〜後 編〜

■5月某日 曇りのち晴れ
  昨日ロンドンからパリに戻ってきた私達。実は、パリへ戻ってもスーツケースを預けてあるいつものホテルに戻った訳ではなく、落ち着いた先はそのご近所。部屋数の多い今回のホテルは初めて泊まる場所だ。本来であれば、いつものホテルにそのまま「帰ったよ〜!」と戻るのだが、フランスの祭日「終戦記念日」の昨日、部屋数の少ないいつものホテルは満室で、仕方なく一泊だけ別のホテルに泊まることになったのだ。初めてのホテルはいつものホテルともご近所で私達のお馴染みのエリア。まずまず小綺麗な部屋で、「今度からいつものホテルがいっぱいの時はここでもいいね。」などと河村と言い合う。

 そんな訳で、今朝仕事に行く前にまず最初にしたのは、昨晩泊まったホテルのチェックアウトと、そこからゴロゴロ荷物を引いて行って、歩いて3分のいつものホテルのチェックイン。もっとも早朝から部屋に入ることは出来ないから、持ってきたそれぞれの荷物をレセプションに預けてそのまま仕事へ。ホテル裏手のバス停からバスで出掛ける。

ハート形の形が可愛らしいバス停の側の小さな空き地で咲いていたブリーディングハート。フランス語だと“coeur de saignement ”可愛いお花なのに、英語もフランス語もショッキングな名前なのは同じのようです。


この時期、どこもかしこも藤のお花でいっぱい!アンティークにもよく似合います。


 午前中、出てきたものは…とても繊細なゴールドのメダイユ、ホロー構造の軽い作りだが、その繊細な細工はとても魅力的。ちょっと嬉しいアイテムだ。また別なところでは、同じくもうひとつエンジェルと思われる可愛い顔立ちのゴールドメダイユ、裏側に「1907年」と持ち主と思われるネームが彫刻されている。子供のお誕生の記念に親が求めたものかもしれない。名前や年月日が刻まれているものはアンティークらしくて魅力を感じるアイテムだ。そして…ソーイングツール三昧のイギリスの買付けの後、ここフランスでもまた出た!それはアイボリー製のテープメジャー、高価だがテープメジャーでは今までに見たことのない繊細な細工。「買付けのバランス」を重視する河村は懸念の表情だが、「これは持っていたい!」と手に入れた。

 午後向った先はアポイントを入れてあったレースのディーラー。私達が「レースのばあちゃん」と陰で呼んでいるマダムだ。彼女に向って「マダム!」と呼ぶと「名前で呼べ!」と命令するのは親愛の証か?今日もまず私とギュッと抱きあいビズー、そして「ムッシュウも!」というばあちゃんのリクエストに応えて河村も同様にばあちゃんと抱き合う。その後、河村はいつものようにばあちゃんから「ムッシュウはここへ!」と隅の椅子に追いやられ、仕方なく座って様子見。今日はあまりレースの出物はない、が、美しいシルク地が。淡いブルーに金糸、シルクの質感も美しい艶やかな生地はアンティークならでは。まずそれを選んでおいて、次はベビードレスを物色。たまにすごく可愛いドレスを持っているばあちゃん、今日はすずらんが刺繍されたチャイルドジャケットを発見。そして、どうしても私が欲しくて河村の反対を押し切って手に入れたベビードレスとケープ、ボネのセット。このセット、シルクの上に手刺繍の施されたチュール地がとてもロマンティック。実はこれ、前回買付けでも河村と押し問答の末、諦めさせられたそのもの。まだばあちゃんの手元にあったのだ。“Attendez!(ちょっと待ってて!)”とばあちゃんに言い置いて、河村と喧々囂々「作戦会議」。結局今日は私の意見が通り日本に連れ帰れることに!嬉しい。またまた帰りはばあちゃんとそれぞれギュッと抱き合いお別れ。喜怒哀楽がはっきりしているばあちゃん、私達が何も欲しいものが無いとなるとすぐにご機嫌斜めになる彼女だけど、そんなマダムがどうにも憎めず愛着がある。

 もうひとつ、今日どうしても会わなくてはいけないのはジュエリーボックスを扱うムッシュウ。前回は品薄で仕入れられる物が無く、がっかりして帰った記憶があるが、今回は如何に?
 私達が陰で「おっちゃん」と呼ぶいつもニッコリご機嫌なムッシュウ、今日も挨拶するやいなや親切に早速あれこれ商品を出して見せてくれる。「あ、これ素敵!」と選んだのは綺麗なブルーのシルクのウォッチケースとガラスにグラヴィール彫刻が施されたジュエリーボックス。グラヴィールが入ったものは以前から探していたのだが、なかなか巡り会う機会がなく久し振り。今回は仕入れられる物があって良かった!ひととおり午後の仕事を終えるともう4時近く。今日はお昼抜きで仕事をしてしまったのでヘトヘト。近くのキャフェでやっとひと息。

 帰り道、思い立ってサクレ・クール寺院のあるモンマルトルの丘へ。夜9時まで明るいこの季節、夕方といってもまたお昼間の明るさ。疲れてはいるけれどちょっぴり観光客気分で散策。

私達が滞在する左岸の6区からもたまに見ることが出来るサクレ・クール寺院。思わぬ所からこの白亜の塔が顔を出したときには何だか嬉しくなってしまいます。ここはパリの北側の「顔」ですね。


高いところは大好きです!(笑)パリで一番高いモンマルトルの丘に登ったらやっぱりパノラマを。遠くに煙る背の高いビルがモンパルナスタワー。


19世紀にはパリ郊外だったモンマルトルは、21世紀の現在になってもどこかのんびりとした雰囲気が漂っています。(でも治安はいまひとつなので、ご旅行で行かれる方はご用心を。)かつてユトリロのアトリエだったモンマルトル博物館もこのすぐ側です。


パリでは珍しい一軒家もモンマルトルならでは。近所にはパリで唯一の葡萄畑もあります。17〜18世紀のこの辺りは、葡萄畑が広がり、風車が立ち並ぶ丘だったとか。現在のパリからは想像がつきません。

■5月某日 晴れ
  今日の買付けはゆっくり出勤のため、ようやくほっとひと息つく私達。そんなのんびりした朝、何気なくパソコンを開けてみてびっくり!昨日チェックアウトしたホテルから、私のクレジットカードを預かっているけれど送ろうかどうしようか、というメールが来ていたのだ。思えば、レセプションでクレジットカードの控えを貰った記憶はあるけれど、クレジットカードそのものを貰った記憶はない。カードを渡されなかったのだ!うっかりそのままホテルを出てしまった私もいけないけれど、クレジットカードを控えと一緒に渡さないなんて!お急ぎで「すぐに取りに行くからそのまま預かっていて。」というメールを返信し、そのホテルへ。きちんと預かってくれているとは思うが、不安な気持ちが湧くのは否めない。歩いて3分、そのホテルへと急ぐ。

 着いた着いた!「本当に近くて良かった!」と思いながら、ホテルの玄関をくぐる。レセプションの女性二人に「私のクレジットカードを取りに来たのですが…。」と訴えるのだが、彼女たちの顔は「???」と言っている。仕方なく「昨日、このホテルをチェックアウトして、私のカードを預かっているとメールを貰ったのだけど。」と説明すると、たぶん私にメールを送ったスタッフと勤務を交代したばかりだったのだろう、「ちょっと待ってて。」と言って、その辺りをゴソゴソと探し始めた挙げ句「無いみたい。」とポツリ。どうやら勤務の申し送りがしっかりしていなかったらしく、どこにあるのか分からないらしい。「あちらのソファーで待っているので探して!」と少し強い調子で言って待つこと15分。やれやれレセプションの女性が少し恥ずかしげな笑顔でやって来た。「前のスタッフと上手くコンタクトが取れなくて…こちらですね。」ようやく戻ってきた私のクレジットカード。イケナイ、イケナイ、こんな失態をしたのは初めて。改めて気を付けないと。親切なスタッフが連絡してくれて良かった。手元に戻ってきたクレジットカードに、ほっとして朝食を食べに行くことに。

 そのホテルからリュクサンブールの交差点まではすぐ。RER(郊外高速鉄道。シャルル・ド・ゴール空港からも直通。)の駅もあり、いくつものバス路線の終点でもあるこの界隈はいつも人通りがあって活気がある。今日は朝から余裕があるので、ゆっくりどこかのキャフェで朝食を取ろうというのが私達の一致した意見だ。普段は遠くから見るだけのパンテオン方面に歩いていって、明るいガラス屋根のテラスをみつけ、入ってみる。
 明るいテラス席は、ガラス越しに付近を歩く人を観察しながらのんびりするには最適。搾りたてのオレンジジュースとフランスパンにバターやコンフィチュールを塗ったタルティーヌをパクつく。ここはパンテオンのお膝元、ゆっくり朝食を取ってもまだ時間があるので、出勤前にパンテオンを見学していくことに。

今までパンテオンは遠くから眺めるものだとばかり思っていましたが、今日は初めて中へ。下の人物の大きさからパンテオンがどんなに巨大な建築だかお分りいただけるでしょうか。ここはフランスの偉人が埋葬されている霊廟。あのキュリー夫妻もここに埋葬されています。


普段は有料のパンテオンですが、なぜかこの日はフリー。「ラッキー!」とばかり屋内へ。やはり高い天井が印象的です。


パンテオンに足を踏み入れると、ちょうどパノラマツアーの時間。引率の(?)ムッシュウに連れられて一段一段階段で登ります。


ドーム屋根から眺めると、パンテオンからまっすぐその延長線上にエッフェル塔が!エッフェル塔の右横のゴールドのドームは、ナポレオンのお墓のあるアンヴァリッド、手前のグリーンはリュクサンブール公園です。


これはフーコーの振り子。1851年、この場所でフーコーが公開実験を行い、地球の自転を証明しました。


外からもう一度!1792年に竣工されたパンテオン。ギリシャ語で「万神殿(あらゆる神を祭った神殿)」という意味があり、アレクサンドル・デュマやエミール・ゾラ、ヴィクトル・ユーゴーなどなど、今は沢山のフランスの偉人達が眠っています。

 朝からのんびりパンテオン見学をしても時間はまだ午前中。ちょっぴり観光気分を味わった後は今日も仕事へ。今日もアポイントを入れてあるディーラーを尋ねる予定。その一軒はお花やリボンなどの大量の素材を扱うディーラー、今日はお花買付け用の手袋も持参している。100年の埃を被った沢山のお花を触ると手が真っ黒になるため、ここでの買付けに手袋は必須。ここ最近は手袋持参で来るのが習慣なのだ。さぁ、今日は何が出てくるのか?

 働き者の親子マダム二人で切り盛りしているここは、コスチュームを中心に大量の在庫をかかえる通称「アンティークのデパート」。だが、私達の探している19世紀のものがザクザク出てくる訳ではない。なので「アンティーク」というより「ヴィンテージのデパート」といった方が正しいかもしれない。いつも私達の自由にさせてくれるマダム達、肝心な時には必ず「これ見ていい?」とマダム達に声を掛けるものの、ほっておいてくれるのが心地良い。今日も河村と手分けしてゴソゴソ大量の在庫をチェックしまくり、大海の中から真珠の粒をみつけ出すように探し回る。
 今日も長時間に渡るチェックの末、ほぐし織りのリボンが出てきた。おまけに私が散々「シルクの織り生地を!」とメールで訴えたものだから、本当に小さなピースからシルク生地をボックスに入れて用意しておいてくれた。いくら小さなサイズのピースでもシルクの織り生地は心惹かれるアイテム。そんなボックスの中も1ピース1ピース物色し、お人形向きのシルクを探し出した。懸案のお花も、私の秘密兵器の手袋をはめてガサガサ。何しろ沢山の数はあるのだけど状態は様々、花びらが裂けていたり、汚れていたり、葉っぱが取れてどこかへ行っていたり、そうかと思うと新し過ぎたり、実際に私がOKを出せるアイテムは皆無、本当に僅かなのだ。結局、真っ白だった手袋が真っ黒になるまで物色し(大げさではなく本当に真っ黒だった!)、大量のダメダメなお花の中からやっとのことで可愛いお花のコサージュをいくつか救い出した。

 そんな仕入れを繰り返しているうちにすぐに夕方に。あぁ、買付けってなんて時間がたつのが早いのだろう。


パンテオンの側、リュクサンブール界隈は私達が滞在しているオデオンよりもいくぶん庶民的な雰囲気に魅力を感じます。そんなリュクサンブールの裏通りで、こんな昔ながらのお総菜屋さんを発見しました。


近寄ってみると…ハムと卵のゼリー寄せ、生ハム、アーティチョーク、向こうには海老とグレープフルーツのサラダ。どれも美味しそう!


マカロンとギモーブ(マシュマロ)は、その可愛らしいカラフルな色合いに惹かれます。お菓子というより雑貨みたい!


我が家で使っているカトラリーはここSABUREのもの。ストライプとドットの組み合わせがポップです。


ミモザをあしらったウィンドウディスプレイ。雑貨のお店でしたが、春らしいミモザの黄色の色合いに気持ちが明るくなるようです。

■5月某日 曇り
 買付けも残すところあと三日。そろそろ佳境に入ってきた。フランスはカンヌ映画祭もすぐ、テレビでニュースを見ていると華やかなレッドカーペットの様子や北野武の顔がチラリと映ったりする。そういえば、先日買付け中に会った顔馴染みの日本人ディーラーはアンティークの仕事のかたわら映画の仕事もしていて、ちょうど今日から南仏に行くと言っていた。そんな多才な彼女を思い出して、「カンヌいいなぁ。」と呟く。私達の今日のスケジュールはアポイント先への買付け。いつも何かとお世話になっているディーラー、今日もあれこれリクエストだけはずうずうしく伝えてあるけれど、果たして何が…?

 今日は天気も良く、まずのんびり朝からホテルの裏手のリュクサンブール公園に散歩へ。今日のように朝から散歩が出来るのも大半の仕事が終了したゆえ。すぐ裏にあるリュクサンブール公園で、しょっちゅう公園の周りは仕事の行き帰りで歩くのだが、実際にはなかなか中をそぞろ歩きする機会がなく、本当にひょっこり時間が空いたときにちょっぴり散歩する程度。いくらでも時間があったら、近くの美味しいお総菜やサンドウィッチを買って行ってピクニックするのに。でも、新緑のリュクサンブール公園は若葉が美しく、心なしか空気も気持ち良い。「あぁ、良い気持ち!」とルーブル(柏)の木立を歩く。パリに戻ってからというもの、またもやマロニエの花粉にやられている私は「ここはルーブルだから大丈夫!」と気分良く木立の中を歩いていたのだが…河村の「これってマロニエじゃないの?」との声にはたと上を見上げると、何とルーブルだと思っていた木にマロニエの花が!ここはルーブルの木立ではなくて全部マロニエだったのだ!!「キャ〜!」と大急ぎで退散。やはり優雅に散歩とはならないようだ。

アパルトマンで埋め尽くされているパリの中で、パリで一番広いリュクサンブール公園はみんなの憩いの場。向こうにも沢山の椅子が置いてあるのがお分りになるでしょうか?こんな風に公園内にはどこもかしこも椅子やベンチが置いてあって、自由に座ることが出来ます。「木立の中でのんびりランチ」というのも良いですね。


そうです!「森林浴みたい♪」と気分良くここを歩いていたら…周りがすべてマロニエであることが発覚!這々の体で逃げ出しました。

 マロニエの花粉に追い立てられた後はいよいよ買付けに出発。いつものようにバスに乗り、買付け先へ出掛ける。ようやくヨーロッパの寒さに慣れてきたものの、5月も半ばにかかろうというのに、まだまだ「初春」というよりは「冬」の寒さ。持ってきた洋服をすべて着る勢いでコットンばかりの厚着。それにしてもこの季節がこんなに寒いとは。初夏のパリの爽やかな空の下、キャフェのテラスでグラスワインなぞ飲んで寛ぐ自分を想像して来たのに、連日曇り空の下で寒さに震えることになろうとは。

 今日の仕入れ先は、いつもお世話になっている布やレース、雑貨を主に扱うディーラー。いつも「私用の袋」の中から出てくるものは、細やかな彼女のセンスで選ばれたものばかり。今日も「お人形用の生地が欲しい!」とリクエストした私のために、袋から出てきたものは可愛いシルクの織地。最近、こうしたフランスらしいシルクをみつけるのは至難の業。河村とふたり「ああいう可愛い生地はもうこの世の中から無くなったんだよ!」なんて、自暴自棄で言い合うほど。本当に嬉しい!他にも「箱!箱!」とうるさくリクエストする私に、最近ずっと見たことの無かったピンクのプリント柄のソーイングボックスが出てきた。可愛い!他にもお人形の材料になりそうな小さなモチーフやブレード。そして最近本当にみつけるのが難しくなったロココは子供用のボネに付いた状態で。自分で丁寧に取り外さなければならないけれど、そんな風にしか最近出てくることがないのだ。他にもカーテン生地だった織り生地などなど。これも裏地を取り外して、綺麗に切り整えて、アイロンを掛けて…手間がかかるアイテムだが、それがあってこそ商品になるのだ。そんな風に手間を掛けるのもこの仕事の楽しみかもしれない。

 他に出てきたのは、ホワイトワークの様々な素材。こちらもちょっぴりのサイズなのに訴えかける力の大きなものばかり。どれも当時のお針子さんがひとつひとつ縫ったのかと思う瞬間、心はいっきに19世紀に飛んでいってしまうのだ。

 私のために集めて貰ったアイテムを更にセレクト。今日も気付くと夕刻になっていたけれど、充実した買付けが出来ると疲れも感じない。仕入れた沢山の荷物を持って帰途へつく。唯一自由になる明日は、パリから程近い中世の街プロヴァンへ出掛けることに河村と意見が一致している。今回は時間の関係で美味しいレストランに行く余裕がなかったため、代わりに郊外へ。パリの街も確かに美しいけれど、パリは19世紀末に整備されたフランスの都市の中ではまだ新しい街並み。11世紀や12世紀の街並みなんて、それだけでドキドキしてしまうのだ。

■5月某日 曇り
 唯一のオフの今日は、パリからも程近い世界遺産の街プロヴァンへ。帰国日の明日はフランスの祝日のため荷物の発送が出来ない。なので、まず朝一で荷物を発送し、その足でプロヴァン行きの列車が出るパリ東駅へ。中世の佇まいが残るプロヴァンは以前から気になっていた街なのだが、パリからは近いのにはなかなか訪れる機会がなかったのだ。一日だけぽっかり空いた今回、思い立って行ってみることに。
 パリから1時間20分はあっという間。車窓から新緑のフランスの美しい田園地帯を眺めているうちに着いてしまった。

19世紀半ばに出来たパリ東駅。「東駅」の名前の通り、ストラスブールやナンシー、シャンパーニュ地方など東向きの列車が発着。ドイツやスイス行きの国際列車もここからです。

昨年ストラスブールに行ったときのTGV(日本の新幹線にあたる高速列車)と違って今回はローカル鉄道で。車両も少なくのんびりした雰囲気です。


これがプロヴァンの綴り。南仏のプロヴァンス(Provence)と似ていますが、全然違います!

 世界遺産の街なのにプロヴァンの駅は閑散としている。地図も何も持たない私達は駅からまずインフォメーションに行って、地図を貰おうと思ったのだが、駅の周りは閑静な住宅街で何もなく、インフォメーションの影も形もない。見えるのは、遙か遠くの丘の上に中世の建築らしい高い塔。どうやらそれがプロヴァンのランドマークらしい。「え〜、あんな遠くまで歩くの?」とブツブツ言いながら、河村に連れられてそちらの方向へトコトコ歩き始めた。

フランスの「芸術と歴史の街」に登録されているプロヴァン。街の商店街を歩くと突然こんな古い塔が。これは1544年建造のノートル・ダム・デュ・ヴァルの塔 です。


ブーランジェリーの壁面にこんな可愛い看板を発見。昔ながらの石窯の絵に「パン職人」の文字の看板、きっと美味しいパンに違いありません。

これが駅から遙か遠くに見えたセザールの塔。小高い丘の上にあって、遠くから眺めるとまるで城塞のようです。それもそのはず、これは12世紀に建てられた城塞のひとつ。中世のプロヴァンにはなんと22本の塔があったとか。このセザールの塔はそんな当時の雰囲気を伝える貴重な建築です。


セザールの塔は中に入って塔の最上階まで登ることが出来ます。石の壁の迫った最後の階段の狭いことといったら!まるで牢獄へ連れて行かれる囚人の気持ちでした。石造りの塔の中には河村と私の二人だけ、今にも鎖帷子に甲冑を身に着けた中世の騎士が現われそうな、そんな雰囲気でした。

塔の最上階からはかなり遠くの方まで見渡せることから、その当時は大事な守りの要だったことが分かります。中央の黄色に見えるのは菜の花畑。


こちらは塔から見える当時の街並み。中世の佇まいそのままの旧市街にはこじんまりした家々が並んでいます。さぁ、塔を見学した後は旧市街へ。


まるで田舎の一軒家のようですが、旧市街の街の真ん中にあるコロンバージュ(木組み)の家。周りと藤やグリーン、石積みとも雰囲気がぴったりでした。


この建物は“Maison des 4 Pignons”と呼ばれる15世紀の建物。日本語だと「四つの切り妻の家」とでも訳せば良いのかしら。500年以上前の建物なのにまだまだ現役!今は可愛い薔薇の雑貨店として使われています。

旧市街はこんな感じ。こじんまりしてあまり背の高い建物がないところがプロヴァンの街の特徴のようです。きっとオンシーズンの夏は沢山の観光客が訪れるかと思うのですが、まだまだ寒いこの時期はひっそりと静かでした。


またまたプティトラン(フランスの観光地にある観光列車)にも乗ってしまいました!でも、このプティトラン、窓ガラスの入っていないトロッコ状態。もう、寒いの寒くないのって!極寒に耐えたプティトランとして私達の記憶に残りました。

プティトランで運ばれ城壁の外へ。13世紀当時のプロヴァンはこんな城壁で囲まれて、旧パリ街道からの侵入を防いでいたようです。静かなプロヴァンの街でしたが、6月にはこの街の一大イベント中世祭(←こちらのサイトでは中世祭の動画も見ることが出来ますよ!)が開催され、街中人でいっぱいになるようです。


旧市街を歩いているうちに、小さなお庭いっぱいにすずらんが咲いているのをみつけました。

■5月某日 曇り
 いよいよ帰国の日がやってきた。夜のフライトのため、今日はホテルのレセプションに荷物を預け、一日パリのフェア会場で過ごすことにしている。向かうフェアは、先日河村がこちらに来る前に、私ひとりで訪れた大規模なフェア。買付けはひととおり終わったのだが、様々な高価なアイテムを見ることの出来る、ある意味とても勉強になるフェアのため、まだ見ていない河村とともに再度訪れる予定にしていたのだ。先日ひとりで来た時は買付けに必死で、なかなか自分の範囲以外の分野の物まで見る余裕が無かったのだが、今日はゆっくり様々な物を見られるのが楽しみだ。

 祭日の今日、ほとんどのお店がお休みのパリののこと、フェア会場は人でごった返している。まずは高級アイテムが並んだストールへ河村を連れて行く。買うことは出来ないけれど欲しいものがいっぱいの高級コーナー、前回見たときに感動したもの、目を見張ったもの、すべてを河村にも見せてその思いを共有させたいのだ。「こんな物をいつの日か扱ってみたい。自分の物にしてみたい。」そんな思いで、様々な物をチェック。ひとりで来たときには無言でじっと眺めるだけだったが、今日は河村とひとつひとつ「こんな綺麗なエナメルがあるんだねぇ。」とか「このアイボリーの細工、見て!見て!」とあれこれ言い合う。そんなふたりで見たことが、いつの日か自分達の役に立つことを信じて。美術館で見るのも良いけれど、どうしたって自分の物にはならない美術館の展示物よりも、こうした機会さえあれば購入出来るものを見る方が、断然気合いが入るのだ。
 そして今度は、フェアの会場をあちこちと歩きながら、私が迷ったものの選ばなかったアイテムも「これはこうだったから買付けなかったんだ。」と解説。結局、前回二度も来て隅々まで見て買付けたこともあって、流石に今日買付ける物は何もなかった。

 こうして買付け最終日、何も仕入れることもなく今回の買付けが終わった。まだまだこれから扱ってみたい物、出会ってみたい物、私達の欲望は尽きない。今よりももっともっと自分達がグレードアップしたいと願いつつ、フェア会場を出た。

また次回の買付けでも、もっと良い物が手に入れたい!そんな思いを抱きながらバスで帰る途中、セーヌを渡る橋の上から美しいノートル・ダム寺院の後ろ姿を目にしました。

今回も長々とつたない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。