ヴィクトリアングラス
〜グラスを彩るレース模様〜

 私のお気に入りのひとつにアンティークグラスがあります。もともと学生時代から、ガラスの透明感に魅せられて、吹きガラスの工房に通 い、下手なりに自作のグラスを作ったりして遊んでいました。大学卒業後は、一時ガラスの食器デザイナーとして、会社に籍を置いていたこともあり、そんな経験から、アンティークのグラスを作っていた職人たちが,どんなに高度な技を持っていたか、具体的により深くうかがい知ることが出来る気がします。

 私の好むアンティークグラスの技法として、グラヴィールとエッチングがあります。どちらも繊細な表現が持ち味ですが、それぞれまったく異なる技法でもあります。まず、このグラヴィールというのは、グラスの表面 に回転している丸い銅板をあてて彫刻を施すことで、彫刻された部分は、摺りガラス状の美しい模様となって表れます。彫刻する面 が、自分の見えている面から裏側ということもあって、大変高度な技を必要とされます。

 グラヴィールは、粘り強く柔らかいクリスタルグラスや、ボヘミアングラスなどに使われる透明度の高いカリグラスに適した技法です。クリスタルグラスは、原料に鉛が入っていることで知られていますが、この鉛が多いほど、光の屈折率が大きく、透明感が高く、重量 感があり、より高級となります。そのようなクリスタルグラスに施されるグラヴィールは、非常に繊細で、当時から度な技法として知られていました。当時、グラヴィール職人がグラスを作る職人たちの中で最も地位 が高かったいわれているのにも、うなずけます。このようなグラヴィールが施された物の中でも私が特に気に入っている物は、やはり繊細なバラの柄を施した物ですが、ヴィクトリアンのイギリスのグラスには、イギリスのどこにでも生えている羊歯をモチーフにしたものが多く見られ、その時代を感じることのできる興味深いグラスです。

 また、もう一方の、エッチングですが、アシッドエッチングとも呼ばれ、グラヴィールが職人の手で一つ一つ彫刻されていく反面 、こちらは、化学的に処理することで、より細かな表現を可能にしました。ワックスの中にいったんドブ付けされたグラスの表面 に針で傷をつけ線描し、その後硫化水素の液体の中に入れることによって、針で傷をつけた部分が腐食されて細かい溝の模様となって表現されるのです。ただし、この硫化水素を吸い込んだりすることによって、健康に害が出るため、当時の職人の多くが危険にさらされたようです。現代でも、バカラ社のグラスなどに、この技法が多用されています。どちらも、まったく違った技法でありながら、その繊細で華麗な表現は、現代の私たちを今もなお魅了しています。



私の一番のお気に入り。
バラの文様が美しいグラヴィールのヴィクトリアンのワイングラス。
ステムにはエアが入っていて、その上に更にカットも施された凝った細工のものです。

1886年の年号の見える羊歯文様のタンブラー。
何かの記念の贈り物として作られたようです。

リボンにフラワーバスケットとガーランドのフランスらしいデザインのエッチンググラスは、
サン・ルイのアンティークです。