ニードルポイントレース

良い香りのオー・デ・コロンをふくませたり、お目当ての男性の前に落したり。当時の恋愛の小道具だったハンカチ。このポワンドガーズのハンカチは、どのような女性の持ち物だったのでしょうか。

 霞のようなレースは今も昔も女性の憧れ。特に私自身でコレクションすることはありませんが、日本古来には同様な物が無かったせいか、レースの中でも非常に繊細な細工のニードルポイントレースは、特に心惹かれるアイテムです。アランソンやポワンドガーズといったニードルポイントレースは当時の技術の粋を集められた非常に魅力あるレースとして、一世紀以上たった現代でも色褪せることなく、人々を魅了し続けています。

 もともとアランソンは、18世紀当時のトップモードの中心であったフランスで作られ、同様なアルジャンタンレースと共に一世を風靡しました。ルイ15世の愛妾であったポンパドゥール夫人や断頭台の露と消えたマリー・アントワネットに愛されたことでも知られています。その後、フランス革命後の混乱によって贅沢品であったレースはほとんど焼き尽くされ、現在目にするアランソンは19世紀になって復刻された物がほとんどです。
 一方ポワンドガーズは、アランソンを元にして、19世紀のベルギーで作られました。フラマン地方(現ベルギー)で作られたレースのことを一般にフレミッシュと呼ばれますが、ポワンドガーズはその中でも代表的なものです。ポワンドガーズは19世紀末に完成し、その具体的で、自由で華麗な図柄からニードルポイントレースの最高峰と言われています。また、特にポワンドガーズの中でも、バラ柄の物はポワンドローズと呼ばれています。

霞のような細い糸で構成されたネット部分。凝ったイニシャルもホワイトワークとポワンドガーズを組み合わせたものです。

 ニードルポイントレースとは針と糸によって作られる”かがる”技法のレースで、その起源は中世イタリアのベネチアに遡ります。元々はボタンホールステッチを中心とし たカットワークの技法を応用して作られた物です。「刺繍に近い技法」と言えば、お分かりいただけるでしょうか。布地に細かく刺繍を施し、その後布の部分を丁寧にカットして糸の部分だけを残すことによって作られたレースで、何より細かいネットまでもがハンドメイドされている点に特徴があります。また、刺繍ですから、糸の流れに制約のあるボビンレースとは違って、草花やロココ柄などの具体的な柄が自由に表現できたことも、ニードルポイントレースの大きな特徴のひとつです。

ポワンドガーズの中でもバラ柄のものは特にポワンドローズと呼ばれています。沢山のバラの花が盛り込まれたこちらのハンカチは、典型的なポワンドローズといえます。(クリックしていただくと拡大画像がご覧いただけます。)

 このような緻密な作業によって作られたレースですから、ひとつのレースを完成させるのには膨大な時間がかかりました。何十人かのレース職人が共同で仕事にあたり、劣悪な労働条件の中、目を酷使する職人の中には失明したり、あまりにも緻密な作業であったため、神経を使いすぎて早死にする者も少なくなかったと伝えられています。実際にレースを身に付けることが出来たのは、本当に限られた一部の人々いわゆる王侯貴族だけでしたから、レース職人が実際に身に付けることはまず無かったことでしょう。また、力のある貴族自らが、数十人のレース職人をかこって、自分の為だけにレースを作らせていた事実さえあります。

ドレスの飾りとしては代表的なポワンドガーズの飾り襟。当時の女性がどのような装いをしていたか想像するだけでも楽しいですね。

 実際には、現代ではなかなか完品かつ美しいニードルポイントレースを目にする機会は少ないのですが、先日の買付けでたまたま出会ったアランソンのレースは、その状態といい細工の美しさといい、二度と忘れられないレースでした。それは、ドレスの裾を飾る為のボーダーで、幅30cm程度で数mはあろうかという長さ、淡いベージュ色の状態そのままに100年以上の間使われずに眠っていた物。いったいどんなドレスに飾る物だったのでしょうか、またどうして使われなかったのでしょうか。広い幅いっぱいに表現されたリボンとバラの華麗な柄が幾度となく繰り返される豪華なものでした。

 そのレースを眺めながら、思わず言葉を忘れて、あまりの美しさとその手の込んだ繊細な細工に、感動のあまり涙が出そうになりました。実際には、私にとってはあまりにも高価だった為、自分の物として手にすることはありませんでしたが、本当に美しい物と巡り会ったときは、誰にともなく感謝の気持ちが湧きあがってくるのをおさえることが出来ません。


ポケットになっているポワンドガーズで出来たバラの花びら。このようなポケットの部分に香水を含ませたコットンを入れたのだとか。なんともロマンチックですね。