マルチーズボビン

〜貴婦人の襟〜

 私が、普段よく使っているレースの襟やストール。フェアなどでお目にかかっているお客さまは、よくご存知だと思いますが、私はマルチーズボビンの襟がお気に入りで、よくワンピースの襟元につけています。また、同じくマルチーズボビンで出来た細いストールを首に巻いているのをご覧になった方も多いと思います。このような襟を身に付けることは、一見難しそうですが、お洋服などに縫い付けることもなく、適当にそのお洋服の襟ぐりに合わせてブローチなどで止めるだけで簡単に身に付けることが出来ます。何より、素材がシルクということもあって、独特の手触りと質感、そして美しい光沢が大変魅力的なレースです。

 このマルチーズボビンというのは、いわゆるハンドメイドであるボビンレースの種類のひとつですが、もともとイタリアの南側にあるマルタ島を原産とするシルク糸を使用していることが特徴です。(まれに見ることが出来る黒色の物には、バルセロナ産のシルクが使用されました。)そのようなところから「マルチーズボビン」と呼ばれ、1860年頃から 1910年ぐらいの間まで作られていたようです。また、「マルチーズクロス」と呼ばれる十字形のモチーフが必ず使われることも、大変手間のかかるリーフのモチーフが繰り返されることも、このレースの大きな特徴です。(同時代、イギリスでマルチーズボビンのコピーとして作られた「ベッドフォードシャ−マルチーズ」には、この「マルチーズクロス」のモチーフは使われません。)特に1860年頃から1880年頃まで流行した「バーサ」と呼ばれる円形の大きめの襟が、よく見受けられる形ですが、ボンネットの上から被る大ぶりのストール「ボンネットレース」やタイにする細目のストールなどもよく作られたアイテムです。また、大変稀ですが、ベッドカバーやテーブルクロスなど大ぶりのアイテムに出会うこともあります。

 私のイギリスでの仕事のパートナーでもあり、アンティークディーラーでもあるRosalind から以前譲り受けた品に、当時の78シリングというプライスタグが付いたままのマルチーズの大ぶりなストールがあり、それを巡る彼女の話というのが、「当時、メイドの一年のお給金は約1シリングだったため、メイドは一生かかってもこういったレースを身につけることが出来なかった。」というものでした。きっと当時としても、そのようなレースを作るには膨大な時間がかかったのでしょうから、本当に限られた階級の人達のためのものだったようです。また、当時このようなレースを身につけた貴婦人というのは、お嫁入りの際に何でも一生分12ダースもの数の下着や靴下、手袋などをお嫁入り道具として持参したため、汚れることなんてお構いなく、汚れてしまったらさっさと新しいレースを身に付けた、といわれます。なんとも贅沢なお話ですね。

 こういったレースを身につけることで、ちょっぴり貴婦人の気分を味わう、ヴィクトリアンの世界にトリップ出来ることも、アンティークの楽しみの一つかもしれません。

マルチーズボビンの襟(バーサ)中央の丸い円の中のクローバーのような柄がマルチーズクロスです。


いつもこんなふうにラウンドネックのワンピースにブローチで止めています。Vネックなどにつけても素敵です。


生成りシルクのクリーム色が美しいマルチーズには、カメオの色合いがよく合います。