間が迫り、私の携帯に一本の電話が掛ってきた。それはファンを入れるための扇形の額を販売しているディーラー。買付け出発前にメールのやりとりをし、昨日知り合いのレースディーラーの所で待ち合わせしていたのだが、ちょうどパリからロンドンへユーロスターに乗っている時、私の携帯に彼から予定変更の電話が掛ってきたのだ。ロンドンから25マイル(約40キロ)も離れた場所に住んでいる彼、わざわざロンドンへのデリバリーをしてくれ、フェアの会場へ持って来てくれたのだ。フェアの会場入口へ戻ると、大きな箱を抱えたおじいちゃんディーラーがいた。ご挨拶とお礼を言い、感謝の気持ちをしっかり伝えてお支払い。「いらないよ。」と優しく言う彼に、きっちりデリバリーフィーもお渡しした。

 これにて今回の買付けのすべての予定が終了。荷物をピックアップするため、Iさんと一緒にアパートメントに戻ってきた。今回も様々な人にお世話になり買付けが終わった。思い起こせば長らく、買付けでも本当に沢山の人のお世話になっている。そんなすべての人々に感謝!

***今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。***