ナショナル・ギャラリー

 ロンドンにあるナショナル・ギャラリーは、買付けの折、少しでも時間が出来ると、よく立ち寄る美術館です。場所も、月曜日にマーケットの開かれるコベントガーデンからも歩いていける距離ですし、何より街中に位 置しているので、ふらっと訪れるには、ぴったりのロケーションなのです。もし、ロンドンにお出かけの際、街の雑踏に疲れたら、しばし美術館の静かな雰囲気に浸るのに良いかと思います。

 ナショナル・ギャラリーのコレクションは、1400年代から印象派までとかなり多岐にわたって集められており、パリのルーブル美術館ほどの規模はないものの、大英博物館と並んで、イギリスを代表する美術館の一つとなっています。また、ルーブル美術館のコレクションに比べると、どこか地味な、しかし、渋さを感じさせる重厚な作品が並び、そんな絵画のセレクトにもイギリス人気質のようなものを感じることも出来ます。また、ターナーやゲインズボローなどイギリスの作家のコレクションに重点を置いている点も特徴です。

 展示の仕方も独特で、それぞれの展示室の壁に美しい柄織りのシルクが貼ってあることも、私のお気に入りです。例えば、その部屋のメインの絵画に描かれた人物の衣装の色に合わせて、ビビットな真紅や、ロココのフランス絵画の部屋であれば、ロココ調の柔らかい色調に合うように華やかな淡いグリーン、オランダ絵画のレンブラントの部屋であれば、そのハイライトをきかせた重厚な色調に合わせて赤銅色。沢山の展示室それぞれにその部屋のコレクションに一番合う吟味された色が使われており、展示室を進むごとにイメージが変わり、常に新鮮な気持ちで絵と向きあうことが出来るようになっています。

  私自身は、イタリアもしくは北欧ルネッサンスが好みなので、美術館に足を踏み入れると、迷うことなくイタリアルネッサンスの展示室へと向かいます。大好きなボッティチェッリの聖母子やいつも魅力的なボッティチェッリ自身の自画像を眺め、ラファエロの小さな聖母子像に「こんなのおうちにあったらいいな。」などと独り言を呟きつつ、足を進めます。そして、なんといってもこのイタリアネッサンスのコレクションの中での私のおすすめは、レオナルド・ダ・ビンチの聖母子と聖アンナのデッサンです。この絵は、ルーブル美術館に収められているコレクションの原画で、油絵と同様な大きさですから、かなりの大きさの紙にチョークで描かれたデッサンですが、本画として描かれた油絵とは全く別 の魅力、味わい深さがあります。このデッサンは、チョークという退色しやすい画材で描かれているため、その展示室は、照明を落とした薄暗い小部屋になっており、壁にはベンチまでしつらえてあって、ゆっくりくつろぎながら、その静謐さを味わい、普段なかなか出来ない「自分自身と向きあう。」という貴重な時間を過ごすことが出来ます。もともとこの絵は、彫刻科出身の知人に勧められて、見に訪れたのですが、初めて目にしたときには、なんともいえず静かな音楽が流れているような錯覚を覚え、実際に描かれた一つ一つのチョークのタッチにダ・ビンチの意志を感じて、絵を前にして立ち尽くしてしまいました。

 どんなに忙しくとも、僅かな時間でも、心に余裕の無い時でも、絵画を見たり、音楽を聴いたり、そんなちょっとした心の贅沢が、私の日常を支えているのかもしれません。

ナショナル・ギャラリーへのアクセスは
http://www.nationalgallery.org.uk/