〜2005年1月〜

 今回も1月14日から30日まで、イギリス・フランスへ買付けの旅に行ってまいりました。どうぞ私達の買付けのひとコマを覗いてみてください。

■1月某日 晴れ
 そして、明日からはいよいよ今年初の買付けに。今回は、いつも直前の夜中にバタバタ支度をするのを少しでも改めようと前日、前々日から、買付けに持って行く食料や防寒着を調達し、スタンバイ。ロンドンで食する大量の日本食や、真冬の寒い寒いヨーロッパを想定して大量のカイロや山登り用の下着まで用意し、万全の態勢に。「今日こそ早く準備して、すぐに寝よう!」と思うのだが、色々と残っている仕事を片付けていると、結局いつもどおり、あっという間に午前零時を回り日付は翌日に。明日は6時起床、6時半には空港へ出発だ。

■1月某日 晴れ
 6時半過ぎには自宅を後にし、7時過ぎには既に空港へ到着。2月17日には、愛知万博に先立って新たに中部新空港が開港するため、この名古屋空港へ向かうのも、今回が最後だ。自宅からは近くてよかったのになぁ、名古屋空港。今までに何度となく使った馴染みの空港だけに少し淋しい。
 いつも利用する大韓航空へチェックインをする。ソウル便は、昨今の韓国ブームの影響で今回もやっぱり込んでいた。機上の人となったとたん、私たちの読書三昧の時間が始まる。ご飯は勝手に出てくるし、アルコールは飲み放題だし、読書はし放題だし、眠っていたら着いてしまうし、私は飛行機が大好きなのだ。

■1月某日 曇り
 買付け初日、ロンドンでの買付け。そうしたところがこの日は、買付け第一日目だというのに、大当たりだったのだ!いや、この時が「大当たりし過ぎた」というべきかもしれない。まだ外が暗い早朝から私がフラワーバスケット柄の美しいエナメルロケットを見つけたかと思えば、同じ時間に別な場所で河村は、ガーランドの模様が可愛い淡いグリーンのギョシェエナメルのロケットを発見していた。その後、いきなり馴染みのディーラーから、アランソンの美しいボーダーを見せられ、これも即Get。アランソンの美しい幅広のボーダーは久しぶりのアイテム、アランソンならではの独特の質感だ。そして、ヒットはまだまだ続く。やはりギョシェエナメルが美しいエッグ形の大振りなロケットと遭遇。ゴールドのチェーン付き、迫力のある大きさだ。その後も美しいアイボリーのブローチやら、繊細なロココ、シルクの豪華なベビードレス...etc.そのほかにもハート型に小さなシードパールをびっしり嵌め込み、その真中に小さなダイヤが嵌ったリングをGet。大満足で、一旦フラットへ帰宅した。

 午後は、ヴィクトリア駅から電車に乗り、南へ1時間ほどの郊外のフェアへ。そう、午前中の快挙がひっくりかえる様な、ここは最悪のフェアだったのだ。イギリスではよくあるような田舎のレースコースが会場で、その会場まではブリティッシュレイル(イギリス国鉄)の駅からはタクシーしか足が無い。タクシーのドライバーに帰りの為のビジネスカードを貰い、レースコースの入り口で下ろされたものの、どこにも会場が見えない。私たちを追い抜いて会場へと走る車を尻目に、「わざわざタクシーに乗ったのに、何でこんな遠くで降ろされるのよ〜。」とブツブツ言いながら土ぼこりの坂道を歩き続け、やっと到着。
 だが、せっかくロンドンからはるばる来たというのに、ここでは何も欲しいものが無かったのだ。会場内をぐるぐる何度となく周るが、何も引っかかってくるものが無い。そんな中で、いつも北のフェアで出会うおばあちゃんジュエラーに遭遇。「あれ、ここにも出ていたの?」という会話から、「明日のロンドンのフェアへは行くの?」と世間話。今回彼女から仕入れるものは何も無かったのだが、あまりにも私たちが情けない顔で会場を彷徨っているのを見て、おおいに同情したらしく、「明日のロンドンのフェアでは、あなた方が、いいものを仕入れられるように祈ってるわ。」と慰められた。

 またタクシーと鉄道を乗り継いで、ロンドンへと帰ったのだが、二人ともあまりの疲労と時差ボケに夕食も食べないまま寝てしまった。

 

いつも泊まり慣れているフラットはヴィクトリアンの建物が立ち並ぶ住宅街の一角にある。サウスケンジントンからも程近い静かな環境のこのフラットは、私のお気に入りだ。


■1月某日 曇り
 今日はロンドンでの買付け。今日は、3ヶ所のフェアをハシゴするのだ。まずこの日一番の大きなフェアへ行くために、午前7時前にフラットを後にする。冬のイギリスでのこと、その時刻はまだ暗く、夜は明けていない。愛用の赤いカートを手にガラガラと地下鉄の駅へと向かう。
 会場に着き、出店するディーラー達とともに入場。台車で商品を運ぶ人、商品を大急ぎで出す人、その周りをハイエナのように何か良いものは無いかと目を光らすバイヤー達。もちろんハイエナの一員である私も、誰よりも早く、誰よりも良いものをGetしたい一心で、会場内を徘徊する。ガヤガヤと喧騒の中、一番フェアが盛り上がる瞬間だ。
 この日は、「私達らしい品を。」と、一生懸命目を皿にし、ジョージアンのはさみやクラウン型の香水瓶など手堅いところで勝負。チャーミングなダイヤのリングやMOPのクロスもGetする。

 その後、街のホテルフェア、コスチュームフェアへと移動する。ホテルフェアは、主にシルバーなどの高級品を多く出品されているため、「とりあえず見に行く」という感じなのだが、コスチュームフェアは、ヴィクトリアンから20〜30年代、フィフティーズ等など、ヴィンテージの服飾が主で、老若女性ばかりが鈴なりになっているため、熱気に溢れている。フィティッティングルームなどはないため、その場で試着を始める女性がいたり、男性の河村は調子が悪そうだ。でも、人がたくさん込み入ったフェアほど熱くなってしまう私。人をかき分け、目的のブツへと向かっていく。ここでは布やボタン、お人形の帽子に使う鳥の羽などの材料を手に入れ、早々に引き上げる。

 そして、またこの日も疲労と時差ボケから、夕食抜きのまま就寝。

■1月某日 曇り
 今日は、まず馴染みのディーラーの元へ。いつもハイレベルなソーイングツールをセレクトしている彼女は、私には無くてはならない人物だ。ちゃんと前回リクエストしていた物の事を覚えていてくれる。今回は残念ながらリクエストしておいた商品は無かったのだが、気に掛けていてくれたかと思うと嬉しい。
 そして、今回私が選んだもの、それはタティングシャトルふたつ。マザーオブパールの象嵌が施されたものと、持ち主のモノグラムが彫刻されたアイボリー製のものだ。アイボリーの彫刻のものは、今まで目にしたことの無いタイプだ。文句無く美しい2点だ。美しいものと出会うことの出来るこの仕事を、誰にとも無く感謝する一瞬でもある。

 午後は、ダウンタウンにあるアンティークモールへ。そこで、ずっと付き合いのあるジュエラーのダイアナから残念な宣告が...。長年アンティークジュエリーを扱ってきた彼女だが、この3月をめどにショップを辞めるという。まだリタイヤという年齢ではない。「何かリクエストがあったらメールして。」と言われたものの、今までの経験からショップを辞めたディーラーからレベル高い商品を仕入れられたことは皆無だ。以前にも馴染みのディーラーがショップを辞めた後、彼女の自宅へ買付けに訪問するようになったことがあるものの、結局回転しない商品を「義理買い」することになってしまい、訪れなくなってしまったこともある。大事な仕事仲間が一人消えていくような気がして、とても淋しい気持ちになった。

 今日一日の仕事が済むと、バスに乗ってボンドストリートまでやってきた。ニューボンドストリートを通ってピカデリーサーカスまで歩こうというのだ。このニューボンドストリート、ブランドの店舗が連なるいわゆるロンドン一の目抜き通り、というか高級な通りだ。ブランドにはあまり興味は無いのだが、この通りの終わりにいくつかある高級アンティークジュエラーのウィンドウが大好きなのだ。思わず、何時までもウィンドウに張り付いてしまう。そこからしばらく歩くとピカデリーはすぐそこ。最後に、アーケード“Baurington Arcade”を抜けるのだが、ここもロンドンでは大のお気に入りの場所だ。アンティークジュエラーをはじめとする高級なショップが並び、思わず真剣にウィンドウを見ながら歩くと、なかなか通り抜けることが出来ない。時計好きの河村は、高級なアンティークウォッチを扱う店の前から離れようとしない。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。日本ではなかなか出来ないそぞろ歩きが出来る楽しい空間だ。

“Baurington Arcade”は、いわゆるパリのパッサージュと同じだが、木造のショウウィンドウの重厚な作りを見るとやっぱりここはロンドンだなぁ、と思われる。ロンドンには他にもいくつかアーケードがあるのだが、そぞろ歩きをするにはここが一番!

 

■1月某日 曇り

 特に予定のないこの日、今まで気になっていた街、ロンドンから南に1時間ほどのブライトンへ行く計画を立てていたのだ。ブライトンは、海岸沿いのリゾート地としても有名で、イギリス人がリタイヤ後に住みつく保養地としても知られている。今回は、そこにアンティークジュエリーを探しに行くことにしていたのだ。約20年前は、街中アンティークに溢れていたといわれるブライトンだが、果たして現在はどうなっているのだろうか?
 ロンドンのヴィクトリア駅からブリティッシュレイルに乗り込む...が、しかしこの列車が汚いの汚くないのって!私の想像では優に50年以上は経っていると思われるコンパートメント式の車両で、向かい合った椅子の間あいだに出入り口があり、ドアはもちろん手動式。イギリスではもう少し新しいと思われる列車すらドアは手動式で、車内から外に出るときは、内側から窓を開けて外のドアレバーを引いて開ける方式だ。手動式には慣れているつもりだったのだが、かすかに開いていた窓ガラスに手をかけてドアを閉めようとしたとたん、窓ガラスのヘリについた油と埃で手が真っ黒になり、思わず「キャ〜!真っ黒〜」と叫んでしまった。気を取り直して座席に着くと、シートは長年の汚れで黒ずんでいて、腰掛けるのもはばかれるシロモノ。腰掛けていても、服が汚れそうでなにやら気持ちが悪い。よくよく周囲を見回すと、肘掛は例外なく生地が裂けて中身がはみ出している。ちょうど同じ車両に乗ってきたイギリス人のビジネスマンが「なんなんだ!この汚い列車は。」と叫んでいると、同じくたまたま乗り合わせたイギリス人女性が「この列車はアンティークなのよ。」と笑っていた。そう、これがイギリス人が「グレートブリテン」と誇らしく呼ぶイギリスの実体なのだ。

 そしてブライトンに着いたのだが、列車から一歩降りるとその寒いこと寒いこと。お気楽なことに、頭のどこかで「海辺のリゾート地」というイメージが先行し、半分物見遊山の気分でたいした防寒もせずに来てしまったのだ。だが、「海辺の街=強風で寒い」ということで、街を歩く人々も、ロンドンよりもずっと厚着、ペラペラのコートで震えているのは私たちだけ。「ブライトン」というと死にそうに寒かったことしか思い出すことが出来ないほどだ。
 で、肝心のアンティークだが、街の中心にジュエラーが集まっている箇所があり、そこでは現代のジュエリーと一緒にかなり多くのアンティークもショウウィンドウに飾られているのだが、いくら見ても自分たちが満足できるジュエリーに出会えない。いくら寒くても、「仕事はきっちり!」が信条の私たち、散々街を彷徨い、アンティークを探し回ったのだが、この日は一点も連れて帰ることなくブライトンを後にした。「もう、ブライトンなんて、二度と来ない...。」と寒さに震えブツブツ言いながら。

海岸通からブライトンピアー(遊園地)を撮ったブライトンの証拠写真。あまりの風と寒さに涙を流しながら撮った一枚。きっと夏に来たら楽しいところかも。冬に行くのはおすすめしません。

 

■1月某日 曇りのち雨
 今回はフェアの都合上、ロンドンにいる日程がいつもより長めだ。特に目的が無いままチェルシーにあるアンティークモールを冷やかしに。そこで、在英35年の日本人ディーラー有竹氏のショップを覗き、そのままカフェでお茶をご馳走になった。有竹氏は、ロレックスのコレクターとしても有名な時計のスペシャリストでロンドンと日本にショップを持っている。氏とは昔から買付けでお目にかかるたび、挨拶を交わしていた顔馴染みだったのだが、以前河村が腕時計を譲っていただいてから、色々とお話しを伺うようになった。私たちが尊敬するディーラーの一人でもある。この日も、35年前イギリスに来られた頃のお話を伺い、とても興味深かった。河村も私も、古い物も好きだが、昔のお話を聞くのも大好きなのだ。その有竹氏も、日本のショップに専念するためこの一月でロンドンのショップをクローズするという。これからは、今までのようにロンドンでひんぱんに有竹氏の顔が見られなくなるのは淋しい。

 チェルシーを後にしたのは、既に夕方近かったのだが、河村は行ったことが無いロンドン博物館“Museum of London”へ。ここは遥か先史時代からローマ帝国の時代、近代までのロンドンの歴史を展示した興味深い博物館なのだ。特に中世以降は非常に面白い。ロンドンの3分の2を焼き尽くしたといわれるロンドン大火の様子を表したジオラマやヴィクトリアンの街並みを再現した“Victorian Walk”にはとても引きつけられる。殊に“Victorian Walk”は、実際の街並み同様に、仕立て屋や帽子屋、薬屋、小間物屋等などの店舗が、たくさんのアンティークの商品を並べて再現してあり、さながらヴィクトリアンの時代にタイムトリップして散歩しているかのようだ。展示してあるアンティークの中には私好みの物もあり、「これを仕入れたい!」などと思いながら、つい熱烈な視線を送ってしまった。
“Museum of London”のサイトはこちら http://www.museumoflondon.org.uk/

 ロンドンでは、キッチン付きのフラットに泊まっている為、誰かと一緒に食事をするとき以外は外食することなくフラットで食事することが多い。この日も、帰りに最寄り駅の大型スーパーで買い物をし、最近煮物に凝っている河村はサツマイモのレモン煮を作ろうと、“sweet poteto”と書いてあったサツマイモそっくりな物を購入。だが、フラットで料理しようと切ってみると...なんとイモの中身は真っ赤でまるでニンジンのよう!彼はレモン煮にしてみたものの、お味の方も「ニンジンのレモン煮」という少々怪しげなものが出来てしまった。そのまま、再び省みられることなく冷蔵庫に置き去りにされていたのは言うまでも無い。(河村の名誉のために付け加えておくと、彼はとても料理上手です。)


■1月某日 曇りのち雨
 今日はコッツウォルズの田舎でフェアへ行くため、朝早くにパディントンの駅からブリティッシュレイルに乗る。今回のイギリスでは一番大きなフェアのため、実際に会場を周り始めるまでは、二人とも気合を入れつつも「いいものあるかしら?」と不安でいっぱいなのだ。ロンドンより気温の低いコッツウォルズ、寒くないよう思い切り厚着をして出掛ける。

 私好みのお馴染みのディーラーから、本日のスペシャルを発見してしまった。それは、パレロワイヤルのボックスから出てきたというマザーオブパールとゴールドのタンブルホック。先端の針の付け替えが出来るかぎ針だ。やはりマザーオブパールの質感が美しい。そのほかにも同じくマザーオブパール素材のヴィクトリアンのコットンリールや糸巻きなどの品々を手に入れる。夫婦でやっているおじいちゃんとおばあちゃんディーラーだ。私が頭を悩ませながら、一つ一つの商品をチェックするのを孫を眺めるおじいちゃんとおばあちゃんのようにニコニコしながら見つめている。願わくば、おじいちゃんとおばあちゃんがリタイヤすることなく元気でこの仕事を続けて欲しいものだ。この日は他に念願だったダイヤのリングやすずらん柄のニードルケースなどをGet。まずまず満足のいく仕入れが出来た。

 このフェア会場、周りは見渡す限り農場だ。今回は車を借りなかったので、タクシーで駅まで送ってもらわないと帰ることが出来ない。帰りのタクシーを呼んだのだが、いくら待っても来る気配が無い。外は真っ暗、みんなそれぞれの車で帰って行き、周囲は人っ子一人いなくなってしまった。淋しい気持ちで30分ほど待って、「いったいどうしちゃったんだろう?」と痺れを切らした頃、私たちを別なゲートで待っていたというタクシーとようやく出会うことが出来、ほっとしつつようやく車内に乗り込んだ。だが、これで終わりではない。本当に田舎の駅なので、ロンドンに戻るのに2時間に一本の列車を待たなければならないのだ。「お腹すいたよ〜。」と日本から持ってきたアラレ「味好み」を食べ飢えをしのぐ。この日もロンドンにフラットにたどり着いたのは、既に午後9時を大きく回っていた。

■1月某日 雨のち曇り
 フランスへの移動日。午後3時過ぎのユーロスターでパリへ向かうため、午前中はロンドンで買付け。今朝も暗いうちから出動だ。そして、そして、またまた出会ってしまった。ラベンダー色が美しいエナメルのハンドミラー、扇の形をしたバーボラミラー。以前この形のバーボラと出会ったのは、もう数年前のことだろうか。そんな中、顔馴染みのソーインググッズを扱うマダムから、「今商品を準備中だから、後で寄って。」と声を掛けられる。果たして、後で戻ってみると...私たちが血眼になっていつも探しているアイボリーのピンディスクだった。片面のアイボリーに小さな亀裂があるものの両面モチーフが彫刻されたピンディスクは初めてだ。ニッコリ笑ってGet。その後、同じく仲良しのレースのディーラーからは、ポワンドローズの見事なボーダーを見せられる。ハイレベルのレースは、本当に数少ないため、手に入れられて本当に嬉しい。自分たちのラッキーを感謝しつつ退散。

 そして向かった先は、ロンドンの中心に位置する繁華街ピカデリーサーカス。ここにジャパンセンターと呼ばれる日本食材や日本の書籍が買えて、日本食レストラン、日本の旅行社が入ったビルがあるのだ。ロンドン最後の食事、でもどうせだったら大味のイギリスの食べ物より美味しい物が食べたい、とわざわざ食事に来たのだ。いつも自宅では玄米を食べている私達は、迷うことなく玄米ご飯をオーダー。「玄米がロンドンで食べられるなんて嬉しいよね。」と喜びながらパクつく。買付けも残り後半、玄米を食べて元気を出そうという魂胆だ。
 その後、すぐ近くの大型書店“Watar Stones”へ。ここは5階建てで、アンティークや美術書が充実しているのはもちろんのこと、CDやDVDも売っており、買付け中によく立ち寄るのだ。1階のベストセラーのコーナーでは、村上春樹が大人気。「ノルウェーの森」をはじめとする訳本が平積みにされて、一台コーナーを作っていた。「へぇ、イギリス人が村上春樹をねえ〜。」と通り過ぎる。アンティークと美術書のコーナーでひと通り書籍を見た後、DVDのコーナーへ。ここで、以前バースのコスチュームミュージアムで衣装展をやっていたジェーン・オースティン原作でBBC制作の“Pride and Prejudice”、つまり「高慢と偏見」のDVDを見つけ、ついつい購入してしまった。「高慢と偏見」は小説では読んだことがあり、1813年当時のイギリスの社会常識が非常によく理解できて興味深いのだが、このDVDを制作するに当たって、当時の衣装を忠実に再現したことを知っていたので、是非一度見てみたかったのだ。(が、このDVD、帰国後アマゾンで日本語版が購入できることを知り複雑な気持ちに。やっぱり日本語がよかったかなぁ、イギリス版の方が安かったけど。興味がある方はこちらを。)

 午後3時過ぎのユーロスターを予約しているため、山のような荷物とともにロンドン・ウォータールー駅へ。無事チェックインし、ラウンジで座っていると、隣に座っていた学生と思しきオリエンタルの男の子が、英語で「電話をしてくるので、荷物を見ていてもらえますか?」と話しかけてきた。「OK」と返事をして、しばらく待っていると、その彼が戻ってきて私に英語で「日本人ですか?」と尋ね“Yes.”と私が答えると、たどたどしい日本語で「私は韓国人です。」と言うではないか。「すごーい、日本語話せるんだ!」思わず隣の河村に「え〜と、え〜と、韓国語でこんにちはってなんだっけ?」河村「アニョハセヨ。」彼とはお互い目を見合わせてニッコリ。再び英語で「学生なの?」と質問し、お互い別れ際に“Have a nice trip!”と言い合って分かれた。隣の国の言葉なのに、挨拶も満足に言えない自分が少し恥ずかしかった。

 パリ北駅からはいつものオデオンのホテルへ。沢山の荷物を抱えているため、駅からタクシーに乗るのはいつものことだ。タクシーの車窓から見えるシックなパリの街並みを見ながら、「このグレーの石造りの街並みに囲まれると、なんだかとってもほっとするんだよねぇ。」などとおしゃべりをしているうちに到着。馴染みの従業員の笑顔にほっとする。

ショップが閉まった後でもウィンドウの灯りはそのまま。サン・シェルピス教会に面したパフュームリーのショウウィンドウ。外で夕食をとった後は、河村と夜の散歩をして帰るのが、パリの街での恒例の楽しみだ。クリスマスのためのディスプレイらしく、ピンクのオーガンジーのリボンと白い毛皮がとてもロマンティック。

■1月某日 曇り
 ロンドンよりも幾分寒いパリ、いつもはイの一番に向かうフェアなのだが、前日大移動の私達は流石に少々疲れ気味で少し遅めに出掛ける。ホテルの裏から通い慣れた道をバスに乗って出掛ける。
 着いてみると、やはりいつもより遅く来たためか、ディーラー達はすべて商品を出し終わり、沢山の人が行き来している。が、なんだかツキがあった今日のフェア、可愛いフレンチプリントを張ったハットボックスやカルトナージュなどがゴロゴロと出てくる。特にハットボックスは、紳士物の帽子を売っている業者が、沢山の帽子を入れて売っていたのだが、「これって売れ物?」と尋ねると売ってくれると言う。喜んでいそいそと買い付ける。その後、私の後ろからこの大きいハットボックスを持った河村が続いていたのだが、会うディーラー、会うディーラー“C'est joli!(可愛いね!)”とこのハットボックスを絶賛。特に、いつも布製品を分けてもらうマダムは、サンドウィッチで口をモゴモゴしながら、身振り手振りで「向こうで?」と私に尋ね、私がニッコリ頷くと、「やったわね!」というようにまだ口をモゴモゴしながら親指を上に向けた。

 買付けを終えてホテルでちょっと一息。今日は、その後高級品を扱うサロンと呼ばれるサロンのフェアへ行くのだ。休みの日でもあり、普段はガランとしているサロンなのだが、今日はすごい人、すごい熱気だ。見覚えのある業者も沢山出店していて、美しいものが沢山見られる楽しいフェアだ。残念ながら私たちのお目当てのものは見つからなかったのだが、顔馴染みのディーラーからフランスらしい可愛いシルバー製のバラのネックレスを手に入れる。その彼に「イタリアのフェアは来ないのか?」と聞かれる。よくよく聞くとパルマで1500軒出るフェアに出店するという。「イタリアかぁ、行きたいなぁ。」と思わず心はイタリアまで飛んで行ってしまった。

窓辺に飾られたヒヤシンス。まだまだ寒い冬の季節が続く中、春を待ちわびる気持ちが伝わってくるかのようだった。


■1月某日 曇りのち雹
 今日も天気予報はマイナス4度。パリ郊外でフェアのため7時までにはホテルを出た。ホテルの裏手のリュクサンブール駅からRER(郊外行き高速鉄道)に乗り、フェアの会場へと向かう。目的地の駅からはバスに乗るのだが、駅前のバスターミナルのどこを探しても乗るはずの“152番”のバスが見当たらない。実は、このフェア、数年前にも行ったもことがあるものの、結局会場にたどり着けずに戻ってきてしまった苦い経験がある因縁のフェアなのだ。どんどん白々と夜が明けていき、私達の気も焦りだした。このままではフェアが始まってしまう。「これはもう仕方が無い。」と腹をくくり、駅前のキャフェで道を聞くことに。そうしたら、なんと「あぁ、それならこの道をまっすぐ行って、左に曲がったところ。」とキャフェのムッシュウはいとも簡単に言うではないか!「もっと早く聞けばよかった。」さっさとキャフェを飲むと、バス停に向かったことは言うまでも無い。
 結局、無事フェアの会場に着き、買付けすることが出来た。Getしたのは、エンジェル柄のトワル柄、フラワーバスケット柄のシルク、魅力的な布の数々。ほっと一息、会場のスタンドで売られているバゲットのサンドウィッチを食べながらヤレヤレと帰路に着く。このバゲットサンドがまた美味しいのだ。

 午後、やはりアンティークを探して歩いていると、パラパラ降ってきたものが。そう、雹が降ってきたのだ。「えぇっ!?これって雹だよねぇ。」と驚く。こりゃぁ、寒い訳だ。と震えながら頷きあう。

仕事が終わってホテルへの帰り道、すぐ近くのリュクサンブール公園を散歩して帰る。夏の間は涼しげだった噴水もすっかり凍っていた。後ろに見えるのはサン・シェルピス教会の鐘楼。

 

■1月某日 曇りのち雪
 今日はアポイントを入れておりたディーラーの元へ。懇意にしていることもあり、あれこれ世間話をしながら選ぶのも楽しい。繊細なレースや色とりどりのリボンの他にアランソンのベビーボンネットなどというちょっと変わったものをGet。10年の間アンティークにかかわってきた私だが、いまだに「へぇ、こんなものもあったの?」と思えるものがあり、買付けのたび新たな発見がある。

 午後は、ドルオーの競売所へ。今回の買付けでも何度か顔を出しているドルオーなのだが、なかなか買付けたいと思うものに出会えず、競売に参加出来ないのが残念だ。今日も、高価な古書や家具等のオークションが行なわれる中で、ほとんどハウスセールと思える、まるで「不用品?」というような品々の競売をしている部屋があり、とても楽しかった。銅のお鍋のセットやらすぐに家で使えそうなグラスのセットやら、みんな30ユーロ(約¥4,000)からスタートで、だいたいが50ユーロ(約¥6,500)程度で落とされていた。落とす側も、コミッセールも、半分遊びのように和やかな、冗談も飛び出す楽しい雰囲気だった。オークションには是非一度参加してみたい。

 帰り道、ピラミッドにあるジュンク堂へ寄って日本の新聞を買う。京都に本店のあるジュンク堂は日本の書籍や新聞を扱う書店で、日本語が恋しくなると立ち寄る。そのままキャフェに入り、河村と新聞の回し読み。確かその時買ったのは産経新聞だったと思うが、一面に東京か千葉だったか、英語教育の一環として、国語以外はすべて英語で教える小学校が出来た、という記事が掲載されていた。が、小学生からのそのような完全英語教育には反対を唱える私。キャフェで河村を相手に、思う存分自分の意見をブッたのだった。
 所詮英語なんて、相手にものを伝える手段に過ぎない。手段よりも「何を伝えるか」が大切だと思うのだ。特に、完全な日本語でのアイデンティティーが形成されていない小学生の段階から英語漬けにしてどうするというのだろうか?自分の国の言葉よりも、外国の言葉を重要視する教育があるだろうか?そんなものよりも、正しい日本語、日本の歴史や風土、美しい日本の自然や日本の発達しているテクノロジーなど、日本人として誇りに思えること、自信を持てることを沢山教えて欲しいと思うのだが。あ、それから道徳教育も忘れずに。海外に頻繁に出向くようになってから、特にそういうことを強く思うようになった...と、ついつい思わず熱くなってしまうのだが、残念ながらうちには教育を受けさせる子供はおらず、ニャーと鳴く猫しかいないのだった。そして、そういう私自身もけっして英語が堪能な訳ではないのだが...。

 今日も雪がぱらつき寒い。

街角のショウウィンドウで見つけたドールハウスの雑貨屋。ドールハウス専門店のここはいつも大人のお客でいっぱい。ミニチュアのひとつひとつに思わずみとれてしまい、立ち去ることが出来ない。


■1月某日 曇り
 連日のマイナス4度に少しへたばり気味だが、今日は一日紙もの探し。カードなどの紙物を扱うディーラーをいくつか尋ねることにしている。アポイントを入れてあったディーラーのもとへ訪れる。紙ものの仕入れは一番時間かかる。100年来の埃を吸っているカードの山は、少し触るだけで手は真っ黒だ。気が遠くなるほどの数のカードの中から一枚を選ぶため、余裕を持ってまったりと紙の世界に遊ぶ気持ちで向かう。そんな中で、気に入った絵柄のカードに出会うと思わず笑みがこぼれるほど嬉しい。隣で別のカードの山と格闘している河村に向かって「ねぇ、これってすっごく可愛いと思わない?」と同意を求めてしまう。この日も、ウィーン趣味をはじめ、可愛いカードを沢山探し出し、ほっとしながら帰宅。

 パリでの食事は、ロンドンと違って街に美味しいお惣菜や、パンやお菓子が溢れているし、レストランでの外食など、大きな楽しみでもある。特に私たちがお気に入りのビッシュ通りのパン屋は、有名でもなんでもない街のごく普通のパン屋なのだが、セサミ付きのバゲットが絶品で、連日そればかり食べるほどだ。表面にいちめんセサミが付いているのだが、特筆すべきは中身で、漂白していない全粒粉の小麦粉を使い、小麦の粒がプツプツと入った、噛めば噛むほど美味しいパンなのだ。私は、それに“Boursin”というガーリックとハーブ入りのクリームチーズを付けて、赤ワインと一緒に食せば、他に何も要らないほどだ。いつも二人とも「あぁ、なんて美味しいんだ!」と幸せを噛み締めつつ食べている。(“Boursin”は日本でも入手可能なチーズなので、興味のある方はお試しを。)

マカロンは私の大好物。パリへ来ると必ずプティマカロンを箱で買い求めてしまう。ピンク色のフランボワーズも魅力的だが、やっぱり好きなのはココナツとピスタチオ。普段、日本にいる時は、お菓子にあまり心惹かれることはないのだが、パリへ来ると小さな子供に戻ったように、見る物、見る物、あれもこれも食べたくなってしまう。


■1月某日 曇り
 今日は、パリから遠く離れたノルマンディーのフェアへ行くため、7時前にホテルを後にする。が、サン・ラザールの駅に着くと、乗る予定にしていた列車は、「今日は無い。」と言われる。これは後から知ったことなのだが、この日フランス国鉄では、数日前に女性車掌が車内で暴行を受けた事件を受けて一部列車をストして抗議していたのだ。仕方なく1時間程駅のキャフェで時間を潰し、次の列車でノルマンディーに向かう。そんなノルマンディーのフェアだったが、なかなか良い買付けが出来たと思う。フラワーバスケット柄のブロンズのフォトフレーム、同じくフラワーバスケット柄のロケット、シルバーのバラのコンパクト、そしてそして...また出たのだ!アイボリー製のピンディスクが。上機嫌で帰路についたのは言うまでも無い。

 だが、駅へ戻ってきても、またもやストの影響で2時間先の列車しか動かないという。仕方なく街をぶらぶらすることに。そうしたところがアンティークのカードや小物を売る店を見つけ、ここでも買付け。転んでもタダでは起きないのだ。でも、何よりこの街の古い街並がとても良かった。チューダー様式の(イギリスではチューダー様式なのだがフランスではなんと言うのだろう?)アドリブのように組まれたハーフティンバーの建物が立ち並び、独特の雰囲気を醸し出している。フランスの街は、地方都市のどこへ行ってもそうなのだが、小さな街であってもそれぞれの街に歴史があり、特徴があって楽しい。「またゆっくり来たいね。」と河村と言いながら、駅へ戻った。

 さて、パリ行きの二列車がストで運休になった駅は人で溢れており、ごった返していた。列車がホームに到着したのだが、人がホームからはみ出しそうなほどで、みんな殺気立っている。なんとか河村と禁煙席のシートに座ることが出来たものの、満席の状態だ。そんな中、車内の中央にいた7〜8人の高校生のグループが禁煙席にもかかわらず、タバコを吸いだしたのだ!すぐに気付いた私は、「え〜、禁煙席なのに!」と言葉には出さずに思っていたところ...まず隣のシートにいた60代と思しきマダムが高校生グループに向かって激しい口調で抗議し始め、その後ろでは30代の女性も「この車両は禁煙車だから、喫煙していることが発覚すると、罰金を払わなければならない!」と毅然とした態度で言い始めた。高校生グループの後ろでも抗議する人、わざわざ彼らのシートまで出向いて、厳しく、でも優しく諭す40代の男性。結局、高校生達は窓からタバコを捨てざるえなくなり、「禁煙車タバコ事件」はあっという間に一件落着となった。だが、果たしてこれが日本だったらどうなっていただろうか?こういう場で、毅然とした態度を示すことの出来るフランス人を見て、彼らを見る目が少し変わった。

まだ街角にクリスマスの飾りが残るノルマンディーの小さな街で。細い路地の向こうにもハーフティンバーの建物が垣間見える。どこまでも歩いて行ってしまいたくなる石畳の小径。


■1月某日 曇り
 さぁ、もう買付けの佳境に入り、今日一日でおしまいだ。今日も朝からフェアのハシゴ。今日も、カルトナージュ、ソーイング小物、と飛ばして行く。そして自分たち用に小さなエッフェル塔を入手。最近の私達はエッフェル塔フリークで、アンティークのエッフェル塔はもちろん、古いエッフェル塔のポストカードなども収集しているのだ。
 その後、河村は商品の発送へ、私は次なるフェアへ。現地のいつものキャフェで待ち合わせることにして、それぞれ別れる。そして最後の最後に見つけたのは、ルビーでチェリーをかたどったハートのゴールドロケット。とたんにチェリーが大好きなお客様の顔が頭に浮かび、連れて帰ることに。その後もフラフラ歩いていると、私たちがこっそり「ディディエママン」(彼女の息子がディディエという名前だから)と呼んでいる馴染みのマダムから呼び止められた。「なんだろう?」と思いながらついて行ってみると...「ホラ、あなたいつも探していたでしょ?」と可愛いロココの束を見せられ、全部をGet。すっかり気をよくしながら待ち合わせのいつものキャフェで河村と落ち合った。河村に「こんな可愛いのが手に入ったんだよ。」とロケットとロココを見せびらかし、いつもの昼食(河村はサラドゥ・パリジェンヌ、私はパテ・ド・カンパージュと赤ワイン。)を食べながら、ほっと一息。昼食の後は、二人の意見が合ったアール・ヌーボーの雰囲気いっぱいのシルバー製シャトレーンを手に入れ、買付け終了。シャトレーンは、以前から気になっていたアイテムだったのだが、高価なうえになかなか満足いくものに出会えなかったのだ。これでようやく長く寒い買付けも終わった。早く春が来ないかなぁ。去年過ごした南仏の夏が恋しい。

自宅のエッフェル塔コーナー。左側の二つのエッフェル塔はアンティーク。小さい方が今回の戦利品だ。右側のエッフェル塔ボトルは以前ホテルの近くの酒屋で見つけたブルーのリキュール入り。額の中のポストカードは、1912年の消印が印されている。目下、コレクションしているエッフェル塔のアンティークカードをどう飾ろうか思案中。

 このようにいつもどおりの珍道中でしたが、無事日本へ帰国しました。毎回、相変わらずの雑文ですが、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。お読みになった感想もお聞かせいただければ嬉しいです。