〜後 編〜

■9月某日 晴れ
 今日は今回の買付けの大きな目的のひとつ、ノルマンディーのフェアに行く。以前から幾度か足を運んでいるこのフェア、こうした仕入先にも相性があって、どこが合うか合わないかは、扱う物の違いなどそれぞれのアンティークディーラーによって違いがある。他のディーラーにとっては良い仕入先でも自分達に合うかどうかは行ってみなければ分からないため、そうした知識や経験の蓄積がアンティークディーラーの財産のような気がする。また、こうしたフェアにしてもその時々で、気に入るものが沢山出る時、そうでない時、正に行ってみないと分からない「賭け」のようなもの。「こんなギャンブラーな仕事で良いのだろうか?」と自問自答しつつ、この仕事から足を洗うことはたぶんないだろう。
 今朝は始発の列車に乗るため、午前5時起きで予約したタクシーで(この時間、まだメトロも動いていない。)、まだ夜の闇が明ける前の駅へと向った。

 ノルマンディーへは前日から泊まりがけで行くこともあるのだが、今回は日帰りで、慣れた道中だ。午前8時前に駅へ到着するやいなや、いつものようにタクシーを求めて駅の構内をタクシーダッシュ!ホームから階段を駆け上がり、コンコースを駆け抜ける。駅から会場まではタクシーに乗らなければ開場に間に合わない、そしてこの小さな街のタクシーは数台という噂。昨晩パリのホテルからインターネットで調べたタクシー会社何軒かに予約を入れてみたものの、すべて“Non”の返事。ここで逃すと何十分もタクシー乗り場で待つはめになりかねない。毎度この時ばかりは気合いのダッシュなのだ。今日は運良くタクシー乗り場に一番乗りすると、一台のタクシーが待っているではないか!!「奇跡!」と呟きながらタクシーに乗り込む。

SNCF(フランス国鉄)のチケットとタイムテーブル。フランス国鉄のタイムテーブルは行き先ごとに小さな冊子に。往復バラバラになっているので、必ず復路の分も駅で貰っておかなければなりません。日本のような大判の分厚い時刻表は、たぶんイギリスの旅行代理店のトーマスクック版しかないのではないかな。

 たどり着いたフェア会場はバカンスが明けて間もないせいかいつもより静かな雰囲気。出店しているディーラーも少し少ないような気がするし、バイイングに訪れているディーラーもやや少なめ、盛り上がりにいまひとつ欠ける感じが否めない。が、私達にとっての今回のフェアはまずまずの仕入れだったのだ。まず、いつも必ず立ち寄るブロンズものを扱うディーラーのところからはミラーの付いたジュエリーボックスが出てきた。こうしたミラーが付いていたり、両側に香水瓶が付いているジュエリーボックスは以前から探していたアイテム。状態もまずまずで、今回のものはミラーの両側にお花を飾るためのクリスタルの花入れが付いている。存在感のある雑貨が仕入れられるのは嬉しい。他にも細々した雑貨を扱うディーラーからシルバー製のニードルケースを。そして、急ぎ足で会場を歩き回っているときに、ふと私の目に入ってきたものが…。それはボックスに入ったステイショナリーのセット、見た目は真っ黒に酸化していたのだが、瞳の焦点をググッと合わせると、それは探していたすずらんの模様ではないか!?以前にも仕入れたことがあるすずらんのステイショナリーセットだが、宿り木など他の模様は見たことがあっても、ここしばらくすずらん模様のものは出てこなかったのだ。「すずらんだぁ!!」と喜ぶ私、しかもレターオープナーの刃の部分は金属ではなくアイボリーで出来ていて素材感が美しい。真っ黒なアイテムをひとつひとつ細かく状態をチェック、酸化は磨けば綺麗になるが壊れていているものはNGだからだ。「大丈夫!状態良し!」と手に入れた。

 もうひとつ、以前から欲しいと思っていたものを発見!それはラリック社製の有名な鳩をかたどった香水瓶“L'air du tamps”。「時の流れ」というこの名前にも惹かれるのだが、何年か前からずっと探していたのこの香水瓶、実は昨年コート・ダ・ジュールでみつけて、持っていたディーラーと交渉を始めたものの、途中で羽根の先に欠けがあるのが分かり、泣く泣く手放したのだ。あれ以来一年と少し、今日みつけたのは暗い場所だったので、じっくり目で見た後は、全体に細かく指を這わせ欠けがないかを確認する。今回のものは良好な状態だ。こうしてようやく私の手元へやって来た。

 最後に出てきたのはホワイトワークのハンカチ2枚。偶然フランス在住の知り合いのディーラーに会い、親切な彼女は「あそこにあなたが好きそうなレースがあったわよ。」と教えてくれたのだ。「え?何だって!?」とばかり、彼女との挨拶もそこそこにレースを扱うマダムの元へダッシュ。「ハンカチ!ハンカチ!ハンカチなあい!?」と騒ぐ私に少々呆れながらも、まだ飾り付けの途中だったマダムは荷物の中からごっそりハンカチを出してくれた。沢山出てきたハンカチをチェックしていくのだが、細工は良くても穴が開いていたり、しみがあったり、状態の良いものはなかなか出てこない。諦め気味でハンカチの山をチェックし終った私達に、マダムはもうひとつのハンカチの束を。先に見たのはB級だとすると、こちらはA級品、今度は私達も満足のいく状態のものが出てきた。その中から細工の美しいホワイトワークのものを2点チョイス。何度か来ていたこのフェアにこんなレースを持っているマダムがいたとは…。ノルマンディー恐るべし!これだからこのギャンブラーな仕事は辞められないのだ。

 歩き回ること数時間、お昼にはひと段落し、会場の隅のキャフェでひと休みをしながら知り合いのディーラーとおしゃべり。フランス在住何十年かのディーラー、私達の大先輩である彼は、最近のフランス事情を聞くのにうってつけの人物。何年か前からあちらこちらのフェアで顔を合わせるうち、挨拶やおしゃべりをするようになった間柄だ。早速、昨今フランスで大きな話題になっているサルコジ大統領のロマ人強制送還の話題を尋ねてみる。
 いわゆる「ジプシー」と呼ばれるロマ人達はパリの街でスリやひったくりをはたらくことでも有名、パリの治安の悪さは彼らに関することも多いのだ。そうした彼らの不法キャンプを撤去したり、罪を犯したロマ人を母国のルーマニアへ強制送還したり、というのが今回の政策。だが左派を自認するフランスのマスコミはサルコジを猛批判、果たして実際のフランス国民はどう思っているのか聞いてみたかったのだ。「う〜ん、みんな表向きはいい顔をしたがるからね。」と彼。ようするに、表では「人権が」とか「人道的でない」なんて言っても、実際には治安が良い方が良い訳で。「左派が格好いいこと」と認識されている(?)フランスでは、表だって「サルコジ賛成!」と言えないらしいのだ。誰だって安全な方が良いと思うのだが…。(その後、ローマ法王もこの政策に反対しているという話を聞き、みんなで「そりゃローマ法王は(スリの多い)メトロなんて乗らないものね!」)

 今日の仕事は終り。大急ぎでタクシーに乗ってやって来た朝とは違い、郊外のこの会場からはのんびりバスで戻る。街の中心の旧市街のいつも立ち寄るクレープリーでクレープとシードルでお昼ご飯を食べるのが本日のお楽しみなのだ。泊まりがけでも来たこともあるこの街は勝手知った場所、中世の組み木の建物がそのまま使われているこのクレープリーで毎度食事をするのは私達の楽しみなのだ。室内が満席の今日は外のテラスでお食事。私はお気に入りのアスパラガス入りのガレットを。流石にノルマンディーだけあってここのBrutのシードルは美味。
 ノルマンディーをあとにし、列車でパリへ戻ったのはもう夕方。やっぱり今日も一日仕事だった。

この街のシンボルともいえるこの大時計が設置されたのはなんと1525年!もちろん今も現役で時を刻んでいます。ルネサンス様式のきらびやかで美しい時計です。


印象派の画家モネの連作で有名なこの大聖堂はゴシック様式。空高くそびえ立つ塔や鐘楼が印象的です。


旧市街には今もこんな木組みのコロンバージュの建物が建ち並び、当然のように使われています。こちらは商店街に立ち並ぶ建物。もちろん(日本式の)1階はお店になっています。


有名な陶器の産地でもあるここには、今でも伝統的な陶器を売るお店が。中では職人さんが絵付けの真っ最中でした。この街にイタリアから陶器の職人が連れてこられたのは16世紀のことだそうです。

■9月某日 晴れ
 買付けも残り少なくなってきた。ベルギー行きもノルマンディーのフェアも経て、あとはパリでツメの仕入れをするばかり。今日の行き先は、いつもお世話になっている女性ディーラー、日本を発つ前にアポイントを入れて様々な物をリクエストしてあるのだが、果たして今日の出来はどうだろうか。

 今日は昼前に約束をしてあるので、久々に朝はゆっくり。のんびり近所の行きつけのキャフェで朝ごはん。朝から動くことの多い買付けでは、ほっとするひとときだ。いつもの馴染み、私達が「シノワの兄ちゃん」と呼んでいるキャフェのギャルソンのオリエンタル系のムッシュウはまだバカンス中なのか姿が見えなかったが、代わりに何度か目にしたことがある初老のムッシュウが。彼もバカンス明け直後らしく赤銅色に焼けた肌に、ブルーアイズが際立って、まるでフランス映画に出てくる俳優のようだ。「あれ?おっちゃんこんなに格好良かったっけ!?」などと河村と言葉を交わし合う。

 今日向った先は長年お付き合いのある女性ディーラー、アポイントを入れて今日はゆったり彼女の所で商品を見せて貰うことになっている。いつも我が儘な私のリクエストを聞いてくれる彼女、さて今日はどういったものが出てくるのか?

 今では馴染みのディーラーには必ず事前のアポイントを入れて行くのだが、そんな形式もここ何年かのこと。付き合いが長く自分の好みを良く分かってくれている、自分のために仕入れをしてくれるディーラーの存在は大変貴重、特にレースや布小物など数の出てこないアイテムは少しでも多く手に入れたいのでそうしている。が、ずっとずっと昔のまだ駆け出しの頃は様々な失敗をしたものだった。元々はロンドン市内のアンティークモールに出店していた女性ディーラー、私好みの雑貨を沢山持っていて必ず立ち寄る場所だったのに、モールから出てしまい自宅で商売をするようになったのだが…。事前にアポイントを入れ、何度か彼女の自宅へと足を運んだのだが、最初の何度かはそれで良かったものの、だんだん品薄になっていくばかりの彼女の商品を選ぶのが苦痛になってきて結局付き合いを辞めてしまったり。事前に約束した以上、相手も私が何かを買うことを前提で待っていてくれるので、絶対何かを買わねばならないのに、その時に限って欲しいものが無くて困ってしまったり。「リクエストしていた物が出てきた!」というので、期待して出掛けて行ったら微妙に違った物が出てきてしまったり。
 そんな苦い経験を味わったこともあって、今は確実に私の好みが分かっていて、且つちょっぴり思惑と違った物が出てきても、「これはちょっと違うみたい。ごめんなさい。」と言える相手だけに限られている。そういう存在は本当に貴重だ。

 さて、今日もまずは挨拶から。「バカンスどうだった?」など楽しく世間話をしながら進めていく。そうこうするうちに私用の大きな袋が出てきた。私用に彼女の在庫からがセレクトした商品を持ってきてくれたのだ。まずは私がいつもうるさく言っている小さなお花のモチーフが透明のビニール袋にまとめられた物が出てきた。「あ!可愛い!!」と思わず声を上げる私。台紙に付いたお花のモチーフはカラフルな色合いのデッドストック。「そうそう、こういうのを探していたんだよ!」と独り言を呟きながら袋を開けていく。こちらも同じく、何度もリクエストをお願いしているリボン刺繍のアイテムも出てくる。綺麗なままのシルクの状態、美しい刺繍アイテムだ。今度は「こんなのあるんだねぇ〜。」とまた独り言。ドキドキしながら他の物も物色。美しいシルク生地を探していた私に彼女が確保しておいてくれた物は淡いグリーンの地模様のある織り柄。お人形用には少し柄が大きいけれどシルクの質感がとても美しい。「そうそう、こういうの!こういうの!」といちいち独り言。お人形の衣装に良さそうなほぐし織りの生地も出てきた。ほぐし織りのリボンは数々扱ってきたが、こうした生地を手にするのは何年振りだろうか。リボンすらなかなか出会わないのに、生地なんて本当に久し振りだ。

 世間話ついでに、私が言った「最近、18世紀のレースはなかなかないよね〜?」と独り言ともとれる言葉を聞いていた彼女、ちょっぴりミステリアスな微笑みを浮かべながら、「そう?」とひと言。何とその後、「整理したら出てきたから。」と言いながら18世紀のアルジャンタンやらメヘレンやらが沢山出てきたのだ。長くこの仕事をし、キャリアを積んでいる彼女、その在庫数はどうやら私の想像を遙かに超えているようなのだ。「うっそ〜!?なんでこんなに?」と興奮しながらレースを物色する私。選ぶ物が沢山あるということは、その中には凄く良い物が混じっている可能性が高い。とても個性的な模様のアルジャンタンは、今までに見たことのない細工。そのアルジャンタンと共に選んだメヘレンも、18世紀らしい古い雰囲気がとても良い。嬉しい出物だ。

 そんなワクワクドキドキの仕入れを終えたのはもう夕方近く。良い仕入れも出来、仕入れた沢山の荷物は河村に持たせ、身も心も軽い。今日のスケジュールはここだけ。のんびりパリの街中を歩きながら帰ると、パリでは唯一メトロの通っていない地域としても知られているサン・ルイ島を横切ることに。サン・ルイ島の閑静な街並みは私達のお気に入り。夏の陽気を感じさせるような今日、河村と一緒にサン・ルイ島名物のベルティヨンのアイスクリームを舐めながら歩いた。

いつもポエジーを感じさせる花屋のウィンドウには今日も溢れんばかりの薔薇が。買付けの度、このお店の前を通る度、思わず写真を撮りたくなってしまいます。

■9月某日 晴れ
 ようやく皆バカンスから帰ってきて、やっと「仕事モード」になってきたようだ。今日まずみつけたのは、綺麗なクリスタルのパウダーポット、お花のガーランドが付いているのもポイントで、河村がどこからか掘り出してきた。(笑)こうした美しい化粧小物は私達のお気に入りアイテムだ。次に出てきたのは、内側に淡いブルーのシルクを張ったソーイングバスケット。こうしたパニエ(バスケット)は大好きなフレンチアイテムだが、最近のフランスでは状態の良い物をみつけるのは本当に難しい。外側はゴールドに塗られていて、内側にはシルクと共に同じブルーとゴールドのモール、ちょっぴり高級感があるのもいい感じだ。レースを扱う馴染みのマダムは私達が来るのを待っていて、ホワイトワークのパーツを取り置いてくれたのだ。繊細な刺繍のホワイトワーク、襟にする途中で刺繍を終えたまま生地の状態だが、その細やかな仕事ぶりは目を見張るほど。高価なホワイトワークのハンカチにも匹敵するほどの仕事なのだ。買付け最終日というのに、まだまだ何か出てくる感じが私達の気持ちをハイにさせる。

 またバスに乗り一度ホテルへ荷物を置きに帰り、次の場所へ。午後は私達が「アンティークのデパート」と呼んでいるたぶん莫大な在庫を持っている親子のマダムがいる場所へ。もっとも「莫大な在庫」といっても、その大半を占めているのは前世紀のコスチューム、そんな中にも私達が探しているお花やリボンなどの細々したアイテムをみつけることがあって、ここで探すのを常としている。今回も事前にアポイントを入れてあるのだが、何か新しい物はあるのだろうか?まずはにっこり挨拶をし、みせて貰うことに。

 今日は大量の埃だらけのお花が入っているボックスをかき回すため、それ用の手袋まで持参したのだが、マダム達は「家からあなたのために持ってきたのよ。」と袋に入ったお花が出てきた。私の好きなスミレのコサージュもその中から。結局、ボックスの中もかき回したが、そちらからは何も出てこず、そうそうに手袋は役目を終えることに。他にもリボンだのモチーフだの大量な在庫を河村と手分けしてチェックしていく。どうやら河村は、私達にとっては「スカ」にあたる50年代位の物の大群に当たってしまったらしく、膨大な量をチェックしているのに気に入った物が何も出て来ず顔には疲労が見えてきた。私は膨大の在庫の中から、リボンの端切れだのプチポワンのパーツだの、それなりの収穫。そして最後にマダムのひとりが「あぁ、そうそう。」と「あなたすずらんの物を探していたわよね?」と言いながらまた別の紙袋をどこからか出してきた。中身は初めて目にするすずらん模様のアイリッシュクロシェの襟。元々アイリッシュクロシェはフランスが発祥のレース、ポロンポロンとすずらんのお花が揺れるアイリッシュクロシェはとても可愛い。「お花の中にコットンを詰めたりしたのよ。」とマダムが教えてくれる。こんなアイリッシュクロシェは初めてだ!迷うことなくチョイスした。
 帰り道、思い立って何度か訪れたことがある時代衣装を扱うマダムのところへ。表のウィンドウから中を覗くと、いつもの初老のマダムがガラス越しにいるのが見える。今日はその姿よりも「何かないか?」ウィンドウの中を凝視していると…ここでは今まで見たことのないレースの端が、包んだ薄紙の下にチラリと見えている。「ん?」とさらに凝視すると、どうやらアングルテールのようだ。しかもとても繊細な作り。私の中で何かがピピッと反応する。「これは見てみなくっちゃ!」とマダムに挨拶をして入っていった。顔馴染みのマダムは「あら、また来たの?」という顔をしながら笑顔で迎えてくれた。懸案のレースを出して貰うと、それはとても繊細な作りのアングルテールの襟。アングルテールのボーダーは在庫で持っているけれど、こうした「製品」のアングルテールに出会ったのは何年振りだろうか。以前一度だけラペットを扱ったことがあるだけ。「こ、こ、これはいい!」と交渉以前にすっかり気に入ってしまった私。こうした美しい物に出会った時のドキドキ感は何にも代え難い。そそくさといただいてルンルンしながら帰路についた。

 最後にふと足を止めたのは、お人形の小物や布小物など私達の興味の湧くような細々したアイテムを置くマダムのところ。綺麗なタッセルやお人形の衣装などに囲まれると妙に居心地が良い。そんな隅っこに美しい柄織のシルクを発見。「お!あるじゃん。あるじゃん。」とすぐに手に取って広げ、視線を隅々に走らせてチェック。大丈夫、状態も良い。(傷みやすいシルクのこと、良好な状態の物をみつけるのはそれは難しいのだ。)その時、自分を囲んでいるアイテムすべてにどこか見覚えがあることに気付いた。「ひょっとしてこの前フェアに出ていたかしら?」とマダムに尋ねると、「Oui」という返事。そうだ!前回の買付けで、パリ市内のフェアに出店していたマダムで、その時もいくつか気に入った物があり譲って貰ったのだった。昨今こうした布小物を扱うディーラーはパリでも貴重、また巡り会えて嬉しい。今日はタッセルや美しいシルクの生地を。「正にご縁だなぁ。」と思いつつ、今回の買付けを終えた。

 まだ日は明るい。いつものようにバスで帰ってくる途中、思い立ってパサージュ・デ・パノラマの辺りで降りてみた。このあたりはパノラマ、ジュフロワ、ヴェルドーと19世紀半ばに作られたパサージュが三つ並ぶ地帯。「グラン・ブールヴァール」と呼ばれたこの辺りは、その時代一番の繁華街でもあったのだ。元々パサージュ・デ・パノラマはアンティークのポストカードや切手を扱うディーラーが入居した小汚いパサージュだった。が、このところそういった店舗は次々とレストランに姿を変え、確か最後にいつも立ち寄るアンティークカードのディーラーの所での帰り際、「ここは今度からレストランになるのよ。」とマダムが言っていたはず。「カード屋さんがレストランをするの!?」とびっくりした私達だが、周囲があっという間にレストランに様変わりしお金儲けをしているのを見て、マダム達も「じゃ、私達も!」と思ったに違いない。いったいどんな風になったのか、その後の様子を見たくてバスを降りてみた。

 ボヌール・デ・ダムのあるパサージュ・ヴェルドーから入り、いつものようにジュフロワの中を抜け、大通りを渡ってパサージュ・デ・パノラマへ。観光客も多い他のふたつのパサージュに比べて、ここだけは19世紀から時間が止まってしまったかのように寂れた雰囲気で、それはそれでアンティークにも通じるメランコリックな空気が良かったのに、少し来ない間にすっかりレストラン街に様変わりしてしまったのだ。いくつか並んでいたアンティークの切手やポストカードを扱っていた店舗はもう無く、静かに店を守っていた1836年創業の伝統的な活版印刷の老舗グラヴュール・ステルヌも今はもう無い。私達が仕入れに訪れていたカードを扱うディーラーの店舗も本当にレストランになってしまっていて、もうここに来る用事もなくなってしまった。これこそが“L'air du tamps(時の流れ)”なのだな、と思いつつ帰路についた。

せっかくグラン・ブールヴァールまで出たので、ついでに老舗のお菓子屋A LA MERE DE FAMILLEへ。1761年創業のここはノスタルジックなお菓子屋さん。ひょっとするとこのガラスのボトルもアンティークなのかも?


見事なドライフルーツは贈答用?様々なハチミツも美味しそう。でも、今回初めて食したここのアイスクリームはコクがあって絶品でした!

 買付け最後の夜は近所のレストランでゆっくり食事をすることに。いつものことだが、買付け中にレストランでゆっくり食事をするのは、買付けの一大イベント。実は、ベルギーから戻ってきてからというもの、ブルージュのシャンパン・ビュッフェで食した生ハムメロンが忘れられずに、毎晩スーパーで生ハムとメロンを買い込んでは、ホテルの部屋で「ひとり生ハムメロン」をしていたのだった。(笑)
 河村といつものお気に入りのレストランで「最後の晩餐」を。またしても、今度は一杯だけシャンパンで乾杯し、お互いに買付けの疲れをいたわり合ったのだった。

素敵なレストランでお食事した後は、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈を夜のお散歩。カラフルなマフラーやネクタイが魅惑的、パリはムッシュウもお洒落です。


もちろんマダムも負けていません!お洒落な靴が並ぶ夜のショウウィンドウ。はて今年の流行は?


夜更けのキャフェの店先にはブルちゃんの置物が。餌入れが置かれているところがおかしいですね。


私達の滞在しているホテルの向かい側、オデオン座の静かな回廊。コツコツと足音だけが響いていました。

***今回も長々とつたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。***