〜ロンドン編〜

■2月某日 晴れ
 昨日パリへ帰ってきたと思ったら、今日はロンドンへの大移動が待っている。荷物をまとめ、レセプションでチェックアウトを済ませ、昨日予約をしていたタクシーを待つ。当日の朝では混み合っているため、タクシーの予約は前日までが鉄則なのだ。私達がロンドンへ行くために乗るユーロスターは午前10時13分発。ユーロスターは20分前までにチェックインが原則。でも何があるか分からないので、いつも早めに駅に着くようにしている。ユーロスターの出る北駅までは15分ほどなので、タクシーは8時50分に来て貰うことになっている。55分が過ぎ、9時が過ぎた。朝の混雑のせいだろうか、タクシーは来ない。私達のユーロスターのチケットは変更不可、これに乗り遅れたら次はない。私達は「なんで?どうして来ない?」という頭のままジリジリした気持ちで待っている。荷物も外に出し、いつでもタクシーに乗り込むことが出来るようスタンバイ。いい加減来ないタクシーにしびれを切らし、レセプションにいるいつものムッシュウに確認すると…
 「え?タクシー?予約なんてされていないよ。」とびっくり顔。そういえば、昨晩予約を伝えたのは、夜だけレセプションにいるムッシュウ。調子よく「セボン。セボン。」と言っていたのが、逆に調子が良すぎてちょっぴり引っかかったのだ。でもまさか忘れられていたとは。時間は既に発車の1時間を切っている。「私達10時13分のユーロスターに乗らなければならないの!」と叫ぶように言うと、レセプションのいつものムッシュウが大急ぎでタクシー会社に電話をしてくれる。「大丈夫、すぐ来るって。トヨタの車だから他のタクシーが来ても絶対乗らないで。」と彼。彼はなかなか親切なのだ。

 「もっと早く彼に言えば良かった。」と思いながらタクシーを待っていると、朝だというのにタクシーはすぐにやって来た。言われたとおり、トヨタのプリウスのタクシーだ。ドライバーはその業界では珍しい綺麗めのマダム。タクシーが来た安堵で「やっぱり日本車っていいねぇ。」と言い合う。マダムの安全運転のもと、静かなプリウスで無事発車の40分前に駅に着き、余裕のチェックインだった。こんなことは買付けではしょちゅう。あ〜あ、間に合って良かった。

 ロンドンに着いたのは昼過ぎ。ユーロスターの到着するセント・パンクラウス駅からは沢山の荷物と共にタクシーでいつものフラットへ。フラットに着くと、今日のレセプションはレセプショニストの女の子だけでなく、マネージャーやサブマネージャーまで勢揃い。彼らに会ったのは久し振りだが、永年ここでお世話になっている私達のことをよく覚えていて、私も河村もにっこり握手で挨拶。部屋へ荷物を入れると、休憩する間もなく仕事へ。今日はジュエリーのパーツを買いに東京の御徒町のような貴金属の問屋街へ。日本では手に入らないパーツはロンドンで入手。ここしばらく、ロンドンへ来ても、時間の都合で行く機会がなかったので久し振り。今回行っておかないともうストックがないのだ。ついでに別な問屋で様々な形や大きさのジュエリーボックスも手に入れる。

 貴金属の問屋は、扱う物が物だけに日本の銀行に少し似ている。膨大なパーツや石を扱うここでは、頑丈な二重ドアをくぐって店内へ。ドアの横にはガードマンまでいる。店内に入ると番号札を取るところも、カウンターの向こうに店員がいるところも、日本の銀行に似ている。番号を呼ばれてカウンターに向い、必要なパーツや石を注文。カウンターの向こうはずらりと小さなチェストが並んでいて、膨大な種類の商品を把握している店員の女の子達が注文した商品を取りに行ってくれる。ここの女の子達は揃って良い子ばかり。発音の下手な私の英語も何とか聞き取って、素早くそのアイテムを探しに行ってくれる。特に私が苦手とする発音はシードパールの"pearl"、"r"と"l"が続く日本人の私にとって悪夢のような綴り(笑)、これがまたとっても言いにくいのだ。何度も言ってみても美味く発音できず、最後には自分で笑ってしまうことも。

 ロンドンの御徒町での仕事を終えると、バスに乗り、街中にあるアンティークモールへ。ジュエラーが主なここでは、私達はジャストルッキングの場合が多いのだが、お人形を扱うディーラーの所にちょっとした可愛いアイテムがあったり、明日別な場所でアポイントを取っているレースのディーラーがいるので、挨拶がてら必ず寄るようにしている。果たして今日は何かあるだろうか?

夕暮れにはまだ間がありますが、ナイツブリッジのハロッズの壁面は電飾が。ハロッズ自体、1835年創業のヴィクトリアン。今のオーナーはエジプトの富豪モハメド・アルファイドではなく、カタール政府系の投資ファンドだとか。

同じくナイツブリッジのホテル、マンダリンオリエンタルハイドパーク。こちらも1902年にハイドパークホテルとして開業したものの、いつの間にかマンダリン・オリエンタルホテルグループに買い取られてしまいました。そして、その左の現代的な建築は昨年出来た超高級マンション。なんとペントハウスは世界で最も高価な部屋で、日本円で20億円!!買うのはやっぱりアラブのお金持ち?それともロシアのマフィア?

 顔馴染みのジュエラーと挨拶やおしゃべりをしながら見ていく。いつものことだが、ここではなかなか仕入れられるジュエリーはない。その物とお値段が釣り合わないからだ。それでも、つい先頃までフロリダのアンティークフェアに出店していたジュエラーとフロリダの話を。毎年この時期にあるフロリダのフェアへは、ロンドンのジュエラー達はバカンス気分で出掛けるのだが、今年は寒波で「大変な目に遭った!」とか。ちょうどその時期、アメリカは寒波がやってきて、日本から買付けに行ったアンティークディーラー達は凍り付いた空港の閉鎖で降りられず、間に合わなかったのだそう。私達の知り合いのディーラーも日本から行っていたので、「アメリカも大変だぁ。」と河村と顔を見合わせる。

 ジュエリーは買えなかったけど、お人形を扱うディーラーからは可愛いお花が出てきた。高価なお人形と一緒にディプレイされていた大振りなそれは、お人形にも負けない存在感。たいていの場合、こういうお花は「ディスプレイだからno sell(非売)よ。」と言われることも多いのだが、これはそんなこともなく手に入れることが出来た。もうひとり、レースのディーラーへはあらかじめメールを送り、明日別の場所でアポイントが取ってある。一応、確認のため顔を出すと、挨拶の後「マサコ、明日は取ってあるものがあるから。」と心強いひと言。明日、どんなレースが出てくるのか楽しみだ。

 ひととおり見終わったのはすっかり暗くなった夕方。私も河村もお腹がすいてペコペコだ。時間は午後6時過ぎ、昼食は「お昼を食べる時間ももったいない!」とユーロスターの中で午前11時頃にバゲットサンドを食べていたのだ。いつもならブランドショップなどの高級店が並ぶ通りをウィンドウショッピングしながら帰るのだが、ふたりともあまりの空腹感で目もうつろ。フラットに帰るまで我慢できない私達は、帰る途中にあったフォートナム&メイソンに飛び込み、ティールームでスパークリングワイン付きのアフタヌーンティーをしてしまった。
 通常はお上品にゆったりいただくアフタヌーンティーなのに、ガツガツ勢いよく食べる私達。ロンドンでアフタヌーンティーをするなんて本当に久し振り、10年振りくらいだろうか。普段、紅茶やスコーンに興味を示さない河村もこの時だけは別、あっという間にペロリと食してしまった。あっという間のアフタヌーンティーを終え、やっと落ち着いた私達はフラットへと帰っていった。

■2月某日 晴れ
 今日はイギリスでの買付けの主な一日。僅かな時間でも無駄に出来ない。暗いうちからタクシーに乗って買付け先へ。今日はアポイントを取って約束しているディーラーが何人もいるので、次から次へと回らねばならない。でも、約束すると共に「こんなものがあるよ!」という連絡もあって、一番わくわくする一日だ。

 まず最初に向った先は小規模だが、そんな中にも私の気になる地金もののアイテムを持っているジュエラー親子。ここ最近の買付けでは、なかなか気に入ったシールがなかったのだが、沢山のシールを持っている彼女たち、今日は何かあるかも?
 まだ薄暗い中、まずは挨拶をしてシールから物色。沢山のシールを手分けして片っ端からチェックしていく。沢山の在庫があっても、私達が「これは!」と思うのは極僅か。何か特徴のあるモチーフやメッセージ性のある物をいつも探している。今日出てきたのはアザミにスコットランドの言葉が彫刻されたものと、"forget me not"の文字と忘れな草が彫刻されたシール。この手のシールはヴィクトリアンらしいアイテムで興味深い。他にも、イギリスでは珍しいフレンチアイテムのペンダントが出てきた。

 イギリスで必ず買付けるもののひとつにヴィクトリアンのソーイングアイテムがある。こればかりはフランスからは出てこないのだ。ただしロンドンでソーイングアイテムを扱うディーラーはレースを扱うディーラーと並んでごく少数。運が良ければ何か出てくるけれど…。今日のソーイングアイテムは星形がチャーミングなアイボリーの糸巻き、そしてもうひとつ、それはヴィクトリアンではないけれどベークライトの薔薇のテープメジャー。20年代のベークライトのメジャーは度々目にするアイテムだが、ベークライト特有のどぎつい色合いのものばかり。が、今回の物はとても可愛いピンクの薔薇。「これなら可愛くて良いかも!」

 今日はまだまだジュエリーも。前から探していたシードパールのハートトップ、シードパールがびっしりセットされていて、ダイヤが一粒入った物に憧れていたのだが、今日はイメージにぴったりの物が出てきた。こうしたシードパールづかいのジュエリーはヴィクトリアンの女性に愛されたもののひとつ、当時のリングなどにもよく見る細工だ。このペンダント、よくよくルーペで覗くと小さな爪でしっかり留められていて、肉眼で見るのとはまた違った印象だ。シードパールの状態も良く、ダイヤも綺麗、ふっくらとした形が愛らしい。
 もうひとつ、それは忘れな草のリング。これもまたヴィクトリアンらしいセンチメンタルジュエリーだ。ふたつの忘れな草をノットで結び、ハートのチャームが下がったリング。ハートのチャームが下がったリングは、もう十年程前、ジュエリーを売っていたジュエラーが指にはめていて「これは私のものだから売らないの。」と言っていた以来だ。

 さらに印象深いのはプリカジュールエナメルのペンダントだ。ずっと昔、十数年前から顔馴染みでいつも世間話だけする仲良しのジュエラー、でも実をいうと、高価で大振りなジュエリーを扱う彼女から未だかつてジュエリーを譲って貰ったことはない。今日も「元気?」と声を掛け、ちょっぴり話をして、立ち去ろうとしていたところ…河村が彼女のジュエリーの中から「あ、これ可愛い。」と小さなプリカジュールのペンダントを目ざとく見つけ出した。フランスらしいリボンとガーランドのゴールド細工、「あら、こんな物も持っていたの?」と尋ねたのと、彼女が見せてくれたのは同時。プリカジュールエナメルはデリケートな素材だけに、しょっちゅう見つかる物ではない。こうしたフレンチアイテムは私達の好み、「これって記念すべき第一号だよね。」と言いながら彼女から譲って貰った。

 そして、特筆すべきはエナメルのブローチ。上質な物ばかり扱うジュエラーの彼女からは、僅かだが今までも譲って貰ったことがある。いずれも私達からすれば上質なだけに目が飛び出るほど高く、「エイヤ!」と気合いをいれ、清水の舞台から飛び降りて手に入れる物ばかり。でも、そうした気持ちがお客様に通じるのか、彼女から譲って貰った物は必ずお客様に乞われて皆お嫁入りを果すのだ。今回そのエナメルを見つけたのは河村。彼が黙って指さす先には可愛いエンジェルが描かれたブローチが。ガラスケース越しにふたりしてただただ見つめて「可愛い…。」と呟く。それに気付いたディーラーの彼女は、きっと大切な商品なのだろう、気軽に見せることなく先に金額を教えてくれた。なおもガラスケースの中をじっと見つめる私達。ふたりの頭の中は「欲しい…。でも高い。欲しい…。でも高い。」と同じ言葉がリフレインしていた。とりあえず頭を冷やすためそこを離れ、約束をしていたレースディーラーの元へ。

 約束をしていたレースディーラーは、私達が現れるのをにっこり待っていてくれた。今回も事前にいくつかリクエストしていた物があるのだが、果たしてリクエスト通りの物が出てくるか、ひょっとしたらもっと良い物が出てくるかもしれない。期待と希望が交差するドキドキする瞬間だ。何も言わなくても、私達のために取って置いてくれたものがボックスごと出てくるのもありがたい。中身は世間様に出る前の物ばかり、誰もまだ見ていない新鮮な(?)アンティーク、毎回期待大なのだ。
 ボックスから出てきたのは、ポワンドガーズとホワイトワークのハンカチ何枚かと古いイタリアンレース。その中でもポワンドガーズのハンカチは、柄といい、緻密な細工といい、それに目を奪われて他の物は何も見えない。特にその柄は今まで目にしたことのないリボンやタッセルをモチーフにした品格のあるパターン。こういう時だけは、なぜか私達ふたりの間に意見の相違はない。歯を食いしばらねばならないようなお値段なのだが、こうしたレースに出会ってしまったら最後、目と目を見合わせ、「お見それいたしました!」とまたもや清水の舞台からダイビング!自分達の物にする他無いのだ。今回このディーラーから譲って貰ったのはこのハンカチ一枚。実はもうひと方、約束をしているレースディーラーがあるのだ。ディーラーに丁寧にお礼を言って、次回のスケジュールを伝え、今日のクライマックスへ。

 今回、大きな期待と共にやってきたのがここ。実は、前々回の9月の仕入れの際に、エシャーワークなどのホワイトワーク好きな私のことを覚えていてくれたディーラーから、「素晴らしい刺繍のベビードレスがあるんだけど…。」と言われていたのだ。その時に「絶対見せてね!」と即答したのだが、久し振りに手にした上質なベビードレスにきっと彼女も手放し難かったのだろう、次の11月の買付けの際にもまだ見せて貰えず、焦った私はまだ見てもいないのに「それは絶対私が買う!!絶対誰にも売らないで!」と口走り、河村を慌てさせたのだった。そしてもうひとつ、前回彼女に会った際にスペンサー家から出てきたものがあると聞かされていたのだ。その時はまだどんなものが出たのか知らされなかったものの、スペンサー家といえば元ダイアナ妃の実家、その家柄はイギリス王室よりも古い。(現在のイギリス王室はドイツ系のハノーヴァー家が祖となっている。)今回のブツはスペンサー家の領地オルソープから出てきたもの。古い大規模な屋敷を維持するのは現代では大変なことらしい。ヴィクトリア&アルバートミュージアムにも出入りしているディーラーの彼女、どうやらスペンサー家はお金に困って(?)ちょっぴり財産を処分したらしいのだ。さあ、いったい出てくるのものは…?

 私がたどり着くと、既に件のベビードレスが用意され、すぐに見ることの出来る状態になっていた。出てきたのはエシャーワークのベビードレス三着、「ヨークの刺繍家のコレクションだったものよ。」という言葉と共にじっくり見せて貰う。流石に刺繍家のコレクションだけあって見事な細工だ。元々エシャーワークはスコットランドのエシャー地方の刺繍技法。19世紀半ばのイギリスでは高貴な家の子供のベビードレスに見ることが出来るエシャーワーク、どうやらアイルランドにおけるアイリッシュクロシェと同じく、当時寒い地方特有の産業として盛んに作られたらしい。とはいうものの、ここ最近密度の濃いエシャーワークのアイテムは皆無で、前回こんな豪華なベビードレスを見たのはいつだったか思い出せない程前のことだ。三着をよくよく観察し、その中から一番美しい一着を選ぶ。こんなベビードレスを譲って貰えたのが嬉しくて、思わずディーラーを"Thank you!!"の言葉と共にギュッと抱きしめてしまった。
 そしてスペンサー家から出てきたのは18世紀のアランソンのベビーボネだった。いちめんに四角いパーツが組み合わされていて、トップの部分には鳥のモチーフが見られる。こんなボネ見たことがない。流石スペンサー家、あまりにも高価な値段に尻込みする河村を他所に、「絶対これ!!」と強気な私。様々な意味で、こんなものを手放してしまったらもう二度と出会うことはないかもしれない。ベビードレスとボネのふたつを手に入れ、嬉しさでホクホクしながらディーラーの元をあとにした。

 今日の最後に寄ったのは、先程高価なエナメルのブローチを見せて貰ったディーラー。実は、その後も他のジュエラーの所でいくつもジュエリーを見たものの、先程のエナメルが目に浮かんで上の空。まったく他の物が目に入らず、結局そこへ戻ってきてしまったのだ。正直に「これを見た後にはどんなジュエリーも目に入ってこなかった。」とジュエラーに訴えると、「そうでしょ?そうでしょ?」と満足げな微笑み。もう一度丁寧に接客されて、彼女にとっても大切なジュエリーを譲り渡された。

 さぁ、今日の買付けはこれにて終了。思えば早朝6時から約7時間、歩き回り、様々な物を見、そしてひたすら集中をして一生懸命厳選をし、良いものばかりを手に入れたつもり。こうして仕事が終わり、一旦集中力が切れると、糸の切れた凧状態の私達。脱力感から「終った〜!終った〜!」とヘラヘラしながらフラットへ帰宅。そして夕方まで眠りこけた。

 ロンドンに滞在するのは明日まで。夕方ムックリ目覚めると、どちらからともなく「どこかへ出掛けよう!」と出掛ける支度を。出掛けた先はロンドンの繁華街オックスフォードサーカス、久し振りに19世紀からある老舗のデパートのリバティーへ。チューダー様式の木造作りで、建物の内部にもふんだんに木が使われているクラシックな雰囲気のリバティーは私達のお気に入りのデパート。だが、最近はどんどん規模が縮小され、元あったリージェントストリート側の建物は他のお店にレンタルされ、昔はグランドフロアーで沢山売られていたリバティープリントのスカーフやらストールは影を潜めている。リバティープリントが大好きな河村は以前からここのシャツを愛用していたのだが、最近店頭に男性用のシャツはなく、彼は買う物が無くて淋しげ。
 が、今日はいつもと雰囲気が違う。リバティープリントのアイテムがいっぱいで、私達が大好きだった頃の昔のリバティーに戻ったようだ。で、店頭にいた女性社員に話を聞くと、どうやら最近のリバティーは経営者が変わり、経営方針も刷新された模様。河村のシャツはなかった物の、今回は店頭に沢山のリバティープリントアイテムがディスプレイされていて嬉しい。そして河村は私の困惑をものともせず、こんな物を入手してしまった。↓

河村が購入したのはこれ!リバティープリントが張られた小さなトランク。様々な柄の中から赤い小花模様を選びました。出張の際にiPadを運ぶのに使っているようです。

■2月某日 曇りのち雨
 今日は買付け最後の日。夜のフライトのため、今日は終日ロンドンで過ごすことになっている。仕事は昨日ですっかり終った気持ちなのだが、今日はファッション系のヴィンテージフェアへ。アンティークフェアとはちょっと傾向が違うのだが、だからこそ思いがけないものがみつかったり面白味がある。昨日、アリガネもはたいてしまったことだし、今日は「ま、遊びに行ってみるか!」というような気持ちで出掛ける。会場までは、私達の滞在しているグロスターロードの隣駅ハイストリート・ケンジントンからバスに乗って。ハイストリート・ケンジントンは、アンティークフェアの会場があったり、ショッピングモールがあったり、アメックスの両替所があったこの駅界隈には、以前はよく足を運んだものだ。アンティークフェアには数え切れないほど来たし、ウィンドウショッピングをしたり、ランチをしたり、思い出が沢山ある。「20年前、初めてこの辺りにあったボディショップへ行ったのよ。その頃は日本になんて無いからとても珍しかった…。」そんなことを話ながらバスに乗っていると会場まではすぐだった。

私達の最寄り駅Gloucester Road。ロンドンでは一番古い路線サークルラインのこの駅は、1869年築のヴィクトリアンです。電車を彩るブルーとレッドのカラーリングも良いですね。

 今までに何度か訪れたことのあるファッション系のヴィンテージフェアだが、アンティークフェアとはまた違った華やかな雰囲気で興味深い。主に売られているのは古着で、来ているのはファッションフリークの女性、もしくはとってもお洒落な男性で、ファッションセンスがいまひとつのイギリスでは稀有な雰囲気。きっとファッショニスタの間では一大イベントなのだろう。新しい物は売っていないからアンティークフェアに近いのだが、私達が欲しいレースや生地、リボンやお花などの服飾小物は、特別古いアイテムを扱っている人しか持っていない。特に河村は、会場内では数少ない男性でしかもオリエンタルだから目立つこと!目立つこと!そんな視線を物ともせずふたりで広い会場内を歩き回る。

 ここで手に入れたのはほぐし織りのリボンとすずらんのブーケ。すずらんのブーケはいつも探しているのだが、なかなか見当たらず嬉しいアイテムだ。ここではこのふたつだけを手に帰路に。買付けもこれにて終了、長かったような、短かったような、終って嬉しいような、淋しいような…。

 午前中で仕事を終え、午後からは久し振りにナショナルギャラリーへ絵を見に行くことに。ウィーンで美術史美術館はじめ様々な美術館巡りをした影響で、ロンドンでもまた絵が見たくなったのだ。レンブラントの老年期の自画像は美術史美術館でも見たが、ここナショナルギャラリーの最晩年の63歳の自画像が私のイチオシ。(レンブラントは生涯50〜60枚の自画像を描いたといわれている。)まるで恋人に会いに行くように出掛けてしまうのだ。イタリアルネッサンスも北欧ルネッサンスも好きだけど、イギリス人にセレクトされたナショナルギャラリーのコレクションはどうも重厚で私はいまひとつ。そんな中でこの最晩年の自画像は、渋さといい、円熟味といい、描かれているのは「じいさん」なのに、とても素敵なのだ。

 「じいさん」ことレンブラントに会ったら外は雨模様。さぁ、フラットに帰って空港に向わねばならない。また度々ロンドンへ「じいさん」に会いに行きたいな。

ここがナショナルギャラリー、レストランやカフェも完備、大きな荷物やコートはクロークに預け、一日ここで遊べますよ。


レンブラント63歳の自画像。ナショナルギャラリーには彼が一番人生の中で華々しかった34歳の頃の自画像もあるのですが、最初の妻サスキアにも二番目の妻ヘンドリッキにも、唯一の息子にも死に別れ、破産をも体験したこの老いを深めた自画像に共感してしまいます。

 ***今回も長々とつたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。***