〜後 編〜

■9月某日 雨
 今日から再びお仕事開始!午前5時半のタクシーに乗るために目覚ましを4時半にかける。今日は日帰りでノルマンディーのフェアに行くのだ!目覚ましと携帯のアラームに必死の形相でベッドから起き上がる。南仏ですっかり気の抜けた生活をしていたが、パリでは一転また買付けの日々が待っている。パリの早朝は寒い。持って来た薄手のコートと「ひょっとして必要かも?」と南仏で買っておいたコットンセーターを着込み、予約していたタクシーに乗り込みノルマンディー行きの列車が発着するサン・ラザール駅へ。

 問題なく列車に乗り込み、到着まで1時間半、半分眠りながらひたすら体力の温存に勤める。(笑)なにせ、駅到着と共に、駅前の僅かなタクシーを取り合う「タクシー争奪戦」も控えているのだ。駅に着いて列車を降りたと同時にタクシーダッシュ!ホームから地上への階段を駆け登り、駅の構内をバタバタと駆け抜ける。駅のタクシー乗り場に駐まっていたタクシーはたった1台。駆けてきたそのままハアハア息を切らせながらドライバーに挨拶すると、ぶっきらぼうに「で、どこに行くの!?」とひと言。どうやら彼はもう「上がり」の時間で近場しか行きたくなったようなのだが、私のゼイゼイハアハア息を切らせた様子を哀れっぽく思ったのか目的のフェア会場まで行ってくれることになった。1台だけいたタクシーをゲットし、今日は何やら幸先が良い。

 今日のフェアは、何度も来ているお馴染みのフェア。会場に着くと、まず目的のディーラーの所を回る。まず最初はジュエリーボックスやソーイングボックスを持っているマダム。彼女とはいつもパリのフェアでもお世話になっている。そんな彼女からはスミレの香水ボックスとソーイングボックスやコットン生地を。特にスミレの香水ボックスは大振りで未使用、状態の良い物だ。
 他にも今日は可愛いソーイングパーツやお人形に使えそうなレースが多数。いつも立ち寄るレースディーラーのマダムの所には、ポワンドガーズやブリュッセルアプリカシオンのお人形向きの巾の物が珍しく沢山入荷していてさらにその中から状態の良い物、模様の美しい物をセレクト。まとまって仕入れが出来るとありがたい。

 ただ、バカンス明けのせいか、まだ皆本調子ではない様子。「う〜ん、なかなか無いなぁ。」と呟きながら歩いていると…大きめのソーイングバスケットを発見!内側がブルーのシルク張りになった美しいバスケットだ。しかも、中にはお道具すべても揃っている。「素敵!」お人形と組み合わせてディスプレイしても良いかも…。大きなバスケットを入手し、自分は持たず河村に持たせてご機嫌の私。ふと見ると、暗いケースの中になにやら綺麗なグラヴィールのグラスがあるのを発見。
 2客のタンブラーは、ここ最近では見たことの無い繊細で華麗なグラヴィール。中央にモノグラムが彫られ、その周りにぐるりとガーランドが彫られている。タンブラーの底近くにはホットワークによるデコレーションも。ホットワークとコールドワークを自然に組み合わせたアイテムだ。そのグラスの持ち主は、ベルギーとオランダから来たカップル。(なので、英語で会話が出来て私達にとってはありがたい。)タンブラーの底の部分にはそれぞれドイツ語のテキストも彫刻されていて、ふたりによると「これはドイツから来た物だと思う。」とのこと。ベルギーとオランダのカップルからドイツの物を譲って貰う日本人の私、なんだかとても不思議な気がした。

 それからミラーが入ったリボン付きのブロンズ製フレーム。珍しく壁掛け式で、大きめのインテリアっぽいアイテムだ。リボン付きのアイテムは私達好みの物、少し大きな物が入荷して嬉しい。これも重いけれど、すべて河村に持たせてスタスタ先を歩く私。
 早朝に入ったフェアは正午を回るとひとつひとつのブースが歯が抜けたようにクローズしていき、午後1時にはほぼ終了した。行きと違って、帰りはバスに乗って駅まで向う。何度も乗っているこの街のバス。以前は間違った行き先に乗ってしまい、とんでもないところに行ってしまったこともあるけれど、最近はすっかり慣れて路線番号を確認、スムーズに駅まで戻ってきた。

 予約をしていた列車に乗るために駅のホームに向うと見慣れた顔が…。仲良しのディーラーのK嬢と同じくフランス仕入れのK氏。買付け先で仲良しのディーラーに会うと、お互いにほっとしてついつい饒舌になってしまう。帰りは向かい合わせのシートに四人で座り、ワイワイガヤガヤ楽しくおしゃべりをしているうちにあっという間にパリに着いた。

 またサン・ラザールに戻ってきた後は、二人と別れ、私達はオペラのユニクロへ。32℃だった東京から来た私達、例年のパリの気候を想定して服を持って来たつもりだったのに、来てみると思いがけず気温が低い。パリの気温は16℃、早朝はもっと寒い。昨日までいたコートダジュールとも10℃も気温差がある。私は薄いダウンのジャケットを、河村はカシミヤのセーターを調達。思わずパリにユニクロがあったことに感謝してしまった。

パリのお花屋さんのなんとも微妙な色合いの紫陽花。こういう洗練された雰囲気はやはりパリならではですね。


全身紫おばさん出現?思いがけずパリは既に「晩秋」という感じでした。洋服の傷む買付けには、ユニクロがぴったり!このダウンジャケットのお陰で元気に買付け出来ました。

■9月某日 雨
 今日の買付けも朝が早い。ということは、必然的に「寒い」ということ。今日も昨日調達したユニクロのダウンジャケットを「あぁ、これ軽くて暖かくて最高!」と着て出掛ける。今日も沢山のディーラーの所を回る予定なのだが、その中でも主な目的はアポイントを入れてあるディーラー三人。さて、期待通りの物が何か出てくるのだろうか?期待と不安が入り交じった気持ちで今日も出掛ける。

 まず最初に偶然見つけたのは紫色が美しいガーネットのリング。石の色合いに合わせた地金はローズゴールド、18Kの刻印入り。地金部分の細かな細工も良い感じ。「やはりフランスの18Kジュエリーは良いなぁ。」と心の中で呟きながらチョイス。

 そして一人目のアポイント先へ。(しっかり者の彼女は、アポイントを入れずに訪れると、「どうしてメールくれなかったの!」と私を責めるので、最近は取りあえず毎度メールを入れるのが常。)レースやソーイング素材を扱う彼女はまだこの業界では若手。(とはいっても、たぶん30代半ばだと思うけれど。)いつも手ぐすね引いて私の訪れを待っていて、私の姿が見えるやいなや、遠くから手を振って迎えてくれる。
 今日、沢山ある彼女の在庫から選んだのはシルクシフォンの生地で作ったお花が沢山付いているボネ、そしてコットン生地で出来たチャイルドドレス。こちらは可愛くて小さな柄のため、お人形の衣装用の生地として使うのにぴったり。シルクではないものの、お人形用の生地がなかなか無い昨今、ちょっと嬉しい出物だ。そしてもうひとつはロココ付きのボネ。こちらはボネのシルク部分が既に傷んでいるため、ロココを取り外してしまう予定。最近手に入れることが難しいロココが手に入って取りあえずほっとする。

 そして次は二人目のアポイントメント先へ。彼女はもう長くお世話になるディーラー、仕事熱心でその丁寧な仕事ぶりから、ラテン系のフランス人ディーラーの中では最も信頼をおいているディーラーのひとり。(大半のフランス人にとってバカンスは人生の大きな目的のひとつなのにもかかわらず)珍しくバカンスで頭がいっぱいになることもなく、この夏もしっかりお仕事をしてくれた様子。それは彼女が私のために取って置いてくれたボックスの中身で分かる。
 そのボックスから出てきたのは、香水やせっけん、パウダーがそのままの状態で残っているボックス入りのドレッシングセット!しかもシルク製のボックスのふたは貴族柄の石版印刷で出来ている。一緒に出てきたのは当時のボックス入り、花嫁の頭を飾る小さなお花がびっしり付いたすずらんのガーランド、他にもジュエリーボックスやチョコレートボックス、ソープボックスなど箱もの色々。珍しい物としてはフラワーバスケット模様のエナメルボタン、お花も色々。どれも欲しかった物や見たことのない物ばかり、フランスらしい状態の良い雑貨類を手に入れるのに毎度とても苦労しているので、一度に沢山の良い物が出てくると本当にありがたい。働き者の彼女に感謝!

 沢山の荷物を抱え、いったんホテルに帰宅。色々仕入れたものの、どうしても見つからないものが…それはお人形を作られる方々からリクエストされている柄織のシルク生地。どこで「お人形用のシルク生地ない?」と聞いても、「最近ないわね〜。」という返事ばかり。最後の手段で、ずっと以前に仕入れたことのあるテキスタイルを専門に扱うディーラーへ。広いストールを構えるアラブ系のマダムはまだ若いけれど迫力系。あまりにも在庫が多く、その中から目的のものを探し出す大変さにこのところ敬遠していたのだが、そうも言ってはいられない。
 久し振りに訪れたマダムの所には先客がいて、沢山の豪華で高価そうな法衣服が床いちめんに広げられていた。足を踏み入れたと同時に、絨毯と間違えて思わずその法衣服を踏んづけてしまった私。目を丸くする周囲の人々。びっくりして「うっ!」と声も出ない私に、既にそれを選んでいたニューヨークのギャラリーオーナーとおぼしきいかにもお金持ちそうなアメリカ人マダムに「大丈夫!平気よ。平気!」と英語で慰められる。我に返って英語で必死に謝る私。おまけに私のおどおどした様子からか、アラブ系のマダムからは「マドモアゼル」と呼びかけられ、すっかり立場がない。(「マドモアゼル」の呼びかけは「ちょっと、お姉さん」と言った感じだろうか。その言葉には「マダム」と違って敬意はまったく無い。フランスでは若く見られても嬉しくも何ともないのだ。)
 そんなアクシデントにドッキリしながら、河村と一緒に在庫の山を崩しながら、その中からお人形に使えそうなシルクを引っ張り出す。結局なんとかみつけ出したのは深紅のシルクベルベット、ブルーのモアレ生地、そしてブルーとグリーンのシルクタフタ。取りあえず出てきたそれだけを手にして、立場の無い私はさっさと次の場所へ。

そして、最後の一軒のアポイント先へ。そこは古い衣装を扱うディーラー。初老のマダムはクールでプライド高く、今でこそにこやかに迎えて貰えるようになったが、そこまでの道のりは長かった。気に入らない観光客(?)が立ち入ると、あからさまに追い出すところを何度も目にしたことがある。いくら最近はにこやかにされていても、彼女と接している時はいつも緊張感が抜けないのだ。

 今日も挨拶をし、メールのお返事を貰ったことにお礼を言ってレースを見せて貰ったのだが…。すぐにレースの入った大箱を出して売れたマダムだが、どうやらまだまだバカンス明けでさほどお仕事をしていない様子。いくら探しても大箱の中に気に入った物は無く、レースを飾ったガラスケースの中にも目新しいものはない。マダムもそんな私達の様子を見て、「しょうがないわよね。」と首をすくめて達観した様子。「また今度お願いします。」と丁寧にお礼を言い、彼女の所をあとにする。

 そして次に立ち寄ったのはテキスタイルを専門に扱うマダム。先の中東のやり手マダムと違って、大人しく優しいマダムは会うとほっとする存在。いつも私が「お人形用の!お人形用の!」と口を酸っぱくして言っているのをよく覚えていてくれて、「お人形用のよねぇ?」と言いながら在庫の中からそれに見合いそうなものを探してくれる。「無いのよね〜。小さい柄は。」と言いながら出してくれたのはアイボリー地に銀糸で織られた綺麗な生地見本。他にも同じ種類の生地二点も一緒に出てきた。綺麗なアイテムで、しかも生地見本だったため未使用で状態も綺麗。やっぱり古くても状態の綺麗なものが好きだ。

 気付くと夕方、段々薄暗く人通りも閑散としてきた。iPhoneの万歩計で確認すると今日も1万5千歩、一日があっという間に過ぎていく。

仕事が終った後は近所のサンジェル・マン・デ・プレ界隈を散歩するのもパリ滞在の楽しみ。ラデュレのウィンドウはスミレのお花とのコラボレーション。


ラデュレと同じくRue de JacobにあるGienのウィンドウ。アンティークではありませんが、いつも華やか、百花繚乱という雰囲気が漂っています。


いつも通るau nom de la roseの店先。いつ通っても写真を撮りたくなってしまいます。


細い路地で見つけた小さなお花屋さん。日本ではさほど魅力的に映らなかったダリヤも、パリで見るとなぜか洗練して見えるから不思議です。

■9月某日 曇り
 今日はもう一度昨日と同じ買付け先を周り、昨日見逃したものがないかをチェック。今日も朝早くからバスに乗って…日曜日の今日、早朝のバスには誰ひとり乗っていない。バスの窓際に座り、ごく普通の市井の人々の住むパリの街を眺めるのはパリでの楽しみのひとつ。地下深くを進むメトロより車窓を眺めることの出来るバスの方がずっと好きなのだ。

 まずは昨日最初に立ち寄ったマダムの元へもう一度。また昨日と同じように彼女の商品を注意深くじっくり見渡す。何度見ても新しい物は出てこない。マダムに「ではまた次回!」と挨拶して帰ろうとすると…「これは私のコレクションだけど売ってあげるわ。」とロココが出てきた。訪れる前にメールを送るようになった私へのご褒美?それともお近づきの印?ともかくも思いがけずロココが手に入り嬉しい。しっかりお礼を言って彼女の元を去った。

 同じく昨日立ち寄った私のためにあれこれキープしておいてくれた彼女の元へ。昨日、すべての商品を見たつもりだったのだが、私の顔を見るなり彼女が「ハイ!」と渡してくれたもの。それは淡いブルーのシルクポシェット。「え!?こんな可愛い物もあったの?」とすかさずいただく事に。それと一緒にディスプレイするのにぴったりのブルーお花もいただいた。

 そしてもう一軒。ずっと昔から顔馴染みの優しいムッシュウ、比較的質の高い物を持っているのだけど、なかなか欲しい物が無く、もうずっと彼から仕入れたことが無い。それでも会えばにっこりと微笑みかけてくれるし、私達が品物をチェックしている間、見守ってくれる感じが「柔和なお兄さん」といった雰囲気。仕事があまり上手くいっていないのか最近はその優しい微笑みが少し悲し気に見えることもあり、何か彼から仕入れたい気持ちはあるのだが、実際はなかなか叶わない。いつものように並んだガラスケースを一巡して、ふとその横を見ると…あれ!!昨日は見なかった綺麗なジュエリーボックスがある!赤いベルベット張りのジュエリーボックス、ふたにはメタルの飾り、内側の淡いグリーンのシルクの状態が良い。でも、何よりも状態が良いのは外側のシルクベルベット。通常、ベルベットの毛足が摩耗してツルツルテンになっている物を多く見るのに、これはまるで100年前からタイムスリップしてきたような状態の良さ。私達の気に入った様子にムッシュウも嬉しそう。彼から仕入れることが出来て本当に良かった!

バスを待つ間、なんとも妙なポスターを発見!これ、日本でも公開予定、「恋するリベラ-チェ」の映画ポスター。派手な(悪趣味な?)コスチュームプレイで有名だったアメリカ人ピアニスト、リベラーチェのストーリー。見たいような、見たくないような…。


リュクサンブール公園沿いのお人形屋さんのウィンドウ。ここは残念ながらアポイントオンリー、しかも訪れた方のお話では何年も前にお人形は皆盗まれてしまい、ほとんど在庫が無いのだとか。昨今、パリのお人形屋さんは皆無になりました。


2CV大会?ご近所でゼッケンを付けた2CV数台を一度に発見!フランスではまだたまに走っている姿を見ますが、流石にこんな何台も一度に見るのは珍しいこと。ドライバーはみんなそれぞれボーダーシャツでキメていて、可愛かったです。

 午後からはアポイントを入れた最後のディーラーの元へ。今回の買付けはここで最後。ここでじっくり選び残りの時間を過ごす予定。と、思っていたのだが…。

 ディーラーの所へ向う途中、「どうしてそんな遠回りをする?」と文句を言う河村を無視し、いつもと違う道を通ったところ、なんと思いがけず生地やパーツなど素材を扱うディーラーを発見!「え?こんな人初めて見るよ!」と驚く私。フランスでは珍しく、とてもきめ細かくこちらの希望の物をおすすめしてくれるマダム。こんな所にこんなディーラーがいたとは!「あなたはいつからここでお仕事しているの?」という私の問いに「今月からよ!」とマダム。どおりで新顔だと思った。私の希望通りお人形に使えそうな生地を見せてくれ、大量な在庫の中から選ばせてくれる。そのどれもが生地見本なので新品同様、このうえなく状態も良い。血眼になって探していた織柄の物もシルクのパーツも見つかり、待っていらっしゃるお客様達の顔が頭に浮かぶ。最後の最後に肩の荷を降ろしたような心地だ。「また必ず来ますね。」とよくお礼を言って目的のディーラーの場所へ。

 目的のディーラーの手前、そこには顔馴染みの古書を扱うディーラーがいる。彼女から商品を仕入れることは無いが、コレクションしているアール・デコの挿絵本やグランヴィルの挿絵本を度々譲って貰った縁もあり、会うと必ず立ち話する間柄だ。今回、そんな彼女から聞いたのは、最近この界隈にカタールの王子様がお買い物に来たという話。
 アラブの被り物をして汚いTシャツを着ていて、「絶対何か盗みそう!」とみんなで警戒していたのよ、と言う彼女。そうしたらカタールの王子様で、本のお買い物をしていったのだけど、おサイフの中は500ユーロ札しか入っていなかったの!(通常出回っているお札はせいぜい100ユーロ札が上限で、私自身も実際に500ユーロ札を見た事がありません。500ユーロって日本円で7万円弱ですからね〜。10枚で70万円!?)それでもまさかカタールの王子だとは思わなかったから絶対偽札だと思ったのよ!と楽しそうに話す彼女。結局、王子様をよく知っている他のアンティークディーラーから「彼が王子様」だということを聞き、「へぇ〜」と納得したのだそう。王子様はその界隈一体で施し(お買い物)をしていかれ、付近のディーラーは皆大いに感謝したのだとか。「王子様ってそんな身近にいるんだね〜。」と私。パリのアンティーク街には、有名人が普通にお買い物に来たりするらしい。そういえば私もレースディーラーの所で、ボディーコンシャスで一世を風靡したデザイナーのアライアにバッタリ出会ったことがあるし、その界隈で日本の芸能人を目にしたことがある。アンティークには不思議な引力があるのかも。

 最後の買付け先は膨大な在庫を持つユダヤ系のマダムこの界隈では最も「やり手」と噂されている。働き者のマダムは、バカンスに行ってもバカンス先で必死に買付けをしてしまい、遊びに行ったにもかかわらずぐったり疲れて帰ってくるという根っからの仕事好き!ただただ尊敬の眼差しで仰ぎ見てしまうマダムなのだ。
 ただ、膨大な在庫といっても、欲しい物が膨大にある訳では無く、探す手間が増え、河村と一緒の時には二人手分けして探し回るが、ひとりの買付けの時には途中で気が挫けないようかなりの覚悟が必要だ。(でも、在庫が少ないよりはずっと良いけれど…。)今日はふたりで分担しあって「私はこちら。あなたはあちら。」とそれぞれ自分の分担箇所をじっくりチェック。時々「何か良い物あった?」と情報交換も欠かせない。河村が選んだものに私が「それはちょっと…。」とダメ出しすることもあれば、逆に河村が「それはいらないのでは?」と意見することも。
 長い時間掛けて二人で選んだ物はリボンやパーツ、お花、羽根など。在庫の数に比べてけっして多くないが、どれも厳選した物ばかり。これにて今回の買付け終了。すっかり解放された気分の私達は、最後に最近ディーラー仲間で何かと話題になっていたフィリップ・スタルクのデザインしたキャフェに入ってお茶を飲み、いつものようにバスで帰途についた。

 そして…事件は帰る途中で起きた!私達の乗ったバスは本来市庁舎まで運行するはずなのに、その日に限って証券取引所のバス停で駐まると「ハイ!全員ここで降りて〜。ここで終わり〜。」と降ろされたのだ。パリの市バスではたまにあることなので、大人しくバスを降りて次のバスがやって来るまでバス停で待つ。とすると…いきなり隣にいた河村が「ギャッ!!」と叫んで固まってしまったのだ。「ど、どうしたの!?」と私。「紙袋をバスに置き忘れた!!」と河村。そういえば河村が手に持っていた先程仕入れた物すべてが入ったグリーンの紙袋が無い。思わず目を見開き「え゛っ!!」と叫んでしまう。私達の紙袋をのせたバスはとうに目の前から去って行き、どうする術も無い。「ともかく次の運転手さんに聞いてみましょう!」とそのまま次のバスを無言のまま待つ。ここで何か言い始めると、どうにも止まらなくなりそうな私はひたすら押し黙る。

 次のバスが来た!冷たい私は河村に「あなたが説明して!」と言い放ち、河村が仕方なくボソボソとドライバーに問いかける。若くて神経質そうなドライバーは「はぁ?」と最初はめんどくさそうに答え、「そんなの分からないよ。」と言っていたのだが、私達が「ここでフィニッシュだったバスで〜。」としどろもどろに説明するとどこかに無線連絡してくれた。待つことしばらく、その間バスはバス停に駐まったまま。他の乗客は「良くあること。」と思っているのか、皆大人しく待っている。すると、どこからか無線の連絡が。最初は全然友好的でなかったドライバーだが、「取りあえずここに行ってみろ。」と郊外にあるバスセンターのアドレスを私のメモ帳にメモしてくれ、河村には"Good luck!"と親指を立ててみせた。

 郊外のバスセンターのアドレスは悪名高いサン・ドニ。治安が悪い事で有名なバンリューと呼ばれるこの辺り、あまりに危険な場所のため(「パリで暴動が起きました!」と車が燃やされているニュースが出ると大概この辺り。)、今まで一度も足を踏み入れたことが無い。しかも、あまりに郊外のため、いつも私が携帯しているパリの地図にも見当たらない。仕方なく、パリの郊外近くまでメトロで行き、そこからはタクシーを拾うことに。「流しのタクシー」という物が存在しないパリ、日曜日の今日、果たしてタクシー乗り場にタクシーがいるのだろうか?少しでもタクシーを捕まえやすいよう、一番外れの駅ではなく、その手前のトラムと交わる駅の方がまだ人出が多そうに思えたので、そちらで降りることに。

 メトロに乗っている最中も私はひたすら無言、ムッツリと押し黙る。実は、河村がバスに荷物を置いてきてしまったのはこれが初めてではない。何年か前、やっと見つけた高価なレースの入った袋を足元に置いたままバスを降りてしまい、それに気付いた私が真っ青になってバスに取りに戻ったという過去がある。そんなことを思い出し、ますます腹が立ち貝のように無言になる私。
 郊外の駅までは遠い。やっとたどり着き、地上に上がってみると、駅の側のタクシー乗り場にたった1台だけタクシーが待っていた!「神の助け!」とばかり、ここでもタクシーダッシュをする私、タクシーのドライバーに先程のアドレスをナビに登録して貰い、目的の場所へ。ただ、たどり着いたとしても、バスセンターの中をたらい回しにされて結局は見つからないのではないか、そこは荒涼とした場所で簡単には帰ってこられないのではないか等々、頭の中は悪い方へ悪い方へと巡っていく。そうしているうちにナビに登録した住所に到着。既に日は暮れ、辺りは真っ暗。どう見ても観光客にしか見えない私達を心配したドライバーは「本当にここでいいのか?ホテルも無いぞ?レストランも無いけど本当に大丈夫?」と心配して聞いてくれる。バスセンターの建物は見えていたので、「大丈夫!大丈夫!」と言いながらタクシーを降り、バスセンターへ。バスセンターと言っても、パリの市バスの車両基地で、誰もそこから乗る訳ではないので、薄暗く全く人気がない。入口の門は閉っていて、守衛室のような建物が見えたので、またここでも河村に「あなたが説明しなさいよ!」と冷たく言い放ち、建物の方へ。

 どう見てもフランス人ではない怪しく見える私達のこと、守衛室にいた2〜3人のムッシュウ達は怪訝な顔で「何か用?」とぶっきらぼう。またそこでも河村がボソボソと訴えると、さっきまで警戒心いっぱいだったムッシュウはにっこりしながらひと言「これか?」といきなり私達の目の前にグリーンの紙袋をブラブラさせた。そう、それこそ私達が必死になって追い求めてきた紙袋!!あまりの嬉しさに、私も河村も思わず飛び上がってムッシュウにお礼を言ってしまった。そのままスキップして帰るところだったのだが、回れ右をし、再びムッシュウ達に「ところでここからパリの中心までどうやって行ったらいい?」と聞くと、「この道をまっすぐ行くとすぐにメトロの駅があるから。」と優しく教えてくれ、無事にパリの中心まで帰ってくることが出来た。

 今回の出来事で思ったのは「フランス人も捨てたものではない!」ということ。バスのドライバー、タクシーのドライバー、皆に親切にして貰って再び紙袋を手にすることが出来、涙が出そうに嬉しかった。また、私達が降りた場所が最終で、他に乗客が乗ってこなかったことも幸いしたのかも。通常であれば置いてある紙袋に「何か金目の物でも?」と思った人物が持ち去って、中身の羽根や古い生地を見て「なんじゃ、こりゃ?」とそのまま捨てられてしまったとも限らない。本当にラッキーだった。
 最後の最後に蒼白にさせられたが、これにて一件落着。取りあえず河村と笑顔で帰ってくることが出来、本当に良かった。だが、紆余曲折のあった買付けが済むとあんなに楽しかったコートダジュールの旅の記憶がすべて抜け落ちてしまい…。「やっぱり旅行は最後にしないとダメかも…。」

近所のお花屋さんはグリーン一色で、どこか日本の「生け花」を彷彿とさせるウィンドウディスプレイ。フランス人はこのカットグラスの花瓶の配置に「禅」を感じるのかも?


一見森の中のようですが、実はボンマルシェからすぐ前のブシコー公園を眺めた光景。街の真ん中なのに、木々がこんもりしていて、瑞々しい気持ちになります。


音符が並んだ壁面、グランドピアノのような壁の飾り。何かと思ったらコンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院パリ音楽院)の建物。「のだめカンタービレ」を思い出しました。

***今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。***