アール・デコのファッションプレート
〜ファッショナブルなアール・デコの華

 私の密かなコレクションに、「ガゼット・デュ・ボントン」誌のアール・デコのファッションプレートがあります。1920年代、フランスの有閑階級向けのファッション雑誌だった「ガゼット・デュ・ボントン」は、当時、最も美しく最も洗練された雑誌として今でも語り継がれており、手漉き紙に、ポショワール刷り(ステンシルの一種である手彩色版画)という大変贅沢な作りにも特徴がありました

 私の一番のお気に入り、マルティの描いたポールポワレのドレス。“COUCOU!(ここよ!)”という思わせぶりなタイトルとどこか寂しげなイメージが魅力です。(1924年)


 また、ファッションプレートというのは、いわゆるファッション画のことですが、まだ写真が一般的でなかったこの時代、「写真の代わりとして流行のファッションを伝えるために描かれたもの。」と説明すれば、お分かりいただけるでしょうか。当時のファッション雑誌は、カメラでモデルを撮影する写真より、もっと自由な表現ができるという理由で、このようなイラストレーションで構成されていたのです。「ガゼット・デュ・ボントン」には、その頃の一流と呼ばれたデザイナーの衣装が、やはり同時代に活躍したイラストレーター達の手によって描かれており、彼らが織り成すモードの世界は、そのモダンでお洒落な雰囲気や、物語性からいっても、非常に魅力のあるものでした。

 同じくマルティの描いた“HOP LA!(それ!)”というユニークなタイトルのアフタヌーンドレス。シルクタフタのこんなドレスがあったら素敵ですね。(1921年)


 特に、その頃のファッションそのものが、コルセットの呪縛から逃れたことも影響して、何よりも自由で、モダンで、それでいてセンスを感じさせるものが多く、時代を超えて、斬新なお洒落という点では、現代でも非常に参考になります。もともとシックで、どちらかといえば辛口なファッションが好き、大正ロマン的なクラシックな雰囲気、いわゆる「モガ」に憧れていた私にとって、これらのファッションプレートはとても興味深く、ポール・ポワレやジャンヌ・ランバンなどの当時の華やかなオートクチュールを身近に感じることのできるものなのです。

 “SUR LA FALAISE(岸壁で)”というタイトルのついたバカンス用のドレス。首にまとったストールがイサドラ・ダンカンを思わせます。(1913年)


 アール・デコの時代には、こういったファッションプレートの描き手として様々なイラストレーターが活躍していましたが、その中でも特に私のお気に入りは、当時のイラストレーターを代表するバルビエや爽やかな女性らしさが特徴のマルティ、こ惑的な雰囲気が魅力のルパーブなどです。バルビエのどこか背徳的で危険な雰囲気や、オリエンタルな香りには魅了されますし、その時代特有の自由な空気を感じます。また、マルティの描くランバン作のドレスのシリーズなど、タイトル自体にも可愛らしい意味合いを持ったものが多く、どこかほのぼのした気持ちにさせられます。

 バルビエが得意とするオリエンタル調のイラストレーション。梅にホトトギス(?)が描かれたこの1枚は、まるで花札の世界です。(1913年)


 ただ、こういったポショワール刷りのファッション誌は、あまりにも手の込んだ印刷が、時代と馴染まなくなったことや1929年に起こった世界恐慌の影響から、1920年代の終焉とともに、いつしか消えていったのでした。

 胸元のレース飾りと、ローウエストの大きなリボン結びのサッシュ、バックスタイルが印象的なルパープの描いたドレス。どなたかシルクサテンで、こんなドレスを作ってくださらないかしら?(1922年)


 ルパープが描いたランバン作のローブ・ド・マリエ。すっぽりかぶった真珠のヘッドドレスと長い長い真珠のネックレス、ドレスいちめんに縫い付けられた真珠が、当時のファッションを伝えています。(1924年)