〜フランス編〜

■5月某日晴れ
 パリはロンドンに比べてずっと暖かだった。ここでは、持ってきた麻のパンツもサンダルもぴったりで、欲を言えば暑すぎるほど。朝方は冷えるものの、昼前にはコートはすっかり無用の長物と化してしまった。そんな今日は、アポイントを入れておいた何軒かを回ることになっている。

 まず向かった先は、まだ若い女性ディーラー。ここ最近すっかり彼女と仲良しになってからというもの、「マサコ、元気だった?」とまずは両頬にビズーで挨拶し、次には「マサコ用の段ボール」が登場。私用に集めておいてくれたものがぎっしり入っているのだ。中から出てくるのは、私好みの繊細で可愛いものばかり。どうやら、たまたま私のホームページに行き当たった彼女は、度々サイトを開いては商品について研究していてくれているらしい。いつもこまめにメールをくれて、メールが来る度、いちいち翻訳してお返事することに気重になる私だが、でもそうしていつも気に掛けていてくれているのはとてもありがたく嬉しいこと。今日もお人形向きの可愛いシルク生地やちょっと変わったソーイングボックス、フラワーバスケットやすずらんアイテムなど、私がフランスで「可愛い!素敵!」と思えるものが沢山出てくる。

 次に向かった先は、「レースのばあちゃん」こといつものレースを扱うマダム。ロンドンではまったくと言って良いほど手に入れられなかったニードルポイントレース、果たしてここでは手に入れることが出来るのか?いつも通り私を待っていたマダムと挨拶を交わし、マダムは“Comme d'habitude(いつもみたいにね。)”と言いながら次々と薄紙に包まれたレースをどこからともなく出してくる。その様子はまるでレースの魔女のごとく。(笑)流石に最近は“Specialist!” “Specialist!”を連発しなくなったが(←どうやら自分は「レースのスペシャリスト」だという意味らしい。彼女はほとんど英語を話さない。いや、話せない。)、私達が欲しい物が無く、何も選ぶ物がないときにはつむじを曲げてしまったり…何とも愛すべきフランス女のばあちゃんなのだ。いつもは、彼女と片言のフランス語で何とかやりとりをするのだが、今日は近所のお人形屋のおじさん(このおじさんとも顔馴染み)が遊びに来ていて、通訳を買って出てくれた。おじさんの助けを借り、今回は細かいニュアンスまでお互い了解!何が手に入ったかって?そう、それはニューストックの素敵なリボンと「レースの山」。様々なレースが沢山入ったのでお楽しみに!
 ここでも「ムッシュウは?」と聞かれたけれど、今回はどこでも行く先々で同様な質問を受ける。「彼は今日本で売る仕事をしているのよ。」と答えると、国籍は違っても皆同業者で思いは同じ。「そうだよねぇ。売らないとねぇ。」と妙に納得した顔をするのがおかしい。

 「レースのばあちゃん」の後は、もうひとりのレースやコスチュームを扱うマダムの元へ。ここでもたびたび「おお!」というレースが出てくるので、外すことは出来ない。今日出てきたのはあっと驚きのレース!ウィンドウの中でみつけたときは思わず「えっ!」と声を上げてしまった。嬉しいその理由は…またホームページに掲載の時に。

 それから、いつも立ち寄る雑貨を扱うマダムの元へ。ここのマダムは女っぽいフランス女とは一線を画するボーイッシュな雰囲気。女っぽいマダム達のお相手をした後で、彼女に会うとなんだかほっとする。スペシャルな物があるという訳ではないのだが、私好みの小さなバスケットや布地など何気なく可愛い物があり、何かと仕入れられることが多いのだ。 行ってみると、いたいた。"Bonjour!"と挨拶をかわし品物をチェック。が、今日は目ぼしい物がなくがっかりしていると…「明日は?」と尋ねられた。どうやらおうちに私向きの「何か」があるらしく、明日持って来てくれるらしい。「じゃ、明日また来るわ。」とそこをあとにした。

 はたと気付くと、午後4時を回っていてびっくりしてしまう。またしてもお昼ごはんを食べ損ねてしまった。いつものキャフェに立ち寄ると、夕方で客もまばら。そんな中、「よっこらしょ。(疲)」と荷物と一緒にシートに身を横たえ、お昼ごはんのサラダを頼むと、キャフェの顔馴染みのマダムから同情の視線を送られた。

5月といえばmuguet(ミュゲ)の季節。5月1日の「すずらん祭り」には間に合いませんでしたが、あちこちの花屋の店頭ですずらんを見かけました。小さなお花が可愛いですね。

ホテルのすぐ側にある石けんのブティック。まるでアール・デコのパッケージのような蝶々柄が素敵なこれは、なぜか舞妓さんの写真集と一緒にディスプレイ。“Mariposa”は蝶々の意味。フランス人の思うところの「蝶々夫人」ってこんな感じ?

■ 5月某日 晴れ
 お天気は今日も快晴。あまりの暑さにタンクトップにカーディガン、足元はサンダルで出掛ける。この気候、どう考えても日本より暑い!酷暑のためお年寄りが沢山亡くなった2003年のフランスの夏を思い出してしまう。移動にバスを使うのだが、パリの市バスには暖房はあっても冷房がない!!そして、壁面全面を大きく取った窓(窓は大きくても実際に開くのはほんのぽっちりだけ)、それは温室(サウナ?)の中にひたすら耐えて乗っているかのようだ。ここ最近、ヨーロッパも異常気象のためか夏になると以上に気温が上がることが多い。こんな5月上旬から暑くて真夏になったらいったいどうなってしまうのだろう? 

 そんなサウナ状態のバスに耐え、今日も買付け先に到着。今日は一度にトラックで何トンもの仕入れをするという、様々な工場のデッドストックを主に扱うディーラー。そこが主に扱う20世紀のデッドストックものにはあまり興味はないのだが(もっとも大量にあるものには全く興味を惹かれないので)、20世紀の大量のデッドストックと共にほんのちょっぴり出てくる19世紀のアイテムが私のお目当て。「こんなもの見せて。」とか「あんなものなあい?」と尋ねると、山のような在庫の箱が出てきて、そこからひとつひとつ根気よく選り分けるのが、ここでも仕入れの方法だ。そういう今日は、思いつきで「小さなお人形に使えるバックルないかしら?」と尋ねると、出てきた出てきた大量のバックルの箱が。もっともそのほとんどは20年代や30年代、もしくはそれ以降の人間用のサイズの大きなものなので却下。「もっとサイズの小さいのを探しているんだけど。」と言うと、カン良く「こういうのじゃないの?」と広い倉庫の中から探し出してくれたのは台紙にびっしり付いたカットスティールの小さなバックルやガラス製のクラシックなもの。「そうそう、こんな感じ!こんな感じ!」と大喜びで出してきてくれたものの中から状態の良いものを選りすぐった。

 ここの広い地下倉庫は、それこそワンダーランド。足元から3m以上ある天井までびっしり埋め尽くされた大量の箱に入った在庫が眠る様はまさに「圧巻」のひとこと。しかも、この倉庫だけではとうてい足りず、他所にもっと広い倉庫を借りているというのだから凄い。ただ、私の探す19世紀モノはなかなか無いのだが。
 「そうそう、最近バッグのフレームが大量に入荷したんだけど見てみない?」との誘いに、さほど興味なく生半可な気持ちで見始めたのだが…巨大な段ボールの中に大量のバッグフレーム!あまりの数の多さにまず肝を潰してしまう。今回出てきたのは、30年代以降のものだったこともあり、私の好みとは微妙にずれている。それ以上にあまりに沢山のバッグのフレームに、見ているうちに気分が悪くなってきた。「だめだ!沢山ありすぎて分からなくなってきちゃった。今日は無理。また次回にね。」とついにギブアップ。埃で真っ黒になった手を洗わせて貰い、今日の部は終了した。

 次に向かったのは、昨日「明日ね。」と言っていたマダムのところ。「果たして何かあるかしら?」と訪れてみると…私用に2枚の生地が準備されていて嬉しい。私の好みをバッチリ押さえた織り生地だ。早速2枚ともいただいて「また今度ね〜。」と彼女の元を後にした。

 そして最後に、久し振りでレースやブレードなどの手芸材料を扱うマダムのところに立ち寄ったのが、驚きのきっかけだった。このマダムのところには今までも何度も足を運んだことがあり、「そうだ!そろそろ在庫のレースボーダーが無いから寄っていこ。」と軽い気持ちで今回も立ち寄ってみたのだが…。ここのレースはコレクションにするような高価なハンドメイドレースではなく、実際に使える機械織りのボーダー、その他にもお人形の衣装で使えそうなブレードなど、だいたいどのような物があるか内情知った仕入れ先だ。あれこれ材料を選んでいると…今回はいつもより沢山の材料を選んだこともあってか、マダムから「この側にもう一箇所見せたいところがあるんだけど。」という言葉と共に、腕を取られてほとんど拉致されるかのように、別の場所へ連れて行かれてしまったのだ。連れて行かれた先は、まるで倉庫のような場所。こちらにももうひとりのマダムがいて、壁は上から下までいちめんの引き出しになっている。引き出しの中は、リボンやら布やらお花やら…様々な服飾素材がぎっしり詰まっていてここもまさにワンダーランド!「好きなように見て。」ともうひとりのマダムから許可を貰い、抜いた引き出しを中央のテーブルに運び、盛大なひっくり返しが始まった。

 引き出しから出てくる物、物、物!そこはフランス人のこと、決してシステマチックに入っている訳ではなく、一応ひきだしごとにアイテム別にはなっているものの、様々な物がぎっしりゴチャゴチャに詰め込まれていて、それをくしゃみとともに(なにぶんほこりっぽいので)をひとつひとつひっくり返していくのだ。大半はいらない物ばかりなのだが、そのゴチャゴチャの中にたまにキラリと光る物を発見し、引き出しから抜き取っていく。思わぬところから可愛いリボンが色々出てきて嬉しい!軽く1時間以上は引き出しを漁っていただろうか、リボンやらお花やら、私好みの一群が出来たところで、今日のところは終了。それにしても、私の知らないこんなところに、こんな沢山のアンティークが隠れていたとは。「まだまだ奥が深い!」と素直にフランスの懐の深さを感じた出来事だった。

こちらもホテルのすぐ側にある、様々なシルクの組紐で作ったファッション雑貨のお店“Tradition Renouee”。このマネキン、確かヴィンテージで、仲良しのクロテッドクリームの片山嬢が「早苗」とか「マリコ」とか名付けて売っていたような…。それはともかく“Tradition Renouee”のバッグやポーチは素敵で私もいくつか持っています。


いつも夕食用に買いに行くマルシェのパン屋さんのテントの上をふと見上げると真っ黒な黒猫が。思わず写真に収めてしまいました。ここのバゲットセザム(いちめんにゴマが付いている全粒粉で出来たバゲット)は絶品。

 買付けの済んだ夕方、これからのスケジュールを考えるともう今日この夕方しか自由になる時間はない。そう考えて向かった先は二十代の頃から長年愛用している時計のお店オブレイ。ここしばらく時計のベルトを替えていなかったので、この機会に交換することに。別に日本で替えても良いのだが、ここの発色の美しいクロコのベルトが私のお気に入り、今回ベルトを取り替えるためにオブレイの二本の時計を持って買付けにやってきたのだ。
 ロンドンやパリでは宝石や時計を扱う宝飾品店はセキュリティーのためドアには鍵がかかっていて、ブザーを押して鍵を開けて貰い入店するのがきまり。メトロのマドレーヌからもすぐ、今日は珍しくひとりで店番をしていたオーナーのオブレイ氏がドアを開けてくれた。二本の時計を取り出し、ベルトを替えたいことを伝えると、「これは10数年前のモデル、こちらは10年ほど前。」と正確に時計を購入した時期を当てていく。なんでも、僅かに少しずつモデルチェンジしているそうで、「長くお使いいただき、ありがとうございます。」とにっこりされた。片方のベルトは今まで通り青紫のスミレ色、もう一方はそれまでのベージュから赤紫のボルドーに。「紫がお好きなんですね。」とオブレイ氏。階下の工房で作業が終わるまで、英語も話す彼とちょっぴりおしゃべり。

 十数年前、初めて購入した時計を接客してくれたのは彼の母親に当たる白髪のいかにも「パリのマダム」というかくしゃくとした雰囲気の初老の女性だった。もう遙か昔のことだ。ここ最近、店頭では彼女の姿を見ることがなかったので、「お母さまはお元気?」と尋ねると、ちょっぴり淋しそうな表情で「母は昨年の10月に亡くなりました。」との返事。「そうか、そんなに時間がたったのね。」と自分に言い聞かせ、まずは哀悼の意を伝えた後、「お母さまは素敵な女性でしたわね。」と私。「そうです。皆さんがそう言って下さるので淋しくないのですよ。」と彼。

 やっとベルト替えが出来上がってきた。どうやら職人さんが時計の風防も磨いてくれたらしく、それで時間がかかったのだ。以下、私とオブレイ氏の会話。

私 : (すまして)「ベルト二本でいかほどかしら?」
オブレイ氏 : 「220ユーロになります。」
私 : (「うわ〜、たか〜い!!クロコは高い!今回お洋服は買えないよ〜。」と心の中で叫びつつ、落ち着き払って)「デタックス(免税手続き)していただけるかしら。」

オブレイ氏 : (実際のまま) 「No, because it is わに!
私 : 「わに〜!?」(その後爆笑)

 ようするに時計のデタックスは出来ても、フランス産ではないクロコダイルの時計ベルトだけではデタックス出来ないということだったのだが、かなり笑ってしまった。そうそう、オブレイ氏は「デンチ」とか「アリガトウゴザイマス」とか片言の日本語が話せるんだった。別に彼はウケを狙ったわけでは決していないのだが、それにしても突然「わに!」だなんて。(笑)いつもどおり、ありがたく無料で「デンチ」も交換して貰い、生まれ変わった時計を受取り帰路についた。

こちらが「わに」のベルトです。「日本で替えた方が安いよな〜。」と思いながらも、いつもこの美しい色合いに惹かれて、パリのブティックに向かってしまいます。きれいなベルトに生まれ変わって嬉しい!

■ 5月某日 晴れ
 今日も良く晴れて、天気予報によれば暑くなるらしい。近年、『地球温暖化?』のせいか、まだ初夏とも言えない5月から結構暑いことが多い。かというと、4月にヨーロッパへ来た仲良しのアンティークディーラーから「雪が降ってとんでもなく寒かった!」なんてセリフを聞くこともあるから、本当に来てみないと分からない。

 今日は知り合いの女性ディーラーの元へ。今朝はゆっくり出発のため、近所のキャフェで朝から一服。タルティーヌ(いわゆるバター付きのフィセルのこと。フィセルはフランスパンのひとつで「ひも」の意。バゲットの超細型という感じでしょうか。このバターを付けただけのフィセルが美味しいんです!)とキャフェ・オレでのんびり朝ご飯。いつもだったら河村とふたりで、「ねぇ、見て見て!あの人お洒落〜。」なんて外を行く人を眺めながらおしゃべりを楽しむのだが、今回はぼーっとひとりテラスの向こうを眺めるのみ。ひたすら「どんなものが手に入るかしら?」と頭を巡らす。

 今日も既にサウナ状態のバスに乗り、アポイント先へ。今日の買付け先は、長年付き合いのある女性でディーラー、彼女も私の好みにぴったりの物を集めておいてくれるフランスにおける貴重なひとり。今回はどんな物が出てくるのか、毎回楽しみでもあり、ちょっぴり不安でもある。さて、今日出てきたのは、ハンドメイドのレースの山。元々見本だったのだろうか、お人形の衣装にぴったりの様々な種類のレースが出てきた。他には、久し振りに素敵なキャミソールがいくつか。これからの季節にはぴったりのキャミソール、しかも、現代人に合ったサイズでひと安心。コルセットを着用し、平均のウエストサイズが54cmだった(!)時代のキャミソール。(なんと妊婦用のコルセットまであったというからオソロシイ。出産で命を落としてしまう女性も多かった訳だ!)通常、ウエストは極端に細く、それに比べると胸回りはとてもふくよかな場合が多い。そんなところから19世紀の女性達は、現代人とは全く違う体型だったことが分かる。

 私が今回ロンドンからやって来たことを知った彼女に「ロンドンはどうだった?」と尋ねられ、「レースが全然無かったの。世の中からポワンドガーズは一切無くなっちゃったみたい。」と話すと、「それはどうかしら。」と意味ありげににっこり。後ほど、この微笑みの意味を知ることになった私。その後、「これはどう?」と彼女が開けた薄紙の中から出てきたものは…美しいハンカチだった。もう、一年振りになるだろうか。久し振りに見る美しいハンカチ。思わず「あぁ!このハンカチのために遠いパリまで来て本当に良かった!!」と叫んでしまった。
 何かこのハンカチのように「ここ一番!」の物に出会えると本当に嬉しい。ひとりでの買付けの義務を果たしたようにさえ思えてくる。心も軽くまだ明るい夕方の街を帰宅。今日は結局、終日彼女のところで物を選んで過ごしたのだ。

 ひとりでやって来た今回、わざわざ夕食にレストランに出掛ける気にならず、お総菜や美味しいバゲットで夕ご飯。もちろんワインも忘れずに。ホテルの部屋の窓辺に椅子を持ち出して、夕方の外の空気を吸い、パリの屋根を眺めながらひとりごはん。レストランに出掛けるとなると、それなりに美味しいところに行きたいから(日本のフレンチレストランのように繊細な味付けのところは本当に少ない!)、予約は必要だし(それなりの扱いをして貰うには「予約」は必須。)、当然お値段も高い。また、そのためには疲れ切ってホテルに戻った後、「第二ラウンドの始まり」とばかりにまた気合いを入れ、お洒落をして出掛けなければならず。河村と一緒の時には、それはそれで楽しいのだが、今回はパス。だが、その代わりに連日食しているもの、それはホワイトアスパラ!春はアスパラの季節。毎年、この季節にパリでアスパラを食べるのを楽しみにしている私なのだ。
 ホワイトアスパラは、日本でもよく見かけるグリーンアスパラとは違って、土を盛って日光を当てずに育てるので白く、日本のアスパラガスよりもずっと太くて(日本のアスパラガスの2〜3本分は優にある。)、食感はずっと柔らかい。行きつけにしているホテルの近所のジェラール・ミュロのお総菜でも扱っていて(お菓子のお店ジェラール・ミュロだけど、私はここのお総菜やサンドウィッチも贔屓にしている。)一緒に付けてくれる手作りのふんわり軽いマヨネーズがまた美味。とても茹でただけとは思えない美味しさなのだ。春から初夏に掛けてフランスに出掛ける方は是非ホワイトアスパラを食していただきたい。だって美味しいのだもの!

黄色のパロットチューリップも元気で良いけれど、私は紫の花がニュアンスがあって好きです。日本のアヤメとも近いアイリスはフランスでも愛されているお花、そういえばアール・ヌーボーのミュシャのポスターにもよく出てきますね。


ホテルの窓から見えるリュクサンブール宮(現在は上院の議事堂として使われています。)の時計は午後9時を回っているというのにまだ明るいパリの空。夜、どこかへお出掛けするときは嬉しいけれど、疲れて帰ったときには「頼む〜、もう暗くなってくれ〜。」という気分。

■ 5月某日 晴れ
 今日は今回の目的のひとつでもあるアンティークフェアへ。買付けも残り少なくなってきた。明日の晩のフライトで帰ることになっている。今回の買付けは、いつもよりやや日数が短いため、あっという間。駆け足で、ひたすら突っ走って終わってしまうような気がする。せっかく日本から地球の果てまで来たというのに、仕事だけで帰るのはちょっぴり残念。次回は、河村とふたり、前回トロワへいったようにまた思い出に残る旅などもしてみたい。(実は次回、ロンドンかパリからウィーンへ飛ぼうと密かに計画中。どうか実現しますように。)

 さてさて、今日は気合いを入れて最後の買付け。ずっとこの日を待っていた私は、夕べから落ち着かず、今朝は早くから目覚めてしまう。気分を落ち着かせて近所のキャフェで朝食をとった後は「誰よりも早く!」と早々に会場入りした。フェアのチケットは(こうしたアンティークフェアは6ユーロとか10ユーロとか有料の場合も多い。)、事前に顔馴染みのディーラーから入手してあるのでフリーパス。長蛇の列をかき分けつつ会場に入ると、まだ店開きしていないブースもあるものの、沢山のディーラーにワクワクしてしまう。フェアは始まりが勝負、誰もまだ目にしないうちに一番良いものを手に入れてしまわなければ!(誰かの目に触れれば、先にgetされてしまうので。)そんなことを思い、会場内を小走りで歩いていると私の目に飛び込んでくる物があった。布張りの小さなチェストだ。ブースの一番良いところに飾られているのを見ても、オーナー自慢の品と見た。そういえば、もう何年も前、同じこのフェアでもっと大きなチェストを手に入れたことがあったっけ。あの時は持ち帰るのが大変だった…。そんなことを思い出しながら、見るべきところをチェックし、さっさと値段交渉、無事自分の物にした。可愛い生地の貼られた小さなチェスト、その後顔馴染みのディーラーに会う度にバッグの中からチラリと見せて「ね、可愛いでしょ?」と自慢してしまった。

 何度も来ているこのフェアだが、出店しているディーラーも移り変わりが多く、「あの人はどこに?」と思うことも少なくない。特に可愛いものを持っていたディーラーは記憶によく残っていて、もうこのフェアで顔を見なくなって何年も経つというのに、「ひょっとしていないかしら?」と思ってしまう。かと思えば、私のことをよく覚えていたディーラーから思いがけなく声を掛けられることも多い。フランスへ来ると、ことにアンティークフェアでは、私達はどうしたって目立ってしまう東洋人だということをひしひしと感じてしまう。

 そんなことを思っていると、顔馴染みの紙物ディーラーが声を掛けてきた。が、彼はまだせっせと自分の商品を運んでいる最中でとても見せて貰える状態ではない。「また後でね。」と一声掛けて次のブースへ。そんな風に沢山のブースをひとつひとつ見ているうちに少しずつ手にする物が増えてきた。久し振りに出会ったマチャベリの香水瓶、これまではイギリスで買付けることが多かったマチャベリだが、フランスでみつかるのは珍しいこと。しかも形違いの二瓶をget。この香水物、イギリスよりもフランスの方が断然(香水の国の所以か?)相場が高く、なかなかフランスで手を出す機会がなかったのだが、珍しくコンディションもお値段もgood。おまけに売られていたときの樹脂製のパケージも付いてきて、「こんなの初めて見た。」と思わず独り言。三つ一緒に飾るときっと素敵だ。

 そして、何気なく足を止めたレースの専門店。レースとはいっても、シーツやテーブルクロスなど大判の物を主に扱っているため、特に興味を持って眺めた訳ではないのだが、ブースの一番奥のガラスの棚の中にハンドのレースが入っているのを目ざとく発見!近づいていってようく見てみると、それはちょうど私が探していたアイテム。すぐにマダムに出して見せて貰って、そこから延々悩んでしまった。悩んだレースは二つ、だが、決して安くはないお値段、しかも明日で帰国する私が使える金額はもう既に限られている。あぁ、困った。
 二つのレースを見比べて溜息をつくこと15分。優しいマダムは呆れもせず、私をほっておいてくれ、たったひとりで堂々巡り。結局、今回は状態の良いその一方を譲って貰うことになったのだが、決まった時には、緊張感が途切れ、ヘナヘナと腰が砕けてしまいそうだった。

 それにしても、こうしたフランスのフェアに足を運ぶ度、「この国はなんと美しい物が沢山あったことか。」と感動してしまう。21世紀の現代、アンティークはもう底をついてきていて、決して沢山の物と出会える訳ではないのだが、この国のアンティークを見ていると、過去に沢山の美しい物が溢れていたことを偲ばせる何かがある。

ここは港、ではありません。れっきとしたパリの街中。セーヌ川へ抜ける運河沿いにずらりと並んだ船は皆いったいどこに行くのでしょうか。この船の中で生活している人も多いとか。それもロマンティックで良いかも。


私は自他とも認めるエッフェル塔フリーク。今回はエッフェル塔近くまで行くことはありませんでしたが、パリに住む知人からエッフェル塔とエンジェルがガラスのキューブに閉じこめられたオーナメントをいただきました。帰ったら早速私のエッフェル塔コレクションの中に飾らなくては。

 こうしたフェアの会場での楽しみは、露天のレストランで簡単な昼食をとること。外で大きなハムを焼いている屋台が出ていて、あまりの美味しい匂いに、タマネギと一緒に焼いたハムの大きなカタマリの列に並んでしまう。やっと順番が回ってくると、一緒に冷えたロゼワインも頼み(何たって今日も暑いのだ!)、テラスのテーブルでお昼ごはん。沢山テーブルがある訳ではないので、みんな相席で知らない者同士和気あいあいとハムを頬張っている。美味しいものを前にしていると、他人同士でもなぜか一体感が出てくるから面白い。

 昼食を済ますとさっさと次の場所へ。今日はカードの買付けのために、いくつか紙物ディーラーの元を回ることになっているのだ。今回の買付けではまだほとんど紙製品を仕入れていない。残された時間は今日か明日、なんとか紙物をかき集めないと!

 最初に出掛けた先は、親子三人で仕事をしている紙物ディーラー。美人で物静かなマダムと20歳ぐらいの息子、そして少し年齢のいったムッシュウの三人がいつもひっそり静かにオフィスで仕事をしている。おしゃべりなフランス人らしくない全く静かなこのファミリー、でも穏やかでほっとする雰囲気だ。いつもは河村とふたりで繰るカードの山を今回はひとりで、物音は私の繰るカードの音のみ。私のリクエストのままに次々と出してくれるカードの山を前に、ただただ凄いスピードでカードを繰っていく。すべてのカードを見終わると、次はメトロに乗ってまた別のディーラーへ。また次のディーラーの元へもこれを繰り返すのだ。単調な作業だが、数千(いやいやもっと沢山のはず。数万?)ものカードの中から気に入った一枚を探し出すのが私の仕事。ここ最近、美しいカードを手にするのは至難の業、美しいカードはいったいどこに行ってしまったのだろうか。

 ホテルへ帰ってきたのは午後8時近く、紙物ディーラーのハシゴのあとは流石にぐったり。思えば朝から出ずっぱり、だが明日はホテルをチェックアウトし、朝から荷物を送り、夜のフライトで帰国しなければならない。ワインでほろ酔い加減のままスーツケースに荷物を詰め、最後の夜は荷造りで更けていった。

フランスの花屋でよく目にするシャクヤク。日本で見るとさほど魅力的だと思わないのに、パリの花屋でシャクヤクのブーケを見るとふくよかで薄い花びらに心惹かれてしまいます。どこかオリエンタルな雰囲気を漂わせているからでしょうか。

■ 5月某日 晴れ
 買付け最後の日。というのに、なんと午前4時半に携帯電話のベルの音で叩き起こされた私だった。というのは…前回の買付けでトロワの銀行のATMで、シティバンクのカードを使って700ユーロ引き出そうとしたところ、お金は出てこないのに、レシートだけ出てきてしまって、「引き出したことになってる!」という事件を覚えていらっしゃるだろうか?あれから二ヶ月あまり、シティバンクからは何の音沙汰もなし。「(返金までに)2ヶ月ぐらいはかかります。」と言われていたし、以前も同様に2〜3ヶ月経ってからようやく返金されたので、「私のお金なのにどういうこと!?」と怒りつつも、「(海外の銀行なんて)こんなものか。」と諦めていたのだが、ここへきてやっとフランスの銀行からシティバンクに連絡がきて、返金されることになったらしい。「サカザキサマ、ご無沙汰しております!」とシティバンクの担当の男性は爽やかな声。対する私の頭は半分眠った状態。それにしても、こちらがフランスにいることが分っていて、この時間に電話してくるなんて!!恨めしやシティバンク!午前4時半に叩き起こされた後は、ドキドキして眠ることが出来ず、そのまま朝を迎えてしまった。ただいま真剣に今後シティバンクをどうしようか検討中だ。

 午前7時、睡眠不足でボーッとしたままのそのそ起き出して最後の荷物の整理。ホテルの部屋のあちこちに置いてあった私物をスーツケースに詰めたり、送るための荷物をボストンバッグに入れたり。今日は何よりもまず、荷物を送ることが先決。さっさと部屋を引き払うと、巨大な重いボストンバッグを担いで、荷物の発送へ。いつもだったら当たり前のように河村に持たせるところだが、今日はなんとしても自分で持ち歩かなくてはならない。「えいやっ!」と気合いを入れて肩に引っ担ぐ。

 荷物を発送した後は、昨日訪れたフェアにもう一度トライ。昨日も広い会場の隅々まで何周も回って見たのだが、何かないかもう一度会場内をチェックするのだ。もっとも既に軍資金は尽きているので、ほぼお仕事は終了しているのだが。
 買付け最後、懐の寒い状態でフェアを見て回るのは、何だかせつない。昨日も会場を何周もしているのだから、そうそう欲しいものは出てこないのだが、それでもやはり、時間のある限りアンティークを探し回らないと気が済まない。買うことの出来るもので欲しいものは出てこないし、欲しいものはとうてい手の届かないお値段だし、歯を食いしばりながら何度も何度も会場の中を巡ってみる。結局、たったひとつ買付けたものは、薔薇柄がエレガントなシンブルひとつだった。

 ***先日買付けから帰ったばかりなのに、買付けのワクワク感が恋しくて、もう早くも次の買付けに行きたくてうずうずしています。今回も長々お付き合いいただき、ありがとうございました。***