■7月某日 曇り
ニースからたどり着いたパリは、どんより曇ったお天気。お天気のせいかとても肌寒く、これがニースと同じ国かと思うような感覚だ。確かに、ホテルまでのタクシーの車窓から見るパリの人びとは、革ジャンやコート姿。ニースのバカンススタイルの軽装のまま、パリの街にまったく場違いな私達は、寒さに震え上がってしまった。ニースから離れて何時間も経たないにもかかわらず、こんなにニースを恋しく思うとは…。それにしても寒い。
■7月某日 曇り
今日も肌寒いお天気。パリ第一日目の今日はまず朝から両替へ、買付けに必需な現金を作ることから。今日は二軒のディーラーにアポイントを入れてある。今回はパリに三日しか滞在しないので、時間を無駄に使わないようにしないと。まずはバスに乗って、お馴染みのディーラーの元へ。彼女にはいつも難しいリクエストをして困らせているひとり。もうパリでは物を集められなくなっていることをひしひしと感じる昨今、なんとか私の望むものを集めておいてくれる貴重な存在だ。今日も挨拶をすると、まず世間話を。あれこれ話しながら、私のためにキープしておいてくれた商品を大きな袋からあれこれ出してくれる。今回もリボンやレース、お花などの様々な手芸材料を、そして私のために取っておいてくれたそれは、彼女自身のコレクションから持ってきてくれたシルクのボックス。「こんなのもう無いよね〜。」と肯き合う。本当にここ最近、美しいボックスやロココなどを入手するのは至難の業なのだ。彼女の存在はありがたいのひと言、どうかこれからも美しい物を手に入れ続けて欲しい。
大きなバッグに仕入れた物を担ぎ、次なる場所へ。いつもポストカードを買い付ける紙物ディーラーからは、あらかじめ「今日必ず来て!」と言われている。(送ったFAXに珍しく返事が来たものの、あまりの達筆?のため、最初は何が書いてあるのかさっぱり分からず、解読に一苦労したのだ。)さては、明日からバカンスに出掛けるのかも?今回の買付けは7月中だが、8月になるとパリはアンティークディーラーはもとより、誰もいなくなる。年間5週間(!)のバカンスを取ることを義務づけられているフランス、レストランやブーランジェリー、パティスリーですら平気で2〜3週間バカンスでお店を閉めて留守にする。お店のドアに“Bonnes
Vacances”の張り紙をしてどこかへ行ってしまうのだ。まったく、シンジラレナイ!というか、羨ましい。さぁ、今日もやって来た。
挨拶もそこそこに私と彼の会話。
私 「明日からバカンスに行くの?」
彼 「Non、来週から。」
私 「私達もニースへ行ってきたのよ。」
彼 「どれぐらい?」
私 「4日間。」
彼 「えっ!?たったの4日間?(絶句)」
私 「日本人はみんな一週間ぐらいしかバカンスを取らないのよ。」
彼 (首を振りながら)「一週間…。(絶句)」
私 「バカンスはどこへ行くの?」
彼 「コルシカ島へ。」
私 「どれぐらい?」
彼 「一ヶ月間。」
私 「なに〜!一ヶ月間!?一ヶ月もコルシカで何をするの?」
彼 「泳いだり、ウォーキングしたり、読書したり…。バカンスの間は絶対カードには触らないんだ!」
普段はポーカーフェイスなのに、バカンスの話になると思わずニコニコしてしまう彼。そうか、バカンス中は一切仕事のことは忘れてしまうんだ。まったく!いつも綺麗なカードを集めておいてくれる彼、バカンスはしっかり遊んで、バカンス明けにはしっかりお仕事をしていただきましょう!今日も私たちのためにさまざまな綺麗なカードを出してくれながら、「最近はパリで物を集めるのは本当に難しい。」とバカンスの話とは違った真面目な表情でひと言。私も本当にそう思う。10年ほど前だったら、蚤の市でも見ることがあった可愛いカードだが、カードを専門に扱うディーラーはどんどん姿を消し、紙もののアンティークフェアも衰退の一途を辿っている。彼には頑張って貰わないと。今日も、「オマケ」にミュシャの美しいカード(実は密かにちょっぴりミュシャのカードをコレクションしているのだ。)を見せて貰って終了となった。
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このウィンドウ、何のお店だかお分りになりますか?ここはショコラティエ、ショコラで作った果物があったり、ビーチサンダルがあったり、なんともバカンス仕様。“bonnes
vacances”の文字も。
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カラフルなエッフェル塔のステーショナリーが飾られたウィンドウ。また今回も自分のために、キッチュなエッフェル塔のスノードームを持ち帰ってしまいました。
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■7月某日 曇り
今日は特にアポイントもなく、午後から心当たりのディーラーの元へ行く他は予定がない。そこで出掛けた先は「奇跡のメダイ教会」。このところ、ここの「奇跡のメダイ」がとても気になっていたのだ。もちろんアンティークでもなくて現行品なのだが、このメダイを手に入れるとなんだか幸せになれる気がして、「お土産にもぴったり!」というのがその理由。場所も、私達が滞在しているオデオンのホテルから歩いていける距離。ボン・マルシェカードでもお馴染み、デパートのボン・マルシェのすぐ裏側にあることは以前から知っている。まずはリュクサンブール公園に沿って歩き、そのままパリで一番長いと言われるボージラール通りを歩き、私達が「靴屋通り」と呼ぶシェルシュ・ミディ通り(この通りにはなぜか靴屋がいっぱい!有名なパン屋ポワラーヌもある。)に出れば、もうすぐそこだ。
まずはボン・マルシェの食品館を覗き(ここにはお土産用の紅茶もあれば、様々な食品のワンダーランドなのだ。)、そのすぐ先の教会へ。この通りバック通りは「7区のマダム御用達」のお洒落な、でも生活に根ざしたショップが多く、私が好きな通りのひとつ。今までも何度かここの前を通ったことがあったにもかかわらず、中へ足を踏み入れるのは初めてだ。見落としてしまいそうなさりげない入口だが、物乞いのジプシーが必ずいるので、それが目印。
この「奇跡のメダイ教会」は正しくは“Chapelle
Notre Dame de la Medaille
Miraculeuse”といい、1830年、この教会の修道女カタリナ・ラブレの前に聖母マリアが姿を現し、「心を込めてメダルを作り人々に恩恵を授けなさい。」というお告げを残したことが、このメダイが作られることになったのが始まり。その後、コレラがパリを襲い2万人以上の死者が出た際に、このメダイが配られるやいなやコレラが急速に鎮まったという。その後、カタリナ・ラブレは聖人とされ、その遺骸は死後56年たって発掘された際、腐敗することなく、まったく元のままで、今でも祭壇横のガラスケースの中に安置されている。
私達が教会に入った当初、ミサの最中で、沢山の人々がお祈りをしていた。その真剣で敬虔な雰囲気は、とても物見遊山で見に入れるものではない。特に聖女ラブレが安置されているガラスケースの前は一心にお祈りをする人々で混み合っている。じっくり写真を撮ろうと思っていた河村だが、流石にそんな行為に及ぶことが出来ず残念そう。写真を撮ることは出来なくても、近くに寄ってみて思ったのは、「いくら聖女でも死体をそのまま安置するなんて、日本人には馴染めない。」ということ。まるで蝋人形のようにも見えるカタリナ・ラブレの姿に思わず背筋が寒くなってしまった私。そんなことを言うとバチが当たるかも?
その後で立ち寄ったメダイが売られている売店の方が、ずっと明るくて共感できる雰囲気。世界中からやって来た善人の老若男女、沢山の人々がメダイを求める様は、壮観ですらある。そんな私達も、この時ばかりは「気分はショッピング!」で、自分達の分とお土産にする分を、周りの皆と一緒にちょっぴりはしゃぎながら選んだ。
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シェルシュ・ミディ通りで見かけた薔薇の専門店。ヨーロッパでは空気が乾燥しているせいか、日本よりもずっと花持ちが良いという噂。1本1.6ユーロ(約215円)、11本で9ユーロ(約1,215円)15本で13ユーロ(1,755円)、意外に安い気がするのは私だけ?
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カタリナ・ラブレが聖母マリアからお告げを受けているシーン。「奇跡のメダイ教会」はこんな清らかな空気に満ち溢れていました。
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「奇跡のメダイ教会」をあとにし、今日の仕事先へ。何軒かある馴染みのディーラーのところを回ることになっている。まだ7月のパリはかろうじてアンティークディーラーがいる時期。これが8月なると、本当にだあれもいなくなってしまうのだ。まず向った先は、ジュエリーと小物を扱うディーラー。たまに気に入った物と遭遇することが出来るここなのだが、今日はピンとくるものがない。ジュエリーの入っているケースにおでこをぴったり付けて覗き込むのだが、どうも心に引っかかるものがない。「こんな時もあるさ。」マダムに丁寧にお礼を言って外に出た。
次の先はレースとリボンなどの手芸小物のアンティークを扱うマダム。ここもヒットの物がみつかるときと、まったくダメな時の差が激しい。まずはニッコリ笑顔で挨拶。彼女の品々を見回すが、前回見た時とさほど変化がない。「そうなんだよな〜。これ素敵だけど、前回も高くてやめたんだよなぁ〜。」と細いリボンを通した金糸のブレード。見るからに19世紀の素材だ。こういう素材は昨今ではなかなか見ることがない。それを今回も取り上げると…諦めたようなマダムが「それ、○○ユーロでいいわ。」とツルの一声。「え!?本当?」そのお値段は、前回聞いたときよりも何割か安い。「じゃ、これ!!」速攻で入手した。今回はこれたったひとつ。なんだかマダムに申し訳ないが、他に仕入れられるものがないので仕方がない。
最後に向った先は、まだ若い女性ディーラー。まだ若いとはいっても、彼女と知り合ったのは10年以上前。あの頃はたぶん20代だったと思われる彼女、ここ最近はすっかり「マダム」という雰囲気が板についてきた。レースや生地を扱う彼女。たまにとても素敵な布小物やお人形用のシルク生地を持っていたりするのでここは外せないのだ。が、ここも今日はハズレ。今日はお人形用のシルクも無いという。「これは?」と聞いたあるアイテムは、「これは売り物じゃないの、私のコレクションよ。」とひと言。「えぇ〜、そんなぁ。」
「またこの次に。」と挨拶して外へ出た。
今日はどうもついていないようだ。買付けはあと一日を残すのみ、気は焦るが仕方がない。他に行くあてもなく、いつもはバスに乗って帰るところを、今日はゆっくりホテルまで歩いて帰ることに。セーヌ川沿いを歩いて帰った。
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マレ地区に今も残るフィップ・オーギュスト時代に作られた城壁。12世紀に作られた城壁がいまだ残っているなんて!19世紀中頃に行われた「オスマンの大改造」を経て、こんな古い建築物がパリに残っているなんてびっくり!今はリセの運動場の壁になっていて、このかたわらで高校生達がバスケットゴールにボールを入れています。
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同じくマレ地区にあるサンス館は、15世紀に作られたゴシック様式のお屋敷、現在はフォルネイ図書館として使われています。元々は、パリ司教区を管轄していたサンスの大司教の私邸として作られ、あのマルグリット・ヴァロワが住んだこともあったのだそう。
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サン・ルイ島を経てノートル・ダム寺院の裏手へ。ノートル・ダム寺院は背後からの姿が美しいバックシャン。ゴシック建築特有のフライングバットレス(飛梁)が複雑に形作る魅力的な建築です。
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ノートル・ダム寺院の裏手の庭園では、この季節、様々な薔薇が咲き誇っていました。
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■7月某日 晴れ
今日は買付け最後の日。最後の日というのに、行く先はいっぱい、アポイントもいくつか、そして夕刻には大急ぎでホテルへ戻り、空港へ行かなければならない。ようするに、最終日にして最も「ハードスケジュール」の日なのだ。
まずは朝からバスに乗って出掛ける。出掛ける先は、アポイントを入れてある彼女。いつもお世話になっている、私の大事な買付け先だ。度々メールをくれる彼女、今年の一月に生まれたばかりの赤ちゃんの画像も一緒に送られてきたりして、これがまたとっても可愛い!ヘイゼルの瞳の彼の写真に、「なんてハンサムなんでしょう!まるでエンジェルみたいね。」なんて、親戚のおばちゃん宜しくついつい甘〜いメールを返してしまう。
さて、今日彼女のところの「マサコの箱」から出てきたものは…美しいビロードのボックス、シルクの織り生地、シルクのプリント地、このプリント地には貴族柄の男性と女性が石版印刷で印刷されていてとても綺麗、額に入れると良いかも。可愛いシルクのロココも出てきた。本当にいつも彼女のセレクトは可愛い。「こんなのフランスにないよね。」と河村と言いながら選んでいく。愛らしい赤ちゃんの顔が石版印刷で印刷された小さなチョコレートボックスは洗礼式のもの、よくこんな紙製の箱が残されていたものだと感心してしまう。様々な可愛いものを大きなバッグに詰めてまずは終了。いつものようにギュッと抱き合ってビズーをして彼女と別れた。
そこから電車とバスに乗り継いでやって来た先は、私達が「ばあちゃん」と呼ぶディーラーのところ。彼女との付き合いも、もう長くなってきた。レースのこととなると気位の高い彼女のこと、まさか私達から「ばあちゃん」なんて呼ばれているとは思ってもいないだろう。今日も事前にアポイントを入れてあるのだが、何しろバカンス時期ということもあり、実際に彼女が何か持っているのかもはなはだ疑問でもある。あらかじめ「新しいレースはないよ!」と言われていたので、私が「じゃ、可愛いベビードレスがあれば。」と送っておいたメッセージそのままに、いくつもベビードレスが用意してある。その中から、「ああでもない。」「こうでもない」とあっちを引っ張り、こっちをひっくり返して吟味。その中で一番可愛いドレスを選び、チラリと見えたシルクのランジェリーケースを「これも見せて!」と出して貰う。クリーム色のシルクにスミレの刺繍が美しいそれも一緒に。
ただいまソルド時期まっただ中のフランス、いつもこの時期のばあちゃんは驚くほどの気前のよさ!レースのハギレやらボーダーやらを「これも持ってけ!」「これも付けてやる!」の大盤振る舞い。「ばあちゃん、大丈夫か?」と思いながらも、今回もありがたくちょうだいした。
さらにいくつかのディーラーを回る。「あぁ、また来たんだね。」という皆の表情がなんだか嬉しい。どうやら自分達ではまったく自覚がないのだが、フランスでは珍しいオリエンタル、しかもいつも河村とふたりカップルということもあり、付き合いのあるディーラーからはもちろん、そうでないディーラーからも、なんとなく顔を覚えられているようなのだ。思えば、年に数回、何年も来ていれば覚えられても不思議はない。たまに「あなたこの前ドロー(パリ市内にあるフランス国営の競売所。フランスのオークションはここで行われる。)にいたでしょう?」なんて見知らぬディーラーから言われたり。
最後に向った先は、いつも美しい品物が私達の垂涎の的の女性ディーラー。花瓶や燭台、ガラス食器、美しいカトラリーなど高価で大振りのものを扱う彼女の商品は、なかなか私達の力では扱うことが出来ないけれど、毎度そのウィンドウに立ち止まって、しばし眺めずにはいられない。そして、いつも何か宝石のように小さなアイテムがみつけられるのだ。今日ガラスケースの隅に見つけたのはすずらんのロケット。最後の最後に出てきたすずらんアイテムは私の大好きなモチーフ。今回の買付けを象徴するような、嬉しいアイテムだった。
これで今回の買付けも終了。ひょんなことから行くことになったコート・ダ・ジュールだったが、忘れられない夏になった。きっときっと今よりもずっと歳をとっても、いつまでも忘れないと思う。
今回もつたない文章を長々お読みいただき、ありがとうございました。
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